職場での折伏は禁止だろう?
社食で昼飯をしみじみうまうまめしめし食っていたら、
妙観講(日蓮正宗)の52歳のTさんが隣りに来て
いきなり日蓮の話を
ぼそぼそした小さな早口の聞き取りづらい声で話す。
念仏者への悪口も言っていた。
恒例の善導の死にざまとかさ。
どうせわからないだろうと思いながら、
こういう考え方もあると言った。
踊り念仏の一遍は「正邪はない」と言っている。
正しいも邪(よこしま)もない。
わたしはこれが真実だと思う。
「絶対的真理がないのが、絶対的真理」
「つまり、なにもかもわからない」
そうしたら妙観講(日蓮正宗)の52歳のTさんは、
いや日蓮大聖さまは、の永遠のループ。
わたしは他人がなにを信じていても、それでいいと思う。
真理は人それぞれ。
なので、貴重なランチタイムに、
聞き取りづらい小さな早口で折伏されるの迷惑だなあ。
「メシがまずくなる」
と本音をぶっ放したらようやく遠くの席に行ってくれた。

ぶっちゃけ、いま創価学会のアイドル級の若い
女の子が折伏に来てもわたしは落ちないと思う。
そういう関心や欲求がすべて消えているから。
S状結腸穿孔の治りかけ、
いっときだけ20代のナースの輝きに見惚れたが、
それは1週間もせずに消えた。
もうなにもない。なににもこころをひかれない。すべてが消滅した。
来年の夢は、不穏で不謹慎だが、もういいや。
今生とはすっきり手を切りたい。おさらばしたい。
自殺したいとか言うのではない。
病気や事故で自然に消えていきたい。
人生や人間への信頼を今年、八王子の村内家具が完全に壊してくれた。
「世間は甘くない」と大声で怒鳴ったのは代表取締役だが、
わたしが消滅したら、
ほうらやっぱり世間は甘くなかったと手をたたいて喜ぶことだろう。
学習院を出て、親の会社に入り、独立していまは資産家の八王子さん。
あなたには負けました。
人生であなたみたいなことをする人がいるとは信じられなかった。
八王子、大勝利。
どうかタケノコを食べながら禁欲精神の「おれルール」で長生きしてください。
もとから長生きする気はなかったが、
清廉潔白大正義の八王子さんのせいで何年の寿命が縮んだのか。
来年の目標は「とく死なんこそ本意なれ」――。
いま直属の上司、指導者、教導者の事業家で理系学者、
とりわけ成功者、仏教者であられる村内弘道氏に連絡ができない。
電話やメールをしたら即その瞬間、
その場で刑事告訴すると言われているからである。
この場合は、八王子の有名企業、村内家具に連絡するしかないのだろうか?
いまの村内家具の社長は弘道さんの甥がなさっている。
村内弘道さんのお兄さんの息子さんである。
聞いた話によると、弘道さんと現社長の仲がよくないらしい。
「いまは家具は中国が主流だから、あんな家具屋はもうすぐつぶれるよ」
そんなことを事業家で数学者、作家の村内弘道氏はおっしゃっていた。
来年そうそう村内家具に連絡して、どうしたらいいか問うのも一手だ。
今年1年まるまる村内家具の八王子さんに振り回されたなあ。
向こうはこっちに振り回されたと思っていることだろう。
でも、小説依頼をしてきたのはあっち。
3回契約だと言ってきたのもあっち。
わたしが逢いたいと言ったことはなく、
いつも相手の予定に合わせて八王子に呼びつけられた。
2回目のギャラを払わないと言ってきたのもあっち(結局は入金あり)。
いきなり刑事告訴をすると無関係の姉に大量のメールを送りつけ、
わたしにまったく連絡がなく姉に電話をしたのもあっち。
わたしは八王子さんと姉にどういうやりとりがあったのか知らない。
電話やメールをしたら刑事告訴と言ってきたのも八王子。
すべて八王子さんの言いなりになったのに、この惨状。
こっちからなにかお願いしたのは、
約束の2回目のギャラを払わないと八王子が言ってきたときだけである。
ほとんどすべて八王子さんの言うがままの奴隷状態であった。
少々人生に反省があって、
八王子さんのような有名一族の資産家、事業家、自称学者の
言いなりになるのが世間というものかもしれないと。
結果、「土屋さんは世間を知らない」と怒鳴られ、絶交、絶縁。
これが八王子の貴族のやりかたなのでしょう。
そういうものなのである。
今年をしみじみ振り返ると、
村内家具の八王子さんに負けたよなあ。
身体面、精神面、経済面、すべてマイナスである。
八王子さんは、すごいんだよ。
家では揚げ物を食べないという「べき思考」の「おれルール」があるらしい。
夜は毎晩、世界真理の追究のための研究、読書、執筆らしい。
シーズンごとに、早朝から八王子の山中へ行き(むろん村内家所有の山)、
たとえばタケノコのような自然のものを取ってきて、
それを朝食でお召し上がりになる。
日本酒は1日3合以上は決して飲まない。
「おれルール」で生きてきたため大金はあるが、
金の使い道がないため、四国への仏教布教を考えたのか?
自分のような「正しい」ロボットのような人間を育成したい。
注文した小説は徹底的に「校正」したい。
なぜなら自分は「正しい」。ことによっては相手の人生も「校正」する。
逆らおうものなら刑事告訴だ。ブタ箱にぶち込んでやる。
自分は「正しい」。司法は「正しい」。すべてを「校正」したい。
わたしは八王子正義に負けて、
いま身体面、精神面、経済面でボロボロだが、
八王子さんは自分が「正しい」ことをゆめゆめ疑わない。
それが八王子の豪族、山伏の村内一族の作法である。
村内家具は裁判が好きで、その方面ではプロらしい。
土屋さんなんか、簡単に刑務所に入れられる。
職場の妙観講(日蓮正宗)の人から言われた。
「土屋さんはもうすぐ自殺するだろう」
「もしわれわれの仲間に入りたいなら、協力は惜しまない」

たぶん自殺はしないと思うなあ。
もう母の自殺から20年だよ。
完全に機を逸した。タイミングを逃した。

自殺なんかしなくても、自然死、突然死が来るだろう。
S状結腸穿孔だって、すぐその場で死ねる、極楽死可能な疾病。
今年も板橋区健康診断を受けた。
とはいえ、変な結果が出て履歴が残ると困るので、
ほとんど行ったことのない病院で健康診断。

結果を聞きに行ったとき、はじめて逢う医者から怒鳴られた。
老いた、むかしながらの権威的な医師。
「あなたはもうすぐ心臓発作で死ぬ」
「路上で倒れて救急車で運ばれて、しかし死ぬだろう」

健康診断の結果を見たら、
さすが48日間も摂生生活をしたためか、そこまで悪くはないのよ。
しかし、医者は、あなたはもうすぐ心臓発作で死ぬと断言する。
本音を言うと、心臓発作でいきなり死ぬって、そうとうラッキーなのよ。
できたら屋外で路上で、仰向けで夕日を見ながら往生したい。
死んでしばらくしてから、発見されて救急車を呼ばれたい。
自室は遺品整理屋にお願い。
戒名不要。墓はどこでもいい。

「あなたはもうすぐ心臓発作で死ぬだろう」
こう予告したのは浮間舟渡病院、土曜午後の内科医。
不快や不満なのではなく、嬉しいご託宣をいただいた気分。
果たして彼の予告、予言は当たるのかどうか。
もう医学的に長くはないのだろうが、
最後のチャンスを逃したのかもしれない。
八王子有名一族、八王子のドン、村内家具の人から、
ふつうありえないチャンスをいただいたのにミスって、
相手を怒らせて刑事告訴を予告される始末。
わたしもこれが最後のチャンスだとわかっていて、
遠い八王子にいきなり呼びつけられても不平ひとつ言わず、
馴れないごますりのようなこともしたものである。
八王子さんはいつも約束時間ぎりぎりに現われ、
自分は有能なため多忙で、時給換算したら10万円レベルで、
こうしてあなたと逢ってあげているのはサービスだよ、
みたいな感じだった。
忙しい有能な事業家の自分があなた(なんか)と逢ってあげている。
自分の住まいのある八王子以外で逢うことは無理。
自分はそういう価値がある。

わたしは毎回、八王子さんと逢うときは、
これが最後のチャンスだと思っていたので、
最低でも待ち合わせ時間の20分まえ。
30分まえから立っていたこともある。
八王子さんはとてもビジネスにたけている事業家らしい。
下世話なことを言うと、お金がある。
自分は「一遍」の映画の権利を買って、DVD化したい。
葬式なんて不要だから、四国に火葬場をつくって、
死体をそこに直送して骨にする新しいビジネスの構想もあると言った。
お金があるっていいなあ。ビジネスの才能や基盤があるっていいなあ。
でも、それはすべて「村内家具代表取締役」という肩書のおかげ。
八王子さんは村内家具の次男坊。
村内家具はすごくて私設の美術館まである。
ちなみに村内家具のうしろは創価大学の寮。
むかし山中の安い土地を
創価学会に高値で売って大儲けしたと聞いた。
しかし、八王子さんは創価学会が大嫌い。

ぶっちゃけ、ギャラはよかった。
ここに書いたら嫉妬されるくらいの大金。
バイトしながら気楽に適当な仏教小説でも書いて、
相手の言うがままに書き直したらよかったのだが、
わたしは全生活を小説と仏教に当てて作品をぎりぎりで仕上げた。
その作品がくだらなかったのだろう。駄作、ゴミ、便所紙レベル。
当然、有名一族出身、事業家で学者、芸術家の八王子さんはお怒りになり、
わたしはこうして、自分の最後のチャンスつぶした。
もうなにもない。
これが最後と思って全力を尽くしたら最悪の結果になった。
最後の夢はおだやかに、
あまり人に迷惑をかけないかたちで自然死、突然死、ころり往生したい。
もう人生を見切った。今回今生は、はずれくじを引いたのだろう。
なにもない。だれもいない。しかし、人生とはそういうものだ。
大病をしたあとはポカが多くなるとコメント欄で言われたが、
とんでもないポカをした。
時間を1時間、間違えていたのである。
自分でも自分がこんなことをしたとは信じられない。
始業は8時だが、1時間勘違いして9時を8時と思っていたようだ。
派遣会社の人の電話で気づいたという、おめでたさである。
こんなポカをできるのは、大げさだが長嶋茂雄くらいだろう。
本当に天然のAIには絶対できないポカ。
このため、始業直前になっても、遅刻の電話をしなかったのである。
派遣会社の人はさぞかし慌てたことだろう。
大病で入院しているのである。
死んでいるかもしれないわけだ。
そこまでは考えなかったかもしれない。
1時間のずれも気がつかないって、知的障害者以下だろう。
結局、30分の遅刻をしてしまう。
どうしてわたしをふくめて人はみな、
他人に迷惑をかけることを恥じるのか。
入院中もナースコールをためらいから押せなかった。
八王子の人にあれだけ迷惑をかけておいて、
なにを言うかと笑う人もいることだろう。

