秩序や決まり事というのはたいせつなんだなあ。
今日、職場に本社のお偉方が集まって説明会のようなものが開かれた。
これを経験するのは2回目。
スーツ姿のお偉方がわれわれ作業員と一堂に会する。いい職場ではありませんか。
ショックだったのは、作業員の同僚。
けっこう嬉しそうな顔をしていた人が多かったのである。
やっぱり全体の目標を達成するとか、
人の役に立っているという幻想みたいなものは人の生きがいなんだなあ。
というか、おれはもうダメダメ。ライン最後のGS25。これは想い出深い。
そういえばむかしこれをやったなあ。そのときの担当もお若いイケメンTさんだった。
わたし、この人のこと好きなんだけどね。
むかしもたしかGS25のあそこをやれなくてTさんに助けられたなあ。
「落ち着いて、あせらず」と言われたのをいまでもよく覚えている。
結局、成長していないのね。努力が足りないのかなあ。やる気がないのかなあ。
クッキー3枚×2とフィナンシェ2くらい入れられないダメなおれ。
いくらやっても成長しないおれおれ? おれおれ詐欺?
おれ、最後まで使えなかったな、というおのれの役立たずぶりが身に染みた。

もうラインをとめないためにメチャクチャでもとりあえず入れたから、
検品さんとあわせる顔がなかった。
できないことってあるんだなあ。努力が足らないんだろうなあ。
そこに救世主、あらわる。あせって横を見る余裕もなかったが、ちらっと見るとミッキー。
あれ? 今日はCラインの段取りではないのでは?
ああ、助けられたと思いましたですね。
むかしは困った女の子を男が助けるのが定番パターン(物語)だったけれど、
いまはいまは……。おれ、今日もまたミッキーに助けられちゃったよ。
記憶をさかのぼるといまの職場でいちばんお世話になったのはミッキー?

結局、ダメなままで終わったなあ。
でも、当日欠勤は一度もしなかったから、それでお許しください。
遅刻は1分一度して、事務所の方がお見逃しくださった。
なんかみんな偉いし、ありがとうっていうインチキくさい謙虚な気分。
一度も長時間ストップしなかった埼京線ありがとう。
北戸田の女子高生さまたち、ありがとうございます。少しだけ、やる気、出た。
みんな毎朝通学して、やりたくもないしやっても意味がない勉強をしているんだろうなあ。
きっと生きるってそういうことなんだろうなあ。
「今日からシナリオを書くという生き方」(小林幸恵/彩流社)

→わたしの本当の師匠はシナリオ・センター社長の小林幸恵先生かもしれないなあ。
この人には対面でも怒鳴られ、電話でも怒鳴られ、偉い人というものを知った。
世間というものを教えてくれたのがシナリオ・センター社長の小林幸恵先生とも言える。
この人、わたしにはものすごく偉そうなんだけれど、
肩書が上の人や社会上位者にはやたら愛想がいいんだ。
やたら人にシナリオを書け書けと言っているけれど、自分は書かない。
それを指摘したら大声で怒鳴る。あたしをなめるなよ、みたいなことを言う。
小林社長は営業経験もないのに、
営業マンに営業の仕方を教えていると本書で自慢している。
小林幸恵さんってどうしてこんなに偉いんだろう。
答えは、シナリオ・センター創設者の新井一の娘だから。
どうやら新井一とやらは三流商売脚本家でむかし売れっ子だったらしい。
で、シナリオ学校をつくった。新井一の娘は小林幸恵。
父親が死んだあと小林幸恵はシナリオ・センターの社長になる。
社長だから小林幸恵は偉い。人に説教できる。
最近、小林幸恵の息子の新井一樹が副社長になったらしい。
新井一樹もまたシナリオを書いたこともないのにシナリオを教えている。
ろくな社会人経験もないのに、ビジネスリーダーを気取って講師をしているとのこと。
わたしが小林幸恵社長を師匠ではないかと思うのは、そういう世間を教えてくれたから。
世の中、結局そういうもんじゃないですか。
天皇陛下のお子さまは天皇陛下におなりになるでしょう?
成功者のお子さまはかならずといっていいほど大企業に入社する。
小林幸恵先生の偉さがわかるのが、世間を知るってことなんだろうなあ。
いまのわたしは小林幸恵さんを人生の師匠のひとりだと思っている。
なぜなら成功者のお嬢さんで富裕層だから。
なぜなら既得権益を持つシナリオ・センターの社長さんだから。
なぜなら、なにより偉そうで、目下のものと判断すれば大声で怒鳴ってくるから。

