創価学会の原田稔会長も小石川高校卒で、
ならコネでなんかいい思いをさせてくれよと思うが、
僕、そういう学閥とかでいい思いをしたことは一度もない。小石川高校は嫌い。
ひたすらいやな思い出しかない。
小石川はいじめがなかったが、いじめは最低限の人間関係で、
それさえないということは人を空気にしちゃうわけ。
当たり障りのない最低限の連絡だけする。
3年間クラスの輪(和)に一度も入れなかった。
1年のときにチャンスらしきものがあって文化祭の出し物で三谷幸喜の演劇をやった。
三谷幸喜は芝居台本を出版しない主義だから、あれは違法だろう。
それを決めたのがクラスのリーダー的なバスケ女子で、
やりたくないと言っているのにセリフの少ない役をやらされた。
やりたくなかったのはどもり、吃音だったからなのだが、
そんなことは恥ずかしくて言えない。
そこでこいつは使えないことがわかり、
その後、文化祭にも体育祭にもお声がかからなくなった。
本当かって言われそうだけれども、
僕は文化祭の日、体育祭の日、自主欠席しましたから。
行ってもやることがないから。行かなくてもだれの迷惑にもならないから。
高校の方針で3年間クラス替えがなかったので、
高校生活はほぼほぼひとりでした。
在校時、小石川高校は自由というので有名だったが、それは「大人の自由」。
大人が認める範囲内での自由ぶりっこ。煙草も酒も博打も駄目。
F組の1年次にやたらかわいい女の子がふたりいてかの女たちは退学したが、
その後どうなったのだろう。
どっちもパンツが見えそうなミニをはいてくることがあり怖かった(私服登校)。
どうしてかふたりとも僕にはやさしくしてくれたが、
自称自由な高校は女子高生ふたりを退学にした。
世の中のいう「自由」とは山田貴之議員のそれで、世間とはそういうもの。
山田貴之議員とおなじ42歳になったからわかる。
小石川高校はまったく自由ではなかった。自由を演じる場所だった。
小石川高校時代はみんな親切ごかしなのがいやだった。
いちばん嫌いだったのは自民党の山田貴之議員が「ごっちゃん」と慕っている人。
いまから思えば、あいつはおそらく創価学会員。
おなじ学会員っぽい女とタッグを組んで、
僕が孤立しているという情報を精神病の母に親経由で流してきて、
よけいうちは混乱した。どれほどめんどうだったか。
自分たちはいいことをしているという満足気いっぱいの顔の醜さよ。
正木は天然で、山田貴之議員は
お家柄のいい芸術家肌で好きでも嫌いでもなかったが(いい思いしてんなあ)、
「ごっちゃん」は鬱陶しくてガチで大嫌いだった。
親切そうに振る舞っている自分にうっとりしているところがあった。
あれこそ小石川高校の文化かもしれない。いやだ。

*あれ? 「ごっちゃん」って豪のことだよね? 僕の言っている「ごっちゃん」は豪。
ウメはクラス最高ポジションで3年間話したこともなかったのではないか。
出身の小石川高校が嫌いである。友人なんかひとりもできなかった。
みんないいやつなのだが、そのいいやつなところが、こころがゆがんだ僕にはダメだった。
明日、同窓の小石川高校卒の自民党、山田貴之議員は大勝利するだろう。
小石川高校はあたまがおかしくて3年間クラス替えをしないのである。
このため山田貴之先生のことはよく知っているが、
いかにも小石川で、いかにも疑似自由で、
わかりやすくいうとエブリバディーいい人で恨みはなんにもない。
山田貴之さんは芸術家ぶっていてみんなに(先生からも)いち目おかれていた。
お家柄がすごかったのだろう。
一度もいやがらせをされたことがないし、山田貴之議員は高校時代ひたすら親切だった。
ただ距離が遠かった。
僕、高校の文化祭にも体育祭にも参加していないから。
そもそも呼ばれないから行かない。
卓球部だったのだが、そのためクラスでいちばん卓球で強いのは僕だろうが、
体育祭ではF組でまったく無視されお声がかからなかったので、
そういう祭は無視することにした。行かない。
そういう不登校に寛大なのがいま思えば小石川の偉さだが。
山田議員を中心としたグループがすべて人事を決めていて、
お呼ばれでない僕は楽だったとも言える。最後に勝つのは最初から勝っている山田貴之。
今日は1日中、創価学会公明党のかいべともこの選挙カーが近所に来てうるさいが、
それももう少しで終わり。僕ら若い世代は泥水をすするという経験が体験がない。
小石川高校出身の同窓、山田貴之議員の人生はカルピスだったと思うが、
それほど自分がタバスコを入れられたとも思えない。
あんがい山田貴之議員の人生のほうが自分よりもタバスコだったのかもしれない。
他人のことはわからない。
戦中、戦後、高度成長期とかひどかったんでしょう? 
男尊女卑で、学歴差別で、出自勝負で。
いまでもそうかもしれないけれど、泥水をすするというほどではない。わからない。
泥水なんてすすったことのないことがいいのか悪いのかわからない。
読みたくないなあ、めんどうくさいなあ、
と思って積んでいた宮本輝の「流転の海」シリーズの残巻を読み始めた。
ほぼ全作品を読んでいるのはギリシア悲劇、シェイクスピア、ストリンドベリ、オニール、
ドストエフスキー、トルストイ(以上邦訳限定)、
山頭火、山田太一、春日武彦、河合隼雄、
そして宮本輝で(ほかにもいるかもしれないが忘れた)、
このため宮本輝ファンクラブに入会拒否されたのにもかかわらず最新作は買っている。
最近の宮本輝作品への感想は批判ばかりで、
だったら買わなきゃいいじゃない、読まなきゃいいじゃないという話で、
それもそうで、それはたしかで、
こっちだって、どうしてお金を払って説教されて不愉快な気分にならなきゃならないのか。
「流転の海」シリーズは宮本輝の家族をモデルにした大河長編小説で、
去年全9巻で完結した。読むのがいやなわけである。
がっかりするのも、感想を書くのもいや。
だが、いやいや7巻、8巻と読み継いだらこれがおもしろい。
大人になったら小説を読む悦びは味わえなくなるが、ひさびさに宮本輝世界に陶酔した。
明日最終巻「野の春」を読んでしまったら終わりかと思うとさみしい。
いったいどんな終わらせ方をするのだろう。
調子に乗っている主人公の熊吾が嫌いだったが、
最後は大敗北してみじめに犬死するわけでしょう。
その負けぶりを創価学会の大勝利作家の宮本輝がどう描くのか?
アラフォー世代で「流転の海」シリーズを全巻読破するのはわたししかいないだろう。
宮本輝は創価学会の宿命転換思想からより深い宿運観にいたったのではないか。
本当はブログ更新をストップしたいんだけれど、できない。
正確には読書感想文だけの更新にしたい。
読書感想文は明らかに書く意味があって、わたしの場合は書かないとわからない。
人を殴り殺す凶器になりそうな分厚くて重い短編小説集「百年小説」とかさ、
みんな短編だから読んでもすぐ忘れてあたまに入っていないわけ。
感想を書いてみて、ああとはじめてたくさんの小説の意味がわかる。
自分の嗜好もわかる。
みなさんもいちばんご興味があるのは自分でしょうが、自分がわかる。
僕のわたしがわかる。
「雑記」なんかくだらなすぎて、読んでもらえなくてもいい。
なら、書かなくてもいいのだが、むしろそっちのほうが言葉を溜められていいのだが、
楽しいからついつい書いちゃう。どうか汚い排泄物なのでお読みにならないでください。
創価学会の公明党に一票を入れようとも、
板橋区議会議員選挙でも公明党からたくさん出ていて、
だれに入れたらいいかわからない。
うちの地域の公明党、創価学会の元締めは「かいべともこ」議員なのだろうか。
いま大声で長時間騒いでいる立候補者がいて、
これはシメなきゃならんと思ったらガードがすごい。
男のガードが多く、不穏で怪しげなカメラマンがいて、なにかあったら証拠を撮るぞと、
いかにも池田創価学会的な正義ポーズで、どこの党かと思ったら、
やっぱり創価学会公明党。
近所から婦人部が大量に現われガードしているのを見て、
近所にこんなに創価学会員がいるのかと怖くなった。なら、誘ってくれたらいいのにさ。
ちなみに共産党はガードが少なく「うるさいです」と言ったらやめてくれた。
かいべともこさんに入れたら、
高校同窓の山田貴之先生に入れるよりおいしいことがあるのなら、そうしてもいい。

昨日、駅前でひどいものを見ちゃってさあ。選挙演説。
若い美女がきれいごとを並べただけの選挙演説をしているのよ。
なにこいつと思った。
おまえさ、いままで美人ってだけでずいぶんいい思いをしてきただろうに、
さらに年収1千万まで取ろうとするのか(板橋区議会議員年収)。
あれはウグイス嬢というのか、応援するのも若い女性で、
それがタレントなみのアイドルなみの美女で、
ありえないほどの笑みを浮かべて近づいて来るので、いやだと思って逃げた。
どうせこの女、選挙期間中じゃなかったら、
俺なんかアリンコのように目に入らないのだろう。
すぐそばにポツンとだれにも相手にされず立っていたのが
国営放送局をぶっ壊す会の冴えない中年男のあの人。
思わず近寄って「応援しています。がんばってください」と言ってしまった。
あんな若いきれいな女の子に1千万取られたらたまらない。
やはり創価学会婦人部のおばさんと元牙城会に守られていた、かいべともこさんなのか。
自民党の出世頭の高校同窓、山田貴之先生に入れたらいいことがあるのか。
選挙公報を見ていたら、高校の同級生が載っていた。
2期8年目。知らなかった。知らなければよかった。
このまえ共産党の荒川なおに「年収いくらっすか?」と失礼なことを聞いたら1千万。
あの同級生は自民党で出世しているから別の手当てもあるだろうし、あたまが痛い。
ワシントンにも留学して院にも行っているし親が金持だったんだな。
彼は政治家のうちだったのか?
妻と仲良く長男は8歳、長女は5歳とか聞きたくねえ。そんなことを書くなよ。
写真を見たらいかにも人生に勝ち続け、これからも勝つというモテ顔で、
人生の不平等をまざまざと見せつけられた。
高校のころの彼の思い出?
僕は高校のころひとりも友人がいなかったからねえ。
その正反対が彼でみんなから好かれ光り輝いていましたよ。
僕なんかにも分け隔てなく話しかけてくれる優しい男の子でしたね。
僕なんかが入れてあげなくても彼は当選するだろうけれど、
むかしのよしみで一票入れてあげようかな。
高校の同窓会の案内が15、6年まえに来たけれど、幹事が彼だった。
いまさらだけど返事出さないでごめんなさい。
人生ってここまで不公平なのかと笑っちゃう。出ていけ鬱。