あ、わ、わ、わたし、
倉庫内に禁じられている携帯電話を持ち込んだことがあるから。
就業2日目。
あのころは文豪ニートモードだったから、
いきなりインバウンドとかアウトバウンドとか英語を言われて戸惑った。
早朝、倉庫内に入り、
よくわからないので確認のため外に出てきたら、
携帯電話所持が発覚したわけだ。
失敗してわかることもある。
ア○ゾン暴露本に書かれていること、たぶん、あれ嘘だから。
わたしは携帯電話の没収なんかなかった。
ドジなわたしの、
めったにないポカにまごついている警備員は、
過去に撮影した直前画像をひとつ調べただけ。
それが創価学会川口会館の画像で、
さぞ川口警備員も(学会を知っていたら)ビビったことだろう。

1時間かけて派遣会社のKさんと始末書を創作した。
こういうのは赤字で直されても平気で、
言われたとおり何度も書き直した。
いま思えば、
無数にいる派遣スタッフのひとりに過ぎないわたしを覚えてもらえたので、
いい機会だったのかもしれない。
携帯を倉庫に持ち込むバカなんてわたししかいないから、
それをしたら携帯を没収されるという都市伝説の検証はだれにもできない。
答えは、されない。
ア○ゾン暴露本に書かれていたことは嘘。
もちろん、本当に田舎のア○ゾンでどうかはわからない。

本当にア○ゾンはコンピュータやAIで作業を決めているのだろうか。
今日もストーだったが、
(注意されないので知らないが)わたしはストーのミスが多いのではないか。
ピッキングのミスが多いので、
ストーにまわされているのかもしれないけれど。
「隣りの芝生」でピッキングはあこがれだが、
そこばかりにまわされるようになった男性に聞いたら、
ピッキングに飽きてストーがしたいらしい。
体力的につらいピッキングしかしたことのないという女性もいた。
ストーをやったことのない(わからない)人はけっこういる。
わたしは入院直前に教わったストーに苦手意識を持っている。
しかし、身体的にダメージが少ないのはストー。

ICQA(数合わせ)は楽といえば楽だがメンタルがやられそう。
やたら愛想のいいピッキングのあんちゃんに、
「ア○ゾン効率悪いっすよ」と言われる。
聞きかじりのことを言う。
「これでもア○ゾンの最高知能、
叡知の結晶、人工知能、AIさまがお考えになった結果ですよ」
「AIが人間に勝てるわけないっしょ!」
これはわたしも思っていたことである。
いわゆる時給千円台の単純作業をしたことがない人は知らない。
たとえばお坊ちゃんの富裕層、学習院、八王子さんなんかは、
そんなことはAIでできるだろうと知ったかぶって言うが、
あれは人にやらしたほうが安くつく。
機械は高いし、壊れたらその瞬間におじゃん。
人間なら、派遣なら、いくらでも(壊れたら)替えがきく。

スキャナーを見ると、
18時から4階のエーアールに行けとア○ゾンさまからのご指示。
履歴を調べたら、わたしは一度も4階のエーアールに
行ったことはないのはわかるだろうに、
まったくお茶目なAI(人工知能)さまだ。
どう行ったらいいかわからないので、
人工知能ならぬ人力に頼り、
南無妙法蓮華経、妙観構のTさんに連れて行ってもらう。
4階のエーアールはア○ゾンの叡知の結晶って感じ。
ほとんど人力を排して機械だけで作業をしている模様。
これは最先端だなあ、と期待と不安でどきどきしていたら、
「この時間からトレーニングはできないので、
ストーに戻ってください」
AIさまはそんなことも計算できないんですか?
エーアールは楽という説も、しんどいという説もある。
契約終了までに一度経験してみたいが、
それはア○ゾン人工知能さましだい。

ストーに戻ったが、わたしはまじめよ。
今日は遅刻したという負い目もあるから、いつもより何倍もまじめ。
休憩時間もわずかながら自粛したし。
4つのトートのうちの3つが
「このオリコンはストーできません」だったが、
わたしはまじめにQAコーナーに行って紙に記載して、
貼りつけるというめんどうくさいことをしている。
長いことストーをしていそうな若者に聞いたら、
そもそもQA自体を知らないって。
おかしいのが出てきたらドロップして、
ぜんぶそのまま置き場に返してしまう。
わたしはトレーナーでもないので、それをどうこう言えない。

帰りのシャトルバスでは、ふたりがけなのだが、
わたしの隣りだけ最後までだれも座らなかった。
変な邪悪なオーラが出ているのかもしれない。
緊急速報!
いまもいまア○ゾンの埼玉のべつの倉庫で働いている、
まあ飲み仲間がいるのだが(コージー○ーナーで知り合った)、
そこはひどいらしい。
「早帰り(強制的に早く帰させる)」も「シフト削り」もふつうにあるらしい。
常にピリピリした女性が複数いて、
「遅い」とかあれこれ、ことあるごとに叱責されるという。
ちょっとでも不満の顔を見せたら、
重いもののストー(商品の棚入れ)にまわされる。
50キロ以上ある冷蔵庫や
大きなテレビのストーをひとりでやっているとのこと
(禁止されているが放任)。
そのうえ毎日、働く部署が変わるらしい。
背骨を骨折した治りかけなのにご苦労さんなこった。

歴然として、わたしは優遇されている。
これはなんなのか?
ただたんにア○ゾンの川口FCがホワイトなのか?
おそらく、そうだろう。
アクセス数を考えても、ブログの影響はないはずである。
M大学のMさんも、過酷とは言いつつチョロいとも言っていた。
お互い「早帰り」はされていない。
「シフト削り」の話は聞いたが、
「早帰り」は数人に聞いたところ、彼らがまだ新人だからか「ない」という。
本当は川口でも「早帰り」はあるのかもしれない。
どうしてわたしが「早帰り」を指示されないのかはわからない。
ア○ゾン川口には2階にも3階にも、
わたしが見たところ、そう重いものはないはず。
いちばん重かったのは缶コーヒーのケースくらいである。
ノートパソコンはあったが、
テレビも冷蔵庫も電子レンジも見たことがない。
オナホばかり目撃する。

わたしは末端のICQA(棚の数合わせ)は不要だと思っているが、
もしかしたらあれはア○ゾン川口が過剰な人員を「早帰り」させないために
つくった仕事なのかもしれない。
ア○ゾン川口はどちらかといえば、男女平等のほうである。
倉庫作業によくある女性優先はあまりない(女性ばかり楽な作業)。
女性特有のきついヒステリックな指導もない。
いったいこれはなんなのだ?
まさかブログ「本の山」の影響ではないだろうが、
わたしはこういう「運がいい」ことをよく経験するので
たまに人から恨まれることがある。
それは仕方ないといまでは思うようになっている。
「早帰り」は絶対にしちゃいけないと思うが、
個人店の居酒屋ではしょうがない面もあろう。
成績にこだわるマネージャーもまずそこに手をつけるだろう。
むかし焼鳥屋をしていた父は、
バイトの「早帰り」はさせたことがないと言っていて、
そこは偉いと思った。
「早帰り」の違法性は建前で、
現実としては本音ではどこでもやっている。
飲み仲間のAさんがア○ゾン川口に来るかもと言っていた。
そうなったらおもしろい。
今日はえらく身体負担の低い日だった。
ずっとマイナーな3階で
ピッキング(みなさまお客さまがご注文された商品をお取りします)。
18時まえにようやく2階におろされた。
いまはログアウトもログインも再起動の仕方も知っている。
CTRとRかなんかでまえの画面に戻ることもA山さんから教えてもらった。
もっと秘技を知りたかったのだが、
これ以上はトレーナーにならないとってことみたい。

ピッキング(客の注文した商品を広い倉庫内の棚から取る作業)。
ストー(客が注文できるように商品をぎゅうぎゅうの棚に入れる作業)。
死者が出るのは歩き回るピッキング。
たしかに身体疲労はピッキングのほうがあると思う。
とはいえ、スキャナーに言われたことをするだけのピッキングを嫌う人もいる。
ストーのほうが商品をうまく棚に押し込めたという、
テトリス的な楽しみがあると主張する人もいる。
なるほどストーはあまり疲れない。
めんどうくさいものはみんなドロップ(置き場に戻す)していることを、
ストー4日目に知り、本音と建前を知らなかったことを恥じた。
ストー初心者のわたしは
(だれかがドロップした)ぜんぶがQA商品(めんどうくさいやつ)の
カートとか取ってしまうから。

今日は1週間ぶりのピッキング(好きだね)で、
最後のほうで2階のEFエリアに行かされ、おのれの成長に驚いた。
むかしはどこがどこだかわからなかったが、
いまは余裕で落ち着いて最短距離で最初は迷ったEFエリアに行ける。
そうまるで心理学実験動物のハムスターのように。
作業員だから
言われたらピッキングでもストーでも
ICQA(棚の商品の数を数えるだけの本当の単純作業)でもやります。
優秀な姉にア○ゾンの仕事内容を言ったら笑われちゃったよ。
おなじ日に職場に入った男の子に今日名前を聞いたら「ともゆき」。
「どんな漢字?」
「知る幸せで知幸(ともゆき)です」
いい名前だなあ、と親御さんに敬意をいだく。
M大学理工学部の4年生で、
当たり前だが、エンジニアとしてとっくに就職が決まっている。
大学時代は「くら寿司」でバイトをしていて、店長クラスの業務をこなし、
最高時給は1600円だったらしい。

イケメンなのだが、
イケメンというより、かわいい男の子と言ったほうがいい。
大学の専門がITとかそこらへんで、
最先端のア○ゾンは、
どうなっているのかという興味で短期バイトに応募したとのこと。
フットサルのサークルに入っていたとか、
そんなどうでもいいことを(仕事覚えは悪いくせに)記憶している。
現役大学生には負けたとつくづく思ったね。
仕事を覚えるとか、場所を覚えるとか、
要領のよさではぜんぜん大学生の知幸さんにかなわない。
あの子、要領がいいのよ。
仕事終わりはシャトルバスの出発時間もあって修羅場。
そういうとき、ちっこいからか、さっと上に気づかれずに、
うまくすがたを消す。

わたしなんか3分まえに休憩に入ろうとしたら
(出口までそのくらい時間がかかるのです)、
20歳近い年下の黄色い服を来た女の子が走ってきて、
叱責されるから。
もう休憩に入っている人はたくさんいるのに悪目立ちしてしまう。
「いますぐ作業に戻ってください」って。
「はあ?」と腕時計を見せたら「あなたの時計はおかしい」。
ア○ゾンは休憩室や社食ほか、もろもろの時計が数分早いのよ。
国籍不明のア○ゾン時間。
そんなことを言われてもGエリアに戻るまで何分かかるのか。
この若い女の子は恥ずかしいのでしょう。
バイトリーダークラスなのに唱和をやらない。
休憩室でいつもヤンキーっぽく寝っ転がっていて、動物園を見るよう。
マスクをして話すので声が聞こえないが、本人は気づいていない。

