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「たくみと恋」

「たくみと恋」(シラア/実吉捷郎訳/岩波文庫)品切れ

→戯曲。ドイツ産。シラー作品。
身分違いの恋がテーマ。いわゆる悲恋もの。
宰相の息子たるフェルヂナントが、身分の低い平民の娘ルイイゼに恋をしましたとさ。
フェルの父親は、べつに息子の結婚相手を考えている。もちろん政略結婚。
息子は父の提案を拒む。シラー劇に共通するテーマ、父子の対立である。
世知長けた父親は一計を案じる。ルイイゼに偽の手紙を書かせるのである。
なにゆえそれが可能かというと宰相という権力があるから。
偽の手紙を書かないのなら家族を捕縛するとルイイゼを脅すわけである。
家族か恋人か。ルイイゼは選択を迫られる。家族を取る。偽のラブレターを書く。
偶然をよそおってこの偽のラブレターはフェルの手にわたる。
フェルは激怒する。ルイイゼが自分以外のものへ恋文を書いていたとは。
この淫婦め、売女め、尻軽女め!
フェルは裏切られたと思う。余談だが、この裏切りもシラー劇に頻出するテーマ。

で、フェルはどうするかというと、純粋ゆえの直情径行。死ね、となる(笑)。
「われに恋を与えよ、しからずんば死を!」である。
ここで策略をねるのがおとなだが、おとなは劇を生まぬもの。
芝居の観客は、フェルの未熟さを純粋と賞賛しなければならない。
フェルはルイイゼに毒をのませ、みずからもおなじ毒を口にする。
この毒が効いてくるまでのあいだが劇のクライマックスで、すべてが明らかになる。
父親の邪智姦計が白日のもとにさらされるわけである。
真実を知ったふたりだが、時間をもとへ戻すことはかなわぬ。
ルイイゼの死を看取り、みずからも死んでゆくフェルのまえに父親が現われる。
父親も決して息子の死を望んでいたわけではない。
したがって、かれも自身の悪だくみの思いもよらぬ結果に悲嘆するほかないのである。

かんたんにまとめるならば、めいめいよかれと思って取った行為が、
どういう因縁ゆえか反対の結末を引き起こしたということだ。
シンプルだが、すべての悲劇はこのタイプといってよい。
悲劇は、見ようによっては愚かである。
この劇もそう。すべてを知っている観客(読者)はじれったくて仕方がない。
フェルが偽の恋文にだまされるところなど、舞台上の役者に声をかけてやりたくなる。
おい、それは偽物だぞ~。だまされるな~。
けれども、その声は届かず、フェルは偶然入手した手紙を信じてしまう。
バカだなと思いながらも、おのれをかえりみるとそうも言っていられない。
我われのふだんの行動も、
あんがい(全知の)観客席からは笑われているのではないかと思うからである。

人間は劇的な存在である。生きている人間は常に選択を迫られている。
ふたつにひとつだ。ふたつからひとつを選ばなければならない。
夕食のメニューといったくだらないことから、どちらの企業へ入社しようかという迷いまで。
いつまでも迷ってはいられない。決断をしなければならない。
では、なにをたよりに決定するかというと、周囲の偶然的な環境である。
フェルは陰謀から作成された手紙を、偶然入手することができたと信じた。
この偶然こそ人間を動かすものである。
というのも、人間は偶然に神意を見るものだからである。
フェルもこう言っている。

「偶然といふのはありがたいものだな。
小器用な理性よりも偶然の方が大きな仕事をしてくれたのだ。
審きの日にはあらゆる賢者の智慧よりも偶然の方が面目を施すだらう。
――偶然とおれは云っているが――
いや、雀の落ちる時でさえ神の摂理は働いてゐる」(P148)


人間にとって、偶然ほど意味深く感じられるものはないのである。
たとえ信仰のうすいものでも、人間は、偶然から、大きなものの実在を感じる。
偶然により、みずからを肯定されたような安心感をいだく。
ふたつにひとつ。ルイイゼは貞淑か、それとも尻軽か。どちらだ。
フェルは偶然から手に入った(と思っている)手紙のほうを信じる。
ふたつからひとつを選んだわけである。その結果が、この悲劇である。
死の間際、フェルは述懐する。

「ふしぎなやり方で、ほんとにふしぎなやり方で神は吾々を弄ぶものだな。
細い、目に見えない糸で往々怖ろしい重さのものが吊(つる)してある」(P151)


この「怖ろしい重さのもの」とは、偶然のことであろう。
多少、乱暴に悲劇を整理するとこうなるか。
「無知」なる人間が、「偶然」から行為を決定し(ふたつにひとつ!)、
その結果として、人間は「全知」にいたるが、
そこで知りえた状況はもっとも望ましからぬもので、
そのくせ人間はその惨状を「必然」と感じる。これが悲劇ではないか。
卑近な言葉に翻訳すると「やってみなきゃわからない」「明日をも知れぬ人生」。
悲劇の意味するところである。

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