あてお笑い芸人のパフォームを見ていちどもわろうたことはあらへんし、
猫舌やからラーメン屋なんて20年以上いっとらんさかい、
共通点が見えるねんが、あれの根っこは一緒やで、お笑い芸人、ラーメン屋、
なんかぎょうさん盛ってはるけんど、ちんとも意味はわからへんがな、
せやけどつよ押ししてくるさかい、なんか偉いと思っちゃうようなペテンで、
おんなとにんにく臭いラーメン屋でデートするおとこはサイテーと思うやねんが、
せやね、その気持はわからへんでもないがや。
猫舌のあてはカップ麺は扇風機で冷ましてから口に入れますねん。
お笑い芸人とラーメン屋の盛りの下品さはどっかしら似ていまへんか?
そうね、おれ的におれは天才で、
なぜなら創価学会の三色鉢巻をしながら
即興で信濃町をバンザイしながら歩いちゃう人だから。
深く精神を病んでいるんですよ。
みんなあがめてくれたという妄想記憶がございますですね。
あそこで気づいたというところがある。六本木のディスコ。
あそこで音楽がわかった。こしゃくなことを言うと、大勢の人の笑顔に打ち震えた。
ポンギでどれだけ多くのことを学んだか。鈴木メソード1年分くらい。
これ↓おれが好きな曲のパターン。リズムがおなじ。
そういうことを六本木で教えていただいた。黒人はガチで怖かった。

いまになって感謝しているのはむかし勤めていたところの5、6歳上の上司。
あいつもまためんどうくさいやつだったが、退職日にフィリピンパブをおごってくれた。
そこでコカ(仮称)が尾崎豊をへたくそな大声で歌うのよ。野良声絶唱。
わたしはカラオケとか、
そういうの大嫌いだから拒否したが、もう社員ではないからパワハラではない。
ものすごいあたまの悪い高校を出ていることを自慢のようにいつも言って、
おれのダチは社長ばかりだと鼻息が荒かったね、副工場長。
しかし、真剣だった。彼は立派だったといまでは思う。
最後に創価学会だと白状して、なら入れてくださいよとお願いしたら――。
「ただでは入れられない」
いくら要求するつもりだったのか。あの人はよかった。再会したくもないが恩人のひとり。

中国語をやっていない人はわからないと思うが、一起去(いーちいちい)。
意味は「一緒に行きましょう」。
10年以上まえ、偽満州国でジーンズをクリーニングしたかったとき、
ホテルの若い女性服務員に言われた。もうすぐ仕事は終わるから「一起去」。
大学で中国語を勉強してよかったと思ったことはこのときほどない。
「一起去」。愛嬌のある中国人女性は愛媛の農家で働いたことがあるという。
「一起去」は言い換えたら「同行二人」。
あのとき「一起去」と言ってもらいどれほど嬉しかったかは、
いまでも覚えていることでわかるだろう。
「一起去」、ただそれだけの言葉。そして大丈夫よという笑顔。
オヤジとかオフクロを使える人が理解できない。
といって、パパやママを使えるほどではない。
もう何年会っていないのか、父に対しては社長という呼称を使っていた。
社長、社長、言われると喜ぶ田舎者なのよ。
キャバレーの客引きみたいな、社長、社長!
社長の最後を知りたいというのが生きるエネルギーのひとつ。
社長、それだけやって、どんな死に方をするんですか?
本人は100歳まで生きるらしいから、好奇心は満たされない可能性も高い。
社長さん、社長さん、いま生きていますか? 電話で着信があると身震いする。
「おれルール」が激しい厳しい人で杖をつかず、しかし45度に構える人であった。
何度も杖をついたほうがいい、そのほうが安全だとお願いしたが、
いつも「おれは間違っちゃいない」の社長さんはおそらく今日も元気だろう。
もう何年も会っていないからわからないが、364日間働く父にはファミリーがいる。
まだやっているのか知らないが大衆食堂居酒屋ファミリー。
いつもファミリー(パート、社員)をたいせつにしてきた。
家族の誕生日命日は覚えていないが、ファミリーは別。
ファミリーは父を崇拝する絶賛者ばかり。
赤字ばかりだと聞き、おやめになったらと言ったら、答えはおれにはファミリーが。
僕や姉の生年月日および親族の名前はおろか、
命日さえ覚えていないのにファミリーは重要視。ファミリーがいちばん。

いつだったか、父に聞いた。
葬式にはどのファミリーを呼んだらいいのですか?
だれも来ないよとファミリーの親元はさみしく笑った。
おれは妻の命日も孫の生死も知らないがファミリーがいる。
そういう生き方もまた悪くないのではないか。
最後はドボン。あとは野となれ山となれ。知ったことか。おれにはファミリーいた。
あと90分経過すれば6月26日は終わる。
ポーンと何かが抜けるのは経験上真実。
いま姉が好きだったうずらたまごの揚げフライで酒を飲んでいるし、
今年もなんとか行くだろう。
今日が終われば明日から始まり。
とりあえず死なない。待つポーズ。それがいちばん大事かもしれない。
あたまんなかめちゃくちゃになりますさかい。
父と逢うのは厭だから従業員あつかいされるから。
これは色川武大も書いていたっけ。
むかしの父は「(早死にで父を亡くして)僕は父を知らないから」と謙虚だったが、
老齢のいまは傲慢きわまれりで
「おまえはうちの従業員より使えない」と平気で言ってくる。
男の価値基準は「使えるか/使えないか」でいつもイライラとピリピリとしている。
愛誦句は「おれは間違っちゃいない」――。
もうどのくらい逢っていないのだろう。いつも言うのは、そう。
「おれは間違っちゃいない」――。
みんなを犠牲にして自分だけ勝利のようなものを得た。
父は母の葬式にも来なかったし、孫の名前も覚える気がないと言い張る。
今日が母の命日だということも覚えていないだろう。
「おれは間違っちゃいない」――。
10年近くまえ、創価学会員に囲まれたことがある。あいつら、基本、仲間で囲む。
ちゃんと紅一点、麗一点のキャバ嬢を入れておくのも忘れない。
そして、いじめる、無視する。ハブル。
なんとかっていうライブドア長者がその場の最高指導者だった。
彼が無視しろとサインを出したら7、8人みんな僕を無視。それが創価学会。
「いつかmmさんに逢わせてやる」という文言に喜ばなかったのが理由かもしれない。
mmさんはうまいライターだとは思うが、ことさら尊敬の対象ではない。
mmさんとつながりのあるライブドア長者はお怒りをもよおしたようだ。
ライブドアの彼がもてなくて、
キャバ嬢にお願いして最恵国待遇で結婚してもらったというのは、
後日キャバ嬢から聞いた話。
池袋でつけ麺をおごってくれるというからホイホイついていったら自己主張の嵐。

