呑む買う読む

このごろ思うのだ。呑むべし、買うべし、読むべしと。
酒は呑むべきである。30代になったらいつ医者からストップがかかるかわからない。
ならそのまえになるたけ呑んだほうがよろしい。
本は買うべきだとつくづく思う。
最近、読んでいるのは何年もまえに購入した本ばかりである。
買った本はかならず無駄にならないというのが実感としてわかった。
ある日、ある本が読みたくなったとする。
そうなってから本屋へ買いに行くのでは遅いのだ。ネットで注文するのもわずらわしい。
あるかわからない図書館なんてもってのほか。
本は迷ったらその場で買わなければならない。
なぜなら仕入れた本はぜったい役立つからである。
ふと、読みたくなる。そのときにあってこその「レ・ミゼラブル」「近松門左衛門集」なのだ。
酒を呑んで本を買っていたら、ほぼこれで人生に憂いはあるまい。
本は読もうなどと張り切るものではないと思う。
いつしか読んでいるのが本ではないか。
むしろ読書など悪徳だと思うべきである。これほどの悪魔的快楽はほかにあるまい。
読書に比したら男色も輪姦も色褪せる。
どんな背徳でも想像上なら可能で、それを後押しする悪魔が読書なのだから。

某月某日。病院での診察を終え、高田馬場へ向け歩く。
紅書房で大失敗をする。柳美里の長編小説「八月の果て」が105円だったのだ。
これは連載当時から注目していた。
マラソンがテーマなのだが、息づかいをハァハァハァとえんえん描写するのがうざかった。
同時にずっとファンだった柳美里が、
読者のことをここまで考えずにものを書ける地位にまでのぼりつめたのかと感慨深かった。
買うか買わぬか。もはや上下巻として文庫化されたことも知っている。
どうせ読まないのだからとぶあつい小説を棚にもどした。
その瞬間である。大学生とおぼしき4人のグループが店内へ。
ひとりが例の「八月の果て」を取り出し、これは安いとはしゃいでいる。
ああ、買えばいいさ、とふてくされて店外へ。
早稲田通りを歩くうちに、どうにも口惜しい思いが込み上げてくる。
たがが105円だったのではないか。読まなくても買えばよかった。
他人に買われるのがこうも腹立たしいとは思わなかった。

これからが災難であった。
順に古書店をめぐったのだが、かならず例の4人組が後を追ってくるのである。
なにがいやかというと、古本屋で大声で会話をするのである。
インテリぶったことをいうからよけいに不快。
知的虚栄心の勝負ほど聞いていて苦しいものはなかなかないだろう。
大学生はそれぞれ知ったかぶった意見をことさら大声で表明する。
「古本屋では静かにしなさい!」
叱りつけようと思ったが、おそらく後輩であろう学生にそう怒れもしない。
考えてみれば、かれらは学生時のわたしに比べたらすうだん勉強している。
わたしがものを学ぼうと真剣になったのは卒業してからである。

「研究社 英米文学評伝叢書 オニール」(清野鴨一郎)絶版 300円

某古書店にて、昭和10年に発行された書籍を美品で買う。
保存環境がそうとうよかったのだろう。オニールとは、米国演劇の父、ユージン・オニール。
はしがきを読んで、うなった。
清野鴨一郎はわたしとおなじくユージン・オニールにとりつかれた日本人。
理由をかれはこう書いている。オニールの劇作の魅力は――。

「メロドラマが芸術のころもに包まれて丁度頃合ひの味加減になつてゐるから」

そうそう、その通りと拍手したかった。
ノーベル賞作家オニールの書くものはメロドラマなのである。
メロドラマにして芸術の域に達しているのがこの劇作家の凄みである。
ブックオフ高田馬場店へ。

「山田太一の家族ドラマ細見」(平原日出夫/小学館)絶版 105円
「小公子」(バアネット/若松賤子訳/岩波文庫)品切れ 350円
「北国の春」(井上靖/講談社文庫)絶版 105円


