「師弟対談/作法・無作法」

「師弟対談/作法・無作法」(高橋義孝・山口瞳/集英社文庫)絶版

→高橋義孝、山口瞳、両氏への賞賛と批判を同時に行なう。
いまふうにいえば「生きかた上手」で売りだされたのがご両人のエッセイである。
通人を求めたわけである。すなわち、粋(いき)な生きかた。
おとなの格好のよさを追求したといっても、そう大きな間違いはしていないはずである。
両先生を象徴している指摘が本書にある。
エビとカニがダメというのである(175ページ)。
理由は――。
むしるのがめんどう(山口)。
手のなまぐさくなるのがいや(高橋)。
工場でアルバイトをしている気分になる(山口)。
味がない。冬は指先が冷たくなる(高橋)。
手がにおう(山口)。
そのくせ値だけは高い(高橋)。

まったく同感であります。テレビのグルメ番組で、
どうしてあれほどエビ・カニをありがたがっているのかわからない。
目玉が飛びでるほど高いでしょう。
あれはそれほどの価値のあるものなのか。
カニなんて食べるのはめんどうで、せっかく取りだしてもぱさぱさしている。
カニミソはたしかにいいかもしれないけれども、あれは珍味。
言ってしまえばゲテモノ喰いではないですか。そう自慢できるものではない。
エビも同様。それほど珍重するものとは思えない。

と、このように両先生に喝采を送るのが、ふつうの愛読者。
ここで、ちょっと待てよと思いたいのである。
たかがエビとカニではありませんか。俗物もはなはだしい。
エビがうまいの、カニがまずいの、それくらいしか悩むことはないのか。
エビが高かろうが、カニが安かろうが、どうでもいいことではないか。
人間の生死とは、まったく関係していない。
エビ・カニが高いくせにまずいだと? 
だから、どうした。あなたの人生はそのくらいしかないのか。
こう詰問したくもなるのである。
エビ・カニごときで必死になっている金持ちをあざ笑いたくなる。
人間はエビやカニのために生まれてきたわけではない。

また逆説を使うことをお許しください。
けれども、しかし、エビ・カニごときにむきになれる人間しか、
信じられないという思いもあるのです。
ゲージュツがどうの、ニッポンがこうのと騒いでいる人間は虫が好かない。
よほどエビやカニに夢中になっている人間のほうがいいと思う。
こうなってくると、なにがなんだかわからなくなる。
エビ・カニはいいから、人間は好きなのか、嫌いなのかと
わたしへ問いたくなるかたもいらっしゃるでしょう。
その通り! エビ・カニよりも人間である。
さて、高橋義孝、山口瞳、両氏は人間を好きだったのか。
少なくともエビやカニよりは。
ご両人、人間よりはエビ・カニをむさぼり食うのではないか。
それでも、ひとを食ったようなところのあるのが両先生の魅力である。

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