敦煌料理店(前編)

敦煌のバスターミナルへ到着したのは4月27日の午後5時であった。
ホテルの客引きのおばさんから声をかけられる。
バスターミナル横の建物が招待所になっているようだ。
敦煌に着いたという感動からむげに断わることもできずついていく。
部屋を見せてもらうと、想像していた以上にひどい。汚いのである。
まるで監獄のようなのだ。バス、トイレは部屋にはついていないという。
これで60元(900円)でどうかというのである。断わる。
いくら安くてもここには泊まれない。せっかくの敦煌が台無しになってしまう。
おばさんはなにを勘違いしたのか50元でいいという。だから、ちがうんだ。
こんなに安いのになぜ泊まらないのかとおばさんはふしぎな顔をしている。
ひとのよさそうなおばさんをふり切り建物の外へでる。
青空を見上げる。太陽がまぶしい。これが敦煌の光なのかと思った。

ホテルはバックパッカーの定宿、飛天賓館に決めた。
一泊100元(1500円)である。
受付でおどされる。100元で泊まれるのはあと数日だというのだ。
というのも、5月1日から中国の大型連休、黄金週間がスタートする。
ここも5月1日からは宿泊料金が倍の200元にはねあがるらしい。
さいわいなことにわたしは4月30日に敦煌を発つ。
日本を離れたのはいちばん寒い2月のはじめである。もう3ヶ月も旅をしているのか。

飛天賓館に付属した旅行会社で明日のバスツアーへの参加を予約する。
熾烈な交渉であった。バスツアーというのは毎日、出ているわけではない。
旅行者が集まったときだけ開催されるのである。
すでに翌日のツアー開催が決定している。
すなわち、収入を見込める乗客を現段階で確保している。
もうバス運賃とガイド料金は変わらないということだ。
ひとりでも多く乗せたら、そのぶんがそのまま収益になるわけだ。
こちらはそこを突いてなんとかディスカウントさせたい。
向こうだって商売。そうそう値下げができるわけがない。
いかにもやり手といった鋭い印象の女性はいう。
「本来は150元だけど、あなたは特別で130元でいい」
こちらは足元を見る。「100元だ」
結局、120元まで下がったが、これ以下にはならないようである。
わたしは事務所を出るそぶりをする。甘い期待があった。
「待ってくれ」とさらに安い金額を提示してくれるのではないか。
ところが、声がかからない。事務所を出たわたしは負けたと思った。
いまさら引き返すわけにはいかない。
このツアーに参加したいのは事実なのである。4日間しか敦煌にはいない。
この期間で今度いつツアーが開催されるかもわからないのである。
ひとりでタクシーを借り切ったら400元、500元は取られる。困った。
一度、ホテルへ戻り、荷物の整理をする。
もう7時に近い。ちょうどこのくらいの時間が敦煌の夕暮れである。
さて、暗くなったから酒をのもう。
ホテルを出ると、先ほどの旅行会社から例の女性がすがたを見せる。
ツアー料金を110元まで下げてやるというのだ。
ここまで来たら100元にこだわることはない。
しめしめと思いながら110元で手を打つ。たかが10元。150円である。
せこいと思われるかもしれないが、ここはビールが3元の国なのである。

ビール3本ぶんが浮いたなとほくそ笑みながら敦煌の中心街へ足を向ける。
100メートルも歩いたかわからない。
「いらっしゃいませ」と日本語の看板が出ている。
大きく「旅人の家」とも書かれている。これが敦煌料理店との出会いだった。
テーブルが4つしかないような小さな食堂である。
なかを見るとだれも客らしきひとはいない。おっさんがひとりぽつんと座っている。
そのまえにはビール瓶とグラスがある。
「やあ、日本のかたですか」
敦煌料理店のオーナー、ズイさんが最初に発した日本語であった。
わたしがこのズイさんに最初にかけた言葉は――。
「冷たいビールって、ここありますか?」
ズイさんはふかぶかとうなずき口を開く。
「冷たくなければビールじゃない」
わかってるね、とうれしくなる。店内を見まわすと、ここは宝の山である。
日本語書籍の本棚があるのだ。
日本を発って3ヶ月。どれだけ日本語に飢えているか。
「ここの本って、交換してくれます?」
「いいです。いいですよ。まずは座ってください。ビール、のみませんか」
ズイさんの様子がおかしい。明らかに酔っぱらっているのである。
それも泥酔に近い。ふらふらしている。
このひと、やばいんじゃないかと一瞬あせった。
しかし、日本語書籍の誘惑にはあらがえない。
とりあえず書籍交換だ。いま交換してもらおう。
ズイさんが酔っているいまがチャンスなのかもしれない。
わたしは一度ホテルへ戻ることを伝えた。
「大丈夫です。ビールを何本、冷やしておきますか?」
このおっさん、おもしろいな。こよいはここでのみあかすか。
「5本でも6本でも。1本、いくら? 3元! ううん、安いな」

