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「インド仏教思想史」

「インド仏教思想史」(ひろさちや/大法輪閣)絶版

→上下巻。合計724ページ。
仏教ライトエッセイで知られるひろさちや氏のぼうだいな著作群のなかで
唯一の「ややカタイ本」(あとがき)である。たしかに読みごたえがあった。
ひろさちや氏のいかがわしさがたまらなく好きだ。
氏は仏教学者ではない。学者として仏教を研究したことはないという。
かといって、中谷彰宏までは落ちたくないと思っている。
あるいは、新興宗教の教祖をバカにできるくらいは仏教を勉強している。
ひろさちや氏の書く仏教書は、微妙なのである。
「正しさ」「おもしろさ(わかりやすさ)」「役に立つか」。
この三点から等距離をたもって書かれているのが氏の著作である。
わかりやすいけれども、学者から見たら決して学問的に正しいとはいえない。
役には立つけれども、おかしなところで学者ふうに正しさにこだわる。
緻密な論理は欠けていて、ときおりとんでもない飛躍はあるが、
思いつきはびっくりするくらい新鮮。
以上がひろさちや氏の仏教書の特徴である。

本書は氏が、正しさを追い求めて勉強をした結果とでもいおうか。
専門の学者にはりあおうとする気概に満ちあふれた書物である。
主張は一貫している。こうである。
学者は小乗仏教(上座部仏教)をもちあげるものばかりだ。
なぜかというと、小乗仏教のほうが、まだ釈尊の痕跡が見られるから。
さらに学者は言う。
大乗仏教など釈尊が入滅してから3~500年後になって作られたフィクション。
まったく開祖の言葉が入っていない経典は仏教とは言えぬ。
かくのごとき学者の意見に対して、
大乗仏教を擁護しようというのがひろさちや氏の本書で試みたこと。

正しさでは、学者にかなうはずがない。
氏は珍説ともいうべき奇想天外な物語を本書で展開する。
要はどうにかして釈尊と大乗仏教をむすびつけたいのである。
これは仏教概説書というより、仏教物語である。
ひろさちや氏は、自分をごまかすためにこの長大な物語を必要としたのではないか。
エッセイストにはなりきれず、学問的正しさにも色目を使う氏の努力は涙ぐましい。
決して責められるたぐいのものではない。
だが、わたしなどは――。
大乗仏教が釈尊の教えでなくても、いっこうにかまわないと思っている。
問題は、役に立つかどうかである。なぐさめられるかどうか。
どのみちすべての宗教はフィクションなのだから、問うのは虚構の質のみ。
歴史的正統性は、長く生きても百年経てばみな死んでしまう人間には無縁。
そのうえ、正しいかどうかなど今後の研究しだいでどうとでも変わりうる。
身もふたもないことを言ってしまえば、
よしんば開祖の釈尊が実在しなかったとしてもそれほどショックではない。
開祖うんぬんよりも、ある宗教を心から信仰してきた人間の総量を重んじる立場だ。

ところで、なにゆえこうもひろさちや氏の文章はわかりやすいのだろう。
これほど万民に理解される仏教書を書くことのできるのは氏以外に知らない。
ヒントはこんなところにあるのか。

「わたしの譬(たと)えはちょっと際どいが、
哲学の話はこれくらい大胆に解説したほうがよい。
そうしたほうが、ともかくもわかりやすいのである」(下巻P184)


ひろさちや氏の具体例の用いかたは天才という呼称がふさわしい。
それも、こういってはなんだか、ちょっと顔をしかめたくなるような下品なたとえをする。
庶民派なのだろう。氏は、研究する時間がなくなるからと講演会を嫌う学者ではない。
好んで講演会で教えを説く。身近なたとえで聴衆を(いい意味で)ごまかす。
帰りの電車でほくほくしている氏の顔を想像するのはたやすい。
みんなの役に立てて満足。あの笑顔が生きる支え。それに、これも!
そうつぶやきながら謝礼金の札束をつばをつけながら数えるひろさちや氏――。
ううう、好きだな。聖人君子然とした人間は苦手である。
あのくらいペテン師めいているほうが、かえって好感をもつ。
自我肥大(増冗漫)のないのもよろしい。

「わたしは、人から問われてよく言う。
わたしは、医者でいえば病理学が専門で、臨床はできません、と。
手術のほうは、からっきしだめなのだ。
したがって戒名をつけたり、印を結んだりすることは、
わたしにはできない」(下巻P336)


医者は医者でも認可の受けた医師ではなく、呪術医のたぐいだろう。
いや、インチキ健康食品のカリスマ販売員。
こんなふうな意地の悪いことをひろさちや氏に言うのはよくない。
患者(読者)が求めるものを適切に提供するのが名医(作家)の役割。
その意味では、どこぞの学者先生などより、よほどひろさちや氏は貢献している。
いくら頭脳明晰な医者でも、患者をだませなくては名医ではないのだ。
これは30%の確率で効果のある薬品です、などというのは医者失格。
これはすごいクスリでね、先だってもある患者さんがこれをのんだらすぐ治って。
患者をうまくだます医者がいいのである。これは小説家も同様。
仏教学者など頭痛ひとつ治せない医学生のようなものである。

ひろさちや氏の声をネットで聞いたことがある。
あやしげな自己啓発テープの販売サイトでのことである。
予想たがわず、氏はなんともうさんくさい話しかたをしておられた。
詐欺師のプロフェッショナルといった感じである。
うまいペテン師はまず自分からだますというが、たしかに妙にテンションが高かった。
ますますひろさちや氏のファンになったことは言うまでもない。

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呪術医 について  食品添加物や健康食品について  2007/02/11 16:11
呪術医呪術医(じゅじゅつい)または魔法医(まほうい)とは、呪術と薬草といった方法で病気や傷|怪我・または社会不安を取り除く民間療法の上での医師(医療行為を行う者)である。神秘主義の一種であると共に、民間医療の草分けとされる。民俗学や文化人類学ではシャーマ