匿名の卑怯な批判コメント者には参っている。
今日はソープに行けとか書かれたが、次元が違うんだよ。
バカはマニュアルがないとなにもできないのだろう。
1.土屋顕史に電話する(080-5188-7357)。
2.出なかったら折り返しの電話を待つ。
 繰り返し電話してくれるほうが嬉しい(電話代節約)。
3.あなたはあなたのお名前を名乗る。
4.逢う日時と場所を調整する。
5.対面であなたは言いたいことをおっしゃればいい。
 わたしはたぶん議論はしない(めんどくせっ)。
6.あなたは言いたいことを言って満足する。
 わたしはこれで批判者がひとり消えたかと思う。

わたしはどんな電話にも出るし、だれとでも時間と場所、金銭の都合がつく限り逢う。
本当に当方に言いたいことがあったらご連絡をいただけませんか?
むかしはメール希望だったが、
いまはダイレクトに声(人柄)がわかる携帯も嫌いではない。
匿名でせこせこ批判をしていると、自分の人生の運を落とすと思うなあ。
運が落ちたら悲惨だよ。
わたしが「もてない」とか書いたら、みんなそう思っちゃうわけでしょう?
もしかしたら壇蜜には「もてない」だけかもしれない。
わたしが「金がない」と書いても、だれもアマゾンのウィッシュリストで本を送ってくれない。
これは10万円の「金がない」と読者が解釈しているのかもしれない。
言葉は真理を伝えられない。それが南無阿弥陀仏の意味である。
南無阿弥陀仏は言語では伝達不可能な、たとえば「死」のような絶対的真理。
南無阿弥陀仏はどういう意味かって、それは言葉では伝えられない。
南無阿弥陀仏の意味はしいて言えば「わからない」。
なぜあなたがブスなのかは南無阿弥陀仏。
なぜあなたが貧乏なのかは南無阿弥陀仏。
どうしてあなたがお金の苦労をしたことがないのかも南無阿弥陀仏。
愛する親族があなたの必死の願いにもかかわらず自殺したのも南無阿弥陀仏。
成功者がドヤ顔で大勝利アピールしているのも南無阿弥陀仏。
いくら努力しても、寝る間を惜しんでがんばっても報われないのは南無阿弥陀仏。
あなたがいくら衣服に金をつぎ込み、美容院で散財しても「もてない」のは南無阿弥陀仏。
あなたが将来どうなるかは南無阿弥陀仏。
あなたが死んだらどうなるかは南無阿弥陀仏。
自然、それが南無阿弥陀仏。しかし、あなたは南無妙法蓮華経でもいい。
なぜならそれは南無阿弥陀仏だから。
「夜中に起きているのは」(山田太一/地人会/早稲田大学演劇博物館所蔵) 非売品

→1995年に地人会で上演された芝居台本。
巧みな手かざしセラピーをする女主人(八千草薫)がいることで有名なペンションがある。
ここにいろいろ訳ありなな客がやって来ることでドラマが発生する。
まず八千草薫の元旦那だったという老人が再会しに来る(北村和夫)。
むかしは事業家として羽振りがよかったようだが、いまは尾羽打ち枯らしている。
その落ちぶれた北村和夫を尾行してペンションにやって来るのが風間杜夫。
風間杜夫は怪しげな探偵のまねごとをしていて、
いまは北村が自殺しないか見張っている。
風間杜夫を尾行して来る夫婦もいる。
老婦人は風間杜夫を好きになってしまったのだ。
そのいきさつがおもしろい。風間杜夫はいんちきな探偵商売をしている。
ラブホテルのまえで張っていて出てくるカップルの写真を隠し撮りする。
その写真を使って口止め料と小銭をせびるのである。
旦那がどうして怒らないかというと、
会社の名義やら家の名義やらが妻のものになっているからだ。
こんな60を過ぎた老妻の色ボケなど
1、2回遊ばせてやればそれで済むとたかをくくっている。
ところが、40半ばの風間杜夫のほうが60過ぎの老女にその気になれない。
据え膳をどうしても食えないのである。
以下のセリフのやりとりは、
なにやら男女関係の秘密を公開しているような気がしてならない。
以前は盛り上がったが、老女から迫られ、
旦那の許可も下りていると風間杜夫の健康な下半身が言うことを聞かない。
圭介(風間杜夫)、真純(老妻、老女、河内桃子)の回想である。

