「好きになっちゃったベトナム」

「好きになっちゃったベトナム」(下川裕治責任編集/双葉社)絶版

→逆説めいたことを言うが人間がもっとも旅と無縁なのはまさに旅をしているときだ。
旅の本質は行為ではない。思念のうちにのみ存在するのが旅である。
旅行のプランを練っているときほど楽しい時間はないでしょう。
ひとはそのとき旅をしている。旅とは思い思われるものなのだから。
旅に出るまえ、かれは旅をしているといえよう。
旅から戻る。回想する。このときもかれは旅をしている。
どういうことか。たとえば旅をしたいと思うとき、ひとは旅をしている。
かつての旅を思い返しているからである。
いつかゆく旅に思いを馳せているからである。
芭蕉が旅を始めたのは「おくのほそ道」の1行目を記したときであった。

人生で旅ほどおもしろいものはないといまのところ思っている。
見知らぬ土地で見聞を広めるのは人間に許された数少ない愉楽である。
たしかに人生はつまらない。だが、旅があるではないか、とも思う。
カネがない。時間がない。にもかかわらずひとは旅をできるのである。
旅行記を買ってくるがよろしい。いつかここに行くと決めるのである。
そのうえで本を読み始める。そのときあなたは立派な旅人である。
けれども、なんとか都合をつけて実際の旅に出るのがやはりよろしい。
人生は一度きりである。思い切って旅立つしかないではないか。
その旅は生きているあいだ無制限で旅として使えるのですぞ。
酒をのむ。ブックオフにて105円で買ったこの本を開く。かつて旅したベトナムを思う。
このときわたしはほんとうの旅をしていた。
現地でのんだビアホイはまずかったが、日本で思うビアホイは最上級の酒である。
ここに旅の不思議がある。旅の愉悦がある。

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