もうすぐ平成30年が終わる。
思い返せば、平成の30年間は冗談じゃないよって感じ。
母が発狂(精神病を発症)したのはちょうど昭和から平成に変わるころだった。
平成にいい思い出はまったくない。
つねに母と、母の問題から逃げる父に振り回されていた。
目のまえで飛び降り自殺されると一生を支配される。
くっだらねえ平成の30年間も来年の4月で終わるそうだ。
今度の元号なんか知ったことではないが、大楽なんかいいのではないか。
大いに楽しもう、遊ぼう、笑おう、生き生きしよう。
「大」は創価学会っぽいので(名前に大輔とか大がついていたら学会よ)中道の意味で、
楽道なんかもいいのではないか、少なくとも平成よりは。
おれはぜったい来年は今年よりも遊ぶからね、楽しむからね、生き生きするから。
平成は最低だったが、こんなおれもバンザイしてやるからな。
目標は佳子さまだ。佳子さまのほっぺをツンとして、キッとにらまれたい。
平成は最悪だった。見てろ。これからだ。うふっ、うふっ、うふふ♪
本気でツイッターでもやろうかと思っている。
そもそもツイッターとはなんなのかよく知らないくせに、バカなぼくちゃん。
むかしはグーグル先生にそれなりに気に入られていたのだが、
いまの先生はどうやらほかの生徒をごひいきにしているようだ。
わかりやすく事情を書くと、グーグル検索でまったく上位にあがらなくなった。
このブログをお読みくださる方は5年まえくらいからの古株さんばかりで、
ご新規さんがどうやってもこのブログに到達できない状況にいまある。
いまの大学生にとって、効率や生産性をまったく無視した、
それどころかふてくされアッカンベエまでしている「本の山」を
見ることはわずかながらではあるにせよまったく価値がないとは言えないと思う。
けっこういいかげんに生きていてもなんとかなることを知るのは、
二十歳まえから老後のことを考えている若者には意義があるかもしれない。。
いまはネットの王者たるツイッターで(よくわからないが)有名どころに気に入られたら、
少しはこの「本の山」のおもしろさが広まるのではないか。
もとよりツイッターはしたいが、能力の問題でできないかもしれない。
そこで古株読者のみなさまにお願いがあります。
「本の山」をみなさまのツイッターやインスタ、SNSで広めてください。
リンクも文章引用もお好きなようになさっていただいて構いません。
ぼくはブログ記事をまるまるコピペされ、
著作権を主張されても仕方ないかとあきらめられるくらいの人格者、いな世捨て人。
伏してお願い申し上げる次第です。ぼくも変わらなきゃ。チェンジ。ヘーンシン♪
酒好きなので辛党だと思われがちだが甘いものも大好きである。
昨日スーパーで買った売価200円(定価600円)のキャラメルボールもうまいぞよ。
だらしなくも酒でいいかげんかつ不健康な季節限定甘味をつまむのがいかに極楽か。
うーん、この暴力的なクリスマス的な西洋キャラメル甘味。
それを意識が低い酒で上から目線で十全にあつかうこの快楽や極楽往生。
くっそお、生きていてよかったぜ。メリークリスマスだ、こんにゃろっ。
価値創造とかいうと創価学会メンバーのようだが、残念ながらそうではない。
しかし、価値は自分で創造するのだと思ったらどうだろう。
わたしは最前、神保町の古書店で200円の新書を贖い読んだが、
その価値は3、4千円であった。
アマゾンでは1円で売られているが、自己創価値段は少なくとも数千円。
高級寿司店のものはたしかに異常なほどうまいのだが、
あれほどの価値はあるのだろうか。
立ち飲み屋の刺身のほうがうまいということも大いにありうるのではないか。
派遣契約期間中、日給4千円程度の仕事に行き当たり、行きたくないと駄々をこね、
しかし職場の間接上司からは来いと言われ、いざ行ったら、
当方の価値では2万円くらいのいただきものを得たことがある。
価値を決めるのは自分である。
世間では1万円のものがあなたには百円でもいい。
みんなが1円でも買わないものを千円で買ったら、それが10万円になることもある。
以上すべてお金の話だが、わたしはその程度の人間ということなのだろう。
自分の価値は時給5百円だが、それはわたしの価値創造だ。
なにが本当に価値があるのかわからない。
繰り返すが、価値を決めるのは周囲ではなく自分だ。
近所のいちばんと言っていいほど好きだったスーパーが今年かぎりで閉店するという。
周辺に大資本のスーパーが乱立したのが原因だろう。
嫌味なことに大資本スーパーは、
テレビ東京の「アド街」にも登場したことのあるむかしながらの店のほぼ目のまえに
自店の大きな看板を出した。露骨だなあ、と思ったが、そういうものなのだろう。
刺身がうまいスーパーだった。バイヤーがよかったのではないか。
まれにめっぽう美味な刺身が安価で出た。
ここでしか売っていないという刺身もけっこうあった。
たまに「あじなめろう」があると即買いであった。
「なめろう」は最高の酒肴のひとつではないかと思っている。
ひと手間がいるが、それが素人にはめんどうくさい。居酒屋は酒もつまみも高い。
このスーパーの閉店はかなり早く知りえたひとりだと思う。
無力と思った。無力、無力、無力。
そのとき禁酒期間だったのだが、飲酒願望を抑えるのに困った(なんとか抑制したが)。
むかしこのスーパーに、わたしなんかを相手にしてくださる女性と何度か、
家飲みの食材を買いに来たのは思い出深い。
去年、近所で短期アルバイトをしたが、
近隣住民には評判がよくなかったらしい。だが、わたしはその店を好きだった。
刺身が安くてよかった。こんな刺身があるのかとその店で教わった魚もある。
「アド街」に高順位で登場した店も消えてしまう。さみしい。刺身がうまかった。
カズンが好きだった。ありがとう。
本当にめっきり本屋へ行かなくなった。
15年まえは毎日のように本屋に行っていたのに、こうまで人は変わるのか。
近所に本屋がない。
むかしはあったが、どれほど文化水準の低い地域なのかオーナーは見切りをつけた。
ブックオフでさえ撤退してしまうような本が売れない町に住んでいる。
むろん、好きだから住んでいる。
しかし、結果として今年、大型書店に行ったのは数度ではないか。
新古ふくめて本屋に行かないと新しい出逢いがめっぽう減る。
むかしは古本祭りによく行き、新しい出逢いに恵まれたものだ。
ストリンドベリにもユージン・オニールにもそうして出逢った。偶然だった。
先月、派遣仕事でドライバーさんを怒らせてしまい、
仕事途中の早い時間に御茶ノ水で「降りてください」と言われ、
いつ以来か、かつての故郷の神保町へすることもなく行った。
どの古本屋も懐かしかった。
一誠堂書店のワゴンで200円の新書を買ったのだが、
それがいまの自分の関心にどんぴしゃりで、
やはり偶然は信じるに足ると思ったものである。
あれは今年読んだ新書のうちでベスト1ではないか。まだ感想は書いていない。
偶然の出逢いほどおもしろいものはない。
アマゾンでの書籍購入では知っているものしか手に入らない。

※給与明細を見たら派遣会社さんはその日の給金に、
特別手当を2千円つけてくれたようでとても感謝している。
クリスマスイブ。朝起きたら急に法然の「選択本願念仏集」を再読したくなる。
2時間、荒川土手を散歩。シャワー。
「選択本願念仏集」は法然の主著で、浄土宗の根本を説いた書である。
眠くなり30分ほど落ちたのち覚醒する。

トイレで漫画雑誌の「スピリッツ」を読む。
漫画のなかで「誤前提提示」が出てきて、
さっそく法然の真似をしてそれを「誤選択提示」と読み替える。
この概念はなにかというと一応、心理学用語らしいが、
営業マンがよくやるテクニックである。
「AとBのどちらがいいでしょう?」と顧客に問うと、
相手はAとBの選択肢しか考えられなくなってしまう傾向にある。
AB以外に選択肢があるという考え方をできなくなる。
AもBもいらないとは思えなくなる。
受験問題なんかも同じで、次の選択肢のうちからひとつ正しい答えを選びなさい。
こう問われたら四択なり五択の問いのなかにかならず答えがあると思ってしまう。
ぜんぶ間違えとは考えられなくなる。
これが誤前提提示であり、誤選択提示である。

法然の「選択本願念仏集」の論述方法はつねに二択なのである。
聖道門、浄土門と二分することから始まり、
正誤、正邪、善悪、優劣といった二択を問うて、
その問いに決まってプラスのほうを選択して口称念仏に到達している。
とはいえ、これは法然だけではない。
人間というのは二分法でしか考えられないようにできているみたいだ。
あいつは敵か味方か、これは損か得か、あれこれ善悪を考える。
ところが踊り念仏の一遍はそうではないのである。
善悪(二分法)を捨てたところに南無阿弥陀仏があると言っている。
一遍の布教は念仏札を配るだけだったが、
どうしてそれが救済になるのか長らくわからなかった。
この疑問がクリスマスイブの今日、解けたような気がする。

二分法以前の世界が南無阿弥陀仏で、
その分別不能の混沌、言語以前の世界が浄土であり救済なんだと。
これを伝えるのには南無阿弥陀仏と書かれた札を配るしかない。
みんなが家族やカップルでよろしくやっている日に、
わたしはなにをしているんだ? 中年男の孤独な思索はみじめだぞ。
しかし、悪くない日であった。
河合隼雄がよく言っていたのは、AかBか迷っているとき、
可能なかぎり待っているとAでもBでもない第三の道が出てくることがある。
いま迷いの盛りである。どちらの道が善か悪か。

(関連記事)
「選択本願念仏集」(法然/大橋俊雄校注/岩波文庫)
明治大学政経学部の以下の問いに答えよ。
河合隼雄の「影の現象学から」の問いである。
引用元は、明治書院の「ダブルクリック 評論文読解」。

「われわれ人間は誰しも影を持っているが、
それを認めることをできるだけ避けようとしている。
その方策としてもっともよく用いられるのが「投影」の規制であろう。
投影とはまさに自分の影を他人に投げかけるのである。
[a]、投影といっても誰彼なく相手を選ばずにするのではない。
その意味において、
投影を受ける側も投影を引き出すに値する何かを持っていることも事実である。

問1 空欄aからeに、次のうちから適当な語をそれぞれ一つずつ選んで番号で答えよ。
1 もちろん
2 ひたすら
3 いつかは
4 しかし
5 まるで」(P102,P105)


[a]に入るのはふたつしかありえないが、そこの選択で、
河合隼雄を20年近く愛読している大ファンの信仰者のわたしが間違えた。
河合隼雄「影の現象学」(講談社学術文庫)48ページに答えは書かれているが、
どうしてそれが正しいのか?
答えは、あれとあれ、どっちでもいいのではないか?

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やはり個人ブログは衰退しているようです。
個人が熱い思いを込めたブログとかおもしろいんじゃないかと思いますが、
無常ゆえに時代は変わります。
ツイッターやインスタのほうが短い文章で投稿できるのだから、
言うまでもなくそちらのほうがいいのでしょう。
スーパーノンポリのわたしもいつするかわかりません。
なにより長い文章を書くのはあたまを使わなければならずめんどうくさい。
それでコメント欄に中傷なんか来たらふつうはやらないと思います。
「たんぽぽ娘」の読書メーターを読みましたが、驚くほど感想が似通っています。
それは――ほっこりしました。
「ほっこり」と言えば、自分のなかのもやもやを表現したような気持になる便利な言葉です。
その「ほっこり」を言葉で解き明かしていく作業はおもしろいですが、時間がかかります。
しかし「ほっこりとしました」と書いたらなにかが解決したような錯覚が得られます。
「ほっこり」を解体する語彙も少なく、もとより時間をかけてそんなことをする義理はない。
「ざっくり」は最近見なくなり喜んでいますが、あれも嫌いな言葉でありますけれど、
分厚い本を時間をかけて読むよりも、
ざっくりとでいいから内容を知ったほうが効率的なのも事実です。
ざっくりと言えばほっこりした時代になったような気がします。
みなさまいいクリスマスをお過ごしください。それから天皇陛下バンザイだ、このやろう!
文春文庫の画期的な企画「アンソロジー人間の情景」の感想は、
最初作品のベスト10だけ書くつもりだったが、それさえもめんどうくさくなっていた。
厖大な時間をかけて読み、そしてこれまた長時間をかけて感想を書いた。
少しは文学修行になっているのだろうか。
書いたことでおのおのの作品の理解が深まったことはたしかである。
お読みのみなさまを楽しませる出来になっているかは自信がない。
読者さまが未読の小説の感想を書くほど難しいことはない。
小説の書評なんか、みなさまお読みにならないでしょう?
ようやく念願のベスト10を発表できる。
このゴールがいちばんの目的だったのだ。読者さまを無視して、
自分の満足のために以下に「アンソロジー人間の情景」全8巻のベスト10を発表する。
これだけ読んだのだから少しは自信を持っていいのだろうか。

1.堤千代「小指」
2.ロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」
3.太宰治「恥」
4.野上弥生子「茶料理」
5.シートン「スプリングフィールドの狐」
6.シチェドリン「哀れな狼」
7.正岡容「置土産」
8.菊池寛「ある恋の話」
9.大岡昇平「黒髪」
10.林芙美子「晩菊」

2位までは不動だが、3位以下の順番はあってないようなもので、どれもすばらしい。
谷崎潤一郎の「人面疽」は入らなかったが、これを3位に入れても構わない。
三浦哲郎の二作は既読であったので目新しくはなかった。
このシリーズは傑作ぞろいだったが、選者はいったいだれなのだろう?
「アンソロジー 人間の情景8 動物との日々」(文藝春秋編/文春文庫)

→文藝春秋め、最後は動物を頼りにするのかと犬嫌いのわたしは戸惑う。
予想は外れシートンの「スプリングフィールドの狐」と
シチェドリンの「哀れな狼」はともに大傑作のように思えた。感動した。

シートンの「スプリングフィールドの狐」のあるシーンに胸を打たれた。
シートンの家はあるキツネの一家に飼っている鶏を狙われ迷惑している。
とはいえ、キツネも生きていくためには仕方がないのである。
キツネと人間の闘いはどうなったか。
1匹死に、2匹死に、3匹が死んで、
いまや残っているのは母キツネのヴィクセンと子どものティップだけだ。
そして、とうとう子どものティップを捕えることにことにシートン家は成功する。
すぐ殺すのもどうかと思い犬小屋の鎖(くさり)で縛りつけておくことにした。
母のヴィクセンは夜ごと危険をかえりみずに食べ物をくわえてティップのもとにやって来る。
そして、なんとか鎖をはずせないか懸命の努力をするがどうすることもできない。
それでもあきらめないでなんとかならないかと食料とともにヴィクセンは登場する。
その苦心たるや畜生とはいえ母親の愛は尊いものだと
シートン家のものを感動させるほどであった。
とはいえ鶏を盗られるのは迷惑だから鉄砲を放つが、
ヴィクセンは巧妙に銃弾をもくぐりぬける。その晩もヴィクセンは影のようにやって来た。
なにかを口にくわえている。
それをティップのまえに落すとうしろを振り返ることなくヴィクセンは去っていった。
なにも知らないティップはいつものように餌だと思い、
それを口に入れるとまず悲鳴を上げ泡を吹いて苦しみながら絶命した。
それはシートン家が狐を退治するために森のほうぼうに撒いた毒であった。
ヴィクセンは毒であることを知っているから、もちろん口にしようとしない。

