インドや東南アジアを歩いているとよく見かける老カップルが白人肥満と剛毛女性。
「グレート」「ワンダフル」「ビューティフル」「ナイス」くらいしか言わない。
リタイアした富裕層なのだろう。
伯母が大富豪と結婚して豪華クルーズ船で世界旅行ざんまいだと聞くが、それは遅い。
若くないとわからないことがいっぱいある。
それは「グレート」でも「ワンダフル」でも「ビューティフル」でも「ナイス」でもない。
世界の舌ざわり、色かたち、生めきである。
騒々しさであり鬱陶しさであり厄介さと言ってもいいだろう。人間臭。
敦煌料理店の随さんと出会うにはいくつの偶然があったか。
それが旅をする醍醐味である。
会うべくして会い、そして別れ、もう会わないがゆえに懐かしい。「I miss you.」――。
インドのカジュラホやブッダガヤーにいると若い男が話しかけてくることがある。
物売りかガイドかと思うとそうではない。へたくそな日本語で話しかけてくる。

「日本人のオンナ、最高デスね。僕、ガールフレンド何人もいマス。
ニッポンのオンナ、インド人、大好きネ。
インド人、チンコ、長い。オンナ、ひいひい言いマス。
別れたくない言いマス。ラブレターこんなにありマス」

で、日本人女性の写真と葉書をいっぱい見せられるわけである。
手紙は「旅行中、お世話になりました」としか書いていない儀礼的なもの。
本当かなあ?
しかし、とびきり上物のオンナの写真を見せられ、
「この子、チンコ、好きで、スリータイムスやりました」とか言われると、
もやもやむかむかするわけである。
こちらがイラッとした顔を確認してインド人は嬉しそうな顔をして去っていく。

89日間もあればインドを旅行している日本人女性旅行者と知り合えるかなあ、
という下心も29歳の男にはなかったわけでもないが、結局、そういうことはなかった。
寄ってくるのは、こんなインド人ばかり。見透かされていたのか。
いちおうガンジス河の河口から源流までさかのぼってみよっかな♪
みたいなかわいい気持が29歳の僕にはあって、
地図ないんだけれど、行ったらどうにかなるかなあ、僕かわいいし乙女心♪
カルカッタからガンガーサーガルに行くのからしてパネエっしょ。
いまならスマホでなんとかなるのかもしれないが、15年前。
ガンガーサーガル? そんなとこ、知らねえよ。そんな反応ばっか。
詳細は当時の日記に書いてあるのだろうが
怖くて読めない(無謀すぎる。よく生きていたなあ)。
で、結局、ガンガーサーガルらしきところに行ったのだが、
だれもここがガンガーサーガルだと明言しない。
なんとなく、そういう感じのとこじゃないかなあ? こっちだってヒンディー語できないし。
そこで同年代の日本人カメラマンに会って、
たしかにここがガンガーサーガルだという確証を得た。
いま彼は生きているのだろうか?
無鉄砲なやつっぽかったが、あっちはこっちを無鉄砲すぎると言っていた。
ガンガーサーガルって要は海だよね。ガンジス河の河口なんだから。
きたない海辺で、だれも人もいなく怖かったなあ。
あんなところでひとりカメラを撮っていた日本人ってなに?
いやまあ、お世話になったわけだが。
インドの聖地、バラナシにはワールドを見誤ったヨガの女がたくさんいた。
日本人なのに白Tでノーブラで歩いたら、おっぱい丸見えだぞ。
当時は若かったから、むらむらしていたのだが、ヨガの女との縁はついぞできなかった。
あいつらなにを考えていたんだろう? 精神世界? あるわけねえだろ、バッカヤロ!
ウイスキーをのむこちらを軽蔑した目で見てきやがって。
もっともこっちも、そっちの胸のほうしか見ていないからどっちもどっちなのだが。
また、安宿でうさんくさい早朝のヨガ教室とかあってなあ。
あんなもん、二日酔いで行けないがや。
ああいうヨガの女が決まってひかれるのがガンジャでも決めていそうな、
細身のひげ面のおにいちゃんで、
けっ、ヨガ四十八手かよ、と淫猥な悪口を内心で言い放っていた。
いまでもヨガ系の女はわからない。
ビートルズが行ったことで有名なリシケシは白人女ばかりで日本のヨガ女は少なかった。
当時はである。いまは多いらしく、
あそこで1週間観光修行をすると先生になれるらしいが、
開業してもだれもお客は来ない。
ヨガの聖地、リシケシとか大嫌いだなあ。メシもまずいし、酒もねえ。
まあ、こちとらデリーで準備済みだぜ。
リシケシのベジのターリー(刑務所的粗食飯)ほどまずいものはない。
あんなもん、どうしてわざわざインドまで行って食いたいやつがいるのか。
基本、インドのバラナシでゴードウリヤー交差点以降、
ガンジス河よりは絶対禁酒地域なんだよ。
29歳のわたしがひいきにしていたのは、むかしから有名なモナリザ食堂。
かの食堂は、
いんちき日本語メニューといんちき日本料理で数多くの和客の心をざわつかせてきた、
ガンジス川ぞいにある、グルメ評論家の土屋さんが三ツ星をつけるレストランである。
最初は潜入。軽いものを注文。顔を覚えてもらう。
ここはゆるそうと判断。ゆるゆるがばがば。ここなら許される。
二度目の訪問でウイスキー「8PM」のボトルをドカン。
ここのメニューでウイスキーの水割りを飲んでもいいか?
日本人旅行者に育てられた、日本語ペラペラの少年が、わたしの顔を見て、
「ノープロブレム。でも、ポリスが来たら隠してね。ふつう来ないけれど」
これは10年以上の日本人旅行者が形成してくれた信頼だろう。
この日本人はそこまで無茶をしないだろう。
こっちだって違法だって知っているわけだから(ちなみにガンジャ、ハシシはOK)、
勇気が行った。男気を感じて、お好み焼きとかギョーザとか、
目いっぱい注文したが、どれも微妙な味ではあるものの、
ガンジス河のほとりでウイスキーの水割り(むろん氷入り)をのんでいるという
酩酊はすばらしかった。
毎晩そこで酒を飲んだが、大勢いる日本人客はひとりも声をかけてこなかった。
オーナーはあきれて声をかけてこなかった。
みなさま、インドのバラナシへ行くのならメグカフェもいいが、モナリザ食堂をよろしく!
大学生のころ遠藤周作の「深い河」の影響でインドに行ったときは、
聖なるものへの畏れが存在した。
アハハ、バラナシ(ベナレス)は、
聖邪、生死、善悪を包括する混沌とした大いなるものがあるとかさ。
記憶といったらタージマハルで有名なアーグラで同年齢の香港美少女と出会ったってくらい。