本を持参し急いで敦煌料理店へ戻る。
正確にはズルなのかもしれない。
わたしの持っている日本語書籍はやむにやまれず中国で買ったものである。
日本語の教則本だ。日本語の名文が左ページに書かれている。
右ページにはその中国語訳が載っているという体裁のもの。
「これでもいいですか」と問う。
ズイさんは気前がいい。
「大丈夫。大丈夫。早くビールをのみましょう」
日本語教則本3冊と引き換えにわたしが手に入れたのは以下の本である。
「放浪記」(林芙美子)、「人生論ノート」(三木清)、「敦煌」(長澤和俊)。
井上靖の「敦煌」もあったので、これはあとで返すからと借りる。
まさか敦煌で井上靖の「敦煌」とめぐりあえるとは思わなかった。
これを読んでいつか敦煌へ行きたいと思ったものである。
そして、いま敦煌にいる。

冷たいビールをわたしもいただく。
ズイさんはかなり酩酊している。急いで追いつかなければならない。
急ピッチでグラスを空けているとズイさんはにこにこ笑っている。
話したくてしようがないようである。
「いまタカシちゃんが、駅へ行っちゃってね」
酔っぱらいの話はなんのことだかさっぱりわからない。
いちいち意味を問うと、こういうことらしい。
ズイさんは日本人旅行者を下の名前で、なおかつちゃんづけで呼ぶ習慣がある。
タカシという日本人がここ数日、敦煌料理店へ入りびたっていたが、
先ほどウルムチへ旅立ってしまったということだ。
ここに名前を書けとノートを渡される。見ると日本人の名前がずらりと並んでいる。
わたしは名前を書きながら、それを中国語よみで発音した。
「へえ、中国語わかるの?」
「十年前に大学で勉強した」
これも中国語で返答する。

ズイさんはにやにや笑いながら、日本人の名前を順番に指さす。
「Aちゃんは買った。Bちゃんも買った。Cちゃんも買った。みんなスケベね」
これもなんのことがわからないので質問する。
あれを見ろとズイさんは壁に貼られた紙を指さす。
ツアーの紹介が8つ書かれている。
ここは旅行会社も同時に運営しているということである。
「あの7番目と8番目のコース、スケベね。日本人、みんな選ぶ」
1〜6までのツアーは一般的な旅行ツアーらしい。
7、8番目のツアーはこう書かれている。
「7.夜の敦煌ツアー(当店オリジナル)」
「8.特別砂漠ツアー(当店オリジナル)一人分料金400元」
やけに高いなとわたしが反応すると、高くないとズイさんは笑う。
「特に8番目はここだけでしかできないよ」
ズイさんの説明だと、7番目は女を買うツアーらしい。
8番目はもっとすごいので聞きながら思わず笑ってしまった。
「8番目はうちの店でいちばんの人気メニュー。砂漠でセックスね」
なんでも売春婦と砂漠へ行って寝袋のなかで交わるコースだという。
「どこまで行ってもなんにもない砂漠。だれもいない。上を見たら星空。
ここでセックスしたら一生の思い出になります」
質問する。
「こんなコースに参加する日本人いるの?」
「いるいる、いっぱいいる。だから、あるんじゃない」
ズイさんは名簿の名前を指さしながら、
この子とこの子が参加したといちいち教えてくれる。

このおっさんは何者だろうと思う。
いくらなんでも会ったばかりの日本人に売春の話をしなくてもいいだろう。
いや、わたしの酔いが足らないのかもしれないと、さらにビールを頼む。
ズイさんもへべれけになりながらビールをのむのをやめない。
「なにか作りますか」とズイさん。
「そんなに酔っぱらって料理できるの?」
「大丈夫、大丈夫」
メニューを見ると、価格はわたしがふだん食べている食堂の1.5倍といったところだ。
高いが、ここは日本語書籍代と思うしかない。
肉入りの野菜炒めを注文する。ズイさんは厨房に入っていく。
ひとりでビールをのんでいたが不安になり厨房へわたしも入る。
「ちゃんと手を洗った?」
「もちろんだよ。信用して」
「野菜、水で洗わないの?」
「いまから洗うところ」
あわててズイさんは野菜を水で洗いはじめる。
このおっさん、どうしようもないなとあきれる。
できあがった野菜炒めは味がない。指摘すると、「大丈夫、大丈夫」である。
フライパンであたためなおし調味料を追加している。
これでなんとか食べられるものになった。