板橋区議会議員Y先生のおブログ
https://ameblo.jp/yamadatakayuki1976/
いまジェイコムで山田太一ドラマ「大丈夫です、友よ」を見たが、
このドラマもまた最後はダンス、踊りで終わっている。
おっさんになるとむかしが懐かしくなるよねえというドラマ。
深津絵里がかなり計算的に当時イケメンだった柳葉敏郎を落としていた。
山田太一さんもやっぱり、ああいう男女が好きなんだなあ。僕も好き。
山田太一最後の小説は「空也上人がいた」だが、
空也を尊敬していたのが踊り念仏の一遍で、
一遍はダンスの根もとを南無阿弥陀仏の空也に置いている。
なんなんだこれは?
僕の卒論指導教授は、
道産子三島賞作家で推理小説家の久間十義先生なのだが、あの人はよかった。
とにかく適当なのである。
あの人は出席を取らなかったし、来たくなかったら来なくていいよってスタンスだったし、
そのためか生意気でかわいい女子部もほとんどおしゃべりをしなかった。
だって、べつに出席しなくてもいいわけですから。
文芸専修の授業は柄谷行人「日本近代文学の起源」や須賀敦子「ミラノ霧の風景」
を読まされ、たまたま順番で偶然に選ばれた担当学生が
なんでもいいから感想を発表するというものだったが、
いまでも覚えているのは、久間十義先生は、
学生の発表後になんの指導もしなかったこと。
「いまは柄谷行人なんて流行らないよねえ」
「須賀敦子もあれだからねえ」
そんなことを言うときもございました。

いま思えば、主任専任古株教授で精神病の江中直紀に合わせただけだったのだろう。
僕は柄谷行人も須賀敦子も当時からいままで大嫌い。
早稲田の文には吃音文化があり久間十義先生も重松清教授もどもり。
卒業論文は私小説で自分のどもりのことを正直に書いたら、
久間十義先生はなにもおっしゃらず「いいね、よかったよ」と流し卒業させてくれた。
あの人おもしろくて、本当に適当で、
今日は二日酔いで休講にしちゃおうかと思ったとか言うわけ。
あのころは書いた大衆小説がテレビドラマ化もされていたし潤っていたからかもしれない。
いい先生で、いい時代でした。まわりもかわいい女の子ばかりだった。あたまもいいし。
むかし早稲田の一文、
文芸専修の主任の江中直紀教授ほど学生から嫌われていた男を知りません。
はっきり言えば、こういう言い方をしていいのかわからないが、精神病。
自分が日本一の文学者だという誇大妄想を抱いていて、
このため自分は消されかねないので
電車のホームの先頭には立たないと授業のたびに言っていた。
まったくあんなに嫌われていた教授を知らない。
自分が小説を書いたら日本文学界が大激変すると匂わせて、
それが根拠なのか学生の習作を、すべておフランス理論でバカにするのである。
僕の習作もありがたくお取り上げいただいたことがあるが、
ひたすら名前も呼ばれず「きみは差別主義者だ」とおフランス理論で人格批判された。
たしかに差別主義者の部分がありそれはそれでいいのだが、
禁煙の教室でわざと無頼ぶって煙草を吸い続ける文芸専修主任教授の江中直紀。
それで自分は格好いいと悦に入っている。
授業では自分絶対正義で根拠はおフランス(テクスト)理論で、
あんなやつにも、彼と似たヒョロヒョロの男信者が数人いたのだから狂気の世界。
肉体労働経験をいくつも経たいまの僕が彼に会ったら中上健次のように殴るだろう。
むかしはおもしろかったと言えなくもない。
早稲女が渡部直己セクハラ教授を完膚なきまでにぶっ壊したのは早稲女大革命。
むかしから早稲田のおフランス系、「路地」中上健次系はそういうことを平気でする。
おフランスの威光と、下界の「路地」のはしたなさ(下層正義)を借りて、
なんにもない教授が威張る。文芸の首長の江中直紀は本当にひどかった。
早死にしたのは自業自得でザマアミロ。
あの人なんにもないのよ。おフランス帰りってだけ(わずかなフランス留学体験)。
聞いた話だとフランス語は多少読めるが、書けないし、話せも聞けもしなかっていうし、
あんな人が大威張りで文学部でのさばっていた時代ってなんだったのだろう?
妙に中原中也を外見や口振は真似て「路地」の中上健次ばかりを絶賛して、
固定給のある大学教授のくせに悪ぶって下のほうをいじめて最悪のやつだった。
僕たちの世代は江中直紀を倒せなかったが、きみたちは渡部直己を抹殺した。
早稲女バンザイであります。ありがとう。
「彌太郎さんの話」(山田太一/新潮社) *再読

→これは単行本(ハードカバー)として出版されたときにすぐに購入(2002年)。
えらくおもしろかったなあ、という記憶だけが残っていた。
去年読んだ本で、けっこう繰り返し感想を書こうとしたのだが、書けず、
この小説をどうまとめたらいいのかわからなかったが、
山田太作品のテーマは結局似たようなものであり、
「本当と嘘」「現実と虚構」「人はわかりあえるのか」なのだろう。
中年脚本家の主人公が30年ぶりに再会した、
子どものころの知り合いの12、3歳年上の波乱万丈な人生話をひたすら聞き、
そしてなにが本当か嘘か、現実か虚構か、人はわかりあえるのかの問題に悩む。
「彌太郎さんの話」――。

なにが本当か嘘か? なにが現実か作り事か? 本当にわからない。
いつだったかある人と10年まえにあったことで意見が相違し、
相手はこんなふうに記憶しているのかと他者に驚いた。
むかし職場で退職勧奨されたときも、
1週間後には「きみを辞めさせたくなくて退職届をしばらく上に出さなかった」
と工場長から真実味、人情味のこもった口調で言われ、
なにが真実なのかわからなくなった。
父と母の果てしなかった抗争も、なにが本当のことだったのかわからない。
そういう世界を実にうまく娯楽性も十分にそなえたうえで描いている。
僕はむかしから世界各国で身の上話を聞かされることが多く、
それは楽しくもときには辛くもあるのだが、
苦楽を超えた部分で人の話はおもしろい。「彌太郎さんの話」はおもしろい。
なにが本当で、なにが嘘だかわからないところがおもしろい。
人間ってこうなのね、と微笑も苦笑もしたくなるし深い哀憫の念を感じる。
私は「彌太郎さんの話」をこのような態度で聞く。

「妙なことをいうな、という気持だった。
とはいえ、私はBC級戦犯についての
彌太郎さんの「体験」を軽んじていたわけではない。
その時点(一九七九年)で、彌太郎さんは、ほぼ三十年前の話をしていたのである。
しかも理不尽な監禁状態の中での体験である。
記憶に事実以外のものがまざるのは仕方がない。
そのどこまでが本当かなどと問うより、
体験を彌太郎さんはいまどんな「話」にしたいのかと、聞くべきだろう。
おおかたの歴史家だって彌太郎さんとそれほどちがうことをしているわけではない。
そして彌太郎さんの話には、座興のホラ話とは違う、
切実で執拗な熱心さがあり、きっと彌太郎さんはそうした話をすることで
長いこと抱えていたものを解き放っているのだろうと思えた」(P75)


おそらく全51篇読んだ人は日本で千人もいないのではないか?
最初の漱石と鴎外がつまらないし、古いほうから収録しているから、
むかしの日本語についていけなくなる。
そのくせ漱石や鴎外だって言うと、
つまらないと思う自分が至らないとか反省モードになり読書が億劫になる。
ポプラ社さんはいい仕事をしてくれたと思いますけれどね。
字が大きいのも総ルビなのも(当たり前だが)現代仮名遣いなのもすべていい。
青空文庫は歴史的(旧)仮名遣いなんだね。
あれだといまの子は読めないし、僕だって現代仮名遣いのほうが読みやすい。
自分の気持を整理するために、だれも読めない分厚い本のベスト5を発表する。
べつに読む必要なんてないですからね、こんな古臭い小説なんか。好事家の世界。

1.「うけとり」(木山捷平)
2.「鮨」(岡本かの子)
3.「波子」(坂口安吾)
4.「秋風」(中山義秀)
5.「暢気眼鏡」(尾崎一雄)


いまは読む本が多すぎるし、
それにスマホもあるし(僕はないが)、みんな困っちゃいますよね。
「百年小説 全1冊で読む日本の名短編」(ポプラ社)

→ゴリラ梶井基次郎の「闇の絵巻」はまた「檸檬」をしていやがっていて、
あたまが悪くなるような悪酒を混ぜてレモンサワーにしてやりたくなった。
こういうのがわかる文学少女はかわいいが(いまはいないと思う)、
ゴリラ梶井基次郎のセンスはわからない。
上林暁の「散歩者」はいいおっさんがセンチメンタルに、
「僕は銀座を闊歩する着飾った女性よりも、
しっかり働く生活者の女性のほうを美しく感じる」と言った述懐をする話で、
この感覚は山田太一ドラマに通じるものだろう。
女を出し過ぎている女は嫌いって、ひねくれているのか、いい子ぶっているのか、
両方なのか、ちょっと判断がつかない。
林芙美子の「幸福の彼方」は苦労人の大陸からの引き揚げ者が、
なーんかウダウダやっていた。覚えていない。
林芙美子は「晩菊」一作を書いたのだけでも文豪でいい。

木山捷平の「うけとり」は、これは僕は大好きなのだが、
それが人にばれるのが恥ずかしい。
少年と少女の淡い恋を描いた甘酸っぱい娯楽小説で、
これはもうその完成形と言ってよい。これは好きだけれど、ばれたら恥ずかしい。
いや、むしろばれて、美女から「こんなのが好きなんだあ」とクスクス笑われたい。
いきなり文学部時代の思い出を書くと、
うちらの時代の早稲女は男なんかよりやたら背伸びをしていて、
作品を読んで「あんなものは甘い」と言うのが流行していた。
自分だってお金持のお嬢さまのくせに「あれは甘い」とか背伸びする姿勢こそ、
考えてみたらそれこそいかにもな文学少女でかわいいと言えたのかもしれない。
甘くて悪かったな!?