師匠の名言をありがたく拝聴したい。

「相手の意見とか気持ちとかをきちんと聞く耳を持っている人は本当に少ないものです。
でも、これではいけないのです。
人間である限り、コミュニケーションをとる手段を持っているのですから、
それを生かさなければ、人間としての意味はないのでしょうか」(P49)


よく言うよ。あなた、わたしの声をいっさい聞かなかったでしょう?
電話しても怒鳴るばかり。
おたくの受講生がわたしの悪口を2ちゃんねるに匿名で書いているのですが、
責任者としてどうにかしてもらえませんか?
こう電話で聞いたときも無視されたなあ。
先日調べてみたら、いまも2ちゃんねるにおたくの生徒がわたしの悪口を書いている。
明日でもシナリオ・センターに電話したら社長は聞く耳を持っているの?
しかし、世の中とはそういうものなのである。
偉い人は偉い。偉い人のお子さんやお孫さんはお偉い。逆らっちゃいけない。
そういうことを師匠は教えてくれたんだなあ。

「人にはさまざまな意見や考え方、見方、感情があって、
また育ち方や環境によっても違ってきます。
そんな当たり前のことが、普段は気がつきにくいのですが、シナリオを書くことによって、
しっかり見えるようになるのです」(P82)


じゃあ、自分が書けばいいじゃん?
そんなことを言えるのはむかしのわたしくらいだが、言ったら怒鳴られる。
世の中は、本音と建前で成り立っているのである。
小林師匠からは、自分はすごいブログを毎日更新しているから読めと言われたなあ。
で、8年まえくらいに読んでみたら、すげえ金持なんだ。
食っているものが高級レストランで、桁がぜんぜん違う。
ふふふ、世の中ってさ、人間ってさ、そういうものなんだなあ。
いまのわたしは師匠の教えがよくわかる。あの人の偉さもよくわかる。
だって、地位も肩書もお金もコネもぜんぶあるんだから、そりゃあ偉いわなあ。
世の中ってそんなもんだぜ。あの人は世間をよく知っていたなあ。
師匠いわく、本音と建前をうまく使え。

「……ちょっと見方が違った人がいても。決して拒否はしない。
そういう見方もあるのねと、まず受け入れることです」(P94)


表ではきれいごとを言って、密室の裏では態度がぜんぜん異なる。
人間ってそんなものだし、そんなことも知らなかったむかしのわたしが恥ずかしい。
「あんた辞めなさい」とか社長先生から言われたもんなあ。
しかし、それが正しく、人間というのはそういうものである。裏表があるものである。
いまは小林幸恵社長を師と仰いでいるから、先生のまえで土下座もできる。
先生のほうが正しかったといまは認められる。過去を反省している。
小林幸恵先生のおっしゃることはなにもかも正しい。

「所詮、この世は男社会。
戦いの中に生きてきた男たちは、相変わらず肩書社会に生きています。(……)
女同士は井戸端会議と称しては、亭主のグチから人の噂話を、
生活の中でうまく取り入れて人間関係を築いていっています。
肩書きも何もかも取っ払い、その人自身で人の前に立つことができない男たち。
男性はきっと女が考える以上に不器用なのでしょう。
組織の中で弱みを出せず、グチもはけず、
ただ溜め込んで今に至るため、
いまだ自分を解放する方法を知らないまま来ているのです。
ですから、友達もできない」(P186)