ズイさんはもうぐでんぐでんだ。明らかに人間として崩れている。
いきなり愚痴を話しはじめた。
聞くと、精神的にまいっていて昼からビールをのみつづけているという。
敦煌料理店はズイさんとトウさんがやっている。
トウさんは35歳の女性。
「そういえばズイさんはいくつなの?」
ズイさんは39歳だという。
トウさんのことは、この食堂に置いてある情報ノートを読んで知っていた。
従業員ということである。
少なくとも情報ノートにこの店の思い出を書いている日本人はそう思っている。
ズイさんは否定する。
「従業員じゃないの。トウさんは、ボクの愛人」
おいおい、と思う。はじめて会う日本人に、こんなこころを許していいのか。
それだけ酔っぱらっているということなのか。
わたしは日本でも海外でも、初対面のひとからいきなり悩みを告白されることが多い。
いってみれば、こういうことには馴れている。
グラスのビールをつづけざまにのみながらズイさんの話を聞きつづける。
ズイさんとトウさんは5年前に知り合った。トウさんは結婚して子どももいた。
けれども、ふたりは恋に落ち、結局トウさんは子どもを残して家を出たそうだ。
ズイさんも、むろん結婚している。子どももいる。
敦煌から少し離れたところに家はあるが、めったに帰らないらしい。
とにかくズイさんのほうは離婚していない。
だから、トウさんはズイさんの愛人ということになるのだ。
複雑な関係である。質問する。
「あれ、ズイさんの奥さんは、ズイさんに愛人がいることを知っているの?」
「知らない。知っているわけがないじゃない。秘密」

ズイさんとトウさんは今朝、激しい喧嘩をしたそうである。
原因はこの不平等な関係にあるみたいだ。
トウさんは、子どもまで捨ててズイさんのために尽くしている。
しかし、ズイさんは家族がいる。ひとり占めできない。
「トウさん、怒る。残してきた子どものことが忘れられないと泣く」
ふたりは喧嘩をした。
通常、この敦煌料理店の厨房、接客はトウさんの役目である。
旅行業務をズイさんが請け合っている。
トウさんと喧嘩してしまったいま、これからどうしたらいいかわからない。
こういう事情で、ズイさんはやけ酒をのんでいるわけだ。
ひとりでさみしくビールをのんでいた。そこにわたしが登場した。
これさいわいというわけである。
尿意を感じたのでその旨を伝えると、店にトイレはないという。
「そこでしちゃいなよ。立ちション」
店のまえはポプラ並木である。木に向かって放尿しろというのだ。
「ほんとうにいいの?」
「大丈夫。気にしない」
酔ったいきおいで実行した。この日はふたりで遅くまでのんだ。
宿泊している飛天賓館はすぐそこである。
日付が変わるまでふたりでビールをのんだ。敦煌最初の晩であった。

翌日の晩、敦煌料理店を再訪するとズイさんがあわてている。
「昨日、たいへんなことをしたでしょう」というのだ。
「なんのこと?」
「そこでおしっこをした」
ゆうべの立ちションを責められているようである。
「だって、ズイさんがかまわないっていったから……」
ズイさんは沈黙する。
聞くと、このポプラ並木は黄金週間まえだからということで、
つい先日、敦煌の自治体が木の幹を白い塗料で装飾したという。
「見てよ。それがはがれてしまっている」
見にいくと、たしかに色が落ちている。今度はわたしがいう番である。
「大丈夫。大丈夫。気にしない」

「あなたは、のん兵衛ですね」といわれる。
「ボクが中国ののん兵衛なら、あなたは日本ののん兵衛」
昨日はよくのんだものである。たずねる。
「ビールを何本のみましたか昨日」
ズイさんも覚えていないという。おカネを払った記憶はかろうじてある。
「昨日はのみすぎました」と中国ののん兵衛は反省している。
二日酔いでさんざんだったようである。
実はわたしも今朝はめったにない二日酔いでとんでもない失敗をした。
バスツアーが朝8時に飛天賓館から出発するのだが寝坊してしまった。
旅行会社の女性にドアをたたかれてようやく目が覚めた。
もうわたし以外は全員集合しているらしい。
あわててろくろく顔も洗わずに部屋を飛び出た。
ツアーには日本人の留学生が3人参加していたが、
女子学生の集団は酒臭いわたしを露骨に敬遠するので落ち込んだものである。
日本人留学生の友だちという中国人学生がただひとりわたしに親切にしてくれた。
日本人女子は遅刻したわたしを母国の恥のように思っていたのかもしれない。

