むかし10年近くまえ、
ベトナムのサイゴン近くの安酒場で逢った老人を忘れられない。
最初アメリカ人かと思ったが、日本人だった。向こうから話しかけてきた。
会話にアメリカ英語がまじり、長いこと日本とは距離を置いていることがわかった。
老人はむかしばなしをしたが、どこまで本当のことかわからない。
――おれはなおおむかし、おおきなおおきなむかしだ、
ロサンゼルスのさびれたカーショップ(車屋?)でパートタイムジョブをしていたんだ。
そのときで2度目で、これは友人がガールフレンドと遊びに行くので、その代わりだった。
深夜、いい女が駆け込んできやがった。きらきらした20を超したかどうかという女だった。
信じられないだろうが、いきなりキスをしてきやがった。全身がとろけた。
いいからと言った。いいから、いいから。
なにがいいからか、なにかはわからなかったが、
車のフロントには血がべっとりとこびりついていた。
いいからと言われいいのだろうと思ったおれは店の看板を閉め、
車の血を水できれいにしてやった。女が服を脱いだのでおれもそうした。
血のにおいがしたなんて書いたら嘘くさいが、血が沸騰するようなセックスだった。
あれからいろいろあったが、あんなにいい情交をあんなに何度も繰り返したことはない。
女は5万ドルをくれ、車はいつか取りに来ると言った。
5万ドルを正確に数え、2万ドルをおれのポケットに押し込もうとしてきて、
また勃起しそうになったおれは2万ドルを丁寧に押し頂いた。
朝が来ておれはオーナーにセックス以外のことを正直に言った。
ハンバーガーが大嫌いな細身のオーナーは、わかったと言い、
これでよく眠れるだろう。よく眠り、そして忘れることだと言い、
3万ドルのなかから1万ドルをおれにくれようとした。
最高の美女から2万ドルもらっていることは言っていない。
おれは枯れた声でサンキューボスと言い、1万ドルを胸のポケットにしまった。
もううちの店には来るなと言われ、イエッサーと答えた。
――いいか、ジャック! とアメリカ人だか日本人だかわからぬ老いた男は、
ベトナムのサイゴンから少しばかり離れたローカルな酒場で、
小便の味がするビアホイを飲みながらわたしに言った。
いいか、ジャック! いつかだれかが豆の種をくれる。
それを捨てるなジャック。土に埋めろ、ジャック。それはすくすく伸びるだろう。
恐れるんじゃない、胸を張れジャック。その豆の木をぐいぐい登っていけ。
そこにはおまえの宝がきっとある。自分がこんないい思いをしていいかなんて考えるな。
宝箱は両手にかかえられるだけごっそり地上に持ち帰って来い。
ジャック、それがおまえだ。それはお前の宝だ。地上の星を、存分に味わえ。
ジャック、いいか、豆の種は捨てるな。育ててみろ。
芽が草になり樹木として伸長したら恐れず胸を張って天上を目指して登れ、ジャック。
おとぎ話を聞いているような気もしたが、サイゴンというロケーションがよかった。
おっさんに名前を聞いたらジャックだとよ。わたしの名前もジャックだと答えた。
握手は嫌いなのでせず、それぞれのバイクタクシーに乗って別れた。
男がいまなにをしているのか知らなかったし、聞けない雰囲気があった。
男はいまも独身だと言った。
あれからいくつか恋愛めいたことをしたことはあるが、あれが結婚を拒んだと。
じゃあな、ジャック! それが彼と最後に交わした言葉だ。
あちらのジャックはもう生きていない気がするが、
連絡先を交換していないので知るよしもない。
ジャック、目のまえの木に登れ。木はどんどん伸びていくが恐れず胸を張って登れ。、
ホテル近くの安酒場でビアホイをまた飲みながら、
ジャック、ジャック、ジャックとつぶやいていた。ジャック、伸びろ、恐れるな、胸を張れ。
あれから10年近く経ってささいなことを思い出し書き記したが、
これはあんがい働き口がない貧困中年男の妄想のなかでは、
そこまで悪いものではないのではないか?
ブラックニッカにジンジャーエールをまぜるとゴールデンハイボールになるらしい。
朝からゴールデンハイボールを飲みながら仕事のないジャックは思っている。
伸びろ、伸びろ、伸びろ、ジャック!
サイゴンのジャックのようにかならずや天空まで登り地上に宝を持ってきてやると。
ジャックと逢ったかはいまでは定かではないが、記憶にはしっかり残っている。
伸びろ、ジャック! 恐れるな、胸を張れ、ジャック!
今朝もさ、冷凍のスパゲティを朝食にチンしたらわが不自由な左手が反転。
床へぐちゃり。橈骨神経麻痺がどれほどたいへんか。
キッチンペーパーを切らしていたので、ティッシュで応急処置。
昨日マイワークの派遣登録に行きスタッフになったがどのくらいこの左手で役立てるか。
むかしやっていたコージーコーナーの仕事さえできないレベル。
マイワークはこんなわたしに仕事をくださるのだろうか?
そして、それを現場でできるのか? できなかったらどうなるんだ?
むかしの派遣会社を頼らなかったのは迷惑をかけたくないから。
行ってみました、やってみました、ダメでした――では申し訳が立たない。
新規の派遣会社マイワークなら、ダメでした、お給料いりません、登録抹消ですむ。
橈骨神経麻痺のわが不自由な左手がどこまで使えるかはやってみるまでわからない。
こういう艱難の際に言い寄ってくるのが宗教だろう? 
千葉創価学会はなにをしていやがる。おまえだよ、「本当の幸福を知る」ハナザキ先生!
むかしから書いているけれど、もうなんにもないんだよね。
死んでもいいけれど、死ぬ時期は逃したし、いまさら他人の迷惑を考えると死ねない。
エンバイト校正職バイトも落ちたし、
千葉創価学会からも(こちらの態度が悪いのだろうが)無視されている。
日本仏教の高僧の原典はかなり読んだほうだと思った。
今日、ひとつもれに気づいたのは、あのうさんくさいホモの空海。
次のハロワまで空海を勉強するのもいいのかなあと。
で、次のハロワから次々回のハロワまで四国お遍路を徒歩でできないかと。
もちろん、バスは乗るけれども基本は歩く。
基本的に旅館は高いから宿泊しないが、野宿とか経験したことないし。
テントの張り方も寝袋の使用法もわからない。
4/19~5/16だから夜は厚着でカバーできるのかと。
でもさ、四国巡礼を徒歩でやると1ヶ月半かかるっていうんだ。
そうなるとハロワ28日間の枠だと1回東京へ帰ってこないと。
費用は超貧乏四国遍路をした人でも15万だって(10年近くまえのブログ情報)。
山頭火もどきのわたしは晩酌を欠かせないし極貧はいやだから25万くらいか?
それプラス四国~東京の往復交通費か。
自分で調べろというのはわかるが、
前回のミャンマーで調べまくった結果があれ(千ドル盗難被害)だから。
橈骨神経麻痺が治るまでおそらく最低時給のバイトさえダメだし(落ちるし)、
治るのはお医者さまもわからないからバカな夢想をしてみた。
うちのブログは高齢者が多そうだし、
そういうじいさんばあさんは四国遍路とか好きそうだから書いてみた。
だれか情報をメールで教えてくださいませんかと。
いや、自分でも調べるよ。
しかし、四国遍路でも老若男女みんながスマホを持っていると思うと行く気が失せる。
また朝が来た。熱くて甘い茶を飲みたいと思った。たんまりのみたいと、
食糧庫をあさっていたら奥にブレンディ―のしょうがカフェオレのスティックが。
賞味期限は2014年の2月17日。
ふんぱつしてスティック2本を豪勢にむかし縁あったおんながくれたマグカップへ。
お湯も惜しみなくドボドボ入れる。
どんより甘くむかしインドで飲んだチャイのような味がした。
もう秋かと思ったが、それは思い違いでもうすぐ春が来るのであった。
しかし、今朝の甘茶は秋に飲む味だと思った。ひとりで熱甘茶をゆっくりすすっている。
ひとりの春がまた始まる。いつからか満開の桜はあまり好きではなくなった。
コメント欄で指摘されるまでもなく、
自分に人徳とやらが備わっていないことはむかしから気づいていた。
人と知り合っても関係が続かないし、
上からかわいがられるのも、下のめんどうを見るのも下手。
ある人からせっかく精神科医の春日武彦さんから新刊をもらったのなら、
うまく取り入ればいいじゃないかと言われたが、
先生のことが好きでご著作を読み過ぎているせいか、
知らない人からのメールや電話を嫌っていることまで知っているので、
いちファンに過ぎぬわたくしごときがと遠慮してしまう。
おそらく春日さんも自分のことを「人徳がない」と思っていそうだが、
成仁病院の院長にまで出世するくらいだから他人はそう見ていないのではないか。
師匠のドキュメンタリー映画監督の原一男先生も人徳がないように見えるが、
肩書ゆえか女にはもてるし、大学の教授職をゲットする対人交渉術や、
映画賞をもらえる程度のコネを維持する能力はあるのだろう。

