「スローな旅にしてくれ」

「スローな旅にしてくれ」(蔵前仁一/幻冬舎文庫)

→蔵前仁一は旅行作家のトップランナー。
どの書物も一定以上のレベルに仕上げる職人である。
酒をのみながら旅行エッセイを読むほど楽しいことはなかなかないだろう。
飲酒しながら読める本というのは、かえってむずかしいのではないか。
難解な書籍はダメ。入念な読解を必要とする文学作品もアウト。
むしろ、このような娯楽作品を書くほうが骨折りなのではないかと思う。

旅行ライターは、道中に事件がなければ書くことがなくなる。
なにもなく無事に旅行しました、では読み手が満足しないのである。
だれかと出逢わなくてはならない。だが、蔵前仁一はこんな弁明をする。

「……僕は旅の途中で、こちらの方から積極的に交流を結ぼうとすることなどない。
僕はよく、「現地の人々との温かい交流」を描いていますね、と言われるのだが、
結果的に「温かい交流」になってしまっただけで、
僕の方から積極的にそれを求めたわけではないのだ」(P91)


偶然が才能だということがよくわかる。
人間、道中でだれと逢うかも内なるものに左右されるのではないか。
古来、旅にたとえられる人生でもおなじことがいえるのかもしれない。
蔵前仁一の旅行エッセイには10年選手がたびたび登場する。
10年かけて世界中を旅せんとするつわもののことだ。かなわないなと思う。
むかしもいまもこういう旅人はいる。
人生にいきづまったら、このような長期放浪も選択肢に入れていいのかもしれない。
これは自殺とおなじであろう。
いざとなったら自殺(=放浪)しようと決めると、
つらい生活にも耐えられるという利点がある。

いまはブログをしながら放浪するものも多い。
たとえば、わたしの知っているのは下記。3年近く世界をまわっているようだ。
いろいろな人生があると感心する。

「ちょっとそこまで」
http://blog.goo.ne.jp/coupdroit500


探せばほかにもいろいろな(帰国日未定の)旅行ブログがあると思う。
個人的には帰国してから書かれる旅行記のほうが好きである。

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