教科書的な物言いだと、
大乗仏教と小乗仏教の違いは他人を救うかいなかとか言うじゃないですか?
わたしは他人を救うとか考えて仏教を勉強したことがまったくないからね。
他人なんかよりも、自分、自分、自分。どうしたら自分を救えるか?
まだ他人にまで至っていないという(笑)。
じゃあ、他人に救われたことがないのかといったら、それがありありありまくり。
基本的には金品だよね。お金や物をもらうのがいちばん救われる。
それから話を聞いてもらうのも救われる。
そんなもん、だれでもできるじゃんって、そうではないんだなあ。
わたしもかなり気づかいしている場合は別だが、人の話の最中に質問を入れてしまう。
相手の物語をそのまま肯定しようとしない。
むかしはカウンセリングは傾聴とか言われたらしく、あれはもう古いらしく、
たしかに古臭いと思うけれど、あれを完全にできたらある意味で人を救えると思う。
「はい」「はい」「はい」とどこまでも聞く。
なにも教えない。それだけで人は救われる。
そのくせ当人は聞き手からなにかを教わったと思う。
基本的に、ある程度までの悩みは、
言語化(メール化)することで当人が当人が救えると思う。
他人は救えないが、自分が自分が救うことならありえるのではないかと思う。