FC2ブログ

「老人と海」

「老人と海」(ヘミングウェイ/福田恆存訳/新潮文庫)

→老人と海の物語である。
老人がひとり小船で海へくりだすのは、漁をするためである。
この日まで老人は84日間ものあいだ1匹も魚が釣れていないかった。
老人は見たこともないほど巨大なカジキマグロと遭遇し、
2日にもわたる挌闘のすえ勝利する。
だが、帰港するまでの航程で獲物をサメにぜんぶ食べられてしまう。
ストーリーといえばこれだけで、残りはみな描写である。

あたまの弱い老人の狂人めいたあきらめの悪さに身震いした。
これがアメリカなのかとぞっとした。
とにかく、あきらめないのである。がんばれ、がんばれとおのれを叱咤する。

「おれは死ぬまで闘ってやるぞ」 (P106)

結果、なにもかも失ってしまう。命のみたずさえて帰還するのである。
ヘミングウェイはギャンブラーだったらしいが、
この「老人と海」において作者は実に巧みに賭博者の心理を描きこんでいると思う。
84日間の不漁、つまり運が悪いのである。いや、と逆転の発想をする。
今度こそ、つきがまわってくるのではないか。
案の定、ひとりでは獲れないほど大きい魚と遭遇する。
ここであきらめていればよかったのである。
だが、ギャンブラーは一発逆転などとおかしなことを考える。
あらゆる犠牲(=身体的苦痛)をものともしないで、大物にのみ照準を合わせる。
捕獲したときの感動は、競馬で大穴を当てたときの喜びとおなじである。
おれは運をつかんだ(未来を見通した)。人間の(神への)勝利をうたいあげる瞬間である。

「いいことってものは長続きしないもんだ」(P92)

獲物をねらってサメが近寄ってくる。
ここで老人が漁獲をあきらめていたら、その後危険に遭うこともなかったのである。
だが、例によってこの低知能な老人はあきらめようとしない。
あきらめたら負けなんだ。人間は最後の最後まで闘いつづけなければならぬ。
これはどれだけ負けつづけても賭けをやめない異常者の心理にほかならぬ。
老人はなんの収穫もなく、そのうえ身心ぼろぼろの状態で航海を終えることになる。

「老人の海」の感想としてよくあるのが、「艱難に負けない老人の勇気に感動した」。
おいおい、と肩をたたきたくなる。道徳の教科書じゃないんだぜ。
わたしの感想はこうである。「ギャンブルって楽しそうじゃん」
一攫千金を夢見ながら賭けて賭けて賭けつづけるほど楽しいことはないのではないか。
「丁か半か」ふたつにひとつである。どちらになるかは賭けてみるまでわからない。
全財産を失うまで負けたことにはならない。
たとえ完全敗北しようとも、ある達成感が賭博者には残るのである。
「おれは神と向き合った」という満足感のことである。
このようにギャンブルを推奨する「老人と海」は、
断じて健全な青少年に読ませてはならないと思った。

(教訓)がんばっても報われない。
が、あきらめないでがんばっていると人間を超えるものと向き合うことができるかもしれない。
まあ、どちらにせよ負けるんだけどね(笑)。
がんばっているうちにドツボにはまる展開は「オイディプス王」と似ていなくもない。

COMMENT

白石昇 URL @
03/01 02:10
あたしね、. 

これけっこう好きなのよ。

"But man is not made for defeat,"

の台詞がツボに来たりするタイプなのあたし。

4回くらい読んだかも。

英語でも読んだしタイ語訳も読んだの。
Yonda? URL @
03/01 07:14
白石昇先生へ. 

なら白石文学の原点かもしれませんね♪
- URL @
05/07 00:56
. 2日じゃなくて4日だよ
Yonda? URL @
05/07 20:18
名無しさんへ. 

ご指摘ありがとうございます。
たしかに全体は4日ですが、あのカジキマグロと挌闘したのは2日ではありませんか?








 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/1543-8b4d6b8c