1、2時間、自分の話ばかり。
その過程でうかがったのがライブドア長者の妻はしょせんキャバ嬢上がり。
自分もキャバ嬢なのにね。
ともあれ、きれいな人でした。
ライブドア長者には、あなたは語感(リズム)がいいとほめられたことが財産のひとつ。
死んでも墓は必要ない。逆接的にいえば、どの墓に入れられてもいい。
読経する僧侶とか自分が読んでいるお経の意味をわかっているのか?
孤独自由人だから葬儀不要。孤独自由人ゆえ参式者いりません(いません)。
余り者でした。遺言は母のバカヤローってくらい。それも死んじゃえば終わり。終わり。
いま死んだら姉夫婦にめいわくがかかるな。だから、だから、だから――。
むかしは一度でもいいから母と再会したいと願っていたがいまは微妙。
「どうして僕の目のまえで自殺したのか」と聞いても、
「あたしは間違っちゃいない」「あれは正義よ」「批判されるいわれはない」
と10倍くらいの語調で返されると思われるくらい。
「あのくらいなんなのよ」「男なら我慢してそれをバネにして出世なさい」
要は「あなたは間違っていて、あたしは正しい」――。めんどくせっ。
母に再会して「どうして僕の目のまえで」と聞いたら、
おそらく「そのときそうしたかったから」という回答が悪びれずに返ってくるはずである。
母はつねづね言っていた。あたしは間違っていない。
知らない人は精神病に甘い認識を持っていると思う。
たとえ精神科医でも3分診療では精神病の真実をわからない。
わたしが10歳のとき、母は精神病を発症したが、そこから先、
10年以上、目のまえで飛び降り自殺するまで地獄。
まず母から逃げたのは仕事人間の父で別居。
え? そんなことをしたら精神病の母が独裁者になるのよ。
しかも、父は母と会ってトラブルを顕在化させないために、
僕を仲介役に利用する作戦に出た。
それをされたら精神病の母は僕を父側のスパイと思うでしょう。
母は精神病だから病識(自覚)がない。自分を「ちょっとしたうつ病」程度の認識。
それで精神病患者が年下の医師に好きなように薬を出させて好き勝手に横暴を振るう。
たまらなかったね。つらかったね。
仕上げは息子の目のまえで飛び降り自殺。
前日もさんざんひどいことをしておいて。
誤字大量の悪口日記なんて大学ノート10冊とかそのレベルよ。
姑の悪口から始まり、夫の悪口、夫の親戚の悪口、そして息子への悪口で終わっている。
終始、反省が見られない。悪いのはすべて周囲。
最後はいちばん嫌いな僕の目のまえで自殺したのだろう。
みんな母から逃げて行ったし、最後まで母とつきあったのは僕だったから。

母の葬儀に呼んだ母いわくの旧友からは、
会って母の若いころの話を聞きたいとお願いしたらひどいことを言われた。
「あなたのお母さん、覚えていない? あなたの10歳ころからひどいことをされた」
あの母の息子なんて生涯会いたくないと言われた。
その旧友は父とは会ったようで、いつも父はその話を大笑いでする。
「むかしから若いころからカズちゃんは精神病だったんだ」
おれは間違っていない、おれは正義。
母もよく言っていた、自分は正義よ、それはイエスさまがご存じ。
キリスト教のイエスさまは、
母に息子の目のまえで飛び降り自殺しろとご命令なされたのだろうか。
父はいまでもいう、おれは間違っていない。正義。
精神用の母がよく口にしていたのも正義。わたしは間違わない。
姉も最近、そんな感じになってきたなあ。
わたしが父の目のまえで飛び降り自殺をしても、
父は毛ほどの精神的ショックを受けないだろう。
あいつはああいうやつだったで、終わり。
保険金がないのを目ざとく調べがっかりするくらい。
人生なんて、そんなもの。底を知ろう。そんなもんだ、そんなもんだ。底を知れ。
母は早稲田大学の文学部に入って作家になりたかったという。
貧乏だった母は小石川高校夜間部に在籍していた時期もあった。
そのせいで精神病のためもあり小石川高校とトラブルを起こされ在学中の僕は迷惑した。
僕は母の作品で、その愚作が完成したころ、こいつ壊しちゃえと目のまえで飛び降り自殺。
血まみれの死体処理。
つくったものを最後に壊す醍醐味を母は味わったことだろう。
ただ母のねらいどおりには行かなかったのは19年後も僕はこうして生きている。
直撃弾、6月26日。
大量に遺されれた母の日記をまとめたのは僕で、父の悪口が7割、
僕の悪口は2割5分、姉の悪口はわずか5分であった。
これには理由があって、別居している両親の交渉を僕が父から命令された。
具体的には金の受け渡し。僕はそこから一銭も引いていない。
なぜ姉ではなく僕だったかというと姉は父のことを嫌っていたから。
双方ともに離婚すると騒いでいた時期があったが、おろおろしたのは僕。
だれにも相談できなかった。
最後の母は僕を父の手先とみなしたようで日記にはだいぶひどいことを書かれている。
あいつはサタンだ。あいつに殺される。あいつは土屋家の九州弁を使う。
父はいまでもそうだが仕事人間で、僕の愚痴に耳を貸す時間もないという体だった。
姉は家族のことには関係しないというスタンス。

2000年6月26日。母は(姉ではなく/父側と精神病頭脳で判断した)
僕の目のまえで投身自殺。
おそらくこいつの人生を崩してやれ、
人生の芯をつぶしてやれという妄念のとりこになっていたのではないか?
僕が下にいることをわざわざたしかめてから飛び降り死の瞬間を見せた。
死体処理もろもろをさせた。母は勝った。母から逃げた父も勝った。姉もそう。
精神病の母のねらったように僕の人生は壊れた。母は強し、である。
精神病直撃爆撃弾に僕はやられた。
負けた。ずっと死にひんしている。母は強し。母は勝った。
19年まえの明日午前4時20分、
わが母は非定形精神病による投身自殺で息子のまえで即死。
おふくろという字はわが語彙にはないが、母の揚げ出し豆腐が好きだったので購入済み。
父が好きだったビール(もどき)とまぐろも常冷。
姉が好きな鳥皮も今宵のために用意。
エミーが好きだった七味だって、
純子先生がお好きな唐揚げ(ただし冷凍)もいくらでもあるぜ。
今晩だけはエアコンを激しくどこまでも効かせて室温は北極。
さあ飲むぞ、それでも飲むぞ。しかし、他人に迷惑をかけたりはしない。
でも、今日だけは、今日だけは、今日だけは、フィーバー♪
数年まえアルバイトしていたところでは、始業1時間まえ出社が常識だと言われた。
あなたは常識を知りませんよ。
実際してみたら始業2時間まえ勤務開始の60歳オーバーのバイトリーダーから
あまりはやく来るなと言われた。
おれなんか、ここの早勤めが評価の価値なんだから、おまえに早く来られる困る。
おれがこここの職場を失ったらどこが雇ってくれるんだ?
副工場長は「早く来い」といいバイトリーダー60歳オーバーは「時間通りで」。
結局、おまえは仕事をする気がないと厳しい叱責を受け、
二階のエアコンの効いたところで
「退職届」の書き順を密室で工場長に教わりながら辞めた。
失業保険もまるでない投げだし。他人のことなんか知ったことじゃねえ。
「一身上の都合でと書きなさい」と一流企業の役員の一流の人間のご指導に従った。
偉い人たちは偉いから、なにをしてもよろしい。
父違いの兄を自殺で亡くしている作家の中上健次は、
命日前後は朝から酒を飲み妻を殴り家を壊し荒れたというが、
かの文豪と自分を比べるわけでは断じてないが、わたしもいまきつい状態にある。
日曜日に旧友にあれから19年間の土屋家の物語を30分かけて聞いていただいた。
おなじみのところもあり退屈を感じた箇所もあったはずである。
これを精神科の春日武彦氏にぶちまけたいとわたしは言った。
直後に気づいたのだが、あの人は「所詮は他人事」「ふーん」で話を聞く人だから、
それはもう「どうしようもない」「待つしかない」という正解を語るのみだろう。
19年まえ自殺したとき、母が放り投げ棄てたものがいまもまだ重荷になっている。
自殺の善悪はわからぬが、息子の目のまえでこれ見よがしに投身自殺なんてするなよ。
夫と子どもの悪口を書き散らした日記くらい捨てておけ。美談にもならねえ。
自殺前日にあったこととか書いても信じてもらえないだろう。
それにまつわる墓トラブルも。

