昨日やばかった。
バイト先の書籍ピッキングで横の男の子(ベトナム人)が寝ていないらしくフラフラしていた。
決して彼が悪いわけではないけれど注意力散漫。
疲れているところに事故は起こります。
重いオリコン(プラスチックの箱)が落下してきた。
ふくろはぎに当たって痛かったけれど、これで済んだと思うとラッキーすぎる。
へたをしたらアキレス腱を断絶して一生びっこを引く羽目になったかもしれない。
もちろん、だれのせいでもない。
どうやらやたら善人らしいわたしは「大丈夫」と笑顔で応じた。

職場内格差というものがある。
これを書いていいのかわからないけれど、
女は楽な仕事に行かされ男はきつい仕事にまわされる。
ベテランほど(辞めないと思われるのか)ひどいパートにまわされ、
新入りはけっこう楽な場所にまわしてもらえる(どっちもおなじ時給850円)。
国籍も重要で――。
傾向として日本人よりもベトナム人の男の子のほうが疲れることが多いと思う。

ベトナム人のみなさんよりはるかに使えない愚鈍なわたしの長所を考えると
「暗黙の了解」がわかることだと思う。
詳細を書いてしまうと「暗黙の了解」を破ることになるから書けない。
でもさ、建前と本音ってあるでしょう?
いくら使えないおっさんでも日本人だと社員さんの建前は建前だとわかるのである。
建前はそうだけれど、建前としてはそう言うほかないのはわかるけれど。
こういう社員さんの発言を外国人は額面通りに受けとめてしまう。
そもそも日本語がまったくわからない外国人も時給850円ゆえ多い。
なら、なんで昼礼みたいなものをして今日の仕事の指示を
(理解できないパートさんが多い難解な日本語で)するのか。
そこが建前であり「暗黙の了解」なのである。

なにもできない。きついパートを振られているベトナム人の子になにもできない。
かつてベトナムで1ヶ月遊ばせてもらった身としては笑顔の布施をするだけだ。
経験から、もしかしたら人は人の笑顔にかなり救われるのかもしれないと思う。
日本人だからか本当のことは書けない。
今日うっかり言わないと決めていた「正しい」ことを言っちゃって自己嫌悪で叫び出したくなった。
なんであんなこと言っちゃったんだろう。悪いことをしたと思う。
しかし帰宅の途次、ああ、と先日放送された山田太一ドラマ「よろしくな。息子」を思い出す。
わたしは顔から火が出るほど恥ずかしいことを言ってしまった。
けれども、それが結果的に相手(の人たち)にはプラスになっているかもしれないんだよね。
あのドラマでもバカな女がコンビニ強盗をしようとしたことがきっかけで、
あらゆるめぐりあいがうまくいき決して永続的ではないけれど幸福が出現したわけだから。
自分の行為の意味は自分でもわからない。
これはカント哲学者の中島義道さんが「非社会的社交性」で強調していたことでもある。
われわれはどうして「それ」をしてしまったのかじつのところわからないのかもしれない。
そのうえ、行為の意味は自分が思ったのとは正反対の結果になっているかもしれない。
しかし、人がいいよなあ。考えすぎだって。
だれもおまえみたいなおっさんのことなんて気にしていないから安心しろと
自分に何度も言い聞かせているのだが、しかし自分で言うのもあれだが、
やはり世間知らずのボウヤというか(悪い意味で)お人好しなのだろう。
わたしって自分が思っているよりもはるかに善人オーラが出ているのではないか。
さすがに芥川賞作家の西村賢太先生ほどではないだろうけれども。
他人は自分のことになんか興味がない、
というのは山田太一さんから教わった真理に近いもののひとつである。
自意識過剰な人は自分の行為をくよくよ反省するが、
それはひとりよがりというもので、実際は相手は自分のことなんてなんとも思っていない。
そう思うと気が楽になるなあ。
明日は中島義道さんの「時間を哲学する」を読むことにしよう。
じつはジェイコムから録画している山田太一ドラマもたまりまくっているんだ。
シナリオですでに読んでいるものばかりだから、どうしても優先順位が下がってしまう。
いや、行為の意味が自分でもわからないならば、
見るべき「とき」がまだ来ていないのかもしれない。そういう考え方もできる。
「野心のすすめ」(林真理子/講談社現代新書)

→もうさすがに時効だろうと書いてしまうが、
むかし林真理子先生の傑作小説「下流の宴」の映画シナリオを依頼されたことがある。
あのころは野心たっぷりの若者だったから、
天下の直木賞選考委員の小説を好き勝手に書き直してテーマまで変えてしまった。
「下流の宴」は一流信仰と努力主義に満ちたとてもおもしろい小説だった。
わたしは生意気でとにかく野心に燃えていたので、
努力して得るものは得ても(医学部)失ったもの(恋人)のほうが大きいぞ、
と言うなればテーマを反転させてしまったのである。一流なんてくだらねえと。
プロデューサーさんは「いくら好き勝手に書いていいと言ってもこれは違う」とお怒りに。
「自分の言ったとおりに最初からぜんぶ書き直してください」
と言われ、考える時間をいただいた。
そのわずかなあいだにどうやら見切られたようで仕事の話は終わってしまった。
思えば、ニャハ、あれが人生で最初で最後のチャンスというやつだったのかなあ。
いまの月収に近いくらいお金もくれたもんなあ。

その後しばらく友人から、もったいない、もったいないとしきりに言われたものである。
1年後くらいにも言われた。「食い詰めたとでも言って、
なんでもいいから仕事をくださいってあたまを下げればいいじゃない」
そのときは若くて野心があったから、そういう大人びた社交はできなかった。
プロデューサーさんと話したことはいまでも記憶に残っているけれど、
まあユニクロ論争とでもいうべきものがあった。
わたしは一流が嫌いなようなところがあって、一生ユニクロ上等という考えだった。
それに対してプロデューサーさんは、一流のブランドもののジーンズはやはりいいと。

「野心のすすめ」のテーマもこれであろう。
若者よ(おいらはもうしょぼくれたおっさんだが)、もっと野心を持って一流を目指せ。
わたしはいまでも一流がどこか好きになれない部分があるのだが、
インチキ心理屋の河合隼雄さんから「どっちも正しい」という姿勢を学び、
一流には一流のいいところがあるのかもしれないと思い始めている。
だって、現実として一流の格好をしていないと女の子をデートに誘えないもんね。
まあべつにもう女は、たとえ三流の女でもあきらめたという野心レスなところもあるけれど。
いやしかし、きっと一流も一流でそれなりにいいところがあるのかもしれない。
だがだが、一流の人間とか一流のブランドはどうしてもまだちょっと抵抗感がある。
けれど、うーん、二流くらいなら、うん? うん? うん?
おれの野心はいったいどこへ行ってしまったんだあ!

褒め言葉ってたいせつだよね。
他人から褒められた言葉を人は一生覚えているのではないか。
林真理子女史も辛いときどれだけ人の褒め言葉が支えになったか本書に書いている。
思えば、くだんのプロデューサーさんもだいぶぼくなんかのことを褒めてくれたなあ。

「自分を信じるということは、
他人が自分を褒めてくれた言葉を信じるということでもあると思うんです」(P89)


それからやっぱり臥薪嘗胆、切歯扼腕の気持がたいせつなのだろう。
いまのおれ、野心はどうなっているんだろう。
基本、仏教の教えは野心(欲望)を捨てろだから。
仏教の勉強ばかりしちゃいかんかったのか。
だけど、欲望でギラギラした創価学会もいちおう仏教だからなあ。
野心を捨てることは大事だが、大きな野心を抱くことも重要なのだろう。

「これは男性にも女性にも言えることかと思いますが、
悔しい気持ちや屈辱感を心の中で一定期間「飼っておく」というよりも
「飼わずにはいられない」状況下で、
その悔しさを醗酵させるだけではなく、温めて孵化(ふか)させた人たちが、
野心を実現できるのではないでしょうか」(P148)


いま倉庫で書籍出荷のアルバイトをしているけれど林真理子の本がよく出るんだ。
文庫本の「白蓮れんれん 」が山のように出ている。
林真理子は異性だし、ああいう人だから嫉妬することはない。
しっかし、若いやつのくっだらねえ本を出荷していると
「悔しい気持ちや屈辱感」がふつふつと込み上げてくるのを感じる。
いつかこの倉庫から自分の手で自著を出荷したいなんて野心を持ってしまう。
あきらめる達観も必要だけれども、あきらめきれない執着にも価値があるのだろう。

「有名人になるということ」(勝間和代/ディスカヴァー携書)

→それにしてもまた恥ずかしい本を読んだよなあ。
隠しておけばいいものを、ぼくには露出狂の気があるのかもしれない。
来世ではぜったい女に生まれてたっぷり露出してやるといまから決めている。
しかしまあそのだ、いい年齢をしてまだそんなことを考えているのかと笑われそうだが、
おれ、ほんとにこのままで朽ちていくのかにゃ、はあ~。

以下、いまはだいぶ旬が過ぎた勝間和代先生による有名人になる方法。
・この方法論は体験に基づくため、唯一の方法でもベストでもない可能性はある。
・しかし、確率論で考えると5%の勝率でも賭けを続けていたらいつかは勝てることになる。
・テレビの出演料は安いが、テレビに出ると知名度が上がりそこで稼ぐことができる。
・人生は98%運で決まるが、その運とは人づき合いで決まる。
・自分の「好き」を追及しているといつか「人に役立つ世界」とリンクすることがある。
・10年以上ブログをしていると年月が熟成して商品として成立することがなくはない。
・何回も賭ければいつか当たるんでないかい?
・有名人になると誹謗中傷されるが、それらはコントロールできないとあきらめるに限る。
・最初にリスクを取って仕事を依頼してくれた人は恩人だから一生大事にしよう。
・好きなことを表現していると結果はあとからついてくる。
・結果とは、応援してくれる人の存在であり、役立ったと言ってくれる人の後押しである。

