体育会系のグループではなぜか先輩や古株は偉いとされている。
またまあ、みんなから嫌われているのに
わざわざ来て偉ぶる先輩というものが、そう言えばいたなあ。
なんで古いほど偉いとされているんだろう。
高校生のとき卓球部にいたが教えるのが好きで弱い先輩がいた。
卓球は弱いのに先輩ぶって卓球を教えたがるのである。
彼は京都大学に現役で入学したから、偉いのか偉くないのかいまでもわからない。
ただ味のある先輩だったなあ、と思う。名前も忘れちゃったけれど。
古参、古株、先輩が偉いっていう価値観はどうなのだろう。
わかるよ、わかります。
そういう価値観がなかったら、集団は動けない、動かない、動かせない。
いまはなき文壇(知ってる?)なんかでも
古株が異常なほど威張っていてひたすらどこまでもキモいって思う。

このまえバイト先で入庫をしていたら、
新入りの生活保護受給中の54歳Tさんからパレットの置き方が違うと叱られた。
わたしのほうがぜんぜん先輩だけれど、あら、そうですかと思った自分がいる。
偉い偉くないってなんだろう。
バイト先でもこの人は偉いと思う人が新古にかかわらずおられる。
まあ、たいがいの場合、偉ぶっている人は偉くないよねえ。
わたしなんかも他人の目にはそう映っているかもしれない。
そうだとしたら、もっと謙虚にならなくちゃなあ。

ああ、わたしは超古株のカリヤンに本の入れ方が違うと言える狂人だから。
偉いのか偉くないのか。
ライン(流れ作業)ではまえの人の本の入れ方で毎回めんどくさい思いをすることがある。
常識人はそう思っても相手をおもんばかって本当のことは言わない。
がためにストレスがたまるのかもしれない。
いつだったか、カリヤンの本の入れ方がおかしくてムカムカしたことがあった。
巨匠のナカウチさんに「これは違うですよね」と確認したのちに、
わたしはいまのバイト先でいちばん恐れられているカリヤンのところに行った。
つかつかと歩み寄った。わざわざ歩いて話しかけに行った。
「20の箱にこの本はこう入れてくださると後が楽になります」
カリヤンはその後、お願いしたようにしてくれた。
あのカリヤンと交渉できるわたしはもしかしたらものすごく偉いのかもしれない。
偉そうなのかもしれない。みんなから嫌われているのかもしれない。

わたしはカリヤンを偉いと思う。
なぜなら嫌う人も少なくない入庫に率先して行ってくれるからである。
もしかしたらカリヤンといちばん「近い」のはわたしかもしれない。
むかしカリヤンを刺激したことがある。
出勤時の階段で「カリヤくん、おはよう」と大声であいさつした。
カリヤンは「おはよう」とあいさつを返してくれた。
あんなことをできるなんて自分はやっぱり偉い(偉そうな?)のかもしれない。

人は威張っている人を偉いと思うものなのである。
わたしは威張っている人が嫌いだが、もしかしたらわたしこそ偉そうなのかもしれない。
しかし、偉そうに振舞えるのが偉い証拠なら、いったい真実はどうなのだろう。
わたしは偉くなさそうな人に平身低頭して、偉そうな人に嫌悪感をおぼえる人間だ。
偉そうなやつは大嫌いだが、もしかしたらいちばん嫌いなのは自分かもしれない。
自分と比べたらいまのバイト先の人はいい人ばかりなのかもしれない。
いい年をしたおっさんがバイトっていうのもなんだかなあ。
だから威張りたがるパートのおばさん、おじさんがいるのかもしれない。
古株は偉いなんて、まあ嘘よ。
本当に優秀な人なら時給850円で4年も5年も働かないから。
いまの職場ではダメな人ほど古株になるのかもしれない。
そして、ダメなわたしはダメな人をそう嫌いではない。威張らないかぎりにおいて。
働くっておもしろいよなあ。いわゆる底辺で働くといろいろ気づくことがある。
底辺職場ではみんな新人に仕事を教えない。
なぜなら仕事を教えたら、そのポストを奪われてしまうからである。
いまのバイト先のメインはライン(流れ作業)であり、ラインには4と5がある。
4ライン、5ラインと呼ばれている。
4は雑誌がメイン、5は書籍がメイン。コミックは4も5もある。
わたしは4ラインの作業を教えてもらっていない。
入った当初に一度入らされただけで、あとはずっと5ライン。
けっこう好きな古株越南若年女性から、
あたしは4も5もできるからと自慢されたことがある。
いやあ、それは「できる」んじゃなくて、
教えてもらったかどうかの違いではないかと苦笑したけれどなあ。
4ラインなんかぜんぜん偉くもなんともなく、
その日に雇われただけの派遣さんでさえやっている仕事なのである。
日本語がわからない外国人でもできる簡単なお仕事。
しかし、わたしは教えてもらっていないからやりかたを知らない。
作業員に仕事を教えないとどのようなメリットがあるのか。
もうあなたの仕事は終わりだから帰れと言えるのである。
4ラインが多くて5ラインが少ない日はわたしはまったく稼げないで早く帰らされる。
反対に5ラインが多くて4ラインが少ない日というのがある。
こういうとき、4ライン組(古株連中)が5ラインに来て、
われわれ5ライン集団が入庫に行かされたり、早く帰されたりするのがムカつく。