将来有望なAIが専門の知幸さんは、
ア○ゾンのかなり上のほうの人の
開催するパーティーにも参加したことがある模様。
「現場がこんなに過酷だとは思わなかったです」
「上と下はまったく違いますね」
ヨーロッパに1週間卒業旅行に行く資金はもうたまったという。
わたしが働くの目的のひとつはお金はもちろんだが「知る幸せ」である。
M大学理工学部の4年生と職場以外のどこで話せるか?
その内面をわずかでも知る喜びを味わえるか。
わたしは仕事はダメで、いまだスキャナーの起動に不安があるが、
今日は知幸さんが起動に失敗して、
ちょっとだけおろおろしていたのでおもしろかった。
知る幸せ。知幸。いい名前だなあ。
今年、ア○ゾンを告発する悪口本が出たそうだが、
わたしの潜入結果は白。
あの著者は物流業界を知らないじゃない。
作家先生や報道関係者が見たらブラックかもしれないけれど、
ほかの物流会社と比較したら真っ白、純白、ソフトクリーム。
物流会社で「早帰り」がないって革命的なことなんだよ。
どこの物流会社も「早くやれ」って急かして早く終わらせ、
労働者を早く自主的に(笑)自己判断で(笑)
早く帰らせて人件費を削っている。
それだとバカみたいじゃない?
一生懸命、早く仕事をすればするほど稼ぎが減るのだから。

コージー○ーナーとかひどいもんだよ。
9時に来させ15時には「仕事はないけれど、どうする?」って。
「帰れ」とは言わないで「帰る」と言わせる。
日給5千円以下で帰されたことが川口のコージー○ーナーでは何度もある。
行かなきゃいいんだけれど、頼まれると断りにくかった。
本当に物流倉庫みたいのはひどいのがわんさかある。
壇上で鬼軍曹みたいのがずっと怒鳴っている会社で
一度だけ働いたことがある。埼玉の奥地。
経験としたら貴重だけれど、見ちゃいけないものを見た気がした。

何度でも言うが、ほかの物流に比べたらア○ゾンはホワイト。
ア○ゾンにケチをつけるのは、ほかの物流を知らないから。
今日のア○ゾンの社食はうまかった。
A定食の豚肉が下品な脂っこさがあって、うまかったのよ。
みんなの真似をして、ご飯は大盛り+ちょい盛りにしている。
なんとア○ゾンの元旦の社食は「おせち」でフリー。無料。
正月に「おせち」を食べるなんていつ以来だろう。
2日、3日は社食が半額。
クリスマス前後にはシュークリームもケーキもいただいた。
あらら、ア○ゾンに洗脳されてしまったかしら。
プレミアム会員ってお得らしいから入ろうかなあ。
どうしてレギュラーにならなかったのかって、どうしてだろう?
平成から令和に変わった2019年はがっかりとしか言いようがない、
この調子だと書き上げた小説は死産に終わるだろう。
観賞眼のある学者の八王子さんからボロクソに言われたから、
きっと駄作のはずである。
そんなものを人様にお見せするのは恥ずかしいし申し訳ない。
八王子の人だって、
いくら約束だからといって出版の費用は出したくないだろう。
わたしも自費出版なんて恥ずかしいことはしたくない。
20年ぶりに書いた小説はふたりにしか読んもらっていない。
じつは2作目も書き上げているが、これはひとり。
どうせ八王子さんは激怒するだろうから、めんどうくさい。
それに電話やメールをしたら刑事告訴をすると姉経由で言われている。
嫌われたものだ。
一時は一蓮托生とか言っていたのに、これが八王子の流儀なのだろう。
どうせつまらないだろうから、
人に自作をを読んでもらいたいという欲求もない。

がっかりだよ。
なんかもうどうでもいい。堕ちていきたい。自滅したい。
来年1月のなかばでスケジュールはなくなるから、
八王子さんにメールして刑事告訴してもらおうかな。
入院体験も海外旅行みたいでおもしろい面もあったから、
獄中体験も一度くらい経験してみてもいいかもしれない。
しかし、あれで刑事告訴は受理されるのか?
八王子さんは自分の力を使えば
土屋さんを刑務所に入れられると姉に言っていたそうだが、
八王子における村内家具の権力はそんなに強いのだろうか?
なんかもう人生がっかりだよ。
捨てる神あれば拾う神ありと思ったら、
最後はブタ箱にぶち込んでやるだからなあ。
自分をとことんまで汚して堕ちていきたい。
来年、八王子さんのお力を借りて刑務所に入るかもしれない。
いま板中から帰って来たが、検査結果は「横ばい」。
とりあえず再入院はないようで、
これで派遣会社に迷惑をかけずに済むのでなにより安心した。
高額のCTは3週間後の外来で、今日は安いほうのレントゲンのみ。
じつはいまお腹よりも左手の親指のほうが痛いのである。
入院中、夜中、手のひらに点滴を打ち間違えたナースがいて、
痛みで「ぎゃあっ!」と叫んだことがある。
どのナースかほぼ特定しているが、もちろん常識として書かない。
それ以降、左手の痛みは増すばかりで、
退院直前にナースに言ったら、外来でS先生に言ってください。
どう言おうか迷っていた。
「最高の痛みを10としたらお腹の痛みは3で左手親指の痛みは9です」
「おい、先生さあ、ナースの点滴教育をもっとしっかりやってくださいよ」
しかし、わたしも常識があるから先生をまえにしたら、
そこまで(相手のミスを指摘するような)強いことは言えない。
あっちもこっちに言いたいことを言っていないのがわかるからでもある。
向こうも本音は「精神科に行ってください」だろうがおっしゃらなかった。
言わなくてもわたしがわかっていることをわかっていただろう。
言っても行かないだろうことも。
左手の親指の痛み止めを出してくれたが、
それが新しい薬らしくめっぽう高い。
ううん? これはわたしが出すお金か? と思わないこともないが、
あっちに借りがあるぶん貸しも相殺される。
共犯関係と言えなくもない。
「お姉さんによろしく」と言われた。
みんな行き着くのはそこ。
いわゆるふつうの人って本音と建前の使い方が芸術的にうまい。
わたしは建前をそのまま信じて右往左往したり、
うっかり口にしてはいけない本音を言ってしまって、
恥をかいたりすることの多いような気がする。
大勢のようにうまくお察しすることができないようだ。
どっちが建前でどっちが本音だか、よくわからなくなることが多々ある。
子どもなのだろう。
でも、おとなでもたまに本音と建前を誤ることがあり、
そこがおもしろい。
わたしは職場の唱和を大声で言ってしまいそうな、
世間知らずの危うさがあり、
自分以外でもそういうことをやらかす人を見ると、
生きているのっておもしろいなあと思う。

今日は社食のA定食は鶏の唐揚げでB定食は赤魚の粕漬だったのだが、
B定を好む少数派を見るとにんまりする。うまかった。
ア○ゾン元日の社食ってなんだろう?
会社はレギュラーの人の給与面をおもんばかって
(スポットには休んでもらい)正月にもシフトに入れてあげているのに、
レギュラーの人の本音は(給与ではなく)正月は働きたくないだったりする。
わたしは本音で元旦のア○ゾンで働いてみたかったので、
どうやら希望がかなったようで嬉しい。
いまのご時世、お正月から働く人も大勢いるはずだが、
それぞれの「正月から働きたくない」が
本音か建前かわかる人はいないだろう。他人のことはわからない。
建前で本音ということもある。
命ほどたいせつなものはないは本音であり建前である。
建前だと思っていたことが本音だったりする。
本音だと思っていたことが建前だったりする。
いまは老人ホームにいるらしい山田太一さんのドラマ世界である。

明日は退院してから初の外来だが、医者の本音と建前もわからない。
医者も患者の本音と建前がわからないことだろう。
わたしは退院前日の
病院のキャンドルサービス(嘘くさいクリスマスの慰安コンサート)で
感動して泣いた男である。
病気はたぶん大丈夫だろう。
腹痛が始まったのは、
処方薬の抗生剤が切れたのと関係しているのではないか。
お腹が痛くなってからは摂生して、
職場から帰宅したらシャワーを浴びてすぐ寝るような生活をしている。
それほど再入院がいやなのである。
朝からなにもすることがないのもいやだし、
大部屋のプライバシーがないドミトリー状態もいやである。
再入院を考えたら、どんな健康生活でも送れる。
元来ニート気質だが、
入院しているときほど働きたくてしようがなかったことはない。
ア○ゾンに職場復帰するのが入院時の夢であり目標だった。
まさか自分がそんなにア○ゾンを愛しているとは思わなかった。

これからはア○ゾンの時代。
何年かまえに最寄り駅のまえの本屋が閉店して、
来月には隣駅の系列店も引き上げるという。
漫画雑誌「スピリッツ」はこの書店に取り置きを頼んでいたので困った。
調べたらセブン・イレブンで取り置きが可能らしい。
これを機に20年以上におよぶ購読をやめるのがいいのかもしれないが。
ア○ゾンの台頭で小売りはほぼ全滅だろう。
いま小さな本屋で書籍を買う人はいないのではないか。
本屋が大好きだったわたしの書店離れも激しい。
全盛時は2日に1日は行っていたが、
いまは漫画雑誌を取りに行くのをカウントしなければ
年に数回になってしまった。
本屋とおなじく大打撃を受けたのは工具店、小物売屋だと思う。

これは時代の流れだから是非を問うものではなく、そういうものなのだろう。
小売り店が努力しなかったわけではなく、ましてや仏罰でもなんでもない。
わたしのなかでは、
そんな時代の最先端を行くア○ゾンで働けたのはいい思い出である。
健康管理に気をつけ、残り11回をまっとうしたい。
3日後の金曜は(1万円近く飛んでいくはず)、
病院外来の検査で入院レベルの異常が出ないことを祈るのみである。
とりあえず仕事をしているあいだはお腹の痛みは感じない。
明日の社食はクリスマスメニューで、
A定食はローストチキン(のはず)だから楽しみだ。
「家族の絆」(椎名誠:選/光文社文庫)