「哲学実技のすすめ」(中島義道/角川oneテーマ21)

→中島にとって哲学とは自分の「からだ」で「ほんとうのこと」を考えることだという。
いちおうこの定義が「正しい」ものとされるのは、
中島がドイツで博士号を取ったカント研究者だからだろう。
どうしてカントを研究している人が偉く「正しい」のかというと、
どうやらカントという人は西洋の世界では賢人や偉人として崇拝されているようなのである。
このため西洋哲学者らしいカントとやらの威光を借りて中島は島国で威張れるわけだ。
中島義道はカントの言うことだからと、あまり自分の「からだ」で考えることなく、
しつこいが西洋のカントに盲目的にしたがい「ほんとうのこと」を述べようとする。

たとえば、中島義道がよく例に出す話をすると――。
敵に追われた友人が自分の家にかくまってほしいとやってくる。
追手がやってきてその友人はいないかと尋ねられる。
西洋哲学者のカントは、
このときでさえ「ほんとうのこと」を言うのが「正しい」と思っているようである。
「いるのか/いないのか」の二分法の世界である。
どちらか「正しい」「ほんとうのこと」を答えるのが西洋のカントの流儀らしい。
日本には「嘘も方便」という法華経の教えがあるが、
西洋人はだいぶ窮屈な世界にお住まいのようで同情する。

わたしはこのとき「ほんとうのこと」を言わないのがこの場における「正しい」答えだと思う。
いきなりぶち切れたふりをして狂人のように金属バットを振り回してもいいだろう。
白痴(ちてきしょうがいしゃ)のふりをして追い返すのもまたいいのではないか。
「正しい」答えはこのときこの場に限定するなら人の数だけあるような気がする。
自分の「からだ」でギリギリまで「ほんとうのこと」を考えるのはたいせつだと思う。
しかし、その「ほんとうのこと」をどれだけ言わないでいられるかに
懐の深さや器の大きさのようなものが現れるのではないだろうか。
「ほんとうのこと」を言ったらおしまいになってしまうようなところが日本社会にはある。
カントの権威をたっぷり借りてベストセラー作家になった成功者の中島は、
自分だけは「ほんとうのこと」から逃げていないと英雄気取りで持論を展開する。
日本では「ほんとうのこと」を言うのは子どものすることとされている。
よしみっちゃん(中島の少年時代の愛称)のかん高い叫び声を聞け。
自分は世にも珍しい成功者になったが「ほんとうのこと」を言おう。

「ほんとうに世の中の人々は成功者が好きであり、
敗残者は嫌い、平凡な者も嫌いである。
それに対する疑いはほとんどない。
だからこそ、ぼくはここにいつまでもこだわりたいのだ。
みな無視する振りをしているが、ここには恐ろしく深い淵(ふち)が開かれていて、
人間の不平等が露出している。
前時代の身分による差別が能力による差別に変わっただけなのだから。
誰でも知っているように、
各人の能力は平等ではなく、各人の運命も平等ではないのだから」(P192)


さらに中島義道少年はたたみかける。王さまは裸だ。
みずから衣服を脱いで全裸になって小さなイチモツを見せびらかすことで、
成功者もまた王さまのごとくに裸であると叫んでしまうのである。
おれのものを見よ。見たらわかるだろう。こんなにちっぽけなんだぞ。
これがぼくの「からだ」である。

「これこそ、ぼくの「からだ」の言葉であって、なかなか伝えるのが難しいんだが、
次のようなことかなあ。
トコトン考えると、すべての社会的成功は偶然なんだ。
トコトン考えないから、その人の才覚とか努力とか言いたくなるが、それさえ
その人に具わった資質として偶然その人に与えられているのかもしれないじゃないか。
だから、よくよく考えると、成功者が称賛される理由はないし、
さらに副産物として金や地位を手に入れる理由はないんだよ」(P191)


おい、よしみっちゃん、早くパンツを履けよ。
いったいどうして男の子はすぐに素っ裸になりたがるのだろう。
言いたいことはわかったから、早く服を着なさい。さもないと風邪を引いてしまうよ。
西洋かぶれなのは好き嫌いは人それぞれゆえ構わないけれど、
わざわざ日本の往来でストリーキングをして貧相な「からだ」をさらすことはないではないか。
「見苦しいものをお見せして」という恥の感覚は中島義道にはないのだろうか。
中島のムスコがそんなに巨根なのか、少年時代はいっしょに風呂に入ったであろう、
現在博報堂勤務で成功した優秀なビジネスマンでもあるご子息にぜひうかがってみたい。

8月24日、山田太一ドラマ「よろしくな。息子」を視聴する。
なんでもそれぞれ1話完結の「おやじの背中」シリーズの第7話らしい。
恥ずかしながら、こんなシリーズをやっていることさえ知らなかった。
(いやあ、おじさんは東出昌大←なんて読むの?クンも知らなかったよ……)

さすがは山田太一先生で1時間にもたらぬ時間、
なおかつ少ないシーンで「人生そのもの」を描いているのでたいそう感激した。
さっきバイトから帰ってくるとき、ああ、とこのドラマのことが思い出されて涙が込み上げてきた。
うまいよなあ。
しつこいけれど、こんな短い時間で山田太一さんは「人生そのもの」を描けるのか。
職人だと思う。日本国宝レベルのドラマ職人である。

「人生そのもの」とはどういうことか。
見た人にしかわからない書き方になるかもしれないが、
25歳でコンビニのバイトをしている東出昌大は3年も経たずに会社を辞めている。
通常ならば3年も我慢しないで大学まで卒業させてもらって(たぶん)
就職した会社を辞めてしまうなんてバカげたことになるだろう。
老人は詳細を知らないだろうが就職活動というのがなかなかたいへんな代物で、
新卒至上主義の日本でせっかく入ることができた会社を
3年も経たずに辞めるなんて9割の人は非難するのではないか。
しかし、そうなのである。
極論を言っているわけではなく、見たままそのままに、
東出昌大が3年で会社を辞めたから渡辺謙と余貴美子が結婚することができたのである。

東出昌大は上司やその周辺からことごとくいじめられて会社を辞めたという。
せっかく就職できた会社を辞めてしまったら、いまの時代一生非正規雇用かもしれない。
25歳の青年は周囲の顔色をうかがうのがいやで会社を辞めたという。
これでよかったという。いまのコンビニバイトでも食えるし「途中」だという。
人生「途中」の東出昌大は自分の判断で行動したいと思った。
だから、コンビニ夜勤中に柴田理恵が錆びた包丁を出したとき警察に通報しなかった。
大手コンビニも大手スーパーもいまはすべての接客がマニュアルである。
だれに対してもおなじことをいわなければならない。
わたしがむかしコンビニ夜勤のバイトしていたときはさすがになかったけれども、
いまはたぶん強盗が来たときのマニュアルもあるような気がする。
どのくらいの金額を渡せというマニュアルもあるのかもしれない。

しかし、東出昌大はマニュアルにしたがわなかった。
上司のいじめに負けてヘラヘラするように、
マニュアルに頼ってみなとおなじことはしたくないと思った。
いったいなにが「正しい」答えなのだろう。
強盗だってそれぞれだろう。強盗っていっしょくたにしていいのだろうか。
気の弱そうなおばさんが震えながら錆びた包丁を出したら、それでも強盗なのか。
「女の強盗なんか見たくない」と思った東出昌大は「やめようよ」と諭す。
包丁を捨てた柴田理恵を無罪放免する。
それどころか3千5、6百円なら貸せるとまで申し出る。

このシーンをたまたま見ていたのが、古車が趣味の高級靴職人である渡辺謙である。
渡辺謙は、東出昌大の母親の余貴美子と見合いをしていた。
断られたがあきらめきれないで息子の東出昌大をこっそりのぞきに来ていた。
渡辺謙は東出昌大の「裁き」に感動して自分は靴職人だが弟子にならないかと誘う。
これが機縁になって渡辺謙と余貴美子が再会するわけである。
結果として、渡辺謙と余貴美子の幸せいっぱいムードを余韻に残してドラマは閉幕する。

このドラマのどこがいちばんすごいかといえば女強盗の柴田理恵のあつかいだ。
大衆ドラマ作家の山田太一のことだから、
嫌味たらしくいえば「最後は全員集合」で柴田理恵を再登場させるのかと思った。
しかし、柴田理恵は最初だけで最後まですがたを見せない。
どういうことかというと、
柴田理恵は自分のなした恥ずかしい「小さな悪」の意味を知らないままだということである。
柴田理恵にとったら勇気を出してコンビニ強盗までしたのに、
逆にお情けをかけられて世間知らずのボウヤから数千円を渡されそうになったことは
一生の汚点で、これから何度も何度も思い返して、
そのたびにギャアアと叫びたくなるような最悪の記憶だろう。
しかし、彼女にとっては最低の行為がだれかの幸福に結びついているのである。
柴田理恵は知らないが彼女の恥ずかしい「小さな悪」がだれかを幸せにしている。
これって「人生そのもの」ではないだろうか。
自分の行為の意味でさえ本当は人間ごときには知りえないのかもしれない。
渡辺謙はいう。

