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「藍より青く」

「藍より青く・上下」(山田太一/中央公論社)絶版

→昭和47年のNHK連続テレビ小説。本作はこのテレビドラマの小説版。
シナリオを手がけた山田太一が自らの手で小説に仕上げた。
執筆時、山田太一は37歳。31歳でフリーのシナリオライターになった著者が、
全力をあげて固有の世界観を打ちだしているところに注目したい。
この記事ではあらすじを追うにとどめる。
物語を紹介しながら山田太一ドラマのキーワードにスポットをあてていきたいが、
果たしてうまくゆくか自信がない。

昭和18年の天草で物語は開幕する。才媛の少女、真紀がこのドラマの主人公。
同村の周一と恋に落ちるが、校長をしている父親から猛烈な反対にあう。
というのも、周一は徴兵をまぢかにひかえる青年。もうすぐ戦地におもむく身なのである。
いま結婚してしまったら1年足らずの新婚生活を味わうのみで、
夫と別れなければならない。
戦死する可能性もある。そうしたらば、真紀ははやばやと未亡人になってしまう。
父親が娘の結婚に猛反対する理由である。
時空を超えた地点からこのドラマを俯瞰するとき、恋愛の障害になっているものは運命だ。
戦争というのは、個々人のちからではどうにもならない運命のひとつ。
父親は娘の熱意に負け結婚を許可する。喜ぶ真紀とその妹。喜ぶ周一とその朋友。
父親としては、人生を知らぬ浅はかな娘から裏切られたような哀しみが残る。
とはいえ、娘の喜ぶすがたを見ると、これでよかったのかとも思う。
山田太一の描くものは運命にほんろうされる人間の喜びと哀しみである。
お嫁に行く日、真紀は父に別れを告げる。その席上にいたものはみなみな涙する。

周一の家に嫁いだ真紀は、嫁姑のあつれきに遭遇する。
日常のくだらぬ細部が、いかに人間にとって骨折りか。山田は日常をぞんぶんに描写する。
真紀は、周一との別れ、出産、周一の戦死、を経験する。
父親からしたら、ほら見たことか、である。だが、人間だれしも先のことがわからない。
そのときの判断で人間は行為を選択(ふたつにひとつ!)してゆくしかないのである。
人間の劇的なる行動を物語に変質せしめるのは時間である。
真紀は息子の周太郎と実家に戻る。父親はまだ若い娘をけしかける。
子どもを置いて島を出たらどうか――。

「この土地におったら、真紀の一生は見当がつく。
せめて、真紀だけは見当のつかん人生を、歩かせてみたかつよ」(P337)


福岡に出た真紀は、職場で情熱的な寡婦・睦子に出逢う。
一緒に東京へ行かないか、と真紀を誘うのである。
このまま福岡にいてもなんにもならない。
なら、いっそのこと東京へ行ってしまったらどうだろうか。むろん、不安はある。
けれども、ひとりではない、ふたりならば、ふたりでがんばれば。
山田ドラマの人物は「かくある」すがたを自覚しながら、「かくありたい」と夢想する。
ふたりで東京へ向かう日、駅で睦子は東京行きを断わる。
死んだと思っていた夫が、よりによってこの日、復員してきたのである。
ご都合主義とも思えるこの種の偶然は物語にはなくてはならぬものである。

東京で闇米のかつぎ屋からスタートした真紀は、
おなじような境遇の独身女性を仲間にして、ラーメン屋を開業するまでこぎつける。
4ヶ月ぶりに真紀と周太郎の母子が東京で再会するシーンは読者の涙を誘う。
まず母親から捨てられたと思っていた周太郎が泣く。
真紀も泣く。真紀の父親も妹も泣く。
みんなを泣かせるというのは、山田太一がひんぱんに用いるドラマ手法である。
喜びで泣くもの。哀しみで泣くもの。もらい泣きするもの。
どうしようもない巨大なちからに、微々たる人間はあらがうことなどできぬ。
どうしてこうなったのかわからないが、いまこうである。人間は泣くしかない。
山田太一は運命に立ち向かう英雄ではなく、運命に泣かされる庶民を描く作家なのである。

