「若山牧水 流浪する魂の歌」(大岡信/中公文庫)絶版
→芸術というのは女や酒が作るものではないかと思った。
若山牧水の場合、女も酒もどちらも活用し、人生を味わい尽くしたようである。
牧水が最初に愛執した女は1歳年上の人妻。二児の母でもある小枝子。
小枝子を題材に、燃えるような恋慕の歌をいくつも作っている。
おそらく性の手ほどきも、この小枝子なる人妻から受けたのであろう。
ところが、どうやらこの小枝子はバカだったらしい。
いや、ほとんど教育を受けていなかったからといってバカと決めつけるのはよくない。
事実として、小枝子は牧水の作る歌を価値あるものだとは思わないタイプの女だった。
ふたりは別れるわけである。この別離の苦しみからも、歌人は秀歌を創作している。
打算的といったら愛好者から怒られるのかもしれないが、
若山牧水は失恋の痛手を癒すために結婚をするのである。
相手は小枝子とはまったく異なるタイプ。当時、牧水は歌壇で名を知られた存在だった。
喜志子は旧家の娘で、短歌を何度も投稿するような文学少女。
この生娘に若山牧水は目をつけるのである。
喜志子は有名人の牧水から求婚され舞い上がってしまう。
挙句、家出までして牧水との同棲生活を始めるのである。
芸術家・若山牧水の女の取り扱いかたは見事というほかない。
はじめは人妻と熱愛をして芸術の肥やしにする。
名が売れたら有名人の威光で生娘を嫁に取り生活の足しにする。
結婚してからひと月も経たぬうちに、
牧水は歌を作るという名目で三浦半島をひとり旅行する。
かの地から歌人が新妻へ送った手紙がのこっている。
妻・喜志子は下宿で縫物の内職をしていた。
「最愛なる妻よ、浄きこころをもて、
御身の良人(おっと)の世にも清らかなる天才なることを信ぜよ」(P99)
いきなりの天才宣言である。翌日の手紙には――。
「喜志さん、ほんとうに、お前は、単に、妻、夫といふ相対的の意味のみでなく、
母となり、姉となり、妹となつて、僕をはぐくんで呉れ、
僕、また屹度(きっと)それに酬(むく)ゆるよ。
僕は、ほんとに、今日から漸く真の芸術家の生活に入るのだ。
いままでのは謂はば素人芸にすぎなかつた。
……………………
金はすまないが、頼む、出来た歌を持つて帰れば、相応の金に代へられるし、
その心組をもしておいて呉玉へ。
歌を作つたあとなど、どうしても麦酒の一本なりと飲まなくては、
心がかわいて、病的に興奮して、とても睡られない。
もつとも、無理まですべからず、出来た分でいいのだよ」(P99)
結婚したらさっそくカネの無心である。
どうしてこうも早くカネがなくなったのか、このときの作歌から明らかになっている。
なんのことはない、新婚ほやほやの牧水は旅先で遊女を買っていたのである!
本書によると、若山牧水は生涯で二度就職している。
二度とも新聞社で、どちらも数ヶ月しか続かなかった。
当時の同僚の記録がのこっており、
なんでも牧水は朝から酔っぱらって出社してきたという。
とても仕事にならないのである。
「有名な歌人」という威光が有効なのは、数ヶ月だったということであろう。
牧水は44歳のときに肝臓が原因で死んでいる。
最期を看取った医師のカルテが本書に転載されているので孫引きすると――。
「酒ノ習癖ハ昨今益々甚シクナリテ四六時中酒気失セテハ何事モ手ニツカザルニ至レリト言ハル」(P142)
若山牧水は完全なアルコール依存症患者になっていたのである。
死ぬまでカルテは書かれているが、このころの医者は人間味があったのだろう。
酒でぼろぼろになった牧水が病床でなお酒を求めると医師は飲酒を許すのである。
末期の牧水を先生と呼び、飲みたいだけ酒を与える医師の態度に胸打たれた。
現代の医療従事者でこれをできるものは極めて少ないのではないか。
こうして牧水は死にゆくわけだが、この芸術家は最期までひとに恵まれていたといえよう。
この対人運こそ歌人・若山牧水の才能だったのかもしれない。
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