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「最初の警告」

「最初の警告」(ストリンドベルク/楠山正雄訳/新潮社)絶版

→一幕劇。婦人にとってストリンドベリから愛されるのはたいへんなことなのである。
ストリンドベリは女性嫌悪で知られているが、同時に女性崇拝も持ちあわせている。
二種の女性観はこの男にとってコインの裏表なのだ。
ストリンドベリは女性の美を絶対化して崇拝する。
だが、むろんのこと女性とはいえ人間である。絶対美にはなりえぬ。
ストリンドベリは不満である。がために女性を苛烈に攻撃する。
ひどい嫉妬妄想の持ち主であったといわれている。
妻が絶対的に美しいとする。ならば、ほかの男が放っておくわけがない。
天才の脳内で美は嫉妬に変換される。
こうして妻を独占しなければ気が済まなくなる。
妻がちょっと下男と話しただけで色目を使ったと思い込む(責める)。
女友達のひとりでもいようものなら同性愛を疑う始末である。
ストリンドベリと結婚するには、他の人間関係をすべて断ち切らなくてはいけない。
妻にしてみれば、たしかに愛されているのである。激烈な愛だ。
だが、この作家の愛に応えられる生身の女性はいないだろう。
ストリンドベリの結婚が毎回、数年で破綻するのはこのためである。

「最初の警告」は作者自身の夫婦生活をモデルにした劇作である。
嫉妬深い夫は妻にこんなことを言う。

主人「お前がさつさと年を取つて、見つともなくなつて、あばたが出来て、
歯がなくなつてしまへばいいと思つたこともどの位あるか知れやしない。
それと言ふのも、ただお前と言ふ者をわたし一人でかかへ込んで、
このいつ迄も止むことのない不安な心持をなくしてしまひたいばかりなのだ」(P609)


ストリンドベリはこの男の妻にこんなことを言わせる。

細君「わたしつい、あなたを憎んだことなんぞありませんわ。
ただ軽蔑するだけよ。なぜでせうね。
多分すべて男の人の方から――さあ、なんと言ふのでせうね――
まあ惚れて来るのだわね、さうするとすぐに軽蔑してやりたくなるわ」(P611)


コケットな女である。わざと男の嫉妬をかりたてるようなことを言う女がいる。
ストリンドベリが好んだのはこのたぐいの女だったのだろう。
いや、概して男はこういう女にまいってしまうものである。
なぜなら嫉妬は苦しいのはもちろんだが、あの燃え立つ感触はまた快くもあるからである。
旦那を亡くした宿の女主人に、ストリンドベリを思わせる主人公は語りかける。

主人「失礼ですが奥さん、あなたは御主人を失つたよりも、
寧ろ嫉妬の相手を失つたのが惜しいのですね」
男爵夫人「さうかも知れません。わたしの嫉妬は、
わたしをあの幻につなぎとめた目に見えない絆でしたから……」(P623)


訳者の楠山正雄による解題も紹介する。
ストリンドベリに従えば、妻の美が失われゆくのもまた夫の喜びとなりうる。

「『最初の警告』は作者自らが最初の妻との間に経験したそのままを
脚色したのださうである。作者の妻が初めて前歯を失つて、
わづかに老の至つたのを感じたといふ事実によつて作つたので、
作の題ももと『最初の歯』と呼ばれたのを、
後に本にする時今のやうに改めたのだといふ」(P7)

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