「モーパッサン傑作選」(太田浩一訳/ハルキ文庫)

→エッフェル塔が嫌いなため、それをあえて見ないで済むように
エッフェル塔のなかで食事をするのを好んだというモーパッサンである。
文豪のお決まりで最後は発狂して精神病院で死んでいる。

傑作選だが、なかでも「あだ花」がおもしろい。
モーパッサンがフェミニストだったなんて嘘で、
おそらく女性嫌いだったであろう。
全編、女性の被害妄想と意地の悪さにまみれている。
夫のほうの精神もなかなかグロテスクでよろしい。
美しい女は貧しい家の娘だったため、
裕福な伯爵にあたかも商品のように妻として買われた。
金のない引け目があるため夜の寝床でも、
とても人には言えないような恥ずかしいことをされたことだろう。
いくら生殖の営みとはいえ、
女性の尊厳をふみにじる行為を要求され、
自分が夫の欲求にいやいや応えると男はますます雄々しく猛った。
しだいに夫は嫉妬妄想をいだくようになり、
妻が浮気をしているのではないかと疑うようになった。
スパイのような行為までする始末。妻は告発する。

「わたしが美しく、人からちやほやされ、パリでも一、二をあらそう
美人だとサロンや新聞でさわがれても、
あなたにはどうすることもできなかったものだから、
ありとあらゆる手段をこうじて、
男性の視線からわたしを遠ざけようとなさったんだわ。
それで、とんでもないことを考えついたのです。
わたしがどんな男からも敬遠される年齢になるまで。
たえず妊娠させておこうということをね。
いいえ! ちがうとおっしゃってもだめ。
長いあいだ気がつきませんでしたけれど、やっとわかりました」(P161)


これはスウェーデンの文豪、ストリンドベリの小説でもあった。
美しい女性への復讐としてはらませ(妊娠させて)美貌を劣化させる。
日本の女性も子どもができると妙に所帯じみるよね。
20代でもなりふり構わないおばさんになっちゃう。
しかし、モーパッサンの女性は7人子どもを産んでも、
驚異の生命力で美しさを失わなかったという。
社交界の男たちはこう噂していた。

「女とはあわれなものだ。(「どうしてそう気の毒がるんだい?」)
どうしてかって? まあ、考えてもごらんよ。
ああいう女性が十一年間も子どもを産みつづけたんだ!
まさに地獄じゃないか。
若さも、美しさも、成功への希望も、
かがやかしい生活についての詩的な理想も、なにもかも
生殖というあのおぞましい掟(おきて)の犠牲にされたのだからね。
ふつうの女性をたんに子どもを産むための機械に変えてしまう。
あの生殖という掟のね」(P176)


女は男に復讐をする。
そうだ! それでいい。男女は愛し合うものではなく、敵対し呪い合うものだ。
女を落として「あいつ清純な顔してひいひい言っていたぜ」
と男仲間に鼻高々に自慢するのが男というもの。
男を落として「あの人、あたしにメロメロなんだから。もうあたしの奴隷よ」
と女仲間に得意げに吹聴するのが女というもの。
モーパッサンの妻は夫にすばらしい復讐をする。
相手の芯をつぶす女の底意地の悪さは美しい。
伯爵夫人は教会で夫と神に喧嘩を売る。

「あなたに申しあげておきたいことがあるのです。
わたしに怖いものはありませんから、なにをなさろうとかまいません。
わたしを殺したかったら、そうなさってもけっこうです。
じつは、子どもたちのうちのひとりは、ひとりだけは、
あなたの子ではありませんの。
ここで聞いておられる神さまのまえで、はっきりそう申しあげます。
それがあなたにたいしてなしうる、唯一の復讐だったのです。
男として横暴のかぎりをつくしたことや、
気のすまぬ出版をむりやり課したことにたいする復讐でした。
相手の男がだれかといわれても、けっして教えるわけにはまいりません。
男という男を疑ってみればよろしいのです。
まず、おわかりにならないでしょう。
わたしは愛情もよろこびも感じることなく、その男に身をまかせたのです。
もっぱら、あなたをうらぎるためにね。
そして、お腹にその人の子をやどしました。
どの子かとおっしゃるのですか?
やはり、あなたにはけっしてわからないと思いますわ。
なにしろ七人の子どもがいるのです。
さがしてみられたらいかがですか。
このことはもっとあとで、ずっとあとになってから、
申し上げようと思っておりました。
夫をうらぎっても、夫がそのことを知らなければ、
復讐にはならないのですからね」(P106)


これはおもしろい復讐だよねえ。
どっかで関係者に聞いた話だけれど、
産婦人科で誕生する子どもの父親が違うことはけっこうあるらしい。
妻の過去の経験人数なんてみんなどのくらいごまかしているか。
妻が浮気したってばれなければいい。
そこでフランスのモーパッサンの小説では、神が出てくる。
神に誓ってこれは真実だと言う。
しかし、男女の相違はおもしろい。
妻は夫が浮気すると、ものすごい怒るでしょう?
自分は結婚まえには百人と経験していたとしても。
一方で、夫は妻に浮気されると怒るよりも落ち込むよねえ。
自分の男としての価値を謙虚に疑ってしまう。

さて、モーパッサンの小説「あだ花」に話を戻す。
妻の告白以降、男は勃たなくなったのか、
妻に生殖行為を求めることはなくなった。
すると伯爵夫人は30にして美貌を取り戻し、
いまや社交界のアイドルである。
これはもう子どもを産むことがなくなったがためである。
ここがおもしろいのだが、ある日、妻は夫に告白する。
「あれ嘘だから」
「子どもは、みんなあなたの子よ」
そう言われると伯爵はさらに困惑する。
神前での宣言と、人間たる妻という女のどちらの言葉を信じたたらいいのか。
なにが真実なのか? なにが正しいのか?
男は悶え苦しみ呻吟する。

「ああ! まったく疑いだしたらきりがない!
いったいどちらの話がうそなんだ、昔のかい、それとも今日のかい?
いまとなっては、きみのことばを信じろというほうが無理だ。
あんなことがあったあとで、女など信じられるものか。
どう考えたらいいのか、まったくわからなくなったよ」(P189)


正解は「どう考えたらいいのか、まったくわからなくなったよ」――。
さあ、読者諸兄、あなたのお子さんの本当の父親は違うかもしれませんよ。
貞淑そうな妻は数人のセックスフレンドがいるのかもしれませんぜ。
妻の過去の男性経験人数なんて本気にしているなんてお笑いでっせ。
文豪のモーパッサンいわく――。

「女など信じられるものか」

こっそり言うと、男も信じちゃいけないのだが、これはオフレコで。
真実とはなにか?
あなたが真実だと信じていることが真実である。