今日、板橋区の税務課に電話したら、結局昨年のトラブルが後を引いている。
実名で書いてもいいが、あのO工場長がわたしに「退職勧奨」したにもかかわらず、
失業保険が出ない自主都合退職に捻じ曲げた。
日蓮大聖人を尊敬する副工場長のKもOにしたがった。
なぜこれが「正しい」のかというと、わたしよりもOやKの社会的身分が高いからである。
勤務時においてはO工場長とわたしは上司と底辺アルバイトという関係であった。
K副工場長ともおなじ関係にあった。
いまはどうか? いまやわたしを「退職勧奨」に追い込み、
とっくに還暦を越えているのに
仕事にしがみついているOとわたしは法律的に人間として平等(笑)ではないか?
かつての職場は歩いて10分もかからない。
いま暇だからわたしを「退職勧奨」しながら自己都合退職と内部調整して、
いまもいまのわたしを住民税で苦しませているO工場長に
お礼を申し上げてもいいのではないか?
O工場長は一流企業の役員にまでなり、大富豪のとてもお幸せなおかたでいらっしゃる。
ここまで近所に住んでいる苦役者としては、
O工場長に昨年のお礼を申し上げに行ったほうが常識というものではないか。
社会人としてはご恩を受けたらお礼を返すのが礼儀である。
お役所関係からは、わたしのO工場長への常識的態度(敬意)をかなり責められた。
そんなふうにしなかったらもっと労働者の権利を主張できたのに(失業保険、税金ほか)。
うまいこと生きてきたんだなあ、練馬区在住のO工場長。
いつかお礼をしなくてはいけないと思う。というか、いつでも明日でも可能。
うまいメシをうまうまと食いながら最後までうまく死ねるのかしら。
お医者さんもナースさんも薬剤師さんも医療関係者は大好きだ。
というか、本当に感謝している。
なぜなら抜苦与楽(苦しみを抜いて、楽を与える)してくれるからだ。
医者の存在理由は、健康指導でも社会保障費節減でもなく、ただただ抜苦与楽。
わたしがお医者さんに求めているのも、健康指導や生活改善命令ではなく抜苦与楽。
いまもいまこの苦しみがあるから、それを抜いて少しでも楽にしてほしい。
これは当方だけだろうが根本治療も病名診断も必要とはしておらず、
求めているのはただただ抜苦与楽。苦しいのはいやだ。楽になりたい。
しかし、ドラッグストアで買う薬は高いし効用も非常に低い。
だから、時間を空けてお医者のところへ行き抜苦与楽の薬をいただく(買う)のだ。
ドラッグストアでは抜苦与楽できないから医者を頼るのだ、
これはわたしだけだろうが医者に自分の長命長寿は託していない。
抜苦与楽の結果、寿命が縮んだところで、
そのぶん苦しみが消えるのだから担当医には死後もあの世から感謝するだろう。
またそういう医師こそ福徳がついて患者治療率が上がるのではないかとも思う。
なかにはお迷いのお医者さんもいらっしゃるようだが、
「正しい」治療をしようと懸命になるよりも患者の抜苦与楽を目指したほうが
本人のためにも患者のためにもなるのではないか?