父は自分と妻(母)は愛し合っていたという物語を信じてやまない。
それは違うと日記を見せようとしても読まない。
わたしは過去世も未来世も信じているので救済はそこにしかない。
いまこのように苦しんでいるのは過去世の報いだ。
現世を終われば見来世ではかならずやいまよりはましな境遇に生まれ落ちるだろう。
身がぶるぶるするほど苦しいが、この年齢になるとわかってもらいたいとかない。
明日が母の命日である。
なぜ6月26日に母が身を投げたのかは先日19年ぶりにわかった。
母が思慕する裕福な叔母(独身)の公式葬儀が開かれた日であった。
父方の親戚の死にざま、母方の親戚の信仰葬儀生きざまの結果が19年まえのあれだ。
どうしようもないし、希望はもしあるとしたら「待つ」ことしかないと思う。
今回の配役のお役御免はいつなのかもわからない。
スマホがないから平然と交番や駅で道を聞く。
向うはプロなんだからと信頼できると思いきや、
これは交番にかぎりの話だが地図を見ないとわからない人もけっこういた。
鉄道員はほぼ完ぺきだが、奈良でいちど嘘を教えられ相手にご迷惑をおかけした。
いまでも悔しいが、わたしの計算なら約束時間に余裕をもって行けた。
道を聞かれることはいまもって多く、
変質者オーラが出ていない証明なので、単純に嬉しい。
ちょっとした人とのかかわりが好きだ。
むかし乞食僧の(自由律俳人)山頭火がお坊さんコスプレをして立っていたら、
まじめな修行者から「どこへ行けばいいでしょう?」と聞かれたという。
「まっすぐ自分の道をおすすみなさい」と答えたようで、
こういう聖人気取りの自意識ポーズを好んだのか、
山頭火は日記にこのエピソードを得意げにしたためている。
こういう俗悪さをたとえば精神科医の春日武彦医師は嫌い、わたしはむしろ好む。
スマホ嫌いという点では春日先生とわたしは軍事協定を締結している。
スマホで調べたら最短経路、最安値、最適解が直後に現われるんでしょう?
お店のランキングもすべて数値化されてでてくるので、高いほうを選択すればいい。
それってスマホを使って動いているんじゃなくて、スマホに動かされているだけでは?
百円くらい高いのもときにはいいし、十分くらい待つ時間があっても悪くない。
人間はみなみな死に向かっているわけだが、
そんなにそこへ最短経路、最安値で行きたいの?
最短経路、最安値、最適解は偶然やたまたまを徹底的に排除しようとうする。
それをやると偶然の出逢いのチャンスが減るのではないか?
むろん、そのほうが確実性が高まり、リスク性が下がりよいという意見もあるだろう。
想い出というものを考えたらどうだろう?
最短経路、最安値で予想通りそのまま行ったら想い出には残らない。
雨が土砂降りだったり、いらいらしながら人を待ったり、
そこにへんなユニクロ1万円スーツのおじさんが登場して、
いきなり大仰に土下座したら記憶に残るのではないか。想い出にならないか。
そこで土砂降りなのに傘でそのまま帰れとお母さんは怒気をふくませて言い、
お父さんがうちの車で送って行ってあげましょうよと言ったら、
三者の細かな人間関係も肌感覚で勉強するだろう。
数字で生きるのもいいけれど、数字にはならない味もある。
あと何度見られるかわからないが豊かな子に成長してほしい。
自分のルートをスマホやパソコンで立てる人がいます。
それは正しい。自分は正しい。
相手にも自分のルートやプランを要求します。
なぜならそれが正しい。たしかに時間効率的、費用効果的に正しい。
僕には僕の臨機応変なルートがありますが、それは認められない。
正しいことはひとつ。自分。
パフォーマンスとしてユニクロ1万スーツを着て、公式な場所で土下座したら、
相手もこの展開は予想できなかったみたいで勝利。

僕、お墓のまえになんか立てませんでしたよ。ひたすら合理正義の方が怖くて。
まあ、あの墓は嫌いだから、よろしよろし。
いろいろなことがあってつらい立場にある姪に一生懸命に目で話しかけた。
つらいだろうが、意味もわからないだろうが、生きろ。生きて。うまくやれよ。輝け4歳の命。
こちらが真剣な目をしたせいか、相手の表情も変わった気がした。
つらいこともかなしいこともわかる。わからなくもない。
そういうことはある。しかし、生きろ、生きてください。お願いします。
こういう母の墓参りができるのは生きる冥利。ありがとうございます。
今年いちばん厭なことがいきなり前夜の唐突なメールで終わりました。
これは意味がわからなくていろんな人に見解をうかがっていますが、
わからないのは貧乏野良どうしでの結婚。
ホストまがいとリストカット女の貧乏野良恋愛。
あれはやっちゃいけないでしょう? 世の中には遺伝子って存在するんですよ。
野良の子どもが貧しい野良になるのは目に見えていて、
野良は平気で子どもを捨てて離婚する。
野良の遺伝子だと大卒まで行くのも難しいが、そこから先は奨学金地獄。
いや、おれさ、そういう野良男女に会ったことがないので話を聞いてみたいんですよ。
野良の虚勢、見栄、どこか純情な恋愛観。
中絶は悪のように言われていますが、
野良は不幸再生産と同時に中絶間引きも選択肢に加えていただきたいでございますね。
子連れ自転車スマホ無灯火の野良若妻、怖いです。
コメント欄にいちいち答えるのがめんどうで、できたらメール(匿名可)、
どうしても緊急に知りたいことがあったら電話番号まで公開しているので携帯にお願い。
精神科医で作家の春日武彦氏が
産婦人科(ギネ科)から精神科(プシ科)に移ったのは、
氏のご本によると野良結婚がいやだったからみたいですよ。
貧しい学のない若い男女が、「恋愛」とかなんとかに騙されて、
野良犬や野良猫のように子どもをつくる。それを見ているのがたまらなくいやだった。
あと確率統計的にかならず発生する障害児の誕生をふた親に伝えるのがいやだった。
外科医は患者の話を聞かないが、まだ自分は彼らに比べたら人の話を聞ける。
精神科ならいくらでもいままでの遅れを取り戻せる。
だから、精神科。精神科だって当直があってきつかったという。
常識的に考えて夜中自殺未遂をした人と面談をするなんて激務。
結論は春日武彦さんにとって精神科医と作家は天職のようなもの。
まあ、産婦人科が精神科以上につらそうなのもわからなくはありません。
酒鬼薔薇の事件とか秋葉原の加藤大魔王のあれ、
精神科医の春日武彦的に見たら、「あれはレアケース」。
交通事故も凶悪犯罪も起こるが、あれは確率統計上のレアケース。
どんなに運転指導を毎日受けても交通事故は確率統計上、絶対的に発生する。
いくら毎日、教育の道徳訓を(教育勅語)大声で読ませても、
起こるものは確率的統計的にレアではあるものの必然的に統計的絶対で発生する。
人間は、そんなもの。
いくら精神科医が熱心な医療をサービス残業をしながらしても、
自殺者は確率統計的にかならずかならずや一定割合、発生する。
問題はだれに当たるか、それは運だ。持って生まれたものだ。
あらゆることがめんどうくさいとも言えます。
なにもかもがめんどうくさい。いっそのこと消えてなくなりたい。
しかし、下卑た下品な下心だらけの好奇心もございまして、
もう少しこの世を見るのも悪くない。
めんどうくさがりやにして好奇心旺盛という絶対矛盾人格。
あれ? 世界ってこうだったの? という発見ほどおもしろいものはないが、
親戚づきあい、友人づきあい、ましてや恋愛関係なんてめんどうですよ。
夫婦関係とかストリンドベリの「地獄」です。
しかし、どうせどのみち死ぬのなら知りたい、知っておきたいという好奇心も強いです。
めんどうくさい好奇心がめんどうくさい。
ハリネズミのように一語からいろいろ学習(妄想)します。
痛いのはいやだけれども、
この痛さはどういうものかと分類するめんどうくさい好奇心はどうしようもない。
めんどうくさい男。
むかしは、うちもそうだが、どこもそうだろうが、親戚にへんなおじさんがいた。
それがいいのよ。
そいつを話のネタにして家族で盛り上がれるし、一体感を高められる。
へんなおじさんを演じているのではなく、ナチュラルなへんなおじさんは最強。
いきなり40分遅刻してユニクロスーツで公的な場で土下座するおじさんとか。
そういうのって、少年や少女のこころに残って、
あるとき窮屈な未来を生きるであろう男女を救うということも
まったくないわけではないのではないか。
これまずいよっていうシーンが意外と人の記憶に残るのではないか。
この子には幸せになってほしいと思うのが血縁である。
詳細を書くと相手に迷惑をかけちゃうのでこれはフォクションだが、
むかし早稲田の本部キャンパスの超偏差値が高い学部に首席クラスで、
奨学金入学した同世代の人と知り合いになったことがある。
最初、医薬品会社で働き、裏話をいろいろ聞いたが、それは公開できない。
いまの会社でもいちばん早く本部長に出世したらしく職業人としても優秀で、
こんなわたしともフランクに会話できるくらいだから、いわゆる「いい男」だろう。
年収は1千5百万~2千万は取っていると会話から予想した。
いま考えると不思議なのは、
そんなエリート男性とまったく気後れせず並列会話をしていた自分。
お得意の「へえ」「へえ」「はい」「うん」「そうなんですか」
といった相槌を駆使して彼の話を楽しんだ。
本当だったら格(身分)が天地ほどにも違うのである。
わたしはもしかしたら根源的なプライドのようなものがある無頼なのかもしれない。
19年まえ地獄を見たぞ、この世の裏の裏の裏を見たぜ、
というおかしな自信があるのかもしれない。いつ死んでもいい。見切ったね、ふんという。
むかしヤクザからコメントをいただいたときも、迷わずその事務所に電話をかけた。
悪い人ではなかった(少なくともわたしよりは)。
早稲田卒のエリート本部長は勤めていた一流会社を辞めたようで、
その旨を伝えるメールが去年だったか来た。
「ここは遊んじゃいましょうよ」
とふざけた返信を妻子持ちの彼にしたら、それ以後連絡はない。
大麻で捕まった元有名アイドルが土下座をして、
その土下座がきれいだって評判になったじゃない。
あれの真似をしようと思って、
さっきユニクロの1万円スーツを着て土下座をしてきた。
あれってあたまを上げるタイミングが難しいことに気づく。
「あたまを上げて」ってすぐ言われるだろうと思ったら、言わない言わない言われない(笑)。
3秒でちらっと上を見て、5秒であたまを上げてしまった。
むかし女の子に土下座したこともある。
そのときは、そんなことしないでいいからってすぐ言われたけれど、ケースバイケースか。
わかったのは、自分は平気で土下座を何度もできるプライドが低い男だということ。
精神科医の春日武彦さんからご本をもらったら絶対に悪口は書かないもの。
それでも春日医師はまだまだご不満があるようで、プライドが高すぎますよ先生!
そういう人、嫌いではない。
ある人と電話して清沢満之なんていう懐かしい名前が。
平成生まれが清沢満之を知っているか?
清沢満之は「歎異抄」の人でなにを仕掛けてくるのか大谷家(精神病的妄想)。
「歎異抄はなにか」ってうちのブログの3196のエントリーをお読みくださいとしか。
相対比列と絶対無知信仰――帰命は違う。
ただそれだけのことを伝えられなかった。
宗教でもはじめてぼろもうけしたいのに、くそったれ!

