「山頭火と歩く名水」(『サライ』編集部 編/小学館) *再読

→精神科医の春日武彦先生が大っっっ嫌いな「負け犬」の山頭火を、
いま読んだらどう思うかなあ、なんてチャレンジしてみる。
先日、春日先生からは3千円近くする新刊の傑作大著を送ってもらっているからね。
いまその分厚い本をもったいないから少しずつ読んでいるのだが、
げらげら笑えておもしろくて。
山頭火ファンやーめた♪ 「土屋は金で動く男」と思ってくれ。
つっちいは金と女と権力に弱い。正義とか信念みたいなものがない。
わたしは俗っぽいものが好きなのだが、それゆえ春日医師も山頭火も好きなのである。
おそらく春日さんが山頭火を嫌うのは、
同族嫌悪というか自分に似たものを感じるからであろう。
山頭火は大富豪出身の没落貴族みたいなところがあるじゃないですか?
インテリがわざわざ下層世界に降りていって、
しみじみするというニセモノめいたところがある。
たとえば山頭火のこんな句を春日先生は嫌うのだろう。

「しぐるゝや人のなさけに涙ぐむ」

実際、体験してみたらわかると思うが、
低時給労働者は意地悪だけれども、あったかい人情みたいなものがあるのよ。
そういうのを感得かつ言語化できるのは、
受け手がインテリだったり、育ちがいいからなのだと思う。
これを白状するとどの職場仲間からも笑われるけれど、
わたしは3歳のときから10年以上鈴木メソッドでバイオリンを習っていたからね。
高等教育を受けているし、いまでも読書が趣味だし、嫌味といえばそうでしょう?
どっか山頭火にはインテリの目から底辺庶民を観察しているようなところがある。
貧乏だけれども、これはあえて貧困体験をしたいから、みたいな。
本当の低学歴貧困者が読んだら、
ムカムカするようなところが山頭火にはあるのかもしれない。
それは精神科医の春日さんにもあるし、
おそらくいまは落ちぶれたわたしにもそういう下品で悪質なところがあるのだろう。
またまた山頭火の句。

「貧しさは水を飲んだり花を眺めたり」

この俳句なんかもそういう境地にいたりたいから、
わざわざ身を持ち崩したみたいな「いかがわしさ」や「胡散臭さ」がないとはいえまい。
もう10年以上もむかしの話だけれども、死のう(死ねたら)と思って、
山頭火の句集片手に3ヶ月もクソ暑いインドを放浪したことがある。
あるレストランでインド人貧困労働者が、
じつにおいしそうに食べているチキンカレーを真似して注文してみた。
さぞかしおいしいのかと思って食べてみたら、チキンは1個しか入っていないしクソまずい。
見たらインド人労働者はまだその1個のチキンをしゃぶるように舐めている。
どっちが美食を味わっているかといえば、
根性が腐った先進国旅行者ではないのはみなさまにもおわかりになるはず。
それはランチだったのか。
ディナーにホテル(というほどのものでもなく宿泊所か)に戻り、
ランチの10倍する(百ルピー)インドコース料理を頼んでみたら、
注文するものがだれもいないのだろう。
いちから作り始めるのでなかなか出て来ないが、
完成したものは気が狂うかと思うほどうまい。
けっこうな田舎で日本人旅行者なんかめったに来ないから、本気を出したのかなって感じ。
しかし、ランチとディナーのどっちがうまいかはわからないわけよ。
わたしだって暑いインドでリキシャみたいな重労働をしたあとなら、
あのクソまずいチキンカレーをごちそうに思えたかもしれないわけだから。

数ヶ月まえ体調が異常なほど悪かったときは、おかゆがしみじみうまかったけれど、
いまはおかゆもヨーグルトもさして口にしたいとは思わない。
美食や美味、美女はいいものだが、金がかかる。
このたび3千円もする傑作の大著を、
なんのゆかりもないわたしに送ってくださった精神科医の春日武彦先生は本物である。
春日先生が負け犬の山頭火を嫌いなら、わたしも嗜好を変えようではないか。
でも、春日さんって中華料理屋の野菜炒めくらいで感動しちゃう貧乏舌なんでしょう。
春日さんのそういうところが好きだし、だから春日さんは山頭火を嫌いなのだと思う。