医者の存在理由は(患者の長寿長命ではなく)抜苦与楽――だとわたしは思います。
みなさんお気づきになっていないかたもおられるでしょうが、
世界はもうとっくに終焉を迎えているのでございますよ。終わっている。
少なくとも、わたくしのなかではもう世界は終焉しております。
いつワールドがクローズしたかと申しますと、
それはさかのぼること2013年の10月のことでございます。どどーん。
みなさまお忘れのふりをなさっているでしょうが、三鷹ストーカー事件。
あれがわたくしめの信じる末法世界でさえ滅亡させたのでございます。どどーん。
あんなにかわいいふつうの女子高生が、
あろうことかおまんこをクパァした写真を偉人愛棒(異人相棒)に何枚も何枚も、
ええもう、この話はなみだ抜きにはできませぬ。おお、おお、どどーん。
われらが男子の高校時代など狂女売女(ばいた)の宝唇でさえ秘せられておりました。
それがそれが、ああ、神よ、全能の神アマテラスよ、だれもお裁きたもうな。
ふつうのかわいい女子高生が笑顔でおまんこクパァしている画像が、
47都道府県どころか全米を突き抜けワールドワイドに未来永劫永久に、どどーん。
ふつうの女子高生のおまんこ――これは最後まで隠さねばならぬもの南無南無本宝。
世界終焉の日まで公開してはならなかった桃色秘仏が満天下にさらされてしまったいま、
生きていることになんの意味がございましょうか、ご聴衆のみなさまがた。どどーん。
もはや、見るべきほどのことは見つ。どどーん。
黒き深海のそのまた底、奥深いところまで堕ちていくしかもうございませぬ。
まったく聞くもなみだ、語るはさらに尋常あらざる滂沱(ぼうだ)のなみだ、
なみだなみだ南無阿弥陀仏の事件がかつてありましたのでございました。
南無妙法蓮華経、忘(わす)るなよ、忘るな忘るなフクスマ東北、三鷹女子高生。
な~む、な~む、どどーん、どーどん、あと聞こえてくるのは波の音ばかりでございまする。
おれだってさあ、コメント欄で読者さまと馴れあいたいのよ。
どっからどう見てもそれは正解で、孤独でさみしい中年男性なのだから。
むかし(10~7年まえ)はこのブログのファンです♪ ファンになりました♪
とかいうお友だち申請コメントめいたものがけっこう来ていたわけ。
いまはいったいどうなってしまったの?
来るコメントといえば、「膣屋ケンジ」とか、こちらを嘲弄愚弄するものばかり。
それもおかしな話で、おなじHNでもホストIPがみんな別々なのよ。
ここで精神医学を知らない人は、創価学会の陰謀か?
とか思ってしまうのだろうけれど、わたしは精神科医の春日武彦仕込みの
屈折人間だから(先生の本はほとんど読んでいる)大丈夫。
おかしいよ。なんでこんなにバカにしたコメントしかつかないの?
むかしはもっとみんなでわいわきゃっきゃやっていたではないか?
いまの殺伐としたコメント欄って一見(いちげん)さんが、
気軽に書き込める雰囲気ではないでしょう?
おれはね、かわいいOLさんと知り合って国立で飲んだりしたいの(実体験)。

そうそう、むかしのブログのコメント欄で「承認していない」みたいのがけっこうあるじゃん。
あれはFC2ブログのミスで、あるときなんでかそういうふうになっちゃったの。
あれらはぜんぶ本当は公開していたけれど、なにかシステム上のミスがあったのだろう。
しょせん無料で使わせてもらっているものだし、まあ、そんくらいは許そうかと。
あとそうだ、コメント欄にメールアドレスを記入してくる人がおられますよね。
メールがほしいのかなあ、と思う。
でも、ごめんなさい。うちのパソコン仕様であのコメント欄のメールアドレスは開けません。
可能ならば鍵コメントにしてメールアドレスを直(じか)に書いてください。
手っ取り早いのはそちらからメールを送ってくださいよ。
どうしてコメント欄のメアドが開けないのかというと、gooメール問題よ。
パスワード設定をgooメールにしていたから、gooメール閉鎖後は利用できない。
gooメールのときはっこうな頻度で読者メールが来ていたのよ。
いまのアドレスに変えてからはぜんぜん。
ホットメールにしてもいいのだが、
あれは派遣仕事関係でも使っているから
紐づけされそうで(実名ブログがなにを恐れるか!)。

読者さまとわきあいあいとむかしのようにやりたいのに、どうしてこうなってしまったのか。
コメント欄すごいでしょう? 似たような嘲弄愚弄コメントがえんえんと続くという。
おれ、言っとくけれど、むかしよりはるかにいわゆる「いい人」に
(ネットならぬ)リアルではなっているよ。
怒る回数なんて高く見積もっても1/10程度までに変化している。
理由は、なーんかさ、どうでもよくなっちゃったっていうか。
いまは騒音(ご専門は中島義道先生)も、受動喫煙(ご専門は小谷野敦先生)も、
イヌのノーリードも、美男美女の街中における仲睦まじさ(いちゃいちゃ)も
まったくと言っていいほど気にならない。
リアルでおかしいときはネットにファンがついて、
リアルで多少(!)まともになったら薄気味悪いコメントしかつかない。
どうなってんじゃ、こりゃあ。答えは、わからない。
なにがどうなっているのか世の中の裏側はだれにもわからない。
それを踊り念仏の一遍上人は南無阿弥陀仏と言いましたとさ。
早く死にたい。しかし、周囲に迷惑がかかるから自殺はしたくない。
去年くらいからずっと吐き気が続いていて、
胃もたれというか胸やけというか、とにかく体調が悪い。非常に疲れやすい。
わたしが「お酒をあまりおいしく感じない」なんてもう末期だろう。
なんのために生きりゃあ、いいんだよ。希望は末期ガン。
胃ガンでも肝臓ガンでも、末期で発見されて余命を告知されたい。
初期で見つかっちゃうと闘病とかめんどうくさいからその手の検査は絶対しない。
ガン保険にも入っていないし、そういう闘病みたいのがいやなのよ。
あっさりこの世からおさらばしたいというか。
病気だったらば、みんなもかわいそうだと同情してくれるでしょう?