→選者となっているが名義貸しで、
実際に選んだのは椎名誠ではないだろう。
「家族の絆」をテーマにした日本文学(やや現代より)アンソロジー。
腸に穴が開いて、深々と考えさせられたのは「家族の絆」である。
入院患者みんな、ほぼ毎日のようにだれかしら見舞客が来るのである。
会社同僚、友人、とりわけ多いのは家族だ。
6人の大部屋で会話は筒抜けで、病床は数日で変わるので、
大勢の患者の家族模様を聞きたくなくても聞いてしまった。
みんな本当に俗っぽくて、家族は
本音のつきあいができる限られた空間であると再認識した次第である。
わたしは入院翌日に姉が携帯電話の充電器と着替え、
タオルを持ってきてくれ本当に助かった。
救急車で入院したから、もしひとりっ子だったら終わっていただろう。
入院13日間でお見舞いに来てくれたのは姉ひとりで1回のみ。
病棟で自分で洗濯をしているのはわたしだけで、
点滴を打ちながら寒空の下、
屋上で洗濯ものを干しているとき深い孤独感を味わったものである。

べつに入院のための保険というわけではないが、
男性の若者へアドバイスしたいのは、
結婚できるのならしておいたほうがいいぞ。
このアンソロジーで、
わたしが選ぶのは三浦哲郎「恥の譜」、高井有一「海の幸」である。
三浦哲郎と高井有一といえば、自死遺族文学の両巨頭。
三浦哲郎は姉ふたりが自殺、兄ふたりが失踪(蒸発、逐電)している。
高井有一は母が自殺している。
「恥の譜」も「海の幸」も私小説めいた回想である。
ただし「海の幸」は虚構も入っており、母は病死したことになっている。
高井有一の母が少年の作者を捨てて米兵と駆け落ちして、
その後戻って来たというエピソードが書かれているが、
これが事実か虚構かはわからない。
三浦哲郎と高井有一が
どのように自殺した家族からの呪いを乗り越えたかというと、
奇しくもそれはふたりに共通していて20代中頃での妻との結婚である。

三浦哲郎は「滅びの血」から逃れようとした。
自滅していった姉ふたり、兄ふたりに逆らおうとした。
具体的にはどうしたか。

「私は、ことごとに、彼ら[兄や姉]ならこんな場合
おそらくこう考えただろうと思う逆のことを考え、
こんな場合たぶんこうしただろうと思われる反対の行為をした。
そうして、その生き方が身についたと自覚したとき、
父に出費を願って、ふたたび大学へ入りなおした。
私は、在学中、寮の近くの料理屋で
はたらいている志乃という女としりあった。
好きあって、郷里へつれて帰って、結婚した。
私のきょうだいたちは、愛を罪だと考えたようである。
しかし、私は、それを単純な歓びとした。
家ではみんな、よろこんでくれた。
誰も虚勢をはらなかったし、私自身も悪びれなかった。
これでいいのだと思った」(P64)


太宰治によって文学開眼した三浦哲郎は、
先人の逆を行くことにしたのである。
なお、べつの私小説では、琴かなんかの師匠をしている白子症の姉の
経済援助を受けたことになっている。
おなじ自死遺族の高井有一も似たようなことを書いている。

「二十七歳で今の妻と結婚したとき、
私は、ようやく自分の過去に一区切りが付けられたと感じた。
それでもまだ、母の<事件>について、
私は妻に打明けてゐない。(中略)
今、四十代の終りに近くなつた私は、
むろん、感情に動かされて声を挙げたりはしない。
妻との間に二人の子が生れ、長女は既に嫁いだ。
都心からずっと離れた場所にではあるが、家を手に入れた。
人は、私がつましく穏やかな生活を楽しんでゐると見るだらう。
私自身にも、よくここまで這ひ上がって来られたといふ感慨がある。
母はまだ私の心の深い所に棲(す)みついてゐる。
普段は何事もないが、ふと何のきつかけもなく、
母への想ひがこみ上げて来る事がある。
昔のように、情欲に彩られた生なましさは褪(あ)せたが、
代りに哀しみは深くなつて、今の人並みの生活は、
母の犠牲の上に築かれたものではないかといふ意識に脅かされる。
母だけが私にとつての実在であつて、
今の生活なんかは架空のものに過ぎないやうに見えて来る。
さうした時、私は、私と母が最も緊密に結ばれ合つてゐた時代に
一緒に啜(すす)つた雑炊の味わひが恋しくなるのである」(P270)


入院翌日にわたしは退院したいと医者に言った。
当方より3歳年下の外科医のS先生は、
「このまま家に帰ったら死にますよ」と言った。
「死にたいというなら止めません」
わたしは死んでもいいと思ったが、
それを説明するのが40代の孤独中年にはめんどうくさすぎた。
もう20代どころか30代にも戻れない。
わたしは三浦哲郎や高井有一とはべつの道を行くのだろう。
それもいまやもう長い道のりではないはずである。

「100万分の1回のねこ」(江國香織ほか/講談社)

→依頼された仏教小説がなかなか書けないわたしに、
つまり相手の依頼がよくわからなかったわたしに、
八王子の有名一族の59歳の事業家男性は、
「『100万回生きたねこ』みたいなものを書いてくださいよ」と言った。
仏教にかかわっていたらなんでもいいから書いてくださいよ。
土屋さんに期待しているんだ。売れなくたっていいじゃないですか。
ゴッホや宮沢賢治だって生前は認められなかった。
土屋さんは早く死にたいようなことを言うが、
死んでもいいじゃないですか。死んでも作品はのこる。
でも、自分は思っている。土屋さんは絶対に人気作家になると。
わかってほしいのは、土屋さんを応援したいということ。
わたしはそんな甘い話はないと思っていた。
そんな器の大きなスポンサーやパトロンのような人はいないと思っていた。
しかし、何度も土屋さんはすごいと言われると、
世間知らずのわたしはあんがいそんな夢のような話もあるのかもしれない、
なんて思うようになってしまった。

「100万回生きたねこ」うんぬんと言われたのは、
八王子駅近くのホテルのバーである。
ウイスキーのロックが1杯1500円とかする。
割烹居酒屋でご馳走になったあとである。
酒を殺して飲んでいたからちっとも酔っていなかった。
そんな高いところには行きたくないと言った。
いいからいいから、と八王子の男性は言った。
「編集者と作家も、こういう話をしているのかな」と男は言った。
なにか「ごっこ遊び」をしているようだとわたしは思った。
男はウイスキーを2杯飲みわたしはゆっくり1杯ご馳走になった。
ホテルで新入社員のパーティーが行われていた。
「わたしはあんな青春のようなものはなかった」とつぶやいた。
八王子で生まれた男は言った。
「土屋さんの青春はこれからじゃない。前途洋々だよ」

これだけ期待をかけられたら中途半端なことはできない。
身体が壊れてもいい。
もっと言えば、大げさだが死んでもいいくらいの覚悟で
仏教というもの、小説というものに向き合った。
こんなに真剣になったのは、母の自殺直後のあの地獄期以来だろう。
ぎりぎりまで待って書き上げたわたしの小説を見て、
八王子の男性は「ポテンシャルはあるが、これは違う」と言った。
自分が注文したのは、
自分の仏教を四国に広めるための商品であって、これではない。
芸術品を依頼したつもりはない。
パトロンになんかなってくれると思ったのか。
そんな世間は甘くないぞ。土屋さんはお金の価値を知らない。
これはビジネスなんだよ。
自分の会社が注文したのは仏教布教のための商品だ。
これでは使いものにならない。この小説は間違っている。
会社が注文した仏教布教の、いわば部品だよ。
忙しい自分が2回も読んであげたんだよ。自分の感想は間違っていない。
テーブルをばんばん叩かれながら、
「土屋さんは世間を知らない」と大声で怒鳴られた。

ハシゴをはずされたというか、わざわざ高いところへ登らされ、
いきなり後ろから押され落とされたような気分がした。
一瞬でも人間を信じようなどと思ってしまったわたしは、
たしかに八王子の名家出身の事業家男性の言うように、
そうとうに甘ちゃんの世間知らずなのだろう。

本書は名作絵本「100万回生きたねこ」へのオマージュとでも言おうか。
「100万回生きたねこ」への讃歌ともいうべき作品を、
一流の売れっ子作家たちが書いている。
メンバーは豪華で、谷川俊太郎、山田詠美、江國香織、岩瀬成子、
くどうなおこ、井上荒野、角田光代、町田康、今江祥智、唯野未歩子、
綿矢りさ、川上弘美、広瀬 弦――。
さすが一流の売れっ子作家だけのことはありどれもおもしろかったという、
いわばホテルのバーのウイスキーのような雰囲気だけは覚えているが、
作品内容まで記憶しているものは残念ながらひとつもない。
売れっ子作家たちの作品とはいえ、そんなものなのである。
とはいえ、角田光代、綿矢りさ、町田康のはことさらよかったと思う。
角田光代のものは言葉のリズムが心地よく、
本書のナンバー1だが、それでも内容は覚えていない。
量を読めばわかることだが、小説はそんなものなのである。
四国に仏教を布教することができるような大芸術ではないし、
かといってビジネスの機械用部品かと言われたらそうでもない気がする。
まあ金持の道楽みたいなもので、その意味で1年以上にわたって、
わたしをもてあそんだ八王子有名企業の代表取締役でもある事業家は
小説の価値をわかっていたのだろう。世間というものも。
人をおもちゃにして遊ぶのは貴族の贅沢な娯楽なのだろう。

参ったことに病気が再発したのかお腹が痛む。
退院してから調子に乗りすぎたなあ。
最寄り駅の改札で
派遣の職場で知り合った妙観講(日蓮正宗)のTさんと待ち合わせ、
スーパーのイートインへおもむく。
体調が悪く、お腹が痛いことを伝えると、
「正しい勤行をしていないから、それは仏罰(ぶつばち)です」
と言われ唖然とする。ムカッとするでしょう?
「そういうことは言わないほうがいいと思います」
「どうして? 仏教には正邪があるとお釈迦さまも言っている。
正邪。わかる? 正しいと邪(よこしま)」

学会の家に生まれ30代前半で顕正会に入り、
パチンコ依存症を治したというTさんは12、3年顕正会で活動し、
組長にまで昇進したが(3人勧誘したらなれるという役職)、
45歳のときに妙観講(日蓮正宗)に乗り込み、
ぐうの音も出ないほどにやっつけられ
今度は妙観講の活動家になったという、筋金入りの日蓮シンパである。
わたしの基本態度は傾聴だから、なるべく質問を挟まないで相手の話を聞く。
おもしろくないのである。
恒例の日蓮教学ストーリーというのがあるのだが、
Tさんは早口で聞き取りづらい小さな声で、
それを取りつかれたように話すのみ。
そういう公式の教学は本で読んで知っているから、
Tさんご自身のお話をうかがいたい。
そうお願いしても、
日蓮系のみんなが話す教学テープの繰り返しになってしまう。