言うことはいちいちごもっともだが、
小林さんは「新井一の娘」「社長」という肩書を取っ払ったらなにがあるの?
シナリオを書けないのに、シナリオを教えている変な人でしょう?
しかし、こういう方こそが本当の成功者で勝ち組で尊敬すべき偉人なのである。
いまのわたしはようやくそういう世間の事情に気がついた。
もしかしたらちかぢかシナリオ・センターに電話して、
尊敬している師匠先生に過去のお詫びをするかもしれない。
事務所のやつらはちゃんと取り次げよ。電話ガチャ切りはやめろ。
折り返し電話をするのが社会のルールだからな。
持つべきものは師匠である。
わたしの師匠のひとりは新井一のお嬢さんで社長の小林幸恵先生だ。
いまなら師匠の偉さがわかる。ありがとうございました。

「踏み越えるキャメラ」(原一男/フィルムアート社) *再読

→わたしの師匠といえば、
いやがおうにもドキュメンタリー映画監督の原一男先生しかいない。
師匠だなんていまは思いたくはないけれど、影響を受けすぎているのだから仕方がない。
なぜならいまわたしがこのブログでやっていることは、まるで師匠とおなじだもの。
違うものは持つもので、キャメラを持つか、ペンを持つか(キーボードを押すか)。
わたしの現実を書いていく。なぜなら、つまらないからである。
おもしろいことが起きないかなあ、
と思いながらふつうなら実名では書いてはいけないことを書く。
そうすると現実のほうから反応が返ってくる。
それがおもしろいからそのなかから書ける範囲ぎりぎりで書きたいものを書く。
そうするともっと世界もおもしろくなるというか、少なくとも退屈ではなくなる。
人の隠されたいろいろな面が見えてきて、まあ、おもしろいわけだ。
どうやら原一男先生もむかしは葛藤オタクだったようだ。
シナリオ・センターのアルバイト講師たちのようにドラマは葛藤だと思っていた。
むろん、ドラマは葛藤というのは正しい。
なんにもないよりはせめて葛藤(喧嘩)があったほうが非日常性を楽しめる。
どうしようもなくわたしは原一男の弟子なのだろう。

「アクションしていくなかで、そこで相手といろいろ葛藤が起きる。
その葛藤こそがまさに生きていく人生のドラマにほかならないだろうと。
僕らの映画はそのドラマを描きたい。
つまり、何々問題を描きたいということよりも、かかわっていくとき生じる劇的なもの、
ドラマにほかならないもの、そういうものこそ僕の求めているものなんです。
ある出会いがあって、相手に惚れて、キャメラを回したくなる。
だけど、キャメラを回す以前に、どうでもいい問題は全部処理しちゃいたい。
ここから先がおれたちわからないから、だから知りたいんだよ、
というところでキャメラを回す」(P122)


キャメラのみならず言葉で人をアジテート(刺激)することもできる。
むしろ、キャメラなんかよりも言葉のほうが人間の深層に突き刺さるであろう。
言葉の羅列――つまり文脈(=世界の見方)というのは、人から習うしかないのである。
それぞれの持ち分にしたがいそこそこうまく回転していた初期経済世界を、
労働者と資本家の対立(葛藤)と文脈づけたのはマルクスだ。
そういう文脈をおぼえると、それが影響力があればあるほど、世界が変わる。
みんなおなじような文脈で話すようになる。
だから、キャメラを回すのもいいが、
言葉をブログに公開するのも大げさなことを言えば世界革命につながっている。
オーバー過ぎてお笑いになる方が大勢いらっしゃると思いますけれど。
ネットは危ない。映画も出版も発声から公開まで時間がかかるが、
ツイッターやブログ等のSNSは現在進行形に影響を与える。

「キャメラ[言葉]を、過去がどうでしたかということじゃなくて、
現在進行形の中に過去の問題も全部ほうり込む。
現在進行形で起きるその中で何を見ていくかということでやろう、って意識。
そうすると何が起きるかわからない」(P123)