有名作家の中園ミホさんは上からかわいがられるのがうまく、あれは妹分肌ゆえだろう。
親分肌、子分肌、兄貴肌、弟分肌、姉貴肌などいろいろあるが、
わたしは自己分析するに「こいつは放っておけない」
と姉貴肌の人から心配される弟分肌のようで、男性社会ではうまく生かせない。
兄貴肌の人にかわいがられる弟分肌、
親分肌から気に入られる子分肌が出世に近いのだろう。
で、人は親分や兄貴分のすがたを見ながら、いかに親分たるか兄貴たるかを学ぶ。
中島義道さんも小谷野敦さんも親分肌のようだが、
後者は子分をたまに制裁して引き締めを狙うタイプの、
創価学会の池田先生的な真の親分肌だから、うまくいくときはいいだろうが、
下手をすると独裁者と見られ子分が離れて行ってしまう。
法華経の内容は、実在した釈迦を子分あつかいする親分の物語とも言える。
創価学会は無数の親分子分関係があるに違いない。
こんな人徳のない子分でもうまく親分として救い取ってくれる法華経の行者はいないものか。
モーマンタイとかメイウェンティとか、まあ、なんとかなるさって意味だわさ。
インド人の好むノープロブレムとおなじ。
本当はメニ―・プロブレムス・ハップンでも押し通す。
イッツ・ノー・プロブレム、モーマンタイ、メイウェンティ、ダイジョウブね♪
わたしなんかも20年近く精神科に行けよという状態だが、
こちらはアジアン気質があるためか、
イッツ・ノー・プロブレム、モーマンタイ、メイウェンティでなんとかダイジョウブ。
レディー、オンナ、ジキジキ、ボンボン、タイマ、ハシシがなくてもダイジョウブ。
ジャパン、リッチカントリーね、エクスペンシブだがセーフティでクオリティーはグッド。
ワカル、ダイジョウブ、ノー・プロブレム、モーマンタイ、メイウェンティ。
エブリシング・ゴー・ハッピー、アンド・エブリシング・スマイリー。
ノー・プロブレム、モーマンタイ、メイウェンティ。
スマイル、プリース・スマイル、モアモア♪
ライフ・イズ・ビューティフル、ホワイ・ノット? ビー・ハッピー。ラーフ、ラウドりー。
ぼくはインド、東南アジア、中国で現地のローカル英語を勉強しました。
欧米で使われている英語は受験英語でしか知りません忘れましたソーリー。

なんとかなるさ♪
なんか夢中になれるものはないかね、
そのまあ、パソコンは世界につながっているわけだから。
地下アイドルに夢中になれないかなと思ったけれど、風貌もマッチングしているし、
これならと思ったけれど、バカなメスガキに夢中になるには当方の知性がね。
なにかに夢中になるということはとても楽しいことなんだ。
いままで文学、宮本輝、演劇、山田太一、仏教全般に夢中になったが、
忘我の愉楽に打ち震えた。
自分を忘れるほどなにかに夢中になるほどの快楽はないだろう。
夢中になって対象を徹底的に追及するときの高揚感はたまらねえよ。
寿命の10年くらい引き換えにしてもいいくらいだ。
いまちょっと放心状態で、なーんかおもしろいことはないかなあと。
いいおっさんがなにを言ってるんだという話だが。
とはいえ、いまはもう芥川賞作品にも関心はないし、
お芝居のチケットを無料でもらっても行くのはめんどうくさいなあ。
精神科医の春日武彦さんの本を著者からプレゼントされたのは本当に嬉しくて、
あやうく成仁病院まで行きそうになったくらいだ。
メールは1日に何度もチェックしているが、来るのは楽天広告とバイト求人のみ。

「最近、働くのが癖になったんじゃない?」
と旧友から言われたときはおのれの堕落(成長?)にがっかりした。
たとえ自称でも表現者、芸術家、天才は働かないもんだ(笑)。
橈骨神経麻痺だから最低時給のシール貼りもできないわけさ。
だれにも相手にされないなあ、とメールを見ていたら、できそうなバイトが。
お花見の案内、誘導。たぶん六義園だと思う。
どうしてばれたのかわたしはたしかに小石川高校出身だから、
六義園とは慣れ親しんでいる。
週2日からでよく、日給1万円くれるこのお仕事をさせてもらえないかとさっき応募。
週3日以上働いてしまうと、あれがあれらしく、あれはもう少し経験したいので。
ハローワークのビデオで言っていたけれど、働かないと生活が不規則になるね本当。
おおむかしニートをしていた自分は偉いと思ったくらい。
きちんと朝起きて計画的に読書をして、夕方には荒川土手を散歩して、
帰途にスーパーめぐりをするという1日がサラリーマンのように成立していた。
夢中になるのものがあったからよかったのだろう。
本当のことを言えば、宗教や芸術なんかより、
うちの父のように仕事に夢中になるのがいちばんなんだよね。
けれど、ニート時代のわたしは本を読むのが自分の仕事だとかたくなに信じていたから。
いっときシナリオのお仕事をもらったことがあり、あれには夢中になったから、
わたしにも仕事人間の要素は遺伝しているのかもしれない(まさかね)。