(リンク3196)
「歎異抄」(唯円)
おおむかしの嘘か本当かもわからぬ話。
近所の病院に「慶應大卒医師特別出向」みたいなポスターが貼られた。
どんなイケメン医師かよと思って見たら、
白髪の冴えない小太りの説教くさそうな老人。
奇跡の新鋭、浮間舟渡に登場みたいな手書きのポスターで、現実はこれ?
リュウマチとか、そっち系の先生だった気がする、奇跡の医師は。
板橋区の浮間舟渡って慶應卒くらいで(それはそれですごいが)、
手書きの居酒屋にありがちなポスターを貼られて、それが「売り」になるんだ。
べつに医者なんてどこの大学卒でも変わらないのにね。
そういうのがわからないのが板橋区の、さらに辺境の浮間舟渡。
「慶應大卒医学博士堂々参上」とか田舎きちがいの世界。
もっと民度を上げましょうよ。
どっちも通ったが、慶應病院はさすがである。医療サービスが充実している。
帝京病院はどこまでもおかしく、たらいまわしにしてくるし、責任の所在がわからない。
やたら待たされるし、いちばんいやだったのは若い医者がふんぞり返っていたところ。
いくら医学部といっても、たかが帝京だろう。なんでそんなに偉そうなんですか。
慶應病院のお医者はお育ちがいいのか、みんな謙虚で鼻息が荒くない。
偏差値が異常に高いためか、結局は「わからない」ことをよくご存じ。
帝京はひどくてさ、
「これは手術だ」「手術は必要ない」「手術かどうかを決める権限は自分にある」――。
それぞれ医者のいうことも別々だし、医者ではないなんとか師のいうことも異なる。
近所だからという理由だけで行ったけれど、帝京病院はカオス。
ただしナースは異なる(看護婦さん大好き)。
顔面神経麻痺のときの帝京のきちがいぶりは、
医療への根本不安を確信させるに十分であった。
いまではいい経験だったと感謝していますが、二度と行かないと思いますですね。
若い医者(眼科、耳鼻科)が偉そうでふんぞり返っているので、ここはダメだと思った。
帝京はしょせん板橋区。そして、こちら板橋区民。お似合いとも。
これから書くことは嘘だし、たとえ本当でも時効。嘘しか書かない人だから。
むかしプライベートでガチの開業医先生とお話する機会があってうかがった話だが、
診療科の傾向として医療用大麻は入手しやすい立場にあった。
ためしにのんでみたっておっしゃるのね。効かなかった。かえって気持が悪くなった。
独身の年長のお医者で、病院内で各種フルーツをご馳走していただいた。
年上の女友達にこの話をしたら、うまく取り入りなさいって。
絶対、お金持よって。養子になっちゃえって。リアルだなあと思いました。女はリアル。
大麻が効かない人がいる。
セックスが嫌いな人もいる。
酒が飲めない人いる。
麻雀のルールさえ覚えられない早稲田卒の男もいる。
競馬新聞を読めない男もいる。
つくづくわかりませんでございますですね。
むかしちょっとだけ悪くて刑務所にも入ったことがある人と今年花見をしたとき聞いた話。
やっぱりそうかの話。
大麻とか覚醒剤、違法ドラッグは効く人は効くけれども、ダメな人もいるって。
自分はダメでどのクスリも効果がなかったと。
直観的に、この人、本当にやったんだなとわかった。
わたしもたぶん覚醒剤系はほどんど効かないと思う。
数年まえ慶應大学病院で内視鏡検査(胃カメラ)をしていただいたのだが、
わたしは人の感じる痛みを2培、3倍増しで感じるほうなので1週間前から激ブル。
当日、やさしくてかわいいナースさんがこれを飲んでくださいね。
おいしかったなあ。
胃カメラ直前もビビリのわたしはプルプル小刻みに震えているわけ。
「男のくせに」はいちばん嫌いな言葉。
そうしたらナースさんが大丈夫よ、って肩ポンしてくれた。
で、実際、大丈夫。無痛。さすがは慶應よ。
やばかったのは、あれは飲まされたのは医療用大麻ではないか。
検査後の話。人生であんなハッピーな状態になったことはない。
あれが医療用大麻だとしたら、(覚醒剤はわからないが)大麻は効く体質。
ただしもう二度と胃カメラなんか飲みたくない。あの異物感は異常。
だから大麻のごほうびなのかしら。
10年以上まえの話だが、もう人生どうでもいいや、
最後に好きなように遊んでやれって東南アジアを無期限で旅をしようと思った。
ここで困ったのがお腹。いろいろな検査をしていただいたが、いまもって原因不明。
お腹がゆるい。長距離バスの移動中に便意をもよおしたら終わりでしょう。
そこでネットで調べたら、最強薬はロペミンとのこと。
当時血圧が高くて近所のいいかげんな太った医師のもとに降圧剤をもらいに行っていた。
軽い気分で「ロペミンください」とお願いしたら、
腕組をして、それは自分の主義として絶対に出せない。
こちらがかなり低姿勢にお願いしても、太った医師は「ロペミンだけは出せない」。
ロペミンはタイ語でイモジンという薬で、そこらのドラッグストアでだれでも買える。
けっ、この医師は使えねえなと思って、現地でイモジンを買う作戦に出た。
カンボジアにもベトナムにもイモジンはあった。

