「人の心はどこまでわかるか」

「人の心はどこまでわかるか」(河合隼雄/講談社+α新書) *再読

→河合隼雄もこの著作でにおわせるだけで決して強くは主張できないことが、
もしかしたらカウンセリングや心理療法の本質なのではないのだろうか。
なにかというと難しいことではない、金銭を支払うことである。
およそ廉価とはいえぬ料金を支払うことによって人間は治るのではあるまいか。
ユングやフロイトの理論で神経症が治るわけではない。
人間は高額の料金を支払うと元を取ろうとする。だから、治るとは考えられはしないか。
たとえば風邪。あんなものは放っておけばそのうち治るのである。
けれども、我われは治ろうとしない。ついつい酒をのんだり夜更かしをしてしまう。
ところが、医者にかかる。これはよほど治したい気持が強いわけである。
医者にもかかった。薬ものんだ。
こうまでして夜遊びをしたりするものはいないでしょう。
なるべく安静にしている。したがって治りも早い。
カウンセリングや心理療法もこれとおなじ仕組みなのではないだろうか。

わたしは河合隼雄のファンのひとりだが、カウンセリングにかかったことは一度もない。
また、今度カウンセリングを受ける予定もゼロ。
理由は、恥ずかしいものだが、カネがもったいないからである。
1回5千円や1万円も払って、偉そうな先生なんぞに話を聞いてもらうのはご免。
そもそもカウンセリングで自分のあまたある神経症が治るとは思えない。
ざらに治らなかったときを考えると憂鬱なのである。
10回通ったとする。5万円の出費。
このときまったく治っていなかったら、わたしはカウンセラーを許さないと思う。
一生立ち直れないほどの傷を
カウンセラーにつけてやろうと思うはずである(たかが5万でというなかれ!)。
おそらく実行してしまうと思う。
こういう面倒なことを起こすくらいなら、ひとり苦しんでいたほうがまだいいと思うのである。
カウンセラーだって、わたしのように迷惑なクライエントに来られたら困るはず。
以上、わたしがカウンセリングに行かない理由と、
ある種の人びとがカウンセリングで治る理由を同時に述べたつもりである。

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