永井龍男を褒めると文学通だそうだが例によって「小美術館で」も意味がわからない。
わからないことはわからないと言おう。
堀辰雄「聖家族」は文壇小説で、
モデルが芥川だとか背景を知らないと意味がわからない。
フランスのコクトーとか当時、最新だったのかな?
いまって当時のコクトー的存在はだれになるのだろう? いや、読まないけれど。
青空文庫から引用するけれど、こういうコケティッシュな少女はいいよね。

「彼はすぐ一人の踊り子を知った。その踊り子は小さくて、そんなに美しくなかった。
そして一日十幾回の踊りにすっかり疲れていた。
だが、その自棄気味(やけぎみ)で、陽気そうなところが、
扁理[へんり/主人公の少年]の心をひきつけた。
彼はその踊り子に気に入るために出来るだけ自分も陽気になろうとした。
しかし踊り子の陽気そうなのは、彼女の悪い技巧にすぎなかった。
彼女もまた彼と同じくらいに臆病だった。
が、彼女の臆病は、人に欺かれまいとするあまりに人を欺こうとする種類のそれだった。
彼女は扁理の心を奪おうとして、他のすべての男たちとふざけ合った。
そして彼を自分から離すまいとして、
彼と約束して置きながら、わざと彼を待ち呆けさせた。
一度、扁理が踊り子の肩に手をかけようとしたことがある。
すると踊り子はすばやくその手から自分の肩を引いてしまった。
そして彼女は、扁理が顔を赤らめているのを見ながら、
彼の心を奪いつつあると信じた」(P1206)


原民喜の「心願の国」は彼が鉄道自殺するまえに書いた小説で、
冒頭から生まれ変わったら小鳥になりたいとか妙なポエムが書かれていて、
メンタルの弱い人だったのがよくわかる。
遠藤周作に「原民喜と夢の少女」という哀しいエッセイがあった気がする。
いまは純少女幻想のようなものがすっかりなくなってしまった気がする。
いや、いま新宿歌舞伎町でホスト狂いの女性の自殺が流行っているらしいが、
そういう子たちの心には(ユング的な意味での)純少女元型があるのかしら。

坂口安吾は「堕落論」でずいぶん損をしたのではないか。
たまにアンソロジーで短編をポロポロ読むと、エンターテイメントとしておもしろいのだ。
「波子」も笑いまくった。
波子という娘が成功はおろか没落さえできなかった中途半端な地主の父親を
これでもかとバカにする小説なのだが本当におもしろい。
笑えるという意味でおもしろい。
波子は嫁入りまえの娘で、
半端な遊び人だった父親がつまらない仕事人間と結婚しろと迫ってくるので困っている。
複数いた愛人の女にも骨董趣味にも政治にものめりこめなかっただらしない親父は、
50を過ぎたいま死花(しにばな)を咲かせるとかおかしなことを言い出した。
どうせやれないのをわかっている波子は心中で父を見下す。死花を咲かせるですって?

「死花という言葉についてだけ言えば、これはただ、ばかばかしいばかりであった。
芝居もどきで、わずか四五人の家族相手に、せいぜい百人ぐらいの知人を相手に、
身につかぬ演技をして、贋(にせ)の一生をすりへらした父。
今となっても、まだ、死花などと言いだして、うけに入っている。
ばかばかしいのである、
けれども、ふとった膝の上にのっかっている小さな握り拳などを見て、
ふと、父がいとしくなるとき、平凡で、小胆で、気の弱い父、
とても可哀そうになってきて、
ひと思いに、死花を咲かせてやりたいと思うことが、時々あった。
思いきって、大きなことをやりなさい、家も、財産も、名誉も賭けて、
みんな粉微塵(こなみじん)にしてしまいなさい。
ひと思いに……時々、波子は、そんな風に叫びたくなった」(P1250)


中島敦の「山月記」はあまりにも有名すぎるので、なにを言ってもねえ。
詩人として文名を高めたかったけれど、才能がなくて虎になっちゃった男。
そのくせ人交わりをもっとうまくやっていれば、
自分くらいの才能でもあるいはとか後悔する女々しい男。
基本的に文学者ってほんものはどこか女々しいところがある。
恨み深いっていうかさ。女性差別じゃないですよ。
僕は女よりも女々しい自信がありますからね。自分はほんものとか言っていないですよ。

長かった厚かった重かった「百年小説」の最後は太宰治の「富岳百景」。
うちらの世代だと教科書に載っていた。
文学ってワルがやるものから大学で研究者がやるものに変化してきたのかもしれない。
むかしは文学なんてやったらまずふつうの生活は営めないし、
女だったらお嫁に行けないことを覚悟しなければならなかった。
いまは人気作家の重松清さんがわざわざ大学まで来て教えてくれるんでしょう?
いまは文学の斜陽どころか出版が危ないという、そこまで来ちゃっているから。
才能ある芥川賞作家の綿矢りさ氏は教育学部だったみたいだが、
あの子は大学に行くまえにもう早くも上がったわけで。
もしあの子が一文の文芸専修に来ていたら、それこそだれもなにも教えられない。
太宰治の「富岳百景」から――。

「[文学青年の]新田は、それから、いろいろな青年を連れて来た。
皆、静かなひとである。
皆は、私を、先生、と呼んだ。私はまじめにそれを受けた。私には、誇るべき何もない。
学問もない。才能もない。肉体よごれて、心もまずしい。
けれども、苦悩だけは、その青年たちに、先生、と言われて、
だまってそれを受けていいくらいの、苦悩は、経て来た。
たったそれだけ。藁(わら)一すじの自負である。
けれども、私は、この自負だけは、はっきり持つていたいと思っている。
わがままな駄々っ子のように言われて来た私の、
裏の苦悩を、一たい幾人知っていたろう」(P1310)


太宰治の「富岳百景」が載っていたのは高校の教科書だったらしいが、
文部省でも日教組(まだあるの?)でも、こんなものを高校生に読ませて、
いったいなにをしたかったのだろう? 「謙虚な心」を学べってこと?
太宰は絶対に自分の才能を信じていただろうし、学問もあるじゃない?
まえにも書いたが新聞記者あがりの遅咲き作家、井上靖は太宰が情死したときに。
あんなものは小物だと言い放ったから、本当に太宰が嫌いだったのだろう。
井上靖は大人の文学で太宰治は子供の文学とも言えて、
文学なんて子供騙しとも言えなくもないわけで、
せめて子供のうちに太宰くらい読ませてやろう、
というのが現国教科書の正解だったのかもしれない。

「百年小説 全1冊で読む日本の名短編」(ポプラ社)

→暴論を述べると文学はおっさんかまだ男を知らない少女にしかわからないが、
通常中年男は文学なんかにかまけている時間はないし、
少女は女になり(それでいいのだが)文学よりも生活を取る。
さて井上靖を引き上げたのは佐藤春夫だが、
彼の短編「窓展く」は隣家とのトラブルを書いた他人にはどうでもいい話で、
とはいえ佐藤春夫が書いたのならば文壇力学で名作なのかもしれない。
藤森成吉の「雲雀」は純な感じのする少年と少女の恋愛小説で、
雲雀という小道具が実にうまく使われており物語の起伏もあり、
最後は「そうだったのか」と真相を教えられのも心地よく楽しめた。
スマホがないから気持の溜めを持つことができ、悶々とできるのだろう。
小説の形がよくできており模範的な作品になっている。

「セメント樽の中の手紙」で知られる葉山嘉樹の「山の幸」は左翼インテリが、
百姓をやって妙に悟ったようなことを言う気持が悪い小説で、
農薬をあたまからどばどばぶっかけてやりたくなった。
「本当の生活は土を耕してこそわかる」みたいな世界観がうすら寒い。
小説作法として改めて思い出したのは、基本は人のおもしろい身の上話を聞き、
それを作者がうまくまとめることである。
「百年小説」でも多くの小説がこのパターン。
説経節や昔話みたいなもんで。おもしろい話を聞かせるのが基本ルール。
読むといってもそれは言葉で音で、どこか耳で聞いている。

江戸川乱歩の「押絵と旅する男」も作者が旅先で老人から身の上話を聞く。
人の身の上話って、ただそれだけでおもしろいよね。
明日、新宿におもしろい人の身の上話を聞きに行くけれど、
勇気を出して電話してよかった。
小学校のころよく読んでいたのが江戸川乱歩の「怪人二十面相」シリーズで、
僕の読書の原点はともすればこのあたりにあるのかもしれない。
人の話を聞く。人の隠された思いを聞く。老人の昔話である。

「仲々打開けませんでしたが、私が繰返し繰返し頼むものですから、
兄も根負けをしたと見えまして、とうとう一ヶ月来の胸の秘密を私に話してくれました。
ところが、その兄の煩悶の原因と申すものが、
これが又誠に変てこれんな事柄だったのでございますよ。
兄が申しますには、一月ばかり前に、十二階へ昇りまして、
この遠眼鏡で観音様の境内を眺めて居りました時、
人込みの間に、チラッと、一人の娘の顔を見たのだそうでございます。
その娘が、それはもう何とも云えない、この世のものとも思えない、美しい人で、
日頃女には一向いっこう冷淡であった兄も、
その遠眼鏡の中の娘だけには、ゾッと寒気がした程も、
すっかり心を乱されてしまったと申しますよ」(P768)


江戸川乱歩もこういうのが好きだよな。こんなのばかり書いているじゃないか。
現実の美女よりも、心に描いた女のほうが美しいという見方もできるわけだから。
で、小説のお兄さんは絵の中の美少女に惚れて絵の中に入ってしまうという。
人を惑わせる「美」っていったいどこに起源を持つのだろう?
「美」はどちらかというと男よりも女に関係しているような気がする。
究極の冷たい美少女は「絵」で、いまでいえばアニメやフィギアなのかなあ。
そっちの世界はよくわからないのだが。

松永延造の「アリア人の孤独」はよくわからないが、あなたは孤独なの?
牧野信一の「ゼーロン」もまたよくわからない小説で、
たぶんなんかの背景があるんだろうけれど、そこまでおまえに興味がないよ。
牧野信一は40くらいであたまがおかしくなって首吊り自殺をしているね。
文学は怖い。
井伏鱒二の「へんろう宿」は細かな情味とおかしみがある佳作。
四国のお遍路宿で、捨て子だけで経営しているという。
順番は逆だが、井伏鱒二も三浦哲郎に似ている。
とはいえ、三浦哲郎が強く影響を受けたのは「井伏さんは悪人です」の太宰治だが。

横光利一の「機械」は大学時代に読んだ記憶がある。
後藤明生の小説作法書に、横光利一の「機械」こそ文学の集大成とか書いてあって。
僕が未熟なだけだったのかもしれないけれど、
大学生の年齢の男子にはよほど早熟じゃないと文学はわからないと思う。
女子大生は脂の乗り切ったころだからわかる人はわかるはずである。
早稲田だってそうなのに、三流私大の学生の文学研究ってなにやってんの?
ちなみに山田太一さんは卒論を
「新感覚派文学運動の旗手(笑)」横光利一でやろうとしていたら、
福田恆存が横光をボコボコにしている評論を見てしまい、
「まったくそうだ」と思い横光利一がバカらしくなってしまったという。
20年ぶりくらいに横光利一の「機械」を読み返してみた結果は、
批評しやすい小説であるなあとね。
作者の「俺ってあたまいいだろう? これがナウだぜ」という叫びが聞こえてくる。
正直言って、井伏鱒二や太宰治の小説は「これいいよねえ」としか言えなくて、
友人と文学議論の題材にはなかなかならない。
反面、横光利一の「機械」ならいろいろ深読みできなくもないから文学議論ができる。
文学的孤独から逃れられるので、こういう小説もあってもいいのではないかと思う。
好きか嫌いかと問われたら、興味がない。男の子くさい小説だよねって話。

黒島伝治の「渦巻ける烏の群」はロシアのあれはシベリアかな?
駐屯地での日本軍のありさまを書いた小説だが、小説をどこまで史料としていいのだろう。
本当にロシアでこんなことがあったのだろうか?
日本兵がそれぞれ食物を持って貧乏なロシアの家庭の娘のところに行き、
ときにはそういう大人の情交もあったという話なのだが、あくまでも小説なわけで。
おもしろい小説は、どこか事実を根に持っていないと花が咲かない。
当時のロシアでの日本軍の手記とか残っていないだろうし、
素人に書かせても事実関係さえうまく書けないから、
小説を歴史的にどう見るのがいいのだろう?
いまこんな小説を読み返す人はいないし、
どんどん事実のようなものも消えていっているのだろう。
そして、それがいいのか悪いのかはわからない。