ベトナムはいろいろあって、これはどう考えたらいいのか、
ベトナム薬局のおばさんは、
インドでつくられたというイモジンのジェネリックを安いからとすすめてくる。
やはりイモジンがいいとお願いしたら、他の薬局より高い高いエクスペンシブ。
3培とかそのレベル。怒って別の薬局に行ったら適正価格で買えた。
それでもボラれていたかもしれないけれど。
いまはロペミンを処方してくださる医師がいらして、
ある医師はいくらでも出しますよとおっしゃったので逆に怖くなったが、
どこまで心身が弱っているのかロペミンもあまり効かない。
で、別の薬を出してもらったが、いまはネットですべてわかるじゃないですか。
通常の半分料の処方だったので、
この医師とはまだラポール(信頼関係)が出来ていないのかと。
正規の量で試しても効かない。ロペミンのほうがまだまし。
で、戻してくださいとお願いしたら笑顔でオッケー。いい医者です。
自己診断だと、自律神経あたりではないかと思っている。
対人恐怖症のわたしが人に会っているとほぼ便秘に近い状態になるから。

医者もそれぞれ、患者もそれぞれ、なにが功を奏するかはわからない。
奇妙な自己主張をする医者にだけは当たりたくないが、出たとこ勝負の世界。
精神科の春日武彦さんも書いていたが、
医者って薬品の銘柄指定を患者からされるとムカッと来るらしいね。
めんどくせえ偉人たちだ。医者は偉いよ。
医者ってそれは善意なのはわかるが、責任逃れとも思われることをする。
わたしも頭痛外来とか行かされたことがあるけれど、裸にされて変な服を着せられて、
おざなりな問診だけで、大学病院っていやだなあと思った。
お医者の本を読むのは好きだが、
読めば読むほどわかるのは医者自身も病気がよくわからない。
だから専門医に飛ばそうとするが、専門医もじつのところ病気がよくわからない。
精神科の春日武彦医師が病気は運だと書いているが、おそらくこれが真実だろう。
高齢者は医者にまかせておけば大丈夫という時代遅れの信仰をお持ちなのが羨ましい。
じつはあいつらも病気の原因とか予後とかかなり後鉄砲なんだぜ。
まえに顔面神経麻痺を罹患したとき、
帝京大学病院のあらゆる科に飛ばされたが、だれも答えはわからなかった。
特別枠で早朝にご診察いただいたその筋の権威は、残念ですがダメでしょうって。
いちばん偉そうだったのは、眼科の若い男性医師だが、
最後に聞いた話だと、医学的に異常はありませんが、
適当に目薬を出しときましたって、それを言うのかと最後に眼科医に好感を持った。
脳神経外科、眼科、耳鼻科、リハビリ科、すべて何度も行ったが医者のいうことは別々。
結局、いちばん最初にかかった年長の脳神経外科の医師に長くお世話になった。
治っているつもりだが、脳神経内科の医者にかかったら一発でばれたから専門職は怖い。
やはり医者はすごい。
いまでも左目は見えにくいし、ときに顔面の異常は感じるが、
帝京大学病院の医学的にはどうしようもないらしい。
相性がすべてだよね。言い方を変えれば運。だから、運、運、運。
母の自殺直後、5、6、7年定期的な偏頭痛に参っていた。
これは仏罰だろうとあきらめていた。
あるとき医者が有名な痛み止めロキソニンを1日3回1ヶ月分処方してくれた。
いまはこの処方をできる医者は少ないのではないか?
別の病院の院長先生だったから、ある種の無理がきいたのだろう。
ロキソニン服用。頭痛とまる。え? こんなに簡単なの?
わたしの頭痛は1ヶ月半くらいでとまる周期的なもの。
以降、あたまが痛くなったらロキソニン。
いつしか頭痛自体が起こらなくなってしまった。最良の医療ケースだろう。
医者にいくら頭痛の苦しみを話しても、痛みはとれない。
これは内科医の話だが、整形外科医はロキソニンさえ出してくれない人が多い。
レントゲンを撮って、これくらいなら痛み止めはいらない。我慢しろ。ってなにさまかよ。
いま近所にかかれる整形外科はない。みんな痛み止めを出さない。
あんたらの仕事ってなによ?
精神病、神経症、人格障害、依存症、痴呆症――
この違いがわからぬなら精神科の春日武彦医師を批判するなよ。
先生のご本を正座して読め。
まず覚えておいてほしいのは精神病と神経症は別物。
精神病は統合失調症と双極性障害で、現実の話をいたしますと治りませんよ。
むかしノイローゼと言われた神経症とはまったく異なる脳機能障害、現代のらい病。
人格障害の意味は、精神病でも神経症でもないけれど、
変なやつ、迷惑きわまりない。中間(境界/ボーダー)の迷惑な人。
むかしは境界例やボーダーと言われたが、要は困ったピーポー。
若いうちになりやすく(太宰治が典型)
加齢とともにおさまるケースが多いが、それまでが面倒。
女子のボーダーは美人が多く性的に奔放で、カモにする男もいるでしょう。
神経症は、吃音も神経症だが、まあ治らない。
精神安定剤くらいしか効果はないが、
いまはそれさえ出さず根性論に帰結するバカ医者もいる。
精神病と神経症の相違は、前者は病識がないが、後者は病識でいっぱい。
依存症はどうしようもなく、病識を持っていただいて、
なるべく破綻なく人生を終わらせていただく以外しかできない。
医者でもそこまで面倒は見(ら)れない。
痴呆症はもうどうしようもなく、夜中の道路でトラックに轢かれてもらうのを待つのみ。
わからないが、春日先生、精神科系ってかなしくも、こんなものではありませんか?
日韓問題とか正直、どうでもいいんだよねえ。
それでおれの税金が下がるのって話。関係ない、メイウェンティー。
そばに寄るな、シッシって感じ。おれにゃあ関係ない。
そんなものはお気楽な富裕層の道楽。
韓国がどうなったって、おれの環境は目下のところ変わらない。
朝鮮漬けはともかく朝鮮焼肉とか、アウト。
韓国は自殺率が高いそうだけれど、文化が悪いのではないか?
韓国焼酎を飲んでゴーとか男も女もゴーゴー地獄。
実際、韓国に行ってみると、あそこのビールは小便くさい。
マッコリとか安すぎて日本はボリすぎだとわかるが、そこは日韓併合。
春日武彦さんが大好きな岩井志麻子さんの話をしました。
女史は夫が若いあちらの美形。
去年、春日武彦医師に診察を求めたことがあったが、
直後に理路整然としたお断りのメールをいただき、
たしかに医師の言う通りなので納得いたしました。あのスピードは怖かった。
いまの春日さんはガラケーどころかスマホまでお持ちなのかもしれない。
信頼している精神科医の春日氏にぜんぶほうりだしたくなったのでございます。
健康面、経済面、過去の経歴、ぜんぶ投げだしてやれ。
春日武彦さんは薬を出したがらない人だから、通院する意思はなし。
1回で簡潔にぜんぶぶちまけたい。
精神科系のクリニックなんてはいて捨てるほどあるから薬はそこでごゆるりと。
精神的な問題がもろもろあるのはわかっているがこの年齢。
治るとかそういう希望はない。治ってどうすんの? という絶望も穏やかな諦観もある。
春日武彦さんの病院に直接電話をかけて受診したいって言ったんだよなあ。
ナースは精神科だからかもしれないかどもりどもりの僕にとても親切でした。
そして春日武彦医師も――。
まあ、医師に健康指導とかされるのはいやだし、精神指導とか宗教かよ。
めんどうくさい患者をうまく回避した春日武彦さんは名医。
むかし文芸珍評論家の小谷野敦さんが、
いまは「看護婦」はダメでも「ナース」はいいのかという遅い発見をしていた。
僕だって遅く「ナース」という表現を教わったのは春日武彦先生の本ですから。
僕はお医者とは少々のトラブルがなかったとは言えないが、ナースとは皆無絶無。
ナースは接客業のプロだから法律で年収1千万にしましょう。
精神科の春日武彦医師の奥さまは、
お母さま(姑/しゅうとめ)が嫌っていたナース。
医者に怒られるよりもナースに叱責されるほうが怖いが、いまだ未体験。ナース。
なんとなく生きていたらいいんじゃないかなあ。
精神科医で作家の春日武彦さんも、なんとなく生きている。
裕福なお医者の家に生まれて貧乏も苦労も知らず、せめてもの遅い反抗期、
医業では蔑視されている産婦人科、ナースとの結婚。わかりやすくもわかりにくい。
おれ、春日先生に希望していることなんてないよ。
そりゃあ、ただで本を送ってもらったら嬉しいいけれど。
だれを否定したいわけではない枯木、いまのところは。
ベストセラー作家になっても院長になっても、むなしい、虚無感、それだけ、終わり。
だから、終わり。意味もなにもなく、終わりだから終わり。終わり。
精神科医の春日武彦さんがどこかの初期作で、
中島らもの精神科処方箋を引いて、これは出し過ぎだと業界の掟破りをしていた。
当時は、へえ、そうなのかと思ったが、いまはそうではない。
中島らもが中島らもとして合法的に生きるためにあれらは必要だった。
医者が出さないって言っても、患者が複数のクリニックをまわれば、はてさてどうなるか?
原田宗典みたいになるより、中島らもの死に方はよほどいい。
うまく死ぬほどの快楽はあろうか?
酔って階段から転倒して意識不明死亡とか、あの人は、その意味で天才であった。
むろん春日先生もおわかりでしょうが、長く生きさせるばかりが医療ではございません。
このまえ黄金週間に歯が急に痛くなって(いまもじつは痛い)、
なじみのところは休みで10年近くまえ行ったところに電話したらやっていて、
たいへんありがたくもその日に診察してもらえることになったのだが、痛い話。
最初はレントゲンを撮って「これは虫歯ではない。経過観察」。
その後も面倒くさかったのだが、院長先生がよく怒るのよ。
奥の銀歯が取れていたようで(痛くもなんともない)まずその治療。
「あと何回で終了ですか?」と聞いたら怒る、怒る。
「治療方針を決めるのはあなたではなくわたしだ」って鬼面で言い放つ。
最後の診療はクリーニングで、下の歯で、
上の奥歯でこれをやられたらたまらないと聞いたら、また怒る。
「だから言っているでしょう。このままだと神経がボロボロになる。決めるのはあなた」
最初は経過観察と言われたような気がしますが、いかが?
得意の善人面で「そんなに怒らないでくださいよ」と言ったら、
相手は変わらず鬼面で「今日で終わり」――。
ここは土地面積が広く、むかしは歯科医が数人いた。
僕は若くてかわいい女医をあてがわれた。
しかし、いまはだだっ広い院内に院長と、美人の助手のふたりだけ。
うちの近所にもさらにさらに歯科医は増えたし、この人の下で働くのはいやだよねって話。
実名を書かないのは大人の証明。
たぶん相性が合わなかったのだろう。
春日武彦先生をふくめ医者は患者を選べないつらい商売である。
なんかあったらネットに悪口を書かれる。
しかし、あれらは匿名だが、こちらは実名で勝負って、
勝ち負けにやたらこだわる創価学会みたい。
精神科医で作家の春日武彦さんへ興味を持ったきっかけは自殺した母の精神病。
母はわたしが10歳、11歳のころに発病している。睡眠薬自殺未遂。
有名な精神(科)病院に入院したが、人権がどうのと騒いで短期間で退院する。
わざわざ田舎まで行き、当時のカルテを見せていただいたら病名は非定形精神病。
その後は某大学病院の縁で、年下の精神科医を受診した。若き開業医。
いや、そこがさ、顧客の利便を考えればそれでいいのだが、
診察なしで処方箋のコピーだけで精神病薬をたくさん出してくれる人気の医者。
「S先生はあなたのほうが精神病だと言っているわ」
「S先生はベンツに乗っているのよ」
「S先生はフロイトもユングもぜんぶ読んでいるの」
「S先生によると、わたしはただのうつ病」