今日は敦煌料理店に日本人旅行者がひとりいた。
わたしと同年代の男性である。
ゴールデンウィークを利用して飛行機で敦煌まで来たという。
そうか、もう日本はゴールデンウィークなのかと思う。
しばらく雑談したのち、かれはホテルへ戻っていった。
あまり酒は好きではないらしい。明朝、この敦煌料理店のツアーに参加するという。
400元(6000円)もするツアーにひとりで参加するのだからリッチである。
かれが去ると、ズイさんはわたしに耳打ちする。
「かれね、いま8番目のツアーから戻ってきたところ」
あの砂漠で売春婦と遊ぶツアーのことである。
「これ秘密だからね。ボクがいったっていわないでね」
なんて口が軽いんだよズイさん! 様子を見ると、なんだかおかしい。
「もしかしてズイさん、もうビールをのんでるの?」
「ちょっとだけよ、ちょっとだけ」
問いただすとすでに3本ビールをのんでいるとのこと。
かくいうわたしもバスツアーで立ち寄った売店で昼間から2本ビールをのんでいる。
ズイさんは、一心にビールを愛している。ビールのためだけに生きている。
毎朝、目が覚めると、今日は何本ビールをのむかを考えるらしい。
それが生きる楽しみ、だとも。しかし、ズイさんは固く決心している。
いま39歳だが、40歳になったらビールをきっぱり断つというのだ。
「無理でしょう」と同病相憐れむでからかう。
「いや、健康のことを考えないといけないから」

この晩もズイさんとふたりで酒盛りになった。のみ助同士で気が合うのである。
ズイさんはかつて旅行会社に勤めていた。日本人ツアー専用のガイドだった。
しかし、体力が持たなくて会社を辞めた。
なによりつらいのが汽車の移動だったという。
日本人旅行者をどこかへ連れて行く。日本人は飛行機で帰る。
ズイさんは汽車で戻らなくてはならない。
中国の鉄道はつねに混雑している。座れない。立ちっぱなし。
それがいちばん苦しかったということである。
のん兵衛同士が酒をくみかわすと、とんでもないことになる。
ふだん以上に酒がすすむのである。
あいつがあれだけのんでいるんだから、こちらも負けられねえ、となる。

酔うとズイさんはどんどん口のすべりがよくなる。
実は敦煌料理店のみならずズイさんは裏で風俗店を経営しているという。
「ええ? 中国ではそういうの禁止されているんじゃないの?」
「ワイロを払えば大丈夫。公安にワイロを払えばつかまらない」
「奥さん、家族はそのことを知っているの?」
「知っているわけないじゃん」
この敦煌料理店の夜のツアーは、ズイさんの経営する風俗店の女の子を使うらしい。
いまズイさんの風俗店には4人の女の子が勤めている。
どんな女の子が勤めるのか聞くと、田舎の少女らしい。
期間を定めて売春で荒稼ぎして、カネがたまったら田舎へ帰るというのが一般的だそうだ。
実業家のズイさんは経営事情を教えてくれる。
敦煌料理店なんかより風俗店のほうがよほどもうかるらしい。
なかでもいちばん収益が大きいのは夜の砂漠ツアーだという。砂漠でセックスだ。
あれを日本人がオーダーすると、なにもしないでズイさんのふところに200元入る。
「こんな食堂でフライパンをふっているのがバカらしくなる」くらいだという。
けれども、旅行者が好きだから敦煌料理店をつづけている。
シーズンになると、この食堂は日本人旅行者であふれかえり、
毎晩のようにそれはそれは楽しい酒宴が繰り広げられる。
そうやって旅行者とバカをやるのはカネにはならないけれども悪くないと思っている。

酔っぱらったズイさんの暴走はとまらない。
バックパッカーのバイブル「地球の歩き方」の裏事情も教えてもらう。
少なくとも、ここ敦煌では「地球の歩き方」スタッフにワイロを払わないと、
あの有名ガイドブックには掲載してもらえない。
このへんを取りしきっているのはUさん。
かつて敦煌にはインインカフェという、日本人が集まる場所があった(2005年閉店)。
なんのことはない。
このカフェのオーナー、インインさんというのはUさんの奥さんなのだ。
「地球の歩き方」スタッフのUさんが中国人女性と結婚して敦煌でカフェを開く。
それを自分がかかわる「地球の歩き方」に紹介するのだから、楽な商売である。
わたしもいいおとなのつもりだが、こういうおとなの事情には閉口する。
敦煌料理店が「地球の歩き方」に掲載されないのは、
Uさんに袖の下を渡さないからなのである。公私混同も甚だしい。
ズイさんによると、べつに憤ってはいないとのこと。
中国ではこういうワイロは日常茶飯事だから怒っても仕方がないという。