石川淳「焼跡のイエス」は文章の迫力がすごい。
戦後まもない闇市を描いているのだが、
あのころのエネルギーを生きのいい言葉で捕まえている。俗なことを言うとエロい。
ここは引用したい。お付き合いください。
汚い雑踏の闇市でおにぎりを売っている若い女である。

「焚きたての白米という沸きあがる豊饒な感触は、むしろ女のうえにあった。
年ごろはいくつぐらいか、いや、ただ若いとだけいうほかない、
若さのみなぎった肉づきの、ほてるほど日に焼けた肌のうぶ毛のうえに、
ゆたかにめぐる血の色がにおい出て、
精根をもてあました肢体(したい)の、ぐっと反身(そりみ)になったのが、
白いシュミーズを透かして乳房を匕首(あいくち)のようにひらめかせ、
おなじ白のスカートのみじかい裾(すそ)をおもいきり刎(は)ねあげて、
腰掛(こしかけ)にかけたままあらわな片足を恥らいもなく膝の上に載せた姿勢は、
いわば自分で自分の情慾を挑発している恰好ではありながら、
こうするよりほかに無理のないからだの置き方は無いというようすで、
そこに醜悪と見るまでに自然の表現をとって、
強烈な精力がほとばしっていた。
人間の生理があたりをおそれず、こう野蛮な形式で押し出て来ると、
健全な道徳とは淫蕩よりほかのものでなく、
肉体もまた一つの光源で、まぶしく目を打って輝き、白昼の天日の光のほうこそ、
いっそ人工的に、おっとりした色合に眺められた。
女はときどき声を張り上げて、しかしテキヤの商業的なタンカとはちがって、
地声の、どこかあどけない調子で、
「さあ、焚きたてのおむすびが一個十円だよ……」(P941)


匕首(あいくち)ってわかりますか? ナイフのことですよ。
文章のあそこに「匕首」を入れちゃうこの文章の書き手の才能には参るね。
ナイフでも短刀でもダメで、匕首でなければならない。
引用箇所は文法的になんだかおかしいし、英語に訳せないと思う。
どれほど日本語に熟達した外国人でも、この文章の味はわからないのではないか。
嗜好や語彙、世代の問題もあるから日本人でもわからない人はわからない。
よしんば、わかっても一銭の得にもならない。それが文学。
石川淳くらい古いともう研究の対象になるはずだが、文学研究ってなに?
小谷野敦さんのようにひたすらゴシップを集める以外の文学研究って価値があるの?

睡眠薬中毒でガス自殺した川端康成「バッタと鈴虫」は懐かしい。
中学生のころ川端の「掌の小説」が好きで、こういうものをいっぱい読んだ。
女を剥き出しにする女性もいいけれど、まだ男女に分化するまえの
淡い少年少女関係はそのうち消えるものであるがゆえに美しい。
いわゆる思春期まえの少年と少女のふれあい。
男女の体力差がまだ出るまえの男の子の恥じらいや少女の力強さ。
田舎に行けばまだ「バッタと鈴虫」のような世界があるのかもと期待したくなる。

尾崎一雄は早稲田の香り(悪臭ともいう)がすると思ったら、やはり文学部の先輩か。
「暢気眼鏡」はおもしろく早稲男はこうでなくっちゃ。いや、これでいいのか人として。
結婚相手は自分より身分の低い女で、自分は芸術家だとうそぶき、
そのくせ小説はまったく書けず、書けない書けないと芸術家の苦悩を演じ金がなくなり、
借金の当てもなくなったら女房を働きに出し、癇症持ちで気分が荒れたら女を殴る。
最終的には開き直り「ままよ」と暢気(のんき)に構える。
「俺の女にしてやる」は早稲田文学部の伝統なのか? 僕にもそういう血はあるのか?

中山義秀の「秋風」もよかった。
これもまた旅館の年寄りの番頭からむかしの話を聞くというスタイル。
たぶんこれが物語の原初形になるのだと思う。
人情話と言ってしまえばそれまでだが、
人情をなかなかこうまでうまく書けるものではない。
根にあるのは差別感で、そういう芸妓や樵(きこり)が助け合うのが人情なのだろう。
いま差別された業界ってどこだろう?
いわゆる性風俗業界、AV女優は差別された存在だろう。
四大なんてぜんぜんすごくないのに、高卒は被差別感があるのかもしれない。
こっそり言うと、差別(上下関係)がないと物語が創りにくい気がする。
由起しげ子の「告別」は優等生の小説。
作者の由起しげ子は坂口安吾に「もっとエゴイストになれ」とけしかけられた人。
関係ないけれど、いまはみんな優しいよね。
エゴを出さない。そもそもエゴがあるのかって話。