周太郎を引き取り、ラーメン屋で日々働きながら真紀は思う。
自分の人生はこれで終わりなのだろうか。もうすぐ20代も終わろうとしている。
味気ないじゃないか。味気ない。これも山田ドラマに頻出する形容詞だ。
味気ないから人間は、生きている味わいを求める。たとえば、恋のようなものを。
真紀に正式に求婚する男性も現われる。
事業家ではぶりがよい。だが、3人の子どもがいる。
ふたつにひとつである。求婚に応じるか、こばむか。
向こうの家に入ったら周太郎が苦労するのは目に見えている。
息子を取るか再婚を取るか。
どちらを選択するかで大きく人生が変わるのである。
しかし、片方を選んでしまったら、残りの選択肢の行く末を知ることは決してできない。
これが劇的なるものの本質であり、また、この劇的行為の連なりが物語となってゆく。
真紀は再婚をあきらめ、息子と仕事のために生きる決意をする。
ここに真紀の青春が終わったのである。

時は経ち、いまや周太郎は、戦死した周一とおなじ年齢になろうとしている。
周太郎は優秀で国立大学の法学部に所属している。
のちのちは官僚になろうという身。
真紀は仲間と別れ、新宿で中華料理屋を営業している。まあ成功者である。
父親を天草から引き取っている。楽ではないが平安な日常を送っている。
ところが、息子の周太郎が大学を中退すると言い始めたのである。
かつて真紀は父親の反対を押し切って周一と結婚した。
その真紀が息子の周太郎から裏切られるのである。
真紀は「見当のつかない人生」にあこがれて東京へ出てきた。
周太郎もまた「見当のつかない人生」を望んでいるという。
山田ドラマに特徴的な青臭いせりふを抜粋してみよう。周太郎はいう。

「(大学を)やめてなにをやりたいって、お母さん言ったね? 
そうなんだ。やめたいと思って、じゃなにをやりたいんだって考えたら、
なにがやりたいんだかわからないんだ。なんにもやりたいことなんかないんだ。
それは、ぼくが受験勉強みたいなことばかりしてたからじゃないかね?
自分の気持をおさえて、やりたいことをあんまりやらなかったせいじゃないかね?
だから、なにをやりたいのかわからないほど、
自分がなくなっちゃったんじゃないかね?」(P294)


もはや娘ならぬ母親の真紀はおとなの見識をもってこう反論する。

「周太郎。お母さんもね、この頃そんなことを言う人がいるのを知ってる。
新聞なんかでも読むことがある。
サラリーマンは見当がついているとか、エスカレーターだとか。
でも、そんなこと決してないのよ。
勤めてみればそんな簡単なもんじゃないことは、よくわかるはずよ。
あなたは官庁に勤めることが、見当のついた人生だと言ったけど、
そんなことはない。その中で生きてみれば、

そりゃあ、努力もいるし、運もいるし、

やりがいももちろんあるのよ。
ひと口に、毎日通って五十五で定年でと言えば、
わかってしまった人生のように思えるかもしれん。
でも、そんなことを言えば、人間の人生なんて、誰てちゃ見当がついとる。

生れて、年をとって、死ぬだけたい。

だからて、見当がついたから、生きとるのをやめようと何人の人が思うかしら?
見当などつかないのよ。
見当がついたと思うのは、お母さん、とんでもない思い上がりだと思う」(P291)


周太郎は2年間の休学ののち、復学することなくやはり退学するという。
メキシコでエビ漁をする会社に親には無断で就職したのである。
真紀は周太郎のために再婚を断念して仕事に専念してきたのだが、
その息子は母親を捨てて遠く離れたメキシコへ行ってしまうというのである。
真紀は過去を回想する。かつて自分は父親の期待を裏切って嫁いだ。
いま息子が自分を裏切ってメキシコへ行こうとしている。
「藍より青く」である。青は藍より出でて藍より青し。子は親から出でて親よりも――。
だが、断じて子どもは赤にはならないのである。藍より出でて赤くなることはない。
子は親を裏切るが、親の影響から離れることはない。
山田太一は「藍より青く」というタイトルに上のような意味を込めたとあとがきで書いている。
ドラマの終幕はサイパン旅行である。
真紀と周太郎が、周一の戦死したと目されるサイパン島へおもむく。
昭和42年。真紀と周一が恋に落ちてから24年が経っていた。

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01/11 02:32
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