2度目の訪問は釈迦が出家した29歳で、このままじゃいかん、自分を鍛えなおそうって。
89日間のインドで自分革命だあ(笑)。
でも、あっちに行ったら暑いんだよ。
なにもかもどうでもよくなって、暑いから冷たいビール、次はウイスキーの水割りねって。
インドで酒はなかなか外国人旅行者には買いにくい場所でこっそり売られている。
人それぞれ才能はあるのだろうが、自分の才能にびっくりしたのは酒。
どこの新しい町に行っても、どれだけ嘘をつかれても、
本能的に酒はここにあると犬みたいに気づいてしまい、
ぜんぶ現地人とおなじ激安価格で買っていた。

あのころは毎日のように日記をつけていたから、
どこの町のどこに酒屋があるのかぜんぶメモしている。
しかし、15年もまえの情報だから当てにならないかもしれないし、
とはいえ、そこを変えていないのがインドともいえる。
八大仏跡地も行ったし、ガンガーサーガルからガンジス河の源流まで行った。
怖いと思ったことはなかった。ついぞ畏れは感じなかった。

八王子の村内家具は奥さんと観光パックツアーで、
チベットの山奥に行ったと言っていたなあ。
大冒険のような話しぶりだった。高山病で死ぬ直前までいったって。
どこまで本当だろう。
村内家具が机をばんばん叩いたとき、恐怖も畏怖もなく、
めんどうくさいやつだなあ。
カリスマと会ってぶるぶるするくらい緊張してみたいが、いまはそんな人はいるのだろうか。
おれたちの世代が最後だったのだろう。鶴藤長天のおれたちの世代。
世代交代だ、本気を見せて見ろというインチキ世代。
わたしは本当に違法ドラッグを一度も経験したことはないが、
スマホで気軽に買うより、
どきどきしながら海外に成田から飛び立ち、日本人宿の情報ノートを参考にして、
入手して摂取したところの日本違法薬物のほうが幸福感はあっただろう。
後悔だよなあ。やっていたらよかったよ。
いまはネットに書かれて、その方面の名所かもしれないが、
中国の大理なんかそれはもう麻薬天国だったんでしょ?
敦煌の砂漠売春だって、経営終了後にわたしが公開したが、ほぼだれも知らなかった。
バラナシの麻薬なんてクズで、
本物はインドのマナリで現地人がときに無料でまわしてくれるって。
なぜならそれは現地人の缶コーヒーみたいなもんだから。
いまはみんなネット、スマホに悪意とともにばらされちゃう。
あのガイドは「○○ドルでやれたぜ。ドルで交渉するといい」そんな情報ばっかり。
自分で発見するということがない。
人に聞いてそれを模倣ばかりしている。
いまとなれば、みんな夢となりました――。
わからないよわからない。
1ヶ月で南北を縦断したくらいで決めつけるのはおかしい。
1年以上、ベトナム人と働いたからって、おかしな決めつけはよくない。
ばってん、なんかベトナム語はきたない感じがする。
言葉を意味だけでほおり出している。尊格が感じられない。
しかし、ベトナム人って年上や学歴を異常に重んじるっていう話もあるしね。
ベトナムでちょっと高級なところに行くと、すぐ英語になっちゃう。
ベトナム語って荒っぽい気がする。
「だから、結局なんなの?」っていうスタイル。それは手っ取り早く、いい面もあろう。
ベトナムのサパでガイドをしてもらった(本当はいらなかった)人妻の女の子とか、
どうしてここまでって疑うほど日本語の悪い卑猥な語を覚えていた。
それは国民性ではないのかと思っちゃうくらい。
「日本人、ベトナムの貧乏な暮らし見るの好きでしょ? 
だから、あたしの家、見ていい。ただ。フリー」
で、山の中にあるテントのような家を見たのだが、想像通りでつまらない。
「(写真を見せられ)これ、あたしの旦那。イケメン。みんなそーゆー。
いっぱいセックスした。子ども、たくさん」
カンボジア語(クメール語?)はまだ言葉としてまとまっていない気がする。
現地人でも言葉の行き違いで揉めていた。
カンボジアはいちばんわけがわかんない国。アンコールワット、それだけ。
中国人同士の会話は喧嘩しているようだが、あれは音調の関係で実際は違う。
いまでもまだあるのかな発音記号?
関西弁オンリーの英米文学科卒の宮本輝はたしか英語の発音記号で卒論を書いたはず。
あれは意味ないよねえ。言葉ってそういうものじゃない。
ベトナムから中国に入ったとき、まずしたのは耳を慣らす。
むかし大学でやっていたわけだから、ちょっとはわかるだろうと期待する。
だんいーしあ(等一下)という言葉が耳から入ってくる。
これってたしか「ちょっと待てよ」という意味だよな。
で、次にそういう機会があったときに、耳で聞いたままに「だんいーしあ」という。
通じている。相手がびっくりした顔をしている。
言葉はまず耳で聞いて、意味を類推して、おなじ発音で使ってみる。
この永遠の繰り返しで習得するものだと思う。基本は真似るね。相手の言葉を真似る。
わけがわからない紀要、学術論文とか多いけれど、
あれは真似るの悪い意味での積み重ね。
ああいうふうに書くものだって思っているバカが大勢いる。
言語学習は、真似るがいちばんの要諦。
トーンがいいなあ、と思ったら、真似て使ってみるっていうトーン。
インドの人なんて、あそこ広すぎるから、北の人と南の人は言葉が通じない。
テキトーにそこらへんにいた人を通訳にしてコミュニケーションしている。
あそこは南と北では書き言葉も違うからカオス。
だから、しょうがなく、みんな英語でも話そうかって。
意外と知られていないが、中国も北と南では言葉が通じない。
本当はちょっとはわかるのだろうが、お国自慢からわからないふりをする。
わたしは大学語で北京語をやったのだが、
香港美少女に得意げにそれで話しかけたら、
こっちは広東語だから意味がまったくひとつとしてわからない。
ロンドン留学したあたしのように英語で話せって言われて、え? そういうものなの?
でも、ほぼ広東語の台湾に行ったとき、わずかながら北京語でも通じたから、
あのロンドン留学の英語ペラペラな香港美少女はカマシを入れていたんだなあ。
言葉はいろいろ。
韓国語をまったく話せない韓国のほまれ、芥川賞作家の柳美里もいるくらいである。
戯曲コレクターであり、戯曲マニアでもあるので、その方面には詳しい。
どこの国の言葉でも地方の方言というものはある。なまりというやつだ。
それがけっこう重要な意味を担っている戯曲があったとする。
そうすると岩波書店はどうするかというと、かならずといっていいほど東北弁に訳す。
差別的かもしれないが、東北弁って「ずら」とか「だべ」で格好悪いじゃん。
原作が台無しっていうか。
そんなことをするなら、もうそこはあきらめて、最初から日本語の標準語で訳せって。
何度も思ったことがある。
どうして岩波書店の人は、方言というと東北弁訳しか思いつかないのだろうか。
去年に板中に入院していたとき、あれはどこの言葉だったのだろう。
S谷さんっていう、関西方面の方言がきつい子がいて好きになった。
たしかに顔もかわいいし、スタイルもよさそうだったし、とびきり若かったし、
しかし、なにより好きだったのが、彼女の声色だったのである。
「あなたの言葉が好きです。つきあってください」なんて言ったやついるの?
リズムと音の上下がとてもおもしろくて、この子の言葉を奪っちゃいたいって。
だから、別に彼氏がいてもいいし、言葉が好きなわけだから。
みんな上京すると言葉を共通語になおすが、そのまえにあの輝きを採取したい。
バーナード・ショーの「ピグマリオン」の博士もそんなことを言っていたっけな?
お上品な鹿児島の若いお嬢さん女医も最初はすごかったのに、
最後はつまらない標準語になっちゃった。
東京で聞く大阪弁は異質で排除排斥したくなるっていう気持はわからなくもない。
いちばん効率的なのは防衛大学ではないが、お金をもらって勉強しちゃうってこと。
あれはもしかしたら寛大な宮本輝さんが手をまわしてくれていたのかもしれないが、
氏の小説「草原の椅子」のシナリオ化を依頼されたことがある。
10年以上まえ。
「関西弁、わかりませんよー」って言ったら、
「どうせ直しが入るからテキトーで」ってPもおもしろいなあ。
映画シナリオとして、あれは失敗だったと思う。
なぜなら映画は極力セリフを減らすのが流儀だから、
でも、当時(いまもだが)言葉が好きでねえ。
宮本輝の小説を読み返して、引いているうちに、
最後は宮本輝の関西弁はマスターしていた。
基本的に宮本輝が好きだったってこともあるしね。
「しはる」と「しよる」の違いは感覚的なのだが、
そこまで理解した(たぶん前者のほうが丁寧語)。
1ヶ月かけて書いて10万円。
ボツになったが(途中経過不明)、まあ、いい勉強をさせてもらったと思う。
わしのおやじはのう、満州で生まれて、
おやじのおやじはグリコで食品調達兵みたいなことをやっておって、
ロシアが攻め込んでくる、これたいへんやちゅうことで、引き揚げ。
おやじのおやじのことはようわからへんのや。
戦死したいう話もあるし、シベリアに抑留されて、そこで死んだっちゅう話もある。
ともかくおやじのおふくろは5人の子どもをかかえて、
満州から九州へいのちからがら逃げてきたそうだ。
そこからもようわからんで、鹿児島の親戚の世話になったっちゅう話が大方や。
このころおやじのおふくろは新興宗教「生長の家」にはまったんや。
おやじもそこの合宿に行かされたっていうから相当なもんや。
おおかた宗教つながりか、おとこばなしでもあったか、
おやじのおふくろは一家で埼玉に行き、
そこで女手ひとりでできる商売ちゅうたら食い物屋しかないけんのう。
ばってん、なにがいいがや。
そこで考えたのが満州引き揚げ者ということもありシナそば屋、中華料理店。
「生長の家」への信仰が支えになったんやろな。
わしが後年、そこの本を読んだら、こんなもん信じるなんてバカチョンや思うたけんど、
いわしのあたまも信心からちゅうはなしやないか。
効いたんやろな。おやじを大学に行かすまで稼ぎよった。男なら大学くらい行かんたいと。
おやじはおふくろを楽にさせたいちゅう一念でがんばったそうや。