知っているから先読みしてストーリーの先を話したら、
Tさんのご気分を害したのかもしれない。
最後はあなたは本を読んでいる学者かもしれないが(違いますよ!)、
実践をしていないではないか?
自分は正しい仏道修行を実践しているのであなたよりも――。
すごいと言ったのか、偉いと言ったのか、勝ったと言ったのか。
お腹が痛いし不愉快なのでそのまま席を立って帰ってしまった。
99%、Tさんが公式教学を話して、わたしはそれを聞いていた。
50分が限界だった。
公式教学の反論とされるものも知っているが、
それを言ったら議論、
勝負の世界になってしまうので言わないようにしていた。
いい体験をさせてもらったとTさんには感謝している。
一部の人が創価学会、顕正会、日蓮正宗を
毛嫌いしている理由がやっとわかった。
宗教の勧誘は相手の話を聞くことから始まるかと思ったが、
Tさんは顕正会スタイルをやろうとしたのだと思う。

それはそれとして、お腹が痛いのが本当にやばい。
いまCRP定量(炎症)をはかったら入院レベルの10以上あるかもしれない。
今月27日(金曜)が入院した病院の外来診察で、
もしかしたらそのまま再入院かもしれないので、
携帯電話の充電器も着替えも持参していく。
願いとしては、派遣先企業で契約している来年1月の半ばまで、
どうにかだましだまし、ごまかしながら働きたい。
とりあえず27日(金曜)まで持つかどうかだ。仏罰って言われちゃったよ。
「ほんとうの日蓮」(島田裕巳/中公新書ラクレ)

→八王子の人から仏教小説を依頼されたとき、こんなことを言われた。
「自分が土屋さん(なんか?)にお金を払って小説を依頼するのは慈悲。
甘いかもしれないけれど、自分はみんな仏性を持っていると思うんだ」
法華経では天台本覚論。
涅槃経では草木国土悉皆成仏と言われているものである。
なにか違和感があったが、いまならそれを明確な言葉にできる。
わたしは人間はみんな仏性を持っているという思想は傲慢だと思う。
なぜなら、その思想の前提にあるのは、
自分が仏性を持っているという思い上がりだからである。
自分が聖人候補だと言っているようなところがあるではないか。
わたしは自分の心を探っても、仏性はないような気がする。
慈善家の八王子菩薩も、最後にはそのことに気づき、
わたしを悪魔かなにかのように忌み嫌い、
刑事告訴してブタ箱にぶち込んでやると騒ぎ立てたのである。
ほうら、天台本覚論も草木国土悉皆成仏も嘘だろう?
仏性の考え方は、
自分が善人だと主張しているような押しつけがましさがある。
自分はゴロツキの中年に
慈悲を施してやる慈善あふれた敬虔な仏教信徒であるといったような――。
最後はブチ切れて刑事告訴をするとわめいた八王子菩薩((仏性あり)。
彼は人間らしくて、とてもいい。そうこなくっちゃ、である。

天台本覚論(人間はみな仏性を持っている)は、
実のところ法然の念仏や日蓮の題目の論理的な根拠になっている。
彼らが南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経という平易な呪文で
万民が救われるとした理由は天台本覚論である。
天台のいう一念三千、十界互具も根は本覚思想。
オウム真理教の擁護で世間から抹殺され、
しかし不死鳥のようによみがえった島田裕巳氏は、
はっちゃけたわかりやすい説明をすることで評価が高い。

「本覚思想は、最澄が開いた天台宗の総本山、
比叡山延暦寺を中心に展開されたものである。
最澄が天台宗の教学の中心においた法華経では、
すべての存在には仏性が備わっていると主張されている。
それが真実であるなら、
仏になるために困難な修行を行う必要はいっさいない。
たんに自らが仏であることを自覚すればいいことになる。
こうした本覚思想は、
師から弟子へと秘密に伝えられる「口伝」(あるいは口決)
の形態をとってきた。
思想の中身があまりにもあっけないものであるために、
秘密めかした伝授で権威づけをはかったのだろう」(P60)


これは念仏や題目にも言える。
南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経は、
思想の中身があまりにもあっけないものであるために(声に出すだけ)、
秘密めかした伝授で権威づけをはかったのだろう。
師から弟子へと秘密に伝えられる「口伝」(あるいは口決)
の形態をとってきた。
日蓮正宗や創価学会も血脈(けちみゃく/口伝)を重んじている。
唐突に、なぜ人は宗教にひかれるかという問いを出すと、
答えは大半の人は孤独で不安だから群れたいのである。
人が群れ集まるとかならずいざこざが起こる。
なぜならみんな集団の上のほうへ行って威張りたいからである。
山田太一ファンクラブや宮本輝ファンクラブでも、
師匠とむかしから付き合いのあるものが古株ぶり、
自分は口伝を受けているから「正しい」と重鎮ぶる。
「正しい」の源流は古株的な権威である。
だから、釈迦や天皇家、東京大学は「正しい」「偉い」――。
偉い権威者に奉仕して気に入られ威光を借りれば「正しい」ことになる。
学会員なんて御書(ごしょ/日蓮の遺文)にこう書かれている。
池田先生がこう言っている。こればっかり。
池田先生はたくさんの勲章を世界中からもらっているから「正しい」。
しかし、と島田裕巳氏は疑義を呈する。
日蓮の遺文には偽書が多い。どれが真筆かはわからない。
そのうえ――。

「……個人の主張や思想は、
必ずしも生涯にわたって一貫したものではない。
また、年を重ねるにつれて変化をとげていく。
さらにいえば、書き記したもののなかには、
十分に考察を深め、確固とした根拠に基づく強固な主張や思想もあれば、
周囲の状況やその変化に応じて生み出された
「ちょっとした思いつき」も含まれている」(P72)


だれか権威者の言葉を引用し、だからこれは「正しい」と主張するとき、
かならず引用者の恣意的な解釈が入っている。
なぜ人は師匠の言葉を引用したり、解釈したりするのか。
自分は「正しい」「偉い」と思いたいからである。
自分は他人よりも「正しい」「偉い」善き人である。
とはいえ、日蓮や法然が「正しい」根拠はどこにもない。
「日蓮大聖人はこう言った」
「どうして日蓮の言うことは「正しい」のですか?」
「うるせえ、バカヤロウ! 「正しい」から「正しい」んだよ!」
これが権威の正体である。
孤独で不安なわれわれは群れる。そこでだれもが高位を目指す。

「……弟子が師の教えを正しく理解しているという保証はない。
そもそも弟子が師のことばを記録し、遺そうとする際には、
一定の意図というものが存在している。
山折[哲雄]は、『歎異抄』において親鸞との問答を書き記した唯円は、
たんに師の教えに従順にしたがおうとしただけではなく、
弟子たちのあいだで、師の教えの解釈や信仰のあり方をめぐって
論争が起こっているなかで、唯円が自らの立場を正当化するために
師のことばを利用したのではないかと分析している」(P58)


今日の3時に派遣で知り合った妙観講(日蓮正宗)の人が、
わたしの家の最寄り駅まで折伏(しゃくぶく)に来てくれる。
学会の家に生まれ、顕正会にはまり、
最後は権威的な妙観講(日蓮正宗)に落ち着いたさまよえる中年である。
創価学会の統合失調症の青年は自分の家に来いと高飛車だったが、
妙観講(日蓮正宗)の人は腰が低くてよろしい。
しかし、社食で、かつてわたしが創価学会の本部で、
あっちの(日蓮正宗のいう偽物の)本尊に向けて題目をあげたことを話すと、
「あーあ。やっちゃった。あなたは汚染されている」
とか本気で50過ぎの男性が言ってくるのである。
不愉快で怖かった。
日蓮正宗と創価学会なんて、どっちもどっちだろう。
浄土真宗も曹洞宗も、仏教はみんなどっともどっち。
相手を「誤」や「悪」とすることでしかおのれの「正」や「善」を証明できない。

真実は、人間にはわからない。
現代を生きるわれわれは日蓮が当面科学的に間違っていることを知っているが、
日蓮は、時代の限界のなかで「正しい」ことを言ったのである。
とはいえ、だがしかし、それと同様に、
いまのわれわれの当面科学的な「正しさ」も、
500年後にはかならず間違いであることが証明されている。
すべてがいわば嘘なのである。
日蓮思想が嘘と言うならば、
そう断罪する現代科学もまた嘘でインチキなのである。
このことを島田裕巳氏はうまく表現している。

「そもそも、法華経にこそ釈迦の真実の教えが示されているとする、
日蓮が最澄から受け継いだ天台の教えそのものが、
現代の仏教学の知見からは認められない。
法華経は、釈迦が直接説いたものではない。
そもそも法華経の成立年代は、いまだに確定されていないものの、
釈迦が入滅してから数百年後であることは間違いない。
その点からすれば、日蓮が生涯にわたって信じ続けたことは、
まったくの誤りであったことになる。
だが、日蓮の信じたことは、
当時の日本人、当時の仏教徒が共通に信じたことがあり、
その時代には真実と見なされていた。
現代の我々も、実は日蓮と同じように、時代的な制約を被っている。
今、私たちが真実だと考えていることも、時代が進めば、
根拠のない虚偽として否定されることになるのかもしれない」(P235)


さて、いまから3時間後に、
妙観講(日蓮正宗)の過激活動家のTさんの折伏を受けるのか。
単身、川口の創価学会の会館に乗り込んで、
婦人部に囲まれたが自分は正義を貫いたとか自慢していたなあ。
妙観講のかわいい女の子をひとり連れてきてよ、
とリクエストを出したら「ふざけるな」って言われちゃったよ(笑)。
日蓮正宗も創価学会も顕正会も、
信じている人にはそれが「正しい」ことで、そういうわけで信者を救っている。
ぜんぶ「正しい」で、ぜんぶ「間違い」――。
さあさあ、土屋さんが日蓮正宗に取られちゃうぞ!
どうする創価学会きれいめ女子部員?