わたしは金、女、権力がほしい。すべてを食べちゃいたい、なんちゃって、えへえへ♪
度胸のある腰の座った俗物になりたい。
豪華絢爛なホテルで家柄のいい美女と品のいい会話をして美食を味わいたい。
だから、本当だって、嘘じゃないって、ガツガツしてるんだから、がるがるがるう(虚勢)!

「閉ざされた心との対話 心理療法の現場から」(河合隼雄/講談社)

→いまの悩みは、
がさつでもいいいからエネルギッシュな田舎者めいたパワーがほしいなあと。
小勝(こかつ)したいっていうか、プチプチでもいいから成り上がってやるぜ、という。
どうせ女なんか金と権力さえあれば寄ってくるんだから、それを俗物的に欲したい。
まあ、言葉にしたら「やる気が出ない」「めんどうくさい」っていうか。
精神科にかかって薬でももらったら熱いバリバリ学会員のようになれるかなあ。
自己啓発セミナーは確実にかつ速やかに効きそうなんだけれど金がもったいない。
シナリオ・センターと喧嘩していたときみたいなパワーがねえ、いまあれば。
考えてみれば金や権力で女からもてるのってまったくズルくない。
よっぽど顔でもてるほうがズルいようにも思う。
しかし、女とつきあいたい理由が、あとあと小説めいたものを書きたい――
だからこんな本音をばらしたら寄ってくるものも来ないという。
まあ、河合隼雄の基本姿勢は本人が「やる気」になるまで「待つ」だからなあ。
新興宗教みたいなパワードリンクを飲むと元気が出そうだけれど、
息切れとか副作用が怖い。河合先生の言うよう、
自然発生的に自分から出て来るものを「待つ」しかないのかなあ。

本書は業界のボス猿の河合隼雄と子分たちとの対話集なのだが、
大学で学生相談みたいなことをしている女性カウンセラーの話がおもしろかった。
大学生が評判の悪い新興宗教に引っかかりそうになったらしい。
その宗教の合宿に行こうか迷っている。
カウンセラーはどうすればいいかわからなくてご飯も食べられなくなってしまった。
ふたりの心理学の先生に相談したという。
ひとりは河合隼雄で、氏の答えは「絶対行かせるな」であった。
もうひとりの先生の答えは、「責任は全部自分が持つから行かせてみろ」であった。
カウンセラーは迷いに迷ったが、行かせることにしたらしい。
そうしたら学生は自分で新興宗教の胡散臭さに気づき、
カウンセラーのところへ戻って来たらしい。
それがきっかけとなり以後カウンセリングもスムーズに進んだという。
こういう話を公開できるくらいだから、河合隼雄は教祖タイプではなかったのだと思う。
カウンセラーはたぶん女性のほうが向いている。
男性がカウンセラーになると、よほど柔軟でないと権威的な教祖になってしまう。
精神科医は男性のほうがよく、その程よい権威感が患者に安心を与える気がする。

精神科に行こっかなあ。新興宗教へ入ろっかなあ。占い師にすがろっかなあ。
目標は人格陽性化と人生一発大逆転(笑)。
いま顕正会が熱いらしいじゃん。
顕正会に入るようなそぶりを見せたら、
いままで拒んでいた創価学会が美少女つきで勧誘してくれるかなあ。
よおし、今度のミッションは「新興宗教体験取材」だ。どっからでもかかってこい。
どうせ新興宗教からはすぐに逃げ出すだろうけれど(根性がないため)、
そっから人生が好転するかもしれないわけだから。
ちょっと人生にカツを入れんとあかん。このままじゃ、あかん。あかんねん。