――と書いてきたが、ここまで書いてきて九州語は「ばってん」「たい」しか入っていないのでは?
わたしは東北語エリアの言葉はからきしでけへん。
山田太一ファンの奈良のお医者さんにお小遣いをもろうて京都観光をしたとき、
西本願寺、ほら浄土真宗や。有名な観光地や。行ったらのう。
あれはなんちゅうのか。教誨師(?)、布教師のえろう若いおなごが、
統治園児を連れはって親鸞さまのお話を紙芝居でしており、
なにもすることはあらへんから園児に混ざって聞いておったんや。
若いおねえちゃんは真宗の家で育って、
なんの疑いもなく、この道に入りおったのやなあ。
わしが浄土系の教えに触れて、えらいようけわからんかったのが阿弥陀仏の十八願や。
一遍の寺で講義中の僧侶に聞こうと思ったこともあったがのう。
直観的にこいつもわかっておらへん気づいて、人に恥をかかせる趣味はないさかい。
いまではわかっちょる。あれは選挙公約なんや。
人間の自分が仏さまになったら、かならずこうしちょる(これを誓願というがな)。
で、現に阿弥陀仏はおることになっちょるから、
人は念仏を唱えたら、みーんな、
ハングレも売笑婦もチンカスも西方極楽浄土に往けるんや。
こんなうまい説明ができる坊主がほかにおるか。みんな自分のあたまで考えたんや。
創価学会の二代目親分、戸田城聖さんは酔っぱらって、
わかりやすくおもしろく難解とされる仏教を説明したらしいね。
おもしろくないといかんよ。
20代はキャバクラ嬢兼ライターをやって30からは大谷の仏教大学院に入って、
方向転換をしようとしている女の物書きがいるけれど、さもしいのお。

さて、反逆児というというと聞こえがいい。
仏教は完全な師匠弟子の世界で、師匠や先輩に逆らおうものなら村八分、寺八分。
日本仏教史上、それをやったのは3人おる。
最澄、法然、一休だ。
最澄は中国で天台宗を勉強して持ち帰ってきたとき、先輩の奈良仏教と大喧嘩しちょる。
その最澄を手玉に取った空海は人生は金だと真実を見切ったクソ野郎。

いちばん偉いのは法然だ。あいつはえれえ。
師匠から下駄で殴られ血まみれにされても、南無阿弥陀仏で人は救われるって。
難しい修行なんかせえへんでも、口称念仏で救われる。
南無妙法蓮華経もここから来ているから、法然の反骨心がいかに立派だったか。
親鸞はいまは法然より有名なようだが、大谷親鸞は食わせ物。
あいつ法然をファッション師匠にして偉ぶっただけ。
自分ではほとんどなにも新しい冒険をしていない。妻帯は当時の常識やけん。
主著の「教行信証」に法然の言葉をほとんど引用していなかったのは、
親鸞が法然をファッション師匠にしていた証拠や。

日蓮は革命児でもなんでもなく、ただ仏教の本流、天台宗に還れと言っただけ。
いわば、ブランド主義。
教育勅語に時代を戻そうとか主張していたやつだあな。
創価の学会員って高い外車とか、ブランドスーツとか、骨董とか、大好きやろう。
あれは日蓮的に見て正しいんやな。

最後の一休はあれ、マジキチやさかい。
自分は天皇の子どもだってハッタリをかまして、先輩の仏法をエタ禅と言ったり、
大恩あるその先輩が死んだら、あいつは仏罰でらい病でぐちゃぐちゃになって、
おっ死(ち)んだぜ、とデマを拡散する。
「釈迦なんかどこが偉いんだ。おれは天皇家だぜ」とかシャウトしながら、
70過ぎてもまだ現役で若い女に手淫や尺八をさせて、
「気持がええのう」というわけのわからない漢詩を創っておる。