「めぐりあいって、そういう神のいたずらのようなところがあるんじゃないか」

最後はハッピーエンドっぽかったが、あれもまた「途中」である。
どちらも仕事人間である靴職人の渡辺謙と看護師派遣業の余貴美子が、
そうそううまくやっていけるわけがないではないか。
25歳の世間知らずのボウヤが厳しい靴職人の修行に耐えられるとはかぎらない。
ほんものの人生にハッピーエンドはなく、喜びも悲しみもすべてが「途中」なのである。

ほめてばかりだと逆に感想の信憑性がなくなったら困るので(?)、
多数派が対象のテレビドラマにこれをいったら皮肉になるが、
ふざけて冗談半分で正論(!)を振りかざしてみよう。
渡辺謙は「バイトなんかやるよりいいだろう」と弟子になって靴職人修行をしないかと誘う。
もし東出昌大が本当に自分のあたまで考えられる青年なら、ここで疑問に思うのではないか。
青臭い正論だがどうして、
いったいどういう理由でコンビニバイトより靴職人のほうが高尚なのだろう。
「ぼくは誇りをもってコンビニでバイトをしています」
という青臭い回答もあってもいいのではないか。
それは一般常識からして1足100万円以下の靴はつくらない、
海外経験もあり知識も豊富な有名職人さんのお弟子さんほうが
コンビニバイト風情よりは比べものにならないほど偉いだろうけれども。
女はそういう男の肩書(将来性?)に敏感で、
コンビニバイトを辞めたらすぐに東出昌大に恋人ができるのはリアリティがあってよい。
もっとも本当はむかしから交際していたのかもしれないからわからない。
親にだって(むしろ親相手だからこそ)嘘をつくのが人間というものである。

ささいなところだが、ほかにもなぜかいいと感激して涙腺がゆるんだシーンがある。
看護師の人材派遣の請負をしている余貴美子が老人ホームで看護婦に声をかけるシーンだ。
「いま施設長、あなたのことすごいほめていた」という。
人の気持に敏感だよなあ。あなたのおかげでとやるわけだ。
それに対して派遣された看護婦が笑顔で「嬉しい」と応対するのも本当にいい。
いまは5人の看護師が余貴美子から派遣されているという。
いまに「10人だって派遣できるようになりますよ」
と仕事にやりがいを感じている看護婦が余貴美子にいうのである。
あまりよくわからないけれど、
働く喜びってきっとあるんだろうなとボウヤのような発見をした気分になった。

あんまり感激ばかりしているのも噓くさいかしら。
それではと書いておくが、へええ、
老人ホームの事務長(?)って100万円以上の靴を買う余裕があるのかなあ。
山田太一はすぐに人の足もとを見る庶民を好んで描くが、靴職人というのはそのままである。
余貴美子が渡辺謙の高級和車に見入っているシーンも人の足もとを見ていて笑えた。
それにさ、これは目をそむけたい現実だけれど、
渡辺謙が見合いで断られたのにあきらめないのは自分に自信があるからなんだなあ。
はっきりいって靴の世界では有名人だし金も持っているという自負が行為につながっている。
あれが渡辺謙の顔ではなくて、稼ぎもよくなかったら余貴美子も相手にしない。
リアルだよなあ。しかし、まあ、そんなもんだ。そんなもんさ。
「人生、そんなもの」という「人生そのもの」のありようを
山田太一は「よろしくな。息子」でじつにうまく描いているのではないかと思う。
うちのブログは実数を書いたらみなさまが失笑するくらいアクセスが少ないのですが、
ある日「春の一族」の検索ワードがあったのでなんとなく気になってググってみた。
「春の一族」は山田太一さんのむかしのドラマである(90分×3)。
ググってみたらYouTubeに動画が上がっていたのである。
YouTubeの動画はいつ消されるかわからないので視聴を急いだが、
日々をつつましく小金に替えている賃労働者としてはその時間がなかなか取れない。
飲酒中の時間をやりくりしながら先ほど消去前に視聴を終了したしだいである。

かつてシナリオで精読していたため、
お酒を飲みながらでもいいと制作者さんにはごめんなさいした。
シナリオでいちばん感動したシーンが映像では邪慳に扱われていて、
有名大学、有名会社とエリート街道を歩んできた演出家先生の人生観を勉強しました。
失恋した高校中退ひきこもり少年の横に、
おなじアパートの女子大生が黙って座ってあげるシーンだ。
あのシーンは1分でも続けるべきなのに、
高身分、高収入の演出家先生は不要と思ったのだろう。
ものすごくいいかげんに扱っていて、ああ、そういうものなのかとエリート先生の価値観を知る。

ひとついろいろな意味でインテリのような人が錯覚する嘘があったような気がする。
別居中の政治家の奥さまが自立したいと総菜屋でテキパキ働いている。
あそこはむかし住んでいた旧文京区役所の近くの市場だったので驚いた。
もっともすべて値段が高いので一度もお買い物をしたことはなかったけれど。
話は脱線したが、当方の嘘センサーが光ったのは、
政治家先生の家柄のよい奥さまが総菜屋であたかもベテランのように働いていたところ。
あれね、ほとんど絶対といっていいほどそうはいかないよ。
こちらもやってみてわかったけれど、
だれでもできそうな時給800円レベルのパートでも、
慣れるには本人の相当な修練と周囲の親切、要約すれば時間を必要とする。

よくバイト募集欄で「未経験可」と書いてあるでしょう。
あれはそれだけどのバイトでも未経験がいちから覚えるのはたいへんだってことなのだと思う。
バイトはほとんど仕事を覚えられないままにすぐにやめてしまう。
総菜屋の売り子でさえ1年くらい経たないとうまく客をさばけないような気がする。
ともあれ、山田太一ドラマ「春の一族」の映像を視聴できたのはよかった。
あ、そうそう、なんでも今日21時からTBSで山田太一ドラマが放送されるそうですよ。
「非社会的社交性 大人になるということ」(中島義道/講談社現代新書)

→自分がいま疑問に思っていることを中島義道哲学博士はじつにうまく言葉にしてくださる。
とはいえ、これを一般人に理解してもらうのはとても難しいと思う。
「そんなわけないだろう」と10歳年下の会社員にも叱られてしまいそうな考えである。
親しい人に必死で説明したことがあるけれど、あまりに子どもな考えなので、
内心笑われていたのかもしれない。
反応は、そりゃあそうかもしれないけれど、世の中それじゃやっていけないよ。
どうせほとんどの人にはわかってもらえないと思いながら、
中島博士やわたしが「ああん?」とつまづいてしまうところを簡潔に紹介したい。

(1)わからないという希望

中島義道は「本当のこと」と称して(本当のことは本当はないかもしれないのに!)
ネガティブなことをさも真理のように装ってウブな青年たちにまき散らしたのである。
そこまで多くはないとは思うが、まっとうな道を踏み外した若者もいたのではないか。
さすがに義道じいさんも、あひゃ、やりすぎたかな、と思ったのか、
本書では冒頭に若者に向けて希望に満ちたメッセージを送っている。
内容は「わからない」は大きな希望であること、である。
われわれはすぐにある人をこういう人(意地悪、温和等々)だと決めつける。
あの人は「○○」だから~~のようなことをする、と。
自分に対してもそうで僕私は「○○」だから「~~(ネガティブなこと)」なのだ、と。
だが、と中島義道がポジティブなことをいきなり言い始めるのでうろたえた。
引用文中の[カッコ]は当方のお節介な意味補充。

「だが、じつは一人の人間がなぜあるときある行為を実現するのか、
そのメカニズムは、まったくわからないのだ。
ある行為[成功・犯罪・失敗]の「原因」はほぼ無限大であり追跡不可能であるのに、
われわれは行為の「あとで」その一握りの要因を「動機」として選び出し、
「それらが行為を動かした」というお話をでっち上げているだけなのである。
動機ばかりではない。
じつは世の中で解決済みとされている因果律、意志、善悪、自由、存在など、
いったいこれらの概念が何を意味するのか、いまだに全然わかっていない。
[西洋]哲学をしてよかったことは、
世の中のほぼすべての事柄が厳密に考えれば何もわからないのだ、
ということが身体の底からわかったことである」(P4)


だとしたら、なぜあなたがいま貧乏なのか、その原因もまったくわからない。
同様になにゆえ、あなたがいまもてないのかその根本原因もわからない。
いま自分のことをダメだと思っている人は、悪い物語をでっち上げているだけではないか。
たとえば、親が悪い、社会が悪い、自分が悪いから、いまこのようにダメなのだと。
しかし、その原因がまったくもってわかっていないのならば、そこに希望はないか。
もしかしたら、絶望を見るのは(希望を見るのと同程度に)
(世の中のことはすべてわからないという)実相をわかっていないのではないか。
若いあなたは(年寄りでもいい)絶望しているかもしれない。

「だが、何が一人の人間の行為[成功/失敗]やあり方[幸福/不幸]を決定するかは、
じつのところまったくわからない。
だから、どんな人でもどんな瞬間でも、
「いままで」を完全に断ち切って新しいことを選べるのだ」(P6)


いまわたしたちは過去から自己を規定しているが、
その「過去→現在」のような因果律がないのならば、
たったいまからわれわれは自分を自由に定義することが西洋哲学上はできるということだ。
一見すると難しいが、これはだれでも「人間革命(創価学会)」できるということだ。
ネガティブな人ってけっこう創価学会で反転してちょーポジティブになるような気がする。