酒が足らない。中国のビールはいくらのんでも酔わない。
白酒がのみたい。ズイさんにたずねると、ないとのこと。
スーパーで買ってくればいいじゃないかと言われる。
厚意に甘えて白酒を持ち込む。アルコール度50以上の酒である。
白酒をまるで水のようにのみほすわたしを見てズイさんはあきれていた。
宿泊している飛天賓館でお湯が出ないことを嘆くと、
ズイさんはホテルを移ればいいじゃないかと教えてくれる。
ズイさんの紹介があれば莫高賓館にわずか70元で泊まれるということだ。
お願いすると、ズイさんはその場で電話をかけてくれる。
翌日のことだ。この莫高賓館に宿泊している日本人と敦煌料理店で知り合い、
いくらで泊まっているか聞いたらば220元だという。3倍もの差だ。
その場に居合わせたズイさんによると、中国のホテルはみなこんなものらしい。
おなじホテルに泊まっているひとでも、払っている金額は千差万別。
「中国のホテルは奥が深いからね」というとズイさんはにやりと笑ったものである。
この日は深夜2時近くまで店を開けてもらった。
敦煌2日目の晩もかくして酒に呑みこまれたのである。

COMMENT

るる URL @
12/21 11:45
. ああ
早く後半が
読みたいな
白酒
買ってこよっと
Yonda? URL @
12/21 20:39
るるさんへ. 

コメント、ありがとうございます。
読んでいるひとがいると思うと励みになります。
もうこの「敦煌料理店」は数人が読んでくれればいいとさえ思って書いています。

白酒って、日本でも買えるんですかね。
というか、調べたらネット通販で購入できるみたい。
しかし、高級品ばかり。
やはり白酒は命を落としかねない危険と背中合わせに、
本場中国でのむものなのかもしれません。
るる URL @
12/22 12:06
愛読者. 高級品は手が出ないので
貰い物の焼酎「櫻島」と
偽火鍋=キムチ鍋で
我慢します
Yonda? URL @
12/22 23:45
るるさんへ. 

同感です。
ものを味わうとは、すなわちイメージ。
現物が中国産の劣悪食品でも、
夢見がちなわたしはいっさい気にしません。
- URL @
03/16 11:42
. こんいちは
<敦煌料理店>の隋小礼です。
偶然にこの記述体小説に会って読んで、びっくりしました。一年ぶり、まだ私のことを覚えているのをありがとうございました。
去年の末,閉店してから兰州で15日ぐらいインタネットを勉強しました、今はまだ敦煌にいます、ネットで旅行社の仕事をしています、ウエブサイトを開設したばかりで、ホームページ:http://www.china-world.info/dunhuang/
なお、ビールをやめました、40歳になりましたから、どうもありがとうございました。では またね
Yonda? URL @
03/16 21:39
隋小礼さんへ. 

ああ、隋さんではありませんか!
ついに見つかってしまいましたね。
無断でモデルにしてしまいごめんなさい。
だけど、インタネットをやっていて、こんなうれしいことはめったにありません。
あの隋小礼さんがわたしのインタネットを見てくれるなんて。
生きていてよかったと思います。

「敦煌料理店」ではほんとうにお世話になりました。
敦煌で隋さんとのんだビールは一生の思い出です。
閉店はとても残念です。
新しいネットの旅行社の仕事、うまくいくといいですね。

> ビールをやめました、40歳になりましたから

日本人の旅人はだれも信じないと思いますよ。
あの隋さんがビールをやめたとは。
しっかり約束を守る隋さんの行動、尊敬します。
わたしは今日もビールをのんでいます。

このネットの文章でなにかまずい(よくない)ことがありましたら教えてください。
すぐに削除したり、改変したりします。
yondayonda@mail.goo.ne.jp

いつかまた敦煌へ行きたいものです。
そのときは1日だけビールにつきあってください。
新事業のご成功、祈っています。
遠い敦煌からの書き込み、ありがとうございました。
いま幸せな気分でいっぱいです。








 

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