「これはいったい、どうしたわけなのだろうか。
もちろん、母の愛はヴィクセンの心に強く燃えていた。
だがもう一段高い別の考えのほうが、より強く彼女を支配したのである。
このかしこいキツネは毒薬の力というものをちゃんと心得ており、
毒餌の正体をよく知っていた。
もしティップが生きていて、しかも自由の身だったら、
この恐ろしい食べものをさけるように教えたにちがいない。
だが、わが子は、とても逃げられる見込みのないとらわれの身だった。
みじめなとらわれの生涯か、あるいは即座の死か。
そのいずれかを選んでやらねばならなくなったとき、ヴィクセンは、
母の愛をぐっと押えつけ、ただひとつ残された方法でわが子を解放したのである。
わたしたちが森の調査をやるのは、雪が地面に積もっているときだ。
その冬がやって来たとき、わたしは、
ヴィクセンがもうエリンデールの森をうろついていないということを聞かされた。
どこへ行ったのか、それはまったくわからなかった。
が、とにかくもう二度と、もどって来ないだろうことは、容易に想像された。
おそらく悲しい思い出をあとにして、どこか遠い旅に出かけてしまったのだろう。
それとも、こどもを解放するために用いたのと同じ手段によって、
自分も悲しい生の舞台から消え去って行ったのかもしれない」(P197)


これはいったいどこまでが事実なのだろうか。
この話はいいいですよねと人に話したとき、
シートン動物記のシートンだから事実なんじゃないの、と言われたけれど、
はたしてどうだかという話なのである。
1、2回子どもを助けようと母キツネが来ることはありうるような気がする。
しかし、4回、5回になると、そこまで畜生が子どもを思うのかわからない。
ましてや子どもにわざと毒を与えるなんてあるのだろうか。
終わりもロマンとしてはいいのだがいささか美しすぎる。
まさか動物が自殺することはないような気がするのだが、どうなのだろう。
しかし、シートンの「スプリングフィールドの狐」はここだけではなく全編おもしろく、
これは大変な掘出物だと思ったものである。選者に感謝する。

おなじ種類の物語であるシチェドリンの「哀れな狼」もよかった。
村人や野生の小動物みなから忌み嫌われている狼は哀れである。
狼は馬やロバのように労役に使えないが、
かといって殺して肉が食えるというわけでもない。
鶏のように卵を産むわけでも、牛のように父を出せるわけでもない。
そのくせ、である。

「狼は生きものの生命を奪わずには、この世には生きてゆけない
――そこに彼の不幸がある!
しかし彼はまさにこのことを理解していないのだ。
もし人が彼を悪党と呼べば、
彼は、彼を迫害し、殺害する者たちを、悪党どもと呼ぶ。
はたして彼は自分の生存によって
ほかの者の生命に危害をあたえていることを理解しているであろうか?」(P228)


あるとき狼は油断して温厚な熊の脚につかまえられてしまう。
熊は狼を殺してもなんのメリットもないが、
ここで狼を逃がしたらまた多くの生命が失われる。
悔い改めよと熊は狼に告げた。

「わしはおまえを裁くことはできないが、おまえを放すことによって
たくさんの罪をつくることを知っている。
わしはつぎのひとつのことだけを申しそえることができる。
つまりだ、もしわしがおまえだったら、わしは自分の命をご生大事にしないばかりか、
むしろ死こそわが身の幸福と考えるであろう!
だからおまえはこのわしの言葉を肝に銘じておくがいい!」(P232)


そして熊は狼をどこにでも行けと放してやった。
これはけっこう大きな問題をはらんでおり、
大勢を救うためならひとりを殺してもいいのだろうか。
狼は悔い改めることなく、この後も乱暴狼藉を繰り返した。
しばらくして餌に恵まれなかった空腹の狼はかわいい仔羊を捕まえた。
いままでの羊は狼に捕まえられたら、
あきらめて殺されるのをじっと待っていたが今度の仔羊は異なる。
仔羊はまったく邪気なく狼のことを「おじさん」と呼ぶ。
「おじさん、いったいどうしたんです?
あたいは森へ散歩にゆきたくありません!
あたいはママのとこにかえりたいんです!
あたいはゆきません! おじさん、ゆきません!」
しかし、おまえを食わなかったらおれが死んでしまうんだぞと狼は思う。
「おじさん、あたいはゆきません!」
狼はなにがなんだかわからなくなり口から仔羊を放しママのもとへ返してやる。
しかし、救いがないことには変わりはない。
狼は他の生命を奪わないと生きていけないし、
他の生物が生きたいように狼もまた生きたいのである。
哀れな狼はどんどん老け込んでいった。
ついに人間が本気になり狼を狩るため猟の専門家たちが呼ばれた。
狼は「人殺し! 人殺し! 人殺し!」とさんざん責められ、追い詰められた。
さんざんいままで狼に迷惑していたのだから人間のこの仕打ちはやむをえない。
猟銃を向けられた狼はどうしたらよかったのだろうか。
立ち向かっていくしかない。そこに狙いすました銃弾が狼の額に一撃を食らわせた。
その瞬間、狼は思う。

「これがあれなのだ……わしを救ってくれる死なのだ!」(P238)

わずか20ページにこれだけ深いこと書ける作家がむかしロシアにいたのである。
さて、狼がまたどこから現われぬとも限らないので少し足を速めよう。
高橋峯吉の「にしき蛇」と戸川幸夫の「仏法僧」は事実の記録だが、
これも小説なのだろうか。
小説とは「本当のこと」を書きたいが、
それには嘘のかたちのほうが書きやすいという理由から書かれるものも多い。
先のシチェドリンの「哀れな狼」は童話とも読めるが、
なにより「本当のこと」のことが描かれているという感想を少なくともわたしは持った。
オーウェルの「象を撃つ」はアジアの植民地に勤務する白人警察官が、
逃げたインド象を銃殺するまでの心理小説で、
安全や義務などいろいろ象を殺した理由らしきものは挙げられるが、
本当は東洋人にバカにされたくなかったのだと最後に「本当のこと」を書いている。
スレッサー「猫の子」は人間の父が猫である話で、
岸田今日子「悲恋」は犬と猫のかなわぬ恋を描いているが、
どちらも嘘の設定を入れることで「本当のこと」を書きたいという野心が感じられる。
井伏鱒二の「犬の仔」は作者が犬が好きだということを、
内田百ケンの「猫の耳の秋風」は作者の猫への愛を真情として書いている。
犬や猫が好きなものにはたまらないのではないか。
中西悟堂の「リスを育てる」はタイトルそのままリスを育てたことが書いてあり、
かわいらしいリスが死ぬところでは胸が痛んだので、
わたしは犬や猫よりはリスに親しみを持っているのかもしれない。
魯迅のわけがわからない小説が入っているが、魯迅なのだから魯迅である。
開高健の「まずミミズを釣ること」はエッセイ風味で、
そういえば開高健も好きだというと文学をわかっていると思われがちな作家である。
こういうエッセイめいた文体は悪くないと思う。

「或るとき、私はほんとに遊んでいるという人を見たことがある。
羽田の岸壁でハゼを釣っていた人である。貧しくて若い夫婦であった。
どこかあの近くの工場ではたらいている工員らしかった。
竿はただの延竿(のべざお)で、リールなどついていなかった。
釣ったハゼはビニールの袋に入れ、装具などは何もなかった。
日本酒の小瓶が一本おいてあった。
二人はやすやすと岸壁にすわって足をたらし、竿をあげたりさげたりし、
ときどき瓶からチビリ、チビリすすった。
日曜でも休日でもない日だった。
膚のしたでは悲愁や懊悩(おうのう)が痛い歯をたてていることが、
ひょっとしたら、あるのだろうと思いたい。
けれどこの貧しい二人のまわりには高邁と自足の爽やかな匂いが漂っていた。
孤独には毒や翳(かげ)がなく、底まで透いて見える秋の川の気配があった。
ほんとに遊んでいる人はめったに見かけられないものである。
そういう人に出会うとこちらまでホッと心がやわらぐのである。
よごれたジャンパーをひっかけ、ときどき風に肩をすくめ、
ゴム草履を酒瓶のよこにきちんとそろえてにごり水を眺めているこの二人だけは、
ほんとに遊んでいるな、と思わせるものを持っていた」(P105)


以上は開高健の思う「本当のこと」「ほんとの遊び」である。

「アンソロジー 人間の情景7 別れのとき」(文藝春秋編/文春文庫)

→どれも甲乙つけがたいというか、悪く言えばどれも小粒な気がする。
もっとも短編小説に大傑作を期待するのがもとよりないものねだりではある。
太宰治の「駆込み訴え」はイエスを売ったユダの独白形式の小説である。
ユダがだれよりもイエスを愛していたという仮定のもとの話で、
それはそうで、ユダという悪役のおかげでイエスはきれいな死に方をすることができ、
のちにキリストとして英雄視される人物になることができたのだ。
みんな引き受けようとしない、いちばんいやな悪役をユダがやったとも言える。
坂口安吾の「村のひと騒ぎ」は思った以上に骨格がしっかりした娯楽小説であった。
考えるまでもなく、娯楽の要素がなければ流行作家にはなれないだろう。
娯楽小説とはいえ愚かな農民をコミカルに描くといった感じで、人によっては、
医師や坊主の権威をわざとらしくおちょくっているのが嫌味に感じるかもしれない。
最後には作者が登場してこういう話を耳にしたがどうだろうと話をまとめている。
で、実際に自分の小説のようなおもしろいことはあるのかと農村に行ったら、
ただそこには退屈しかなかったとひっくり返す。
退屈だから安吾は睡眠薬をつまみに酒をあおるような行為に走ったのか。
娯楽小説だが、人を酔わせるような感動は「村のひと騒ぎ」にはない。

モーパッサンの短編「宝石」はおのれのいたらなさに狼狽した。
稼ぎもなにもかも平凡な男の美しい妻の趣味は偽物の宝石を集めること。
ところが、妻の死後にそれらの宝石を売ったら大金になり、
男は一夜にして大富豪の仲間入りをしてしまったという話。
これは本物と偽物に関するなにかの寓話かと思っていたら、
どうやらそういうことではないらしい。
妻が夫に内緒で浮気をして金持の情夫から宝石を贈り物として受け取っていた。
そう読解するものだと、解説かなにかで教えられ、ああそうなのかと。
男女の機微に疎いとこういう基礎的な読解もできないという失敗談である。
しかし、本当にモーパッサンの「宝石」をみなそのように読解するものなのか。

辻邦生の「旅の終り」は旅行記のようにも読めるが、これは小説なのか。
「ザ・文学」といったいささか古臭い、
しかし高級とも言える情緒が読者の嗜好に合うかどうかだ。
高見順の「尻の穴」は陰惨で忘れられない小説である。
満州の阿片窟、最貧民街である大観園の記憶を書いたものである。
あまりにも俗悪な世界を描いているのでフィクションかとも疑ったが、
満州の大観園は実在したようだ。
こうなるとこの小説のよさは作家の才能によるのか、
題材選択によるのか、なかなか簡単には答えを出せない問題になってくる。
ノンフィクション作家の沢木耕太郎がセスナ機の墜落に遭遇して、
これはすごい題材を得たと勢い込んで書いたルポを読んだことがあるが退屈だった。

ロンドン「生命の掟」、ツヴァイク「レマン湖畔の悲劇」はどちらも人が死ぬ小説だ。
とりあえず登場人物が死んだら物語は閉幕する。
「生命の掟」において息子に捨てられてこれから死んでいくという、
遊牧民の老人の「これが人生というものだ。これでいいのだ」というつぶやきは重い。
アラスカの老人とは対照的に、
現代日本の老人は「まだまだ。これからだ。こんなもんじゃない」と口にしてばかりだ。
ナーディン・ゴーディーマーの「最後の接吻」は、
この巻にほかに女流がいないのと、ノーベル文学賞という権威が入れたのだろう。
かつての名士がやがて落ちぶれていき、
最後は女子高生に無理やり接吻しようとしたという冤罪のため周囲から嘲弄される。
若いときにいい思いをしたものの没落を人は喜ぶということだろう。
だからどうしたとわたしに聞かれても困る。
ポーの「赤い死の舞踏会」は気味の悪い絵画のような迫力のある短編であった。
好きな人は好きなのだろう。

大佛次郎の「詩人」は作者の教養を感じさせる作品であった。
外国人しか出て来ない異国を舞台にした小説はそうそう書けるものではないと思う。
爆弾テロを一回中止するが、機を改めて実行する。
おそらく史実をもとにして書いた小説ではないかと思われる。
小説のようなことがなかったとは証明できない。
あったらおもしろいのではないかと作者は考えたのだろう。味のある作品であった。
室生犀星の「音楽時計」はとても甘く感傷的な作品でわたしはこれが好きだ。
しかし、室生犀星という名前がなかったら世間はどんな評価をするかわからない。
城昌幸の「古い長持」は夫婦関係を暗示していておもしろい。
夫婦にはお互い秘密のひきだしのようなものがあり、
そこを開けたら闇に吸い込まれるのかもしれない。だから、開けちゃいけないよと。
しかし、それでは小説にならないから開けて夫婦どちらも暗闇に消えていく。

種村季弘の「気違いお茶会」は品がないが恥ずかしい失敗談でおもしろい。
本当かどうかわからないが、
著者がむかし若いころ日本語教師をしていたときの話である。
日本語教師の仕事はおもしろくもなんともなく多忙で退屈なものだった。
しかし、あることを中年の先輩教師から教えてもらい仕事がおもしろくなる。
日本語教室に来るのは白人女性が多かった。
先輩が教えてくれたのは、チョークを転がせ。女性に向けてだ。
直を拾うときかがむだろう。そのとき顔を上げたらなにが見えるか。
新米教師はさっそくやってみる。白、水色、桃色、緑と百花繚乱である。
先輩の真似をして毎日、女生徒の下着の色を記録する。
白人はお高くとまっているが、自分はあいつらの秘密を知っていると得意になった。
ある日、同僚の女性教師とともに英国人の生徒の家のお茶会に招待される。
マナーに気遣いながらこわごわティーカップを手に取ろうとしたとき、
スプーンを落としてしまう。やってしまったという感じである。
スプーンを拾おうとしたとき、英国女性は冷たく、
そのうえどこか意地の悪い微笑を浮べてなんと言ったか。
「スプーンはチョークではありません」
そんなことはわかっているが、これはどういうことかすぐに気づき、
日本男児は赤面のあまり身動きが取れなくなる。
みんなばれていたのだ。出歯亀よろしくスカートのなかを覗いていたのはばれていた。
白、水色、桃色、緑と思い返すと、自分は白人女性たちにからかわれていたのだ。
みんなスカートのなかを覗かれていることを知っていて、
若い純情な日本男児への悪戯で、色とりどりの下着を履いていたのだ。
それを自分ときたら彼女らの秘密を知っていると有頂天になっていた。
みんな見透かされていたのか。
悪いことは続くもので、羞恥のため身動きの取れないあわれな新米教師は、
ネクタイがティーカップに入っていることに気づく。この場で切腹したい。
二度と思い出したくないぶざまな格好でその場から逃げ出した。
同行した女性教師が追いかけてきてくれた。
「焼酎飲みに行くんでしょう? ハイ、お金貸してあげる」
なにもかも忘れようとその晩は正体不明になるまで酒を飲んだのであった。

さて、太宰に殉死した田中英光である。
「さようなら」は遺書として書かれた絶筆となった作品である。
精神錯乱状態で書かれたと思われ、まとまりがなくお世辞にも名作とは言えない。
太宰の墓のまえで自殺する直前に書いたということで過大評価されている面もあろう。
しかし、田中英光は西村賢太が好きなだけあって、人を舐めくさった文章がうまい。
人を舐めくさるの「人」には、他人ばかりではなく自分も入っているのだ。
あまり脈絡がなく過去が回想されるのだが、おもしろいと思った箇所を抜き出す。
(「青空文庫」さん、ありがとう!)