生前の母に困り果てて病室で対面したが、なにも教えてくれない3分診察だった。
母はわたしの目のまえで名前を大声で呼んで気づかせてから、飛び降り自殺をした。
死亡診断書には非定形精神病と書かれていた。
後日、S先生に強引に説明を求めたら双極性障害(躁うつ病)と言われた。
躁うつ病ではあんまり妄想が出ないはずなのだが、
とさらにお話をうかがいたいと思ったら30分のタイムオーバー。
待合室にはこころを病んだ男女が10人以上いた。
よくお薬を出してくれるから繁盛していたのだろう。

いったい精神病ってなんなのだろう?
真実を知りたくて行き着いたのが春日武彦氏。
一時期はS先生を殺したいと思っていたが、いまはそうは思わない。
お薬をたくさん出してくれるなんていいお医者さんじゃなかったのか。
自死遺族に30分もつきあってくれる精神科医がどこにいるか?
愛車がベンツとか税金対策かよ。そういうところが、好きだ。
春日武彦さんの本をいっぱい読んで精神科医の本音らしきものがわかった。
結局は精神科医はいかがわしさの結晶で、
医学とか(西洋)科学とかそういう話ではない。
困った患者が最後に行かされるのが精神科。
精神科医はこころの専門医でもなんでもなく、
ライン工のように手早く薬を処方するのがいい。
S先生はよくやってくださったと春日武彦先生のご本を大量に読んで気づいた。
書泉で行なわれた「韓国はブスのリストカット」の女流と春日武彦氏の対談を再視聴した。
とにかく春日さんの声が小さすぎて、なにを言っているかわからない。
声が小さい人っていいなあ。わたしは声が大きな人が嫌いだから。
秋葉原の書泉に行っても、春日先生の声は聞こえないのかもしれない。
わたしは空気を読めない代表格だから、
「春日さん、もっと口をマイクに近づけて」とヤジめいたことをするかもしれない。
小心者で内弁慶で外面だけは薄笑いをして、
内心で恨みを募らせ著作に書きつけるのが生きがいの辛口コラムニストはよろしい。
9割以上、「韓国=リストカットブス」の女流が話していたのだが、
春日武彦さんは傾聴しているという感じではなく、
話せません、あんまり大きな声で「本当のこと」は言えないという姿勢であった。
「本当のこと」はひそひそ声で話そう。