「青の数学」(王城夕紀/新潮文庫)

→入院中に板中の作業療法士、25、6歳のKさんから借りた本。
上下2冊あったような気がする。
王城夕紀さんはわたしの1学年下の、
早稲田大学第一文学部文芸専修卒。
たぶん顔を合わせたこともあっただろう。

「数学オリンピック」とやらを目指す男女高校生のライトノベルだが、
「青の数学」は宮本輝の「青が散る」の千倍退屈だが、
しかしいまはこういうものが好まれているのかもしれない。
つまらないなとは思いながらも退屈しのぎにはなりました。
作者の理想は不遇な数学者のカントーンのようだ。

そういえば八王子の成功者、事業家、数学者、好訴症の人も、
最後に八王子に呼ばれたときに、
「カントーンが言っていることは正しい」
と大声でわたしを威嚇するように叫んでいた。
最後はおまえを脅迫罪、名誉棄損で
「ブタ箱にぶち込んでやる」。
「カントーンはそう言っている」

このライトノベルのモチーフは、
女子高生の出した意味不明の数列。

「あれは、ただの数列です。何の法則もありません」
「証明できる?」
「できません」
「完全にランダムな数列を人間が作れる?」
「コンピュータでも作れないらしいですね」
(中略)
「まったく無意味に見えるものにも意味を、
秩序を見つけようとするのが、
数学だからです」(P306)


「GOTH 僕の章」(乙一/角川文庫)

→入院中に板中の作業療法士、25、6歳のKさんから借りた本。
「リストカット事件」
若い女性の手首を切り取り保存収集するのが好きな男性教師の話。
作業療法士から渡された本がこれだったらふつうは引くと思うが、
わたしはそれもありかなあと。ただしつまらない。
女性のパーツが好きな変態は意外と多いのかもしれない。
おっぱいは普遍的パーツでわたしも胸を使われたらころりといく。
リストカットする病んでいるふつうじゃない自分がかわいいという、
メンヘラがいかにも好きそうなライトノベル。

乙一の「土」。
これは女性を生き埋めにするのが好きなフェチの警官の物語。
苦しんでいる女性を見るのが好きなエスと呼ばれる一定層の男性、
苦しまされるのが好きな一定層のマゾの女性に評価されているのか。
わたしは観念のうえでは、
女性をいじめるエスでも、
女性からいじめられるのを好むエムでもあるが、
実際に実体験としてはそういうのはいやだ。
いかにものっぺらぼうの若年善男善女が好みそうなライトノベル。
こういうのがかつて売れたのか。

乙一の「声」はよくわからない。
これって主人公が犯人なの?
偏差値70のスーパーフリー大学女子部卒のおれにも
理解できない小説を書く乙一先生は天才ってことで。
そういうわけで、ありがとうKさん。

「GOTH 夜の章」(乙一/角川文庫)

→入院中に板中の作業療法士、25、6歳のKさんから借りた本。
若い人って「愛想のいい自分」は嘘で
「本当の自分」はとか悩むものなのだろうか?
この物語のヒーロー、主人公の男子高校生は、
見かけはリア充だが、本当は趣味は殺人の死体を見るのが好きな変質者。
高校生とか、こういうのが好きなあたしやおれって特別じゃね?
と思いながら乙一さんのライトノベルを好んで読むのかもしれない。
Kさんに聞いたら、高校生のころ好きだった小説だと言うし。

殺人とか自殺とか死体とか、非日常の世界だから、
凡庸な作家が好んで妄想するのも、
平凡退屈な男女高校生が、
そういう世界にあこがれるのもわからなくはない。
おれ、人殺しも、他殺死体もなんとも思わねえよみたいなスタンス。
「暗黒系」は連続若年女性殺人事件。
手帳が小道具になっている。
死体マニア、殺人マニアの男子高校生が真相を究明して、
しかし、おれは警察には言わないよ、
と言うところが、かっちょええと乙一ファンは随喜して落涙するのか。

「犬」は義父から虐待を受けていた9歳の少女が、
飼い犬を使って殺人準備をして、実際に義父を殺す話だが、
まるで野島ドラマ「家なき子」のようで一片もリアリティーがない。
人を殺したいと思いながら笑顔を振りまいている善男善女が、
乙一の小説を読んで、
マックやファミマのようなカタルシスを得るのかもしれない。

「記憶」は9歳の少女が、
双子の姉を自殺に見せかけて、ぶっ殺した話で、
人間の生命はそんなに軽くないぞと叫びたくなるのは、
常識まみれのつまらない朝日新聞的大人になった証拠だが、
自殺とか殺人とか、そんなに軽いものかなあ?

「ZOO2」(乙一/集英社文庫)

→入院中に板中の作業療法士、25、6歳のKさんから借りた本。
まさかわたしが乙一を読む日が来るとは。
最初「おといち」と言って「おついちです」と訂正された。
実際問題、乙一はファンも多く、有名作家で、金を稼いでいるんだよなあ。

「血液を探せ!」はこれでいいの?
八王子のお生まれのいい実業家で芸術家、
理系学者のMさんが読んだら刑事告訴レベル。
しかし、実際、現実として売れているんだからなあ、こんなジョークが。
現実の不幸を知らないと、こういう妄想に遊べるのかもしれない。
「冷たい森の白い家」は無差別殺人をするおれ、
かっちょええという若者好みの話。
乙一さんは40を過ぎたいま、どのように自分と折り合うのだろう?
「closet」は死体の隠し場所をめぐるミステリー。
こんなものをおもしろいと思う感性が存在することに驚く。

「神の言葉」はドラえもんの世界。幼児的妄想。
みんな自分の発声した言葉通りになる。
ちょっとしたことから「みんな死んじゃえ」となる。
それだとさみしいから、
「みんな死んだことに自分は気づかない」
と「おれルール」を変える。
若年で成功すると、
こういうみんな自分の思い通りになるという妄想を抱けるのかもしれない。
「落ちる飛行機の中で」も人の生命をバカにした話で、
高校生とかこういうのをナウいと思うものなのかもしれない。
わたしの精神年齢もそのくらいなので、まあいっか。

乙一好きの女子高生、メールをください。

「ZOO1」(乙一/集英社文庫)

→入院中に板中の作業療法士、25、6歳のKさんから借りた本。
「自分より年下で若くしてデビューした人の本なんて読まないので、
Kさんに貸してもらってよかったです」としっかりそのくらいの社交はできる。
実際、それほどひどいわけではない。

「カザリとヨーコ」はまるで野島伸司的だが、悪くない読み物。
双子の姉妹がどーだこーだという話で、
どうしてライトノベルの人は双子の妄想が好きなのだろう。
最後は「目の前で飛び降り自殺」なのだが、
それを現実として体験したものには、
ライトな妄想の世界を生きているような不安定な感じがするが、
およそ不幸とは無縁の若年成功者には、
そういう悩みはひとかけらもわからないだろうが、
それは彼の前世の功徳ゆえ責めるべきものではなかろう。

「Seven days」は牢屋に閉じ込められた若い女性が
1週間ごとに殺される話で、最後まで退屈しないで読むことができた。
犯罪被害者遺族が読んだらブチ切れるだろうが、
大方の読者はそういうことと無縁だからこういう妄想を楽しめるのだろう。
「So-far」はなかなか深みのある話だが、
これも交通事故死亡者遺族が読んだら激怒するだろう。
しかし、よくできた小説だと思う。
この発想力が乙一を一部の人に天才と思わせるのかもしれない。
現実を知らない絵空事だが、
金を払って本をお買い上げくださるのはまさにそういう年齢の読者層。

「陽だまりの詩」は
いまスピリッツで連載している「ぽんこつポン子」みたいな話だが、
こういう漫画的なものは漫画で読んだほうがいいような気もするが、
空想のほうが楽しめる一定層の読者がいるのかもしれない。
こういう小説に感動して
若くして月収21万円の作業療法士になる人生も、
それほど悪いものではないような気がする。
今回の入院で驚いたのは「おむつ交換」をする看護師だが、
板中はナースに(「おむつ交換」のない)
作業療法士や理学療法士の1.5倍の給料をちゃんと払えよ。

「Zoo」は恋人の女性を殺して
死体写真の経過を毎日撮影する性倒錯者の話だが、
人はわからないもので、こういう妄想を好む一定読者がいて、
あるいは彼女たちが、
あんなたいへんなナースの仕事をやってくれるのかもしれない。
夜勤のナースの弁当を見たが、
院内食とは異なりフライものばかりのぜいたくなもので、
それはそうで、こういうものを食わんとナース商売はできないと思った。

ナースのカンバさんの相手の目をまっすぐ見る動じなさには驚いた。
医者でも患者の目をまっすぐ見られない人が多いのに。
あなたは天性のナース。
おなじくナースのユキさんもおもしろかった。
みんなエレンタールを水で溶かして持ってきてくれるのに、
ユキさんだけは自分でやれって。
夜勤明けの点滴で左腕の刺し場所がわからなくて困っていたユキさん。
そこに医者のS先生が来て、
わたしは言った。「先生、点滴を打てますか?」
むかしとった杵柄でしっかり一度で先生は点滴を決めてくれたが、
先生を引き寄せたのはユキさんの運か、わたしの運か議論したね。
高齢者の老人ではないから、ぜんぶ記憶しているから。
板中の人へ、ありがとう!

「夜のピクニック」(恩田陸/新潮文庫) *再読

→入院中に板中の作業療法士、25、6歳のKさんから借りた本で、
彼の人生読書ランキングで1位か2位に入るらしい本を
10年ぶりに再読する。なんにもないよりはいいのである。
入院生活は本当になにもすることがなく、スマホがないわたしは地獄。
10年まえに読んでなんだかなあ、
と思った「夜のピクニック」でも、なんにもないよりはよほどいい。
有料のテレビ地上波なんかよりもよほどいい。
改行が多いし描写も浅いし、そこが読みやすくていいのではないか。

病床で読みながら高校時代のことを思い返した。
この本に描かれているような恋愛も友情もわたしの高校生活にはなかった。
高校の行事で夜の行軍をする1日を描いた小説である。
最後は親友ふたりで歩くのが決まりらしいが、
こういうとき友人がひとりもいないわたしのような高校生はどうするのだろう?
そこの部分に関する配慮がまったくないので、
世間の常識を知らなかったような恥ずかしさがある。
この本を貸してくれたKさんも悪くない顔だし、
そこそこの友情も恋愛感情も高校時代にあったのかもしれない。

高校同窓の出世頭、年収1千万円以上、
板橋区議会議員の山田貴之先生の高貴な高カーストのお世界なんだなあ。
登場人物の男女高校生がみなやたら異性にもてて、
告白されても断るとか、わたしにはまったくわからない異世界。
わたしだったら告白されたら、だれでもOKなのに、なにそのマハラジャ?
高校時代に「本当の恋愛」ができない高校生の悩みってなに?
わたしは一生「本当の恋愛」ができないアウトカースト。
あいつは粋(いき)じゃないとか、
もてる男女高校生が仲間でつるんでいわゆる「いじめ」をしているのだが、
そういう部落天皇貴族社会、
京都みたいなリア充がうだうだ持論を述べる。
「夜のピクニック」を好きな人がうらやましい。
なんでそんなに恋愛とか友情とか純朴に信じられるの?
まあ、そういう人の好意に甘えて、ご本をいっぱい借り読みしたわけだが。

いま板橋区役所と板橋中央総合病院に電話をした。
どうやら入院費は3万5400円で、
17万8540円から引いた額が返金されるらしい。
めでたし、めでたしなのか?
実際の損害は3万5400円ではない。
職場を休んでいた期間、働いていたら10万5300円の収入があった。
結局、今回の病気で14万円以上の損害をこうむったわけである。
27日の外来に行ってその足で板橋区役所に行き、
そのままアクロバティックに
板中に舞い戻り返金作業をしなければならないのか。
板中の消化器外科病棟はオーバー70ばかりで、
わたしなぞ若者だったが、
老人患者が退院したがらない理由はそういうことか。
どうせ一定額以上は高額医療費制度の「限度額適用認定証」で無料になる。
だったら3食介護付きの病院にいたほうがお得だと考えるのか。

