「幸福駅周辺」(山田太一/冬樹社)絶版
→テレビドラマシナリオ。1978年放送作品。20分×10回。
突然だが、山田太一はいま存命している最高峰の作家だと思っている。
どんな作家も、このテレビ作家にかなわないのではないかと照れずに言いたいのである。
多少は、それは、小声になってしまうかもしれないけれども、やっぱり言いたいのである。
山田太一ほど、人間の喜びと哀しみを、情感を込めながら美しく描いた作家はいまいと。
いままでどれだけの人間が山田ドラマに慰められてきたことか。
励まされてきたことか。
しょせんはテレビじゃないかとバカにするひとがいるかもしれない。
ちがうね。テレビだから、すごいのである。テレビでこれをやった。
本とか映画というのはマニアックなものでしょう。
私事を書くと、ここ数年、映画館で映画を観たことがない。
おなじようにもう何年も本を読んだことがないひともけっこういるはずである。
映画を観ないひとも、読書をしないひとも、テレビならふとしたひょうしに見る。
そのとき山田ドラマに打たれたひとがどれだけいることか。
シナリオを読みながら、ふきだしてしまう。
生活者のこすっからさがなんとうまく描写されているか。
泣きだしてしまう。
「人間の喜びと哀しみ……」そうつぶやきながら泣きだしてしまうのである。
こうとしか言いようがない。山田太一が描くのは、人間の喜びと哀しみである。
山田ドラマの住民は我われ同様に怒る、泣く。
なぜか。幸福を求めているからである。人間であるかぎりだれもが幸福になりたい。
だが、ままならぬ。ゆえに怒る、泣く。うまくいけば喜ぶ、笑う。
幸福を求めるというと単純なようだが、
そもそも幸福とはなにかという疑いから山田太一はいっときも目をはなすことがない。
人間は幸福をめざす。しかし人間にとってなにが幸福かはわからない。
山田ドラマで人間の哀歓が描かれるゆえんである。
「幸福駅周辺」――。
幸福駅というのが北海道にあるそうで、一時期ブームになったようである。
幸福らしきものを求めて東京(実際は川崎)からやってきた青年がいる。
ドラマのスタートである。ラストでひとり北海道から東京へ出てゆく少女がいる。
これも定かならぬ幸福を求めての行動である。
初恵はもう22歳にもなるのに東京で歌手になりたいという夢をいだいているのだ。
無謀な上京である。結果がどうなったかこのドラマで描かれることはない。
初恵の父、欣造は反対する。母は物故している。ひとり娘を手放したくないのである。
欣造「人間、夢を描くのは仕様がない。
しかしな、現実も見つめなければいけない。現実もな」(P125)
欣造に、想いを寄せている未亡人の愛子がいる。
愛子は堅物の欣造に問う。
娘は、初恵は、このまま北海道に閉じ込めていればいいのか。
愛子「平和ならいいね? 危険が少なそうなら幸せね?」
欣造「なして急に、ワイワイワイワイ」
愛子「私がね、私が諦めてばっかりいたからよ。
地道に暮らせ、平凡に生きろ、忍耐しろ我慢しろ、他所行けばひどい目にあう、
そんな事ばっかりいわれて、諦めてばっかりいたからよ!」
欣造「だからって、初恵そそのかされてたまるか!」
愛子「駅長(=欣造)は、なによ! 地道に生きてて幸せね?
真面目に真面目に、臆病に臆病に生きてて、幸せね?」
欣造「幸せだ。ああ、大いに幸せだ」
愛子「ごまかしてるんだ」(P130)
政権がかわろうが人間は幸福にならない。
イラクで戦争が始まろうが止もうが日本人の幸福には関係ない。
たとえエイズの特効薬が開発されたところで、大部分の日本人の幸福には無縁である。
こんなことを書くと、なんとも浅ましい、エゴイスティックな人間だと思われそうで、
決して大きな声では言えないけれども、我われの大部分はそういうところで生きている。
ご大層な悲劇も喜劇もないけれども、それでもそれなりに悲喜こもごも生きている。
幸福になりたくて生きている。
イラクの戦争を止めることよりも、自分が幸福になることのほうが難しい。
決してそんふうに突き詰めたりすることはないけれども、一生懸命に生きている。
山田ドラマがすくいとるのは、このような日常である。
描かれるのは我われのドラマだ。
英雄はいない。歴史にも関係しない。大きなことはなにもない。
それでも喜びがある。哀しみがある。ときに笑い、ときに泣く。
めったにはないけれども勇気をだして怒ることもある。そのあと後悔することもある。
人間のやむにやまれぬ哀歓。これが山田太一ドラマの全容である。
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