「学ぶ力」(河合隼雄・工藤直子・佐伯胖・森毅・工藤佐千夫/岩波書店)

→いま鎌倉時代の踊り念仏の開祖、一遍のことを独自に学んでいる。
学ぶとはどういうことか? 河合隼雄によると、学ぶとは知りたいと思うこと。
対象を好きになること。そして、これが肝心らしく、楽しむこと。
河合隼雄いわく、以上は孔子の「論語」に書いてあることらしい。

「学ぶということで、まず私が思い浮かべるのは孔子の言葉で、
『論語』の中にある僕の非常に好きな言葉です。
「之(こ)れを知る者は、之れを好む者に如かず。
之れを好む者は、之れを楽しむ者に如かず」。
学んでいる者よりも、好きだと思っている者がいい。
好きだと思っている者より楽しむ者が一番上だということを、
孔子さんが言っておられるんです」(P3)


わたしなんかとくにそうだけれども、
興味がないことを学べと言われてもあたまに入ってこないでしょう?
派遣同僚の爺さんから資格の勉強をしろとしきりに言われていた時期があったけれど、
そんな好きでもないことを学ぶことはできません。
ブルセラ学者・宮台真司の岳父(妻の父)である東大名誉教授の佐伯胖も言っている。

「自分が好きでのめり込んでいたときの学び方と
「さあ、これを覚えなさい、勉強しなさい」と言われたときのギャップはすごく大きい。
別世界みたいな感じで、これはちょっとやってられないなという気がして、
それははっきり言ってだめでしたね。
それを我慢してやろうという気はしませんでしたね」(P60)


踊り念仏の一遍がしていた布教というのは賦算(ふさん)と呼ばれ、
遊行(旅)をしながら対面したものに(有縁者に)ただ念仏札を配るというものだった。
なんでそれが布教なのかわからない時期もあったが、こういう解釈もできよう。
念仏は易行というけれど、歴史的学問背景をふくめるとかなり難解なのである。
熱心に教えてもわかってもらえるかどうかわからない世界なのである。
河合隼雄の出発点は数学高校教師で、
最初は全力で教えたがあまり効果がなかったという。
そして、晩年は「無為」の境地に行き着いた氏は青年期にはやばやと悟る。

「なるほど、先生が必死になって教えまくっても、生徒はそう伸びないんだ。
教えない先生がいると、生徒は自分でものすごく勉強するんです。
あんなもの頼りにならんというので、その子たちは必死になって勉強している」(P15)


一遍もおなじように思ったのではないか?
とりあえず最高真理の南無阿弥陀仏だけ教えておいて、
あとは相手の機根やら学習能力やら自然(他力=南無阿弥陀仏)にまかせよう。
自分が相手に伝えるのは南無阿弥陀仏の一語でいい。
あとは相手が興味を持ったら勉強するだろうし、
ことさら学ばなくても救われるのが念仏の教えの特徴である。
あるがままでどうしようもなく、いまある状態はあるがまま善でも悪でもなく、
しかしそれでも自然として
すべてがうまくいっているというのが南無阿弥陀仏の世界観である。
自分もあるがままの自然と一体でいよう、
自然体でいようという決意表明が南無阿弥陀仏だ。
これはいくら説得しても相手にNOと言われたら終わりで、
相手が自然に南無阿弥陀仏を納得するまで
こちらは無為と言われようが自然にまかせ「待つ」しかない。
南無阿弥陀仏は説得できるものではなく、相手が自然に納得するまで待つのみである。
数学者の森毅に河合隼雄はからかわれている。
お互い老人だから許されるゆるやかな関係性ゆえだろう。
「河合さんは納得の修業をしているわけで、説得の修業なんかしてない。
ええ加減なことを言いながら納得さすのがうまい。
うそつきクラブ会長やからね(笑)」――。
相手を説得しても意味がない。相手が納得してくれることが重要である。
ユングの伝道師(@小谷野敦)である河合隼雄は言う。

「おっしゃるとおりで、僕らは来られた人[クライエント/有料相談者]を
説得しても何の意味もないですよ。そうでしょう。
森さんに「たばこは不健康だからやめなさい」と言うたら、
説得されるけど、絶対に納得しないから。なんぼでも吸うからね。
だから、やめよかという納得が起こることが一番大事なことなんです」(P79)


あることを納得しようと思ったら自分で学ぶしかない。
たとえば一遍仏法を学ぶのなら、一遍を好きになるしかない。
そして、鎌倉時代に存在したという一遍の存在を
楽しむ境地にまでいたらなければならない。
そこまで行くには苦しむようなこともたくさんあるが、
それは学ぶためには必須だと河合隼雄は言う。
一遍の南無阿弥陀仏は要約すれば「死=絶対」である。人は絶対に死ぬ。
絶対たる死者の目から見たら、
相対(言語)世界のあらゆるもの(美醜・貧富・賢愚・善悪)が空(むな)しい。
本書が発刊されたのは河合隼雄が亡くなる3年まえである。
以下は河合隼雄の最後の説法とも信者には解釈できる。
ユング心理学の河合隼雄と踊り念仏の一遍の見ていたものはおなじであった。
最晩年の河合隼雄の見ていたもの――。

「最後に孔子の言葉を読んでいて気がついたのですが、
いろいろなことを学んできたし、いまでも学ぶつもりですが、
考えたら、死ぬということをあまり学んでいないという気がして、
このごろだいぶ学んでいます。
死ぬことをずっと学んでいるうちに、
死ぬことを好むほうになってきて、
最後に死ぬを楽しむところまでいったら最高じゃないかと思いますが、
これはそうはいかんのじゃないかなと思っています。
私の学びの最後の目標はそのへんにあるというところで、
[講演を]終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました」(P17)


「最後に死ぬを楽しむところまでいった」のが踊り念仏の一遍上人であった。
男は仏法を問われたら答えもしたが、布教は基本は念仏札を配るだけであった。
最高真理、絶対真理の死=南無阿弥陀仏を相対世界を生きる衆生にさりげなく伝えた。
聞かれたら答えたが、自分から教えたがるタイプではなかったと思われる。
いま踊り念仏の一遍を学んでいるが予想以上に難物で終わりが見えないので苦しい。
苦しいが、楽しい。いま一遍を苦しみながら、楽しみながら踊るように学んでいる。