フィクション

小説や漫画を読んでいて思いませんか。
テレビドラマや映画を見ていて思いませんか。
主人公がピンチにおちいると、なぜか偶然救助がやってくる。
自殺しようと思っていると、美女と出逢い相思相愛になる(頻出のため例示しない)。
大量殺人を企てていると、旧友に出逢う(ドストエフスキー「未成年」)。
言うまでもなく、現実はこうではありません。
年間3万人を超える自殺者は、死ぬ直前までなにかあると期待したことでしょう。
通り魔の加藤智大氏も実行する直前まで救いがあると思っていたはずです。
しかし、現実にはなにも起こらない。

小説漫画ドラマ映画はおかしいじゃないか、ということにならないか。
これらを詐欺だと訴えるものは、なにゆえいままでいなかったのか。
フィクションだからです。最初からウソだと断わっているゆえ、詐欺罪に相当しない。
真っ当なおとなは現実とフィクションを混同してはならない。
では、どうして多くの人間が初めから詐欺だとわかっている商品をあえて買い求めるのか。
わざわざ自分からだまされようとするのか。
現実が辛いからです。現実があまりにも味気ないからです。
びっくりするほど、なにもないからです。
だから、震えるような思いでフィクションにすがりつく。
現実をごまかす。もしかしたら明日なにかあるかもしれないと思う。
けれども、現実はやはりそう甘くなく、ちっともうまくなんかいきやしない。
苦しい。ため息が出る。小説を読みます。テレビを見ます。
翌日にはもう少しがんばってみようと思っている。
フィクションの効能であります。

わたしはフィクションを書いて生活するものになりたいと思っています。
ところが、書けない。どうやってフィクションを創造したらいいのかまるでわからない。
現実にはなにも「ない」のに、どうしてなにか「ある」ものが書けるのか。
わたしがぶつかっている壁です。整理してみます。
なにも「ない」から、フィクションを書け「ない」。
これがいままでの思考法です。だが、こう考えたら――。
なにも「ない」から、なにか「ある」ものを書く。
「ない」から「ある」を生みだすことがもしできたら――。
そのためにはどうしたらいいのか。また新たな壁に衝突したようです。

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