病院側もしっかりしていて、無駄なリハビリで過剰な保険点数を稼いでいる。
数日前までア○ゾン倉庫で走り回っていた43歳のわたしに
リハビリなんて不要なはずだが(はっきりそう言った)、
しかし、しっかり契約書にサインさせて
リハビリをしたことにして保険点数を稼ぐわけである。
女性のリハビリは回春効果もありリハビリ効果も認められるが、
退院前日に男のリハビリ作業員が来たときは、
わたしがよほど不服そうな顔をしていたのか、
「元気そうですし、今日はやめましょう」となったが、
保険点数としてはがめつく計算されているはずである。

院内食がまずいと奥さんに騒いでいるよぼよぼの老人がいたが、
わたしは流動食から五分粥、十分粥、すべてうまかった。
板中はガチで、院内食がまずいと騒ぐよぼよぼの老人のために、
栄養士がヒアリングに行くのである。
そうしたら騒いでいたグルメ老人はなにも言えず、
奥さんがおどおどしながら不満を代弁していた。
老いた男は60ヶ国を旅したことがあるという。
英語ができると理学療法士に自慢していた、
しかし高い個室には入らない、よぼよぼしわしわの偉そうな老人。
こいつは消灯後も携帯で大声で話すので一喝してやった。
「携帯電話はやめて!」
そのときは点滴もはずれていたから、
まじでベッドに行って抗議しようかと思った。
翌朝にはあいさつしてくれたし、
読み古しの新聞をくれるとしわくちゃの声で言ってくれたから、
それほど悪い人ではなかったのだろう。
「セカンド・ラブ」(乾くるみ/文春文庫)

→入院中に板中の作業療法士、25、6歳のKさんから借りた本。
テキスト(小説本文)だけで評価するなんて無理なのよ。
スマホがないわたしは、
てっきり作者の乾(いぬい)くるみを女性だと思っていて、
気持が悪い小説を書く女だなあ、とそれだけが脳内を占めていた。
乾くるみはおっさんのミステリー作家だったのか。
なら感想は変わるぞ。

女性礼賛のみならず女体礼賛、
男女交尾絶対信仰は男が書いたのならわからなくもない。
しかし、男が恋愛に悩むのはおなじ男としてわからない。
バカな女流が夢の男を書いているのかと思ったくらいだ。
いわゆる「双子もの」で、
貞淑な高学歴のお嬢さまと
床上手のホステスが同一人物だったという話。
売れたみたいだし、Kさんも好きなようだから、
こういうのが好きな読者層が存在するのだろう。
自殺を軽々しく使いすぎるのがライトノベルやミステリーの特徴で、
自死遺族としては不満たっぷりなのだが、
世間とはそういうものなのだろう。

病気の治りかけに読んだ本。
作業療法士のKさんと同期という
理学療法士の25、6歳の女性Yさんのリハビリが始まったころだ。
女性嫌いのわたしだが、
若い女性にベッドで身体接触のあるリハビリをしてもらうと、
この小説の影響もあったのか、
女体っていいなあ、と危ないことを考えた。
そのときわたしは手足が冷たかったようで、
理学療法士Yさんの手足であたためてもらった。あったけえ。
まさかわざとではないと思うが、
胸にタッチしてしまうリハビリをやらされ、
女性不信のわたしはからかわれているのかと疑ったが、
Yさんは職業上の純真な笑顔を崩さなかった。

わたしは基本的にナースも作業療法士も理学療法士も医師も、
裏では患者の悪口を言っているとかたくなに信じているが、
「セカンド・ラブ」を貸してくれた男性Kさんと、
その同期の女性Yさんの影響で、
あるいは大きな間違いをしているのではないかと自己不信に陥った。
「セカンド・ラブ」を好きな男性読者がいること。
乾くるみは男だったこと。
理学療法士のYさんのあったかさ。
こういういきさつで、「セカンド・ラブ」は忘れられない小説のひとつになった。

コンビニ人間」(村田沙耶香/文春文庫)

→入院中に板中の作業療法士男性、25、6歳のKさんから借りた本。
本ならなんでもいいとお願いしたが、最初に貸してくれたのは芥川賞作品。
入院中に何冊も本を借りたが、
はからずもいちばんおもしろかったのはファーストの「コンビニ人間」。
もしかしたらもっとも慣れている小説形式だからかもしれない。
ライトノベルやミステリーは読み方がわからないところがある。

コンビニで働くのが好きな35歳女性の物語。
世間にうまく溶け込めない。
「18年もコンビニでバイトするなんておかしい」
「どうして正社員を目指さないの?」
「男性と交際したほうがいいわよ」
「結婚しなきゃ。子どもも産まなきゃ」
そういう世間の声に困惑しながらも、なおもマイペース。

これは女の世界の話ではないか?
あるいはある程度友人知人がいて、
家族がまだ干渉してくる果報者の世界。
わたしくらいになると正社員を目指せなんて言われないし、
バイトでも働いてくれるだけでいい。
こいつは女性と交際するのは無理だろうと、
(容貌性格両面から)はなから思われているため、
そういうことを言ってくれる人もいない。
わたしが1年もコンビニでバイトが続いたら、
父も姉も数少ない友人知人も驚くだろう。

主人公のダメぶりがちょっと足らないのかもしれない。
風呂場に引きこもっているニートの同棲相手に「餌だ」
と白米に野菜をのせて醤油をかけただけのものを渡すところではわろうた。
「おまえなんかではおれのチンポは勃たない」
と抗弁主張するニート同棲相手の男も感じがよかった。
総じて、楽しい読書であった。

いまでもなにが起こったのか、起こっているのか、
これから起こるのかわからない。
自分なんかに小説の依頼が来るとは思わなかった。
書けないと思って苦しんでいたら、締め切り直前に書けた。
これでもう死んでいいと思ったくらいである。
その小説がえらく酷評され、八王子の飲み屋で世間知らずと大声で罵られ、
まさか刑事告訴直前までいくとは思わなかった。
「おまえをブタ箱に入れてやる!」

姉によると、八王子の人は本気でわたしに殺されると思っていたようだ。
まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。
いまでもこちらからメールや電話をしたら刑事告訴されるらしい。
わけがわからない。
いきなり法華経を暗記しようとした自分もよくわからなかった。
文豪ニートモードのわたしが、
どうしてあれほど悪評高いア○ゾンで働く気になったのかもわからない。
そうしたら「S状結腸穿孔(せんこう)」で2週間入院。
1ヶ月入院と言われていたのに13日で退院して、
すぐ職場復帰できたのも不思議。

「一寸先は闇」と言うほかない。わたしの人生「一寸先は闇」――。
だから、なるべく先の約束をしたり予定を立てておいたりしたくない。
生命保険に入っていないことからもわかるように、
先のことはまったく考えていない。あとは野となれ山となれ。
短期仕事が好きなのは、そういう事情もある。
出会いと別れもいい。
出会いも別れもドラマがあり、おもしろいじゃないですか?
3年、5年、10年とおなじところで働くと、
人間が腐っていくような錯覚を持っている。誤解している。

ア○ゾン川口倉庫は新しいためかホワイトである。
何度も酒を酌み交わした男が、
いま埼玉県のべつのア○ゾン倉庫で働いているが、
そこでは女性トレーナーのヒステリックな怒号が飛び交っているらしい。
川口はぜんぜんそんなことがない。
スポット(短期)はミスをしても(上はわかっているのに)指摘もされない。
それはあたまがよいことで、
ミスを責めても相手を委縮させるだけで、指導の実際効果は低い。
というか、逆効果で職場環境を悪くする。

ありがたくもわたしも繁忙期以降、時給1050円で働いてもいいよ、
と言われている。日給1万円。
朝6:30に家を出て、帰宅は20:35で日給1万円。
実は1月は去年の夏働いたパチンコ工場で働くことになっていたのだが、
生産工程が変わり2月に遅延され、正確な日にちも未定になってしまった。
ホワイトなア○ゾン川口倉庫は週2日でもいいらしい。
文豪モード、ニート治療のために、
通勤満員電車のない土日だけ日給1万円で働くのもいいような気がしている。
しかし、「S状結腸穿孔」がこの先、どうなるかわからない。
そして、わたしは出会いと別れのある短期スポット仕事が好きだ。

「一寸先は闇」だから、これからどんなことがあるのかわからない。
わたしは買ってもいない宝くじに当たる自信さえある。
ア○ゾン川口倉庫はホワイトだが、
シャトル(送迎)バスのせいで拘束時間が長すぎるのである。
7時に川口駅へ行って、
おなじ川口駅に戻ってくるのは20時近いというのは、
それも労働時間だろうと言いたくなる。その時給はどこへ行った?
いったいこれからなにが起こるのだろう?
わたしはどうなるのだろう? 八王子問題はどうなるの?
わたしは常に「わからない」ほうに賭けていたい。
約2週間重病で入院して退院の翌々日に働いて大丈夫なのか?
10時間歩きっぱなしの、まあ肉体労働。
医者に聞いたらどうせやめろと言われるだろうから聞かなかった。
やってみなきゃわからない世界だよねえ。
やってみたらどうやら大丈夫のような気がする。
ランチはさわらのマヨ焼きで、はじめてご飯を大盛りにして食べた。

2週間ぶりの職場だったが、
指導教官の女性トレーナーが「どうしていたの?」と聞いてくれて嬉しかった。
「腸に穴が開いて2週間入院していました。17万8千円取られました」
まあ、わたし、異様な存在感があると思う。

4つまえの記事で言及した50代のTさんとシャトルバスで再会し、
こちらから話しかけ横に座ってもらい座談する。
ランチのときにも相席したのだが、Tさんやべえよ。
サークル活動をしていると言っていたが、それは妙観講(みょうかんこう)。
妙観講は日蓮正宗の在家組織。
日蓮正宗は創価学会の生みの親で、のちに学会とは喧嘩別れしている。

Tさんは典型的な日蓮ループで、
創価学会の家に生まれ、顕正会にはまり散財して、
最後に行き着いたのは日蓮正宗の妙観講とのこと。
昨日は休みで大久保の牧師を
折伏(しゃくぶく/正義で叩きのめす)してきたという。

わたしは法華経を暗記しているから(いまはちょっと怪しい)、
方便品第二をそらで延々と読んだら、「学会なの?」。
「違います。どこの宗教にも入っていません。学会は入れてくれませんでした」
ここに書いたこと、ばれないよね。
Tさん50代、善人顔独身。
ハンダづけの仕事をしていたが、一時期は月収40万あったが、
会社の経営が傾き10万ちょっとになる。
実家で母親と同居。
お母さまが元公務員で年金が月20万あるので、合算して生活している。

いまは繁忙期で時給1350円だが、
時給1050円のレギュラーになることが決まり嬉しいという。
「週4万円入ってくるのは嬉しいですよ」
創価学会はわたしを拒んだが、
妙観講のTさんはわたしを折伏する気が満々の模様。
一度参加してみないとか、2度目の会話なのに言われている。
そもそも妙観講とか顕正会を知っている時点で、
わたしはその筋の人なのだが、危機意識はないのだろうか?

