「この人生に乾杯!」(山口瞳と三十人/TBSブリタニカ)絶版
→山口瞳追悼特集本――。
作家は二枚目と三枚目がいると思う。実際の顔がどうのこうのと言うのではない。
問題は意識のみである。じぶんを二枚目と思っているか、三枚目と思っているか。
言いたいことはなんとなくわかっていただけるのではないか。
作家には明確な相違があるでしょう。
自己陶酔か自虐かというほど簡単ではないけれども。
たとえば村上春樹の天才は、あの顔でじぶんを二枚目と思えるところにあるわけで。
吉本ばななも、それに近いものがある。
二枚目作家(しつこいが実際の顔のことではない)は、たいがい異性の読者から好まれる。
わたしは柳美里が好きでたまらないけど、ある女性にそれを言ったら、
とんでもないと怒られてしまった。柳美里、大嫌い、早く死ねと(笑)。
わかるわかる。ふつうの女性なら柳美里は嫌いだよね。
よほどじぶんの容貌を勘違いした女性にしか柳美里は好かれないと思う。
で、柳美里嫌いの彼女が好きだというのが保坂和志。
今度はあんなのはダメだ、死んでしまえとわたしが言うことになる。
島田雅彦のように実際に顔が良くてなおかつ二枚目文体は、死ねではなく殺す。
殺してやりたい作家になる(笑)。
長い前ふりだったが、ようやく本題に入ると、山口瞳は偉大なる三枚目作家であった。
三島由紀夫の対極に位置するのがこの作家ではなかったと思っている。
だから、お酒をのみながら山口瞳を読むと気分がやわらぐ。
むろん、じぶんが三枚目だと骨の髄まで(大げさかな)理解しているためである。
生きていくうえで山口瞳のようなスタンスは悪くないと思う。
色恋にうつつを抜かす連中を、よくやりますなと酒でもすすりながら傍観する。
人生、それだけではありませんよ。むしろ、楽しいですか。
下半身がなかったら、たいていの若い女性など話してもつまらないだけではありませんか。
こんな具合で、山口瞳をいささか神聖視していたのかもしれない。
まあ、こちらもいい年だからもうある作家に情熱的に入れあげることはないが、
それでもそれなりの思い入れはあった。
ところが、である。本書で山口瞳夫人が爆弾を投入している。
青年・山口瞳からもらったラブレターを、おかしな自作の短歌とともに公開しているのだ。
作家志望者は間違ってもじぶんと似た異性と結婚してはならない。
たとえ世に出ても、山口瞳のように死後なにをされるか知れたものではない。
(余談だが、先ごろ中島らもの奥さんも壮絶な暴露をしている。立読みして大笑いした。
中島らもは二枚目のくせに三枚目ぶろうとした嫌なやつというのがわたしの評価)
山口瞳のラブレターに話を戻す。
昭和20年代前半という時代と、20台前半という山口瞳の年齢を考慮に入れても、
これは公開してはいけないものだったと思う。
枯淡を気取っているようなところもあった山口瞳も青年時代はこうだったのかと驚く。
純粋な文学青年で、なおかつ文壇デビューを真剣に考えている野心家でもある。
歯の浮くような修辞が続く恋文は笑いを禁じえない。
おなじ手紙を現代の女性に送ったら、ストーカーと間違われ、警察に相談される可能性も。
世に出たあとの山口瞳からは信じられないような、脅威の二枚目文体なのである。
引用を待っているかたも多いと思うが、ここはお許し願いたい。
ひとが真剣に書いたものを笑いたくない、などという偽善的な理由からではない。
もっと功利的な問題である。この恋文集は教科書として使えると思ったからだ。
三枚目の山口瞳が、これだけ「キモい」ラブレターを書いた。
ここまでやっていいのかという安全弁である。
この先、ラブレター(メール)を書くことがあったら本書を大いに参考にするつもりだ。
したがって、手の内をここにあかすわけにはいかぬというわけである(むふふ)。
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