こういう話をなまで聞いたら、そりゃあ、庶民は拍手喝采や。
学があるけん、こういう話をできるじゃけんの。
いま待ちに待ったネット―スーパー楽天西友からの注文が届き、ひと安心。
ぜんぶ流動食だよ。
飲むヨーグルト、野菜ジュース、牛乳、スープ各種、アクエリアスゼロ、便所紙。
とりあえず来週の通院日まで、これで持つような気がする。
今朝、野菜ジュースを2杯飲んだら吐き気がとまらなくなった。
だれか呪いをかけているのか?
食欲も睡眠欲も性欲もおよそない。
ただこうして書いている以上、表現欲はあるのか?
ペットボトルの箱を3つ手渡しで運んだら、いまでも息切れが止まらない。
終わりが近いのかもしれない。
去年、空海を角川文庫で読み漁ったけれど、解説者は、代々真言宗(密教)のお偉方。
役職が祖父も父も息子もすごい。家柄、血統、名誉、肩書、資産ぜーんぶある。
そいつがさ、笑えることを書いていて、
父が最後まで密教の真法、秘法を教えてくれなかったって。
死んでようやくわかったとさ。
親父が死んで、それ以降、自分も息子から、
それを聞かれて、それは死ぬまで言えないって。

恐れ多くもおれさまが、それを言っちゃうと密教の高額な呪術は空海以来インチキ。
でも、インチキだってばらしたらだれも金を払わないし、効かないんだよ。
秘密はたいせつだよって話。
現代の医者なんかもそういう話だよね。本当は医者にもよくわからない。
いま吐き気がひどくて救急車でも呼びたいが、医者もわからないと思う。
ただ医者に診てもらいナースに囲まれているという安心感はあると思う。
むろん、効く場合もある。だから、金を払うものが大勢いるのである。
密教はインチキなんて言ったら、東密も台密も坊主は泡を食ったような顔をするぞ。
法華経、日蓮の教えに千歳給仕(せんざいきゅうじ)というものがある。
これもまた男ならではのバッカだなあ、という話。
あるところに「永遠の真理」をつかんだという仙人がいた。
(一応はブッダの過去世とされている)青年は師匠の門をたたく。
なんでも致しますので「永遠の真理」を僕に教えてください。
師匠は千年にわたって自分の奴隷になれといったという。
千年が経過して師匠は死んだ。自分は「永遠の真理」を教わっていない。
そのとき千年奴隷をしたアホな弟子は悟ったという。「永遠の真理なんてないんだ」
千年も奴隷修行をしないと、
そんなことくらいわからないのか、よほどそいつはね、バカかとねアホかとね、
男はそういうバカなところがあって、このため仏教は男ばかりでザーメンくさい。
「永遠の真理はない」――どうしてそのくらいわからないのかしら。
八王子の求道者で奇書「さもありなん」で有名な奇人の村内弘道さんは、
自分は本物の「永遠の真理」をつかんで、
それがために自分は偉い凄いと誇っていたけれど、
よかったっすねえ、おめでとうございます、偉いなあ、
と甘やかしてやれる弟子になれなくて悪いことをした。
しかし、金銭面での約束はまだ残っている。
村内「おれは世界の永遠の真理をつかんだ」
わたし「だから、それはなんですか?」
村内「さっき何度も説明しただろう」
わたし「何度聞いてもわからないんですよ」
村内「しかし、おれは永遠の真理をつかんでいる」
わたし「ほんとかなあ」
村内「おまえは世間を知らない(と机をばんばん叩く)」
わたし「怖いなあ」
村内「永遠の真理とはそういうもんだ」
わたし「なんか偉そう」
村内「偉そう? ではなく、偉いんだ。永遠の真理だぞ」
わたし「だから、それはなんです?」
村内「おまえはバカだからわからない」
わたし「そんなもの、あるんですか?」
村内「おれはしっかり永遠の真理をつかんでいる」
わたし「なら、教えてくださいよ」
村内「さんざん教えただろう?」
わたし「永遠の真理なんかあるのかなあ?」
村内「おれはそれをつかんでいる」
わたし「法華経も読めなかった村内さんが?」
村内「おまえ、世間を舐めるなよ(と村内家具の中国製机を手で叩き割る)」
わたし「……すげえ」
村内「わかったか?」
わたし「わかりました」
村内「なにがだ?」
わたし「永遠の真理」
村内「それはなんだ?」
わたし「まあ、法華経みたいなものかと」
村内「ま、まあ、そういうようなもんだな」
ふたり、握手する。
八王子の同族会社、村内家具の現在の社長は健一郎さんなのだが、
長らく弟の弘道さんは副社長としてパワハラ恫喝、脅し役をやっていた。
健一郎さんは二代目社長だから、取引先からも従業員からもアホボンとバカにされ、
かといってそこで威張ったりしたらもっと人気がなくなる。
このため弟の弘道さんがパワハラ役を務めたのだろう。
経験したことはあるが、村内弘道さんのパワハラはうまいよお。
なんの脈絡もなく鬼のような顔に変わりテーブルをばんばんたたき大声で恫喝する。
相手の非をいちいち粘着質に高圧的に些細なところまで攻撃する。
おそらく、そこでお兄さんの健一郎社長がうまくとりなし、
社長は優しいと評判が変わり村内家具の経営もうまくいっていたのだろう。
アメ(健一郎社長)とムチ(弘道副社長)の関係性である。
ところが問題が生じる。
弘道さんは兄の健一郎さんのあと、てっきり自分が社長になれると思っていた。
しかし、兄の健一郎は側近を固めて、自分の息子を次期社長候補にしている。
これでは汚れ役をやった自分の立つ瀬がない。
とはいえ、自分はパワハラ弘道と言われるほど社員から嫌われていて人望がない。
いまや兄の健一郎社長はすっかり人格者あつかいで、自分は悪役。
仕方なく弘道さんは村内家具の一線から離れ、
自分を絶対人格者の善人と思わせるような「さもありなん」という奇書を、
売れなくても繰り返し書き続け、周囲に配りまくっている。

全日本プロレスだって、元子さんが悪役をやったから、馬場さんが馬場さんでいられた。
天龍源一郎さんだって、そういうところがある。
村内家具とムラウチ、
底の底のほうで仲が悪いのは後者が創価学会に落とされたからでしょう?
いちおう今月の男の誕生日に八王子の天才学者「さもありなん」村内弘道先生に、
彼をモデルにした2作目の「仏教テキスト小説」を送る約束なのだが、
世界の永遠の真理をつかんだという作家先生の誕生日が思い出せない。
たぶん12日か14日だったのだと思うが。
いや、メール検索したらわかるのだろうが、いま読み返すとあたまが脳みそ飛び散りそうで。

学者も最初っから「さもありなん」レベルでいいので、
いちおう「さもありなん」レベルの絶対校正はかけるけれど、
ま、金は悪くないでしょ? テキトーに書いてよ。
このくらいのご依頼だったら、2週間で書いていた。
校正も彼の好きにして。名義もいらない。

ところが、日本の仏教を変えましょう。芸術作品を創りましょう。
これ一作で土屋さんが死んでも、真の文学作品をお願いします。
そんなことを言われて、それを真に受けたから、こんな惨事になっているわけ。