だから、おもしろい、本当におもしろい。
なにが起きるかわからないという状況は非常にとってもおもしろい。
おもしろいことはいいよなあ。
とりあえずのゴールのようなものは必要である。
原先生も映画を製作するとき、なんとなくはゴールを決めているという。

「そこ[ゴール]へ行くまでに何が起きるか、自分自身がどういうふうに変わっていくか。
自分自身がまさにそのゴールへ向けてアクションを起こしていくんだけれども、
自分自身もどういうアクションを起こしていくかわからない、
だからおもしろいんじゃないか、じゃあやってみようぜっていう、そういうノリですよ」(P124)


たとえば職場のことをブログに書く。
ブログに書きたいと思うと、なんらかのアクションを起こさざるえをえない。
そうするとアクションが返ってくる。それにどうアクションしていくか。
それは自分でもわからない。
とりあえず自分から出てきたアクションをたいせつにしよう。
アクションしないと世界の仕組みのようなものはわからないじゃないですか。
こういうアクションをすると会社では多くのものは上に告げ口するとわかる。
そういうことで女性社会は告げ口のようなもので回っているとわかるわけ。
告げ口されると上が飛んでくる。上のアクションでさらに世間というものがわかる。
目が点になっている上司とか見ると不謹慎だが、ごめんなさい。おもしろいっす。
女性労働者は告げ口が好きなんていうのも、
アクションを起こさないとわからないわけだ。
そういうことで世界や世間を知っていくことで、わくわくするっていうかなあ。
ああ、本当はこの人とこの人は仲が悪いとわかる。
そういうのっておもしろいじゃないですか。
それをおもしろいと思うのは、生活者としてどうかという問題は当然あるけれど。

原一男先生の本をひさびさに再読して、むかし(70年代)はよかったなあと思う。
むかしは世界を自分たちで変えられるという幻想がまだ濃厚に生きていた。
だからかどうかわからないが、人が人に逢いに行く時代であった。
原さんの若者時代というのは、おもしろそうだと思ったら、
すぐその人に逢いに行くのね。逢うというドラマがむかしはかなり強く存在した。
いまはなかなか人と人が逢わない。つまり、ドラマがない。
わたしが働くのは小金がほしいのもそうだけれど、
人との出逢いを求めているところがある。
いまは左翼活動みたいなものがないから、そうそう強烈な宗教活動もないし、
したがって人と出逢いたかったら働くしかない。
けれど、生活者ならぬ表現者は働くのがめんどうくさい。
わたしは原一男さんと学生と教授という立場で邂逅(かいこう)したが、
早稲田大学は度量が大きいというか、
よくこんな定時制高校卒のグウタラを雇ったものだと思う。
でも、わたしが人生で師と言えるのは原一男先生だけだから、
長らく早稲田は校歌もふくめて好きではなかったが、いいところもあるじゃないか。
働くのってめんどうくさいよねえ。早稲田新卒カードといえばかなり強いでしょう?
「就職なんかしないでフリーターでもして好きなことをしていけばいいんじゃないか?」
そんなことを言う教授も教授だが、真に受ける学生もクルクルパーだ。
わたしは原一男先生のアジテーション(扇動)に心底から揺り動かされたなあ。
いまは国家権力の象徴ともいうべき大学教授を
長らくお続けになっている原一男先生はいいかげんな若者だったのである。
なんでこんな人を師匠にしてしまったのかと、かなしゅうなるわい。