*最後までお読みくださりありがとうございます。誤字脱字、誤記失礼。

早稲田の聖域は戸山の女子部、女組で、あそこは賢女フェチのゴール。
僕が入れてもらったのは約20年まえだが、絶対に男女で得点調整をやっていた。
ガチンコ試験をしたら95%女子大生になっちゃう。
また早稲田の文学部の男が(僕をふくめて)馬鹿でさあ。
どうしてわかるのかっていうと二外のチャイ語(中国語)。
スタートラインがおなじだから、身もふたもない能力差が出ちゃう。
だって、そうでしょう? いっせいのせで始めるわけだから。
なにこいつらっていうくらい語学チャンピョンの女がいるわけさ。
いまは受験科目に地歴があるみたいだが、
僕らのころは英語、現古漢文、小論文オンリー。
なにそれ? 卑怯じゃない? 
どうして人間の能力を英語、現古漢文、小論文だけで測っちゃうの? 
それ間違っています。
で、あのころは偏差値70あったが(河合塾)、僕の最後のよりどころは東大文系数学。
この子たちは数学ができない。
実際に語学をやってみたらわかるだろうけれど、あれは本当の能力差の世界。
中国語とかマーマーマーマーマーめんどうくさすぎるし、僕はわからない。
それを簡単にできちゃう一文女子は本当に怖かった。
振り返るといちばん楽しかったのは大学時代で、社会的クラスがもっとも高かった。
一文の女の子とか勝気で生意気でお嬢さまでもっとよく眺めておけばよかった。
日本最強の文学部は(質量ともに)早稲田だと思っているが、
いまはもう存在しないから村上春樹の後輩になりたいと思っても無理。
五木寛之の「青春の門」や春樹の「ノルウェイの森」は戸山女子文学。
一文の早稲女って現役18歳で、
「村上春樹はあの顔でもてるはずがない」とか言い放つわけよ。
それから村上春樹を読んだら口淫とか出てきて、
あんなかわいい子がこんなポルノを読んでいるのと二度驚き。
先輩調査をすると脚本家の北川悦吏子さんは東洋哲学専修だったのか。
東哲だけは行きたくないとみんな言っていて、
本当に成績の悪い子が行かされるのが東哲。一文字変えたら東大なのに。
北川 悦吏子さんはまじで大学に来なかったんだな。
それでも通れちゃうのが早稲田の一文。
われらが文芸専修の稼ぎ頭は角田光代さんで、
いまでも文春から講演会の案内が来るんだけれど、それは文芸つながりなの?
いまは一文も文芸専修もない。さみしい。
母校の文の教授連中で僕がいちばん格上とみなすのは重松清さんだか、
教授のシラバスが不穏すぎて笑った。
私語厳禁、おしゃべり強制退出とか繰り返し書かれているの。
いまの早稲女は重松清さんを知らないのかなあ。
幻冬舎の見城社長と収入合戦をして、負けたと言わせた文学畑の稼ぎ頭だったのに。
僕の考えでは大学でおしゃべりされたら負け、出席を取ったら負け。
文学部の女の子とか力関係に敏感だから舐められたらどこまでもおしゃべりされる。
おまえの話なんか聞くよりおしゃべりしたほうがいいってミーニング。
重松清さんも落ちたな。そんなおしゃべりが出ちゃうのか。
うちらの時代、最強だったのは法政の川村湊教授。
でっかい教室でやっているのに、だれも話を聞いていないで、おしゃべりしている。
みんなお菓子を食べながら「久しぶり」とか待ち合わせ場所にしていた。
あそこまで女学生に舐められた教授を僕は知りません。
そして、女の子ってけっこうひどい。
まえにも書いたが川村湊教授は出席を取らないしレポートも課さないし、
つまり来なくていいよって言っているわけで、
成績はめんどうくさいのかみんなにAをつけていた。
あれこそ早稲田なんだけれどな重松教授。
そうか、重松清さんでも出席を取らないと女子が来ないし、
おっぴき出してもおしゃべりされちゃうのか。それ、舐められているのかもしれません教授。
ここ10年くらいの女の子ってみんな眼を書いちゃうじゃないですか?
つけ眉毛っていうんですか。わかりません。
あれをされるとみんなおなじ顔になり区別がつかない。
僕の時代が最後だったのかもしれないが、早稲女はあまり化粧をしたがらない。
なぜなら自分に自信があるからである。とくに一文の子はね。
ナチュラルにかわいいすっぴんの女子をきみは知っているかという話。
あんな極楽天国にいたのに当時はそうと気づかなかった。
もう早稲田に文学部はない。
早稲田本キャンの男組が嫌いで、だってあいつら暑苦しいじゃないですか?
肩を組んでスクラム組んで校歌を歌うとか早く精神科に行ってください、もっと早く。
僕、いまだに大学の校歌なんて覚えていませんから。
高校も中学も覚えていないけれど。
なんかね、ピンチに追い込まれても早稲田の女組が助けてくれるんじゃないかとねえ。
あいつら親が金持だし、一文ならマスコミにいっぱい入っているし。
慶應は医学部がいいのだが、ならば早稲田の花は文学部、女組。法や政経は男臭い。
女組の出なら僕を姉感覚で守ってくれるのを、あははん、知っている。
しかし、どうして、いったいどうして、こんなに男社会なのだろう? どこを見ても男ばかり。
文学部とかキラー女子がいっぱいいたから。
なにその生意気な上向きの挑戦的な育ち盛り、てっぺんの乳がしらというかね。
なんで早稲田は春樹を出した文学部を消してしまったのだろう。
文化構想学部? 早稲田ごときが文化を構想するなんて生意気だよ低偏差値が。
まあ、わかる。文学部は就職できない。
大学で文学やってました、ってなにそれ? でしょう常識的に考えて。
文学は嫁入りまえのたしなみで、研究とかウソウソ。
文学部とか日本から消せばいいのに、しかしあたまがいい女の子はかわいいから困る。
おっさんになったのだろうが母校愛に目覚めたのだが好きなのは文キャンよ。
みなさん早稲田っていうとあそこをイメージするだろうけれど、あれは本キャン。
文学部はあそこにはない。本音を書くと、本キャン大嫌い。
男臭いし学院が妙に威張っているし、いっぽう文キャンは女の子ばっかでやさしい匂い。
僕は人の名前を覚える才能がありますが、一文には「直子」さんが複数いた。
春樹の「ノルウェイの森」にもたしか直子さんが出て来たような(いま手元にない)。
じつは直子っていう名前の女の子は非常にかわいいんじゃないかというね、その裏事情。
なんなのだろう、いきなり目覚めたこの文キャン愛。
法学部とか政経学部とか大嫌い。あちらは男の精液臭い、いやな先輩後輩絶対社会。
一人称「僕」はあんがい楽かもしれない。「わたし」よりもはるかに。
性を隠すのがうまくて、むかし2ちゃんでネカマ、スーパーキャラだったわけで、
戸山女子大育ちのためか女の思考法はパーフェクトに身についている。
男なんかちょっと胸をくっつけたら落ちるというね。
女の子から女の子の秘密、裏テクを教えてもらえたのが早稲田大学第一文学部。
こうやったら男なんか簡単に落ちるとか、知らなくてもよかったのに。
あいつら完全パーフェクトにあたまがいいから、
女性の全体的ポジションを変えようとかではなく、
だったら「女」を利用すればいいじゃないという正解に最短経路で行き着いちゃう。
バカ女ほどフェミますねえ。
知的能力でいえば男女差はまったくない。個人的体験ではむしろあっちのほうが。
やっぱりAVやアダルト動画がつまらないのは、あれは旧来の男女感(観)でしょう?
男は男の役をしっかりやれ、女は桃色の服を着て男に尽くせ。
つまらないじゃないですか?
僕なんか悪いことを知らないし、
ちょっとでも悪い女の子に引っかかったら身ぐるみをはがされちゃうのだろうけれど、
男らしい男とか女らしい女はやだ。いやだ。
「女」ってそんなもんじゃないでしょう? それは演技で芝居で、「女」はそうじゃない。
「女」って本当は強いし、悪戯だし、怖いし、憎まれても平気だし、新聞なんか読まないし。
僕は「男」の足を引っぱることで「女」に尽くしたい。
いまさらながら山田太一ドラマが泣きたいくらい抱きつきたいくらい好きだが、
どうしてそっち方面の権威、古株、あいどん師匠と仲たがいしてしまったのだろう?
いまなら多少は世間を勉強したから、
あいどん師匠の顔を立ててチャンチャンにやるくらいできるのかもしれない。
どこの世界でも古株はいばりたがり、先輩絶対で、それが世間というもの。
笑顔で微笑で、心にナイフを忍ばせて。
東大の人気作家の小谷野敦さんが、
大学生のノートの貸し借りなど意味不明とどこかで書いていたが、
早稲田レベルだとノートをコピーさせてもらっただけでAが取れる。
そもそもノートを取っているのが都立一文早稲女よ。
あたまがいいということはうまくノートを取れるということで、
そんな賢女のノートを見たらぜんぶAが取れますね。
大学教授の話を聞くのがかったるく、
にもかかわらず成績がほぼ全Aなのは一文現役女子のおかげ。
あいつらにはあたまが上がらないっすよ一生ね。
このまえ暇つぶしに山奥にある創価大学に行ったら女子大生がみんな子どもっぽかった。
ソウダイつながりで早稲田の話をすると、一文現役女子とか本当に怖かった。
僕は一浪だったから現役の子なんて妹なのだが、あいつら怖かった助けられた。
田舎もんもいい味が出ていたが、本当に怖いのは都立で現役で女子で一文。
いまでも顔とか名前とか覚えているけれど、
かの女たちはちゃんとグッドなママになっているのか?
いったいどんな男が都立(高校出身)一文早稲女を落としたのか興味がある。
あの子たち、ガチンコで怖いもの知らずで性格がいいんだよ。
ガチンコな話をすると(女子高生のみならず)女子大生でもダメだと思った。
創価大学を見物して女子大生でもダメだと思った。
なぜなら話が通じないから。お子さま過ぎて話が通じないから。
ガチで仏教とか文学にはまっちゃうと女の子と話せなくなるから困っちゃう。
――困っちゃうの。
僕に実際会ってみんな驚くのは、実はいいひとということ。
母から目のまえで自殺されて10年くらいは尖がっていて
ポリともやってやるという強気まんまんだったが、20年経つとお釈迦さまの世界で。
いまの僕は怒らないし他人の事情もわかるし哀しみを知っている。
それはエミーのおかげだし、
ユーミもありがたかったし、ゴックさんのナチュラル天才も功を奏した。
なにそれ? 女の話? って笑われそうだけれど、
おねえさんがやさしかった。癒してくれた。
でも、それはおねえさんで、僕はおねえさんの意思を尊重したくて、自分なんか出せない。
好きになった女の子をナンパするってどういう感覚なのだろう?
だれが実際、八王子まで行き、そこからバスに乗って
創価大学まで行けるかって話で、本当の創価学会ファン、マニアなのであります。
だって、創価大学の校歌っていいでしょう?
どこまでギャグかわからないが、僕、現実に創価大学に行って創価桜を見ているわけ。
学食にぽつんと座って学生たちの会話を盗み聞きもしているわけ。
「池田先生」なんてひと声も聞こえなかった。
新歓の時期のせいか白い服を着ている女の子が多かった。
たまに大声を出す男子がいて、そこは創価っぽくて怖かった。八王子創価大学。
これは実体験ではなく嘘だが、
うちのブログの記述はどこかみんなフィクションだが、
たとえばの話。やたら田舎の山奥にあるのが創価大学。
人と約束があり、それは絶対に破れないので聞くわけである。
ここから八王子駅までのバスって、どのくらいの頻度で出ていますか?
それはアバウトな問いで適当な答えでいいのに、
相手が時刻表うんぬんと騒ぎだしたので恥死したいくらい。
正しい答えは、こんな山奥でも待たないで来ます、なのだが、
そんなアバウトなことはいまは言えないのかしら。
アバウトでいけよ、いこうよ、いきましょう。
いつだったか忘れたが、ラオスにひとりで行ったときのことである。
首都のビエンチャンから田舎町のバンビエンに行くバス旅行の途次である。
まあまた後進国ならではで、バスがよくとまるわけである。
僕はインド東南アジアでは運行時間なんてまったく気にしていないので問題外。
またやっているなあ、くらいの感覚。
バスがとまっても、ふふん、またとまってらあ、くらいの薄笑い。
またバスがとまった。民家の近くである。
ラオスは暑い。気が狂ったように暑いのがラオス。
民家の少女たちが裸で水浴びをしている。
外国人がめずらしいのか笑顔でバスに近づいてくる、ラオスの田舎少女たち。
そのうちのひとりが薄い褐色の肌をして、胸は膨らまないか膨らんでいるかで、
なにより目立つのは下の割れ目、裂け目、一本筋で、
バス車内の欧米客は緊張した。だれも写真に撮れなかった。
西洋おばさんがひとり、あいまいな笑顔を浮かべながら写真に撮っていた。
きれいだった。少女だった。無垢な少女だった。
いつだったかラオスに行ったことがある。妄想かもしれない。
成田だか羽田だったか、空港のカウンターでビエンチャンと言っても通じないのね。
ビエンチャンはラオスの首都。空港の入り口。
過去の経験から東南アジアなんて完全に舐めまくっていた。
入国管理(審査)でパスポートの写真であっちはいろいろ揉めていたが僕は楽勝モード。
ラオスのビエンチャンに入ったとき、僕がまずなにをしたか。
なんかいい感じにビアラオで盛り上がっているラオスおっさん軍団がいたのよ。
あとから聞いたら、あれはなんというのか。三輪タクシー?
その元締めがサンというおっさんで、その人からすっかり気に入られ、
ラオス入国当日から現地人との酒盛りで、
現地の人が食うつまみを食べ(ら)れちゃうこの運のよさはなに?
あっちはあっちのコミュニティーがあり、いきなりその中心部分に意図せず入っていけた。
ボスのサンと腹をわかちあっているわけだから、そこはラオスではなあなあ。
なにこの才能? といまでも自分でも思います。
ジェイコムで山田太一ドラマ「時にはいっしょに」第8話を視聴。
やぼったいことをいうと、きょうだいだなあ。
姉とか妹とかいた男は絶対的に女がわかっているでしょう?
逆をいえば、兄や弟がいた女は男の弱さを知っている。
きょうだいがいないひとりっ子はなにも知らないのではないかという、そのね。
俺は兄とか弟とか大嫌いだが、姉とか妹とかいいなあ。
ダメじゃない、こうしなきゃ、とか姉妹から教えてもらいたい。
実際はそうじゃなくて、かなりあいつらは厳しいんだけれど(え?)、
あんがい兄や弟のほうがダメな男にやさしいのかもしれないのだけれど。
きょうだいはどこまでもおもしろく、ひとりっ子は損。
富裕層はひとり産んだら、もうひとり保険としてつくっておこう。そのほうがいい絶対に。
ジェイコムに録画しておいた山田太一ドラマ「奈良へ行くまで」を視聴。
ゼネコン、官僚、政治家の闇をここまで書いていいのかテレ東。
解釈は人それぞれだが、業界をわすがだが動かしたのは美人妻と言えなくもない。
改めて思うのは、山田太一は(原爆ではなく)ピストル。
これを書いちゃって大丈夫なのかなあ、と40過ぎのいまだから思う。
あれもあれもわかるし、これもこうだったのかとわかる。
ひとつわからないのは、そんな恋愛感情あるかなあ?
物語の動因はひとりの美女(鈴木保奈美)なのだが、
そしてかの女はたしかに美しいのだが、それほど夢中になるか?
俺はさ、俺の心を壊してみろって言いたいね、世界に向けて。
俺の心を壊すような女に会わせてください神さま仏さま創価さま。
「百年小説 全1冊で読む日本の名短編」(ポプラ社)

→このアンソロジーは発表年代順になっているそうだが、
もうこのくらいの時代になると現代日本語とそう変わらず、
そうなると作品の質が明確に現われる。
有島武郎の「小さき者へ」は妙な思い出があってね。
大学時代、社会学ライフコースの大久保教授が授業中にこれを朗読しながら、
ひとり悦に入ったように涙をポロポロこぼしたのね。
早稲女なんかみんな純粋だから大久保先生ステキ♪ みたいに評価が上がった。
少なくとも、社会学の授業中におまえ、なにやってんだ? という声も視線もなかった。
文学史を調べちゃうと、こんな自己陶酔フル満タンの文章を書いたやつがさ、
最後は子どもなんかすべて捨てて人妻と心中しちゃうわけで、
そのガチンコが文学なんだな。よおく見ると、この自己陶酔文にも「なま」が入っている。

「何故(なぜ)二人の肉慾の結果を天からの賜物のように思わねばならぬのか。
家庭の建立に費やす労力と精力とを自分は他に用うべきではなかったのか」(P341)