2作目は八王子の「さもありなん」がそういう人だとわかったから、
本人をモデルにしたパロディーね。
金を払おうとしなかったことも、すべてモデルにした。
くっそ性格が悪い小説。
村内弘道さんの誕生日っていつだったかなあ? 
コメント欄で関係者を気取る人は多いけれど、本当に知っているなら教えて。
もうあの人の書いた文を、さらりとでも読みたくない。
よく学校の小説の選択肢問題であるじゃない?
「このときの冴子の気持を答えろ」
1.嬉しい
2.悲しい
3.悔しい
4.恥ずかしい

八王子の「さもありなん」がよく言っていたのは、これ。
このときの登場人物の気持が「わからない」。
だから、この小説は「正しい」とはいえない。間違っている。
山田太一も宮本輝もエッセイで書いているが、小説ってそういうもんじゃない。
1~4のなかに答えはないかもしれないし、1~4ぜんぶかもしれないし、
もっとほかにあるかもしれない。
ここまで村内さんが小説を読んだことがない人だとは思わなかった。
このレベルの問いを正義顔でされちゃうと、もうどうしようもないわけ。
初歩の1回から59歳の男性に小説を仕組みを教えるなんて、それはねえ。
たくさん小説を読んでもらうしかないし、
いろんな体験をして小説に驚き涙し笑い救われなければならないし、
あの年齢と肩書プライドでは、手の打ちようはない。

ブログでちょこちょこっと教えるしかないなあ、と思っていたら、
いきなり姉に刑事告訴するぞと「スラップ」メールを送る。
答えがないことなんていっぱいあるのになあ。
むかし八王子の山奥に弘道様という神童が生まれたそうな。
家は大地主で幼少の頃から神童と名高く、
気高くも天皇陛下御一族様の御学友になるべく学習院学校に入る。
そこでもめきめき知能を表わし、学校一の天才児と呼ぶものも多かりき。
学者の道を進めるものも多かったが、親の恩義には逆らえぬと兄と家業を支える。
まさに不眠不休の体で商売を栄え学者の業も精進し、
八王子の山奥を朝晩山伏のように歩きながら、
わずか50過ぎで「世界の永遠の真理」を独自で発見する。
一大奇書「さもありなん」を世間に上梓するが、
蒙昧な愚民はこれを理解せず、あわれなるかな。
しかし、八王子の名士ゆえ目下のものからの称賛は数多く寄せられたとのことである。
晩年は四国に寺子屋「弘道塾」を開く。弟子はひとりもいなかったという。
男は一向に介せず「世界の永遠の真理」とはそういうものと豪快に笑っておったそうな。
真の幸福人とは彼のような八王子山王のことをいうなり。
高尾山中に千年ひそむ古老の仙人はかく語りき。
八王子の先鋭思想家、理系学者で奇書「さもありなん」で全四国の僧侶の蒙を開いたという、
作家の村内弘道さんから最初に八王子に呼び出されたとき、
彼が仏性(ぶっしょう)のことをブッセイって言うんだよ。
恥をかかしちゃいけないと思って、意味はわかるし、それでお話をうかがっていた。
「これからの企業は文化貢献もしなくてはならない。
僕は長らくブログを読んできて土屋さんは天才だと思う。
ぜひなんでもいいから仏教に関係する小説を書いてください。好きなように書いてください」
悪い気はしないよねえ。
会話のはずみでブッショウと言ってしまって、相手も気づいたっぽく、
気まずくなってその後はどちらも仏性を使わなくなった。
1年かけて小説と仏教を改めて勉強して、身体を壊しながら書き上げた小説。
ほめてもらえるかなと思ったら、「です・ます」調どころか師匠気取りの命令形の校正。
田舎の家具屋の番頭が小説の先生ぶるなよ。
こっちにも言い分はあるが、めんどうくさいし、言い換えたりしたものである。
で、また遠い遠い八王子にクソ暑い中呼び出されたのだが、
村内弘道さんは勝ち誇っている。おれはスーパーマンだって顔。
どうやらわたしは小説で「王妃(王の妻)」と「王女(王の娘)」を書き間違えていたらしい。
鬼の首を取ったかのような喜色満面なのである。
土屋さんの日本語はぜんぶおかしい。
ここもここも、自分の言うように変えろ。王妃と王女の違いもわかんないのか。
ならば、全編、日本語は校正だな。

ふつう人のミスって「こうこうはもしかしたらこうじゃないかな」と指摘する。
少なくともわたしなら。
「密教」のことを「日教」という若い男の子にも、
一回指摘したが、直さなかったので、意味はわかるのでいいやって。
あの子もわかんない子で「上人(しょうにん)」を「じょうにん」って読むんだよ。
何回かで直してあげたけれど、本人は直さないから、ま、意味はわかるしね。
村内家具に生まれ、長年パワハラを担当してきた男には、そういう情も欠落しているのだろう。
ひとつまえの記事がどうのこうとコメント欄で言われているが、
わたしは小学4年、少なくとも3年くらいまではかわいい男の子だったのである。
どうしてか憎くなったのは、母が精神病を発症して以降。
濃密な母子関係だったからこういうこともまったくないわけではないと思う。

チアガールの人の話はよく覚えていないんだよ。
ただそれに近いことはあった気がする。
叔母は母と年齢が離れていたから、当時20代前半だったと思う。
当時はひたすら怖かった想い出で、なにがなんだかわからなかったが、
最近非常に体調が悪く布団に倒れ込んで、
ふとあのときの想い出がきれいなものとしてよみがえってきた。

もしかしたら叔母とチアガールで、男の取った取られたでなんかあったのかもしれない。
反対でふたりは親友だったのかもしれない。
かわいい子だからと悪戯をされたのかもしれない。
真相はわからないが、むかしは忘れたい記憶だったが、いまはなんかいいなあと。
死が近づいているのかもしれない。

ちなみにわたしがそのころ女性はみんなおねえさんで色気づいていなかった。
そこをきれいなチアガールのおねえさんにに見透かされたのかもしれない。
柳美里のよさってなぐさみもの性にあるって思うんだけれどなあ。
少女のころの柳美里って、男を誘っているようなところがあって、
性的悪戯をしてもだれにも言えなさそうな孤独な羞恥性がふんだんにある。
こっそり気持よさがりそうなところも。

わたしが小学校3、4年生、母がまだ精神病を発症するまえで、
なぜかそれなりに美少年だった。
年若い叔母の働いている会社の野球チームの応援に誘われたときのことである。

試合後、打ち上げのレストランで、トイレに行きたいって言ったら、
若いチアガールのおねえさんのひとりが連れていってくれるって。
女子トイレに連れ込まれて、にやにや笑いながら、半ズボンとパンツを下げられ、
子どもでも、こうなっているんだあ、とここには書けないことをされた。

恥ずかしくてたまらなく、怖くもあり、でも、またしてあげるねって言われて、
うん、とうなずくしかなかった。
若い叔母に、どうしたの? 
と聞かれたが、真っ赤な顔で、ううん、なにも、としか言えなかった。
何度か誘われたが、二度とその野球の応援には行けなかった。