「働きに行くのもいやでね、とにかく金がなくなるまで働かない。
金がなくなったらまず質屋に行く。
キャメラがあったから、キャメラを質に入れるんです。
その金もなくなったらしょうがないから働きに行く。
それで二、三日働くと、現金でお金くれるから、
そのお金を使い果たすまでは働きに行かない。
それでも家賃を払わなきゃいけないとかなって、しょうがないからじゃあ働きに行くか、
ってな状態でまた働きに行く。お金もなるべく使わない。
下高井戸ってけっこう物価が安かったんだけど、
安いなかでもいちばん安い魚屋さんへ行ってアラか何か買ってきて、
ひっそりと食事をして、
それで暇なときには乳母車を押しながら近くをとことこ散歩していく、
そういう生活を数年してた。
小林[奥さま]も基本的には働いてなかったんだけど、
さすがに僕が働くのをいやがるもんだから、
「じゃあ私、アルバイトに」なんて、ときどき行ってた。
そういう生活をするなかで、やっぱり映画人の知り合いができた。
年齢的には僕とそんなに変わらない人、一つか二つぐらいしか。
そういう人がピンク映画をやってると。
そこで、「撮影助手を探してるけど、やるか」ってなもんで、
じゃあ生活費稼ぎもあるし、
まあ、映画の技術もやっぱり勉強したほうがいいかというふうに思ってたから、
声がかかれば仕事をする、というような感じでぽつぽつ仕事を始めたんです」(P145)


知り合いができるかどうかって運だよなあ。
むかしは知らない人からメールがけっこうひんぱんに来たけれど、いまはまったく。
自分からもっとアクションを起こしたほうがいいのはわかっているのだけれど、
そこはそれで、まあ、そういうわけで。
わたしなんかもうすぐちょーヒマになるからメールを1本くれれば、だれとでも逢う。
最近、メール来ないなあ。
だから、アクション。おもしろそうなところで働く。知ったことをブログに書く。
書かれたほうはたまったもんじゃないかと思うが、
こちらは基本的におもしろかったことしか書かないから、
基本的には書く行為には原さんとおなじように「愛」めいたものがある。
書かれたほうもおもしろいことをしはじめてくれるのである。
人から期待されると期待に応えたいとどこかで思うところってないかなあ。
悪役だったらもっと悪役に徹しようみたいな。
正義のヒーローは正義をアピールしたくなるというかさ。
実名ブログ表現はとても危険だが、しかしおもしろい。
むかしの原さんのドキュメンタリー映画のようにである。
どこかにキャメラ(視点)があると、敏感な人はオーバーアクションをするようになる。
先生の代表作「ゆきゆきて、神軍」の主役は奥崎謙三という犯罪者である。

「だから、奥崎さんも、最初は僕のキャメラワークをそんなに意識しなかった。
だんだん、どこでどういうふうに撮っているかというのを、
撮られる側が判断することはそんなに難しくない。
いまキャメラがどこにいて、どういうアクションを、
自分にキャメラを向けてねらっているかというのは、撮られてる側もわかってくる。
ああ、こういう場面をねらってるのかと、
それをずっと続けていくと、どういうふうに演じればこの人は回す、
というのもだいたいわかってくるんです。そういうもんですよ。
そんなに難しくない、隠し撮りしてるわけじゃなくて。
で、撮られる側がそれを計算できるようになる。
それはでも、そのことをいいとか悪いとかって、
そういうふうにいい・悪いのレベルで論じるんじゃなくて、
わかってくるもんだよということなんです。
で、わかってきちゃったらそのキャメラの前の人間はどうするかと。
わかてなおアクションを続けるんだから、やっぱりね、
演技しちゃうというのはこれはもう理の当然というか当たり前のことなんですよ」(P190)


そのようにして撮ったドキュメンタリー映画はすべてフィクションだと原さんは言う。
だって、日常風景を撮影してもつまらないじゃない?
会社の日常なんてどこも退屈でしょう。
「プロジェクトX」みたいなことなんてどこにもない。
毎日、毎日おなじことを繰り返して、つまらないなあ、
というのが本当のドキュメンタリー(記録映画)。
でも、それでは撮影しているほうも観客もつまらない。
このため、人はフィクションを志向する。
現実だけではたまらなくなった。嘘でもいいからドラマのようなものを希求したい。
これが原一男のアクションドキュメンタリーである。
映像作家も文章作家も現実がいやでフィクションを創造するのだろう。
原一男が奥崎謙三のつぎにキャメラを向けたのは作家の井上光晴である。

