朝である。駅をでると、客引きのおばさんにつかまる。
駅から峨眉山のふもとまではけっこう距離がある。
バスを探してもよかったが、おばさんのいきおいに呑まれてしまった。
おばばくるまに乗せられ、いざ峨眉山めざして、である。
あるゲストハウスに連れて行かれる。テディベアゲストハウス。
例の熊のプーさんを、中国人らしく無断借用、宿のシンボルにしたところだ。
ここのオーナーもおばさん。いくらだ? 120元。高い。
いくらなら泊まるか。90元(1450円)にしてくれ。よし、それでいい。
こんな会話を中国語ではなく、英語で交わす。
もうからだが中国に適応しているため英語を話したり聞いたりするのが億劫だった。
英語が嫌いであることを自覚する。
なぜおばさんが英語を話すのか、しばらくして了解する。
ここはファラン(白人)専用のゲストハウスだったのである。
白人旅行者のバイブル「ロンリープラネット」(ガイドブック)にも、
優良宿として掲載されている。
ファラン嫌いのわたしは、まずいところに入ったと思ったが、もうどうしようもない。
しかし、どうして、ああもファランはうざいのだろう。
ゲストハウスの壁の一面に英語でくだらない落書きが。
ファランは自己主張が激しい。
植民地には、はっきりそうと示さなければ気が済まないのだ。
ここはレストランも併設していて、メニューを見ると、バカ高いファランめしばかり。
夜になると、それはそれはうざいこと。
欧米人特有の、わざとらしい笑み。きみトラベルをエンジョイしているかい。
そうかい、そうかいと、おもしろくもない話に余裕のある微笑。
なあ、まったくチャイナは困ったもんだ。欧米に比べて、なんとスローな進歩か。
だが、それもいいもんだ。ライフはエンジョイするものだ。
チャイナも、まあ、なかなかのものではないか。
要約すれば、「上から目線の共有」から生じる鼻持ちならぬ微笑である。
まったく殴りつけてやりたくなる。
中国を旅するファランの生態が判明する。
東南アジアではひとりで行動していた旅行者も中国ではグループ化する。
3人というのが、いちばん多いようである。
タクシー対策と思われる。3分割すれば安くあがるという計算だろう。
ファランはひとりでバスに乗れないのである。漢字が読めない。
さらにタイ、カンボジア、ベトナムだったら、
当たり前のように現地人に英語で話しかけていた白人だが(植民地と思ってだろう)、
ここ中国で人民に英語で話しかけてもいやそうな顔をされるだけであろう。
これは日本でも同様である。日本も白人は楽な旅をできない。
我われ日本人は道端で異人に声をかけられたら、まず逃げるでしょう。
それでいいのである。欧米列国に侵略されていない証拠なのだから。
かたいや東南アジア。あそこらは完全にファランから舐められているわけである。
だが、ことの必然として白人ガイドブックにはめちゃくちゃ書かれるわけである。
日本人は不親切だ。たいはんが英語を話せない。
そのくせアジアのぶんざいで物価が高い。
ゆうべは寝台で寝たので疲れている。
峨眉山へのぼるのは明日にして、ふもとを散策することにする。
まずは報国寺。仏教、道教、儒教、すべてが祀(まつ)られている。
中国人は現実主義者である。役に立つものにしか価値を見出さぬ。
言い換えれば、役に立ちさえすれば、なんでも一緒くたにしてしまう。
仏教、道教、儒教から3人の崇拝対象をピックアップして、寺のアイドルにしている。
いちばん奥の寺でババアの祈っているのが印象的だった。
白衣をはおったババアばかり数えきれぬほどで寺の構内を埋め尽くす。
おなじ文句の念仏(なのか?)をふしをつけてうたっている。
寺山修司の映画のような、えたいの知れぬ恐怖を感じる。
口称念仏というのは国を問わず無知蒙昧の大衆に相性がいい。
口を動かしているのだから、なにかいいことをしているという気分になる。
見返りを期待できるのもよろしい(たとえ死後の見返りであるにせよ)。
体内から聖なる言葉が出るという感覚も庶民には喜ばしいものではないか。
老いると人間は、おのが無力を知るにいたる。