(2)過去も未来も存在しない

オリンピックの陸上で金メダルを取ったものは、ドヤ顔で後付けの説明をするだろう。
メダル確実と言われながら期待に応えられなかったものは失敗を分析して反省する。
競技を行ない記録が出てしまったあとは、どんなことをしても記録はくつがえされない。
過去(競技前)と現在(競技後)の関係など「本当のこと」を言えばわからないにもかかわらず、
選手から監督、評論家にスポーツ新聞までが好き勝手なことを言い、
過去と現在の穴を埋めようとする。
津波で死んだものと生き残ったものがいる。
それはきっとたまたまなのに生存者は自分がなぜ生きているかの物語をでっち上げ、
何度も何度も興奮して饒舌に語ることだろう。
すべてはたまたまそうなっただけかもしれないのに、
われわれは物語ることで過去と現在の深い底知れぬ穴を(下を見ないのが大人!)
ひょいと飛び越えた錯覚に陥っている。

「当たり前のことに思われるかもしれないが、しかし、
じつはここには哲学上に大層興味のある問題が潜んでいる。
それは「予測」とか「意志」とか「因果律」という言葉で表されるもの、
すなわち現在と未来をつなぐ「糸」などまったくないのではないか、という疑いである。
「ある」のは現在だけではないか?
過去は宇宙の果てまで探してもどこにも(脳の中にも)ないし、
同じように、未来はどこにも(脳の中にも)僅(わず)かにもないのではないか?
しかし、人間はそれではひどく不安なので、
過去と現在と未来とをつなぐ「一つの糸」という幻想を拵(こしら)えたのではないか?
だが、その幻想が一挙に破れる時がある。
それは、私がある瞬間とっさに「そう」動いてしまった結果、
途方もない違いが生じた時である。
車で人を轢(ひ)いてしまった時、あるいは危機一髪でよけた時、
車に撥(は)ね飛ばされて大怪我をした時、あるいは危機一髪で助かった時、
誰にも(私自身にも)その時なぜ私がそう動いたのかはわからない」(P76)


過去と現在は(たとえば因果律などで)まったく接続していないのかもしれない。
同様、現在が未来につながっているというような考えも幻想なのかもしれない。
あるのはひたすらいまこの現在でしかなく、過去も未来も存在しえないのだとしたら――。
わたしの考えを書くと、「どっちも正しい」になるだろう。
「過去や未来が存在しない」という哲学者の中島義道の発言は「正しい」と思う。
しかし、みんなが連帯して共同で幻想にひたっているという現実がある以上、
「過去や未来が存在する」というのもまた同程度に「正しい」のではないか。
真理が「わからない」のだとしたら「過去や未来が存在しない」可能性はあるが、
絶対的にそうであると断言することはできないと思う。
しかし、「過去や未来が存在しない」と妄想してみるのは楽しいことである。
そういう考え方をすることで生きることが豊かになる人もいるのではないか。
過去や未来が存在しないのだとしたら
(これは中島の卓見ではなく東洋では釈迦が大昔に言っている常識だが)、
過去や未来のことで思い悩むのはバカらしいことになろう。
昨日の天気予報が雨なのにいま晴れているという経験ならみなさまもありませんか?

「すべての自然法則は「これまで」のデータから帰納法によって
「これから」も妥当するという目論見(もくろみ)によって構築されたものである。
しかし、どう考えてもその保証はない。
明日から自然法則がこれまでと異なっても、消滅しても一向に構わないのだ。
というわけで、じつは世界はただ「現にある」だけなのである」(P80)


いまいる親友(恋人)と明日絶交してしまうかもしれないが、
それはそのときにならないとわからないし、原因はなにかもたぶん特定できないだろうし、
いまからそれを防ごうとどれだけ親友(恋人)に親切にしようが、
それが功を奏するかはまったく完全にわからないことである。
おなじように、いまもてない男性が明日に美人女子大生から告白される可能性もありうる。
いま貧困にあえいでいる人がたったの1年後に億万長者になっていない保証もない。
そうかと思えば、明日富士山が爆発してわたしもあなたも死んでしまうかもしれない。
これは個人的な体験も入っているが、いま現にある世界はなんだって起こり得るのである。

(3)自由意志はフィクション

わたしはペーパーなのでやりたくても怖くてできないが、
飲酒運転をしたことのある人ならけっこうおられるのではないか?
あれは変な話で、酒を飲んだら車を運転するなというけれど、
酒を飲んで酩酊したら善悪の判断がもうろうとするから運転してしまうものなのである。
そして、99%の人が飲酒運転をしようが事故なんて起こさないのが
あまり大きな声では言えないが現実というものなのである。
100回飲酒運転したものが無事故であるにもかかわらず、
たった1回の飲酒運転で子どもを殺してしまう不運な人もいるのである。
それから、それから、殺意ならみな何度か抱いたことがあるでしょう?
わたしも気が短いからこいつぶっ殺してやろうかと思ったことはいくらでもある。
どうしてやっていなかったかはわからない。
おなじように殺意を抱いた人がたまたまその機会に恵まれやってしまうことがある。
この差はいったいなんなのであろうか?
そもそも殺人者と被害者のふたりが出逢ったしまったのも単なる偶然なのではないか。
小声でもらすが、わたしは犯罪者を裁く論理が中島博士とおなじでよくわからない。

「ある男が少女を誘拐して殺した時、
われわれは、彼はそう「しない」こともできたはずだと信じている。
これを実証することはできないが、これはあらゆる実証よりも強い信念である。
では、なぜこうした信念を持つのか?
ここですべてを逆転してみなければならない。
つまり、何か災いが起こったら、
われわれはそれを遡(さかのぼ)って「なかった」ことにはできないゆえ、
それに代わる報復として何かに責任を、
すなわち原因を帰して心の平衡を保とうとするのだ。
これは根源的欲望である。(……)
自由意志とは、人間の強迫観念から生まれた壮大なフィクションなのである」(P81)


これはプラスのことでもおなじだよね。
だれかが玉の輿にでも乗ったら、おんなトモダチたちはひそひそ原因を語り合うでしょう。
あの子はいつもぶりっ子しているからとか、家柄がいいのよねえとか。
社会的に成功した人については、本人も周囲もさもわかったような説明をする。
これは自由意志があるという前提に基づいての行為なのである。
もし自由意志がなく、過去も未来も現在と接続していないのならば、
すべてがいまたまたま現にある世界の現象になってしまうわけだ。
ここでまた注意したいが、中島の言う「自由意志はフィクション」は「正しい」と思う。
しかし同時にみんながそう信じている以上、
「自由意志はフィクションではない確固たるもの」という考えも「正しい」のである。
とはいえ、「自由意志がフィクション」だと考えたら、どんなにすっきりすることだろうか。
ならば、そういう反社会的な妄想をこっそりしてもいいのである。

(4)中島義道の弟子たち

なんでも中島博士は有料で私塾を開き、日本人に西洋哲学を教えているらしい。
その若い子たちのエピソードが本書で紹介されていたが、おもしろすぎる。
若い男が中島義道に認められたいとこの私塾に集まってくるとのこと。
中島義道ならば人とは違う「特別な僕」を理解してくれると思うのだろう。
で、そんな中島チルドレンは私塾でなにをやらかすかというと、
中島が著書でさんざん書き散らしてきた自分勝手な行動を真似して行なうのである。
みんな世間を知らないから(本と書き手は別ですぞ!)、
中島の傍若無人な振る舞いを真似たら中島に愛されると誤解しているのだと思われる。
もちろん、大学教授まで出世した妻子ある中島義道が常識人でないわけがない。
哲学者とはそういうものだが、中島義道もまた、いい意味でも悪い意味でも、
こう言っては悪いけれど「口だけの人」なのだと思う。
自分の私塾に集う若者たちの非常識な行動に中島が大人として怒りまくるのである。
そのエピソードがセコセコしくて腹を抱えて笑った。
あれだけ年賀状等の形式的社交を嫌っていた中島義道が大人ぶって怒る、怒る!
なんでもウィーンで音楽会とメシを奢ってやった塾生から礼状が来ないのを
かなり根に持っているようで、ああ、中島義道さんって本当はそういう人なのね、と笑えた。
それから中島義道は寿司屋で酒を飲みながら説教をするジジイなのである。
なんでも塾生に寿司を奢ってやったら、高いものを勝手に注文して自分より早く食う。
中島はこの行為に激怒して、そういうことはしちゃいけないとこんこんと説教したそうだ。
かわいそうな若者である。
中島の著作を真に受けたら、この人はそういうことをしても怒らないと思うのも無理はない。
寿司屋で説教された若者だって、
ほかの先輩にメシを奢ってもらうときはさすがにそんな無礼は働かないだろう。
中島の真似をして中島から気に入られたいと思うがために、
まったく正反対に中島の逆鱗に触れる塾生たち――。
中島義道さんとその周辺はおもしろすぎるぜ! 塾生たち、もっとやれ、もっとだ!