やりたい仕事はないのかって、いまふっと占い師には興味がある。
カウンセラーより社会的責任、道徳的責任は低いし、インチキくさいし、
ドロドロした人の悩みを「対岸の火事」として聞くのっておもしろそう。
しかし、あれは客は来ないと始まらない商売。
どんないい師匠のもとで何十年修業しようが、天性の才能が必要。
それはお客を呼び寄せること。なぜか相談を受けることが多いこと。
むかしは悩みを書き連ねたメールがけっこうひんぱんに来ていたが、
いまは楽天とエンバイト、タウンワークからしかメールが来ない。
仕事でも地下アイドルでもキャバ嬢でも、なんでもいいから夢中になりたい。
そこのきみ(若いころの柴田恭兵っぽく)、おれに夢中になってみないかい(笑)?
なーんもできないのでさ、なかば昼夜逆転。いまからパッタイでもつくろうか。
ジェイコムに入っているのに、なにがかなしゅうてユーチューブなんて見るのか。
いまどきの左翼と右翼のドキュメンタリーを、ええなあとなかば落涙しながら視聴。
左翼も右翼も嫌いで、理由は拡声器がうるさいから。
文京区は左翼が多く、拡声器匿名集団と数知れなく喧嘩をしたがぜんぶ負けた。
「うるさい!」「うちらは正義だからおまえも聞いていけ」
左翼集団に囲まれたら勝ち目はなく、
うるさい正義の左翼拡声器をやめさせることは一度もなかった。
右翼拡声器との縁は一度だけである。
これは文京区から板橋区に移ってからの話で、右翼街宣車が拡声器で騒いでいる。
闘おうかと思ったが横にいた大恩人が「やめて」と言い、
白状すると右翼は左翼よりはるかにヤクザっぽかったので怖くてスルーした。
いまは騒音恐怖症はかなり改善し(百円ショップの耳栓の効果もあり)、
以前のように「うるさい」と怒り狂うことはめったになくなった。
ちなみにわたしが騒音研究家の中島義道哲学博士を知ったのは、
おのれの騒音恐怖症に嫌気がさしたころで、
メンタリティーは似ているのだろうが騒音嫌悪は哲学博士の影響ではない。
繰り返すが、いまはかなりの騒音を許容できる常識人(っぽい人)だと思う。

なんだっていい。なにをしてもいい。なにをされてもいい。
しかし、いまさら中核派に入って20代の小僧に指導されるのもなんだかなあ。
右翼は左翼よりは好きだが、バカっぽいのがいやだ。
左翼も右翼も「正義」や「正しい」ことにこだわって、反権力を標榜しているのがきんもっ。
末端の警察官と揉み合って、国家権力と闘っていますってバカじゃないか?
警察っていうのは上のほうに裏金をわたし利益供与するためにあるもの――
ー―というのが創価学会ファンの認識である。
民主主義の選挙なんてまじめに信じているのは阿呆というのが創価学会ファン。
合法的殺人はありえるし許されるというのが創価学会ファン。
池田大作さんは天皇陛下以上の権力を持ち、
なにをしても許されるから偉いのである。
わかるのは左翼も右翼も学会も根はひとつ――
――さみしい、なんにもない、つまらない、カッカしたい、いきいきしたい。
わたしは左翼でも右翼でも入りたいが、警察と衝突するのではなく、
国家権力と裏金で渡り合えるいわば現実を知っている創価学会がいちばん好きだ。
アダルトは左翼でも右翼でもなく、創価学会を支持または苦々しくも許容することだろう。

↓お金持がおつくりくださった秀逸なドキュメンタリー↓

むかしスーパーフリー大学の原一男客員教授は、
自分は危ないところに突っ込んでいきたいというか、戦場カメラマンになりたかった。
そうおっしゃっていた気がする。
師から多大なる影響を受けた学生のひとりであった当方も危ない世界を見たい。
そして撮りたい、ではなく、書きたい。
なぜなら、つまらないから。人生に飽き飽きしたから。
数ヶ月後に橈骨神経麻痺が治ったとして
(慶應大学病院の神経内科医いわく、治らないかもしれない)、
また近所で時給千円で働くのも飽きたし(どこも雇ってくれない可能性もある)、
公的資格を取って少々のランクアップを目指すのもめんどうくさいし、
仏門に入って長い廊下を雑巾がけするのも座禅禁酒するのもいまさら感が否めない。
それしかないのならそれをするしかないし、それが生きるということだとも知っている。
しかし、わが宿業(宿命)はそれしきのものかとも思う。
もっと毒々しい黒々とした禍々しいわが花園、わが春、黒い桜の満開を見たい。
いまや新興宗教しか救いの道はないような気がする。
父からはどんな宗教に入ってもいいという許可を得ている。
とはいえ、宗教に入るのは難しいのである。
かなりまえ創価学会本部に電話したときのことだ。
相手(ジジイ)は名乗りもしないのに、こちらの氏名住所電話番号を聞いてくる。
正々堂々、威風堂々とこちらは個人情報を公開する。
「もし創価学会に入りたかったらどうしたらいいんですか?」
こう質問したら――。
「だれか紹介者を見つけてもらうしかありませんね」
やる気ねえなあ、と思い、まあ、こんなものだよねと知った、現実を。
危ない宗教とか入会を念頭に見学したいが紹介者がいない。

↓こういうとこが↓あんがいこの世の楽園かもしれないわけさ。

勤行や唱題をしていたとき、なにを祈っていたのか?
作家になりたいとか、女にもてたいじゃないんだなあ。
そんなもん祈ったってかなうわけないんだから。
わが「宿業の花よ開け」と祈りながら法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱題。
毎朝平均3分で済ませていましたね、と言ったら、
創価学会壮年部お偉方はあきれていたけれど。
非科学的だが、わたしは幸福も不幸も過去世の宿業(宿命)の結果だと思っている。
だって、ぜったい自分より努力していない若い衆がキラキラしているしさ。
「宿業の花よ開け」と念じていたら橈骨神経麻痺、ミャンマー千ドル盗難被害。
まさにわが悪しき宿業が黒々と禍々しく花開いてしまったのだから、この信心は本物よ♪
思えば、黒い花ってないのかなあ? 
いま検索したら写真が出てきたから、少ないがあることにはあるのだろう。
これ以上、黒い花が身辺に咲き誇っても怖いので勤行唱題はいったん休止中。

好きだった自称作家の鴨志田穣は42歳で死んでいる。
あれだけめちゃくちゃをやっているのに、
けっこうピカピカの人生で多くの人から愛され惜しまれ死んでいる。
きっと無数の過去世で善業を積んだのだろう。
わたしはいま41歳で目安としてきたのが鴨志田穣の享年なんだなあ。
山田太一ドラマをうちによりうまく論じているところは勝手にないと思っているし、
宮本輝文学を宗教(創価学会)とからめて当方より精妙に論じている方はいまい。
仏教の勉強もしろうとの身では、これが限界というくらいやった。
インド、東南アジア、中国にも行けたし、酒もそこそこのんだほうだし、
このまえはぜんぜん効かなかったが
ミャンマーで大麻らしきものを口にすることもできた。

