「晩年の井上靖 『孔子』への道」

「晩年の井上靖 『孔子』への道」(山川泰夫/求竜堂)絶版

→著者は元・学研の編集者。井上靖のいくつかの全集を手がけた。
そのおりに井上靖本人に53回会ったというのがこの男の自慢のようである。
最低最悪の本と言わざるをえない。看板に偽りありなのだから。
タイトルに井上靖とつけておきながら、なんとくだらぬ自分語りが多いことか。
読者は井上靖に興味があるのである。
学研のいち編集者が出世しただの、左遷されただの、どうでもいいことである。
どうしてこうも読者心理のわからぬ阿呆が編集者などやれていたのかふしぎである。
著者は井上靖を先生とよぶ。先生とお話できたのは最高の幸福だったというのだ。
つまらない男というほかない。
晩年の井上靖といえば社会的評価も定まった文壇の大御所。
著者は人間・井上靖よりも、この作家の地位に敬服しているようにしか見えない。
というのも、著者の井上文学への感想はどれも稚拙というほかないものだからである。
「有名人と知り合いのおれおれおれってすごくねえ?」という本だ。
この山川某と比較して「花過ぎ」の著者、白神喜美子のどれほどすごかったことか。
だれも見向きもしなかった井上靖38歳の才能を信じることができたのだから。

本書からうかがえるのは晩年の井上靖がどれだけ幸福だったかということくらいだ。
多くの崇拝者を持ち、あたたかい家庭に守られて、である。
井上靖の3人の子どもでおかしくなったものはいないようである。
みんな幸福に生きている。本書にも孫に囲まれて微笑む井上靖の様子が描かれている。
この本から知ったことではないが、井上靖の夫人も、息子も娘も、
井上靖の回想記を書いている。
おそらく、ちょっとおかしなところがあったけれども、いいお父さんだった。
というようなことが、書かれているのだろう。
ふたたび、愛人だった白神喜美子のことを思う。

話をこの駄本に戻す。著者の山川泰夫が編集者だったとは思えない。
というのも、退職した山川は自伝を自費出版した。ここまではいいのだ。
しかし、山川はこの自伝を井上靖のもとへ持っていく。読んでくれというのである。
ときは1989年。井上靖81歳。亡くなる2年前である。
山川に編集者根性といったものがあれば、
それがなくとも井上靖を尊敬する気持が少しでもあれば、
この偉大な文豪の残り少ない時間を、
くだらぬ自伝を読ませることで奪おうなどとは決して考えぬはずである。
しかもこの自伝のうち井上靖について書いたのはほんの数ページだったようだ。
とんでもない編集者がいたもんだ。そのくせ学研でけっこう出世したと自慢している。
学研という出版会社のレベルが知れようものである。

こんな本は古書市場からぜんぶ回収して火をつけて燃やせばいいと思う。

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