人生で何回か経験したのは――。
1.好きなように書いていいよ。
2.完成後に作品を全否定。いちから自分の言う通りに書け。
こんなことする人いないってふつうの人は思うでしょうけれど、
なぜかそういう人を引きつける。
今回はどっちかなあ。
コメント欄で教えてもらったけれど、
なんとかの法則って言うのがあって(スタージョンの法則?)、
どのジャンルでも名作は1割なんでしょう。
わたしもこのたび名作短編アンソロジーを山読みしたが、
名作と言われているものでもおもしろかったのは1割。
自分がつまらないと思うものが名作となっている不思議が文学、映画、その他芸術。
今回、3回チャンスを上げるよといちおう口約束ではおっしゃっていただいています。
法則にしたがうならば、10回チャンスがあれば当たる可能性も高まるが3回。

拙作の1回目をスポンサー様はあまりお気に召されていないようで、
いつものように全否定と
「自分の言ったように最初から書き直してください」が発動するかもしれない。
1回目は失敗作でもいいとお許しくださるかもしれない(そういう話だったのですが)。
今回はスポンサー様に高級な和食をだいぶご馳走になっている。
人間って自分が金をかけた対象を信じたがるもの。
だから、女はデートでわざと遅刻するしプレゼントを求める。
なぜなら人間は創価するものだからである。
自分がいいと思ったものを人を好む。
人生で一回くらいうまくいきませんかね。いつものように全否定され終了か。
製本化の時期をうかがったらお答えはなく拙作へのご批判だったから、
過去の悪い記憶がよみがえる。南無阿弥陀仏。南無妙法蓮華経。
あはっ、いひっ、処女作の冒頭は妻と離婚するのかと悩んでいる「私」なんだけれど、
僕はもちろん結婚経験なんかないし両親の夫婦喧嘩や知り合いの話しか知らない。
でも、けっこう書けちゃうという。妻とのあつれきとか。
わずかな体験と知識から、自分のいもしない妻をつくったのはおもしろかった。
あれはプロフィールを隠したら妻帯者が書いたものだと読者さまは思うのではないか。
嘘をつくっておもしろいよなあ。
最初の読者さまから主語がわからないというご指摘を受けた。
それはわたしの書いたのが古臭い「多カメラ小説」だからだと思う。
いまの小説は「ワンカメラ小説」が多い。
主人公という一点のカメラから世界が描写される。
けれど、戦前とか戦後直後にはけっこう「多カメラ小説」があるのね。
Aはこう思った。そう書いて次に、しかしB子はこう思っていた。
坂口安吾がよくやっている。
くだらぬ小説を書きながら、どんどん坂口安吾文体になっている自分に気づいた。
坂口安吾はアルコール依存症で睡眠薬中毒の無頼派作家。
最初は山田太一の文体だったのだが、いきなり登場人物が動きはじめ、
こいつらの生命っていいな、とそれまで書いた山田太一文体40枚を断腸の思いで削除。
あれは死ぬかと思ったが、結果的にはそれで自分としてはうまくいったと思う。
登場人物が作者に話しかけてくるのよ。おまえの構想なんかぶっ壊してやると、
出版されるかもわからない、されてもだれにも読まれないだろう、
ある売れない仏教小説の作者の感じたこと。
次作は「お茶目なお釈迦さま」もいいかな。釈迦って絶対に人間のクズだろう、
若いころから贅沢三昧のボンボンで美食、美少女なんでも味わった。
で、そういうのも味気ない、退屈だと感じて、妻子や公務(仕事)を捨て家出。
たった6年の修業で、悟ったとか笑わせんなよ。
釈迦の教えとされる「中道」って快楽も飽きるし、苦行は辛すぎるという意味だろう。
おまえ、どれだけいいかげんなんだよ。
処女作でこれを書こうかと思ったこともあるが、
さすがにスポンサー様が怒るだろうという常識はある。二作目だったらいいかな。
おれ、釈迦は絶対、人間のクズだと思っているから。
そのクズのクズぶりがあまりにも極道だったので、
