「あめりか物語」(山田太一/大和書房)絶版
→テレビドラマシナリオ。1979年放送作品。全4回。
おもてに出ない歴史というものがある。
たとえばこの「あめりか物語」があつかう日系人の歴史だ。
明治時代に国の政策の一環として、アメリカに移民した貧農がいたことは知られていない。
ハワイやサンフランシスコでかれらがどれほど苦労したか。
日系人の物語である。日系1世、2世、3世の喜怒哀楽が描かれている。
あいだには日米間の戦争もあった。
米国籍の日本人の葛藤を、わかりやすくセンチメンタルにシナリオ作家は紹介する。
プロのシナリオ作家は視聴者を楽しませるものを書かなければならない。
私小説作家のように身辺雑記を書いていればいいというわけではない。
自分の知らない世界を描写することが要求される。
そのためになされるのが取材である。
この「あめりか物語」の、いわば構成比率は取材が95%と思われる。
ここで取材と対置するものとしてわたしが想定するのは実感である。
実感とは、作者の切実な思いというほどの意味。
先日、ながながと山田ドラマ「沿線地図」のせりふを引用した。
たとえば、もてない男の苦悩だった。みじめなダメリーマンの鬱積であった。
あれらは実は作者の実感から書かれていることが、エッセイを読むとわかる。
あのようなせりふの元となった感情体験がつづられているからだ。
実感のこもったせりふは山田太一ドラマ最大の魅力である。
何度、声に出して読んでも飽きない。
さて「あめりか物語」である。
山田太一には日系人の物語へのとっかかりがまったくない。
しいてあげれば取材対象者に「日本人のあなたに日系人の苦労がわかるもんか」
と見くだされた屈辱感くらい(これは「あとがき」に書かれている)。
まったく実感の置きどころがないのである。
留学体験もない。取材旅行からそれほどのものが引き出せるとは思えぬ。
それでもこれだけのものを書き上げてしまう山田太一の、
職人的ともいえるシナリオ技術には感服する。
このシナリオは楽しみながら日系人の歴史が勉強できるようになっている。
知らない世界を徐々に知らされる楽しみを満喫する。
よほど前衛的な作品でもないかぎりドラマや小説における愉悦の中心は「知る」ことだ。
当たり前のことだが、本作品を読みながら思い知らされる。
知る喜びである。
そのために作者が駆使する技術は「意外性」と「ふたつにひとつ」だ。
最初は悪人だと思っていたひとが善人であった。
愛しあっていると思ったら間違いだった。
「意外性」とは読者(視聴者)をだます技術にほかならぬ。
何度、山田太一からだまされたことか。
それがどれだけ心地よかったことか。
「意外性」が小さな刺激だとしたらば、
大きなショック(快楽)を与えるものとして「ふたつにひとつ」がある。
この「あめりか物語」から具体例をあげてみよう。
ローカルアメリカ人の嫌がらせに反抗するか我慢するかの「ふたつにひとつ」。
島に不時着した日本兵を守るか米軍に突きだすかの「ふたつにひとつ」。
おなじ日系人と結婚するか黒人のプロポーズに応じるか迷う女性の「ふたつにひとつ」。
どの「ふたつにひとつ」も、どちらを選ぶか興味が尽きない。
前提としてあるのが、わたしだったらという思いである。
わたしだったらこうするが、さてドラマではどちらが選ばれるか。
これはフィクションの楽しみの原形といってもよい。
順序は逆になるが、最後に小さな刺激を紹介する。
これは低質なドラマで頻繁に使用される小手先の技術。
けれども、これを巧みに使えるかで、ドラマの味わいが変わってしまう。
いきなり視聴者にショックを与える手法。混乱させる。
典型的なのは第4話の冒頭。
いきなり引ったくりのシーンからスタートする。
視聴者はなにが起こったかわからない。先を知りたくなる。
いわば軽いショック療法である。
これには盗難や喧嘩、つばぜりあいが使われる。
第2話。ホテルでの盗難も、この手法の具体例である。
以上、中、大、小の「知の誘惑」システム(笑)を分析してみた。
この知のからくりに感傷を加えたら「あめりか物語」の完成である。
このドラマにおける感傷は、泣くというかたちで現われる。
歴史のどうにもならぬ激流にのみこまれることによって生じる愛別離苦――。
愛するひとと別離する苦しみである。生別も死別もある。
ひとは愛別離苦に対して、ただもう泣くしかない。
いくら努力をしても克服できぬ愛別離苦を山田太一は美しく描く。
歴史のまえにはこうべを垂れるほかないのである。
今回の読了報告は、こちらの感動を書かない分析的なものとなってしまった。
決してこの山田太一ドラマを軽んじているわけではない。
シナリオ作家の職人芸のうち、目に見える部分のみを紹介したにとどまる。
この名職人は、わたしのような凡人の気づかぬ屋根裏にそっと工夫をしているのであろう。
最後に恒例のせりふの引用をする。
どうやらこの引用のみを楽しみにしている読者もいるようである。
期待には応えるのがうちのブログの方針である。
1916年、サンフランシスコでホテルを経営する圭造である。
日本でいざこざを起こして海外へ出た圭造であったが――。
「この年になって、足すくわれた。
帰りたかとよ。もう、日本へ帰りとうて、矢も盾もたまらん。
損得なんぞ、どうでもよか。
俺ば殺すって奴がおるなら、殺せばええ。日本で死にたか。
こぎゃん外国で、これ以上生きて行く気力もなんものーなった。
日本がなつかしうて、たまらん。
英語もすかん。洋食もすかん。
なんぼ景色がようても、そぎゃんもん、見とうもなか。
日本、恋しや、ばい(と唸るようにいい)
日本に生まれたなんて事は、いうてみりゃあ偶然のようなもんたい。
生まれた国がなんだっちゅうとか。
人間、世界の何処へでも出て行って生きりゃあよか。
そう思っとったが――日本、恋しや、ばい。
こりゃあ、一筋縄じゃあ、いかん事(こつ)ばい」(P69)
しつこいと言われそうだが、ここも「ふたつにひとつ」である。帰るか、留まるか。
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