青島の朝は海を見に行くことからはじまる。
わたしは銀行やデパートが軒を連ねる青島随一の繁華街、
中山路にあるホテルをねぐらとしていた。
この旅、最後の宿泊施設はなかなかのものだった。
一日だけお湯の出ない日があったが、金額面でも立地の面でも申し分なかった。
歩いて5分以内の場所に銀行、ネットカフェ、24時間営業のスーパーまであった。
海もそのうちのひとつだった。
起床して洗顔をすますと、わたしはまるで日課のようにまず海をめざした。
それから朝食をどうするか考える。
屋台のその場で焼いてくれる中国風お好み焼き。
日本へ行ったことのない中国人のつくる巻き寿司(醤油はないかと聞いたら驚かれた)。
またある朝は、マクドナルドでフィレオフィッシュにかぶりつく。
おいしいものもあれば、そうでないものもあった。
朝食を終えると目的もなく歩いた。とりたてて観光をしたい場所は青島にはなかった。
ただ異国を歩きたかったのである。海岸線にそって歩くことが多かった。
水族館や博物館に行き当たるが、入ることもなく先を急いだ。
もうこのへんでいいかと思うと引き返す。
いま来た道なのになぜかそうではないような新鮮さがある。
急いでいるから汗ばむ。海風を意識する。大海を見やる。
急ぐ必要はなにもないのに急いでしまうのは横に海があるからかもしれない。
海の広さにちっぽけな人間はあせってしまう。
日差しがきつくなると、ひと休みする場所を探した。
どこにもかならずビールをのませる場所があった。
青島の人民は中国平均の3倍ものビールを年間で消費するという。
そのためには夜だけでは時間が不足するのだろう。
昼からビールをのむことが青島では罪悪ではなかった。青島はビールの町だった。
町のあちこちにビールの樽が置かれている。
青島で人民はこの樽からビニール袋にビールを入れてもらい持ち帰る。
スーパーでもらうようなビニール袋にビールを入れるのである。
そんなお土産ビールをぶらさげた人民がたくさん出てくる通りへわけいると、
そこは天国だった。お洒落な中山路を少しばかり脇道へ入っただけで、
こんな雑然とした海鮮市場があるとは思いもよらなかった。
ありとあらゆる海産物がハエにたかられながら売りに出されている。
魚のひとつをその場で焼き上げてくれる屋台がある。
香ばしい煙が食欲をそそりひと皿を買い求める。
どこで食べようか迷っていると、黒ビールのはかり売りをしている露店がある。
黄色い青島ビールの樽ならほうぼうで見かけたが黒ビールとはめずらしい。
ベンチとしても使えそうな置物があるので、ここでのんでもいいかと身振りでたずねる。
かまわないとおばさんがいう。先ほどの焼き魚を脇へ置き、黒ビールを指さす。
一度、例のビニール袋に入れ重さをはかってから定量分をわたされる。
どうやってグラスに入れたらいいかわからずまごついていると、
実にうまいものでおばさんがふしぎな手つきでビニール袋からビールを開放する。
黒ビールも焼き魚もけっこうな味である。
なによりいいのは往来の人民かもしれない。市場は雑多な人間が交差する。
かれらを見ていると、中国流の生活がなんとなくわかりおもしろい。
ひとりがわたしの横へ座り、おなじようにビールをたのむ。
やはりここはそういう場所だったのかとうれしくなりわたしは黒ビールをおかわりする。
いつしか夕餉(ゆうげ)の仕度をする時間になっていた。
この露店の左前にある店舗は総菜屋だったようで、できたてのおかずが山盛りにされる。
こういうご飯のおかずでのむ酒がうまいのである。
品数がそろった頃合を見はからい、中華風惣菜を数品、少しずつ買い求める。
選ぶのがことのほか楽しい。食べものをまえにするとうきうきしてしまう。
つくりたての家庭惣菜をつまみに黒ビールをのむ。
日本人の口にも合うものがあれば、これは勘弁してくれというものもある。
そうしているうちに買物客が集まり、惣菜の山々が徐々に崩されてゆく。
わたしは長居したことを詫び、日が沈むのでも見ようとふたたび海をめざす。
別の日、例によって歩いていると回転寿司屋を発見する。
高いのを承知で入ってみる。手に負えない金額だったらビールの1本で出てくればいい。
寿司なんてこの3ヶ月というもの見かけたことさえなかったので、
看板の誘惑にどうしても逆らうことができなかった。
寿司は高いものでひと皿100円程度。
帰国をまえにしたわたしはそう高いものではないと安堵したが、
考えてみれば寿司ひと皿の料金で中華ソバが楽に食べられるのだから贅沢品である。
そのためだろう。客はほとんど入っていなかった。
少ない客はみな寿司をカメラで撮影していた。
回転するレールはあったが皿はまわされておらず寿司は各自で注文する形式だった。