まだ見ていない山田太一ドラマ、読んでいない宮本輝の小説、
知りたい仏教のことも残っていなくはないが、
今年中に終わらせようと思えば可能。
やることはやったような気がする。
このへんがわが宿命の限界なのだろう。
いや、いやいや、まだまだ、わが宿業の黒い花よ開け開け、花びらよ大回転せよ!
禍々しい黒々とした凶事よ、わが身中に舞い込め! 
うまいこと他人に迷惑をかけずに早く涅槃に入りたい。
願うは入滅(べつに成仏はしなくても地獄行きでもいい)。
願えばかなう、祈ろうぞ南無妙法蓮華経♪
スーパーフリー大学卒のわたしはかなりスーパーフリーで、
基本的になにをしてもいいと思っているし、
同様なにをされてもまあしょうがないかくらいに思っている。
スーパーフリーの証拠が携帯電話番号公開で、
こんなことをしている一般人ブログはないでしょう。
最近、輪を広げなければという思いが強い。
できたら、自分がツイッター、フェイスブック、SNSをやれたらいいのだろう。
しかし、技術不足や趣味嗜好の問題もあり、
だれがわたしになんか興味を持つんだという正当な自己評価の問題もありで、
いまのところブログ以外の発信はできない状態である。
来るもの拒まずでブログコメント欄は開放しているし、メールが来れば返信を出すし、
携帯電話に知らない番号からかかってきても平気で出ているし、
うまく取れなかった場合はこちらから電話をかけ直している。
書き手はあたりまえだが「本の山」をかなりおもしろいブログだと信じている。
だから、多くの人に見てもらいたいのだが宣伝方法がない。

いつしかグーグルでも検索上位には出なくなったし、
Bingというところでは村八分状態だ(よくわからないので間違いかもしれません)。
うちのブログにも少数ながら(きっとおそらくたぶん)愛読者はいるんでしょう?
でしたら、ツイッターなり、なんでもいいからリンクを張って言及してください。批判もOK。
わたしはミャンマーで千ドル盗まれて、それをザマアミヤガレとコメント欄で痛罵され、
にもかかわらずそういうコメントを削除しないで公開するほどオープンマインド。
むかしはお友だちごっこみたいな相互リンクは嫌いだったが、
過疎不人気貧窮ブログにあいなったいまではどんなサイトとも相互リンク可能。
わたしはわざわざ信濃町までこちらからあたまを下げて手土産を持って、
壮年部の幹部の面談を受けに行くほど創価学会シンパなのに
(ちなみにいまだ選考中なのか合否の結果はいまもって届いていない)、
なぜか「本の山」は創価批判サイト集にリンクされているが、
ことさら抗議もしないほどフリー、フリー、スーパーフリー。
ブログの記事を全部コピーされて(踊り念仏の一遍上人の記事)、
この著作権は自分にあると見知らぬ他人が主張しているのを見ても、まあ許した。
つきあいの輪を広げたいと思う。
そういう時期が来たと思うし、言い換えれば機が熟した。

わたしなんかも「タイの台所」というエスニック料理の卸しを知らなかった、
ヤムウンセンにひかれてスーパーで購入したらうまく、
いまでは楽天市場から購入するほどになっている。
いかに知ってもらうか、手に取ってもらうか、興味を持ってもらうか、読んでもらうか。
重要なのはそこだといまさら気づく。
ブログ形式が古臭いとか写真がないとかは、
当方の技術や趣味の限界が関係しており、そこはどうかお許しくださいませ。
本当にうまいものを食べたくなって、
およそ10年ぶりくらいの大がかりな金がかかる料理を自作してみた。
自分で最強と思えるタイ風春雨サラダ、
ヤムウンセンを(ほぼ)金も時間も気にせず、こうだったらうまいだろうという妄想のもと、
再現不可の一回限りのつまみとして、いわばバカになって、計算もせずつくってみた。
材料の購入元は近所のベルクスとマルエツ。
事前にネットで調査し、
ヤムウンセンの味はナンプラーとスイートチリソース、パクチーからなっていることを知る。
あと当方がミャンマーで食べた感想から言えば、なまのにんにくのちからが強大。
お金なんて気にしないで明日死んでもいいと思って、
自分がうまいと思う最高の(酒のつまみ)ヤムウンセンを偶然にまかせてつくってみよう。

緑豆はるさめ100g 100円 (ベルクス)←お湯で10分茹で水で冷ます
甘海老の刺身半額 200円(ベルクス)
ぶりの刺身半額 150円(ベルクス)
魚肉ソーセージ1本 約50円(ベルクス)
李登輝ナンプラー瓶の半分 約200円(ベルクス)
ブルドック タイの甘辛スイートソース 約50円分(マルエツ)
タイの台所 パクチースープの素2袋 100円(マルエツ)←そのままかける
S&B クリーミーパクチーソース 約40円分(マルエツ)
新たまねぎ1個 みじん切り 約20円(ベルクス)
かいわれ大根1個 30円(ベルクス)
中国産のにんにく2個 みじんぎり 約30円(ベルクス)

以上、約千円ぶんの食材を大きなどんぶりに盛り合わせかき混ぜたら完成。
たいへんな贅沢をしたと思っていたが、合計千円いっていないとも言えるのか。
自画自賛だが、どこで食べたヤムウンセンよりもうまい。
かといって、これが売れるともみなさまの評価を得られるとも思わないが、うまい。
ぶりとかえびの刺身ってわさび醤油で食べるのもいいが(すぐに飽きるでしょうが)、
こういうエスニックにしてなおかつ「なま」で食べるのもうまいのではないか。
自炊経験は長いが、はじめてナンプラーを使ってみた。
ヤムウンセンの根本はナンプラーだと知り敬意を表するが(ベルクスだからか)高い。
いまはヤムウンセンが新鮮で自作するほどだが、そのうち飽きるのかもしれない。
うまいつまみでいい酒をごくごくのんでとろとろ眠ってうっとりした夢を見たい。
久しぶりに大金(千円)をかけた大作料理を自炊してみました。
写真なんか出さねえよ、バッカヤロ♪
1月25日にコージーコーナーの川口工場へ派遣で行かされ、
ケーキの上へ高速でヘタを取ったイチゴを乗せるお仕事をさせていただいた翌日、
唐突に因果関係はなにもわからないが左手の橈骨神経麻痺になった。
3、4日後には大学病院の神経内科を受診し、橈骨神経麻痺とのご診断。
1ヶ月くらいでかなりよくなる人もいるということだったが、わたしは例外のもよう。
発症してからいま1ヶ月半だが、ようやく少し左手首が反動を使えば動く程度。
いまでも財布をポケットから出せないし、トイレでは難渋する。
働く意欲はあって、ネットでのチェックは怠らない。
直近のバイト先が契約社員募集を出していたが、
いまの左手ではシール貼りもままならない。
あそこはお世話になった記憶があり、ミャンマーでお菓子でも買って、
みなさんでお食べくださいと持っていくのもいいかと思っていたが、
橈骨神経麻痺がわざわいして千ドルの盗難に遭い、それどころではなくなったわけだ。
(ミャンマーにはわざわざカシオの腕時計を買って装着して行った)