わたしを嫌っている創価学会への当てつけで妙観講に入ってもいいが、
考えてみたらメリットがまるでない。
日蓮正宗の坊主なんてわたしのなかでは池田大作以下だし、
創価学会に入ったら暴力団員みたいに威嚇できるが、
妙観講なんて顕正会よりも知られていないマイナー組織(わたしは知っていたが)。
ここで創価学会に提案だ。
おい、女子部。そうだ女子部だ。女子部の本気を見せてみろ!
土屋さんを日蓮正宗に取られてもいいのか、創価学会の諸君?

Tさんへはわたしから話しかけているから、これは偶然だと思う。
あっちからではない。
わたしの名前ケンジのケンは日顕の「顕」です♪
12月2日午前中、
前日は休んだが明日こそは職場に行こうと派遣会社に電話する。
しかし、お腹が痛いのはどうにもならない。
これは医者に行って痛み止めをもらうかと
軽い気持で近所の病院へおもむく。
おばさん医師に血液検査をしてもらい、レントゲンも撮るという。
結果、「あなた、自分が思っているよりもひどい状態よ」――。
「こんなひどい炎症の数値を今年見たのははじめて」
うちではどうにもならないからもっと大きな病院に行ってください。
医師の迫力に押され、これは明日も職場に行けないと悟り、
しかし携帯電話を家に忘れてきている。
ナースのスマホで派遣会社の電話番号を調べてもらい、
医師のスマホを借りて電話する。
この異常な状態から、
もしや自分の病気はよほど重いのではないかとうすうす察知する。
担当のYさんから、医師のスマホに電話が入る。
「あたしは土屋さんの担当医師です。
急性腹膜炎の可能性があります。これでは明日、働けないでしょう」
すべて医師が説明してくれる。
板橋区の町診療所の町医者の厚情が胸にしみるとともに、
異常事態が起こっていることを鈍感なわたしも感知する。

「いますぐ大きな病院に行ってください。
帝京、板中、北区なんたら、どこに行く?」
事態が自分のあずかり知らぬところで進展していることを知る。
「いまから行く体力はないです」
「タクシーで行けばいいじゃない?」
異常な数値にあわてふためいている医者に問う。
「この数値なら救急車を呼んでも問題はありませんか?」
「救急車を呼んだことはある?」
「ありません」
「いまは救急車はいろいろ厳しいからね」
しかし、おばさん医者がものすごい活躍してくださった。
派遣会社対応のみならず、板中から救急車を呼んでくれたのである。
そのうえ、もう勤務時間は終わっているのに、
救急車が来るまで待合室でわたしの横に付き添ってくれる。
プライベートなことをうかがったがここには書かない。

熱中症で倒れて以来、ひさびさの救急車で板中の救急外来に向かう。
板中の医師から言われたのは、
「このまま家に帰ったら死にますよ」
「生命の危機さえあるかなり重篤な状態です」――。
だから、いまここで入院してください。でないと死にますよ。
ここで、こころが折れる。
自分のなかでは明日も働けるだろうくらいだった感覚が、
一気に重症患者モードに代わり車椅子にまで乗ってしまう。
これはかなり後になってから情報開示のあったことだが、
この時点で、血液検査――。

CRP定量(炎症):35.30

退院したいまだもってこの数値がどのくらい異常かわからない。
ごくたまにブログを読んでくださることもあるという医者の
春日武彦先生ならわかるのかもしれない。
不謹慎だが、ハプニングは嫌いなほうではないので、
この異常事態の流れをどこかで楽しんでいた。
いきなり救急車で病院に運ばれ、即入院って劇的とも言えるのではないか。
で、なにがなんだかわからないままに入院させられるわけである。
ほほう、神さま仏さま、こういう展開で来ましたか。
入院準備も着替えも、それどころか携帯電話さえない。
救急車で入院。へたをしたら死ぬぞ。
「このまま帰って好きなものを食べたら、10のうち4で死にますよ。
そのくらい重篤な状態だという自覚を持ってください」

自分のなかではお腹が痛いので痛み止めをほしいくらいの感覚だったのだが、
一気に重病人になってしまう。
テレビドラマとかでよくある重々しいチューブを身体中につけられる。
ピピッピピッとかモニターに波線が出るやつ。
症状は腹痛、高熱。うち体温計ないから熱は知らなかった。
もしかしたら1週間前から高熱だったのかもしれない。
この晩は地獄だった。
点滴で絶食はいいとしても、水分補給も禁止されたのである。
高熱のため汗をかき喉が渇く。
ナースコールを押して、水をください。
「水分禁止です」
しかし、本当にやばかったので3、4度ナースコールをしたら、
「本当はいけないんだよ」とナースが水を飲ませてくれた。
その水がなんとうまかったことか。
味をしめたわたしは再度深夜のナースコール。
冷たいほうじ茶をください。くれた。甘露の味がした。

病名は「S状結腸穿孔(せんこう)」。
わかりやすく言えば、腸に穴が開いてしまったわけである。
それで炎症を起こしている。
最低でも1ヶ月の入院は覚悟してほしいと言われる。
あるいは、もっと退院まで時間がかかるかもしれない。
繰り返すが、そのくらい重篤な状態だ。
手術して人工肛門の可能性もなくはないし、
そもそもこのまま家に帰るなんてとんでもない。ありえない。死ぬぞ。
こうまで至ってもわたしは不謹慎なことを考える。
どうやらいままで医師ふたりから聞いた情報だと、
この病気はころり往生(突然死)できるレアな疾病のようだ。
どうして医者へ行ってしまったのだろう。
行かなかったら念願のころり往生ができていたかもしれないではないか。
そのくらい生命に執着がない。
あのとき病院へ行かなかったら、
ア○ゾン川口倉庫最初の死者になっていたかもしれない。

入院翌日、水分は解禁されるが、高熱、腹痛、点滴、S状結腸穿孔。
迷惑をかけてはならないと、
病棟の公衆電話から派遣会社のYさんに現状報告をする。
主治医のS先生が連絡してくれたらしく、
入院翌日に忙しい姉が来てくれる。
タクシーで往復してもらい携帯電話、充電器、着替え、タオル、サンダル、
お経の本などを持ってきてもらう。
この日はたまたまインフルエンザ予防接種の関係で早く帰宅したらしく、
すぐ板中へ飛んできてくれたらしい。
このタイミングはなんなのだろう。
姉もS先生から「重篤な状態である」との説明を受ける。
どうして急にこんなことになったのか世界と自分が乖離している。
携帯電話から友人にメールを送る。
現状を言葉にすることで、いまの状況を自身に定着させる。
言葉で生きていることを再認識する。

病状に限定して経過を述べる。
S先生が言うには、これは重篤である。だって腸に穴が開いちゃったんだよ。
お腹んなか、うんこまみれなんだよ。
入院は1ヶ月。ふつうの食事なんてまだまだ先。
ほかの医師にも回診で聞いたところによると、
どうやら点滴の抗生剤が奇跡的劇的にガツンと効いたらしい。
CRP定量(炎症):35.30 が4日後には14.38に半減。
7日後には驚きの2.63にまで下がってしまったのである。
おそらく医者もびっくりだったのではないか。
言葉には出さないが、顔に書いてあった。このケースはなんだ? やべえ!
医者に言われたとおりに絶食、点滴だけで1週間くらい。
あたまが壊れているから空腹感もなく、まあそれほど苦痛でもなかった。
そうしたら重々しい生命維持装置みたいのが取れ、
今度は軽いモニターになりそれも取れ、
経口栄養摂取はエレンタール(まずいジュース)から始まり、
流動食、五分粥、十分粥とレベルアップして、最後は点滴も取れた。
9日後のCRP定量(炎症)は1.18まで下がる。風邪程度らしい。

1ヶ月入院の予定が昨日退院。
わずか12泊13日で退院してしまったわけである。
むろん、また2週間後、外来に来いと言われ、
そこで採血+CTで1万くらいぶんどられることだろう。
S先生は今後大腸を検査するとか、わけわかんないことを言っていたが、
お金がかかるのはやめて~。
退院が決まったとき、また友人にメールを送った。
タイトルは「深みに欠ける」。
一応まあ生死の境を乗り越えたのだが、宗教的転回も人生観の変容もない。
ぜんぜん大したことはなかった。「深みに欠ける」 
しかし、退院したいまわかるのは、それは強がり。
この13日でどれほどのことを見聞きしたか。
知らない世界をどれほど覗いたことか。
6人大部屋だからプライバシーがほぼないのである。
お腹いっぱい世間を耳学問させていただいた。
若いナースや作業療法士、理学療法士との交流もおもしろかった。
この13日間で見聞きしたことは非常に重くたいへん味のあるものだった。
ブログ記事にしたら50は書けると思う。
最後に庶民のみなさんが気になるのはハウマッチでしょう?
わたしは生命保険とかいっさい入っていないから。共済でさえ入っていない。
昨日恐るおそる領収書をもらったら――。
板中13日入院、総金額――。

17万8540円!

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板橋区役所に行って、
高額医療費制度の「限度額適用認定証」を申請すれば、
3万5400円になるという話もあるが、どうなるものやら。
もしこの3.5万円で済んだとしたら、
台湾や韓国に行くよりもよほど見聞を広げる貴重な体験だったと言えよう。
いまはうまく言葉にならないが、いろんなことを実地で学んだという思いがある。
とはいえ、17万8540円の価値があるかはわからない。
土屋さんが倒れて入院したが退院して明日から職場のア○ゾンに復帰する。
おへその下がズキズキ痛む。立っていられないくらいである。
明日もいまの状態なら、働くのはほぼ無理だろう。
「明日休ませてください」の電話を入れようか、どうしようか。
急場でロキソニンをのんだが、あまり効果があるわけではない。
保険証がないので医者にも行けないワープアのみなさんは、
こんな苦しみを何度も経験してきたのだろう。えらいことです。
脂汗が流れるほどの痛みを久しぶりに経験した。
盲腸を疑ったが、どちらかといえば左寄りだから違うと思う。
当日欠勤するよりは、いま電話するほうがいい。
しかし、明日になったらいくばくかよくなっているかもしれない。
今日はいままでほとんど横臥していた。
ちょっと笑いごとじゃない。

☆結局、明日は休むことにした。病欠ってはじめてじゃないかな。