話はかわって、また別の日のこと。自転車で近場のブックオフをまわった。
セールをしている。単行本がどれでも2冊で1000円だそうである。
見ると、ふたりセドリがいる。
セドリとは(ブックオフなどで)安く買った本を高値でネット転売する個人業者。
どうしてセドリとわかるのかというと、携帯で1冊ずつチェックしているから。
いまはネットでISBN番号を入れたら最低価格がわかるらしい。
最低価格が高ければ、セドリは本をカゴに入れるわけだ。
これまで多くのブックオフで携帯セドリを見てきたが、
みなみな知性とは程遠い顔をしていたのが印象的である。
この日のふたりもそう。20代男性。明らかに読書は嫌いという顔をしている。
本のとりあつかいに愛情がないのもこの携帯セドリの特徴のひとつ。
本を好き勝手に散らかしてそのまま去ってゆく。
見かけるとあまりいい気分はしない。
合法なのはもちろん知っているが、本好きの敵のように感じてしまうからいけない。

「まだ見ぬ書き手へ」(丸山健二/朝日新聞社)絶版 210円

ついに見つかったかと感激する。
ほんとうなら朝日文庫のほうを探していたのだが、単行本でもまあよい。
きれいな帯までついているのだから文句をいうべきではない。
これは何年もまえに、作家にしてミュージシャンの白石昇先生からすすめられた本。
このたびようやく購入しましたよ!
きれいな岩波文庫が105円なのでついでにカゴに入れる。

「ギリシア・ローマ名言集」(柳沼重剛編/岩波文庫)

となりの駅のブックオフへ自転車です〜いすい。
物色しているとさきほどのセドリふたりが入店してきたのでぞっとする。

「八月の路上に捨てる」(伊藤たかみ/文藝春秋) 105円
「ザッフォオ」(グリルパルツェル/実吉捷郎訳/岩波文庫) 350円


岩波文庫は大失敗。てっきり品切れだと思っていたら、いまでも入手可能。
2001年第2刷(第1刷は1953年!)でまだ売れ残っているとは不人気にもほどがある。
このような失敗をすると、関係ないのにセドリ青年ふたりが憎らしくなる。

両日とも帰宅してからはおなじである。
買ってきた本をなでながら大量の酒を呑んだ。
いうまでもないことなのかもしれない。
繰り返すが、酒は呑むべし、本は買うべしである。

COMMENT

くろべえ URL @
03/21 01:29
でも. 本が増えると置き場の確保が大変ですね。億万長者だったら自分専用の私設図書館が持てるのですが。yondaさんはよほど広い家に住んでおられるのですか。

ネットが普及してからというもの、古本の掘り出し物を見つけることが本当に難しくなりました。相場で9万円の稀覯書を100円コーナーで入手できた時代のような楽しみは、もうなくなったと思っています。
Yonda? URL @
03/21 01:43
くろべえさんへ. 

引越しのとき大量にブックオフに捨てたおかげで、
本棚がすかすかになり、いまの発言にいたってます。
私見では、掘出物はまだまだあります。
ISBNのない(古い)書籍はまだまだねらい目です。

まあ、所有者が死ねば蔵書はゴミ同然ですが♪
mokku URL @
03/21 21:47
買います. 読んでて、何か無性に本が買いたくなったのだ。
Yonda? URL @
03/21 22:43
mokkuさんへ. 

買いましょう。本の山に埋もれましょう。ニコニコ笑いましょう。
一馬力 URL @
03/23 00:23
本の山. お気に入りの本に
囲まれて暮らせたら幸せですよね。

見渡す限りの本の山。
古本の香り。

活字にまみれて暮らしたいです
Yonda? URL @
03/23 07:07
一馬力さんへ. 

おはようございます。

本は読まなくてもいいんですよね。
存在するだけで価値があるから。
書店員さんはみな積ん読がすごいと聞きます。
社員割引で本を買えるためです。
老後の楽しみらしいです。
本って読むだけじゃないのが深いと思います。
白石昇 URL @
03/23 10:58
昨日僕も. 
早稲田通り通ったよっ。
Yonda? URL @
03/24 20:00
白石昇先生へ. 

いつかばったりめぐりあったらドラマみたいでござんすね♪








 

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