「胸の底には永遠の女性に憧がれる懸命な祈りまであったのが、
気持の表面では、なにどんな女も似たり寄ったりで、結婚はくじびきみたいなもの、
どうせ空しく亡びる自分の青春なら、いちばん貧しい娘に与えてやれと気短かに考え、
当時、下宿していた家の平凡な娘と野合のようにして一緒になってしまった。
その娘は幼くして父を失い、親類の家を転々として育てられ、
とに角、小学校を出ると素人下宿の母のもとに帰り、
家事を手伝いながら一銀行の女給仕となり、それ迄(まで)に勤続約十年、
事務員に昇格し算盤(そろばん)の名手として銀行内に名高い、
というような前半生から、
ぼくは彼女が苦労しぬいてきた娘として、ぼくを献身的に優しく、
ぼくの知識才能も盲目的に敬愛してくれるだろうなぞ、都合の好いことばかり夢想し、
両方の肉親の反対も押切り、形だけでも正しい神前結婚をしたのだが、
一緒になって一月も経たぬ中、
ぼくは自分のおめでたい空想が全て裏切られたのを知った。
貧しくしいたげられてきた娘が、高等教育を受けた、
未来のある青年に愛され正式な結婚をしたことに、救われた如き感謝があり、
献身的盲目的にその青年を愛するというのは、やはり通俗小説の嘘で、
現実的には貧しく無知な女はそれだけ世の中から傷つけられ
歪(ひが)みっぽく疑い易い野良猫じみた性質になっていて、
ぼくはそんな妻の復讐心に自分の才能を無心に誇っては噛みつかれ、
不用意に彼女を救ったと仄(ほの)めかしただけでも爪をたてられ、
一日として彼女を妻にしたことに悔いのなかった生活はなかった」(P34)


田中さん、おまえ、ひどいことを書くなあ。
モデルの女性がこれを田中英光の死後に読んだらどう思うのか考えないのか。
しかしだが、そこがおもしろいわけで、まったく困ったやつであり、文学とは困ったものだ。
困った困ったと言っていても詮ないので、救いのような箇所も引いておく。
早死にした友人が自殺直前の自分の目のまえに出てきて、
こんなことを言いそうだとつづるのである。

「死んでしまった癖に、生きている世界を散歩してみるのも愉しいもんだよ。
空の蒼さ。木の葉の青さ。花の紅さ。
ピチピチした少女。ただ急がしそうな中年の勤め人。
みんな生きているのには意味があるんだ。
生きているというだけで死者の眼からは全て美しく見えるんだよ」(P21)


西村賢太にはこの甘さがないが、
だから一方は札束をかかえて笑い、もう片方は自殺したのかもしれない。
とはいえ死後の世界はどうなっているかわからない。
本書に抄録として入れられた桂米朝の「地獄八景」は、
ちょっとびっくりするくらいおもしろかった。

「アンソロジー 人間の情景6 奇妙な話」(文藝春秋編/文春文庫)

→全巻のうちもっとも収録作品の質が高いのがこの「奇妙な話」であろう。
小説は訓話でも身辺雑記でもなく、おもしろい話だろうという思い込みがこちらにはある。
しかし、おもしろい話にも欠点があって、
カポーティーの「ミリアム」のように読むのが二度目だと
オチを知っているため興趣が乗らない。
概してSF作品はそういうところがあるのかもしれない。
この巻でもっとも感動したのはロバート・F・ヤングの「たんぽぽ娘」である。
これは全8巻のなかでも1位、2位を争う作品だろう。
タイムトラベルものだが、とてもうまく仕組まれていて、
再読しても新たな発見があり、作者によって巧みに練られた筋に舌を巻く。
有名作品らしいので既読のかたも多かろうが、
これは堤千代の「小指」とは異なり、万人にすすめられる名作だ。

既婚で子どももいる四十男がある日丘で、
未来からタイムマシンに乗って来たという20そこそこの娘とめぐりあう。
女はおそらく未来のものだろう。神秘的な白いドレスを着ていた。
いろいろな話をした。男は妻がいること、子どもがいること、
それから妻子を愛していること、仕事が充実していることを話す。
未来から来た娘は不思議な魅力を持っていた。
双方、淡い恋心を抱くのだが、
娘はタイムマシンの関係であと一回だけしか過去にやって来れないという。
翌週に男は待ち合わせ場所に行くが女は来なかった。
次の週も、その次の週も娘は来なかった。
妻はそんな夫の変化に気づき、不安のためか寡黙になる。
ある日のことである。男は押し入れからスーツケースを見つける。
妻が20年近くまえ彼のまえに突然すがたを現わしたとき手にしていたものだ。
なかを開けると見たことのある神秘的な白いドレスを発見する。
そういうことだったのか。娘は過去に戻ってきていたのだ。
20年まえにタイムトラベルして彼のまえに不安いっぱいで登場した。
妻はあの日に丘で夫が20年まえの自分に逢うことを以前から知っていた。
妻が写真を撮られるのをかたくなに拒んでいたのはこのためだったのか。
もうすぐ妻が戻って来る。夫は妻をかたく抱きしめてやりたくなり立ち上がる。
もうすぐ妻が乗ったバスが到着する。
ありがとう妻よ、未来からやってきた「たんぽぽ娘」よ。
時間警察に逆らって、タイムマシンを発明したのは「たんぽぽ娘」の父である。

「だけど父のコンセプトによると、時の書物はすでに書かれているんですって。
巨視的に見れば、将来起こるできごとは、もうすでに起こっているのだと父はいうの。
つまり、もし未来人が過去の事象に関わりあったら、その人間は過去の一部になる
――その理由は、父がいま言ったような経験を自分自身でしているから
――この場合には、だから矛盾は起こりえないということになるわね」(P96)


自分でもタイムトラベルものを書きたくなってしまうくらい魅力的な作品だ。
しかし、「たんぽぽ娘」を超えることは、ほぼ無理ではないかと思われる。
実によくできた設定で、一生に一作書けるかどうかの名作ではないか。
過去が現在を決めるのではなく、
未来が過去(ひいては現在)を決めているという世界観は哲学的でさえある。
仏教でいえば、華厳哲学の世界観に近いだろう。
40を過ぎてもいままで知らなかった名作を読んで胸躍ることがあるのである。

次点は谷崎潤一郎の「人面疽」だろう。妖しい物語に胸がときめく。
観た人に不気味なわざわいをもたらす映画の物語を紹介するという設定で語られる。
白人がとても美しい華魁(おいらん)とアメリカに駆け落ちしようとする。
このためこの華魁に片恋慕する寺に住む汚く醜い乞食に助力を頼む。
そうしたら見るも汚らわしく醜悪な乞食は土下座して泣きながら言うのである。

「華魁のために働くことなら、私はたとい命を捨てても惜しいとは思いません。
かなわぬ恋に苦しんでいるより、私はいっそ、
華魁がそれほどまでに慕っているあなたのために力を貸して、
お二人の恋を遂げさせて進ぜましょう。
それが私の、華魁に対するせめてもの心づくしです。
けれどもあなたが、この見すぼらしい乞食の衷情(ちゅうじょう)を、
もし少しでも可哀そうだと思し召して下すったら、
幸い華魁をあの古寺に匿(かくま)っておく間だけ、
或(ある)いはたった一と晩だけでも、どうぞ体を私の自由にさせて下さい。
後生一生のお願いでございます」(P115)


白人はどうせ多くの男の相手をした華魁だからひと晩くらい構わないかと思うが、
美しいがゆえにわがまま放題に生きて来た華魁は首を縦に振らない。
そこでなあなあのまま話をまとめてしまうのだが、
いざ逃亡当日になっても美しい華魁は醜い乞食を拒絶する。
乞食は呪いの言葉を投げかけて、ふたりの目のまえで自殺する。
アメリカに行ってから華魁の周囲にはさまざまな厄災が起こり、
しだいに身を持ち崩していく。
いかにも谷崎潤一郎といったていでおもしろく読んだ。
あたまのいい女とは男の理想像を演じることができる役者である。
しかし、現実は理想通りにいかないから、人は小説を書くのかもしれない。

江戸川乱歩の「防空壕」もおなじ傾向を持つ小説になろう。
激しい空襲の際、僕は見知らぬ防空壕に迷い込み、
そこでひとりの妖しいまでの美しさを持った女性と交わる。
いままで感じたことのない性的昂揚と満足を美女との交わりから得る。
後日いくら探してもその美女は見つからなかった。
男はあれを経験したらもうほかの女に愛欲をいだけないと性を消失する。
しかし、この話にはオチがあって、
実はその晩の美女は生活臭あふれたどこにでもいる国防婦人だったのである。
中年女は男が自分を探しに来たとき、男の夢を大切にしようと素知らぬふりをした。
芥川龍之介の「南京の基督」とおなじ物語構造だ。
基督(きりすと)も仏陀も絶世の美女も人間の心にしかいないのかもしれない。
乱歩は「防空壕」において空襲の悪魔的な美しさを背景として使い、
この夢物語のリアリティーを出している。
敗戦のわずか10年後にこれを書くにはそれなりの勇気がいったのではないか。

「僕はむろん戦争を呪っていた。しかし、戦争の驚異とでもいうようなものに、
なにかしら惹きつけられていなかったとは言えない。
サイレンが鳴り響いたり、ラジオがわめいたり、
号外の鈴が街を飛んだりする物情騒然の中に、
異常に人を惹きつけるものがあった。異常に心を昂揚するものがあった」(P256)

「僕は二度と同じ場所に[焼夷弾が]落ちることはないだろうと思ったので、
一応安心して火の海に見とれていた。
大通り一面が火に覆われている光景は、そんなさなかでも、
やっぱり美しかった。驚くべき美観だった」(P262)


澁澤龍彦の「花妖記」も倒錯性欲を持て余した感じが似ている。
異国から海を渡って来た商人は不思議な石を取り出す。
ミャンマーで取れた緬鈴(めんりん)であると誇らしげである。
大変に貴重なものであるという。

「まことにふしぎな玉で、ひとの肌の温気と湿気をうれば、
生けるがごとく自然にうごいてやむことがない。
されば、これをもって婦人の開中に納入するならば、その快感の美、
男子に接するよりもはるかにまさり、
いかに身を持すること堅き婦人といえども、
一刻ならずして春をさけび精を洩(も)らさざるものはない」(P325)


おもしろい設定と小道具だが、作者が晦渋を愛したためだろう。
筋がよく取れなかった。
読者の選民意識をくすぐりたいのかと疑うほどで、あまり好ましいものではない。

チャペックの「足あと」は新雪の足あとがいきなり途切れているのを
見つけた男のある面からはどうでもいい悩みを描いた短編で、
こういうふとしたきっかけで精神を病んでしまうのかもしれない。
福島正実の「過去への電話」はタイムトラベルもので、
世界の箍(たが)がゆるんだ奇妙な感覚がうまく描かれており楽しめた。
キプリングの「死人の村」もちょっと身震いするような佳作であった。
安部公房の「砂の女」の元ネタはキプリングのこの短編なのだろうか。
香山滋の「エル・ドラドオ」は冒険小説のような興奮を久々に味わった。
津山紘一の「時間をかけた料理」はいけすかない文体が村上春樹にそっくり。
発表はこちらが先だから、元ネタにした小説がおなじだったのだろうか。
伊藤人誉の「穴の底」は緊迫感のある絶望状況に手に汗を握る思いであった。
半村良の「箪笥」は短いながら妙に味がある不可解さが心地いい小説である。

「アンソロジー 人間の情景5 人生の達人」(文藝春秋編/文春文庫)

→この巻ではなにを差し置いても正岡容の「置土産」だが、
ちゃちゃっとググって見たら、アルコール依存症で気分障害、
このため人格破綻者の集まりである文壇の人づきあいでさえうまくできず、
孤高貧窮のうちに、にもかかわらず気位だけは高く50ちょっとでみじめに死んでいる。
わたしが好きな作家を調べるとアルコール依存症の割合が非常に高い。
なぜか文藝春秋は獅子文六をひいきにしていてこの巻でも取られているが、
かの男もアルコール依存症で、「とうがらし」がやたらおもしろく感じたのも、
当方の嗜好と大きく関係しているのかもしれない。
獅子文六は岩田豊雄の別名で、
思えば岩田豊雄には(狂人を妻に持つ)劇作家ピランデルロの翻訳でお世話になった。
正岡容の「置土産」は噺家(落語、講談)の世界の話で、
弟子が性格破綻しているアル中の破天荒な師匠から芸を伝授され、
一人前になるまでを描いているが実にいい。
この一作を書けたのならば、不遇な人生にも正岡容は合点がいったのではないか。
この作を好む読者としてはそうであってほしいと望みたい。
師匠は弟子に「置土産」として言う。

「芸って奴はな、所詮一人々々の魂の中に別々に生きてかゞやくものなんだ。
お前はお前でなけりゃいけねえ。
忘れても俺の芸なんざ真似しなさんな。
そうして取るなら俺の……俺の肉の方を根こそぎ取って、分ったか。
なあ、万之助さん分ったなあ」(P88)