「真純 喫茶店に私を呼び出した時のあなたは、すっごくギラギラしていた。
圭介 そりゃあ、一種の犯罪だからね。
真純 緊張でこのあたり(まぶた)がピクピクしてたわ。
圭介 ケチな探偵社にやとわれてるとね。何日も何週間も仕事がない。
   仕事がないと一円も入らない。先輩が教えてくれたんだ。
   ラヴ・ホテルから出て来る中年女と若い男の写真をとれって。
   それから女を尾行して住所をつきとめる。
   電話をする。喫茶店へ呼び出す。写真を見せる。
真純 うちのは、ああいう奴だから、写真なんか平気だった。
圭介 そうは見えなかった。
真純 あなたを見て。脅かされてやろうと思ったの。
圭介 とても芝居とは思えない。
真純 主人に黙っていてくれれば、なんでもしますといったわ。
圭介 倒れるんじゃないかと青い顔をして震えていた。
真純 そうね。半分は、しなれない芝居をしている自分になれなくて、
   本当に震えていたのかもしれない。
圭介 なんでもするというから、ついこっちもかき立てられた。
真純 ついて来い、ってあなた甘く囁いた。
圭介 別に甘くじゃない。
真純 甘く聞こえたわ。
圭介 そっちの勝手。
真純 ホテルへ入ると、あなた勇気をふるって、脱げっていったわ。
圭介 勇気をふるったわけじゃない。
真純 ううん、あれは思い切っていった声、脱げッ。
圭介 (苦笑)
真純 なにを脱ぐのって私が聞くとなにをなんて聞くなって、全部だって。
圭介 忘れたよ。
真純 フフ、男って都合の悪いことは、みんな忘れる。
圭介 ほんとに忘れたんだ。這いつくばって生きてるんでね。
   したことはすぐ忘れないと、屈辱でへたばっちまう。
真純 スカートを脱ぎ、スリップを下に落としても、あなた、私の方を見られなかった。
圭介 見なかっただけさ。
真純 ううん。悪ぶっても、いい人なの。私を見られなかった。
   ブラジャーをとって、パンティを脱いでも。
圭介 そんなこと思い出させて、どうするの?
真純 興奮しない?
圭介 ケーッ。
真純 そのあとは、まるで愛の嵐」(1幕)


いまのところ八千草薫が経営するペンションは手かざしのおかげで繁盛している。
その手かざしセラピーは偽物ではないかと疑う青年男女が来客する。
じつのところ、八千草薫こそ手かざしがいんちきであることに気づいている。
このあたりにペンションはいくらでもある。
料理をいくらこったって外観をどうしようがそうそう競争に勝てるものではない。
そこで雑誌で見かけた手かざしをなりふり構わず、
いんちきだと知りながら始めたのである。
しかし、八千草薫の手かざしが効くというのが評判となりペンションは繁盛してしまった。
八千草薫は自分になんの能力もないことをだれよりも人一倍知っている。
しかし、客が来てしまうのである。よくなったといって客は喜んで帰っていく。
なかには幼い愛児を亡くしたという悲惨な親が客として来たこともあったが、
八千草薫の手かざしセラピーはそういう重度の悩みをかかえた客にも効いたのである。
八千草薫はかつての自分を知る元旦那のまえで手かざしなんてやりたくない。
だが、心身ともに追い込まれた元旦那はかつての妻に手かざしをしてもらいたい。
行き詰っている風間杜夫もぜひ八千草薫の手かざしを受けたいという口である。
いったい八千草薫の手かざしの正体はなんなのか?
この芝居はこの興味で客の関心を最後まで引っ張ったと言ってもいいだろう。
さあ、八千草薫(恭子)の秘密のマジック、手かざしショーを公開するときがきた。
恭子以外の人物は気にしないでください。徳永は零落した恭子の元夫。

