若い女の子とできるなら法華経でも唱えながらつきあってみたいが、
あいつらとどんな会話をしたらいいの? あいつら、どんな会話をしてます?
いきなり女に人生の意味? 死とはなにか? 
カントおよび親鸞における善悪の話をしてもご迷惑でしょう?
でも、あちらさんとなにを話したらいいの?
ふつうに働いていたら本も読めないし映画も(ア○ゾンで)見られない。
けっこうしろうとの男女関係に興味があって、あいつら、なにを話してんの?
話すことなんてないっしょ? お金の話しか、そうそれしか。
いまさらだが女の子と話してみたい。
聞きたいのは、女として生まれるってどんな感じ。
おなじ人間から性的対象としてギラギラされちゃうわけでしょう、なかには。
痴漢とかは例外だが、
そもそも下腹部をテッペンして迫られるってどんな感じ?
自分が男の商品だと気づいたとき、人権意識とか芽生えるの?
女は商品だから、おなじ商品への嫉妬も根深いだろう。
女同士で友情なんてないっしょ? 敵同士じゃないか?
女の子と話してみたいですね。キャバクラに行けって話かも。
いまは不倫とか浮気とかすげえ断罪されるっぽいが、あれは女事情っしょ?
せっかく捕まえた男の資源をほかで無駄遣いされたくないという、そのね、あれで。
わたしは不倫も浮気もオーケーっていうか、人間なんてそんなもの。
たとえ自分の相手が不倫や浮気をしても、まあ、そうだよね。
おれなんかじゃ飽きるよねって心からの理解を示す。
おれは不倫や浮気なんてそもそもできない低劣生命体だから。
もう女の子にはかまってくれる期待しかない。
本命彼氏、ご主人、旦那さまのいらっしゃる女性さまに遊んでもらうしか希望がない。
遊ばれて、遊ばれちゃったとテヘペロしたい。
悪戯っぽい目をした女の子が好き。トリックスター。
しかし、実際はこっちがそれだから、安定系の女性にケアしてもらわないと困る。
こっち、あれだから。あれなので。あれがために。あれよあれよ。
ブログに百回以上書いているが悪い女の子に騙されてぼろぼろになりたい。
悪とはなにか? それ快楽よ。
人のこころをもてあそぶのって最高の愉楽、悦楽じゃないかしら。
悪いなあ。このやろっ、悪いなあ。
そういう女の子にメロメロになって闇金に手を出して自滅したい。
いまはみんな自分ことを「いい人」だと思っているみたい。
だれもヒールを演じたがらない。
プロレス。
新日本プロレスでいちばん好きなのは、あべみほだが、その手下のタイチ。
タイチとオカダがなまら北海道でメインをやった。
よかった。久しぶりにプロレスっていいなと思った。
タイチはこれから大化けするのではないか?
だれも、あべみほと組んでのプロレスなんてしたくない。
圧倒的な体力差のあるオカダとのプロレスで、
タイチは実に生意気な目をしていた。
師匠(?)の川田利明さんのように、もっともっとひねくれてほしい。
むかしは活字中毒といったらしいけれど言葉依存症。
よくさ、親とか先生とか「本を読め」っていうけれど、あれは正解で、
理由は語彙が増えるから。言葉なんだ世界は。
去年その場で入院して外科医から死ぬかもしれないと脅されたとき、
必死になって言葉にすがりついたもの。
言葉で世界を理解する。いまどういう状態にあるのか?
相手の迷惑とか考えずに携帯からメールを送っていた。
それを書くこと、読んでくれる人がいることが「救い」だった。
いろいろな本を読むとさまざまな文脈があることに気づく。
読書は単なる快楽だが、意義があるとすれば、
新しい言葉を覚えるとかじゃなくて、
多様な文脈の存在に圧倒されるから。
ある不幸な人が「宿命転換」や「人間革命」という新語で
救われうることも理解できるようになる。
まっ、おれは救われないけどねってことも。
いまはスマホ全盛だが、若い子には本を読んでほしいですね。
なぜなら悪くなれるから。
単純な「いい人」ってあれは善人だからではなく、
悪い文脈を知らないだけ。言葉は人を生かしも殺しもする。
なんとかして自民党の山田貴之の悪口を書いて、
自分を盛り立てていきたいのだが、書けない。
だって、あいつ、いいやつだったもん(笑)。
というか、3年間毎日のように顔を合わせていたはずなのに、
山田くんの記憶がまったくといっていいほどない。
みんな高校時代のこととか覚えている? おれ、記憶ないのよ。
体育祭や文化祭は行かなかったけれど、
授業にはちゃんと出席していたはずなのだが高校の記憶がない。
いい子たちばかりだったから、いじめられていたわけでもない。
バカにされていたわけでもない。
いま思えば、みんなわたしのようなコミュ障の存在に戸惑っていたのだろう。
山田くんは成功者人生を爆走しているが、
こけたりしないで案外このまま行っちゃうのがリアルな人生ってもの。
で、不遇なわたしがなんにもないまま早世するのがリアリティー。
そんなドラマを書いたらリアリティーがないって大衆に怒られちゃうのがリアリティー。
宗教の話をしましょう。どうしての話。どうして? どうしてそうなの?
年収1千万円オーバーの自民党、
山田貴之先生とわたしはおなじ小石川高校で学んだ。
このときから格差があった。あっちはイケメンでもてもて、社交的。
いま43歳になって格差がよりはっきりとした。
あっちは高収入でみんなから尊敬されるお仕事をなさっている。
きれいな奥さまとお嬢さんがいらっしゃることをネットで自慢している。
どうして山田ばかりいい思いをしているんだ?
まあ、それが諸法実相なんですよね。なんで山田くんばかりいい思いをしているの?
ないって思うんだよね。あんまり。それはね。そういうことは。
目の前で実の母親から飛び降り自殺されて、
死後に自分の悪口を山盛りで書いてあるノートを見ちゃうっていうケースは。
こういうサンプルは統計にはずれる貴重な偶然事である。
わたしが生きているって、そうとうおもしろいパターンだと思う。
ふつうならあそこやあそこで自殺している。
むかしはブログに幻想があったけれど、いまはもうない。
読んでいるのなんて自分ひとりくらいの感覚。
自分で書いて自分で読む。これ、経済的ちゃいまっか?
しかし、10年前の自分がわかるのはおもしろい。
あいかわらず、もてない、死にたい、もういいよ(笑)。
2000年、目の前で母親から飛び降り自殺をされてショックだった。
まさか10年生きているとは思わなかった。
しかし、結論は生きていて、なんかシナリオを書いていた記憶がある。
あれから20年だぞ。まだ生きているのか、おれ。
いまはもうシナリオにまったく関心がない。
地上波は何年見ていないのか。
もうなんにも関心がなくなり、しかし惰性で生きている。
シナセンと喧嘩をしたのだって10年前なのである。
母のことは20年前かよ。
板中の3歳年下の外科医によると、
もうすぐ死ぬ可能性もなくはないから、それは楽しみね正直。