師匠の原一男教授には今年破門されたが(そもそも覚えていなかったという笑い話)、
あの人は弟子に自分の真似をさせて、みんなつぶしちゃうんだな。
健康食品依存症でドクターの言いなりになって酒を飲まないから、
どれだけ長生きしていくつの賞を獲得して勝ち誇るのか想像すると、
師匠をスーパーエゴイストとあきれたように言っていた人のことを思い出す。
わたしもエゴは強く、
本人のまえでご作品を「つまらない」と言っちゃうくらいだから、
芸をわずかながら継承している可能性もある。
原先生の偉いところは一度も世間的な説教をしなかったところである。
自分を信じてどこまでも好きなようにやれ、と身をもって教えてくださった。

藤原審爾の「視覚ゼロ飛行」は佳作である。
初読では気づきにくいが、読書の楽しみをたっぷり味わわせてくれる。
子どものころから知っている娘を作者とおぼしき男性はたまたま目撃する。
男友達と川遊びをしているが、なんだか様子がおかしい。
当時の性規範から、
これはあやまちが起こってはいけないと作者は少女を強引に連れ帰る。
母に内緒の小旅行をばらされたくないのか、少女は男を誘惑するような素振りを見せる。
そのとき男は3年まえの娘のことを思い返す。
まだ少女は高校に入ったばかりのころではないか。中学生だったかもしれない。
男は知り合いの娘といっしょに車に乗っていたのであった。
少女は居眠りを始めた。疲れているのだろう。
「頭をうつぞ。横になって寝ろ」と男は少女に膝をかしてやった。

「貴子はすぐ横になり、彼の肢(あし)へ頭をのせて寝はじめたのだが、
そのうち頬と彼の肢の間に掌(てのひら)を入れたので、
指さきがへんなところへふれだした。
寝入っているのか、寝ていないのか、滝沢は見当がつかず、
却ってうろたえたものだが、
あの時分からちゃんと男に興味を貴子はもちだしていたのかもしれない」(P21)


はじめて読んだときはなにも感じなかったが、
振り返ると少女の淫蕩な美がうまく描かれていることに感嘆する。
小さな子どものころから知っている娘さんの女に戸惑うところがいい。
娘が女になっているのかまだなのか、
わからないことをわからないままに描いているのがいい。
貴子は恋愛など知らぬように金持の男に次々と嫁いでいくのだが、
最後は交通事故に遭い、半身不随でご自慢の顔がつぶれてしまう。
男は貴子があわれになり、バチが当たりすぎだと思う。
しかし、思い直す。「見ものだな、これは」
これは見ものだなと何度もつぶやく男の気持の複雑な色合いがよろしい。
不義理を重ね、エゴをつらぬいた人間がどうなるか、これは見ものだな。
金とおのれの顔、肉体の価値を熟知した若い女のエゴを、
とがめたいという親心もあるが、正反対のどこか好ましい気持もある。
そういう大人の男の複雑な心持がうまく描かれている。
大作ではむろんないが、まったくしごく正統な佳作である。

井上靖は芥川龍之介のことを、あれは人生体験がまったくないだろうと、
だれもが言えるものではない実像をすっぱ抜いている。
芸術的感性と古典知識だけで数々の名作をものにした、そこが芥川の才能だ。
ベスト3を選ぶならば最後に入るのは芥川の「あばばばば」だろう。
まだ男を知らないこと確実のうぶな雑貨屋のおぼこな小娘を、
芥川は色男ぶって描写する。

「女の目はおどおどしている。口もとも無理に微笑している。
ことに滑稽に見えたのは鼻もまたつぶつぶ汗をかいている。
保吉は女と目を合わせた刹那(せつな)に突然悪魔の乗り移るのを感じた。
この女はいわば含羞草(おじぎそう)である。
一定の刺戟を与えさえすれば、必ず彼の思う通りの反応を呈するのに違いない。
しかし刺戟は簡単である。
じっと顔を見つめてもいい。あるいはまた指先にさわってもいい。
女はきっとその刺戟に保吉の暗示を受けとるであろう」(P45)


一生を書生的存在で終えた芥川の純粋が見て取れておかしい。
おそらく雑貨屋の小娘は、芥川が想像するような知的観念を持っていないだろう。
しかし、持っていると信じたいのがわれら文学学徒である。
芥川はおぼこの小娘がいつしか母になり、
赤ん坊を「あばばばば」とあやしているところを目撃して、
女にまったく含羞や純粋が消えていることを察知して安心する。
同時に残念な思いもする。
これは言うなれば芥川の一人相撲なのだが、
文学とは芥川の時代から精神病的妄想をかかえた男女の一人相撲なのである。

宇野信夫の「閻魔堂橋」は、人生は金、人間は金で動くということを、
コミカルに描いた短編だが、
純文学と大衆小説の相違は金を描くかどうかではないかと気づかされる。
尾崎一雄と大岡昇平の文壇的な馴れ合い、交流が対のように掲載されており、
殴り飛ばしてやりたくなったが、
むかしから文学を熱心に読むのは文壇の関係者なので、
あんがいこれこそ文学ではないかとやりきれない溜め息をもらす。
スティーブンソンの「ヴレイ」は、小説の感想は人それぞれなんだなあと、それだけ。
訳者の吉田健一はアルコール依存症である。
北原白秋の「秋山子助」はさっぱり意味がわからず、無教養のせいだろうか。
サントリーの開高健の訳したダールの小説があり、
これをお洒落とむかしは読んでいたのかもしれないが、正しくは退屈である。
吃音の野坂昭如がアルコール依存症なのは知っていたが、
先ごろ死んだ長部日出雄もその気があるのか。それにしては長生きだ。
踊り念仏の一遍を描いた彼の長編小説はいつか読んでみたい。
文藝春秋、創立者の菊池寛の名言を引く。
引用文中、将棋を人生と言い換えても通用するのではないか。

「将棋は、かなり気持の問題であるから、
自分よりも上手だと怯(きょう)じてかかると、手も足も出ない。
それに反して、度胸よき下手は上手を実力以上に苦しめ得るのである」(P164)


女は度胸、男も度胸、ほいやそれ!

「アンソロジー 人間の情景4 こんな人たち」(文藝春秋編/文春文庫)

→これまでの3巻と比べるとなんとも低調である。選者はだれだったのだろう。
こういう各巻ごとの波を見ると、文学賞の運というものについて考えさせられる。
受賞作はひとつ、多くても二作なのだから、
おなじ選考に怪物が入っていたらどんな名作だろうと落ちる。
賞でも取らないと売れない小説を書く気にならないのが人間というもの。
それぞれが持つ運によって作家人生が決まってしまうようなところがある。
この巻でのいちばんは定番の三浦哲郎の「とんかつ」である。
氏の短編はかなり読んだほうだが、食べ物のことをうまく描く。
「本の山」に感想を書いたから覚えているのだろうが、いくつも食べ物の名作がある。
生きるとは食べるということ。
身内全員が自殺願望、失踪願望を持っていたという脱落者ぞろいの血縁に囲まれ、
なおも三浦哲郎が寿命をまっとうできたのは、
食べ物が男をこの世に引きとめていたのではないか。
小説も料理もいいものを「うまい」と表現するが、
三浦哲郎の短編は名品のような味がある。うまいというほかない。
しかし、教科書に載せられるくらいセックスのにおいがしない。
これは三浦が美青年で女にもてたため、飢餓感のようなものがないのだろう。
「忍ぶ川」からして人によっては絵空事と思われかねない小説だ。
日本にはこれだけ大勢の人間がいるのだから、
ひとりくらい絶滅危惧種の文学少女はいないだろうか。
そしてこの文章の書き手になにか仕掛けてくれないだろうか。
文学青年は文学中年になりうるが、文学少女は文学熟女にはまずならない。
それが男と女の相違と言ってもよい。

田村竜騎兵の「本気で打ってもよろしいか」は囲碁の世界を描いた、
女性がまったく出て来ない短編で娯楽小説として上出来であった。
読み物として非常に上質だが、筋を知ってしまうと再読にはたえない。
が、この巻の短編は駄作ばかりなので、それらと比較すると抜群のおもしろさである。
むかしの囲碁の八百長を描いた作品だが、
囲碁のルールも知らない当方が手に汗を握るような勝負の醍醐味を書いていた。

あと一作選べと言われたら源氏鶏太のデビュー作「たばこ娘」しかないだろう。
わたしがこちらに理解のある人生の先輩に逢うたびに薄ら笑いをしながら質問するのは、
世の中のいわゆる一般大衆はどうしてこんなポコポコ結婚しているんでしょうか?
わたしの考えでは純粋恋愛をするためには双方の(少なくとも片方の)知性が高く、
反社会的にも相当量の小説を読み込んでいなければできないはずである。
そこらへんのおっちゃん、おばさん夫婦がそんなご大層な恋愛をしたとは思えない。
こちらの不謹慎な疑問に対する先輩たちの答えは、
ああいう人たちは動物たちのようなあれでくっついているのよ。
女なんか男がいい仕事をすれば、ほいほい寄って来るんだよ。
完全納得したとは言いがたいが、この難問に答えてくれるのが、
サラリーマンの味方、大衆作家の王者の源氏鶏太である。
見方を変えたら源氏鶏太の通俗小説「たばこ娘」は、
一般庶民のだらしない恋愛もどきを巧みに描いた革新的小説とも言えよう。
恋愛どころか仕事もめんどうくさいという金がない28歳のサラリーマンが、
ニコチン中毒ゆえ連日のように闇でたばこを買い求めているが、
ある「たばこ娘」だけが割引して売ってくれるのでありがたいという話である。
その娘は犬のような顔で、美しいとは言いがたく、おつむのほうもなんだか怪しい。
しかし、情がある。なんだか、あったかい。
いまは使わない言葉だが、きっぷがいいところもなくはない。
もてないし金がない、しかしたばこだけは好きな男は「たばこ娘」から手紙をもらう。
それが書き手の知性の問題で、恋文なのかよくわからない。
あいびきなのかわからないが、休日に逢おうと言うのである。
女は男の弱点を知っていて、たばこをただでやるから逢おうと。
その稚拙な恋文もどきを読み愛煙家のサラリーマンは思う。

「私はツユの手紙を読んだとき、すこし当惑した。思いがけぬことであった。
狆(ちん/犬)に似たツユを連れて歩く私の姿を想像すると、あまりいい格好ではない。
然し私自身も学生時代から「ぼうふら」とあだ名されていた如く、
決して颯爽(さっそう)たる青年ではなかった。
風に吹かれて飄々(ひょうひょう)と歩く、
そんな私がツユについてとやかくいう資格がどこにあろうか。
私にはツユの手紙の一方的な独断ぶりが面白かった。
ツユという女が眼に見えるようだ。
考えてみると、私の二十八年の孤独な生活に、
ツユははじめて好意を見せてくれた女である。
その最初にして、恐らくは最後であろう女が、たばこ娘のツユであるとすれば、
これはいかにも煙草好きの私にふさわしいといわねばなるまい。
然し若し、ツユの手紙に「たばこを持っていってあげます」と書いていなかったら、
私は行く気にならなかったかも知れぬ。
煙草と女を並べたら、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく煙草の方を取る私である。
いってみれば、煙草の魅力に惹かれて、ツユに逢いにゆくようなものだ。
貰ってのむ煙草の味は、どんなにうまくて、ありがたいものか。
私は明日はそのありがたくてうまい煙草を、心ゆくばかり吸ってみたいのだ」(P143)


純粋恋愛とは縁がない大衆の通俗恋愛のさまが実に見事に描かれているではないか。
小説なんか読まない、読んでもこの程度の通俗小説の、
芸術的なものとはあまり縁がない庶民は純朴にもこういうかたちでくっつくのではないか。
そういう文脈においては、一般庶民の通俗を描いたとてもリアルな小説である。
純粋恋愛をするのは一流私大に入るよりもあたまを使う変態行為と言えなくもない。
わたしもふくめて、みんながみんな、そうやすやすと軽々しくできるものではない。
たばこはあまりにも安っぽいが贈り物に釣られて、
自分にはこのレベルだなとお互いの偏差値や容貌を見比べ、
なんとなくくっつく、できちゃうのが大衆というものだろう。
だからこそ、むかしの大衆には井上靖の書くような通俗恋愛小説が売れたのだが、
そう考えるとリアルな現実を描いた源氏鶏太が純文学作家に思えてくる。

平林たい子の「人の棲家」は当時の賃貸事情がわかるのがおもしろかったが、
小説としての価値はいまは衰えている。
ラードナーの「自由の館」は有閑貴族の怠惰な生活を描いており、
こういう人たちのするのが純粋恋愛なのだが、
作者はめんどうくさいのか恋愛さえも描かない。なにも起こらない。
ヴァーグナーの「ベートーヴェンまいり」は史料的価値は高いのだろう。
佐々木邦の「一年の計」はなにがなんだかわからない。
ミドルトンの「ある本の物語」は作家の内幕を描いた小説だが、
そんなものより欲にまみれた俗人の活劇をわたしは読みたい。
種村季弘の「女ペテン師ザビーネの冒険」は作者の博識ぶりっこが鼻につく。
マッカレーの「サムの新弟子」は、くだらないにもほどがある。
だが、こんなものでも評価されるのかと思うと希望が見えないでもない。
森鴎外は例によってさっぱりわからない。

「アンソロジー 人間の情景3 愛の迷宮」(文藝春秋編/文春文庫)

→人は自分の好きな小説を人にも読んでもらいたいと思うものなのだろうか。
このアンソロジーではじめて読んだ堤千代の「小指」には降参する。
このアンソロジー全8巻でベスト1を選べと言われたら堤千代の「小指」になる。
もう少し生きる予定だから、日々評価は変わろうが、
現在のところ生涯短編小説ベスト1はなにかと問われても堤千代の「小指」だろう。
このアンソロジー全8巻を読んだのは数ヶ月まえだが、
感想を書けなかった理由は堤千代の「小指」。
わたしはこの少女小説のようにセンチメンタルな堤千代の「小指」が大好きなのだが、
そのことを人に知られたくない。
え? こんなのが好きなの? と見下されること必定だからである。
万が一にもわたしが文学賞の選考委員になったとして、
候補作にこの「小指」があったら、これを好きだと知られるのが恥ずかしいがために、
堤千代を表立っては推せないだろう。
何度読み返しても号泣してしまうのだが、そこにわたしの恥ずかしさがあるのだろう。
大衆的で通俗観念、大衆情緒に染まっていると批判されたら言い返す言葉はない。
だが、わたしは堤千代の「小指」が好きなのである。ここにわたしの弱点がある。
いくら無名の当方が称賛しても影響力はないので書いておくとネットで読めるようだ。