おそらく生活全般にあまり不自由を感じなくなるにはあと1ヶ月半。
元のように完全復活するのは、あと3ヶ月くらいかかると読んでおいたほうがいいだろう。
まだ神経内科の医師には3人にしか診てもらっていないが(一度代診があった)、
最後の若いお医者さんは「絶対治るとは自分の口からは言えない」とおっしゃり、
1年後も左手不自由である危険性がなくもないことを示唆された。
おそらくコンプライアンス重視のいまゆえ、
言わなければならなかった「本当のこと」と思われる。
不安をおぼえているわけではなく、自分は運がいいからなんとかなると信じている。
ミャンマーに行くまえに診断を受けた神経内科医師は、
いままで自分は3人しか橈骨神経麻痺を診たことがないと仰せであった。
最初に診てもらった漢方医(神経内科)はこれまでひとりしか診たことがないと。
ミャンマー日本大使館の人には、
千ドルも(まぬけにも)盗られた人は聞いたことがないと言われた。
いまだに確率の低い現象が多発する禍々しい渦(うず)に巻き込まれているようだ。
それは困ったことではなく、
なんでも起こりうるということなのだからある種の希望である。
インチキくさい希望をいまだ捨てていないということ。
生きているというのは中年になると退屈で新しい刺激がほしくなる。
マンネリにうんざりして自殺するのもいいが、新しい体験を求めるのもいいだろう。
どちらもいい。なかにはマンネリが大好きな人がいて、
毎日おなじ仕事をして似たようなものを食べ安定平和に寝るのを好むものもいよう。
つくづく気づいたのは、自分はそういうタイプじゃない。
こんかいの圧倒的損害のミャンマーだって楽しんでいる自分がどこかにいるわけ。
あはっ、やらかしたけれど、おいしいじゃん、みたいなさ。
千ドルを1日で盗まれると十円、百円にこだわっていた過去がバカらしくなる。
かといって散財は大してできないのだが、さらなる挑戦をしたくなる。
わたしが求めているのは、たぶん未体験の味覚や食感、酩酊なのだと思う。
うげっ、これなんだよというつまみを食べてみたいし、
経験したことのない酒をのんでトロトロうっとりしたい。
つまりは定番が好きか嫌いか、なのだろう。
父は定番マンネリ常套句が大好きだったせいだろうが、息子は反対になってしまった。
変な国に行って危なくても変なつまみで変な酒をのんで未体験ゾーンに入りたい。

ミャンマー大失敗経験は生きている。
いま引きこもりに近い状態だが、ある人からスーパーやコンビニくらい行けと。
行くとやっぱり新しい味を求めてしまう。
マグロって中トロ以外、大してうまくないでしょう?
びんちょうマグロも外見はどれだけうまそうでも、食べてみるとがっかり。
しかし4割引がある。納豆で混ぜる。卵黄を入れる。かき混ぜる。味はしょうゆ。
ここまではいままで実験(というほどのものではないが)していたこと。
やはりなにかしらがつまみとして足らない。
ここで実験、挑戦、冒険と冷蔵庫に眠っていた焼肉のたれをちょいっと入れたら、
ユッケ風になり食えるつまみになった。
スーパーの刺身パックの「つま(大根)」はいつも捨てていた。
これを再利用できないか。
昨日、スープだけつまみとしてのんだカップ麺のヌードルが余っている。
マルエツで百円で買ったなまわかめと大根をテキトーに切ってヌードルへ。
冷蔵庫に最近は常備しているにんにくをみじん切りにしてかける。
そこに残っていたヤマモリのヤムウンセンドレッシングをかけて混ぜ混ぜ。
ちょっとびっくりするくらい酒がいけるつまみになったので自分でも驚く。
これにピーナッツクラッシュをかけたいが、
わが歯で南京豆を粉砕したあとヌードルサラダを食べてもおなじではないか。

いま新しい刺激を求めてバカなことをしております。
さっき「タイの台所」から4千円近く楽天で購入。金銭感覚が狂っているのか。
すべてポイント購入だが、カードのポイントって保持者が死んだらどうなるのだろう。
楽天にはクレカを持たせてもらったことで感謝しているし、
海外旅行保険はまいかい安心のため利用させていただいている。
みなさんもお買い物をするならまず楽天で、アマゾンは最終チェックでお願いします。
30歳まで生きていないと信じて暴飲暴食をして、
まさか40歳の自分は世界に存在していないだろうとハチャメチャをした。
むかしわからなかったことがいまわかることもある。
中国人は賢い。
なぜなら、中華料理は日本料理よりも世界で食べられているでしょう。
チャイナタウンってどこでも安くておいしくて気のいい人が集まっている。
大学のニガイもチャイ語だったし、
むかし1ヶ月半かけて南から北まで行ったし、中国はいちばん好きな異国外国だ。
10年近くまえの話だから、いまはどうか知らない。
中国ではチャーハンやラーメンが百円もしないのだ(ビールもね)。
チャーハンやラーメンごときが主役になるはずがないという信念が中華料理にはある。

チャーハンやラーメンごときに千円近い金を払う日本人はどれだけバカなんだ?
わたしも2ヶ月近く中国の下のほうを旅して、御意御意と思ったものである。
チャーハンやラーメンなんかメインではなくサブサブサブになってしまうくらい、
本場の中華料理はたとえ下級食堂でもうまい(=あぶらっこくて、からい)。
とはいえ、チャイナも若者ばかりではない。
中国では日本の味噌汁の十倍以上くらいスープの価値が高い。
たかだかスープが一品料理として成り立っている。
先ごろ訪れたミャンマーでも見て、ようやく気づく。
もしかしたらスープで酒をのむ呑み助がいちばん、なんというか健康的なのではないか。
フライとか天ぷら、チャーハンやラーメンはもたれるでしょう?
けれど、スープだけをつまみにしたらどうか?
日本のカップ麺は百円近い金額で見かけるが、
あれはフライ麺を捨てて、スープのみ味わえば天才的コスパになるのでないか?
真の本物の粋な呑兵衛はスープで酒をのむもののような気がする。
サラダではなくスープでのむ。野菜ではなく漢汁。
固定観念を廃棄して、お試しでスープでご晩酌ください。
スープこそ本物の味そのものかもしれません。
千ドル盗まれたことを知って、日本大使館に行き、ミャンマーに絶望し、
この旅は終わったと思い、エアアジアの帰国便を、
営業所でネットより10ドル高い値段で取ったあとにわたしのしたことは、
宿泊していたMGMホテル横の日本食レストラン「やまがた」で、
サーモンの刺身とミャンマービールを2本のんで10ドル支払ったことだった。
一念三千。三千世界。