その叔母は若くして白血病で死んだ。
仏典ではよくやる手法なんだけれど、
ある権威者のひと言だけを前後の文脈を無視して引用して、
これは「正しい」という構文作戦があるわけ。
法然も日蓮もこれをやっている。
わたしが村内家具に「カチコミをかける」
と書いたのは前後の文脈を考えたら充分了解可能。
そのあとにも友好的なメールを交わしているわけだから。
そもそもその前提として、約束を破って金を払わねえって村内家具が堂々と宣言している。
前後の文脈を考えないというのが宗教者の特徴でもある。
そこだけ姉に転送して「僕は殺されそうです」と女に泣きついたのが八王子の59歳男性。
恥ずかしくないのかなあ。文章の意味は、前後の文脈で決まる。
そのくらいわからないのが八王子学者かよ。最初に約束を破ったのはおまえだろう。
こうやってどんどん恥が広まっていく。
ずるくうまうまと世間を渡ってきたんだろうなあ、八王子の「さもありなん」村内弘道学者。
警察にメール全文を持って行ってみろよ。鼻で笑われるぞ。
八王子の先鋭思想家で古典仏教研究家の「さもありなん」村内弘道氏が言っていたのは、
「八王子校正」――。八王子の彼の校正のこと。
僕はどんな古典でも漱石や鴎外でもベストセラーでも「八王子校正」にかけるという。
なぜなら、僕はムラウチの生まれで絶対に「正しい」からだ。
足軽レベルと比べられたら困る。僕は秀吉のほうではなく、千利休なんだよ生まれが。
「八王子校正」とは「八王子こうせい」。
八王子の僕が「こうせい」と言ったら「そうせい」よ。なぜなら僕は常に「正しい」からだ。
僕は日大教授もバックにいる日本有数のカントール研究者だよ。
世界の永遠の真理をつかんだ世界でも数少ない理系学者と言ってもよい。
土屋さんの小説が間違っているわけがこれでもわからないか?

最後はそう腰に手を当てて怒鳴っていた八王子の村内弘道さんは、
最初八王子に呼び出されたとき、
「土屋さんは天才です。なんでもいいので仏教にからんだ小説を書いてください」
「売れなくてもいいじゃないですか。芸術ってそういうものですよ」
「ふたりで奇跡をつくりましょう」
そう言っていたのだが、証拠はない。人間を信じてはならない。とくに村内家具は。
あの八王子事件の真相はね。
村内家具が約束の金を期限内に払わねえって言うんだよ。
八王子絶対正義の「無限校正」を受け入れないと金は払わねえぞって柄が悪く。
そんなもん、いつまで経っても払われないわけじゃん。
どんな小説にだって、それこそ漱石や鴎外の小説にだって、
ここが不満だって、1年でも2年でも言えるわけだから。
あいつの「八王子校正」も意味がわからなくて、1分、2分で変えるから。
あれだけがんばってノーギャラかよ。
ガチのテッポウではなく、カマシでカチコミをかけるぞってメールに書いたら、
いやいや払った。それが惜しくなったんだろうなあ。
あのカチコミ文は名誉毀損、恫喝罪に相当して、
村内家具の総力をあげて八王子警察署を動かし、土屋さんを刑務所にぶち込むって、
なぜかわたしにではなく姉に連絡。姉夫婦は困っちゃって。
このせいでいまでも姉夫婦と顔を合わせられない。
村内弘道と姉は和解したらしいけれど、わたしはその内容を知らない。
こちらの面子はどうなるのって話。
わたしと村内家具との契約は出版印刷込みの3回契約。納得できないなあ。
まあ、村内弘道は後生が悪いよね。自分から口にした約束を平気で破ったんだから。
閻魔様に舌を抜かれて未来永劫、地獄界で苦しむのだろうが自業自得だろう。
去年、同時期に3人のそれぞれの59歳男性と会っていたわけである。
ひとりは派遣で知り合った殺傷の前科もちのムショあがり。
もうひとりもおなじく派遣で知り合った、
長らく性風俗業界で生きてきたという59歳の彼女はギャル曽根似。
最後のひとりは、あっちから一方的に声をかけてきた村内家具の代表取締役。
人生観も、人間観も、それぞれで、それぞれおもしろかった。
いちばん偉そうでふんぞり返っていたのは、むろん村内家具。
おれさまが世界の真実だって顔をしていてねえ。田舎のムラの重役風情がね。
性風俗の人もおもしろくて、あわせて4時間くらい一方的にお話を聞いたんじゃないか。
そんな世界があるのかよって。
見かけはまじめそうなんで、だれがだれだかわからなくて、おもしろい。
むちろん、うかがったことは事実性は問わず相手の真実として聞いている。
女のヒモになって月数百万のあがりとか、
かつて歌舞伎町にはそんな時代があったんだなあ。
どうやって女を転がすのが、僕はカウンセラー体質で質問はしないほうだから不明。
人っておもしろいなあ。もしかしたら、そこがこれから生きていく希望かもしれない。
いま本当になんかやばくて。
若いころから美顔で女にもてたりしちゃうと、女のありがたさがわからないよね。
こちらくらい女に相手にされないと、どうなるって思う?
ちょっとやさしくされたら騙されるって思いますか? 女が近づいてきたら悪だくみを疑う。
デート商法に引っかかるのも、絶対に引っかからないのも、双方が女日照りゆえ。
あるときふと女日照りという言葉が思い浮かんで、これはいい言葉だなあって。

今日なんかも恐ろしいくらいだったけれど、孤独感に苛まれ、ひとりで死んでいく。
そうなると、どうなるんだろう?
ちょっと人にやさしくされたら、ついていきそうな感じもする。
八王子の村内家具は、それで、自分は絶対に信じてもいい、と言われ、
「いやあ、そんなに世間は甘くないっしょ」と答えたら、
村内家具だけは信じてくれと迫られ、よし、と本気になったら、
1年後に、土屋さんは世間知らずのバカだなあ。
世の中、そんなに甘いはずがないだろうと、くそみそに言われた。
やはり人を信じちゃいけなかったんだと猛反省したものである。

お金なんか、どうだろう?
若いころからお金に困っていないとどうなるんだろう? 
わからないが、がつがつしていないので、詐欺話にはついていかないような気がする。
学歴コンプレックスのあるやつって、やたら大学教授とかの権威に弱い気がする。
「僕は日大教授の知り合いがいるんだよ」と八王子の「さもありなん」は言った。

