「こんな長寿に誰がした!」(ひろさちや/青春新書プレイブックス)

→今日、朝日賞作家の山田太一氏の83歳の誕生日らしく一部狂信者が騒いでいる。
わたしはファンではあるものの、
山田太一さんの83歳がどうしておめでたいのかわからない。
ぶっちゃけ、こりゃいつまで生きるの? というのが本音。
うちうちにはばらしていることだが、
いまのわたしの生きている目標は「山田太一の死」をこの目で看取ることだから。
いまはもう本当に老人が死ななくなった。
みんな80歳を過ぎてもピンピンしていて、老後はまだこれからのようなことを言っている。
正直、わたしはいま現役の成功老人よりも長生きする自信がない。
ひろさちやさんをはじめとして、
創価学会の池田大作名誉会長はあと50年でも100年でも生きながらえるだろう。
その弟子のおなじく創価学会、宮本輝氏もわたしよりは長生きしそうだ。
こうして考えていくと、その死をリアルタイムで目撃できそうなのは山田太一氏のみ。
しかし、いま83歳だろう。
健康にも留意していると聞くから、あと10年近く持ってしまうかもしれない。
こちらは不摂生の極み。
今日都民共済に入ろうかと電話したら、あれは通院しているとダメみたいだね。
せめて生きがいとして山田太一先生のご逝去くらいなまで拝見したいのだが、
それもかなうかどうかわからないほど「こんな長寿に誰がした!」――。

うちの父とかも死にたくないみたいだね。
わたしは今月いっぱいの寿命と宣告されても、たぶんまあ「ふーん」で終わる。
執着すべき地位も肩書も財産も妻子もコレクションもコネクションもない。
わずかながら想い出深い友好関係はあるけれど、
いままでけっこうたっぷりお腹いっぱい味わい尽くした満足感があるからもういい。
シナセンの小林社長や後藤所長より早く死ぬのはしゃくにさわるが、
向こうにとっては慶事だろうから最後に善事をほどこしたと思えばすっきりする。
(言っとくけど、おれは小林や後藤が死んだら大喜びするからね♪)
なんにもないと寿命を宣告されても楽なんだなあ。
きっと当方のような孤独貧窮老人(中年)はたくさんいるはずなのに、
どうしてみんなそんなに長寿にこだわるのだろう。
死んだって終わりじゃないし、ちゃんと来世があるし、運良ければ極楽往生できるのに。
死んでも終わりじゃないんだから大丈夫。
いざ死ぬはめにおちいっても、そのとき奇跡的な光輝につつまれるから大丈夫。
根拠はって、仏典やそういう危ない書を山ほど読み、アジア中の聖地を巡ったからだよ。
大丈夫だから。絶対大丈夫。だから老人は早く死ね!
わかるわかります、死にたくても医療従事者が死なせてくれないんだよねえ、はああ。
早く死んでいちからやり直したほうがおもしろいしやりがいがあるではありませんか?
一遍上人いわく、「とく死なんこそ本意なれ」――。

「いま、日本で、総人口に占める老人の比率がとても高い。
そのことはだれもが知っています。
ところが小金(こがね)を持っているのは、その老人です。
残念ながら、若い人はあまりお金を持っていません。
収入の大半は生活費に回され、余裕のある金はない。
だから、欲しい物が買えません。
一方、老人は、余裕のある金はほんのちょっとは持っていますが、
逆にあまり欲しい物がありません。
じつは、そこのところに、日本の不況の原因があるのです」(P33)