好物をのみ食いしながら、ミャンマーはまだ終われないと思う。
タクシーで200円で先ほどのエアアジア営業所に行くが、
むろん明日の便はキャンセル不可。終わり。
そこから、歩いた歩いた歩いた、飲んだ飲んだ飲んだ。

結局日本男子。
マンダレーで麻薬撲滅のためつくっているという「そば焼酎」を再度購入(600円)。
ミャンマービール(200円)よりもミャンマーウイスキーよりも「そば焼酎」。
MGMホテルにも横のレストランにも感謝は尽きない。
もうめちゃくちゃに酔っぱらって寝るしかない。
酒はあるが、つまみはどうしようか。メニューを見せてもらい、
ミャンマーでは高額の600円もするなま海老サラダを注文し、
なまいきにも横のホテルの811号室に持って来いと。

なまいきすぎる。最低だ。くそうまかったぜ、ヤムウンセン風海老サラダ。
マンダレー産の「そば焼酎」水割りがぐいぐい行けた。
唐突に訪れたミャンマー最終日は、飛行機出発時間までのんだくれるつもりだった。
それで酒場を探したのだが、さすがにヤンゴンでも昼から酒をだす店は少ない。
やっと見つけたところで酒をのんだなあ、ミャンマーを食べたなあ。感傷。
あの店のおかあさんには感謝。
余ったウイスキー小瓶を持ち込みでのませてくれた。

トムヤンクンってチキンでつくってもいいんだね。
お茶っ葉のサラダ(120円)は「地球の歩き方」に載っていたけれど、
はじめて食べたが、これだけでビール5、6本いける超優良つまみ。
ミャンマー紙幣など価値はないので、またまた海老サラダを注文(400円)。
ミャンマーの海老サラダの海老って一回茹でているんじゃないかなあ。
このヤンゴン酒場での海老サラダにはなまのにんにくがたっぷり。
それにヤムウンセンドレッシング。クラッシュピーナッツ。最強つまみ。

さっきスーパーで半額の甘海老刺身があったので(200円)、
ミャンマーの海老と日本のそれはまったく違うと知りながら、
冷蔵庫のにんにくをみじん切りにして余っているヤムウンセンドレッシングをかける。
ああ、あの味だ。あれよりうまいかもしれない。
わずか数日で逃げ帰ったとしても、
わたしはたしかにミャンマーを旅したとそのとき思ったのでございます。
10年近くまえのことだから、もう書いてもいいだろう。
当時ニートのぶんざいで正社員の女性と
清く正しく美しい交際をさせていただいたことがあったような、なかったような、
まあ夢のような話と思ってくれ。
いまでもそんなことが本当にあったとは自分でも思えない。
かの女性もいける口だったので有名な上野の立ち飲み酒場「たきおか」に
ドヤ顔で連れて行った(←かっこわるいよ、おじさん!)。
そのお礼ではないかといまでは思う。
かの女性は、あるありふれた安酒場でレバ刺しなるものを注文してくれた。
30数年生きてきてレバ刺しを食べたことがなかった。数百円程度のレバ刺しだ。
口にした瞬間、これは中トロやウニ、いくら、うなぎよりもうまいと身体が大歓喜。
きざみにんにくとごま油をつけたレバ刺しとやらはこれほどうまいのか。
いままでこんなうまいものを食べたことがない。
レバ刺しなるものを知っているかの女性をさらに尊敬さえしたものである。
レバ刺しが法律で禁止されたのはたしかその直後でわたしは一度しか食べたことがない。
だから、一度しか食べたことがない。
スーパーで加熱して食べてくださいと書いてあったら、それを守る。
ルールはルールだから「正しい」のだ。
思い返せば、ミャンマーで現地民のご好意から口にした大麻なんかより、
レバ刺しのほうがよほどハッピー体験だった。
繰り返すが、どちらも一度きりの想い出である。
大麻よりもレバ刺しのほうがはるかに感動体験だった。
若かったからかもしれない。若かった。若かったのだ。
いろいろネットで調べてみたが、ミャンマーでわたしが口にしたのは大麻みたいだね。
飲んじゃダメと言われたのに、酔っぱらったいきおいで嚥下してしまったから
全身のかゆみが発生しているのかもしれない。
たんにいきなり冬から夏へ行き、冬に戻ってきたから乾燥肌でかゆいのかもしれない。
かゆみどめのクリームはいっぱいあるからいい。
エアアジア保険(損保ジャパン)から電話がかかってきて、残念なお知らせが。
なんでもエアアジア保険では離陸後2日しか保障されないとのこと。
くそったれ。それなのに2千円も取りやがったのか。
英語が不自由なのでだまされたぜ。
みなさま、エアアジア保険に入るのはお得ではないので絶対にやめましょう。
持ち込み禁止のエアアジアでは、
5本目の持ち込み缶ビールで「これが最後」と注意された。
しかし、持ち込みの缶ビールが350円で機内の缶ビールが500円だから、
千ドル盗まれたいまとなっては、そんな微々たることはどうでもよかった。
でも、スッチーも少なく忙しそうで、
お願いしたらすぐに持ってきてくれるという雰囲気ではなかったから(清算も込みで)、
やはりエアアジアでビールをそこそこのみたいものは持ち込みがいいのか。

エアアジアの機内食(約750円)は食べたという満足感があった。
ネットでは悪評も高いエアアジアの有料機内食を味わったぞという、それだけ。
おいしかったかと問われたら、1回食べるぶんにはあれでいいと答える。
インドのあらゆる宗教的聖地、
カンボジアのアンコールワット、中国の敦煌も似たようなものだと思う。
1回味わえば、それでいいというか。
2回や3回も、観光名所に行きたい人なんていないでしょう?
「ああ、有名なのを見たよ」という俗物的好奇心の充足。
こんかいミャンマーで盗難に遭いバガンやマンダレーの仏教遺跡を
見(ら)れなかったけれど、
たとえ見たとしても「ガイドブックとおなじだなあ」としか思わなかっただろう。
老後の世界豪華客船の旅はその象徴である。
しかし、実際に味わわないとわからないことがある。
自死遺族の問題もそうだし、犯罪被害も難病罹患も、宝くじ一等当選もそうだろう。
味わってはじめてわかることがある。思えば――。
くさやを食べたことがないなあ。
シャンパンをのんだこともキャビアを食べたこともないなあ。
日本人なのにいままで一度もマツタケを食べたことがないなあ。
精神科にかかったことも賞をもらったことも本を出して世間から無視されたこともないっす。

くさや、シャンパン、キャビア、マツタケ、精神科受診、自費出版なんて、
そこそこ金を出せば味わえるのにどうしてしないのだろう。
考えるに、未経験のものがあるから、
われわれは退屈な毎日を生きていられるとも言えよう。
いつか創価偉人作家、宮本輝の小説の真似をして、
山盛りのキャビアをシャンパンで胃に流し込んでやる! みたいな……。
しかし、そんなことをしてもつまらないのは事前にわかっている。
つまらないなあ。刺激がほしいよねえ。安定して平和だったらばいいのかしら。
おらさ、わっかんねえべ。
自分とはなにが好きで、なにが嫌いでしかない。