菊池寛の評価はいまどうなっているのか知らないが、彼もまた天才ではないか。
大衆作家とバカにされることもある後輩の井上靖からも、
作品を大衆的だと言われたのが菊池寛である。
菊池寛の「ある恋の話」は何気ないタイトルだが忘れ難い逸品である。
男嫌いの裕福な寡婦が芝居役者に惚れるという話である。
女が惚れたのは実在する役者ではなく、役者が演じるフィクションの役柄である。
この一本気な恋情をおもしろい筋立てで、
多くの人間の共感を誘うような、しかしながら真っ当な日本語で書いた菊池寛はすごい。
人間のどうしようもない複雑さ、人生のおかしな皮肉を、みながわかり、
そのうえ読者に贅沢な満足を与える文体で描いた菊池寛には恐れ入る。
これは妻の老母からむかしの秘密を作者が聞いたという設定で語られる。
おもしろい話はなんと人に生きることの悲喜を教えてくれることか。
菊池寛は無学な大衆にも理解してほしいと短編の終りでテーマをばらしている。
純文学なら余韻がないと批判される箇所であろう。

「私は、祖母の恋物語を聞いて、ある感銘を受けずにはいられませんでした。
役者買とかする現代の貴婦人と云ったような階級とは違って、
祖母が役者の醜い肉体には恋せずして、
その舞台上の芸――と云うよりも、その芸に依って活(いか)される、
芝居の人物に恋していたと云う、ロマンチックな人間離れした恋を、
面白く思わずはいられませんでした。
世の中に生きている、醜い男性に愛想を尽かした祖母は、何時の間にか、
こうして夢幻の世界に中の美しい男に対する恋を知っていたのです。
私は、こうした恋を成し得る、祖母の芸術的な高雅な人柄に、
今更のように懐かしみを感じて昔の輝くような美貌を偲ばすに足る、
均斉の正しい上品な、然(しか)し老い凋(しな)びた顔を、
しみじみと見詰めていました」(P97)


現実があまりにも味気なく索莫としているから我われはフィクションを求めるのに、
なかには小説をこれはリアリティーがないという主観で裁断するものもいる。
現実の人間なんかよりも、舞台上の役者や小説のヒーローがいいのは当たり前だ。
現実をそのまま描いた小説なんか読みたくないし、
どうせこの世はつまらないのだから芝居を見たらいい気持にさせてほしい。
しかし、やはり現実らしさは重要で、まったくのフィクションには興ざめしてしまう。
野上弥生子といえば、ああ、ギリシア神話の訳者ね、というイメージしかなかった。
このたび野上弥生子の短編小説「茶料理」を読んでおのれの無知を恥じた。
野上弥生子は1925年に40歳で「茶料理」を書いているのか。
これほどうまい恋愛青春小説があの時代に女流によって書かれていたとは信じられない。
こういうことを書くと怒られそうだが、恋愛はある程度のインテリでないとできない。
相手のことを考えてもんもんするというのは、どちらにも高度のプライドが必要だし、
なにより異性にこの世ならぬものを求めるロマンチストでなければならない。

野上弥生子の「茶料理」の語り手はインテリ大学生の男。
小石川の下宿先には女学生の娘さんがいて、
たまに請われて勉強を教えてやることがある。
女学生は気位が高く、勝気で高慢ちき。
自分のことを見下しているようにも、わざと意地悪をしているようにも思える。
このため男はあまり生意気な女を好きではない。英作文や数学を教えていた。
感謝されることもなかった。青春とは無知の輝きである。
あるとき男が少女の勉強を見てやっているとき、かの女が中座した。
どうしてこんな簡単な英作文や数学くらいできないのか。
男が興味本位で女のノートを手に取り見てみると、すべて正しい答えが書かれている。
自分の教え子は実のところ英作文も数学もすべて自力でなしえていたのである。
自分をバカにしていたのかと青年は憤り、
さらにノートのページをめくっていくと少女らしい落書きがあって微笑ましい気分になる。
まだ少女なんだな、あいつにもかわいいいところがあるな、と見直す思いである。
さらにページをめくると相合傘のようなものが書かれている。
え、あんな子どもが恋をしているのかと相手の名前を見てみると、
そこには自分の名前が書かれていた。そこにあたまのいい少女が戻って来た。

「丁度その時久子が部屋に帰って来た。
彼女は彼の持っているものを一目見るとともに、
その顔に極度の狼狽をあらわし、おそろしい勢いで手に飛びかかった。
いつもの依田であったならば、この権幕にびっくりし、
盗み見の罪を恥じながら遁(に)げ出したであろう。
しかし彼女の秘密を知ったことが、彼を勝利者の気持ちにした。
平生のおちつきを失い、
泣きそうにあせっている相手の様子も、気味よくおもしろかった。
で、依田は素早く身を替わすと立ち上り、
雑記帳を握った手を出来るだけ高く上に突き上げた。
久子は縋(すが)り伸びあがってなお奪おうとした。二人は争った。
しかもどちらも隣りの部屋を忘れなかったので、一言も声を立てなかった。
終(つい)にどうしても取り戻せないのが分った時、
久子は手を離し、口惜しそうな怒った顔で彼を睨(にら)んだまま突っ立った。
なにか云いたいように唇を動かした。
が、なんにも云えないじれったさ、忌々しさ、
すべての不自然な、圧しゆがめられた表情が、不意に彼女を夢中にした。
久子は子猫のようにもう一度飛びかかって来たと思うと、
行きなりに雑記帳をつかんだ依田の右の手首に噛みついた」(P305)


かわいいよ、かわいいよ、野上弥生子の心にいる少女はかわいい。
これこそ青春であり恋愛であるというゆがんだ現実認識がわたしのなかにもある。
「茶料理」なんか数え方によっては100年まえの小説なのである。
それなのに、どうしてこうもみずみずしくこちらの心をとらえるのだろう。
これが現実ではないが、現実をもとにした、
現実を超えるフィクションのちからなのだろう。
林芙美子の「晩菊」と野上弥生子の「茶料理」はどちらもヒロインが久子で、
しかしまったく違った相の男女関係を描き、どちらも読者の胸を打つのがすごい。
どちらが好きかと言われたら、
リアリストでありながらロマンチストなので「茶料理」に軍配を上げたい。

ブログ読者のことを考え駆け足になるが、
ジャック・フィニイの「愛の手紙」は時空を超えたSF作品ながら、
なにか真実の愛といったものを感じさせる傑作である。
過去に生きてもう死んでいる少女と恋をする話である。
文学者ならみな知っていようが、現実の女よりも妄想する女のほうがよほどいい。
しかし、たくましい妄想を創造するために男はリアルな女を題材として必要とする。
グレアム・グリーンの「無邪気」も思い出の少女に恋をするセンチメンタルな作品だ。
グリーンといえば遠藤周作が強く影響を受けているが、
おそらくそれはセンチメンタルなところだろう。
女のめでたきところはリアリストなところで、
男のほまれはロマンチストたるところにある。
そうだとしたら女流でありながら「茶料理」を書いた野上弥生子の才能には恐れ入る。

トマス・ハーディの「妻ゆえに」も
リアリストの女性に振り回される男を描いていておもしろい。筋がしっかりしている。
女はどの男を選ぶかで人生ががらりと変わるという理不尽を、
わかりやすくおもしろく、いまの読者にも納得できる現実感をもって描いている。
「女は人間のクズ」「女は菩薩さま」――この両極を矛盾と知りながら生き抜くと、
ときに名作短編小説が生まれるのかもしれない。
現実の女性に絶望しながら、
しかし、そうではないと女性に夢想する強靭さは才能だ。
加藤武雄の「祭りの夜の出来事」はなぜか解説で文芸評論家に酷評されているが、
読み物として十分に満足する仕上がりであった。
現代人が読むにたえる名作のひとつと言っても差し支えはあるまい。
阿川弘之の「亭主素描」はいかにも第三の新人めいた駄作だが、
それでも最後まで読ませるちからはある。
堤千代の「小指」を超える短編小説にこれから出逢えるのだろうか。

「アンソロジー 人間の情景2 おんなの領分」(文藝春秋編/文春文庫)

→世の中にはなんとおもしろい小説があるのかと感嘆させられる。
これだけ過去に名作が書かれているのなら、
もう新しい小説などなくてもいいのではないか。
太宰治の短編「恥」は女性文体の虚構小説だが、
なんと太宰自身をうまく描いていることか。
小説の構造を小説内であからさまかつおもしろく見せているか。
太宰の読者とおぼしき文学少女が、太宰に手紙を出し、
自分がモデルにされているのではないかと逢いに行き本当のことを知り、
おのれの無知をまざまざと思い知らされ羞恥にもだえる話である。
もちろん全作品読んでいるわけではないが、
太宰のなかではこれが最高傑作ではないか。
この一作で太宰にやられてしまうわたしのような読者もいるくらいだ。
小説家は文学少女からの手紙なんか読んでいないと言い放つが、これは嘘だろう。
自己愛者でさみしがりやの太宰は、
自分に来たファンレターはぜんぶ目を通していたと思う。
しかし、こんなことを言う。

「何だか、僕の小説が、あなたの身の上に似ていたそうですが、
僕は小説には絶対にモデルを使いません。全部フィクションです。
だいいち、あなたの最初のお手紙なんか」(P37)


モデルを使わない小説家はいないのではないか。
こうやって文学少女のプライドをこなごなにする太宰とおぼしき小説家はいい。
文学少女は自分が太宰を救ってやろうなどと尊大なことを考えていたのである。
少女は述懐する。

「小説家は悪魔だ! 嘘つきだ!
貧乏でもないのに極貧の振りをしている。
立派な顔をしている癖に、醜貌だなんて言って同情を集めている。
うんと勉強をしている癖に、無学だなんて言ってとぼけている。
奥様を愛している癖に、毎日、夫婦喧嘩だと吹聴している。
くるしくもないのに、つらいような身振りをしてみせる。私は、だまされた」(P37)


太宰に啓発され文学発心した三浦哲郎の「じねんじょ」もむろんすばらしい。
淡々とわかりやすい言葉で過去と現在を描写しているのに、
その乾いた筆致は透き通っていて、生きている味わいを深く感じさせてくれる。
永井荷風の「人妻」は抑制ゆえの艶のようなものがあり、アダルトビデオよりもエロい。
人妻が旦那の留守中のことである。
人妻に心を寄せているでもない、そこに下宿している男がある晩のこと帰宅すると、
女は一糸まとわぬ姿で縛られているのである。
空き巣、強盗に遭い、物色されたがめぼしいものはなく、
ならということで熟れた女の肉体を盗み食いされたようなのである。
夫にこのことは知られたくない。
やすやすと強姦されてしまった引け目もあり、
そのことを知っている下宿人の男に媚びをふくめた視線を送るようになる。

「奥さんは何も言わず唯じっと桑田の顔を見返し、
返事の代りに意味あり気な微笑を口元に浮べた。
その目つきとその微笑とは、桑田の眼には、
あの晩の事はあれなり誰にも知れる気づかいはない。
もう心配しないでいゝと云うような意味にしか見えなかった。
そして桑田が二階へ上がると、細君もつゞいて其後から二階へ上った」(P100)


二階でなにが起こったかを荷風は書かない。
女流の即物的な性描写なんかよりよほど好色だよ。この好き者が、荷風め!
劇作家の飯沢匡の短編小説「初代の女」もいい。
これは作家の私が庶民からおもしろい話を聞き、それを書いたという形式。
小説なんかおもしろい話で十分ではないか。それが実のところもっとも難しい。
つねに目のまえの観客を相手にしていた飯沢匡はそのことを知っていた。
庶民はおもしろい話を持っているが、それをうまく言葉にすることができない。
大学教授の文学論よりも庶民のおもしろい話のほうがはるかに上等だと思う。
大岡昇平は戦争もののあの人でしょう、くらいの認識しかなかった。
あとは井上靖の歴史小説に喧嘩を売った人だよね。
しかし、このアンソロジーに収録されている「黒髪」は、
これまでのイメージをくつがえすおもしろさがあった。
間違いなく小説のモデルはいただろうが、いったいだれなんだろう。
どうしてか男の欲情をそそり寵愛を受けるどころか、
迷惑な執着をされてしまう芸妓の運命を短編ゆえ一分の隙もなく書いている。
こんなおもしろい小説を読んだら、もうほかはなにもいらなくなるのではないか。
登場人物を突き放した視線で書いているのがいい。
運命的に複数の男から劣情の矛先として選ばれるのが「黒髪」の久子である。
そのときは妾(めかけ)としてそれなりに安定した裕福な暮らしをしていた。
しかし――。

「その家に寄宿して同志社へ通っている奥さんの弟という大学生が、
木戸を開けて入って来るようになった。
彼は文科学生で、始終サルトルとか肉体文学とか言っていた。
気を引くようなことを言ったのは、無論久子の方だが、彼がいきなり
相撲取りみたいにぶつかって来たので、彼女はその場へひっくり返ってしまった。
彼がどうして不意にそんな行為に出たのかわからなかったが、
あとで彼が貸してくれた肉体の何とかという本を見ると、そんな場面が出ていた。
彼は腕にやたらに力を入れたが、眼はいつもおどおどしていた。
彼は彼女の体をよろこばせることができるので
彼女に好かれていると思っているらしかったが、
彼女は彼が与えた本の通りに芝居をしていたに過ぎない」(P222)


その後も久子は持って生まれたものに逆らえず男を狂わせ続ける。
もうすべてがいやになって久子は京都をどこにともなく歩いている。
どこに行きたいのかも、どこに行きつくのかもわからない。
風景描写はどちらかといえば好きではないが、ここはなぜか文学を感じた。

「道は南禅寺の堀に沿った道と交わり、
それを越してから、急に狭い坂道となる。
溝の水音が一際高くやかましく耳について来る。
片側は近所の寺の経営する新制高校で、
放課後の校庭に十七、八の生徒が、バレーボールをしていた。
それは彼女が山陰の町の母の家を出て来た年頃だった。
そのころ、彼女は義父の冷たい目と母のエゴイズムに反抗するのに精一杯だった。
自分の過去にこんな呑気な時がなかったのを、いまさらのように思い出した。
十月の終りで校庭を取り巻く木々は、すべて紅葉していた。
上るにつれて、傾いた秋の陽に的皪(てきれき)と
光る京都の屋根の眺めが拡がって来る。
遠く西山が陰になって、青く霞んだ輪郭を連ねている」(P225)


結局、久子は出家して尼さんになることを決意する。
わたしには絶対書けない文章だが、そのためか何度読み返してもすばらしい。
情景がとても美しく浮かんでくるのである。

「放浪記」の林芙美子が45歳のときに書いた「晩菊」も身震いするほどいい。
いろいろ評判のよくなかった人らしいが、
そういう人から嫌われる人間がいい小説を書くのである。
「晩菊」一作でも林芙美子は日本文学史に名を残す権利がある。
書斎で書かれた観念小説とは正反対の元手がかかった小説である。
文学青年や文学少女は恋愛という観念にうっとりして踊らされるが、
色恋の世界の真実は金であることを中年男女に語らせる。
いきなり女から男に視点が変わるのだが、そこを不自然に感じさせない。
林芙美子は小説がうまいということだろう。
「晩菊」ひとつのためにこの本を買う価値さえあると思う。
きんというそのままの名前の元芸者でやり手でもある中年女が語る。
むかしの男が金を貸してほしいとやって来た。

