休憩室で大学生のMくんと話す(「くん」と書くと男とわかる)。
かわいい要領のいい男の子。
もう一流企業に就職が内定している。
あと今日を入れて4回のシフトだという。
「見えない?」
「なにがですか?」
「美しい世界が」
「はい?」
「もうあと3回だと思うと、このア○ゾン倉庫が美しく見えない?」
「え?」
「もう見ないと思うとなにもかも美しく見える」
「――(Mくん、困惑)」
「どこに行くんでしたっけ?」
「はい?」
「卒業旅行」
「フランス、ドイツ、チェコ、1週間で」
「どこの観光名所に?」
「男同士なので、その場で決めようかと」
「喧嘩になるよ(にやにや)」
「なりませんよ」
「携帯(スマホ)持って行くの?」
「はい。でも、あっちはワイファイがあまりないようで」
「つまらない」
「え?」
「スマホ、つまらない。わからない。人に聞く、そこからいろいろある」
「――」

説得力がないのひと言で、わたしは仕事がわからなくて
大学生のМさんにいろいろ聞きまくりだったのである。
彼は家が裕福なのかわたしよりも行った海外の国が多い。
いちばんお世話になったのは彼かもしれない。
初回、女性トレーナーがかわいい男の子の彼ばかり見て話すのよ。
嫉妬したくらい、
彼はかわいくてイケメンで優秀で性格がいい理数系のトップエリート。
わたしなんかとお付き合いくださり、ありがとうございます。

本当はフランス、ドイツ、チェコよりも、
この川口のア○ゾン倉庫のほうが美しいとも堕落中年は思う。
ア○ゾンが宗教じみているのは、独自の用語を説明しないで使うところ。
ほら、創価学会も独特の四字熟語を連発するじゃない?
アウトバウンド、インバウンドってなに?
出荷、入庫のほうがわかりやすいじゃないですか?
シェルフストーってなに? シェルフピックってなに? 
棚をシェルフっていうのがそんなにかっこういいのですか?
ICQAってお困り屋さんみたいなもんでしょう。
パックは梱包。エフシーは荷卸し。
エスティーアイはなんの略だかわからない。通称ランボー。脱落者おおし。
エーアールもなんのことだかわからない。ここは日本ちゃいまっか?
わかっている人はわかっている。
朝礼で不明な点はエスカレ、と言いかけて、
上に相談してください、と言い直した。
エスカレなんてア○ゾン業界用語は、
よほどア○ゾンを調べて好奇心もふくめて入ってきたような我輩しか知らん。
ちょっと実験的なことをしてみよう。
職場のア○ゾンでは
インフルエンザ(ってなに?)予防のためのマスクが推奨されている。
みんなわかっていることだが言わないが、
マスクをすると声はほぼ聞こえない。
ただでさえみんな声が小さく何番に行きますと言われても聞き取れないが、
マスクなんてされたら、なんかノイズがあったなあ程度。
というか、「何番に行きます」は聞き取れないのが当たり前。
昨日、大柄の礼儀正しい男性が大きな声で「何番に行きます」
と言ってくれたときには、すべて了解して、この作業を楽しいと思った。
わたしもなるべく大声で相手の耳に向けて言うようにしているが、
病み上がりゆえ疲れるとそういうのもままならない。
それから新人相手に「何番に行きます」と行ってもかえって混乱させるだけ。
だれがどうだかわからないので、
わたしは相手を戸惑わせないように、
近づくときは、本当はしちゃいけないのかもしれないが、
カートから離れ、そろりそろりインチキ笑顔で目標の棚に近づく。
モクモク作業でミスをするのは人がそばにいるときである。
ア○ゾンをよくしようとか、変えようとか、
そういう思いはなく、笑いませんか? 微笑みませんか?
あそこはそこら中に監視カメラがついているらしいけれど、
わたしはいつも「やれやれまあさ」といった感じでは?
規則は規則だけれど、それは正しいけれど、
わたしみたいに(ほかにいるか?)
倉庫内に絶対禁止の携帯電話を持ち込んちゃうバカもいるわけで、
だから笑うほかないではありませんか?
上は現場を知らないし、下は上層部の苦悩を知らない。
エスカレは最適解ではないが、せめてものエスカレ。
みんなどれだけ対人ダメージを負ってここに来たのかと疑うほど、
それほどのモクモク作業だが、
ときには作業中に笑ってもいいではありませんか?
学会ファンのわたしと
日蓮正宗の52歳Tさんが仕事中に1秒だけふざけあっている。

Tさんが運悪く、商品のない棚に当たってしまい、
あせってスキャナーを何度も鳴らしている。GHエリア。
おそらく上のはからいだろう。いや、ア○ゾンの人工知能さまか?
そのすぐ横にわたしが行かされる。
もうわたしはニヤニヤしているわけである。
「Tさん、どうしたんですか?」
と言いながら自分のピック商品はすぐ見つかり、ラッキー。
「商品がないんですか?」
Tさんは無言。たぶん本音は、うるさいなあ。
わたしはTさんをからかう。
「エスカレしましょうよ。エスカレ。
あはっ、でも、もうHさんは帰っちゃったからだれも来ませんが、あはっ」
「わかった」
「なにが?」
「商品は土屋さんのポケットの中にある」
「なーに言ってんだか。Tさん、ピッキングの才能がないんじゃないんですか?
ほうら、わたしはすぐ見つかった(悪ふざけのジョーク)」
その瞬間、事態が動く。
Tさんのスキャナーの画面が切り替わったらしい。
上がTさんが困っていることを知り、それをないことにしたのである。
Tさんとわたしは、顔を見合わせて笑った。
ふたり、笑った。
「少女ミステリー倶楽部」(ミステリー文学資料館編/光文社文庫)