有島武郎ってどう考えてもマジキチというかガチの文学野郎だと思う。
正宗白鳥の「死者生者」は会話も多く読みやすい。
旦那が病気で倒れた貧乏長屋の生活をうまく描いているが今一歩リアリティーがない。
しかし当時、正宗白鳥の小説を読めたのはインテリだけだったわけで、
「本当のこと」よりも「本当っぽいこと」のほうが価値が高かったのだろう。
病気になっても医者を呼ぶ金も薬もない時代から比べたら、いまは本当にいい時代。
男と女がいっしょになったらすぐにゲスなことを考える下層民の生態をうまく描いている。
病人の介護はもういやだ、とか現代にも通じかねない本音を描いている。
かといって、傑作かと問われたらそれはわからない。

永井荷風の「勲章」はよかった。
よくさ、下層民にセンチメンタルに同情しちゃう人がいるじゃないですか?
永井荷風は下層民がただただおもしろいから下層民と分け隔てなく付き合い、
そのおもしろさをより深く知ったうえで、そのおもしろさを描いているようなところがある。
永井荷風の「勲章」は、下層民っておもしろいでしょう! 
という作者の感動が伝わってくる佳作。
志賀直哉の「真鶴」は志賀直哉。志賀直哉って三浦哲郎に似ている(順番は逆だが)。
加能作次郎の「恭三の父」は文盲の義父(?)が息子にガミガミいう話。
国民皆兵のまえはみんな文盲だったのではないか。
いくら江戸の寺子屋はあったとはいえ、そんなのに通えるのは一部だけだっただろう。
昭和に入ってからもいわゆる「路地」とか「朝鮮部落」では文盲がいたと聞く。
そのとき書き言葉っていったいなんなのだろう?
武者小路実篤の「久米仙人」は正直な話である。
殿上人、貴族のような仙人が下層民の生態に涙して落下するというね、それリアル。

中勘助の「妹の死」は不謹慎な小説で、死にゆく妹の様子を、
ほほう、人は死ぬときこういう状態になるのかと手帳にメモしながら書いた小説。
肉親の情よりもなによりも観察に重きを置いている。こんなことをしていいのかなあ。
谷崎潤一郎の「刺青」は新しい女性像を創りたいという願望の現われだろう。
良妻賢母とか文学少女のみならず文学青年から見てもおもしろくないわけである。
氷のように冷たい女性から、
「あたしのこと好きなの?」
と意地悪く笑われたいという願望を谷崎は持っていたはずだし、
なぜならと根拠を申せばわたしがそうだからで、しかし、実際はおねえさんに甘えたく、
だからどうしようもなく谷崎は「刺青」を書いたのだと思う。
ちなみに元スジモンの人から聞いたけれど、刺青はその世界ではモンモンというらしい。
里見トンの「椿」はよくわからなかった。

岡本かの子の「鮨」はめったにない大傑作である。
その証拠というか、ほかのアンソロジーでも取られていた。
これはすごいものを書く人だが、岡本太郎の母だったのか。
人間の細かな気持の綾を見逃さず、少女らしい冷たさ、母親らしい暖かさで描いている。
ちょっとこの人には参る。
過不足のない言葉で、この短さで、こんな冷たい暖かい話を書かれたら後続は困る。
内田百聞の「サラサーテの盤」は難しくて当方の頭脳では理解できません。

室生犀星の「生涯の垣根」は身辺雑記ながら味のある物語になっている。
文学新人賞にこういうのを出したら下読みはたまげるだろう。
作者が室生犀星というのが前提の話なのである。
定年を迎えた老人が趣味の庭造りの話とか書いてぜひ新人賞に応募してもらいたい。
文学は書かれている内容ではなく、作者が勝負なのかもしれない。
久米正雄の「虎」は私小説風味で物語がないが、
振り返ってみれば、いままで読んできた日本近代文学もみんなこんな感じだったな。
でもまあ退屈させなかったから、そこは評価する。
芥川龍之介の「お富の貞操」はどこからどう考えてもエロ小説。
乞食ふうの身なりの男が処女に飼い猫を殺されたくなかったら、おまえの体を貸せ。
そういうシーンの男の冷たさと女の生き身の複雑さをうまく言葉で描写しているから、
これはいわゆる文学あつかいなのであって、設定はポルノ小説と変わらない。
で、好きか嫌いかと問われたら、芥川の「お富の貞操」は、うん好きよ。
文学少女とかまず芥川から入るけれど、あれは作者がイケメンで、
読みやすい短編が多く、物語構造が単純で、
善悪美醜貴賤がはっきりしているからではないか?

「百年小説 全1冊で読む日本の名短編」(ポプラ社)

→「森鴎外から太宰治まで、51人の名短編をこの1冊に」――。
むかしから人と文学論議を交わしたことがないが、
なぜなら読む本がいっぱいありすぎて読んでいる本が異なり、話が合わないのである。
もう日本近代文学なんて穴だらけで、がためにこういう本は助かる。
筋トレになるくらいの重い本で、しかし総ルビのため音で読めるのは嬉しい。
この本を買ったものはいようが、ぜんぶ読んだのは日本で百人もいないのではないか。
以下、自分の文学勉強のために思ったことを記す。

森鴎外の「杯」、夏目漱石の「夢十夜」どちらもよくわからない。
これが近代文学の夜明けなんですか、プゲラッチョって感じ。
幸田露伴の「一口剣」はいける。これは味がある。
剣を作る刀師のところに最高の名剣をとのお殿様からご注文が入り、
前金でかなりの報酬をもらうが、口だけのやつで完成する見込みがない。
このため気落ちしている亭主を励ます妻がいい。

「なんのなんの、女房に亭主が云ひ訳には及ばず、
ホホ気を大きくして最少しお飲みなされ、あとの話しは酒にあたたまって寝てからと、
胆の太い女かな、立上って戸締りをして来て座について、
又一盃仰ぎ、ええお星様の落ちたを見て薄ら寒くなった、
チョッ、何が何様(どう)したって何様(どう)なるものぞ、
ホホホ、惚れたが弱身で負けて遣る」(P81)


ほいで結局、世話女房の期待に応え、
ダメ亭主が一念発起して天下の名刀を作ることに成功するのだが、これはいい。
ポプラ社もいい仕事をしている。
引用はネットから取ってきたのだが、原文はいまの日本人には読みにくい。
小さい「っ」が「つ」になっているし、当時の文法記号とかあるから。
「ゑ」とかいまの子は読めないでしょう。
それをぜんぶ現代日本語にして、すべてルビを振ったわけだ。音で読めちゃうわけ。
子どものいる家はこの1冊を家に置いておいたら天才文学者ができるかもしれないぞ。

尾崎紅葉「拈華微笑」は当時の恋愛小説かと思われる。
当時の文学青年はこういうのを読んで、
ああ、こういう自由恋愛感情があると知ったのだろう。そして、真似してみたいと。
徳冨蘆花「吾家の富」はわけがわからずイッテヨシ。
国木田独歩「武蔵野」は(わたしが大嫌いな)風景描写が延々と続く作品で、
半年まえに読んだときは「死ね死ね」と脳内シャウトしたが、
いま最後の部分を読み返してみると、なんだかいいのである。
音とリズムで読むとなかなか悪くない。
文章を音とリズムで読むというのは、ごく最近に開眼したことだ。
山本周五郎青年の習作原稿を読まずに捨てた徳田秋声の「風呂桶」。
なんてことはない身辺雑記だが、笑えることも書いてある。

「男は年を取るに従って、洗練されて来る。しかし女はその反対だと思われた」(P160)

これは先日の花見で独身男性のAさんと大笑いしながら盛り上がったテーマのひとつ。
おおむかしから言われていたことだったのか。
短編ひとつで判断するのは酷だが、徳田秋声は山本周五郎の足元にも及ばないだろう。
島崎藤村「伸び支度」は初潮が来た少女の心の揺れを描いた小説で味があると思ったが、
これはおそらく男の妄想で、女が読んだらまったくリアリティーがないのではないか?
むしろこういうふうに振る舞ったほうが男性社会では受けるという押しつけに感じる。

樋口一葉の「わかれ道」はいま読み返したのだが、これは大傑作ですよ。
孤児の男の子がお姉ちゃんと慕う針子のさみしげな女が妾(めかけ)になるまで。
ここまで淡い情緒を、きれいな言葉で書かれちゃうとね、泣くしかないよ。
樋口一葉は短命だったから作品数なんて少ないはずで、
ぜんぶ読んでみたいが時間がない。
「小指」の堤千代(直木賞)とおなじで、儚(はかな)さがたまらない。

岡本綺堂の「修禅寺物語」もうまい。
日本人らしい情緒があるのに、しっかりとした西洋ドラマ形式も守っている。
日本的情緒とはなにかといえば、あきらめてさめざめと泣く美しさなのだと思う。
この世のことは断念して、その哀しさを哀しさのまま味わい涙という水に流す。
岩野泡鳴の「猫八」は、うーん、おまえはそれでいいや。
泉鏡花の「外科室」は何度読んでも鏡花が嫌い。
近松秋江の「青草」はバンカラ小説なわけ?

ジェイコムで録画しておいた山田太一ドラマ「さみしい春」を見たら、
「こんな偶然ある?」というセリフが多かった。
シナリオで読んでいたからあらすじは覚えている。
反社会勢力(総会屋/ヤクザ)を弾圧してそれで? という話であった。
最後はみんな踊り念仏のようにダンスしていた。
リズムもメロディーも合っていなかったが、みんなで踊っていた。
わたしは現実、実際あったことは書かない主義。
本当に聞いた「なま」は書かない。人生へのおそれがある。
そして、それを書かないからおもしろいわけで――。
こんな偶然ある?
俺なんかさ、本来19年まえに死んでいてもおかしくないわけ。
だれだって大好きな母親から目のまえで自殺されたら死にたくなるよねって話で。
いま生きているわけでしょ。
先週の土曜日には花見をやっちゃったよ。
わざわざむかしの同僚のAさんに大宮から近所の公園に来てもらって。
企業名を書いていいのかわからないけれど、コージーコーナー時代の先輩。
思い出っていいねっていうか、いまから見ればコージーコーナーおもしろかった。
女だらけの女社会で、そこに噂話が渦巻き、それを教えてくれるAさんがいて。
いちばん感謝しているのはコージーコーナーのひとつまえの職場かも。
あそこのおかげでクレジットカードが取れたわけだから、さすが大和ハウス系列。
どう考えてもあそこはホワイトで、恨んだりしたのは悪かったなあ、とね。
クレカがない人生なんていまでは信じられないし、あそこは有給もくれたし、
社会の仕組みも教えてくれたし(サービス早出、知的障害者優遇)、
学会員のコカさんにはいまさらながら大感謝。大感謝祭。
ラオスのバンビエン(ドラッグフリー)でさ、あぶないクラブみたいのに行ったら、
若い韓国人と若い白人がみんなスーパーフリーでなみだが出た。
フリー、フリー、スーパーフリー。
山田太一ドラマ「早春スケッチブック」で表現者が生活者に胸打たれ、
生活者が表現者のありさまに感動するシーンがあるけれど、バンビエン。
感動する能力というものがございますのかもしれませんですね。

「羅生門 蜘蛛の糸 杜子春 外十八篇」(芥川龍之介/文春文庫)