すんげえムカつくので金曜日に好きな若い社員さんにほのめかした。
4ラインに行きたいとは言っていない。
基本、わたしは本が好きだからいまの職場で趣味のような感じで働いている。
いまのところ、いまのところ、いまだけ、いまだけ。
芸能人とか好きではないから、雑誌に興味はない。
いまのまま5ライン専従でいいのである。
しかし、4ライン専従のものは仕事が少ないときに5ラインに来ないで早く帰ってほしい。
わたしは5ラインが少ないときは運が悪かったとあきらめ早く帰っている。
仲間意識というものがある。
わたしは5ライン組のYさん、Aさん、Kさん、Hさんが好きだ。
勝手に仲間意識を持っている。
わたしが4ラインに行ったら、それは仲間に対する裏切りのような気がしている。
5ライン組は5ラインが少ないときは早く帰されるので連帯感がある。
5ラインがそうだから、おそらく4ラインもだれでも可能な底辺仕事だろう。
しかし、やはり4ライン組は5ラインの作法を知らないと思うことがある。
そういう連中にかぎって、古株ぶるのが困ったものである。
4が多いときは4に振られ、5が多いときは5に振られる、
上から気に入られている古株パート先輩を好きになれない。ずるいって思う。
なにかしちゃうかもしれないし、ここだけの話、
休憩室でなにか小さなことをしたこともなくはない。
たかが850円のために、われながら意地汚いねえ、うふっ。

本当にだれも仕事を教えてくれない。
繰り返すが、仕事を教えたらそのポストを新人に奪われかねないからである。
わたしが5ラインの仕事を奪っちゃったかなと思う大好きな先輩バイトさんもおられる。
さんざん質問して5ラインのことを教わった先輩さんだ。
いままで書いたことの正反対を書くが、仕事を教わらないといい面もある。
検品という、いかにも面倒くさそうな仕事があるけれど、
わたしは教わっていないので振られない。
検品が嫌いなのに教わってしまったがために振られている女性パートを知っている。
あこがれの(本当?)4ラインも知らないがために救われているのかもしれない。
教えてもらったら「行け」と言われたら断れないでしょう。
わたしは本が好きだからやはり5ラインが好きなのである。
つねに本と触れ合っていたい。
これまた大好きな先輩バイトのNさんに4ラインを教えてくださいとトイレで頼んだ。
だが、そもそもあなたは4ラインに振られないでしょうと言われた。
はい、と答えた。唐突に梱包は親指が痛いと言われ、恐縮低頭する。
いまの職場でわたしがいちばん尊敬しているのが5ライン梱包組だ。
若い人でもあれをできる人には敬意を持って、できるだけ丁寧にあいさつしている。
そのくらいしかできないからだが。
そのNさんから、あなたは5ラインでピッキングをしていればいいんです、
みたいなことを悪意なく言われた。まったくそうだと思う。

あいつは5ラインのこのくらいのところに振ればいいと決まっているから、
上も迷わなくて済むようなところがあるのかもしれない。
1年以上も5ライン専従だとわかることもなくはない。
だって5ライン(本を積む=本の山をつくる)ばかりやっているわけよ。
たぶん社員よりも5ラインの小さなことに詳しい。
まずわかるのは本の積みかたのうまいへた。
新入りさんなのに、この人はわかっているなあと感動することがたまにある。
古株なのにへただなあ、とびっくりすることも。
わたし自身はその日の気分や分量によって仕事の丁寧さは変わります(850円だもの)。
それから深々と気づいたことは、5ラインなんてだれにでもできる仕事だということ。
わたしがいちばん感激したのは、最近は見ないが女子高生のチサトちゃんね。
あの子うまいし、多いところでも不満そうな顔をせず、わたしの10倍偉い。
目が生き生きしていて、いい子だなあ。
にもかかわらず、高校生だからわたしより時給は50円安い800円なのだから不公平。
でも、世の中そんなもんだから立派なおとなになってくださいと5ラインのおじさんは思う。
5ラインって要は「本の山」をつくっているだけだからね。
いままでブログをやってきたことの延長戦上になくもないと言えるわけである。
きっと来月もいまの職場で「本の山」をつくっているんだろうなあ。