「きんは男が訪ねて来ても、
昔から自分の方で食事を出すと云うことはあまりしなかった。
こまごまと茶餉台(ちゃぶだい)をつくって、
手料理なんですよと並べたてて男に愛らしい女と思われたいなぞとは
露ほども考えないのである。
家庭的と云う事はきんには何の興味もないのだ。
結婚しようなぞと思いもしない男に、
家庭的な女として媚びていくいわれはないのだ。
こうしたきんに向って来る男は、きんの為に、いろいろな手土産を持って来た。
きんにとってはそれが当り前なのである。
きんは金のない男を相手にするような事はけっしてしなかった。
金のない男ほど魅力のないものはない。
恋をする男が、ブラッシュもかけない洋服を着たり、
肌着の釦(ボタン)のはずれたのなぞ平気で着ているような男は
ふっと厭になってしまう。恋をする、その事自体が、
きんには一つ一つ芸術品を造り出すような気がした」(P324)


こういう業突く張りの中年女もむかしは美少女であり、
我われバカな男どもはそのすがたにだまされてしまう。
チェーホフは旅先でひと目見ただけの美少女を実にうまく描く。
チェーホフの短編小説「美女」から抜く。

「彼女がその美しい姿をわたしの眼の前に何度もちらつかせるにつれて、
わたしの淋しさはますばかりだった。
自分自身も、彼女も、あわれに思えたし、
彼女がもみがらの雲をくぐって荷馬車の方へ走って行くたびに、
やるせなげにその姿を見送っているウクライナ人も、あわれでならなかった。
それが彼女の美しさに対するわたしの妬み心であったのか、
あるいは、この美少女がわたしのものではなく、
また決してわたしのものになる筈もなく、
わたしなぞはしょせん彼女にとっては赤の他人にすぎないことを、
心惜しく思ったのか、それともまた、
たぐいまれな彼女の美しさも、かりそめの無用なもので、
この地上のあらゆるものと同じように、
たまゆらの生命(いのち)にすぎぬことを、漠然と感じたのか、
あるいはわたしの淋しさが、まことの美をしみじみと眺めることによって
人の心に生まれる、あの一種特別な感情であったのか――
それは知るよしもない!」(P19


美少女は一瞬で消えてしまうものだからいいのだろう。
話すこともなく一瞬だけ旅先で、こちらから視るだけの美少女はもっといい。
しかし、女は醜いという歴然たる事実をモームは「三人の肥った女」で書いている。
どこまでおまえは女が嫌いなのかとその執念に寒々としたものを感じるくらい、
モームは女の愚かしさを嘲笑的に描く。まったく女はどうしようもない。
どうしようもなく愛おしい。

「アンソロジー 人間の情景1 運命の法則」(文藝春秋編/文春文庫)

→古今東西の名作短編小説を集めたもの。92年刊行。全8巻。
これはたいへんな掘り出し物で、だれがチョイスをしたのかわからないが、
かなりの目利きであることは疑いえない。
このアンソロジーは文学教室の教科書になると思う。
とはいえ、だれかが講師をして教えるという形式ではない。
年齢、性別、職業さまざまな人が月に1冊ずつ読んで、
アンソロジーのなかで自分が好きな小説ベスト3を発表するのである。
よかった部分を数か所抜粋してひとりずつ発表するのもいいだろう。
参加者それぞれが、そういう読み方があったのかと発見があるはずである。
大時代的な物言いだが、こういう文学の勉強は人生を豊かにすると思う。
まったく人はそれぞれに小説を読むことがわかり、
文学は先生から唯一解を教えられるというジャンルではないことがわかるだろう。

菊池寛の短編がなぜか3つも入っているのだが、どれもおもしろいので驚いた。
学者は読み物をバカにする傾向があるが、
読み物でもこれだけうまく書かれたらそれは芸術作品である。
「身投げ救助業」がとくによかった。
入水自殺者をバカにしながらいつも助けていた中年女が、
最後は自分が川に飛び込んでしまい助けられるというオチがうまい。
ありきたりだが、ありきたりをこうまでうまく書けるのは才能である。
読み物作家の、どこか突き放した感のある小説描写がおもしろい。
これは獅子文六の「とうがらし」にも通じる。
人を半分バカにしながら、
しかしその人の愚かなところを作者が愛しているのがよくわかる。
地主が朝酒で身上をつぶすお話である。
むかしは朝から魚で酒を飲んでいたが、戦争で物資が手に入らなくなり、
よりによって生のとうがらしでどぶくろを飲むようになり、
しかしこれはうまい、大発見だと喜んでいるうちに、いつしか鼻が赤くなる。
だからなんだと言われても困るのだが、最後までおもしろく読ませる。

メリメの「マテオ・ファルコネ」は芸術というあつかいになるのだろうが、
これもまた読み物としてめっぽうおもしろい。
河合隼雄もこの小説には感銘を受けたという。
ずる賢い男の子がお尋ね者から賄賂をもらい助けてやるが、
追ってきた保安官にさらなる賄賂を提示されると心変わりして、
かつて小金をもらった犯人を約束を破って追っ手に突き出す。
父親は息子の卑怯なふるまいを知り、それは神の法に反すると銃殺する。
最後に神さまにお祈りをさせてやるのが西洋キリスト教社会の厳しさ。
そのように河合隼雄はこの小説を紹介していた。
そういう意味を考えなくても「マテオ・ファルコネ」は筋がおもしろい。

H.ジェイムズの「ほんもの」は意地が悪い、まこと心に残るいやな小説だ。
名作の条件はいろいろあろうが、記憶に残るというのは第一条件に近いのではないか。
本の挿絵に貴族を書く画家が主人公。
どうしてか画家は身分の低いものをモデルに貴族を描くとうまく仕上がる。
そこに「ほんもの」の、
しかし没落した金がない貴族が自分たちをモデルにしてくれないかと訪ねてくる。
本当に金がないが、
どこも「ほんもの」の貴族は職場に不釣り合いだから雇ってもらえないのである。
画家は蓮っ葉な身分の低いにせものの少女をモデルにして貴族を描き、
「ほんもの」の貴族を召使のようにあつかってしまう。
これはリアルな話で、ずっと大学で暮してきた教授先生が、
いざ失職しても掃除夫はできないだろうが、
金のなさにつけこんで雑用をさせてしまうという意地悪に通じている。
「ほんもの」を描いてしまった画家は以降、二流の絵しか描けなくなってしまう。

伊藤永之介の「燕」は極貧にのたうちまわる無学な庶民を執拗に描写する。
トラウマになりそうなほど、貧乏で学のない田舎者たちが苦悶する様子を描く。
名作なのだろうが、再読したいかと聞かれたら、ちょっと困る。
むかしは小説が社会の底辺を描いて、
実像を告発するという役割も担っていたのがわかる。
いまではテレビや雑誌があるから不要なのかもしれない。
しかし、歴史的資料としては有用なのではないか。
発表されたのは1938年で、そのころの映像はあまり残っていないと思われる。

森鴎外はいつもながらどこがおもしろいのかさっぱりわからない。
永井龍男を褒めると小説の玄人のように見られる傾向があるが、
彼の短編をどのアンソロジーで読んでもどこがおもしろいのかわからない。
永井龍男を好きだというと周囲から一目置かれる。
このためだけにこの男は生まれてきて、小説を書いたのかもしれない。

中学、高校、大学と10年近く英語を勉強したが、
いまでも英語を聞き取れない、話せない。
しかしアジア英語というものがあって、アジア英語ならわかるし話せる。
アジア英語の象徴は、ノーグッドという言葉。
グッドじゃないってそれは意味はわかるけれど、それは英語かっていうね、その。
ノーグッド英語ならぼくも好き放題話せるし、ヒアリングもできる。
けど、ノーグッドなんて日本でまっとうな英語教育を受けたぼくには、
かなり酒を飲んでいないと荒々しくて使えない。
むかし香港の美少女と話したとき、あっちはイギリスに留学体験があって、
そのペラペラ英語がまったく理解できなかった。
だから、虚勢をはるために英語を損得度外視で勉強した。
人を好きになることのすばらしさはベリーグーである。
日本最高峰の知識人で最美女の東大坂本葵を妻にする小谷野敦さんが
(どこまで形容詞がかかっているのかはアップツーユー)、
川端康成の才能は「伊豆の踊子」を書くような、
題材にめぐりあえた運だと言っていて、まことまこと御意しかりと思ったものである。
いくら旅をしても回数や期間と無関係に、ぼくは「伊豆の踊子」と出逢わない。
ミスターサワキの「深夜特急」のようなことも現実には起こらない。
旅でめぐりあう女は、
つねにいつもきまって自分以上の顔面偏差値を持つ男と腕を組んでいた。
あいつら安宿の汚い寝台でどんなみじめなセックスをするんだろうという、
下品下世話最低の妄想を刺激されること多々であった。
大学生のころ、
小豹のような色黒でチビの少年のような美少女とアーグラでめぐりあった。
好きだったのだと思う。かの女に逢いたくて香港まで行った。
ぼくの「伊豆の踊子」かもしれない。そういうことは起こらないとも限らない。
人間嫌いなのだが、がために同時に人がとっても好きである。
自分でもおのれの記憶力に驚くくらいでだ。
5年まえに勤務していた大きな倉庫のメンバーを、そこにいた大人数の名前を、
外国人をふくめていまもほぼ全員ほぼ正確に記憶している。
それはあなたが文学のモデルにしようとしていたからじゃないの?
そう言われたら、それも否定できない。
仕事内容は覚えていなくても、人のことは狂人レベルでメモライズしている。
1日だけの仕事(単発派遣)でも人のことは記憶している。
場所や風景、風貌はほとんど覚えていないが、
その人と、その人が言ったことは自分でも怖いくらいに覚えている。
人生と文学は異なるのに、まあ困ったものであります。
15年ぶりくらいにかつての恩師と再会して、
原教授、原教授と本人のコンプレックスをいちばん刺激することを、
本人の目のまえで何度も何度も連呼連呼、繰り返すことができる、
わたしの図太さ、意地の悪さはおもしろいでしょう?
原教授とおなじで自己愛者だから、「本の山」が大好き。
いちばんのブログ愛読者は自分だろう。
なんてこいつは腹がふてえのか。

うちのブログほどおもしろいものはめったにないと思っている。
おもしろいでしょう? 
むかついたらすぐに携帯に電話をかけられる実名ブログ。
そこで「はい、土屋です」とか本当に吃音か自死遺族だかわからないほど、
ニコニコした愛想がいいぼくちゃんが出ちゃうというね、そのね、そこが。
おれ、接客であんがい大成功しちゃうんじゃないかと錯覚するほど、人間が好きよ。
リアルでわたしに逢った人はギャップに狂気さえ感じるかもしれない。
怖い。わたしは怖い。人間は怖い。
むかし家族の不幸があった直後、中上健次を読み、
もう自分には文学しかないと思い詰めて、
当時は世界遺産ではなかった熊野に大仰にも死を決して行ったことがある。
熊野古道を歩きたくて、そのためにはどうしても一泊、二泊する必要があって、
「伊豆の踊子」ではないが、民宿にひと晩軒先を借りた。
あのころから自分は世間を知らないという劣等複合があった。
民宿の夕食で「もずく」が数あわせのために出てきたのだが、
世間師ぶって、これはおいしいですねと言ってしまい、
いまでも汗が出るほど恥ずかしい思い出である。
「もずく」なんてインスタントしかないのに、そんなものを褒めるわが舌の恥ずかしさ。
いまの言葉を借りるならば、貧乏舌の羞恥と言えよう。
しかし、そのとき、あの「もずく」は真実にわたしにとってはうまかったのだ。
うまいものをうまいと言ってなにが悪いかという反逆精神もいまはある。
そうはいってもグルメ番組でタレントがあきらかな既製品を褒めるとひやっとする。
ひんやりする。育ちが悪いのだろう。意地も悪いのだろう。
二十歳をちょっと超えたころ原一男教授に大学でめぐりあい、
生意気にも若輩のぶんざいで質問をさせていただいたことがある。
「文学とか芸術って、人から教わるものなんですか?」
非正規の客員教授は困った顔をしていた。
「表現をするとセックスよりも気持がいい」と先生は仰せになった。
あれから約20年が経ち、誘われて原教授に再会するくだりとなった。
師匠からの教えは――。
「あなたはすべてが間違えている。全身がすみやかでない」
国際的な世界的芸術家の原一男教授のお叱りは、
わたしの希望である。教授は正しい。こちらは誤り。ぜんぶ誤り。ダメ。0点。
師匠は正義だ。絶対正義ここにあり。疑うなかれ。正義はこれだ。
偏差値40とは自分自身のことで、
ぼくはあたまが悪かったし、いまも悪いだろう。
小学校の通知表に古家先生は2と3しか下さらなかった。
何度もグーパンチをいただいた。
いまでは信じられない話だろうが、ぼくは古家眞先生からボコボコに殴られた。
それがふつうでだれも疑問に思わない時代だった。
親からはTAPとかいう塾に強制的に行かされたが、振り分けられた先は最底辺クラス。
本当の下の下だよ。ビリ。どん尻。どん底。どの私立にも入れない学力。
でもね、最底辺クラスに学校の違うおもしろい子がいた。
これではどこの私立も受からないと中学受験はゼロ。
いま思えば、このころに母の精神病が発症して自殺未遂。
10~13歳くらいの記憶はいまでもまったくない。
中学に入っても成績は最底辺で、その意味がわからないくらいぼくはバカだった。
しかし、何度も書いてきたように、あるまじめな女の子を好きになり、
成績で勝ちたいなあと思い、そうして勉強すると、
なーんだ、勉強なんて記憶力だと気づき、
高校受験時には内申点が学年最高点に達していた。
いまでも思うのは、だれかを好きになったら変なパワーがわいてくるのではないか。
とはいえ、素地は偏差値40だという自覚はお腹いっぱいございますですね。
井上靖の遺言は、学問と芸術を愛する人間になってください。
これは戦時中、名誉の戦死を遂げたある軍人の遺書の文言による。
後年、井上靖は往復書簡で、池田大作に向けて、
いまはなにが「正しい」のかわからないからいろいろ難しいと書いている。
井上靖は好きだが、学問も芸術もよくわからない。
昨夜コメント欄に焼鳥屋の息子がモーツァルトを語るなと書かれ、
ぶち切れて即削除したが、それは本当のことだからだろう。
学問とか芸術とか、いまはスノッブだよねえ。
ああ、カタカナは見栄って意味ね。
いままでどの博物館でも感動したことがないし、どの音楽会でもあくびをする。
井上靖は大学が美学出身だからか、毎日で美術記者をやっていたためか、
絵画には一家言あるというスタンスのようだ。
ゴッホの「星月夜」がいいとか、本気で書ける背景を有している。