海産物の町、青島ということで期待したが、ネタにはがっかりさせられた。
これは使用されるものが青島に水揚げされる新鮮な魚介類ではなく、
どこかべつのところから運搬されてくる冷凍品だからではないかと思う。
それでもきんきんに冷えた青島ビールで、
形ばかりとはいえ寿司をつまめるのはうれしかった。
日本と異なるのはビールの安さ(90円)である。
少ない寿司でいかにたくさんの青島ビールをのむかが
中国の回転寿司屋におけるわたしの流儀だった。
2日通ったのだが2回とも料金を水増しされた。
指摘すると訂正するのだからかわいいものである。おかみは中国人であった。
青島で1日だけ観光をした日があった。
道教の聖地、労山をメインとしたツアーに参加したのである。
メンバーはわたしをのぞいて、全員が中国人だった。
ツアーは目的の労山へはなかなか行かず
午前中いっぱいをかけて青島の観光地をめぐり、
なにをするかといえばそこで労山へ行きたいものを集うのだから、
あまりの商魂たくましさに怒りを通りこして笑ったものである。
昼食は無理やり提携している食堂に連れ込まれた。
付近に食べもの屋がほかにないその食堂は客で満員だった。
なんのことはない。ツアー客は全員、ここに誘導されるのである。
料理は想像を絶する高さとまずさでこれまた笑うほかないものであった。
ビールだけはそれほど高額ではなかったことに青島の意地を見た思いがする。
労山へ到着したのは午後2時。
2時間後の4時にここに集合といわれてようやく労山観光である。
敦煌でツアーに参加したとき、
中国人の時間に対するいい加減さに度肝を抜かれていたので、
たかをくくって集合時間に5分遅刻したらわたしが最後のツアー客だった。
思えば、敦煌ツアーでは若年層の多かったことが原因かもしれない。
一人っ子政策のため甘やかされて育った中国の若者は、
小皇帝といわれるほど自分勝手だと聞いたことがある。
この労山ツアーに参加したもののうち、いちばん若いのはおそらくわたしであった。
ツアーガイドのおじさんにダメじゃないかと笑いながら怒られる。
帰りは帰りで土産物屋に3つも行かなければならなかった。
驚いたのは、中国人ツアー客がこの土産物屋訪問をさして嫌悪していなかったことだ。
むしろ、嬉々として商品を買い込んでいたすがたが日本人には新鮮だった。
青島の夜は浮気をせずにひとつの店に通いつづけた。
この呑み屋に最初に入ったのは青島へ到着した日の昼間である。
その日から青島を発つまで5日間も通いつめることになるとは思わなかった。
入ったきっかけは外からのぞくと客がたくさんいたからに尽きる。
界隈には似たような海鮮物をメインとする食堂が密集していた。
店に入ると、みんな昼間から酒をのんでいたので微苦笑する。
まわりがみなのんでいるのは瓶ビールではなくピッチャーに入れられた生ビールだった。
これがうわさに聞く、できたてほやほやの青島ビールかと感動して注文する。
値段の安さもまた感動に価したが、口にふくむとそれはベトナムのビアホイと似ていた。
軽くていくらでものめるが大味なのである。
瓶の青島ビールと比較したくてオーダーすると、瓶のほうは冷えていないという。
これはこの店だけではなく、青島でも瓶ビールは冷えていないところが少なくなかった。
冷やしてのむのは、もっぱら生ビールということらしい。
宿泊しているホテルから近いこの呑み屋にわたしは翌晩の再訪を約束して、
瓶の青島ビールを数本冷やしておいてもらうようお願いした。
この食堂兼呑み屋は男の料理人がひとり。女の店員がふたりで営業していた。
女のひとりがとりわけ印象的だった。でかいのである。
なじみになってから身長を比べてみたら、176センチあるわたしと遜色がない。
美人というわけではなかったが、スポーツ選手のようなすがすがしさが好ましかった。
性格も男勝りのようで、酔客をたしなめるところを一度ならず目撃した。
決まってジーンズとTシャツで、その服装がスタイルのいい彼女によく似合っていた。
翌日の晩、ふたたび店を訪れると客はだれもいなかった。
昨日の喧騒はなんだったのかと思いながらビールをのむ。
思ったとおり、ビールは瓶のほうが緻密に造りこまれている感じがした。
だが、そのあとにのんだ生ビールも決して悪いものではない。
二日目だからという余裕から聞いてみると、
ここの料理人とノッポの女はなんの関係もないらしい。
てっきり夫婦か兄妹かと思っていたので意外だった。
年齢もはずした。わたしとおなじくらいではと思っていたのだが、なんと22歳だという。
この日、キュウリの和え物と魚料理を注文すると女ふたりが困っている。
長身のほうが携帯電話でだれかと真剣に話している。