これもわからないが、怒られちゃうかもしれないが、
医者嫌いもコンプレックスと関係しているのかもしれない。
それもまた問題だろうという話だが、
わたしは医者にまったくコンプレックスがないので
(春日先生の人間味あふれるエッセイのおかげもあり)、
お医者さまを医療サービス従事者として見ており、人生の指導者とはまるで思っていない。
あたまのなかはこっちとおなじだろうって。いまの医者はたいへんよねえ。学校の先生も。
柳美里は東由加の影響か、
イヨネスコ、ウェスカー、インジ、ピランデルロくらいまで読んでいる。
むかし演劇に夢中になっていたときに、柳美里のエッセイを読み返して、
自分以外に読んでいる人がいないと思っているものを読破している先輩の存在に驚いた。
とても近しく感じたものである。まあ、若くして世に出ちゃって忙しくなったから、
日本古典は高等学校の古文の文法でさえ理解できないだろう。
わたしも若いころはドストエフスキーやトルストイを読めたけれど、いまはねえ。
「歎異抄」レベルならいまでも読み返せるが、「往生要集」や「教行信証」はちょっと。
去年、村内家具に金をもらったから、
料金以上の仕事をして見返してやると空海の全作品や法然のマイナー書を読んだが、
限界も限界(料金的にも体力的にも知能的にも)、吐きそうになった。
それを八王子に呼び出されたときに「あれはくだらないね」と、
「一念三千」も知らなかった人に言われちゃうわけ。
若いころの積み重ねとか絶対にそれはあるのね。
単純作業とかでも若いころとかそれをやっている人とか同時給で悪いくらいうまいもん。
それをうまいと褒めたら、こんなのがうまくてもって苦笑されるのだけれど。
若くしてキラキラしちゃった人は教養がないからメロリンQになっちゃう。
またああいうのを褒める、かつてキラキラしていた、いまはもうなにもない老人がいるんだ。
宗教学者の島田裕巳はいい。いまあの人ばかり読んでいるんじゃないかな。
しっかり勉強しているもん。そのうえ、わかりやすい。
本当に理解していなかったら他人にうまく説明なんかできないから。
島田裕巳はオウム事件で世間から追放されて、
いっぽうで河合隼雄つながりで生き延びた中沢新一なんかよりはるかにいい。
島田裕巳は新興宗教、新宗教もやっているんだよ。そこがいい。
ひろさちやも梅原猛もいいが、彼らは新宗教はわからない。
ええそうなの? そうだったの? という発見は新書にたくさん入っている。
あれはねえ、梅原猛クラス。
おもしろくてしょうがねえよ。完全中立で無宗教だしね。なんか野暮ったいところもいい。
気鋭の仏教科学思想書「さもありなん」で知られる作家の村内弘道氏に驚かされたのは、
あの人は世間を知らないんだよ。
人生で1回もアルバイトさえしたことはなく、
常に八王子のお坊ちゃんとして小学校から学習院に入り、
親の会社ではみんなから持ち上げらて、結婚も順調に縁が固まり、もうすぐ還暦。
あいつ、虐げられた人間の本当の悪意とか知らないんだよね。
それがカマシかガチのテッポウかも見破られない。
柳美里なんかもそうで、若いころからちやほやされているわけだ。
その魅力もないわけではないが、中卒バカのくせに、
自分を言論人だとか錯覚しちゃって、原発がどうのとか政治的発言をしちゃう。
顔がきれいでだれとでも寝るいやらしさで受けていた部分もあるのに、
それがわからない。「ゴールドラッシュ」で現代の三島だとか売り込まれて、
そういうのを本気にしちゃうのが、電通とか博報堂に創られた女流作家。
本当の自分が見えていない。
ああいうのにかぎって、おばさんになると教祖顔で他人に人生相談をしたがる。
いまの若いアイドルとかも自己イメージをどうしているんだろう?
顔がかわいいだけじゃない? 身体がちょっといいだけでしょう?
それで男にキャーキャー騒がれて自分を見失っちゃう。
自分を見てみたら、教養も世間知も常識もなにもない。
スピリチュアルや占い師のカモだわさ(笑)。
昼寝込んでいてピンポンが来たのはわかっていたが、起きられない、めんどうくさいなあ。
そうしたらまた来てくれて、ありがとう。ブックオフオンラインから。10冊2000円。
買った本は低劣すぎるので書きたくない。
いまさら高度な難解古典とか読めないよ。体調も悪いのに。
郵便局といえば、変な話で、わたしが月曜日の午前中に送ったものが、
隣県に届いたのが水曜日って特高がなかを開いて調べているのか(笑)。
だれかにあげちゃったのかないので、柳美里の「水辺のゆりかご」を買いなおした。
あえて100円の文庫本ではなく、200円の紫色の思い出深い単行本で。
柳美里って少女のころ、よく性的悪戯をされたんでしょう。
小学校では性的いじめ。生意気そうで、
しかし、どこか男を誘っている秘密の顔をしているもん。
わたしが見たいのは柳美里の中高生のころの写真だが、どこにも掲載されていない。
あれ、ミッションスクールでいじめられたとかさんざん書いていたけれど、
あるとき若くして出世したサイン会で、当時の同級生に、
「あのときはごめんなさい。そんな気はなかったの」と手紙を渡されたって。
あれは柳美里の被害妄想というか、そもそも事実は存在しないのかもしれない。
客観はなく主観だけかもしれない。

感想を書いていない本は数十冊あるけれど、なんか、めんどうくさいなあ。
今日来た柳美里の「人生にはやらなくていいことがある」は贈呈本だった。
日本には「手打ちにする」という文化がある。どうしようもないから「水に流す」。
わたしが処女作、仏教小説で書いたのはまさにそれである。
いまは健康上、とても八王子にまでは行けないが、
復活したらあの山奥まで行って形式上、わたしが5分、10分、土下座して、
小作人が地主にするようにお偉い村内家具に謝罪を申し上げて、
あっちの弁護士の言うブログ記事をぜんぶすっからかんに削除してもいい。
なぜなら、わたしにとって謝罪なんて、気持とは関係ないポーズだからである。
小作人根性である。
犯罪被害者遺族が被告に謝罪を求めるとかわけがわからない。
謝罪なんてだれでも可能だし、あんなもん、一文の得にもならないお約束事。
おれはね、やれって言われて得になるのなら、だれにでもあたまを下げられる。
シナセンだって、ああ、そうだよ。
いやあ、どこまでも手打ちにしないのも、それもまた経験上おもしろいのですけれど。
「手打ちにする」「水に流す」ってどう英訳するのだろう?
こいつ、ほんまもんのアホやなあ、思うたのは八王子の村内家具。
たしかに経済レベルではあっちのほうが百倍上かもしれないが、
文学小説レベル、仏教仏法レベルなら、
悪いが、わたしのほうが百倍以上、彼より上なのである。
いまどき高校生のときに教科書で読んだ漱石、鴎外の話しかできない男。
もうすぐ60になるのに法華経を読んだことがなく、トライしてみたものの、
最後まで読めないで、しかし悟ったようなことをいう仏教作家。
そこはつりあいってものを考えようよ。
ぜんぶ経済や血統じゃないんだから、学習院大学経済学部。
すぐに怒鳴り散らしてテーブルをばんばん叩くとか、
おまえ、どれだけ恵まれた人生を送ってきて、
しもじものものを理不尽に暴力的に強圧的に虐げてきたのか恐ろしくなる。
たしかに人間にはいまでも士農工商のような差別があるが、
八王子土着村内社会は、
そういう世間をダイレクトに出してくる前近代的な野良根性を有する。
彼が大好きな四国もきっとそうなのだろう。
八王子の村内家具は会長のMMがやり手でだいぶ汚いことをして、
政治家ともコネをつくったし、嫁は大手電機屋から引っ張ってきて専務にしている。
MMは八王子市から勲章をもらっているから、相当ばらまいだのだろう。
MMはまだ死んでいないが、死んだらどうなるかというのが当面の緊急課題。
MMの弟がムラウチ電機の創業者で、これもえれえことをやって独占販売にした。
基本的に村内グループは同族経営だから、社員の不満は高まりまくっている。
出世のためには、いかに村内一族に媚びを売るかしかないわけだから。
きっついノルマも課していて、守れないと机をバンバン叩くなんて当たり前だという。
それは弘道さんから実際にされたから、あの同族のパワハラ趣味はわかる。
MM会長の長男が健一郎社長で、
取り引き先や社員、パートからもアホボンって言われている嫌われ者の経営者。
健一郎氏の弟が副社長までいった自費出版作家の弘道さんなのだが、
彼も兄とその息子が嫌いで、そりが合わず、村内家具を飛び出しているが、
ビジネス上は体面がいいので「村内家具代表取締役」を名乗っている。
こんな低身分のわたしにメールするときも、
わざわざ威圧的に「村内家具代表取締役」って書いてくるくらいだから。
弘道さんは子どもがいない。奥さんの大病が関係しているのかもしれない。
村内BMWという外車を売る同族の田舎会社もあって、
いまはそこが伸び盛りというか、ほかはほぼ全滅状態に近いらしい。
警察をも恐れない山口組、武闘派、弘道会もムラウチの名を聞いたら震えあがるという。
これははじめて書く話じゃないかな。いつ死ぬかわからないから書き残しておかないと。
村内家具が名誉棄損で刑事告訴と騒いだそうだが、わからない。
それはわたしに名誉がないだろう。

