タイトルのようなご質問をコメント欄でいただいたが、それは違うんですよ。
東大は卑怯で、あらゆる問題において正解を発表していない。
自分が間違えているか正しいかもわからない世界。
わたしは命をかけても証明したいところがあるが、東大入試はインチキ。
英語も現代文も古漢文も正解を出してみろよ。それは絶対に否定できる。
仏教の東大である法華経も、正解は書かれていないでしょう?
東大の正解も法華経の正しい解釈もよくわからない。
ただ一文現役女子の言語最強の賢い正義の清い香りはいつまでも忘れられない。
早稲田大学の第一文学部は世界最高峰のキャバクラ、女子校、女浄土である。
細川ふみえの影響かもしれないが巨乳は馬鹿という定説があり、
わたしの人生経験を踏まえたうえで、いわば学術的結論としていえばそれは正しい。
おっぱいの大きい子は馬鹿が多い。
胸が小さくなればなるほど脳への血液がまわり(笑)賢くなる。
つるぺったんな香港美少女とか気が狂うほど英語がうまかったぞ。
いままで出逢った子で、乳のでかい子に賢女はいない。
乳に栄養がまわると脳になにもかも栄養が不足するのである。
これは正しい検証結果だ。わたしは在野の学者であります。わたしは正しい。
どこで文学に開眼(してないかも)のか考えてみると、
中学生のころの井上靖か高校のころの五木寛之か大学の宮本輝かわからない。
がらの悪いことを言うと、京都大学、早稲田、追手門と落ちていっている。
反面、学力は急上昇で、
最後は東大まで射程に入れたくらいで自分でも理由がわからない。
高校生のころ五木寛之の「青春の門」を手に取り、
これほどおもしろい読み物があるのかと驚いた。
小説の舞台、早稲田の文学部に神秘的なあこがれを感じたが、
自分がとても入れるとは思わなかった。
「青春の門」のような小説が好きで、純文学はよくわからなかった。
なんのご縁か文学部に入っても、純文学小説は読まなかった。
おもしろくないからである。
日本中から文学部なんかなくなったらいいのになあ。使えないじゃん。
勉強したければ、ひとりで勝手に本でも読めよって話で教わるものではない。
文学は生活破綻者の最後の吐息なわけで、
大学で教えたり研究するものではない。
親から大金を払ってもらい有名大学の文学部に行かせてもらったが、
授業はつまらないのでほぼほぼ出ていない。
むかしの作家の生原稿を見るのが文学研究だという、
モヤシのように細い、
女子高生にも勝てなさそうな非常に喧嘩が弱いと見受けられる教授がいたが、
彼は全A(みんなにAをつける)なので名前は覚えていないが評価している。
あれは文芸専修(作家養成講座)の必修科目だったはずである。
レポートの課題は、
だれでもいいから文豪って言われている人の生原稿を見てくださいね。
なんでもいからその感想を書いてください。そうしたらみんなに単位を上げます。
最初の授業に行って、こんな人の話を聞く暇はないと判断して、
以降まったく行かなかったが早稲田の教授はAをくれた。
あの人は文学をわかっていた。
昨日、天啓のようにして女子大生の魅力に気づいた。
1週間まえまでは若さという点で女子高生のほうが女子大生より上だと思っていた。
創価学会の大勝利作家、
宮本輝氏は40を超えると骨董のよさが選ばれた人にはわかると常々言っている。
おなじようなことを生意気にも言うと、
40を超えてはじめてわかるのが女子大生の女子高生に対する優位性ではないか。
基本的に男はバカで(かといって女が賢いわけでもないのだが)、
男は高校を卒業してはじめて女子高生のよさに気づくようなところがある。
大学を卒業して20年、ようやく女子大生のすばらしさに気づいた。
ああ、なんという天国にいたのに、その浄土性に気づいていなかったことか。
早稲田の第一文学部なんて偏差値が高すぎるだろう。
受験科目は英語、現代文、古文、漢文、小論文で本当の言語エリートしか入れないぞ。
一文は現役女子だらけだったが、おまえら、どれだけあたまがいいんだよ。
いまでははっきりとわかるが、当時から文学部は男が入るものではなく、
女子ばかりだったのは正しく、いま思い出してみれば家が裕福な、
いわゆるお育ちのいいお嬢さまが多かった。
キャバクラは金を払えばだれでも入れるが、あの女子浄土はそうはいかない。
英語と国語と小論文が死ぬほど
得意な現役女子(1年まえは女子高生!)ってどれだけかわいいんだよ。
まったくもったいないことをした。
何度も繰り返すが、わたしはまったくたまたまの運で母校に入れてもらった。
いまでは創価大学の国語でさえ解ける自信がない。