なかなかつまみが出てこないのでトイレへ行くふりをして厨房をのぞくと、
背の高いほうのおねえさんがキュウリと格闘していた。
それはまさしく格闘といった風体であった。
料理人が場をはずしていることを知る。
おそらくさっきの電話でレシピを聞いていたのだろう。
わたしに見られていることに気づくと女はよほどあわてたのか
包丁を持ったままこちらに近寄り、見ないでくれというしぐさをした。
包丁があぶないので、わたしも真顔で退く。
女も自分の手にしている凶器に気づき急いで包丁をおろし照れ笑いをした。
このキュウリ料理だけ何度も「おいしいか?」と聞くのがわかりやすかった。
しばらくすると料理人が戻ってきて魚の調理にかかった。
キュウリのそれは好物で中国各地で食べてきたが、これはひどくまずかった。
けれども、つくっているところを見た以上、まさか正直な感想を伝えるわけにもいかず、
「好吃(うまい)」といいながら残さず食べきった。
中国最後の晩もなぜかこの店に足が向いていた。
もしかしたらわたしが顔をだすたびに例の背の高い女の見せる、
また来たかこの呑み助め、
という薄ら笑いに被虐的な快感を感じ取っていたのかもしれない。
いつもの席に座り見まわすと今日はわたし以外に客もいるので安心する。
この食堂が盛況だったのは初日だけである。
しばらくビールをのんでいるうちに今日はあのノッポのねえちゃんがいないことに気づく。
どうしたのかをもうひとりの店員に聞くのもバカらしいので、
そのまま青島ビールをのみつづけていると、場にそぐわぬ格好をした女が入ってくる。
ぽんと肩をたたかれて見あげると、あの長身の女であった。
なにか店に言伝でもあったらしく、すぐに女はまた出て行った。
いつものようなジーンズとシャツといったラフな格好ではなく、
えらく短いスカートをはいていた。
似合わないのになと思いながらビールのおかわりを注文する。
あたらしいビールを持ってきた背の低いほうの店員が意味ありげな笑みを浮かべている。
なにやら中国語で話しかけてくる。
わたしは酔っぱらうと中国語のヒアリング能力が飛躍的に伸びるのである。
たぶん、こういっていたと思う。いや、間違いないと思っている。
――いまからあの子、デートなんだよ。残念でした!
誤解されていることに愕然とした。
わたしは断じて女目当てに店へ通うような酒のみではない。
きみは誤解しているということをなんとか店員へ伝えたかったが、
中国語でそれをどういえばいいのかわからない。
まったくひどい誤解だとわたしは憤慨した。侮辱されたとさえ思った。
カッカしながらビールをのみほしていったが、
そのうちほんとうに誤解なら怒ることのほうがおかしいことに気づき、
なんだか楽しい気分になったわたしはひとりでくつくつ笑ったのだった。
これが青島のみならず中国最後の晩であった。
翌日は朝からお土産の購入に忙しかった。
というのも、中山路の中国銀行ではどういうわけか外貨両替ができなかった。
わたしの目的を知ると、脇にバッグをかかえたあやしげな中国人が近寄ってくる。
両替なら請け負うよ、というのである。どうしてもかれを信用することができなかった。
わたしは余った人民元でお土産を大量に買うことに決めた。
土産品購入に思いのほか時間を取られ、
ホテルのチェックアウト時間にあやうく遅れるところだった。
下関行きフェリーの乗船受付の締め切りは16時でまだ時間がある。
さて、どこでのむべきかと迷う。
最初に思いつくのはノッポのねえちゃんの店である。
しかし、昨日受けた屈辱的誤解を思い出し、行くもんかと思い直す。
いやいや、とさらに思いをめぐらす。
ここで行かなかったらあの誤解を認めるようなものではないか。
自意識の鎖はここ中国においてもわたしをがんじがらめにするのである。
疲れ果ててここ青島に到着した日にのんだあのビールの感動が忘れられないと思った。
青島ビールをのみはじめたのがあの食堂なら、のみ終わるのもおなじでありたい。
わけのわからない理屈をつけて、わたしは例の食堂へ向かう。
店内へ入ると今日はまるで初日のような混雑ぶりである。
ランチタイムが忙しい店なのかもしれない。
ノッポのねえちゃんと目が合う。いつものジーンズすがたである。
また来たのか酔っぱらいめ、といった感じで女は顔をゆがめて笑った。
おまえなんか好きじゃないからな、おれはビールが好きなんだ。
目で精一杯語ろうとしたが、伝わったか自信がない。
注文しないうちにノッポがビールを持ってきたから、もしかしたら伝わったのかもしれない。
わたしは今日はじめての青島ビールを勢いよく流し込んだ。
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