「仏教と夢」(河合隼雄/著作集9「仏教と夢」/岩波書店)

→カウンセラーの大ボスである河合隼雄さんは、明恵を通じて華厳の教えに触れて
どうやらものすごい高みまで行ってしまったようなのである。
カウンセリングの仕事は、クライエント(有料相談者)の悩みを聞くことである。
で、カウンセラーとクライエント、ふたりで悩みの解決に向けて「同行二人」のようなことをする。
一定程度の時間を経て、クライエントが自立していけるようになったらカウンセリングの終了だ。
「明恵 夢を生きる」を書いて以降(書きながら)、
河合はクライエントの悩みをどのように聞くようになったか。
けっこうすごいことを言っているのである。
華厳のいうように世界が「事事無碍(じじむげ)」で、
あらゆるものが理の「挙体性起」だとしたら――。

「クライエントの述べるひとつひとつのことは、極めて「深い三昧のうちにある」
と思うと共に、それらのことはすべてあまり大したことでもないのである」(ⅶ)


すべてが世界を荘厳するための毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)の意図ならば、
その悩みも無意味に生じているのではなく、
世界全体との関係を深く見るならば、
どこかでうまくアレンジメントされているともとらえることができるのだろう。

河合隼雄は本書で華厳哲学の説明をしたあとで、
やらないと宣言している事例報告をひとつしている。
もちろん、内容の細部は変えてあるのだろう。
息子の非行に困って写経にはまった母親の話だが、
直観でこれのオリジナルは創価学会ではないかと思う。
そうだとして河合隼雄の事例報告を紹介すると――。
母親は息子の非行をなんとかしようといろいろ努力したがどうにもならなかったという。
そこで創価学会に入信した。
母親は仲間と勤行(学会活動)しているうちに生きがいを見出してしまい、
機関紙(誌)にも文章を投稿するようになる。
彼女の文章を読んだ多くの学会員は信心を鼓舞されたことだろう。
しかし、息子の非行はさっぱり止むことがなかった。

この親子を見ていて河合隼雄は多くのことを考えさせられたという。
この母親にとっては子どもが帰ってきたときに、「おかえり」と温かい言葉をかけ、
暖かい食物を用意し、黙ってそこに坐っているよりも、
宗教の修行をして、活動内容を機関紙(誌)に投稿するほうがはるかに容易である。
河合はうっかり「正しい」ことを言いそうになる。
「学会活動をするのと食事をつくるのと、どちらが宗教的ですか」
そう説教のひとつもしたくなったが、
そんな「正しい」説教をしたがっている自分が既に偽宗教家に陥っていることに気づく。
下手な説教などするより自分が「黙ってそこに坐っている」ことのほうが、よほどいいだろう。

「人にはそれぞれ道があって、簡単に善し悪しは断定できない。
この母親は一応、既成の宗派に属し、
彼女が日常生活と考えることを軽視する方法によって、宗教性を追求しようとし、
息子は非行を重ねることによって、母親の宗教心を深めることに協力している。
少し残念なことに、親子ともに自分たちのしていることの意味がわからないので、
無用の反省や自責の念に悩まされていることである。
しかし、ここでわれわれが少し自覚すると、道はそれぞれ異なるにしろ、
現代人は特定の宗教団体に属すると否とにかかわらず、
極めて宗教的な生き方をしているし、また必要性も高いことがわかるであろう」(P320)


対人関係のトラブルで創価学会などの宗教団体に入った人も少なくないだろう。
しかし、それは見方を少し変えると、
にっくきあいつのために自分は宗教性を追求することができている、
ということになろう。
極論を言えば、犯罪者だって刑務所に重々しい顔つきで通う牧師や僧侶の宗教性に
どんな大きな役割を果たしていることか。
マイナスのこともなるべく全体を見ようと努めるならば、
それなりにそのマイナスがうまくアレンジメントされていることに気づくのかもしれない。

話は飛躍するが――。
どれだけ多くの矛盾を抱え込めるかで、その人の器が決まるのだろう。
「どっちも正しい」ことをどれだけ認められるかで精神性の高さが決まる。
創価学会も日蓮正宗も親鸞会も幸福の科学もマスコミ科学もそれぞれに正しい。
医学も占いもそれぞれに正しい。あの人もこの人もそれぞれ正しい。

☆「人にはそれぞれ道があって、簡単に善し悪しは断定できない」

人のことをとやかく言うまえに問題は自分だろう。
自分がどれだけ多くの矛盾(生と死、男と女、物と心)を抱えながら
世界でひとりしかいない「私」を豊かに生きるか。
せっかく生まれてきたのだから「私」を深めたほうがおもしろい。
そのためには――。

「ここで、実際に一人の人間が生きている状態を考えると、彼にとって大切なことは、
自然科学とかイデオロギーとか、何かひとつのものをよりどころにするのではなく、
自分という存在を含めたコスモロジー[物語]を構築することではなかろうか。
まず自分を除外して、自分抜きの「現実」を正しく認識し、
そこから得た正しい結論を適用する、というような、
一神論の神になぞらった方法をとるのではなく、自分を最初から含めた世界像をもつ。
自分、つまり「私」というのは実に多様であり、矛盾に満ちている。
そのコスモロジーのなかに、いわゆる科学もいわゆる宗教も含まれるのであろう。
しかし、そこに、万人に通用するモデルを見出すことは不可能であろう。
これまで述べてきたことからわかるように、そのようなものは存在しない。
ただ、その人にとって、そのときに、正しいと思われるモデルは見出されるであろうし、
そのために、われわれは努力しなくてはならない」(P327)


ものすごい俗っぽい話をすると、芝居(物語)には悪役が必要なことも少なくない。
だとしたら、あなたやわたしの嫌いな人というのは、
われわれの生きる物語(芝居)にとって必要不可欠かもしれず、
もちろん嫌いなやつは大いに憎んでいいのだが、
憎みながらちょっと感謝するような余裕を持ってもそれほど悪くはないのかもしれない。

「NHKこころをよむ 明恵を語る」(河合隼雄/日本放送出版協会)

→NHKラジオ講座テキスト。放送用テープを元に制作されたものらしい。
新潮学芸賞とやらを受賞した「明恵 夢を生きる」を
読んだほうがいいかというと微妙なのである。
もちろん、わたしがなにか本をすすめたってだれもお読みにならないのは知っているけれどさ。
「明恵 夢を生きる」はあきらかに賞目的というか、とにかく読みづらいのである。
なぜ読みにくいかというと、先行研究をやたら紹介しているからである。
むろん、世渡り上手の河合隼雄だから、先行研究のどれもこれも肯定的な文脈で引用している。
どうしてそういうことをするかと言うと、名前をあげられた側の関係者の気分がよくなるのである。
このため、紹介したほうの評価も上がるという不思議な上昇気流が生まれるわけだ。
晩年の河合隼雄は怖いものがなくなったようで、
先行研究なんて読んでも自分の意見は変わらないから時間の無駄だ
と本音をぶっちゃけていたが、
「明恵 夢を生きる」を上梓したころはまだ足場が固まっていたとは言いがたい時期であった。
よって、新潮学芸賞作品を読むよりも、このNHKテキストを入手したほうがよほどいい。
「明恵 夢を生きる」では「夢記」の引用をえんえんと読ませられるが、あれは地獄と言ってよい。
こちらのラジオテキストでは河合さんが要約して話してくれるからとてもわかりやすい。
おそらく単行本未収録だろうから、明恵に興味があったらこのNHKテキストを探してください。

明恵の教えといえば「あるべきやうわ」だが、
このどこが重要なのかというと「ある」なのだと思う。
このたびかなり時間をかけて丁寧に明恵と河合隼雄に向き合ったけれど、
「ある」の多様性に気づいたときは賤しい根性だが元が取れたような気がしたものである。
「ある」とは存在するということである。
明恵は仏道修行(禅定・瞑想)により深層にある「存在そのもの」を見る目を鍛えた。
河合隼雄の文脈にしたがうならば、
親鸞や日蓮は大衆の浅はかな興味をひきつけるために善悪や正邪に走ってしまった。
善悪や正邪以前に「存在そのもの」があることには目をつむった。
「存在そのもの」が善悪や正邪を超えていることはあまり問題にしなかった。
善や悪のわかりやすい話をしたほうが大衆から支持されることを知っていた。
大衆庶民は浅薄にも「自分は正しい」のだと思いたいのだから、
親鸞や日蓮の教えは非常に求められたもの、つまり商品価値があったのだろう。
南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経はどちらかと言えば、
食うや食わずの生活を送っているあまりものを深く考えない人たちのための、
とてもわかりやすい大衆化された仏法である。
ある意味では食うことに困らなくなってから本当の悩みが始まるのかもしれない。
食うことに困っているうちは本当の悩みにぶつからないのかもしれない。
いまの人たちも本当の問題に向き合わないために、
食うことに困ってそれどころではないという状況にあえて身を置いてるのかもしれない。
食うためだと忙しくしているのは、じつにうまいやり口という可能性もある。
「存在そのもの」を見ないように、とりあえずの金ばかり追っている可能性はないか。
それは悪いことではなく、忙しく生活に追われているのは救済なのだろう。
おそらく、それほどに「存在そのもの」を見てしまうのは恐ろしいことなのだろう。
言うまでもなく、修行も勉強もしていないわたしには「存在そのもの」は見えない。
しかし、このたび明恵と河合隼雄に「存在そのもの」の一端を垣間見せられて
おもしろいなあと打ち震えたものである。
これは長らく明日死んでもいいと思っていたからかもしれない(じつはいまもだけどさ)。

華厳経を声をあげて読んだり、坐禅に集中していると「存在そのもの」が見えてくるらしい。
仏教にはほとんど素人の河合隼雄がどうしてそれを知ったかというと、
心理療法の臨床を通していろいろ不思議なことを体験したからだという。
明恵や河合隼雄のいう「存在そのもの」とはなにか?
われわれの意識は通常、いろいろ区別をすることで世界を認識している。
これはビールだ、これはタバコだ、これは上司だ、これは障害児だ、これはベトナム人だ。
しかし、本当にそれはそのものであるのか。
わたしは坐禅体験もカウンセリング体験もないので、自分の詳しい飲酒体験で説明する。
かなり酒が飲める口なので相当まで意識のあるまま酔っぱらうことができるけれど、
そうすると世界の見方が変わることがあるのである。
酔っぱらうという下品な行為は、心理学的には意識レベルの変容とも言えよう。
思いっきりわかりやすい例をあげると、
東南アジアや中国の旅先で知り合った人と酒を酌み交わすと言葉がいらなくなるのである。
どの言葉を使っているのかわからないままに相手と会話を交わすことができるようになる。
なかには熟練の旅行者がいて日本語で外人さんと会話しているおばさんもいたが、
さすがにそれは真似できないけれども、
そういう人は元々意識のレベルが(よくも悪くも)低い(深いと言ったほうがいい?)のだと思う。
酔っぱらいのなかには郵便ポストと会話できるものもいるだろう。
わたしもむかしは素面でYonda?くん(新潮社から派遣されたパンダ)
と30分くらいなら余裕で会話できたものだ。
いまはときおりあいさつを交わす程度になってしまったが、
さていったいどうしてYonda?くんに精神(心)のようなものがないと言えようか?
郵便ポストと話している人はその場で通報して留置所にぶちこまなければならないのか?

