もうすぐ去っていく職場には同世代(アラフォー)男性が3人いる。
「俺たちの時代」ってあったのかなあ。
ぼくのおれのわたしのいちばん好きなテレビドラマは野島伸司の「高校教師」。
高校生のときにリアルタイムであれを見たからだろう。
山田太一ファンが野島伸司のドラマをほめてはいけないのかもしれないけれど。
同世代っていいいよねえ。
「高校教師」の想い出を語り合って、酔って、女の子のまえで泣いたこともある。
高校生のときはわからなかったが、
中年になったいまわかるのは、女子高生と堕ちていきたいというのは男の本能か。
べつに女子高生でなくても、異性とこの世間からグッバイおさらばしたい。
そういえばかつてはテレビドラマに夢やあこがれを持っていた時代もありました。

欲望がないのが悩み。欲望するものは、おのが欲望のわたしわたしわたし。
欲望がほしいというのは最高にぜいたくで不遜な欲望なのかもしれない。
わたしはわたしと縁あって関係をもった人たちに影響を受けたいし影響を与えたい。
あなたはどんな感性で人生を生きているのか知りたいなあ。
わたしはエゴのかたまりできちがいエゴイストだから、周囲はぞっとするわけでしょう?
なにをしたって許されるとどこかで思っているし、なにをされても根幹の部分では許せる。
自己を解放しろ! とか言っちゃうとむかしの変な人みたいだなあ。
寝た子を起こすのがいいのか悪いのかわからないけれど。
このまえスポット派遣さん(いまのわたしもそう)がラインで、
たかがクッキー1枚を落としてたいそう反省していたところに、
お若い社員さんが、いやいいんです、
といったようなことを言って床に落ちたクッキーを蹴っ飛ばしていたけれど、
それでいいし、むしろ見込みがあるし、なにかの希望を見たような気さえした。
クッキーがなんだ? マドレーヌがなんだ? それが人生かよ!?
しかし、それが、それこそが人生だという見方もできよう。
しかし、それでおもしろいか? もっとおもしろいことはわんさかあるんじゃないか?
いや、ないなあ。いまどこに熱っぽい世界があるんだろう。
いまは海外をバックパック旅行をしても、
日本人のみならず世界中の旅人がスマホみたいなものを案内図としている。
どこが安いか、どこがうまいか、どこが安全か、どこか観光スポットか。

11年まえ、30歳になるのがいやで、
ああ、もう終わりでいいやと思って3ヶ月インドを旅したことがある。
ガイドブックにない未知の街を歩くことがどれほどおもしろかったか。
しかし、いまはそういう旅ができないだろう。
ネットにすべて情報が出ている。不確実性が薄まっている。
もうすぐフリーの身になるけれど、極論をいえば、
いつ死んでもいいと思っているし、30どころか40まで生きられたのだから、
どこにでも行くことができる。けれど、いまさらインドを再訪してもなあ。
支持政党の言うように希望は安定ならば、
時給百円単位で少しでも高収入の安定性の高いところで黙々と働けばいいのか。
ミャンマー(ビルマ)にでも行って仏教レベルを高めて(下げて)こようかとも思うが、
どうしても行きたいわけではないし、そこまでの情熱はないし、
ネットによるとヤンゴンのホテルは非常に高額らしい。
経験から言うと、行ってみないとわからないことはわかっている。
もう7、8年まえになるのか。
タイ、カンボジアを経てベトナムから中国に入るとき、情報がなにもなかった。
いや、情報はあるにはあるのだが、
それによると中国では外国人は外国人専用の高額ホテルしか宿泊できない。
しかし、いざ中国に入ってみたら、
現実は外国人の泊まれる安い宿泊所がいくらでもあるのである。
一度昆明(クンミン)で別件で公安(ポリス)のがさ入れに遭遇したことがあるけれど、
恐るおそるパスポートを差し出したら無問題(メイウェンティ)だった。
昆明(クンミン)は懐かしい場所でいつだったか、
飛行機乗り換えで立ち寄ったときは胸躍った。
そのせいであやうく目的の飛行機に乗り遅れるところであった。

リスク許容度が高い。危ないところに飛び込んでいきたいところがある。
いままでも不思議となんとかなってきたのだから、これからもなんとかなるような気がする。
経験としてブラック企業に勤めてもみたいが、そもそも採用されないからなあ。
死という最大のリスクを受容できたら、けっこうどんな冒険もできるのだろうが、
いまはそんな雄々しい探索ができる未開拓地がないのかもしれない。
いや、いまもいまたとえばラインの横にいる人がいまのわたしにとって、
もっとも未知なる新世界なのかもしれない。つぎはどこへ行くのだろう。
40といえば、もうおっさんだよね。
わたしは一度死んでよみがえってきたようなところがあるから(自殺未遂とかじゃなくて)、
いまの若い子がなにを考えているのかとても興味がある。
少子化、老人天国(大国)のいまの日本で現在を生きる若い男の子には、
「どうせ大した未来はない」わけでしょう? いまの若い女の子もそうでしょうけれど。
一部のエリート以外、どこへ勤めたって手取りで20万もらえたら万々歳(これは当方も)。
大半はそこまでは届かず、正社員になるとこれでもかときつい環境が待っている。

「どうせ大した未来はない」

ということをいちばん実感しているのはいまの若者ではないか?
必死になって仕事にこだわりを持とうが、それほど評価されるわけでもない。
結婚するといっても、コミュ力のないものには、
その前段階の恋愛とやらがめんどうくさすぎるでしょう?
毎日働いてゲームをするくらいが人生なんだろうか?
あそこのラーメン屋はうまかったと満足することだけが生きる味わいなんだろうか?
寝た子を起こすなって話をしているのかもしれない。
日々の退屈、鬱屈、倦怠、鬱積をたとえばゲームで敵を殺すことで発散させる。
それがいまの若い男の子の生き方なのかもしれない。
余暇のゲームでレベルアップすれば、少しは「終わりなき日常」から変化を見いだせる。
未婚の女性とかもさ、
毎日おなじようにお菓子の箱を検品していてうんざりげんなりしないのかなあ?
かといって、どうしようもないのはわかる。
べつにやりたい仕事があるわけでもなく、特別な能力なんてあるはずないし、
資格の勉強をするのはめんどうくさいし、なにより疲れてそんな気にならないし、
資格を取っても実務経験がないと雇ってもらえないし、
いくら男女平等といっても女では出世できないから。
まじめに生きてもさほどいいこことはないのはわかっているが、
しかし周囲からの「白い目」が気になっていいかげんなことはできない。
そうして自分もだれかに「白い目」をする周囲のひとりにいつしかなっている。