今日は医療品メーカー本部長の彼と逢うために出社したのにもかかわらず、
派遣同僚のNさんは来なかった。無断欠勤か健康理由かはわからない。
あーあ。今日同世代のエリート社員と話すのをチョー楽しみにしていたのに。
自意識過剰だが、あれがやばかったのなあとも思う。
同世代の男性とおなじ派遣という身分でバカっぱなしをできるのが嬉しくてねえ。
とうとうようやく自分もここまで治癒したかという無意識の判断があったのかもしれない。
知り合って4日目の人にあの話をしちゃったのよ。
母親から目のまえで飛び降り自殺された話。
そういうことがあったから、あれやこれやで、エタヒニンみたいな人になりましたという。
Nさんは一流社会人だから、そういうことは聞いてはならないと知りながらも、
好奇心には逆らえなくて詳細を聞いてくるわけである。
いつもの彼とわたしの冗談半分のノリで。それに淡々と答えている自分がいた。
泣いたでしょう? とか聞かれたけれど、泣くとかそういうレベルではないわけで。
詳細を好奇心から聞かれる。むかしはそういうのは死ぬほどいやだったが17年も経った。
答えるわけである。

母は精神病(躁鬱病)でその時期は常日頃から「死にたい」と言っていた。
死にたいけれど、どうしたらいい?
そんなことは20過ぎの息子にはわからない質問である。死なないで、と言うしかない。
梅雨の早朝のことだ。朝4時過ぎのこと。
わたしはコンビニに買い物に出かけたのだが、そのドアの開閉音を母は聞いたのだろう。
母はわたしが帰宅するのを上から待ち伏せしていた。
いきなり「ケンジ」と名前を呼ばれる。上を振り向く。
そうすると9階上の自宅ベランダから母が飛び降り自殺をしてきたのである。
母はわたしの目のまえで血まみれになって死んだ。
救急車が来た。即死という診断だった。父に電話したらこれから仕事だと言われた。
いまは父の気持もわかるから、それをどうこう言いたいわけではない。
いきなり派遣先で正体不明のおっさんからこんな話をされても困るよねえ。
Nさんが今日欠勤した理由がわたしにあるのかどうかわからない。
当方は今日バーミヤンで30分でも1時間でも、
まっとうな社会人の話を聞くことを非常に楽しみにしていた。
しかし、裏切られたという思いもなく、人間なんてそんなもの。

驚いたのは自分。
彼の器量もあるだろうが、ご縁もあろう。わずか逢って4日の人にこんな話をできたこと。
好奇心からあれこれ詮索されても、まあいっかと答えられたこと。
きっと治ったんだなあ。17年経過して、どのくらいかはわからないけれど。
むかしはだれかに自分の苦しみを理解してほしいと思っていたが、
いまはそういうことを完全にあきらめられたから雑談でこういう話をできるのかもしれない。
いまの不安定な身分を話したら、定職に就けと。
けれどさ、目のまえで母親が死ぬ瞬間を見ちゃうと、いざとなったらあれもありかと。
いざ行き詰ったら、母とおなじようにあれをしたらいいわけじゃん。
あれはいつでもできる。
一流会社員で同世代の好人物Nさんとお話させていただいてわかったのは、
わたしが結婚とか家族に願望をいだいていないのは、
両親の関係があるのかもしれないなあ。一家団欒なんて経験したこともないし。
物心がついてからはいつも父と母の板挟みになって苦しんできたし。
しかし、いまは父を恨んでいるわけでもなし、母を恨んでいるわけでもなし。
宿命のようなものだからしょうがねえよなって感覚。
とりあえず明日までは生きるが、それ以降どうするかは自分でもわからない。
あさって以降はスーパーフリーである。
なんにもない。なにをしてもいい。なんにもしなくてもいい。
ひょっとしたらわたしの苦しみをいちばんわかってくれたのは、
偶然にもいま派遣仕事で知り合いもう逢うことはないNさんなのかもしれない。
韓国旅行1週間より短期派遣5日間のほうがおもしろかったと結論づけておく。
そうそう、今日は18時まで働くことができた(日給8千円)。