→いみじくも井上靖が芥川の天才を、人生体験がまったくなかったことと評していた。
なまの経験ではなく、知的観念だけで小説を書くのは才能だが、それには限界がある。
いまでも十分におもしろいが、どこかよくてきているなあ、という秀才型の小説が多い。
僕は「地獄変」「奉教人の死」「南京の基督」をよくできた西洋人形のように評価する。
「一塊の土」「玄鶴山房」は芥川の生活者へのあこがれがよく書けているが、
西洋理知的でまったく「土」のにおいがしないのが芥川のハイカラ趣味だろう。
「点鬼簿」は失敗した私小説。
「河童」「歯車」はストリンドベリの影響が強すぎて、おかしなことになっている。
ストリンドベリの邦訳作品はすべて読んだものから見たら、
芥川にはかのスウェーデン作家からの悪影響が強く見られる。
理知の男と動物の女が闘ったら動物が勝つのが当たり前だが、
いやいや、それは違う――西洋的理知のほうが東洋的肉体より強い、
と言いたがっているところがなくもない。
「藪の中」のここはまさにそうである。
縛られた夫の目のまえで女菩薩のような妻は悪党に強姦蹂躙され、
思わず女のさがで歓喜の声を上げてしまう。ことが終わり――女の独白。

「その紺の水干を着た男は、わたしを手ごめにしてしまうと、
縛られた夫を眺めながら、嘲るように笑いました。夫はどんなに無念だったでしょう。
が、いくら身悶えをしても、体中にかかった縄目、一層ひしひしと食い入るだけです。
わたしは思わず夫の側へ、転ぶように走り寄りました。
いえ、走り寄ろうとしたのです。
しかし男は咄嗟とっさの間あいだに、わたしをそこへ蹴倒しました。
ちょうどその途端です。
わたしは夫の眼の中に、何とも云いようのない輝きが、宿っているのを覚りました。
何とも云いようのない、――わたしはあの眼を思い出すと、
今でも身震いが出ずにはいられません。
口さえ一言も利きけない夫は、その刹那の眼の中に、一切の心を伝えたのです。
しかしそこに閃いていたのは、怒りでもなければ悲しみでもない、
――ただわたしを蔑さげすんだ、冷たい光だったではありませんか? 
わたしは男に蹴られたよりも、その眼の色に打たれたように、
我知らず何か叫んだぎり、とうとう気を失ってしまいました」(P223)


芥川はなにも知らなかったがために、名短編をいくつも書けたのだと思う。
まだ若い晩年には少々なまの生活を知ったようで作品世界が壊れている。
男は観念としては愛する女がやられているのを見るのは興奮するが、
実際にそんなことをされたらいやでしょう?
女も観念としてはレイプ妄想を抱くときもなくはないだろうが、
現実にそんなことをされたらトラウマが10年、20年消えないわけだ。
芥川は書生どまりであるがゆえに創作に行き詰まり自殺したが、
それが若かったがために永遠の文豪になった。
芥川から商業的に学ぶことがあるとしたら、
20代前半で芥川賞を取り30過ぎくらいで自殺すれば、
いまでも文豪になれるのかもしれない。

「井上靖全集 第25巻 エッセイ3」(新潮社)

→全集第25巻は井上靖の美術記事が中心に収録されている。
井上靖の京都大学での専攻は美学で、毎日新聞でも長らく美術記事をしており、
当時の画壇とも通じていた。
わたしは音感、語感はともかくとして美感はまったくといってよいほどなく、
絵を見て感動したことはほとんどないし美術館に行くこともない。
先日、富士美術館に寄ったのだが、
千円も払って古刀なんて見たくないと入場しなかった。このへんがお育ちの問題で、
美術がわかる人を見ると高貴なお生まれのような人の気がする。
美術鑑賞の基本はこういうことなのだろう。
戦前、毎日新聞の美術記者だった井上靖の書いた文章を引く(昭和18年)。

「古いもの、新しいものを問わず、現代人が美術作品に関心を持ち、
それから何ものかを求めようとしていることはれっきとした事実である。
美術作品のみが持つ、観るものの心を高めてくれるもの、
慰めてくれるもの、鼓吹してしてくれるもの――
そうしたいろいろの美しさを人々は求めているのである。
一言の文句もいわずに、その前に立つだけで
人の心に滲み入ってくる謙虚な話し方、
それでいて他の何物よりも強く働きかけてくる不思議な力、
そんなものが現代人の多忙な心に、大きい魅力となっていることは不思議ではない。
この激しい事実の世紀に処し、光輝ある耐乏の生活を闘い抜くために、
確りと自己を支えるものとして、人々は意識すると否とを問わず、
美術作品の内に持つ永遠なるもの、
芸術的な永遠の生命に激しく惹かれているのである」(P372)


この文章を読んで影響を受け、家にある版画集やら写真集を持ち出してきて、
一丁前の感動をしようと思ったが、この絵はいいとかわからないで、
いくらするんだろう、なんぼや? という庶民的視座から離れることはできなかった。
とはいえ、庶民に芸術的な永遠の感動が必要なのも理解できなくもない。
このまえ花見で、職場でお世話になった59歳の独身男性に、怒らないで、と聞いた。
毎日、なにがおもしろくて生きているんですか?
「仕事がおもしろいよ」って言われて、内容を聞いたら時給千円の単純労働。
本当にそれがおもしろいんですか? と畳みかけたら、相手は言葉を詰まらせた。
「毎日、おもしろくないよ。なんにもないんだもん。くそおもしろくもねえ」
しかし、人生そんなもの。生きていくとは、そういうこと。
これは山田太一ドラマから学んだことである。
上記したものと正反対の生き方が、芸術家的な人生である。
井上靖はいう。

「芸術家も、文学者も、芸術家として、文学者として生きるということは、
己が人生を制作によって刻むことであろうと信じます。
自分が生きた証しを、一歩一歩、制作という形で彫り、
刻むことであるに違いありません。
大芸術家はみなそのようにして生きた人たちであります。
成功も、不成功もありません。立派さがあるだけです。
私もまた文学者の端くれとして、氏[『大同石仏』の前田青邨]にあやかって、
そのような道を歩きたいと思います」(P224)


とはいえ「生活者/表現者(芸術家)」の区分でいまから見たら、
井上靖の人生は芸術家のそれではなく、処世をうまくやった生活者の顔をしている。
井上靖には妻や子ども、愛人、同業者というしがらみが多すぎた。
最前、井上靖を生活者の顔といったが、どんなものが芸術家の顔なのか。
セザンヌといわれてもわたしはひとつも絵が思い浮かばないが、
井上靖によると、セザンヌこそ芸術家の顔という。

「私は芸術家の顔では、セザンヌの顔が好きである。
「自画像」のセザンヌもいいが、
パリの印象派美術館にある写真のセザンヌの顔はもっといい。
傲岸(ごうがん)、不信、拒否、猜疑(さいぎ)、そんなものの固まりのような、
見るからに気難しい髭面(ひげづら)の老人である。
その写真を見た時、このような面魂(つらだましい)で対象を睨(にら)まなければ、
人間であれ、自然であれ、あのように相手の核心に迫り、相手の持つすべてのものを、
あのように愛情深く摑(つか)み出すことはできないであろうかと思った。
セザンヌもそれぞれの時期で、対象への対(む)かい方が謙虚になったり、
烈しくなったりしている違いはあるが、一貫しているのは、
常にどの作品からも対象に対する愛情深い眼を感ずることである。
恐ろしいほど対象をよく観ていることである」(P622)


これはスウェーデンの劇作家のストリンドベリや、
アメリカのノーベル賞作家のユージン・オニールの顔に通じている。
自分が見えなかったら、相手が見えるはずがない。
むかし脚本家の山田太一さんが講演会で言っていたが、
「まず自分を愛せなかったら、他人なんか愛せるわけがないじゃないですか?」。
他者を愛することへの根本は自己愛にあるのだろう。
井上靖によると、ゴッホは自画像をよく書いたという。その数40枚である。

「ゴッホが最も関心を持ったのは自分自身なのだ。
自分でもどうすることもできなかった自分を、
結局は自らの手で生命を断つ以外仕方なかった自分を、
ゴッホはふしぎなものを見詰めるような思いで描いているのである。
(中略) 彼は自分の仕事のことしか認めていない。
彼は世間普通の人として生きる時間も、
常人のいわゆる休養の時間も持たなかったのである。
彼は希望に燃えているか、苦しんでいるか、絶望しているか、
そうした時間しかなかった。
この《自画像》はそうした男の顔である。
内に狂気を持ち、それを無比な冷静さで見守っている男の顔である」(P162)


ゴッホみたいな孤独と狂気、歓喜、絶望を生きるよりは、
平々凡々と会社勤めをして、レベルにあったカーチャンでもゲットして、
毎日なんだかんだとありきたりな愚痴を口にしているほうがはるかに幸福だろう。
芸術なんか目指すものではないし、おそらく天才稼業ほどしんどいものはない。
レオナルド・ダ・ヴィンチを天才として、井上靖は以下のような天才論を述べている。
レオナルドは男色だったのか、生涯独身だったが女を知っていたのか、
ということから始まり、男の宗教や信仰、大量の学術研究の意味等、
さっぱりわからないが、いったいこれはどういうことなのだろうか?
わからないことづくめである。あるいは、と井上靖は思う。

「私たちが判らないのと同様に、レオナルド自身判らないかも知れないのである。
天才というものは自分でも理解できない混沌たるものを自己の内部に詰め込み、
それに動かされている人であろうからである」(P124)


「井上靖全集 第24巻 エッセイ2」(新潮社)

→井上靖全集のこの巻は、作家の小説作法の開示がおもしろい。
小説は文章で書かれるが、価値観は人ぞれぞれだが、
井上靖はどのようにいい文章というものを見ていたか。それは正確な文章だという。

「私は現在、一番簡単なこととして、正確、的確な言葉を、
文章にはめこむことを心掛けている。
薄暮、黄昏(たそがれ)、夕刻、夕方と、いろいろな言葉があるが、
ごく普通の散文の場合、夕刻か夕方をとる。
余分な情感が入って来ないからである。しかし、勿論(もちろん)、
時と場合では、薄暮が必要な時も、黄昏の必要な時もある。
面倒臭い、大儀、億劫(おっくう)、――同じような意味内容であるが、
これを一つの文章にはめ込む場合、どれを選んでもたいした違いはない
という考え方は許すべきではないと思う。
「面倒臭い」がいいか、「大儀」がいいか、「億劫」がいいか、
あるいは多少異なった使い方で
「懈怠(けたい)」といった言葉を持ってくるべきか、
――この中におそらく一番文章を安定させ、
生きたものにさせる言葉があるに違いないのである」(P640)


井上靖は詩作から文学を始めている。
「言葉、言葉、言葉」と言ったのはハムレットだが、語彙が肝心なのだろう。
「しかし」「けれども」「とはいえ」「だが」「がしかし」「でも」でもおなじことが言える。
うまい文章の書き手にはたとえば絶対音感のような、
絶対語感が必要とされているのかもしれない。語彙を増やすには本を読むしかない。