無教養の自称弟子の貧困層、宮本輝が、
いまだに自作にそれをリピートするくらい井上靖はほんものなのである。
歴史小説を書けるかいなかが教養の有無の分かれ目である。
追手門のビックスター宮本輝はどうあがいても井上靖のような歴史小説を書けない。
権威として古典文学を作中に引用はできるが、
まったく完全な無教養の貧民出身だから解釈は毛ほどもできない。
ただ自分は偉いという証明に平家物語や徒然草を大衆小説にぶち込むのみ。
ぼくは学問と芸術を愛した井上靖よりも、無教養で人品が卑しい、
カルト教団メンバーの宮本輝のほうがどちらかといえば好きである。
これはいっさいの打算を廃した本音である。
井上靖は自作を小林秀雄に評された「手拍子を叩いている」
という文言が忘れられないという。
そのうえで、これは小林秀雄は読んでいないかもしれないが、
「天平の甍」のラストシーンは手拍子を叩いてしまったことを白状する。
しかし、自分は烙印を押したかったとも、はっきり手拍子を叩きたかったとも書いている。
手拍子を叩くのが、そこまで悪いのかという死人の小林秀雄に反抗まで見せている。
とはいえ、いまでも気になると井上靖は書いている。
小林が死んだいまでも、
いま書いている自作のここは「手拍子を叩いている」と言われるのではないかと。
手拍子はリズムであり、どうしても人は手拍子を叩きたくなるときがある。
わたしなんかもYouTubeで創価の学会歌を聞くと手拍子を打ちたくなる。
「手拍子を叩いている」と小林秀雄から言われたらどうしようか。
それが井上靖の創作を律していたのだろう。
最近ネットデビューを果たし、
ますます活躍している精神科の春日武彦医師の記事は無料ゆえみんな見ている。
そのなかには医師にとっての小林秀雄的存在がいるかもしれない。
だれかが見ている。きっと見ている。
井上靖の人生を決定づけたのは高校時代の柔道体験ではないか。
井上靖は高校から柔道をはじめた先輩に言われた。
立ち技で勝つ。強いから勝つ。それがなにほどのものか。
努力の質と量がすべてを決める寝技の柔道を、井上靖くん、きみもやってみないか?
それに青春を賭けてみないか?
井上靖は啓発されて寝技の練習に明け暮れる。
その柔道部の先輩はどうなったかという話を、全集ではじめて読んだような気がする。
努力ですべてが決まる寝技の柔道をやり続けた先輩は、
最後の大会のいちばん重要なシーンで負けたらしい。
何年もの寝技の努力が灰燼に帰したときの先輩の顔を井上靖は忘れられないという。
あのとき人生というものを学んだとも書いている。
このとき井上靖の青春は終わったのだろう。
努力家である先輩の絶望の表情は井上靖少年の顔でもあった。青が散る。
井上靖のいちばん有名な小説はたぶん「敦煌」になるのではないかと思われる。
偏差値40の女子高生のために書くと、敦煌は中国のいち都市。
おおむかし仏教が栄えて、洞窟に美術対象の壁画や彫刻がたくさんある。
どうして敦煌が滅びたのかわからないことから井上靖の書いた小説が「敦煌」。
ああ、敦煌は「とんこう」と読みます。
これは自分に説明しているといってもよく、
13、4歳のぼくはこうでも説明されないとわからなかった。
偏差値は40付近だったと思う。
いまの若者は(中年のぼくもそうだが)当時の日中関係の緊張をわからないと思う。
ほら、まだサヨが活躍していた時代だから。

ぼくは運が異常に強いと自分の運をかたくなに信じている。
それは中国も関係している。
10年以上まえ、海外旅行なんてできない環境だったのにバンコクにいきおいで飛んだ。
そこからめぐりまわって、ベトナムのニャチャン。
「御父参カフェ」という、当時有名だった日本人宿&居酒屋に行った。
ほぼここに行きたくて日本を出たようなものである。
その「御父参カフェ」で大学生と出逢い「地球の歩き方 中国」を入手した。
このおかげでベトナムから中国へ入国。
南から長安、大熊猫、満州と北に向かい、麦酒の聖地、青島で旅を終えた。
いま振り返ると中国経験はお宝と言うほかない。
長安に実際に行っていると玄奘も空海もなんとなくわかった気がする。

これで「敦煌」に行けるとベトナムのニャチャンでぼくは思った。
井上靖の「敦煌」に行けると。
実際、行ってみたらなまの敦煌は莫高窟をふくめあまりおもしろくない。
創価学会の池田大作さんの石碑のあるのが発見だったくらい。
「敦煌料理店」でズイさんと逢った記事は「本の山」のベスト10に入るだろう。
むかしからぼくは芝居がかっていたので、
ズイさんの店から井上靖の「敦煌」を借りてきれいで激安のホテルで再読した。
敦煌で読む「敦煌」はそれほどおもしろくなかったのである。
井上靖は敦煌を見ないで(行かないで)「敦煌」を書いた。
いまうちにある井上靖の全集は宮本輝の書斎にあるのとおなじ。
新潮社の最新版である。1冊8800円とかするんだぞ。
それをいまは閉店してしまった近所のブックオフで1冊500円で買ったわけ。
読まないかなと思っていたが、積んでいればこそで、読むときが来たら読む。
井上靖が全集で言っていることのひとつは、贅沢ということ。
本当の贅沢は仕事とはなんの関係もない本を、
勝手気ままにゆっくり自分と照らし合わせながら読むことだ。
作家になってからの自分はいつも仕事に追われ、
そういう贅沢な時間を持てなくなった。
いつも締切、仕事のことばかり考えていた。精神的には貧乏だった。

菊池寛は文学志望者に40歳を過ぎるまで小説を書くなといったという。
人生経験を重ねないと文学はわからないが、
アラフォーは学生のように気ままに本を読める贅沢な時間はない。
ただし全集を買う金はあるかもしれない。
井上靖がひいきにしていた古書店は、神保町の一誠堂書店。
先月久しぶりに立ち寄り偶然にまかせて一誠堂書店で本を買った。
店主はむかしとちっとも変わっていなかった。
古書店の名前をいちいち覚えているわけもなく、
井上靖全集で一誠堂書店の名前を見て、
そういえばと振り返ったらレシートはかの古本屋のものだった。
どうせ経費で落ちるからか、井上靖は高額古書を多数購入している。
旅も愛した。贅沢を愛したが、金はうなるほどあるのにあまり人生で贅沢はできなかった。
そんな井上靖の全集をちまちま読むほどの贅沢はあろうか。
井上靖の卒論はヴァレリーの詩論だったのだが、
それをふたりの教授が見てくれたのだが、そのうちひとりが九鬼周造だった。
しかもそのとき九鬼周造が書いたメモが残っている。
で、それを後年読んだ井上靖の感想まで全集には収録されている。
井上靖の卒論は3、40枚で、これで通るのはおかしいと自分でも思っていたらしい。
おそらく岳父のコネがあったのではないかと常識のある読者なら思うだろう。
九鬼周造は「偶然」ついての思索を遺しており、
わたしのライフワーク(え?)も「偶然」にあるので、
九鬼周造に関心を持ったまさにそのとき、
併読している井上靖と九鬼周造のつながりを知り、単なる「偶然」なのだろうが、
奇妙な符合に感じ入った。
井上靖にはS女史という有名な愛人がいたことは、
ネット上にブログ「本の山」が最初に公開したことである。
あれは反響があったけれど、
なぜかあれをわたしではない別の人が書いたとネットで絶賛している人もいる。
わたしはブログ記事をまるまるコピーされて、
著作権は自分にあるとか書かれてもオッケーなくらい、
人生や人間には絶望している(ポーズを取りたい)から、そこはまあ、そこはそこは。
井上靖のエッセイを読んでいると、いくつもまったくおなじ文章が出てくるのである。
芥川なら芥川を書いたところで、一字一句変わらぬ文章がいくつもある。
あれはいまでいうコピペ。
おそらく井上靖本人ではなく、秘書や弟子が書いていたと思われる。
井上靖くらいの大物の原稿料ならば、秘書を雇ったほうが経済効率は高い。
菊池寛には有名な代作者の女性がいたと人から聞いた。
おそらく井上靖にも、そういう子分、ゴーストのなり手がいくらでもいたはずである。

井上靖の文章の特徴は艶や欲目がない。清潔という人もいよう。
だから、むかし受験国語で使用されたのではないか。
本当に井上靖の文章は性のにおいがしないのである。
それに金銭欲、名誉欲もほとんど感じられない(主観だが)。
井上靖は毎日新聞で10年以上、戦争礼賛の客観的報道をしてきたわけだ。
小説を書いた理由は、ほかにおもしろいものがなかったという。
終戦で「見るべきものは見つ」の境地にいたり、おもしろいことをしたくなった。
それが自分を表現すること、小説を書くことであった。
井上靖のふところ事情はかなり裕福だった模様。
長々と大学生を続け、あれは学生結婚ではなかったのではないか。
結婚するときに、自分の実家と妻の実家から金を出してもらい家を買ったそうだ。
井上靖の父親は医者で、彼も医者になることを期待されたが、
春日武彦医師のように従順ではない男は両親に逆らった。金はあった。
おそらく井上靖は金の苦労をしたことがないのではないか。
井上靖の家の宗教は日蓮宗。
しかし、井上靖は最晩年になっても自分には信仰がわからないと述懐している。
昭和48年、浄土真宗が井上靖に親鸞のミュージックポエムを依頼している。
まあ、大金を渡したということだ。
井上靖の親鸞ポエムは、処世の義理、やっつけ感がひどかった。
昭和50年、創価学会が井上靖に多額の原稿料で仕事を依頼している。
池田大作との往復書簡「四季の雁書」を出版するためである。
改めて読み直したが、井上靖の常識人としての顔が再認識された。
昭和52年、池田大作と井上靖を師匠とする宮本輝が芥川賞を受ける。
小説家の井上靖の雑文を全集で読むと、あれは新聞記者あがりだからだろう。
文芸批評もじつにうまく、うまいというのは正確さ、的確さにあることがわかる。
今年縁あって芥川の短編を読み直したが、井上靖による芥川の解説がいかにうまいか。
牧水も啄木もむかし好きだったが、
その感想をうまく書く言葉をわたしは持っていなかった。
しかし、わが意を得たり。
井上靖の牧水や啄木への評言はまこと正確で、その通りだという気にさせられる。
牧水や啄木がうまく腑分けされた感じがして、とてもしっくりするのである。
太宰が情死したのは、井上靖がまだ新人作家と言ってもいいころだ。
「死人に口なし」と思ったのか井上靖は死んだ太宰にかなり厳しい言葉を投げかけている。
常識人の井上靖は身内には三島の悪口を言っていたようだが、
公式文書では先輩作家の三島の顔を立てて驚くくらいの絶賛をしている。
人気作家だった井上靖は晩年、おのれの仕事中毒、依存症を悔いている。
毎日小説を書くばかりで、いちばん重要な自分のことを粗末にしすぎたと。
井上靖が最後に書きたかったのが親鸞をモデルにした小説である。
親鸞は歴史のうえで息子を勘当(絶縁)したことになっている。
悪人往生こそ念仏の本意とする親鸞がどうして実の息子を許せなかったのか。
それがわからない。わからないから書きたいと井上靖は思っていた。
エッセイ全集の2冊目に井上靖による小説の書き方がいくつも収録されていた。
なかには講演会で話した内容もあり、あれは貴重だろう。
井上靖いわく、小説は書こうと思っても書けるものではない。
テーマや題材が向こうからやって来るのを待つしかない。
向こうから来たものを自然に書きたいという気持になって書くのが小説である。
小説にはモデルが絶対に必要だとも書いていた。
モデルをどう使うのかというと、モデルの心を自分の内面から推測せよ。
自分の心には善悪、男女、損得あらゆるものが入っている。
それを刺激してくれるのがモデルだ。
作家は小説を書くことによって新たな自分を発見するというのは、この意味においてだ。
モデルのなかに自分を入れろ。モデルに新しい自分を引き出してもらえ。
文体はいくら文章修行をしても変わらない。
あれは生来の生得的なリズムのようなものでいくら努力しても文章の質は変わらない。
作中人物がおのずから動くとはどういうことか。
小説の序盤にその人物の会話を書く。
そうするとそれが作中人物に独自の性格、
つまり生命を与え、その人ならではの動きをいやがおうにも勝手に始める。

文学志望の社会人歴数年の女性から、このままでは社会にスポイルされてしまうが、
どうしたらいいのかと問われた井上靖は――。
どうか社会人としてがんばってください。
ふつうに働き結婚して子を産み、10年後、20年後、
それでもまだ文学に情熱を持っていたら、
そのときあなたにしか書けない小説を書いてください。
社会人経験は、文学修行でもある。
芸術家はみんなそうだが、どこまで対象を視ることに賭けられるかが勝負だ。
いまのうちに人を見る眼、作家の眼をじっくりゆっくり育ててください。
10年後、20年後にはたしてまだ文学への熱い思いが残っているか。
たいがいは文学への情熱は消えてしまいます。
自分の周囲にも文学の才能があるものがいくらでもいたが、
みんな文学から離れてしまった。
離れざるをえなかったのでしょう。
作家はそれ以外どうしようもなくなった人が意図せずしてなるもの。
はっきり言いますが、食えませんよ。だれも評価してくれませんよ。
養之如春。之を養うや春の如し。
促成栽培ではなく、どうか自分を時間をかけて深め、そして育てていってください。
若いという字を苦しいと読んでしまった。
たしかに若いということは苦しいことだ。
若い人は苦しいことも多いだろう。それが青春だ。若い。同時に苦しい。
池田先生は生涯青春だと言っている。
それは一生涯若くあろう、苦しもう、己の宿命に立ち向かおうという意味だ。
師匠の池田先生の言う生涯青春とは、不断の人間革命を継続する勇気だ。
冬は必ず春になるという真理の希望を説いたのが池田SGI会長である。
池田名誉会長は今日も元気で威風堂々と人間革命の道を歩んでおられる。
必ず来るであろう春に向けて我々も歩んでいこうではないか。