「奥崎謙三の場合はナマの部分はいくら出てもかまわない。
ところが、井上さんはやっぱり作家だからねえ。
これはあとで気づくんだけど、やっぱり虚構の人だから、
ナマの自分は絶対出したくないんですよ。
必ず虚構というフィルターを通さないと、
井上さんという人はナマの自分を出せない人なんですよ。
やっぱり作家なんですよ」(P233)


わたしは作家でもなんでもないが、ナマの自分は文章には出せない。
文章はぜんぶかくありたいというフィクションを求めてしまう。
いったい表現とはなにか?
大学時代、原一男ゼミの課題は「私にとって表現とは何か?」であった。
当方は課題を出せなかった。
いつか出そうと思っているうちに、あれから18年が経過してしまった。
原一男にとって表現するとは――生きること。
なんのために表現するかといえば、自由になるため。
おそらく本当の自分を出すことが表現することで、
本当に生きるということなのかもしれないなあ。
むろん、生活者はそんな悠長なことを言っていられないけれど。
自分を知りたい。自分を変えたい。表現をすると――。

「自分自身が変容する、変わったというふうに言っていいかどうか。
結局のところ、つまり、解放ということ、
自由であるということはどういうことかというふうになるけど、
やっぱり、何かを超えたから
それ以後はずっと自由でいられるということでは決してなくて、
非常に劇的な何かを通過して、通過した直後のある感覚っていうのかな、
そういう感覚というのは時間の軸からも、えらくこだわっていた空間の軸からも、
フッ、と解き放たれる瞬間というのがあるような実感がします。
(……) 人生において、そういうことが不断にあればいいんだけど、
不断になんか絶対にないからね。絶対にないんですよ、日常の中では。
だからより劇的なものを求めて、
じゃあ次の映画をつくろうかというようになっていくのであってね、
ないですよ、日常的には、そんなものは」(P283)


映画監督の原一男さんが日常にはないとおっしゃる、
日常における小さな劇をおもしろおかしく、
しかし真剣に描いたのがテレビライターの山田太一さんで、
わたしは氏のドラマが大好きなのだから困っちゃう。
原一男先生は人間としてとても魅力的で影響を受けたが、
師匠の映像作品は何度観てもどこがおもしろいのか弟子には理解できない。
大衆的な山田太一ドラマのほうがおもしろいよなあ。
突き抜けていない、もっと言えば不自由な、
市井(しせい)を生きる小市民の喜びや悲しみのほうがおもしろい。
しかし、山田太一ドラマにもそんなものはくだらんじゃないかという視点もあるから、
自分というものが中年になっても定まらない。
いつか原一男先生に課題を提出しなければならないとはいまでも思っている。
むろん、直接手渡しするとか、そういう形式ではなく。
表現とは自分の生き方ならば、とりあえず生きていくしかあるまい。

(関連記事)↓「原点回帰」←原先生との想い出を書いた10年以上まえの記事。
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-541.html

あと2回、北戸田に行けば終わりかあ。
いましみじみ思うのは、別離のよろしさ。
もうあの人ともこの人とも逢うことはないと思うと、
どの人にもいまから懐かしい思いを抱ける。
この生別からわかるのは、死別も決してマイナスだけではないということ。
いつか死ぬんだと思うと、世界の小さな美しさに気づくよねえ。
なんかガンで余命を告知された患者のようなことを言っているけれど。
いままで自分のことを善人だと思ったことはない。
しかし、「土屋さんは人がいいから」と今年に入ってから何度か複数の人から言われた。
たしかに今後、電話で「北戸田に行ってください」と派遣の人からお願いされたら、
わたくしごときに(お願いなんて)という思いから断れない変な人のよさがある。
あさってからは自由の身。さて、なにをしよう。
長らくできなかった好きなことをしばらくしたいなあ。好きなことがあって本当によかった。
ああ、別れっていいなあ。そういえば卒業式の歌には好きなものが多い。
人が出逢う理由って別れるためかもね。人は死ぬために生まれてくる。
あはっ、日雇い派遣が哲学をしてみました。あと2日かあ。いいなあ、この感じ。