このようなうざい自分語りをしたのはすべて華厳の教えの説く、
難解な事事無碍(じじむげ)を説明するためである。
当方の浅い教養や低俗な体験談はもうやめて、そろそろ河合隼雄さんのお力を借りよう。
河合先生、華厳経の説く事事無碍とはどういうことですか?

「事事無碍とというのは事と事との間に障りなしと読めると思いますが、
一体それはどういうことか、それについては順々にお話ししていきたいと思います。
まず、その始まりとして、例えば人間というものを考えますと、
我々は人間の体と心を分ける、
あるいはそれを一般化しまして物質と精神という分け方をします。
そして石であるとか、建物であるとか、マイクロホンであるとか、
こういう物は精神を持っていないと考える。
精神と物は違うと分けて考えるわけです。
このように物事を分けるということは考え方の根本であるという考えの全く逆に、
そういう区別をなくしていく。
どんどんなくしていけば、精神も物も変わりがないのではないか、
あるいは少し表現を変えて、物も精神を持っているのではないか。
そういう考え方にもなってくると思うのです。
明恵上人はそういう考え方が相当徹底しておられた方ではないかと思います」(P60)


いまお盆だけれども、
ひとりで墓参りに行くと墓石に向かっていくらでも会話できるわけでしょう?
親族がお気の毒にも事故死なされた方は、
事故現場の草花とどれだけ心が通じ合うかご自分でも驚かれるほどではないか?
写真に向かって話すのならば比較的わかりやすいのではないか?
建物と会話を交わす? わたしはありますね。
母が目のまえで飛び降り自殺をしたマンションと話したくてたまに寄ることがある。
だとしたら、建物も石もパソコンもスマホも精神と呼ぶべきものを持っているのではないか?
通常意識のレベルとはなにかと言えば、つまり損得なのである。
石、草花、建物と話しても得にならないからバカらしいと考えてしまう。
お酒が飲めない人にはわからないでしょうが、
でも、酔っぱらうとある意味で損得なんてどうでもよくなりませんか?
タバコは苦手で喫煙習慣はないけれど、
たぶんあれも意識レベル変容のいち方法なのだと思う。
喫煙するとふっと安らぐようなことがあるのではないか?
たとえば、自分と他人が近くなったような、である。
結局、いまの人の苦悩は孤独という言葉に集約されると言ってもいいのかもしれない。
なぜ孤独が生まれるかといえば自意識のせいだろう。
自分を他人と違うものだと思うから(区別するから)孤独感が増すのである。
しかし、本当に自分と他人はそこまで分かれているのだろうか。
よくわからないが、いまの禁煙ブームのおかげで
喫煙者は喫煙場所で相当な連帯感を味わっているのではないか。
そういう物理的意味のみならず、自分と他人はそんなに厚い壁で遮られているのか?
いまいろいろな事情で時給850円の倉庫でアルバイトしているが、
いい意味でとても自意識の弱い方がおられるのである。
そういう方の隣でライン(流れ作業)をしていると、
孤独とかなんとか考えていた自分がバカらしくなるほどだった。
インテリほどものをよく知る(=区分する)から孤独に苦しむことになるのではないか?
インテリはものを区別するがために孤独になるのかもしれない。

「我々の意識、考えの根本に光と闇、父と母を区別するように、
物を分けていくことによって我々の意識が成立しているということを
前にも申し上げました。動物と植物を分ける、
動物の中でも哺乳類を分けるというように、
現在の自然科学がここまで進歩してきたということは、
今までいい加減に見てきたことの子細を明らかにして、それを明確に区別していく。
そのような区別の上に立って、[西洋]学問ができてきたわけです。
実はその逆の見方もできるのではないか。どういうことかと言いますと、
先程言いましたような意識の変革といいますか、
違う意識でいくと、物事を区別していくことがだんだんとりはらわれてくる。
そんなに簡単にとりはらわれるかと思われるかもしれませんが、
我々がそれを割りに体験するのは、分かりやすい例を言いますと
自分の目の前で友人が青い梅でもかりかり食べますと、自分の方には唾が出てきます。
これは何も自分が食べているわけではなくて何の関係もないわけですが、
友人の姿を見るということが我々の体、心に影響して、唾が実際に出てくるわけですね。
(……) 自分と友人を支えている壁はどこか薄くなって融合している。
それをもっと極端にしていくと、
自分と自分を取り巻く物との間の壁はどこか薄くなって融合している。
そうなりますと、自分の家の一本の木を見ていても、
それは単なる木であるというのではなくて、
木が物を語り、木が感情を表現するということがありうるのではないか。
そういうつもりで一本の木を見ていると、
そこから木の語ってくれることがどれだけ我々を豊かにしてくれるでしょうか」(P65)


ここがいちばん刺激的だったなあ。
もしかしたら自分と他人の壁なんて大したものはないのかもしれない。
やたら自意識過剰なため、人との壁が崩れるのを恐れてばかりいるようなところがある。
でもさ、たしかに人と自分ってそんなに壁がないんだよね。
ライン(流れ作業)で入っていても隣が自分をどう思っているかなんて、
まったく会話を交わさなくても、この鈍感なわたしでさえ察知がつくところがあるのだから。
しんどい境遇の人と一緒にいるだけでこちらの気分も沈んでくるでしょう?
いまのバイト先で働いてみてわかったのは、
自意識の強くない人は身体的接触をたいせつにすること。
やたら肩をたたきあったり、腰をつついたりするので、
そういう文化とは無縁で育った当方は驚いた。
とにかく、こちらはよく知らない人にいきなり身体を触られるのが嫌いだ。
おそらく、西洋学問を主に勉強してきたから自意識(区別する力)が強すぎるのだろう。
バイト先のベトナム人の子なんて自他の区別が日本人に比べると本当になくて、
ある意味ではどれほどうらやましいことか。さすがはアメリカに勝った国だと思う。

話は脱線したが、さてなんの話をしていたのだったか。
どうしたら自他の区別をあまりしないでいられるようになるのか?
どうしたら物と心の区別をあまりしないでいられるのか?
われわれ現代日本人はプレゼントをもらっても、心が入っていないとか思っちゃうわけでしょう。
それは違うという見方もあって、もしかしたら物こそが心なのかもしれない。
物に心が現われているのかもしれない。そもそもどうして物と心を区別するのか。
いかようにしたらこのような西洋近代的な区別から離陸することができるのか?
いったいどうしたらいいのか?

「これは禅の修行によってするわけです。
坐禅は修行の一つの大事なものだと思いますが、
私自身は禅の経験がありませんので経験的に言っていることではありません。
しかし、心理療法の世界でいろんな人とお会いして、
人間と人間の関係の不思議さといいますか、そういうものを体験しているうちに、
こういうことはあり得るのだ、あるのだと思うようになりました。
修行によってひたすら推し進めていくと、物事と物事の間に区別がなくなってしまう。
これが事事無碍(じじむげ)です。
簡単に言ってしまえば、皆同じというか、そういう状態になります。
これは存在としか言いようがない。石とか花とかいう名前がつかない。
皆一緒になってただ存在しているとしか言いようのないものです。
その存在というものがもう一遍いろんな所に現れてくる。
現れてくるのを仏教の人たちは「性起」すると言われます。
これは非常に好きな言葉なのですが、
「性起」するときに「挙体性起」という言葉があります。
どういうことかと申しますと、存在そのものを挙げて、例えば石になって存在してきている。
それは石だけれども、存在のすべてを挙げてそうなっている。
だから石は一つの石ではなくて世界を全部含んでいる。
小さな「塵(ちり)」も「挙体性起」することによって存在していると考えますと、
その塵は仏を含んでいても不思議ではない」(P67)


河合隼雄は井筒俊彦という学者の説明によって「挙体性起」がわかったという。
どういうことかというと、たとえばわれわれはバラが存在していると言う。
しかし、華厳的に言うならば、存在がバラしているのだ。
スマホが存在しているのではなく、存在が挙体性起していまスマホしているのだ。
見かけ上はさまざま異なるが、すべては存在が挙体性起していまのように見えている。
なるほど、こう考えたら人は孤独から逃れることができるだろう。
ヒントはたぶん挙体性起にある。