「聖教新聞」って、こういうことが書いてあるんですか? 読みたいなあ。
「白線流し」の酒井美紀はええねえ。
あれは小川範子の魅力といっしょなんだが、これがわかる人はおられるでしょうか。
四国の広末涼子も基本ラインはそこだったが、早稲田に入って飛んじゃった。
暗くて内向的な女の子はええでがす。
小川範子なんて、おまえ、何をかかえているんだという暗さがある。
宮沢りえとは、正反対の、そのね、あれがさ、ええよええよ、ええじゃないか。
持田真樹のはかない少女性のよろしさ。
野島ドラマ「未成年」の遠野なぎこはガチで精神を病んでいるらしいから怖い。
昭和は暗いことに価値が置かれていたようだ(哲学青年、文学少女)。
いまは暗黒内向もメンヘラというカタカナで明るくなっちゃうところがある。
もやもやもんもんとしている暗い少女の黒々とした美しさがかつてありました。
知的障害者は立派で、
低学歴は努力が足らないバカだと思われている方も少なくないでしょう。
しかし、知的障害者と低学歴の違いっていったいどこにあるのだろう?
知的障害者だって努力して勉強したら弁護士資格や医師資格を取れるのではないか?
なんてことは、むろんあるわけがない。
人間にはれっきとした能力差が残酷なまでにあからさまに存在する。
どうして偏差値40の子が東大に受からないのは努力不足で、
知的障害者は生きているだけでオッケーなのだろうか。
能力差を思い知ったのは、派遣で行くことになったコージーコーナー。
お菓子を箱に入れるなんて、だれでもできると思うでしょう?
それはノーノーネバーで、あれは女性のほうが圧倒的にうまい。できる。
ぼくなんかおばさんのだれひとりにもお菓子入れで勝てなかった。
今日はじめて来た派遣さんでも女性は細かいお菓子を入れるのがうまいのだ。
まあ、お菓子を入れる能力のあるのがそこまでめでたいのかはわからない。
しかし、つくづく、能力的にできないことはあるんだなあ、と驚いたものである。
派遣5年の男性Sさんもお菓子の箱入れはヘタで、
それをHさんにからかわれたりで、おもしろい人生体験だった。
5年おなじ職場にいてもお菓子の箱入れは(男は)うまくならない。
もうここまでくると努力とかじゃないよねえ。
みなさん、クリスマスはコージーコーナーのケーキでお願いします。
国籍不明のみんなの汗と涙が詰まっているがしかし甘いケーキです。
一度耳にしたメロディーを
楽譜なしですぐ再現できるのってどのくらいの能力なのだろう。
ぼくとしてはそれをできるのが当たり前で、できない人のことがわからない。
え? それ、できるよねえっていう感覚。
なんで、こんなこと、できないの? 楽勝っしょ?
いい思いをしたかって問われると、ぜんぜんまったくノーノ―ネバー。
小学生のときの音楽の通知表は最低だった。
自意識過剰で自声恐怖症になってしまい、歌でも口パクばかりで声を出せない。
いまでも人前で歌えないし、カラオケは切腹するレベルでノーノ―ネバー。
聴力は人並み以上にあるような気がするが、それが一時期、
有名な哲学者の中島義道博士のような騒音恐怖症として顕現して苦悩難渋した。
社会底辺の仕事は、要は数をかぞえるレベルになるわけだが、
あれがうまい人にぼくは敬意をおぼえるが、
当人はこれしきのことを褒められても困ると思うことだろう。
なんで、こんなこと、できないの? 楽勝っしょ?
いや、そんなことはない、そんなことはない。
3歳からバイオリンを習わされていたため、
メロディーやリズムに障害をきたしているのかもしれない。
西洋古典音楽も日本の大衆楽曲もおなじように聞こえる。
わたしがクラシックを嫌いなのは、
それが大衆的メロディー、庶民のリズムを持っていないからだ。
クラシックでも好きなものはあり、それはメロディーが演歌になっているからだ。
人間の情を表現しているからだ。人間の喜びと悲しみを描いているからだ。
親の見栄で3歳からバイオリンをやらされるくらいだから、そのへんの最低知識はある。
クラシックが嫌いなのは、演歌でないからだ。
モーツァルトなんかもいいのはサビの部分だけであとは不要だと思う。
序奏とかひたすら退屈で壇上に石を投げたくなる。
結局はメロディーラインのような気がする。人の心を動かすのはメロディーラインだ。
AKB48の「桜の栞」のメロディーラインはモーツァルトに比肩する。作曲家は天才。
創価大学の校歌のメロディーラインも奇跡だ。
尾崎豊だってメロディーがよかったわけだ。
メロディーとリズム。人間の喜びと悲しみ。
このまえBSテレ朝でやっていた藤圭子のドキュメンタリーを観て、
なみだがとまらなかった。
長らくジェイコムに加入しているが、関心は山田太一ドラマのみなのは間違えていた。
おれはさ、脳に障害があるためか、1時間のドキュメンタリーでもきつい。
それがそれが、あろうことか2時間の藤圭子ドキュメンタリーを夢中になって視聴した。
3千円払ってもいいかと思ったくらいのテレビ番組である。
絶対音感がおれはね、あるから。
一度耳にしたメロディーはすべてバイオリンや口笛で再現できた(できる)。
むかし天才醜少年だった。
大衆庶民のぶんざいで鈴木メソッドに3歳から通い(通わせていただき)、
絶対音感があったがためにバイオリンでまったく練習努力をしなかったおれが言おう。
音楽はクラシックもアイドルもおなじで、結局はメロディーラインだ。
モーツァルトも讃美歌も藤圭子もAKBもメロディーラインである。演歌だ。
藤圭子は精神障害で飛び降り自殺したが、
そのときはじめて耳にした彼女の「夢は夜開く」は天才のメロディーラインだった。
「ガラスの十代」もそうだし、モーツァルトも、「プライド」もAKBの「ビギナー」もそうだ。
「モルダウ」も「思い出の九十九里浜」もおなじメロディーラインだから感動するのである。
人の胸をこうまで打つのである。
おれたちの時代は、光GENJIの「ガラスの十代」。
壊れそうなものばかり集めてしまうよ。
言うまでもなくネタ元はテネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」だろう。
壊れそうなものばかり集めてしまうよ。
野島伸司の桜井幸子の「高校教師」は、おれたちの世代のドラマだ。
桜井幸子の「高校教師」は山田太一ドラマをいくら見てもあっちがナンバー1だ。
光GENJIの大澤さんは文京三中だったのか。
いや、あれは「高校教師」の主役を蹴った観月ありさだったのか。
光GENJIでは、山本さんが好きで、中性的なところがよかった。
精通を迎えていたのかも疑問なほどの美少年であった。
壊れそうなものばかり集めてしまうよ。
山口県出身の原一男教授のシネマ塾イン萩の思い出は尽きない。
20年近くまえの話だ。
そのときのゲストに黒木和雄という、いかにも芸術家ぶった映画監督がいた。
黒木和雄の映画はどれもおもしろくなかった。
「祭りの準備」だけはおっぱいが出てきたので、まあ許せた。
もうとっくに死んでいるゴロツキ老人の黒木和雄が原教授に言った。
「あんた、そんな映画を撮っていると、いつか仕返しにやられるよ」
当時、ありふれた大学生だったわたしは意味がわからなかった。
しかし、どん底まで堕ちかかったいまなら仕返しの意味がわかる。
長生きが人生の目標になった健康食品が大好きな原一男教授。
原さんが死んだら、そのあとを追えるのは自分しかいないのではないか。
今年やけくそで原教授の女性醜聞をブログに書いた。
いまはすべて関連記事を削除したが、あれは弟子の師匠への温情である。
「私を見つめて」のUさんから新宿の居酒屋で聞いた話はほぼ事実だろう。
ホテル代をケチって事務所でうんぬんの話はおもしろすぎる。
原先生関連で警察沙汰になったと書いている匿名コメント者がいる。
おいおいおい、原さんもおれもそんなケチなやつじゃないぜ。
警察なんか信用するもんか。バカにすんなよッ。
おれがね、大好きだった本によるならば、このあたりでなにかが舞い込んでくる。
弟子だな、まあ弟子。それは貴婦人かもしれない。
おれさまのこれまでの異常な人生を先行者と比較すると、
このあたりで僥倖とおぼしき厄災が舞い込むはずなのである。
人生で1冊でも自費出版で本を出せるのでさえ恵まれていると言えよう。
むかしの文豪なんか借金だらけで世間的評価はゼロ、自費出版の本はまったく売れず。
そういうダメな野郎がわんさかいたのである。
もっとクズりたい。ダメになりたい。堕落したい。ごきぶりになりたい。
むかしはメールが来て逢おうとかひんぱんにあったのだが、めっきりこのところは。
名前を出しちゃったのがいけないのかな(自分のね)。
あなたはべつに名乗る必要はありませんから。
信濃町に招待してくれた創価学会の婦人部さんも当たり前のように偽名を使っていた。
それが法華経の精神であり、感謝に変わりはない。
机上の学問もいいが、なまの人間はもっとおもしろい。しかしむろん本もいいのだ。
最近ブログを更新しないなと思っていたら、
前原さんもツイッターの毒牙にかかっていたのか。
「もてない男」の小谷野敦さんに引き続き、前原さんもブログを捨てた。
ブログはうまみがないのはわかる。
いまはテンプレートができあがっていて、完全個人ブログは評価されない。
もっとぶっちゃけたことを言えば、ググっても個人ブログは出て来ない。
メリットがないブログなんか、だれがやるのかって話。
よく知らないが、ツイッターなら新たなコネやツテができるんでしょう?
ならおまえもやれって話だが、スマホではなくガラケーなので。
それにさ、ぶっちゃけると、
逢ったこともない人のツイッターをチェックするとかめんどうくさい。
ツイッターをやってもフォロワーがひとりもつかないおかしな自信がある。
それに、だれがおれのいまのつぶやきに興味を持つのかっていう、客観的常識が。
みんなスマホで、みんなツイッター。
ぼくもやらにゃあかんなあ、とは思う。
創価学会の人たちって依存症レベルで師匠、師匠と騒ぐじゃないですか?
師匠につきしたがっている自分は格好いい、正義だみたいな。
それは現実問題として正しく、日本社会は師匠が人生の勝負を決める面もある。
画壇なんかとくにそうらしいけれど、師匠筋が出世を左右する。
師匠、師匠と師匠を崇拝して依存症になっていたら、
損得勘定ではプラスになることが多い。
今年いちばんの事件は師匠の原一男教授との再会だなあ。
むろんのことあっちは多くの教え子のひとりに過ぎない当方のことを
まるで記憶していなかった。そういうことを知らないほど世間知らずではない。
周囲から異様なほどちやほやされている原一男教授だ。
ぼくが著名な原教授を師匠と言ったら相手の先生が迷惑するだろう。
師匠が自分を覚えていないことは計算済みだったが、教授にはガツンとやられた。
映画館の質疑応答で、世界的芸術家の原一男教授からコテンパにされた。
あなたの人生観、映画観、芸術観はすべて間違えている。
とっとと自分の目のまえから失せろ。早く帰れ。いなくなれ。消えろ。
原一男教授にご迷惑をおかけしてご不快にさせたことを深く反省している。
はたして彼はぼくの師匠なのか。
女子プロレスラーのチャパリータの若いころの不敵さはかわいい。
YouTubeでチャパリータと玉田のプロレスを見たが本当にいい。
ふたりとも25分間、ドロップキックとボディースラムしか出していないのである。
にもかかわらず、ちゃんと試合として成立しているし、いま見てもおもしろい。
若いがための青春の味がレモン、悶々、禁欲、バクハツである。
いまの女子プロレスはババアばかりだが、
あの時代はまだ未成年の少女が半裸の水着姿で、
コノヤロウとか叫びながら、相手と自分を痛めつけていたのである。
ドロップキックだけで試合を成立させることはできる。
考えてみたら、ミスタープロレス天龍源一郎も
チョップ、グーパンチ、キックしかしていないこともある。
そう思ったら雪崩式フランケンシュタイナーもやっちゃうのが天龍源一郎。
技を見せるんじゃない。気持を見せろよ。お客はそれを見たいんだよ。
全女の松永兄弟は人生で壮絶なプロレスをした。
むかしは、よかった。
少年時代、プロレスを後楽園ホールに観に行ってから、もう31年、32年だ。
おおよそ30年のプロレスの変遷をミスタープロレス天龍源一郎を中心にすえて見てきた。
今年のプロレス大賞はタナかよ。
女に刺されたことを現在全身障害者のタカヤマから地上波で愚弄されたタナか。
タナはまだいいが、おっさんはナイトウのよさがからきしわからない。不快だ。
きたない髪の毛の雑な技をする半端なヒールもどきって感じ。
タグチもよくわからない。越中とドン荒川を足して3で割ったようなキャラなの?
それでもまだ新日本プロレスは視聴にたえるからいい。
いまの全日本プロレスを見るとか、修業拷問レベルだと思う。
熱っぽいものがないんだよ。
新日本プロレスでいちばん好きなのは、あべみほである。
テレ朝2のプロレスで、あべみほを見るとドキドキする。
あのつくりの異常に荒い顔がいい。顔のつくりが大ざっぱすぎて、そこがいい。
「本の山」プロレス大賞は今年も、あべみほさん。もう30いってんだって?
いま井上靖全集のエッセイ全6巻をちびちび読んでいる。
精神疾患による妄想かもしれないが、点が線になったという満足感がある。
井上靖は宮本輝にもっとも影響を与えた作家である。
池田SGI会長も、たぶんに影響を受けている。
精神科医の春日武彦さんも井上靖全集の短編の巻をネット購入したらしい。

酒精中毒的妄言を吐き散らすと、先日インジのことをブログに書いた。
そうしたら映画は嫌いであまり見ないという井上靖の、
数少ない映画レビューが全集にあり、
それがウィリアム・インジの「ピクニック」だった。
井上靖は戯曲も読んだという。

カクヤスからいつもとは違う百円程度高い日本酒をどうしてか注文した。
全集に井上靖ののむ日本酒が書かれており、それは「白鹿」。
冷蔵庫を見てみたら、いまわが家にあるのも「白鹿」であった。

井上靖といえば長安や敦煌だが、わたしもかの土をわが足で踏んだことがある。
子どものころ、受験国語で井上靖の「わが一期一会」がよく出ていた。
そのためなのか、わたしが文学と言われるものにはじめて出逢ったのは
井上靖の自伝小説であった(「しろばんば」から始まる例のやつら)。

「今宵こそおもひ知らるれあさからぬ 君に契りのある身なりけり」
大学生のころ、原一男教授の主催するシネマ塾に行ったことがあった。
萩と大阪の2回である。壊れた人たちがたくさんいて新鮮だった。
大学よりもよほどおもしろかった。
稼ぎがいい美術ヌードモデルをしているという26歳の女性がいた。
男と同棲していて、相手は働くのがいやで、女が食わせている面もあるという。
名門である日本大学の芸術学部出身だった。
自主映画を撮っていたのか、なにやら芸術の気配がした。
楽じゃないかとピンサロにも勤めたが、口内炎ができて辞めたらしい。
「最近つまんないから子どもでもつくろうかなあ」
え? え? え? そんな感じで人間をひとり生み出しちゃうわけ?
世の中を知らない大学生はふつうではない芸術の香りを感じ取った。
いまなにをしているんだろう。存命なら50近いことになる。
子づくりに成功していたら、その子は高校を卒業するころか。
わたしは壊れたやつらに逢いたいが、
どうしてか人生航路でめぐりあうのは常識人ばかりである。
毒婦みたいのとは邂逅する運命ではないのだろう。