結局、どうにもならないのが、おおかたの人生なのである。
そのとき称(とな)えることのできる呪文があるのはありがたいことなのだろう。
呪文の意味など、わからなくていい。わからないほうが、かえってありがたみがある。
中国の老婆の斉唱はいつになってもやまないので、わたしは寺の外へ出た。
伏虎寺(ふっこじ)へ行く。
ここへ行くまでの山道が、神秘なる中国を体現していて、味わい深いものがあった。
寺も中国を感じさせる。
龍あり虎ありで、我われ日本人の中国イメージとぴったり適合するのである。
酒をのもうという時間になった。どこでのもうか思案するのもまた楽しみである。
のみ屋ストリートのようなものがあったので、最初に目がついたところに入る。
冷たいビールをごくり。メニューを見ると、思いっきり観光地価格である。
おなじ料理でも昆明の倍は取る。
安い串焼きをまず注文する。これは峨眉山から取ってきたのではないか。
肉よりも、キノコのほうがうまいのである。それも安い(1本8円)。
安いキノコばかり食べていると、店主のおっさんがうるさい。
あれを食べろ、これを食べろと、しつこいこと、このうえないのである。
50元もするチキンだの、魚だの。
中国の食堂では、水槽に魚を泳がせているところが多い。
その場で殺して食べるのである。
新鮮な魚に、これでもかと調味料をふりかけ、油で焼くのが中国流である。
逆らう。魚香茄子を注文する。これは麻婆茄子みたいなものである。
出てきたのを見ると、肉が入っていないので怒る。
メニューをつきつけ肉入りと書いてあることを示す。
作り直すという。見にいったら肉なしの魚香茄子を再度、フライパンに戻している。
ここに肉を切って入れるという作戦だ。
それではダメだ。最初から作り直せと伝えたいが、そこまでの中国語は無理。
とにかく、いらねえ、食わねえとしりぞける。
わたしの怒りがホンモノであることを察知して、店主もあわてる。
筆談で交渉である。いらないむねを伝える。
店主の態度がいままでとはがらりとかわり低姿勢になったので許す。
明日もまた来るからビールを冷やしておくよう頼む。
中国で冷たいビールにありつくのはなかなか困難なのである。
宿へ戻って、またビール。パソコンをしながらのむ。つまみは高いから頼まず。就寝。
バスを出ると雪がふっているのである。峨眉山へはまずバスでのぼる。
おりると雪である。積もってもいる。これはてえへんだ。
わたしはTシャツのうえに長袖をはおっただけ。寒くてどうしようもない。
「歩き方」に書いてあるレンタルジャンパーの店をあわてて探す。
靴も藁(わら)ですべりどめの補強をしてもらう。手袋も購入。
この旅で初めての雪である。
日本を発ったのは寒い2月であった。タイ、カンボジア、ベトナムと夏だった。
夏というのは正確ではないかもしれないが、
ともかく日本では夏というほかない暑さだった。
突然の冬の来襲である。ジャンパーを着てもまだ寒い。
歩くほかない。大勢の中国人観光客とともに歩き始める。
皮肉ではなく、このような難行はいいものだ。
じぶんが仏法を求める修行僧になったかのような自己陶酔がある。
日本から仏心を求めて中国の冬山にのぼる。うーん、ヒロイックな妄想やね。
金頂からは眺めがいいと聞いていたが、吹雪でそれどころではない。
山頂近くの華厳寺に参拝する。中国の仏像に手をあわせる。
素朴な感想を述べると、中国はでかいんだ。なにもかもでかいが、仏像もでかい。
なにを愚かなことをと笑われそうだが、この大小がポイントではないか。
インドの仏跡で、大きな仏像を見たことがない。
どういうことか。インドのホトケが、中国に来ると大きくなるのである。
小乗仏教が大乗仏教になったなどと学問を無視してまでこじつけるつもりはないが、
それでも大きなホトケさまというのは、
中国仏教の真諦(しんたい)をあらわしているように思える。
大きいものにひとはなにを見るであろうか。
小さい箱と、大きな箱。ふたつにひとつ。通常どちらを取りますか。
ここでわざわざ小さい箱をお土産にするのがインド人だ。インド仏教だ。