→自意識過剰は14歳くらいの少女だけに許される期間限定の行為である。
自分をどのキャラにもうまく同化できないで、
かといってメンヘラや不思議ちゃんというキャラもいやで、
そうなると学校に行けなくなるのだが、
いざ学校へ行かないと今度は不登校児のキャラになってしまうので、
それもいやだっていう。
男全般、男の自意識過剰は恥ずかしくて目も当てられないし、
おばさんの自意識過剰は厚かましい。
わたしは職場にこんなアクセス数50人(1日)の過疎ブログが
ばれているのではないかという
自意識過剰な面もまだかなしくも残存しているが、
しかし、やっと大人になった部分もあり、
「食いつめて高時給に目がくらんで短期仕事に応募したものの、
単純作業の仕事でさえろくにできない恥ずかしさを自覚しながら、
にもかかわらず厚顔にも気づいていないふりをする痴呆的微笑が売りだが、
それがちっとも売り物になっていないほど落ちぶれ果てたおっさん」
のキャラにおのれを溶け込ませている。自意識過剰だなあ。

まあ、ユング的な意味でだれのこころにも自意識過剰な少女がいるのよ。
いまの職場である女性トレーナーが休憩時間に
スポット派遣がたくさんいる休憩室に入れないで、
入ろうとしてターンして外に出たときは年齢にそぐわない少女を見た。
おなじトレーナーがなにに悩んでいるのか、
休憩室でうつむいて暗い顔をしているときにも不安定な少女を見た。
わたしに休憩時間に入るのが早いと走って飛んできて注意した女の子が、
ああ、あんなことしなきゃよかったと休憩室で寝転んだり、
わざとわたしに聞こえるように
こんな会社はひどい会社と会社批判を始めたときは、
自分を持て余しているようで、いま思えばかわいい少女だった。
円形脱毛症になるほど、
思い悩むまじめな中年男性のなかにも少女はいる。
ほとんどの自意識過剰は醜いが、少女のそれだけは美しい。

本書は少女を題材にしたミステリーのアンソロジーである。
どれもわからなかったことがわかり善悪がはっきりする話で、
少女的なるもの、少女性、処女性、
いわば不可解な自意識過剰とは相いれない意識が明瞭とした小説であって、
そのぶん読み物としてはおもしろい。
いちばんを挙げれば木々高太朗の「老人と介護の娘」である。
没落した名家の美少女が、
元は法律学者をしていたという高齢男性の家に破格の条件で雇われる。
両親思いの娘さんはお金がない自家のことを思って、
意にそぐわない住み込みの介護の仕事に就く。
明文化はされていないが、明らかに下半身の世話も求められていた。
糞尿の世話という意味ではもちろんなく、男と女の関係のことである。
当然、男を知らない生娘(きむすめ)の
まじめな少女には覚悟のいることだった。
ある日、老人が寝床で死んだ。どういうわけか?

娘さんは晩にマッサージのためにという理由で老人の寝床に呼ばれていた。
いよいよ女になるのかとどれほど生娘の少女は緊張したことだろう。
それを覚悟のうえでの住み込みだったのである。
ところが、指一本、清い身体に手を触れられることはない。
男はうつぶせになっており、少女はそのうえにまたがり、
肩から首を手でマッサージするのである。
今日はされなかった。でも、明日はされるだろう。
いったいどんなことをされるのだろう。
少女はこっそり自室でおのれの裸体を姿見(鏡)にうつしてみた。
むろん、性行為をまったく知らないわけではないが、
小説で読んだことがあるだけで、
そのとき身体が火照ったのを覚えている。
あのときポカっとしたのはどこだったか。
今日こそは自分は女になるのだろうと思って寝床へ向かうが、
なにもされない日々が続く。
名家の子女でまじめで本をよく読んでいるから、いろいろ考える。
自分になにか落ち度があるのではないだろうか。
また衣服を脱いで姿見のまえに立ち、おのれと向き合う。
身びいきなのは知りつつもあたしは美しいと思う。
なぜ男は手を出してこないのだろう。
マッサージの仕方が悪いのだろうか?
相手のうえにまたがり胸を押しつけ肩から首を手でもむ。
男は「もっと強く、強く」と言うだけである。

老人の死因は絞殺。検事の判断は不起訴。事件性なし。
検事の推理を聞こう。

「想像ですから、気にとめないで下さい。
つまり股を開いておしつけ、手は首にかけて全身の重みがのったので、
想像では、オルガスムスが来たのでしょう。
少女の、最初のオルガスムスではないでしょうか。
それで時間をすっかり忘れ、忘我の境になったのではないか――と」(P260)


死んだ老人の長男はそれを聞いてこう言ったという。
「――ハテサテ、では老人も満足して死んだでしょう。
父としては、それは色っぽい大往生でした」
そう言うと、男だけがわかるひくい笑い声を立てた。
いまア○ゾンの川口倉庫で働いているが、ローターが本当によく出る。
1時間に10個以上ローターばかりピックしたことがある。
お買い上げありがとうございますだが、
職場や仲間内では社交家ぶって、
自宅や自室では自分の世界に耽る女性の内向的な少女性っていいよなあ。

大学生のころ、水道橋のコンビニで夜勤のバイトをしていた。
気に食わない先輩がいた。
日大の音楽系のサークルの人で、ビートルズが好きだと言っていた。
あのころのコンビニは妙な音楽が流れていた。
一度聞いて忘れられない曲があった。
この曲はなんですか?
数日後に日大の先輩にメロディーを口笛で吹いて聞いた。
それが「もしも明日が」だった。
彼をはじめて先輩だと思った。