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「ダマスクスへ 第二部」

「ダマスクスへ 第二部」(ストリンドベリイ/茅野蕭々訳/第一書房)絶版

→相も変わらぬ夢うつつのなか、知られぬ人は夫人と苦しめあう。
知られぬ人は実験室で錬金術の研究に没頭する。
金の製造に成功したと思い祝賀会に参加するものの、
実のところ詐欺に遭っていただけのことであった。
祝賀会の開催費用を払えない知られぬ人は牢屋に収監される。
出獄して夫人の実家へおもむくと夫人は赤子を出産している。
この子が本当に自分の子か疑心暗鬼にかられる知られぬ人である。
夫人も復讐のために子の父親についてあやふやなことを告げる。
狂気におちいった知られぬ人は酒場で呑んだくれる。
まったく出口(救い)らしきもののない、暗くよどんだ迷路のような芝居である。

いままでどうしてストリンドベリほどの近代的知識人が、
あろうことか錬金術のとりこになったのか理解できなかった。
本作品を読んで、ようやく理由がわかった。
ストリンドベリにとって錬金術とは、すべての価値の破壊を意味した。
かなりの分量だがとてもおもしろいので引用したい。

知られぬ人「私が何者だといふのかい。
私は未だ誰もしなかつたことをした人間だ。
黄金の小牛を倒し、商人の帳簿を覆す人間だ。
私は地上の運命を坩堝(るつぼ)の中に入れてゐる。
さうして一週間で金持の中の一番金持が貧乏になるんだ。
間違つた価値の標準となつてゐる黄金は支配力を中止して、
総べての者が等しく貧乏になるんだ。
さうして人間は塊になつてゐるところを擦られた蟻のやうにあるくんだ」
夫人「それが私たちに何の役に立つたでせう」
知られぬ人「あなたは私が自分たちや他人を金持にする為に
黄金を作ると思つてゐるのか。さうぢや無い。
全体の世界の秩序を力の無いものにし、破壊するためなんだ。
ねえ、私は破壊者だ、分解者だ、世界を焼く人間だ。
さうして若し総べての物が灰燼(かいじん)になつてしまつたら、
破片の間を歩いて、これは私がしたんだ、
最終だと云へる世界歴史に私が最後のペエジを書いたのだと考へて喜ぶだらう」(P284)


キチガイというほかないが、なんという破壊思想であろう!
万物の頂点に位置するのは金である。
紙幣貨幣は金本位に裏づけられた虚構に過ぎぬ。
ならば、もし錬金術に成功したら世界は崩壊する!

崩れ落ちよ、世界よ潰えてしまえ!

荒廃した精神のただなかでストリンドベリは世界の破滅を熱望していたのである。
これがかの天才(狂人)にとって錬金術の意味することなのだ。

安酒場で泥酔した知られぬ人はおのれが「夜の労働者」に囲まれていることを知る。

知られぬ人「……之はみんな死んだ人達なのか。
町の下水の泥溝から上つて来たやうに、
又は地方監獄や、養育院や、病院から出て来たやうに見える。
夜の労働者だ。
悩み、喘(あえ)ぎ、呪ひ、争ひながら彼等は互に苦しめ合ひ、卑しめ合ひ、妬む」(P323)


ストリンドベリ・ワールドである。以下、同様。

乞食「永遠なる御力よ。この男(=知られぬ人)の理性をお救ひ下さい。
此の男は総べての悪を真実と思ひ、総べての善を虚言だと思つてゐます」(P330)


知られぬ人「何故我々は逢はなければならなかつたのか」
夫人「お互を苦しめる為にね」(P342)

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