「徳永 見せてくれ。
恭子 ――。
徳永 想像したんだ。あんたが手をかざすのを。
   インチキなんてもんじゃないはずだ。
恭子 ううん。
徳永 どうやるの?
恭子 ――。
徳永 さあ。
恭子 どうって――。
徳永 やってみてくれ。
久代[従業員] そうです、ママ。
真純 見たいわ。
徳永 形でもいい。気持をこめなくてもいい。
圭介[風間杜夫] 気持はこめてもらいたいなあ。
徳永 (おさえて)じっとだ。(恭子へ)さあ、ママ、どうやる?
恭子 ――。
徳永 どうやる?
恭子 こう、手をかざして。
徳永 ああ。
恭子 この手をゆっくり、五分くらいかけて、肩におろして行くの。
徳永 ああ。
圭介 (徳永に)かわりましょうか。
徳永 余計なことをいうな。
恭子 それから十分。お客さまが少なければ十五分、その人のことだけを思うの。
   なるべく、そうしようと思うの。
徳永 ああ。
恭子 それから――。
徳永 うん。
広田[客] まだ、なんかすんの?
恭子 ダメ。
徳永 どうして?
恭子 はずかしい。
真純 なにをするの?
広田 ああ、つまり、相手が男と女では、やりかたがちがうとか?
恭子 みんな、同じ。同じようにいうの。
広田 いう?
徳永 なにをいう?
恭子 分るわ。
真純 分るわ。
恭子 大丈夫よ。
広田 大丈夫よ。
恭子 そう。分るわ。大丈夫よって。
徳永 すごいじゃないか。誰があんた、そんなことをしてくれる?
   十五分も二十分も向き合って、肩に手をあてて、じーっと自分のことを思ってくれる。
   そのあげく、分るわ、大丈夫よ、だ。
   嬉しいに決まっている。元気が出るに決まっている。
   これは超能力なんてもんじゃない。
   誰が誰にやったって、嬉しいさ。誰もやらないだけなんだ。
   ママは、それをやったんだ。インチキなんてもんじゃない。そうだろ、坊や」(2幕)


こんな秘術を公開されたら、カウンセラーは商売あがったりではないか。新興宗教もそう。
人間の弱点は孤独と不安なのである。我われは孤独感と不安感に苦しんでいる。
真心こめて他人からあなたのことを「わかる」と言われたら、どれだけ嬉しいか。
そのうえで安心に満ちた笑顔で「大丈夫」と言われたら、どれほど励まされるか。
人の悩み(孤独・不安)は「わかる」と「大丈夫」で
ほぼ消失すると言ってもいいのではないか。
しかし、そこは発言者の人間パワーが関係してくる。
八千草薫だから効くという面もあろう。
口にピアスをしているあんちゃんから、
「ちーっす。気持、わかるっすよ」「ああ、それ大丈夫っす。なんとかなりますって。大丈夫」」
こういうことを言われても腹が立つだけで慰めのようなものは得られないだろう。
やはり酸いも甘いもかみ分けた人の真心あふれた「わかる」「大丈夫」が効くのだろう。
しかし、山田太一は宗教家ではなく劇作家だから「わかる」大丈夫」を万能薬にしない。
批判めいたものもしっかり劇中人物に言わせている。

「徳永 誰だって、肩に手を置いて、分る、大丈夫だっていって貰いたいよな。
久代 ええ。(とうなずく)
明恵 でも、それはインチキ。
徳永 うん?
明恵 誰も、ひとのことなんか分りゃしない。誰もちっとも大丈夫じゃない。
浩一 ああ。
恭子 そうね。
圭介[風間杜夫] 二階へ行け。ここはお前ら[若者]のいるところじゃない。
広田 そんなこをいっちゃいけない。
圭介 二階へ行けよ。
広田 行かなくていい。ママには悪いが、この子たちのいう事は事実だろう。
   誰もひとのことは分らないし、誰も大丈夫じゃない。
圭介 そんなことは百も承知だよ。
   それでもそういうインチキな、やさしい声が欲しいんだろ。
広田 でもインチキはインチキだ。
   この子たちが悪いようなことをいっちゃいかん。
圭介 あなたは正しい。お前らは正しい。
   正しい奴は二階に行って正しい口をきいてくれ。
広田 それはないだろう」(2幕)


人はわかりあえない。人はいつだれがどんな不幸に巻き込まれるかわからない。
人間はいくらかりそめ群れても孤独だし、いつどんなことになるかわからない。
しかし、あんたの気持は「わかる」と言ってもらいたい。
「大丈夫」と肩に手を置いてもらいたい。
「夜中に起きているのは」孤独や不安でいっぱいの人間である。
孤独や不安をまぎらわす「わかる」「大丈夫」は
いんちきだが偽薬が効果を上げることもある。
山田太一ドラマはフィクションだが、多くの人間を孤独や不安から救ったと思う。
わたしの言葉ではまったく効き目がないことは重々承知で最後に書いておく。
あなたの苦しみは――。

「わかる」「大丈夫」

*いまから派遣の面接なので誤字脱字失礼!