みんな自分の心から仏の声とやらを聴いたのが仏教史。
お金やばいし、次はさらっとしたユーモア作品でいいのかもしれない。
スポンサー様を代表してその背後の世界にも感謝したいのは、
たしかに退屈かもしれないが、
僕は43歳の自死遺族の僕の本当に書きたい小説を書けたから。
こんな果報者はめったにいないよ。
大学3年生のとき、原一男先生のゼミの課題は「私の表現したいこと」。
僕はこれを未提出でずっとそのことを思い悩んでいた。
退屈だろうが土着的だろうが、僕は本当に表現したいことを小説に書いた。
原先生との20年にわたる約束を(向こうは覚えていないだろうが)果たした。
つまらないかもしれない。仏教理解が浅いのかもしれない。まず売れないだろう、
しかし、僕は僕の一作を仕上げた。
僕は生きた。センチメンタルかもしれないが、僕は僕を生きた。
一作だけ本当に書きたいものを書いたから(かなしくもご依頼者からは支持されず)、
次は一転して軽くして
「妙子さんが仏教の一段一段の階段を昇っていく」みたいのを書こうか。
いちおう釈迦仏教から密教まで、よくもまあ、というくらい勉強したから。
女子高生の妙子ちゃんが釈迦(道徳)から大乗仏教(創価学会)を経て、
ラストはもちろん密教(初体験セックス)。
スマホとかラインは年下の友人に聞けば1日でわかるだろう。
いいなあ。未来部の妙子さんが仏教を学びながら、最後はロストバージン。
若者言葉がんがんで10年後読んだら、
だれも意味がわからない土着性の低い仏教小説。
女子高生を書きたいんだよね。太宰治の女子告白文体小説は大好きだから。
そのためには女子高生と知り合いにならないといけないから(取材!)、まずはスマホか。
次作は「念仏 vs 題目 令和大戦争」を書こうかな。
うまくやれば今月中に書ける。
わたし、浄土宗系も日蓮系もダブルで勉強しているから。
Aは南無妙法蓮華経と唱えた。
雨が降り始めた。
Aの仲間は「大勝利」と騒いだ。
Bは南無阿弥陀仏と唱えた。なにも起こらなかった。
Bの仲間はこれが親鸞さまの言う他力の証明だと歓喜した。
Aが突然、心臓発作で死んだ。
仏罰ではないかとAの仲間は恐れた。
Bの仲間は南無阿弥陀仏を唱えた。
Aは浄土にいまいるとBの仲間は言う。Aは救われた。
Aの家族はBグループに入った。
AグループはAの家族への嫌がらせを開始。
Aの家族は交通事故に遭い仏罰が当たったと大笑いされた。
この筋なら1週間で書ける。
あんがい、こういうものをご依頼者や読者は求めているのかもしれない。
まあ、数少ない友人には絶対に読まれないような対策を打つが。
口約束だと今月また次作のご入金をいただける。
今回で小説の書き方はわかったから、いくらでもいいかげんに書けますよ。
主人公Aは坊さん。若僧さん。ライバルのBの坊さんを出す。
で、AとBには幼馴染の少女Cがいて、どっちの坊さんが出世できるかを見守っている。
会話を増やすと楽。「……」とか連発すれば行数は稼げる。
ABCの葛藤を会話で表現する。短い会話ほど行数を稼げる。
師匠Dをときおり混ぜる。
最後に師匠Dの仏敵Eを登場させる。ABDが強敵Eと対決する。
葛藤(仏教対決/仏法勝負)のすえチームAはEに大勝利する。
しかし、師匠Dは死んでしまう。
主人公AとライバルBは仲直りする。ヒロイン少女CとAは結ばれる。
これはシナセン方式だが、これなら会話を増やせば1週間で書ける。
しかし、口約束では出版が決定している処女作だけは、
自分の作品と言えるものを本気で書きたかった。結果、ご満足をいただけなかった。
次はシナセン方式で書いちゃおうかな。そうしたらけっこう割のいい副業になる。
考えてみたら、だれも読まない小説に本気で1年費やして(150万近く自腹を切って)、
ご依頼者に酷評され傷つくなんて世間知らずのバカ。
次作は楽勝のゆる~いやつを書いてみてもいい。