ある事情で言葉をセーブしていたのだが、
今日だけは、その、やってみよう。破ってみたい。
だれも知らない春日武彦ネタ10連発。
春日武彦が心理療法家の河合隼雄に言及していたのは、
当方の記憶のかぎりだと一箇所のみ。
(精神医学の超重鎮である)中井久夫には師事しているのに(少なくとも外見上は)、
彼のお仲間の臨床心理士の「お山の大将」河合隼雄は別。
河合隼雄が援助交際をする女子高生に「たましいによくないからやめたほうがいい」
と言っていたのを持ち出して、俺ならもっとうまく論理的に批判指導できると。
これは性病や妊娠のリスクのことなのだろうか?
わたしは宮台真司とおなじで、援助交際? 好きなようにしやがれ!
という意見だが、自分が援助交際をしたいとは思わない。
金もないし、いまどきの女子高生と話を合わせてご機嫌をうかがうなんてムリゲー。
お金をいただいても、それは面倒くさい。書き捨ててみた。それだけ。いえーい。
いまもいま作家の岩井志麻子さんがネットで差別発言で叩かれているって。
先日、当時のエロ系インテリぶりたい芸能人作家が
編集したという(実際は新潮社社員だろう)アンソロジー「エロティックス」を読んだ。
僕は女性作家の性描写はひたすら興ざめするたちだ。
おもしろくねえなあ、というのは性差別につながるから言えない。
いちばんおもしろかったのは岩井志麻子の「魔羅節」であった。
この人、変態で、それをそのまま、うまい言葉で書いているのにびっくりした。
いまでもこんな作家がいたのかという、そのね。
マイナーテレビ局のワイドショーの偉そうなおばさんというイメージが激変した。
しかし、むろん男女の相違ゆえ岩井志麻子と僕の性的嗜好は完全に異なる。
岩井志麻子を世間法、常識法で裁いたらこの国の文化は終わり。
花村満月は読みもしないでバカにしていたが、
いちばん夢中に読ませられたのは氏の「崩漏」。ええ、これおもしろいよ。
団鬼六の「不貞の季節」を読むのは二度目だが、この人はどこから見ても天才。
言葉遣いとかそこらの詩人が恐れるレベルではないか。
自殺した母が好きだったのが中島らもだが、あんなもののどこがおもしろいのか?
ポルノなんて勃つか勃たないかだが、
小説や人間描写の技法の評価はわかれるだろうが、
エロいなあと思ったのは冨島健夫の「ベアトリーチェ凌辱」のみだが、
再読したらまったく興趣をそそられなかった。
言いたいのは醜形恐怖症の春日武彦氏とYouTubeで対談した岩井志麻子氏はすごい。
あれは女の薄黒い闇の官能が渦巻いているめったにない名作である。ぞっとしたね。

秋葉原から呼ばれているのだろうか?
たしか今月の28日に秋葉原で精神科医で作家の春日武彦さんのトークショーがある。
行きたいのはやまやまだが、ある約束の直前なので決めがたい。
もう定員70人が埋まっているかもしれない。
秋葉原は銀座とおなじで大嫌いな街で、どうしてかいつも道に迷う。
郵便ポストは見ないほうである。
ヘタをすると1週間くらいチェックしないことも少なくない。
どうせDMと板橋区の税務署からしか来ないとたかをくくっているわけだ。
久しぶりに郵便ポストを覗いたら、またもや春日武彦先生からのプレゼントが。
単行本のあれが中公文庫に入ったんですね、おめでとうございます。
精神病的妄想をふくらますと、これは春日先生から秋葉原に呼ばれているのだろうか?
僕は40を過ぎてそういう脂っこさはかなり消えており、
春日さんを教祖だとも思っていないし、独占したいとも、人生相談をしたいとも思わない。
ぜんぶぶちまけた医療相談はしてみたいが、そんなことに関わる儀理は医師にはない。
だって、それは春日武彦さんの本を読んだら、そういう人だってわかるでしょう?

今回はもうはっきりと礼状を送らない。
春日さんって礼状とかをベタベタしたものに感じいやがるタイプじゃないかなあ。
文壇で威張っており三島が死んだときには、あたかも鬼の首を取ったかのように
「ざまあみやがれ(死人に口なし)」
を雑誌連載でしつこく書いたのは山口瞳(男性作家)だが、
サントリーでうまくやった直木賞作家はテレビライターに過ぎぬ山田太一に
新刊をすべて送ってきてくれたそうである。
山田太一のほうは自分なんか若輩が、と悪遠慮して自著をいっさい送らなかった。
たまに礼状で感想を書くにとどめたという。
サントリー出身の山口瞳はお仲間とつるむのを好んだ。
山田太一はそこまでつきあいに盛んではなかったが、
朝日賞まで取ったのならその方面の才能が皆無だったとは言えまい。
山田太一の配下にはまったく意図せずして狂信的な取り巻きが大勢いて、
僕なんかは10年まえに古株の親分から嫌われ(匿名)、
強制追放され、以降は彼の掲示板に本名でなにかを書き込んでも削除される。
いまでは人間も人生も、そんなもんだと思っているからさして恨みはない。

ありがたくも早速、春日先生の文庫版あとがきを拝読致しました。
最初にこれを出すまでこぎつけた朝日新聞出版の編集者も、
今回の中公文庫版の編集者も優秀ですよ。もっと出しちゃえ、出しちゃえ。
文庫本解説者の文章のどこが「味わい深い」のかわからなかったのは、
僕の精神的未熟だろう。今後の課題である。
精神科医の春日武彦氏の本は先生のご助力もあり9割5分以上読んでいる。
その春日武彦マニアの僕が断言しますが、
「老いへの不安」は読者のこころに根源的な不安をもよおさせる、
決して付け焼刃で書かれたのではない名著。
くだけた言い方をすれば春日さんの持ち味がよく出ていて、
僕のなかにある春日武彦ランキングではかなり上位に位置する。
8年のときを経て違う出版社から再刊される文庫はめずらしいのではないか?
それがこの本のよさを証明しているとも言えよう。
私的脳内統計だと「本の山」の読者さまは60歳前後が多い気がする。
「老いへの不安」は持ち運びやすい文庫になったことでさらにおすすめであります。
このまえはじめて(ガクブルで)行った六本木のディスコで醜形恐怖症の僕が、
見知らぬ幾人もの女性からスマホで顔写真をパシャパシャ撮られたが、
まだ春日武彦先生には顔バレはしていないはず。どうなる秋葉原。
忙しいっていうか「ギリギリ」を待ちながら、
古今東西の短編中編名作小説を精力的に読んでいますね。
いざとなったら土下座。

DSC_0189.jpg

文庫化おめでとうございます。中公文庫は学術書ですよ幻冬舎文庫とは異なり。

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ヤマトで来ると会員だから前日に情報がメールで来ますが、スマートレター?
これって郵便局なんですか? 世間を知りません。気づくのが遅くて申し訳ありません。
洋泉社は丁寧な編集者さまの挨拶状がありましたが、中公は……格式が高いのでしょう。
どちらの会社にもありがとうございます、ありがとうございます。
とくに春日武彦先生、本当にありがとうございます。
単純な善意とか信じてベタベタ致しませんからどうぞご安心ください。
春日先生の字ってむかしの女子高生の丸文字みたいでかわいい。

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(関連記事)
「老いへの不安 齢を取りそこねる人たち」(春日武彦/朝日新聞出版)

「サイコパスの手帖」(春日武彦・平山夢明/洋泉社)