「先程「挙体性起」と言いましたが、明恵上人という方はひとりの人間です。
一人の人間ですけれども、言ってみれば、これは存在が明恵しているわけです。
あるいは私でしたら、河合が存在しているのではなくて、今、存在が河合している。
どういうことかと言うと、私はたった一人の人間ですが、
もう私の中にすべての物があるわけだ、ということです」(P72)


あなたが存在しているのではなく、存在があなたしている。
土屋(わたしですよ)が存在しているのではなく、存在が土屋している。
河合隼雄に言わせたら、もうあなた(わたし)のなかにすべてのものがあるわけだ。
あらゆる対立するもの――善も悪も、物も心も、男も女も――がすべて
いまあなた(わたし)としてそのまんま存在している。
あなた(わたし)は善でも悪でもあるし物でも心でもあるし男でも女でもある。
華厳の思想によれば、
「存在そのもの」がたまたま挙体性起していまのあなたになっているのだろう。
そんなバカな話はあるか、と怒られるかもしれない。
たとえば、あたしは善で心で女であると。
たしかにそうなのだろうが、それはひとつの現実に過ぎないのではないか。
もうひとつの現実があると考えたらどれほど生きるのが豊かで楽しくなるか。
どうしてわれわれは現実がひとつしかないと決めつけるのだろう。
河合隼雄のラジオ放送のラストメッセージはこうだ。

「もう一つ最後に申し上げたいのは、
華厳宗の華厳を読みながら眠くなるとちょっと冗談半分に言いましたが、
我々の持っている意識の状態というものを
普通の意識を超えた意識の状態において世界を見るならば、
もう少しまた世界が違った様子を見せてくれるのではないでしょうか。
こういう考え方も大事ではないかと思っています。
というのは、自然科学の発達を支えてきた意識の状態というのは、
あまりにも合理性と言いますか、日常性といいますか、
こういうものに縛られてきたのではないか。それだけが唯一の意識であり、
それで見られるものこそが絶対正しいものだという考え方を超えて、
もう少し違った所から、もっと高みから物事を見たり、世界を見たり、
人生を考えたりすることができるのではないか。
そういう新たな観点を示すという点でも、明恵上人の人生というものが、
我々現代人に教えるところが非常に大きいのではないか、と考えております」(P76)


意識の状態を変容させるならお酒を飲むのが手っ取り早いと思うが、
まさか河合先生も過度の飲酒をすすめているわけではなく、
そのうえ日本人には体質的にお酒を受けつけない人も多いと聞くから、
人それぞれでタバコでもヨガ教室でも自己啓発セミナーでも新興宗教でもいいのだろう。
個人的には、大麻でも覚醒剤でもドラッグでもなんでも解禁してしまえばいいと思う。
わたしは酒が飲めるからやらないだろうけれども、
意識変容ほどおもしろいものはないのだから、これを知らないで死ぬ人はかわいそうだ。
ああ、最後に白状すると、この記事は最初から最後まで酒を飲みながら書きました。
支離滅裂だったらそのためだが、お盆休みの最後の日くらいいいのではないかと思う。
現実ってさ、ひとつじゃないよね。
わたしは酒を飲まなくても、ある一瞬に感動して叫び出したくなることがごくたまにある。
この感激を河合隼雄はしんどい臨床のあいだでどれほど味わったことだろうか。
「明恵 夢を生きる」(河合隼雄/著作集9「仏教と夢」/岩波書店) *再読

→本書で河合隼雄はとにかく鎌倉時代のマイナー坊さんである明恵をほめちぎっている。
おそらく心理療法家の河合隼雄が明恵をすごいと思った背景には、
自身の臨床(相談)体験と夢体験が大きく影響しているのだろう。
しかし、ユング派にもかかかわらず河合はおのれの夢はほとんど公開しないし、
個人の内奥の秘密をたいせつにしたいという理由で事例報告もやらない。
よって、明恵の本当のすごさはたぶん河合隼雄にしかわからないのだと思う。
自分の夢やテレパシーに近い経験をしたことを公開したり、
あまたの不思議なクライエント体験を書けば明恵のすごさは立証できるのだろうが、
それをやったらいわゆる西洋学問から遠ざかるばかりだし自戒を破ることになってしまう。
わかりやすい文章を書くことでは定評がある著者にしては難解な本書を何度も繰り返し読み、
こういう裏事情が読み取れたしだいである。
以下に「本当のこと」を公開できない苦しい立場から
河合隼雄が著述する明恵のすごさを要約として列記する。
明恵のいったいどこが偉大なのか――。

・イデオロギーを打ち出したのではなくコスモロジーを深めたところ。
・夢に注目しただけではなく、夢を生きたところ。
・超能力やテレパシーのような奇跡体験を持ったが、それをまったく誇らなかったところ。
・一生不犯(ふぼん/女性と交わらないこと)を守ったとところ。
・深い「事事無碍(じじむげ)」の華厳世界を達観していたところ。
・「あるべきやうわ」という教え。

河合隼雄は本書で明恵の価値を再評価しろと言っているだけで、
断じて明恵のほうが親鸞や日蓮よりもすぐれているということは主張していない。
だが、ひそかにそのような矜持がなければ、
さすがにこのような思い入れたっぷりの本は書けないだろう。
明恵のどこが、たとえば親鸞や日蓮よりもすごいと著者が
(言うなれば無意識で)思っていたのか、わたしの言葉で説明したい。
河合隼雄はこう言いたかったのだろう。
つまり、親鸞の南無阿弥陀仏や日蓮の南無妙法蓮華経はイデオロギーである。
イデオロギーとは「これは正しい」と主張してしまうことだ。
「これは正しい」と言ってしまうと、「それ以外は誤り」になってしまう。
イデオロギー(理念、観念)はどれも新しくわかりやすいから耳目を引く。
イデオロギーは「これは善、これは悪」とわかりやすく世界を区分してしまう性質を持っている。
このため、(明恵に比して)親鸞や日蓮のイデオロギーは
仏教史といったものでも転機として注目(評価)されやすい。
しかし、イデオロギーは「これが正しい」(これ以外は誤り)とやるわけだから、
かならず不毛な衝突を生んでしまう。
そのうえ、イデオロギーには「自分こそ正しい」というどこか無反省な傲慢がつきまとう。
比較して明恵が注目したのは「存在そのもの」と言ってよい。
「存在そのもの」は(イデオロギーの説く)善悪や正邪を超えているではないか。
善悪や正邪があって存在が生まれるのではなく、
そういうイデオロギー(理念、観念)以前に測り知れない「存在そのもの」があるのではないか。
「存在そのもの」は善悪や正邪、
それどころか自他や物心(物質と精神)の区分さえあやふやな混沌である。
この矛盾に満ちた「存在そのもの」を、
夢や仏道修行(禅定・瞑想)を通して明恵はとらえることができた。
言い方を換えれば「あるがまま」の「存在そのもの」を明恵は深く凝視していた。
さらに明恵は自身さえも測り知れぬ「あるがまま」の「存在そのもの」の一部として認め、
しかしにもかかわらず「あるがまま」に安住(あるいは堕落)するのではなく、
「あるべきやうわ」を追い求めようという意志の力があった。
だから、明恵はすごいし偉いと河合隼雄は言うのだとわたしは思う。

繰り返しになるが、河合隼雄いわく、
イデオロギー的教義を持っていないところが明恵のすごさである。
明恵が安易なイデオロギー(理念、観念)の穴に落ちなかったのは、
善悪や正邪といったものを超える深い「存在そのもの」を見る目を持っていたからである。
自他や物心を超える深層の「存在そのもの」を見る目を、
夢体験や仏道修行を通じて身につけていたからである。
本書でいちばん刺激的だったのはここである。
何度でも繰り返したくなるが、「存在そのもの」は善悪や正邪を超えている。
この記述がある該当箇所を一部抜粋する。

さて、たとえば南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経といったイデオロギー的教義は、
「これは正しい」というわかりやすさで多くの人をひきつけるけれど――。
(以下、引用文中の「コスモロジー」は「世界観、宇宙観、物語」くらいの意味だと思う)

「しかし考えてみると、人間存在、あるいは世界という存在は、
もともと矛盾に満ちたものではなかろうか。
もっとも、矛盾などと言っているのは人間の浅はかな判断によるものであり、
存在そのものは善悪とか正邪とかを超えているのではなかろうか。
そして、仏教こそは、
もともとそのような存在そのものを踏まえて出現してきた宗教ではなかろうか。
従って、仏教は本来イデオロギー的ではなくコスモロジー的な性質を強くもっている。
コスモロジーは、そのなかにできるかぎりすべてのものを包含しようとする。
イデオロギーは、むしろ切り棄てることに力をもっている。
イデオロギーによって判断された悪や邪を排除することによって、
そこに完全な世界をつくろうとする。
この際、イデオロギーの担い手としての自分自身は、あくまでも正しい存在となってくる。
しかし、自分という存在を深く知ろうとする限り、
そこには生に対する死、善に対する悪、
のような受け容れ難い反面が存在していることを認めざるを得ない。
そのような自分自身も入れ込んで世界をどうみるのか、
世界のなかに自分自身を、多くの矛盾とともにどう位置づけるのか、
これがコスモロジーの形成である。(……)
イデオロギーよりコスモロジーへの変換が現代において生じつつあると思われるので、
明恵に対する評価は急激に変化するのではないかと推察される」(P71)