【好きなもの】
偽物、第3のビール、ウニ、あんきも、白子ポン酢、秋のさんま刺身、梨、刺激物、カレー、エスニック料理、バインミー、極端に辛いものや甘いもの、冷凍食品全般、うそくさい人情、エスパー魔美、美香QNW、宗教、仏教、あからさまにインチキなブランド品、ひろさちや、山田太一、三流の人やもの、ユニクロ、ブックオフ、サイゼリヤ、一休、一遍、半額品、賄賂、ここだけの話、中国産のうなぎ、東洋人、効かない漢方薬、くさい歌、演歌調、仰げば尊し、ハルマゲドン、ストリンドベリ、ユージン・オニール、孤独、不幸、災難、絶望、怠惰、気のゆるみ、一寸先は闇、臥薪嘗胆、一発逆転、怨念、怨嗟、嘲笑、憫笑、明るいニヒリズム、笑顔全般、天皇陛下、創価学会、コカ、エミー、ジュンジュン、お金、わたしわたしわたし。

【嫌いなもの】
本物、ブランド品、一流品、職人、骨董品、店で食うパスタ、店で食うラーメン、高級懐石料理、牛丼屋、一流ホテル、一流の人、勲章、一見さんお断り、違いがわかる男、男性知的障害者、精神障害者、こだわりの逸品、愛は地球を救う、みのもんた、大江健三郎、共産党、清く正しい政治家、朝日新聞、説教、指導、師弟不二、河原でバーベキュー、アットホーム、好人物、真面目、誠実、真実、信心、浄土真宗、大谷家、京都、はんなり、ほっこり、品がいいとされるもの、欧米料理、欧米ファッション、クラシック音楽、ステーキ、朝鮮焼肉、幸福、成功、希望、ビクトリー、コーチ、ファイナンシャルプランナー、家庭円満、謹賀新年、福井銀行、シナリオ・センター、新井一族、整形外科医、お金、わたしわたしわたし。

自分を持て余している。
本当は好きなものが嫌いで、嫌いなものが好きかもしれないからでR♪
15年以上ぶりに、つげ義春の漫画を読み返している。
嶋中書房によるコンビニ版「つげ義春自選集」。
この20年近くのあいだ3、4回、
蔵書(というほどのものではない)大投売をしたが、
直近の大整理からもどうしてかもれ、トイレの横に積んでいた。
15年ぶりくらいに読む「つげ義春の世界」はおもしろ哀しい。
15年まえはいまごろ自分はとっくにデビューしていると思っていた。
しかし、まったく鳴かず飛ばずで、だれからも評価されず孤独零落絶望の身。
しかし、当面乞食にもなっておらず、ぎりぎり経済破綻からは逃れている。
たまたま運がよかっただけなのだが、
こちらが中卒高卒だったり極貧赤貧だったら、
もしや上から目をかけてもらえていたのだろうか?
つげ義春は仕事の都合でやむなく創価学会に入っていた時期があるそうだが、
佳作「ある無名作家」には、
伸一(「人間革命」の主人公)がふたりも登場しているからおそらく事実だろう。
つげ義春の貧乏ネタはフィクションだという説があることも知っている。
ひとり息子が統合失調症で引きこもりというのはどこまで本当か。
社会保障費(社会福祉費)というのは、
つげ義春親子のような「無能の人」を生かすのでいいと思う。
税金を払うのも悔しいがやむなし。
こちらも対人恐怖症、吃音症、希死念慮ノイローゼはひどいが死ぬまで生きたい。
死ぬまで、生きたい。
現実を逃避してもフィクションの世界を、死ぬまで生きたい。
橈骨神経麻痺(とうこつしんけいまひ/左手不自由/片輪)でなにもできないので、
いまさらながら10年以上ぶりに文学作品を読み返してみるのもいいかもしれない。
おおむかし文学や劇作に夢中になった時期が、思えば10年以上まえにあった。
「つげ義春の世界」にひょんなことから再会して、そんなことを思った。
求道者めいたところもあるが快楽主義者でもある。
味が言葉にできないほどうまいものを口にしてみたい。
酒でも麻薬でも未体験の快感を味わいたい。
わたしは食と酒に関心が非常にある。
ミャンマーやタイでは、なまのにんにくがスパイスとして使われている。
なまのにんにくは、からいけれどうまい。
ヤムウンセン(タイ式春雨サラダ)は最強のつまみではないかと思う。
左手不自由の身体障害者なのに、どうしてもあの味を再食したくて自分でつくってみた。
もちろん「タイの台所」という有名メーカーブランドの助けを借りてである。
近所のマルエツでは3割引きだった。
ひき肉やエビの代わりに豚バラ肉を使った。
赤玉ねぎなんてないから、そとのとき半額だった、カイワレ大根もどきで代用。
現地で食したように、にんにくはなまのまま、みじん切りにして混ぜている。
このうえにクラッシュしたピーナッツを乗せられたらいいのだが器具がない。
自作のタイ式春雨サラダはうまい。
美味はいい。酒もいい。快楽がいいのだ。
精神的に辛いときにはふたつの対処法がある。
酒でも睡眠薬でもなにを使ってもいいから眠る
(=いったん思考停止する。時間経過を待つ)。
もうひとつは辛さを言語化する。
文章を書ける人なら辛さを書き言葉にして、
書くのが苦手な人は人に話を聞いてもらう(=話し言葉にする)。
日々、しんどさの意味が変容していくことに驚いている。

結局、人生なにがプラスかマイナスかだなんて人間にはわからないんだよね。
決定的マイナスだと思っていたことが、
あとで経済的にはプラスになることもあるだろう。
経済的にはプラスであることが、精神的にはマイナスになることもあろう。
現象というのはプラスもマイナスもふくんでいる。
それはありのままそのまんま「諸法実相」で、「第一希有 難解之法」にして、
人間にはなかなか本当の意味はわからず、
ただ仏と仏のみが現象の正体を知っている。

わずか4、5日だがミャンマーの料理はホット&スパイシー&ガーリックで大好きだった。
到着当日の晩、なんでもMMA(キックボクシング)のチャンピョンシップがあったらしい。
地元民で大盛り上がりのローカル酒場に突撃さ(テレビ観戦)。
現地語メニューは意味がわからないから、おもしろかったねえ。
ひとり客席を巡回し、地元民の食べているつまみを見て、これをくれと。
それからミャンマー生ビールをお願い。
ミャンマーの生ビールはベトナムのビアホイよりは高いが、まあ安く(1杯80円)、
しかし味はといえばビアホイのようにまずく、水かと疑うほど酔わない。

