「魔の季節」

「魔の季節」(井上靖/文春文庫)絶版

→お酒をのみながら読んだ娯楽長編小説。
ストーリーのかなめになっているのは、
大学教授の伊吹貞二と映画女優の桂伸子との不倫である。
この主軸に貞二の妻と、伸子の元恋人がからむ。
井上靖の小説は物語性が高い。
では、なにが物語を動かしめるか。
この小説から物語の動因をぬきだすならここである。
貞二は、わがまま放題の伸子にいう。

「図々しい考え方だな」
「ええ、でもこれ生まれつき」
「厄介なもの持って生まれて来たんだね」
「厄介なものばかり持ってますの。
お金はほしいし、有名にもなりたいし、時々嘘つきたくなる。
それから、もっとほしいものがある!」(P92)


ここで美貌の女優、伸子のいう「もっとほしいもの」とは、
妻のいる伊吹貞二のこころにほかならない。
のちのちみごと貞二をものにすることになるのだが、肝心なのはそこではない。
生まれつき、である。持って生まれたもの。
これが井上文学の物語を展開させる。
生まれつきとは、別のいいかたをすれば諦念である。
人間は生まれるにあたって、
性別、国籍、美醜、性格、知能水準を選んだわけではない。
すべてが生まれつきである。持って生まれたもので、
死ぬまでの期間を(これも生まれつき同様に自由ではないが)やりすごすほかない。
これが物語である。井上靖がえがいているのは、生まれつきである。
健康状態も生まれつきならば、生まれ落ちた段階で、
死期も決まっているといえなくはない。
人間に可能なことは、持って生まれたものを知ることぐらいである。
だが、それは死ぬほんの寸前まで、わからないこともある――。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/1053-e044580d