「春の夢」

04/07/04 07:14

「春の夢」(宮本輝/文春文庫)*再読

→まえにこれを読んだのは大学に入ったばかりのころだったか。
だからだと思う。上質な青春小説として記憶に残っている。
今回再読してみて、あららと思った。うわっと。
よく言えば荒削り、わるく言えばへたくそな小説。
大学で東洋哲学を受講しただけの(たいして頭も良くないという設定の)主人公、
哲也がおかしい。
「歎異抄」否定の仏法議論を友人とする。輪廻転生に思いをよせる。
いくらなんでも不自然だって!
一言、「哲也は創価学会員であった」と書けたらすべて解決するんだけど(笑)。
そして初期小説だからだと思う。
読んでいて恥ずかしくなるくらいに宮本輝の(しいては創価学会の)仏教観がでている。
デビュー作の「螢川」「泥の河」で書くまいと自制していたものを
すべて放り出したかのようである。

登場人物のひとり、磯貝は哲也に本を投げつけた後に言う。

「俺が投げたから、その本は井領(哲也)のところに飛んで行ったんや。
本が勝手に飛んで行ったんやないで。結果の前には、必ずその原因があるんや。
それが物理学の基本やろ。
原因のない結果なんて、この宇宙にひとつとしてあるか?
あったら教えてくれ。(……) 
この世のいっさいの出来事は原因があるから結果があるんや」


両親をどちらもふしぎな鉄道事故で亡くし、自らも重い心臓病を患う磯貝はつづける。

 なんで人間は、

生まれながらに差がついているんや。


それにも原因があるはずや。
そしたら、生まれる前に、その原因を作ったとしか考えられへんやないか。
そう考えるのが、一番理にかなってると思えへんか? 
ある人は金持の家に生まれる。ある人は貧乏な家に生まれる。
ある人は五体満足で生まれる。ある人は不具で生まれる。
あらゆる事柄に原因と結果があるのに、人間だけが、
持って生まれたそんな差別に何の原因もないと考える方がおかしいやないか。
人間は覚えてないだけで、
この世以外の人生を、以前に確かに経験してるはずや。
それで、いろんな借金をかかえて死んだんや。
それから眠って目を醒ますみたいに、また生まれてきた。
そやけど借金は消えていない……」(P106)


ここに宮本文学の原点を、見る。
宗教と文学のぎりぎりの接点を、見る。物語を生む豊かな土壌を、見る。
前世の因縁うんぬんと高額のツボをうっかり買ってしまう危険性まで、見る。
このツボと池田大作氏が同じかどうかはまだわからない。

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