2杯のんでこりゃいかんと思い、
地元民がのんでいるミャンマーウイスキーを指さし水割りでのむ。
もともとお腹はぶっ壊れているから現地水道水使用のアイス(氷)もへっちゃら。
つまみが来たが、これが食べたことのない味で刺激的だった。
ピーナッツとトマトと、あれはなんだろう。オイリーなローカルつまみだ。
赤唐辛子とニンニクがついているのだが、いっしょにポリポリ食うとうまい。
ミャンマーウイスキーは酔うためのものというか、
しかしあまり酔えないのだが、うまいかと聞かれたらブラックニッカくらいか。

地元の呑み助(全員野郎)からの、こいつはなんなんだというチラ見視線が心地いい。
隣のテーブルの野郎が、緑のペーストを注文した。
あれはいったいなんなのだろう? 店員にあれをくださいとお願い。
口にしてみると、うまいとかまずいとかではなく、これは食べ物なのかというレベル。
たぶん外国人が納豆をはじめて口にしたときの食感とおなじではないか。
地元民はそのまま食べていたが、わたしのほうにはレモンがついていたので、
それを力いっぱい絞ってから食べると、まあ、つまみにならなくもない。

酒場の大多数が応援していたキックボクサーが勝ったようで、
店内は大きな盛り上がりを見せる。
横の若者が揚げたせんべいのようなものを食えとすすめてくれる。
これをつけて食うとさらにうまいとラー油のようなものをくれるが、
うっかりこぼしてしまい、それがわたしのジーンズにかかる。
そのくらいこちらは気にしないのだが、
自分もキックボクシングをやっているという青年はいたく申し訳なく思ったもよう。

横のテーブルのメンバーが店を去るとき、あるものをすすめられる。
緑の葉っぱに指でバターのようなものをつけ、それで灰色の樹脂をつつみ、
口のなかでよく噛んで、そのあとにのみ込まずペッとバケツにあまりを吐き出す。
「なんだってこい」「だれの挑戦でも受ける」状態だったから、
これって大麻じゃないかなあ、と思いながらもチャレンジしてみる。
「これはアサだ」と青年は言っていた。
樹脂はとても貴重なものらしい。
あれが大麻だったのかわからないが、トライした感想は軽めの精神安定剤レベル。
世界がクリアに見えるとか、ぜんぜんそんなことはなかった。

あとで横のインテリ風ミャンマー男性から、
あれはあたまによくないからやらないほうがいい、と言われたから、
ならばあれは本当に大麻だったのだろうか。
そうだとしたら41歳にして大麻を初体験したことになる。
感想は、大したことがねえな。
しかし、こういう無謀な冒険ほどおもしろいものはない。
ミャンマー最高! と思いながらホテルへタクシーで戻った。
そのあと近所のコンビニでウイスキーの小瓶を買い、
レジの横にあるウインナーパイを指さし、
ホテルの部屋でエアコンを寒いほどきかせて寝酒。
翌日千ドル盗まれるとも知らずに眠りに落ちた。

ヤンゴンで食べたものは、隣国のタイ料理の影響もあるのだろうが、
ホット&スパイシー&ガーリックなものが多かった。
パクチーとかぜんぜん大丈夫だし、もっと香らせて、もっと辛くして、だから。
ガーリックもがんがん入っているほど嬉しかった。
オイリーなのは逆流性食道炎だから、ちょっと戸惑ったが、まあ、よろしい。
食べ物はよかったが、ミャンマーの酒はうまく酔えなかったなあ。
瓶のミャンマービールもことさらうまいものではなかった。

わたしの場合、世界観を変えたくて旅に出るのである。
旅行したくらいで世界観が変わるはずがないことくらい知らないわけではないが。
しかし、このたび千ドル盗まれて、わずかながら世界観が変わったと言えなくもない。
としたら、旅の目的はあるいは達しているのかもしれない。
お行儀よく観光して、予定通り帰国するより、
いまのようにこうなっていたほうが「おもしろい」と言えなくもない。
強がりではないかと指摘されたら、それは認める。
あんがいミャンマーで失ったものと同等のものを得ているのかもしれない。
そう思いたいだけだろうと言われたら否定はしない。
いまの状況は踏んだり蹴ったりで、
まさに布団をかぶって寝るくらいしかできない。
いくら悔やんでもお金が返ってくるわけでもなく、手の打ちようがない。
まさに手も足も出ない。手も足もかゆいがこれは薬があるのでなんとかなっている。
橈骨神経麻痺は治る気配さえ見せないが、これは待つしかないようだ。
左手が不自由だと本当に困るが、泣いても喚いても動かないものは動かない。
いままでだれも助けてこなかったから、だれも助けてくれないのを不満には思わない。
いままで凝り固まってきた固定観念が揺さぶられているという感覚はある。
救いのようなものがあるとすれば、
千ドル盗ったやつらにさほど恨みを感じていないこと。
阿弥陀仏かなんか知らんが、絶対者が金を必要なものに移したのかもしれない。
この行き詰った状態というのは久しぶりで、
こうなってはじめて自分のあたまでものを考えられるような気もする。
いままでわたしは大乗仏教ファンで小乗仏教は嫌いだったが、
いわゆる犯罪被害に遭遇し(微々たるものだが)、コメント欄でたたかれ、
そのうえこれは自業自得だが、だれからも心配されないと、
ひとりぼっちの自分というのがよくわかり、やはり一遍と相性がいいのだと気づく。
小乗仏教的な一遍にひかれていたことを知る。
手も足も出ないひとり。
この無力感を経験したくて30万以上ドブに捨てたのかもしれない。
いまのどん詰まりの状況から見えてくる世界を、
わたしはミャンマーの観光地以上に見たかったのかもしれない。
どうにでもなれ。どうなってもかまへん。なんだってええやん。
今日は3月4日かあ。
狙(ねら)えば外れる。これはわが人生のパターンといってよい。
中学生時代から大学卒業まで母の問題、家族不和の問題に悩みに悩んで、
どうにか解決しようとひとりで無駄な努力をしていたら、
結果母の眼前投身自殺という最悪の事態になってしまった。
こうならないかと狙ったら外れるのがマイライフパターンなのである。
いまから思えば、母の自殺がよかったのか悪かったのかわからない。
あんがいあのくらいが寿命で浄土や来世に行ったほうがよかったのかもしれない。
わたしもあの事件を経て、ずいぶんヘンテコな人間になった。
それがよいのか悪いのかわからない。
今回のミャンマー旅行はかなり周到な事前準備や現地調査をしていた。
言うなれば、これで人生どうにかならないかと狙っていた。
そうしたら到着翌日に千ドル(11万円)をだまし取られて、すべてがパアである。
だれも興味がないでしょうから書かないが、この旅行にはかなり気合が入っていた。
いろいろ調べたし、事前努力をしていた。あはっ、それがこうなってしまう。
人生で狙った的に当たったことはないが、
適当に投げた矢が的に当たったことはないとは言えないだろう。
わけわからないよね、人生ってほんと。
創価学会の人に言わせたら「信心が足らない」せいなのだろう。
あるいは「転重軽受」で、もっとしんどい宿業の不幸を千ドル程度で抑えられたと。
「事実」はわからないが解釈はいくらでもできる。
わたしの41年間の「真実」としては「狙えば外れる」ということがございます。