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「軟弱者の言い分」

「新編 軟弱者の言い分」(小谷野敦/ちくま文庫)

→小谷野敦のファンである。
大学生のころは宮台真司の熱狂的読者で、
いきおい似合わぬ服を着てあたまを茶髪にしていたわたしが、
よもや10年後に「もてない男」小谷野敦の愛読者になるとは思わなかった。
これは進歩したのか退化したのか複雑なところである。

小谷野敦から学んだことは多いが、大きなものをひとつ挙げろと言われたら、
文学研究と文学評論の相違である。
かつて福田恆存に導かれてシェイクスピアにはまったことがある。
大枚をはたいて舞台鑑賞へも行ったものである。
学者先生の研究書も大量に買い込み読みあさった。
ところが、どれも異常なほど退屈なのである。
福田恆存はシェイクスピア劇から「いかに生きるか」を論じていた。
たいそう魅力的だった。
いっぽうで、日本のシェイクスピア研究者たちは、
なにやら閉所でうごめいているようにしか見えなかった。
そもそもシェイクスピア学者は福田恆存の名前をほとんど出さないので驚いた。
学者先生の文学レベルがひどく低いのにもあきれた。
シェイクスピアのせりふだからというので、
なんのことはない処世訓をことさらありがたがる学者のどれだけ多かったか。
どうしてこうも福田恆存と学者先生が乖離(かいり)しているのか、まるでわからなかった。

小谷野敦の著作を読むことで謎が解けた。
小谷野自身もいまなお評論と研究のはざまでもだえているのだからわかりやすい。
研究と評論はまったくの別物だったのである。
「生きる」という問いに、学問は答えを与えるものではない。
小説家や評論家が「生きる」こと全体に向き合っているのに対して、
研究者は作品や作者と密室で顔をつきあわせていればいいのである。
両者はまったく性質の異なる存在だったのである。
小説家に研究を頼んでも退屈でやれないと断わられるだろう。
研究者に「いかに生きるか」を問いただしても、
自宅と研究室しか知らない学者は答えようがないはずである。
両者を混同するものが現われるのは(かつての小谷野やわたしのことだ)、
領域侵害をする困ったものがいるからである。
小説家のくせにインテリぶりたいのか研究めいたインチキを書くものがいる。
ものを知らぬ学者が身の程をわきまえずに高みから人生論を垂れる。
我われが両者を混同するゆえんである。
たいがいのものはきちんと住み分けをしているのである。
自己顕示欲旺盛な少数のものが逸脱をやらかす。がために誤解が生まれる。

さて小谷野敦は評論家だろうか。研究者だろうか。
わたしが小谷野敦のどこが好きかというと、
「いかに生きるか」をいっさい書かないところである。
小谷野にとって「生きる」とは長生きすることであり、
高学歴の美女からもてることであり、大学の安定した職を得ることであり、
収入を増やすことであり、栄えある賞をいくつもらうか、なのである。
俗物の極みなのだが、かえって偽善がないので新鮮である。
小谷野敦の生きかたは高校生のころからまるで変わらない、ぶれない。
小谷野にとって、生きるとはそういうことである。
したがって小谷野敦は「いかに生きるか」を説く評論家ではない。
では、研究者かというと、これも微妙なのである。
あまりにも肥大した自尊心が一介の研究者であることをよしとしない。
結果として小谷野敦は作家でも研究者でもない得体の知れない生命体と相成っている。
動物園に行っても見られないような珍獣がおもしろくないはずはない。
そのうえ不思議生命体コヤ~ノは、ときおり檻から抜け出て、見物客に噛みつく。
噛まれたほうはたまったもんじゃないのだろうが、見ているぶんにはおもしろい。
小谷野敦の魅力である。遠くから見守るファンとしては、
この先、研究者や作家として小さくまとまってもらいたくない。
だが、これは大学教授や文学賞を放棄しろと言っているに近いから、
本人に向かって言うことではないのであろう。

COMMENT

くろべえ URL @
04/15 15:41
「小谷野敦の生きかたは. 高校生のころからまるで変わらない、ぶれない」ように見えますが、ご当人によるとそれは違うそうですね。「私だって、大学院へ入った頃から後、しばらくはそれ相応におとなしくしていたり、権力者に阿諛追従したりしていたのである。なのに周囲が迫害・圧迫・無視・黙殺するから、堪忍しきれなくなり、やけくそになっていろいろ言ってしまうようになったのである」と『俺も女を泣かせてみたい』のあとがき(p.245)に書いています。
Yonda? URL @
04/15 22:11
くろべえさんへ. 

へええ、人に歴史あり、ですね。
まあ、偉くなりたい、との願望は一貫していますが。
いまでも十分に偉い先生なんですけどね。
果てしない野望をお持ちのようです。
   URL @
04/17 14:06
  . 小谷野敦は遠藤周作のように
無自覚なシンパを抱えているので、要注意ですよ。

叩こうものなら
「小谷野さんはそんな人じゃない」「ボクをバカにするな」
と猛反発されてしまいます。

ベストセラー作家、大学仕官成功者、インテリ女性と初婚再婚連続成功者
である勝ち組みの小谷野先生が、かくも支持される理由はどこにあるのでしょうか。

>「私だって、大学院へ入った頃から後、しばらくはそれ相応におとなしくしていたり、
>権力者に阿諛追従したりしていたのである。なのに周囲が迫害・圧迫・無視・黙殺する
>から、堪忍しきれなくなり、やけくそになっていろいろ言ってしまうようになったのである」

これ平野啓一郎があとがきに書こうものなら、猛バッシング食らったでしょう。

遠藤先生と小谷野先生の成功ノウハウは研究しがいがあると思います。
Yonda? URL @
04/17 22:57
名無しさんへ. 

注意警報ありがとうございます。
コヤ~ノに注意せよ!
なにかあったらすぐブログ記事を削除するようにします。
さわらぬアツシにたたりなし。

> ベストセラー作家、
> 大学仕官成功者、
> インテリ女性と初婚再婚連続成功者

ほんと勝利者ですよね。
ときおり不幸をおすそわけしてあげたくなります♪
   URL @
04/18 16:15
残念です. 小谷野ネタは封印ですか。

お友達を傷つけないために、表現の道を閉ざす。
失礼ながら、成功できない凡人の選択と思いました。

Yonda? URL @
04/18 21:11
名無しさんへ. 

これからも小谷野さんの本を読んだら感想は書きます。
「お友達」どころかおすがたを拝見したこともありませんので。

> 失礼ながら、成功できない凡人の選択と思いました。

たしかに凡人であります。
そして、おそらく成功できないでしょう。
けれども、本人の目の前でそんなことを(号泣)♪
   URL @
04/18 23:59
  . 
誤解されてますね。
お友達は「小谷野ネタ」で傷つく方です。

Yonda?さんの身近なお友達です。
Yonda? URL @
04/19 04:34
名無しさんへ. 

なんのことだか、わかりません。








 

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