欲望を煩悩と別称する思想である。
中国人は当たり前だろうと大きな箱を選択する。大は小をかねると言うではないか。
大きな仏教である。豊かな仏教である。
幸福をめざし、みながすがるに足る大きさを持った仏教、仏像である。
直感的に、中国仏教は「福」の宗教だとひらめく。「福」を求めるのが中国仏教。
比較したらインド仏教にはなんという語がふさわしか。「苦」ではないか。
「苦」を直視する宗教。
以上の仏教分類にはなんら学問的な裏づけはない。
ただひとりの日本人が――かれはインドにも行った――中国の雪山で
こごえながら考えたことである。中国の仏教は幸福と結びついている。
「苦」の仏教が中国で「福」になった。
販売所でカップラーメンとペプシコーラーを買う。
ペプシは当たり前だが、冷蔵庫に入れてなくても冷えている(雪山!)。
こっそり取り出すのはウイスキー。ベトナムで買ったものをペットボトルにつめている。
熱々のカップ麺をすすりながら、昼間の雪山でのむウイスキーコークが
どれほどうまかったかは、どう表現しても、ご理解いただくのはむずかしいと思う。
以前、このような表現をするのは作家(志望ふくむ)の怠慢だという指摘を
読んだことがあるが、どうにも表現できないのである。
からだの芯からこごえている。そこに熱いカップラーメン! ウイスキーコーク!
「地球の歩き方」には峨眉山観光は1日で可能と書いてあるがとんでもない。
万年寺、清音閣は予定を変更して明日行くことにする。
疲れきったからだで下山する。昨日とおなじ食堂へ。
今日はがんばったからと、魚を注文する。水槽へ見にいき、これをくれと注文。
まあ、中華風にじゃんじゃん油を入れて、よきにはからえである。
30元(450円)くらいだったのではないか。
もちろん好物のキノコの串焼きも店内にあるだけの在庫を食いしめる。
ビールもがぶがぶのむ。
翌日の万年寺、清音閣は山の中腹のためであろう。
雪もなくピクニック気分で、とても楽しいものだった。
山道を歩くことほど楽しいものはない。程よく汗をかいたら昼食。
やっぱりランチからビールをのんじゃうんですねえ。
けれども、中国人だって、平気の平左で、昼間からビールをのんでおられまする。
またもや魚香茄子をオーダー。麻婆茄子が好きなのである。
油を吸った茄子っておいしいよね。ご飯も注文。ビールものむ。ううん、太っちゃう。
穏やかな山道を歩きながら、突如、満州に行こうと思う。
まだ中国でどこへ行くかほとんど決めていない。
ところがこの日、好天のもと歩いていると、満州が思い浮かんだ。
そうだ。行こうと思えば、満州にだって行くことができるのである。
とりあえず敦煌に行くところまでは漠然と決めていた。
そのあとである。満州に行こうではないか。父の生まれたのが満州である。
10年近くまえだったか、いつか行くと約束をしたのを急に思い出した。
いまわたしがいる中国は父が誕生した場所でもあるのである。満州――。
このスケジュールだと父の誕生日に満州に行くことも可能かもしれない。
まだ時間はたっぷりある。
うまく行けば父の誕生した場所をたずねあてることもできるかもしれぬ。
よし、満州へ行くぞ。決意を固めたのはこのときである。
無心に歩いていると湖にでる。その湖がなんとも枯淡として味わい深い。
背景の山とひとつになって、まるで風景画のようなまとまりを見せている。
これほど中国らしい風景を見たのは初めてである。
美しいと思った。中国へ来てよかったと思った。
下山する。この日のうちにバスで楽山まで行く予定だが、
発車までまだ時間があるというので、ふいと目についた食堂へ入る。
餃子でビールである。なにか嬉しかったので、高い青島ビールを注文する。
まだ中国の旅は始まったばかりである。満州。ここがゴールになるのだろうか。
1ヶ月後のじぶんは果たしてどこにいるのか。
時間が迫ってきたので急いでビールを流し込む。
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