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耳のひと

持って生まれたものと関係しているのかもしれない。
やたらとひとから話しかけられるのである。見ず知らずのひとから話しかけられる。
といっても、キャッチセールスからは声をかけられない。
若い女性から逆ナンパされたことは一度もない。
そこいらのおじさん、おばさんからひんぱんに話しかけられるのである。
意識したことはないが、温厚な顔なのかもしれない。
耳のひとなのだと思う。目も鼻も口も頭も悪い。悪くないのは耳だけである。

ここ1週間でもだいぶ話しかけられた。
土手を歩いていたらおばさんから声をかけられる。あそこに布団が落ちているというのだ。
見てみると、たしかに土手の斜面に布団一式が置かれている。
「あそこで寝ていたんでしょうかね?」
おばさんに聞いてもわかるはずはないのだが。
「盗んできたのよ。私は毎日、ここを通るからわかるの。
いろんなものが捨てられているのよ。ぜんぶ盗んできたものだと思う」
いっときなど女性ものの下着が大量に捨てられていたこともあったという。
「こわいわねえ」とひそひそ声でいわれる。
「はあ」とあいまいな笑みを浮かべる。

電車でとなりに座っているひとに話しかけられることもある。
気づくと向こうが話していた。こちらが聞いていた。スーツすがたのおじさんである。
左足が麻痺して動かないという。「神経がやられてしまってね」
こういうことはなれているので「はい、はい」と合いの手を入れ傾聴する。
降りる駅までかれの闘病生活を聞くはめになった。
嫌いではないのである。話すのは苦手だが、聞くのをいやだと思うことはほとんどない。
たとえ愚痴だろうが、話を聞くのはさして苦痛ではない。
とはいえ、聞き上手だなどと思い上がってはいない。
いいことをしているというつもりもない。
のぞき見をしているような恥ずかしさを感じることもある。

ある立ち飲み屋でとなりのおじさんから話しかけられた。
平日だがラフな格好をしていた。自営業者なのかなと思った。
「そのカンパチおいしいでしょう」
「ええ」と答える。
おじさんもカンパチを食べている。
なんのことはない。カンパチを注文したのは、
このおじさんの食べかたがあまりにうまそうだったからである。
そのむねを伝えると、うれしそうに笑った。この店の常連なのだという。
いつしか話しこむ。いや、わたしは話さない。聞き役に徹する。
年齢を問われ答えると、このおじさんの息子さんとたいしてかわらないらしい。

息子さんは32歳。足の骨のガンで、2年前に余命5年と医者から宣告された。
もう歩くことができないので車椅子生活。それでも高校教師をつづけている。
教えているのは国語。往復の通勤は、父親のかれが車で送迎しているという。
いま息子さんを自宅まで送りとどけた。ちょいと一杯と思い、近所の立ち飲み屋へ。
話を聞きながらいろいろなことを考えた。
いうまでもなく、考えたことを話したりはしない。できるのは聞くことのみとわかっている。
32歳といったら、わたしとそうかわらないではないか。
そうか、30を超えると人間はいつガンになってもおかしくないのか。
しかし、わからないものである。
満ち足りた顔で酒をのんでいる、こんなどこにでもいそうなおじさんだというのに。
息子さんの余命は、医師の宣告にしたがえばのこり3年ということになる。
あと3年しか生きられないのに、なんで高校教師などしているのだろう。
遊んだらいいじゃないか。
思い直す。いざあと3年となったら、
なにかをのこしたい、教えたいと思うものなのかもしれない。

おじさんの携帯が鳴り、会話が途切れた。
急ぎの用ができたそうで、あわてて店を出て行った。
「じゃあ、また。へんな話をしてごめんね」
のこされたわたしはもう1本ビールをたのみゆっくりのんだ。
あの顔はいいとあらためて思う。カンパチを口に入れたときに見せた顔である。
最後のひと切れを口に放りこみ、真似をしてみた。
それからグラスのビールをのみほす。あのような顔はまだまだ遠いものだと思う。

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