以前は匿名ブログだったのだが、
2ちゃんねるのシナセンスレに実名を出されて誹謗中傷を書かれた。
あそこの匿名掲示板に書かれちゃうと、削除依頼をしても消されないのよ。
高い弁護士を使ったって、あそこに書かれたら消せない。
どうしよう? って思って、警視庁サイバー犯罪課に電話したら、2ちゃん? 
あれ、無理だから。あきらめて。
まあ、そういうもんだよなあ。
そうしたら突如、善心に目覚めたのか、こちらの実名を2ちゃんに書き、
誹謗中傷した当人が本名でメールしてきたのである。
あれは僕がやりました。ごめんなさいって。
そんなことを言われても、あれは書き込んだ本人でも消せない設定だし。
謝罪したいって言われても、謝罪されても消えるわけじゃない。

どうしても謝りたいっていうから、じゃあ、池袋で会うって話。
謝罪させてください。いや、いいけどさ。べつに謝罪されても一文の得にもならない。
そう答えたら、池袋で一杯おごるって。
聞いたら10歳上くらいのシナセン卒業生で、所沢在住、年収150万。
自称アニメシナリオ作家。
極貧だなあ、と悪い気がしたが、飲み放題のコースで3千円くらいおごってもらった。
最後は笑顔でお別れ。だって、もうどうしようもないじゃない?
そうしたら数ヶ月後、また同一人物がおなじことを2ちゃんでやっていて、
電話しようかと思ったが、めんどうくさいなあ。好きなようにすればって。
そう思えたのは、わたしに名誉意識がなかったからだろう。
けっこうおもしろい話でしょ?
村内家具から八王子に呼び出されよく言われたのが、僕の時給は10万円!
言外の意は、きみの時給はせいぜい千円くらいだろう?
だから、きみが長時間かけて高尾山のふもとまで来るのは世間的常識にかなっている。
村内家具はいまのわたしの年齢くらいのときに、
「人生の迷い」にとらわれ四国のお遍路をしたという。
そのとき男が愛唱していた短歌が、どこぞの高校教員が創ったもので、
意味は「人間も畜生も平等」――。
村内家具は四国のお遍路でなかば悟りを開いたという。
「人間も畜生も平等」――しかし、人間は平等ではない。人間は不公平である。
村内家具の僕の時給は10万円、きみはたかだか千円。
きみは文学部だそうだが算数はできるかな? 
村内家具は土屋さんの百倍の価値がある。

わたしはこの認識を現実的でとても正しいものだと思う。
僕はきみの百倍の価値があるから、きみに無限回の「八王子校正」を命じることができる。
百倍だよ百倍! 僕はきみよりいわば百倍「正しい」という計算になるな。
きみなんか時給千円も行けばいいほうなんだから、
そのお姉さんの価格もたかが知れたもの。
なにせ僕は村内家具の時給10万円のお高い男なんだから、
僕は偉い。僕に従え。僕が規則だ。
僕は八王子の村内家具で時給10万円だ、
と理系学者で神秘思想家、自費出版作家の村内弘道氏は言った。
四国に自分の名前をつけた寺子屋をつくりたいのも、
さらにおのれの時給を高めるための宗教法人化の計画があったのではないか。
母のあれから20年まがりなりにもこうして生きているのか。
今日なんか吐き気がひどく1日寝込んでいた。いま人生でいちばん体調が悪い。
しかし、不摂生のたたりであり、自業自得、因果応報である。
弱さかもしれないが、そうしないと20年生きてこられなかったような気がする。
自分では20年がんばって生きてきたつもりだが、世間的評価は皆無である。
河合隼雄や宮本輝は「20年待て」といっていたが、
試した結果がこれかという自分だけの体感、現実感がある。

あいどん師匠の悪口を書いているのは、むかしはあのレベルでも結婚子育てができて、
なにより山田太一の親友であることへの嫉妬だろう。
シナリオ・センターの小林幸恵社長には、新井家に逆らったらどうなるかわかる?
あなたはどの世界でも絶対成功できないと予言されたが、悔しくもそれは当たっている。
最近は最後の希望とも思えた小説の話。
八王子の村内家具の重役から小説を依頼され身体を壊しながら書いたら、
こんなものは日本語じゃないと批判された。
出版込みの3回の約束だったが、証拠がない口約束なんて守るはずねえだろ、
世間知らずのバーカ! と極めて正しい批判をされ、おのれの甘さに恥じ入る。
個人情報を悪用されたいせつな姉弟関係を崩壊され村内家具の怖さを知った。
金のためならなにをしてもいいということを村内弘道氏から教わったものである。

しかし、まあ、この年齢まで生きられたし、
お情けかプチ特別扱いがクレーマー対策か、
作家で精神科医の春日武彦さんが本を送ってくださるという、
こんな僥倖はめったに味わえるものではないだろう。
ひとりふたり心を許せる親友がいる(いた)ことも、それは幸いである。
人生、こういうものなのか。これはわたしだけの人生味であり実感である。
なるほど、こういうものか。