これは実体験から強調したいが、自殺をされると周囲が大迷惑する。
救えたんじゃないかとか。
あとこれは確率的にはもっとレアになるが、うまく事故で死ねないか。
世の中にはかわいそうにも(?)確率統計的な問題で死んでしまう人がいるのよ。
そういう枠があるのなら、ぼくを入れてよ神さまみたいな思いがある。
でも、事故で死ぬと責任者を世間は欲したがるから、その人に迷惑をかける。
だから、自然災害で死ぬのがいちばんよろしいという結論になるのか?
落雷で死ぬ人なんて1年でひとりふたりらしいけれど、あの枠に入れないか。
生きている希望とかとんとない。夢は「自殺ではない早死に」。

わたしが創価学会へ入りたいのは、
お題目を唱えるときに仏壇に願いの紙を置くんでしょう?
そこに「痛くない早死に」と書いて1日数時間お題目をあげたらどうなるか確かめたいから。
踊り念仏の一遍の悪影響だと思うが、本当にこの世への執着がなくなってきた。
むかしは賞を取りたいとか、山田太一さんに認められたいとか、
そういった世俗的願望があったけれど、
41歳にもなると、結局は才能がなかったということか。
まあ現世は無理だろうが、来世でなら少なくとも現世でよりは出世できるかもしれない。
ならば現世を早くおさらばしたいと思ってしまう。
というか、生きているのがめんどうくさい。
踊り念仏の一遍は死ねば浄土へ往けると言っているのだから、
その言葉に賭けたくなる。
とにかくわからないのは、どうして長生きしたがる人がああまで多いのか。
50歳を過ぎたらあとは余生みたいなもんでいつ死んでもいいじゃないか。
41歳のわたしだって、明日死んだって「べつに~♪」と思っているのである。
死ぬかもしれない危ない裏の仕事とかないかな。
鉄砲玉みたいに人を殺すのはいやだけれど、
一遍の他力思想からしたらわたしから殺される人も過去世の宿縁なのだから、
そこはもう仏さまのおはからいと言うほかないな。

もうなんにもないんだよ。
親鸞はスケベだったようでおのれの愛欲の強さを自慢(卑下)していたが、
わたしだってだれかをストーカーするくらい(しないけれど)
好きになりたいのに(片思いなら自由)、どのアイドルを見てもこころときめかない。
むしろおれは親鸞が恥じている愛欲(執着)がほしいのだ。
なんでみんなそんなに長生きしたいんだ? 生きていてなにがおもしろいんだ?
わたしはせめて酒くらいしかないと思っていたが、このところ酒がまずい。
とすべてを絶望しきったら、いまウイスキーのロックがうまいのだけれど。
これは当方の場合だけかもしれないが、
絶望状態のときほどアルコール度の高いウイスキー(40度)をぐいぐいいける。
ううん? もしかしたらいまなら中国の白酒(52度)もいけるのか。
言っとくけれど、自殺はしたくない。自殺をするとしたら、それは宿命だろう。
自分で死んだわけではなく、自殺は他力によって自然に寿命として死んでいる。
ああ、そうだ。東大卒美女の高橋まつりの自殺問題だが、原因は電通ではない。
それが宿命だったんだよ。おふくろさんよあまり目立って騒ぐなよと本音を言いたい。
早く終わりが来ないかなあ。
おれ、逢いたい芸能人(タレント)とか作家はひとりもいない。
精神科医の春日武彦氏と診察室以外でふたりきりで雑談OKならば興味はあるが、
白衣を着ないと(肩書なしでは)あの人は他人とおしゃべりもできないだろう。
危ない裏仕事とかないかなあ。