次に小説はどこからやって来るか。井上靖は偶然だという。

「小説の材料というものは、私の場合偶然に向うからやって来る。
私ばかりではなく、他の作家の場合でも、大抵作品の材料というものは、
向うから勝手にやって来るものであろう。(中略)
向うから材料がやって来る以外、
つまり自然に自分が書きたいと思う気持が生れる場合以外、
作家は筆を執ることはできない。
若(も)し自分が無理にこしらえ上げた材料で筆を執った場合、
その作品はまず例外なく失敗である」(P484)


作家は待つのが仕事。似たようなことは山本周五郎も言っている。
締切の関係で悠長に待っていられない場合は、
井上靖の場合、読書や旅行をすると、なにかが向うからやって来るという。
あるいは本当の創作の母は締切りかもしれない。

「……私の場合、締切りがあるので、ともかく作品が生まれている。
締切りがなかったら、私のような怠惰な人間は、
一作生むのも容易なことではないかも知れない。
私の場合、どの作品も締切り日を目指して書いている。
締切り日までに何日か余裕があるといった状態で、
作品の最後の行を書き上げたということは殆(ほとん)どない。
これは必ずしも短い日数でぎりぎりのあわただしい仕事をしているという
許(ばか)りの意味ではない。余裕が何日あっても、
結局最後は同じ状態になってしまうようである。
作品から離れるのは締切りの日である」(P454)


しかるがゆえに、このため、こういう事情で――。

「締切りがないので、なかなか一作が生めないでいる作家志望の人は、
いまでも随分多いのではないかと思う」(P455)


人気作家の小谷野敦さんは締切りのだいぶまえに書き終わっていると聞くが、
かなり最初から計算して、その計画通りに書いているからではないかと思われる。
完全な事実を書くだけの私小説ならば、作品内で人物は勝手に動き出さない。
しかし、フィクションの場合はそうではないと井上靖はいう。
作中人物が勝手に動き始める。どうしてそうなるのか?

「大体作家は一人の人間を造形するのに、
会話や、その仕草(しぐさ)表情を書いて行くが、
不用意にさせた会話とか、不用意にさせた小さな仕草のために、
作中人物の性格は予想していた性格とは
かなりかけ離れたものになり勝ちである。
初め予想した性格とは違った性格の人物が小説の中へ登場してくる場合もある。
人物の性格がずれれば、当然その人物の行動というものもずれてくる。
作中人物は作者の生み出したものではあるが、生み出された途端から、
自分の呼吸の仕方で呼吸し、自分の歩きたい方向に向かって歩き出す。
容易に作者のいうことをきかない鬼子になってしまうものである」(P465)


井上靖の作中人物はほとんどの場合、モデルがいるという。
ただし、フィクションの小説ゆえモデルをそのまま使うわけではない。
まずはじめにどんな人がモデルになるのか。

「その性格について、あるいはその所行について、
どうしても理解し難い人物にぶつかると、その人物を書いてみたい気持が起ってくる。
(中略) 男でも女でもいいが、一人が他の異性に心惹かれるということは、
大抵どこか相手に判らない点があるからである。
その判らない部分を、自分こそ相手の内部へはいり込んで埋めてやろうと思う時、
恋愛感情の最初の出発はあると言っていいであろう。
何もかも向こう側まで透いて見えて、すっかり判ってしまう相手に、
人は心惹かれないものである。
その反対に、何もかも、相手の全部が判らないといった場合もあるが、
その場合は、これは初めから恋愛の対称というものにはなり得ない。
無縁の人物であると言うほかない」(P550)


魅力的なモデルに出会い作中人物にする。
井上靖の場合、本当か嘘かはわからぬが、女性はモデルにならないらしい。
理想の女性像が高すぎるのだろうか?
しかし、井上靖は愛人の白神喜美子の存在を終生隠していたから、
どこまでが本当の小説作法かはわからない。
モデルにするとはどういうことか。

「さきほどモデルにするということは、相手の心の内側へ入りこんで、
相手の心の動き方を、自分の心の動き方として書くことであります。
書くのは自分の心の動きであります。
そして、モデルの心の動き方を書いていく、こういうことになります。
書こうとしているのはモデルの心でありますが、
本当に書いているのは自分の心であります。
従って少し大げさに言いますと小説の中の人物というものは
男を書こうが女を書こうが、
多かれ少なかれ作者の分身であると言えます。
作者の一面をどこか託されて、そして小説の世界を生きていく、
これが小説の中の人物であります」(P584)


しかし、それはむかしの神視点(全体目線)の小説ではないか?
いまは「太郎は花子のことを見て、こう思った」のワンカメラ小説が主流のはず。
「そのとき花子はじつはこう思っていた」と書いたらインチキくさくなるのではないか?
むかしの小説は平気でそういうことをやっていたが。
安吾くらいまでなら複数視点小説があったと記憶している。
主人公目線の小説で、相手の心理は書かないのがいまのルール。
むろん、ルールを壊してはいけないという絶対の決まりはないし、
手紙形式にしたら複数目線(視点)ができる。
ドラマや映画の場合、逆に一人目線だと退屈になる。
井上靖は仏教用語でいう十界互具や一念三千のようなことをいう。

「……モデルを使うということは、モデルを使うことによって
小説家は自分でも知らない自分の心の中に隠れていたあるものを
引っぱり出し、それを書くということであります。
そうでありますから、願わくば私は自分の中にいろんなものが
いっぱい詰まっていればいいと思います。
きたない面もほしいし、いい面も、きれいな面も、みだらな面も、
欲の深い面も、金遣いの荒い面も、何もかもがいっぱい詰まっていれば
非常に都合がいいわけであります。
そしてモデルを捜しては、そのモデルの力によって自分でも気づかなかった
自分の心のある面を引っぱり出し、
そしてそれを小説の中の人物へ託して書いて参ります」(P585)


自分のなかに男も女も、仏心も大悪も、淫蕩も潔癖も、絶望も希望も、美も醜も、生と死も、
――数えきれないものが入っているほうが作家としては強いのだろう。
その作家の複雑な心が読者の心と共鳴したとき、
うまくいけば感動が生まれるのかもしれない。
小説は作者と読者の心の会話なのかもしれない。だとしたら――。

「私は小説を書く場合、ほとんど登場人物の顔、形については言及しておりません。
表情でさえもまた極く大掴みにしか説明しません。
その方が読む方では自由なイメージが作りあげられるようです。
煩瑣(はんさ)な容貌姿態の説明はかえって読者に煩わしいと思っています」(P476)


菊池寛が言ったという、小説は40歳から書くべきもの。
この言葉が井上靖のある種の心の支えになっていたようだ。
40を過ぎて小説を書き始めた井上靖は述懐する。

「小説を書く以外、もう私には別段他に何も面白いことはないようである。
小説の形で自己を表現したい欲望だけが、ただ一つのものとして、
私に残されている」(P437)


「文学とは、それ以外の何ものも出来ない人の仕事である。
私は幸か不幸か、数少いそんな人間に生まれついて来たようである。
[文学志望だった]みんな転向した中に、
私一人が転向できなかった。そんな気持である」(P442)


人間の内界と外界が実は共鳴しているのではないか、
と言っていたのは心理療法家の河合隼雄。
僕なんかのことをご心配くださる方のために書いておくと大丈夫だから。
先週は対人活動が異常活発して対人恐怖症がぶり返した。
それが終わってホッとしたのか昨日今日と信じられないくらいよく眠れた。
書くと精神異常を疑われかねないほど寝ている。よく夢を見た。
24時間以上、なにも食べていないがいまだ空腹は感じない。
けれど、野菜ジュースを1杯、飲むヨーグルトを2杯飲んでいるから大丈夫だろう。
いまのこころは桜色。青が散る。

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写真2枚目は「文学の池」「文学の橋」、そして――。
生まれてはじめて美に興味をもったが(色彩のぐあい)
悪いけれどいまから一歩から研究権威近似行為はできなく、
もうこれは自分の感覚を信じるしかない。
仏教ライターのひろさちやさんは色盲で、まったく人と違うように色が見えるという。
絵(ドラマ/動画/大嫌いな映画)を色の配置を考えてみることもできよう。
かなりの本音だが、男男女男男だと女が目立つでしょう(わからない)?
女女男女女だと男が目立つが、そうすると女は勝手に男になろうとして喧嘩を始める。
色の配置、
色彩学的な興味情味があるが、いまさら平成組の若い講師に教わるのはいやで、
自分で勉強する。美少女、美女の定義は(おそらくないが)なに?
アカ、アオ、クロ、シロ。心が定義。
黒のなかに白が一点あると目立つし、白はあんまりおもしろくない。
白いキャンパス(絵描帳/ノート)を渡されて「絵」を書ける人がどれほどいますか?
昭和組に提案いたします。時間を戻そう。はやたん、つらぽ、むりゆす。
いくら稼いだって長生きしたって稼いだぶん次にはマイナスになるかもしれないんだから。
プロレスをしよう。本気でプロレスをしよう。黒があるから白があるわけじゃない。
左翼があるから右翼がある。戦争があるから平和がある。
出版があるからネットがあるでいいじゃないですか?
ドクター組はドクター組で、ナース組はナース組で対立しながら裏では仲がいい。
ガチンコがあるからプロレスがある。
プロレスばかりじゃいけないし、ガチンコはやらないほうがいいが、やらないとつまらない。
おもしろかったらいいも真理だし、法学部最強もそれでいいんじゃないの?
最後に勝つのは人情ややさしさ微笑ではないかと思う。
和顔愛語。しかし、
それは原爆のような憎しみ冷たさ鋭利を常に維持していなければできない。
死があるから生がアイエヌジー。善や正義は悪に依存している。
なつかしい春が来ました。
これからは明治組(死)、大正組(死)、昭和組、平成組、冷笑組、まちがえた令和組か。
じつは音で合わせているという、和歌かよ。
はじまりはえいえいおうで、
ショウとショウを合わせ、和平で強引につなげ「えい」でつなげている。
冷静になれって他人の意見を見ないことなのだが、霊性に目覚められても困る。
いろんなことを思う。変わり目で出ることはある。政治家は占い師が大好きだから。
わからないが、これもたぶん業界の鉄則だろうが、
「あ」で終わると終わらず始まりいう感じがするのではないか。
「あいうえお」――。
「お」の終わらな人、終れない人が大勢いるなかで、また「あ」もいいのかもしれない。
でも、いったん終わって(「お})からの「あ」。
最後は「あ」でまとめるのが「正しい」のか「お」かは、わからない。
法令の「正しい」根拠は西洋社会。
西洋は終わって東洋が始まってもいい気がするが本当にわからない。
むかしはある区の警察署長になると
税金がかからないなまが数千万レベルで入ってきたと、
ソースもとを書いちゃいけないのかなあ。
あそこはわかっている人には安全で、ヤクザがしめているから、
そのルール(五線譜)に従えばいい。
警察もヤクザが警察をやってくれるので逆にしまりがよく安定していた。
これからは法令で和楽かあ。それもいいのかもしれない。
言葉を重んじるということである。書き言葉だが。

書き言葉の解釈は人それぞれ♪

画数が少ない令和もいいと思いますですね。めんどうくさくないし3音だし。