→洋泉社さまが送ってくださった新刊のため、
速報性がたいせつだとたったいま読んだ本の感想を記す。
ふつうは数日から1週間、ときには数ヶ月、半年と感想を寝かせる本もあるが、
めったいにないいただきものの新刊。もう書店には並べられているのか?
この記事が少しでも販促になれば望外の喜びである。
本書は精神科医の春日武彦氏と人気ホラー作家のシリーズ対談本。
いちおうシリーズにはなっているがつながりがないので、
本書から読み始めても十分に楽しめるだろう。
売り上げ好調なシリーズ最新刊はホラー映画がテーマになっており、
その方面に詳しくない当方にはうまく意味が取れなかった部分も、
映画ファンなら、そうかそうかとより楽しめると思う。
むしろ映画が好きで両者の本を手に取ったことのない人におすすめかもしれない。
例によって平山夢明さんが対話の8割を占め、
精神科医は聞き役や回答者の側にまわる。

むかしの「本の山」はネットの検索順位が異常なほど高かったが、
いまはネット検索で到達するのは無理というほどグーグル先生から嫌われてしまった。
このため、この記事がわずかでも販促にならないのが申し訳なくて仕方がない。
同様にこちらがネット検索しても、
どんなワードを駆使してもおなじページしか出て来ない。
わたしとおなじで陰謀論が好きな平山夢明さんがおもしろいことを言っている。
世の中にはディープWebページがあるという。

「どうもウェブ上には、全世界で約1500億のページがあるそうで、
普通の検索エンジンでたどり着ける一般的なページはそのなかの1%程度で、
そこから先のディープWebが3割なんですって」(P70)


本書は異常なほどおもしろい。
「患者さんが自殺したケースは?」の問いに
「それは、もうたくさんだよ」と答える春日武彦医師が、
むかし神戸の酒鬼薔薇事件の際、
臨床心理士の緊急学会に呼ばれ、専門家の立場として意見を聞かれたらしい。
それに精神科医の春日武彦さんがどう答えたか。
「あれはただのレアケースでしょ」
場内は静まりかえり、ドン引きされたという。現実はそんなものなのだろうと思う。
ブルセラ学者の宮台真司とか、
あれの解説でだいぶ売名したが、あれはただのレアケースでしょ。
さて、パーソナリティー障害は嗅覚が鈍くなるとあるが、わたしはいまもって嗅覚が鋭く、
それがいやなのはどういうことなのだろうか。
わたしは「パーソナリティー障害っぽい」と春日医師からメールでご指摘を拝受したことがある。
レアケースかもしれない。
社会経験は少ないが医療臨床経験はとにかく多い精神科医は、
貴重な助言を読者にしてくださる。わかるなあ。

「基本的に初対面で相手にディープなことを明かす奴は危険だよ。
『モテる技術』という本にも同じことが書いてあったから感心したよ。
「いきなり自分の出自やトラウマを話すような女はヤバイから逃げろ」と」(P97)


「モテる技術」なんか読むんですか、春日先生?
あと女性にはひそひそ声で話しかけると落としやすいとか、さすが博識にして臨床のプロ。
精神科医だけを重んじるのは差別で人気作家の平山夢明さんの名言も。
ホラー作家は「羊たちの沈黙」に超絶感動して、
続編の「ハンニバル」を洋書でまで買ってがっかりしたという。
そこで行き着いた結論は――。

「僕は常々、”運の同量説”があるように思うんですよ。
つまり、”運”はみんな同じ量を持っていて、
一度にたくさん使ってしまうとあとでろくでもないことが起こるということ。
「3億円の宝くじが当たると、その後はみんな不幸になる」とかいいますけど、
それと同じように、ものすごいものを全力で書いてしまうと、
そこで運を使い果たしてしまうのかもしれない。
一生に一度のものすごいものを書くとき、材料は無限にあるわけですよね。
成育歴からそこに至るまでの人生での材料がさ。
でも30代で作れば、30年間分はあるわけじゃないですか。
でも、1回で出しきちゃったら、どうなるのか、ですよね……」(P75)


この平山さんの意見に春日先生は返答せずこのチャプターは終わっているが、
長年精神科で臨床をやってきた医師は「運の同量説」には与せないだろう。
ふつうに暮らしてきた人がいきなり不幸になり、
そのまま前振りもなく自殺するのが人間というもので、その全体が人生というもの。
運はまったく女神さまの気まぐれで我われに割り振られる、ただそれだけのもの。
というのが、おそらく臨床経験豊富な春日武彦さんの「運勢観」で、
わたしも人間の運が同量などというペテンにはお付き合いできかねる。
天才芸術界はそういうことはあるかもしれないが、それは人間一般の法則ではない。
作家の平山夢明さんは観音様のように慕う精神科医に質問する。
「どうなんでしょう? 人間性と作品はリンクしますか?」
観音菩薩の春日武彦先生いわく――。

「別物でしょう。だって、気配りしたら面白い映画は撮れないでしょう。
(……) 気配りって、つまり平均や中庸を目指すものだから、創造の敵ですよ。
(……) それ[会議での脚本決定]は結局、
妥協の産物にしかならないってことだからね。
(……) 言葉で説明できない部分にこそ、作品を創る意味が潜んでいるはずだからね。
でも、みんなに認識してもらえるのは、
説明できる部分だからね、悲しいことに」(P107)


うちのブログ「本の山」の記事は読むと、
該当書籍を手に取らなくてもいいという気にさせるというご意見を多くいただいてきた。
それではご本を送ってくださった春日武彦先生、平山夢明氏、洋泉社に申し訳がない。
本書でいちばんおもしろかったのは、
高橋たか子という作家の「誘惑者」という純文学小説を春日さんが紹介したところ。
ここは書かないので、読者の諸兄諸姉が直接ご購入してお確かめください。
ちなみにこれよりむかしに井上靖が「傍観者」という小説で、
おなじ自殺幇助のテーマを取り上げている。
「サイコパスの手帖」――。
この本は皮肉にも著者のなかで人気がいちばん高いとも一部で言われるシリーズで、
春日氏と平山氏の神がかり的な相性が生みだした名著なので読んで損はない。

*誤字脱字、乱筆失礼。明日、直します。

(シリーズ一覧)
1.「狂いの構造」(春日武彦・平山夢明/扶桑社新書)
2.「無力感は狂いのはじまり 「狂い」の構造2」(春日武彦×平山夢明/扶桑社新書)
3.「サイコパス解剖学」(春日武彦・平山夢明/洋泉社)

*春日武彦先生、平山夢明さん、洋泉社さん、名著をありがとうございました。

影響を受けやすいほうである。人が唐揚げが好きと言えば僕もそうなるし、
相手がいつもマイ七味を持っている七味女子だと知ったら、
僕もなんにでも七味唐辛子をかけたくなった。
本の影響も大きく、ある文学者が米は炊き立てではなく、
冷水につけたものに限ると書いていたらしばらく真似をしたものである。
小説やエッセイで読んだ、いわば物語のある食べ物を口にしたくなるのである。
精神科医の春日武彦先生が野菜炒めを好きと聞けば、
下卑た精神から真似をして自作したり惣菜で買ったりした。
海外の料理にもすぐになじむことができるし、帰国したらその味を再現したくなる。
最近はまっているのは酒井法子のお父さまが好きだったという冷やしトマト。
酒井法子のお父君は九州でヤクザの親分をしていらした。
死ぬ前日にさんざん迷惑をかけた娘である18歳の新進アイドルの家に来て、
好物の冷やしトマトのスライスを食べたいと言ったという。
いつものことだから準備してあり、いつものように出してあげた。
翌日、お父さまは高速の中央分離帯にノーブレーキで突っ込んだ。
形式上は交通事故死だが、
これからの酒井法子を気遣った自殺という説も根強かった。
葬儀で酒井法子は悲喜こもごものお父さまの霊前にごはんと味噌汁、
それから男が好物だったトマトのスライスをお供えしたという。
質素なものだが、酒井法子はそれでいいと思った。
娘がまだ輝くまえにヤクザの親分の父は、
好物のさして高価でもないトマトのスライスを食べて死んだ。しんみりする話だ。
いま口にしているトマトのスライスの味が変わる。