忙しい人のために結論のようなものを最初に書いておいてタイトルに戻ろう。
本書のタイトルの「夢を生きる」とはどういうことか?
河合隼雄によると、「夢を生きる」とは、
ことさら夢を分析家に解釈してもらうことではないという。
いわく、「自分の夢を傍観者として「見る」のではなく、それを主体的に「体験」し、
深化して自らのものにする」ことが「夢を生きる」こと。
では、具体的に明恵はどのように夢を生きたというのか。
本書で河合は明恵の夢をいろいろ解釈しているが、
明恵の「人生の転機」になった夢について紹介したらわかりやすくなるだろう。

明恵は24歳のとき、
カミソリで右耳を切っているが彼はこの際どのような葛藤のただなかにいたか。
河合によると、明恵はみんなで修行するか、ひとりで修行するか迷っていたという。
ほかの学僧を見ているとみな出世を目指すものばかりで、
本当に仏道を追求しようという意気込みのあるものがいない。
このままだと流されて自分も仏道から離れていき、高位高官を求めてしまいそうである。
だいたい出世するものは見栄えがいいものである。
ならば、自分は右耳を切って片輪者(不具者)になれば出世と縁が切れるのではないか。
明恵はひとり仏像をまえにしてカミソリで右耳を切った。血が吹き出し仏具にかかった。
その晩の夢に明恵はインドの僧侶が出てくるのを見る。
仏教の本場インドの僧は「貴殿のしたことはきちんと書きとめましたよ」と明恵に告げる。
この夢を見たことで明恵は自分のしたことは間違っていなかったという確証を得る。
翌日、右耳が痛いのでわんわん泣きながら華厳経を読誦していると、
しだいに三昧(ざんまい/禅定・精神集中・深層意識)に入っていく。
このとき明恵のまえに文殊菩薩が現われる。
こうして明恵はおのれの一か八かの自傷行為はこれでよかったことを確信する。
結果として、みんなから離れてひとり山にこもり仏道修行をする決意を固める。
ここから10年近い「ひきこもり」をしながらの坐禅と読経の内向の時代が始まる。
河合隼雄によると、「夢を生きる」とはこういうことである。
夢で見たことを元手におのれの「あるべきやうわ」を選択することが
「夢を生きる」ということだ。

30歳を過ぎたころ明恵はインド渡航をくわだてるが、このとき春日明神からのお告げがくだる。
おそらくまた華厳経を読経しながら三昧に入っているときに夢で見たのだろう。
もはやインドにも明恵ほどの学僧はいないからわざわざ行くことはない。
そういうお告げであった。
明恵は知るよしもないが、じつのところ明恵がインド渡航を決意した年は、
世界史のうえでインド仏教がイスラームに滅ぼされたとされる年とおなじであった。
明恵はインドのことなど知る術もないにもかかわらず、
いまやインドにはろくな仏僧がいないことを夢(あるいは三昧)で知っていたのである。
このため、明恵はインド渡航を中止する。
この外界(インド仏教滅亡)と内界(明恵の夢)の一致に河合隼雄は感激する。

「明恵が春日明神の神託により渡天竺[インド渡航]の計画を中止した一二〇三年は、
いみじくも歴史家によってインド仏教滅亡の年とされている年なのである。(……)
明恵の渡天竺中止とインドにおける仏教滅亡の年が重なり、
この共時性にわれわれも心を打たれるのである」(P156)


出世よりも仏道修行に励みたいとおよそ10年の歳月を費やし、
さらにはインド渡航をくわだてた明恵に思いもよらぬ変化が外からやってくる。
出世などまったく興味がなかったのに後鳥羽院(旧天皇)から認められてしまったのだ。
高山寺をくださるというのである。もし引き受けたら大出世することになる。
おのれの仏道修行と布教(高山寺)のどちらを優先したらいいのか明恵は迷う。
河合隼雄によると、この外界の変化は内界の夢に現われているという。
明恵はこの時期、好物であった糖(あめ)に関する夢を見ている。
夢で明恵は糖の桶(おけ)をふたつ持っていた。そして、夢のなかで人に語る。
「以前持っていた自分の糖一桶はなくしてしまった。
しかしいま相応等起(そうおうとうき/事に応じて出現する)の糖が二桶ここにある」
明恵はさらに自分の夢の感想を書き記している。
このところ思うようにいかないことがあって気持が乱れていた。
思うようにはいかないものである。
しかし、相応等起のように思いもよらず得がたきものを得ることができた。
河合隼雄によると、これは一般によく見られる夢らしい。
なにかを得るためには、なにかを失わなければならない。
通常、意識は得たものにしか目がいかないが、
無意識は失ったものをしっかり認識しているとのことである。
孤独な修行か、それとも出世して布教するか、あるべきやうわ――。
明恵の変化は少しずつ生じていた。
29歳のときに「華厳唯心義」を著わしているいるそうだ。
これは華厳経のなかでもよく知られた「如心偈」を解釈したものとのこと。
勉強家の河合隼雄は「如心偈」の冒頭を紹介したのち、明恵の心境の変化をこう述べる。

「心の如く仏も亦しかり
仏の如く衆生しかり
心・仏及び衆生
この三、差別なし

これを見ると、世俗のみならず、他の僧たちも避けて、
ただ一人求道に励んでいた明恵が、
だんだんとその目を外界に向けてくることがよく理解される。
そこでは内界、外界などという区別はなく、
すべてのことは「仏」のこととして受けとめられるようになっていたのであろう」(P66)


ひとり仏道修行をして内界に目を向けていた明恵が、外界に視線を向けるようになった。
というよりもむしろそうではなく、華厳経の教えにしたがって内界を見つめているうちに、
内界も外界も区別がつけられないものであることをしだいに悟っていった。
内界は突き詰めると外界に通じているのだろう。

「つまり、プラスとマイナスは極点において一致し、
そこでは思いがけぬ反転現象が認められると主張するのである。
確かに、生と死、霊感と狂気、は紙一重のところで接しており、
われわれ臨床家はそのことを身をもって体験させられる。
あるいは、芸術家や宗教家もそのような体験を味わうことが多いであろう」(P200)


内界と外界の一致というのが本書のテーマのひとつであろう。
明恵は華厳宗の僧侶であったが、華厳の教えによるならば内界も外界もないことになる。
これを河合隼雄は多少現代的にこのような説明をする。
(引用文中の[カッコ]内の記述は例によって当方のお節介な意味補充)

「人間の意識は通常の生活においては、自[自分]と他[他人]、
もの[物質]とこころ[精神]、などをある程度区別している。
その区別を鮮明にし、合理性や論理的整合性の高い意識をつくりあげてゆくのが、
西洋に生じた意識の確立である。そのような観点からすると、
「意識閾を下げる」ことによって無意識の活動が強くなると言えるし、
異なった東洋的な考えによると、訓練によって深い意識へと到達してゆくと、
むしろ、自[内界]と他[外界]、もの[外界]とこころ[内界]などの境界があいまいとなり、
共時的現象を認知しやすい状態になる、と言うことができる」(P170)


これは「内向の時代」の明恵が内界を探ることで悟ったことでもあるのだろう。
もしかしたら自分と他人の区別はそれほどないのかもしれない。
もしかしたらものとこころの区別はそれほどないのかもしれない。
ならば、自分をたいせつにするということは他人をたいせつにすることだ。
同様に、こころをたいせつにするということはものをたいせつにすることだ。
そうだとしたら内界を重んじるためには、外界のこともしっかりやらなければならない。
経済行為、政治活動、社交は一見すると仏道修行の正反対に位置するようだが、
「内界=外界」ならば人交わりや金銭管理も仏道修行ということになろう。
おそらく、以上のように考えて明恵は京都の高山寺に入ったのだろう。
若いときは決して出世などするものかと思っていた明恵が人のうえに立つことを決める。
このとき明恵は34歳になっていた。
翌年、後鳥羽院から東大寺尊勝院の学頭に任命される。さらなる出世である。

「承久三(一二二一)年に起こった承久の乱、およびそれに続く一連の出来事は、
わが国の歴史において画期的なことであり、「革命的」と称することもできることであった。
(……) ある個人の内界における大きい変動が、
外界におけるそれと共時的に生起することは、あんがいよくあることのように思われる。
明恵の場合もそれに当てはまっており、承久二年における『夢記』の内容は、
明恵の内界の著しい変化を反映している」(P221)


さらりと河合先生はとんでもない非科学的なことを真剣な語り口に混ぜるのでおもしろい。
明恵の夢が、日本の大変革と連動していたというのだから。
しかし、本当に内界と外界が通じているならば、起こりえないことではないのだろう。
とはいえ、事件が起こってからならなんとでも後付けの説明は可能なことは注意したい。
ふたたび、とはいえ、経済学も社会学もすべて後付けの理論だから、
ことさら河合隼雄ばかりをインチキと糾弾するのはおかしいようにも思う。
さて、当時京都の高僧だった明恵は承久の乱でまた「あるべきやうわ」を問われることになる。
京都の高僧といえば、よくわからないが、いまでいう東大教授みたいなものだろう。
ご存じのように承久の乱とは、
後鳥羽院の率いる朝廷と鎌倉幕府の北条家がドンパチやらかした内乱である。
まさかお偉い天皇家の朝廷が負けるはずがないとみんな思っていたら、
まさかまさかで東国の田舎侍風情に気高い京都人がぺしゃんこにされてしまった。
負けた朝廷サイドの落人や子女が明恵のいる高山寺に逃げ込んできたわけである。
明恵はここでも大きな「あるべきやうわ」を問われることになる。
落人や公家の子女をかくまったら、今度は自分が北条家にやられてしまう危険性が生じる。
結果としては、明恵は自分に泣きついてきたものをかくまうことに決める。
当然、それはけしからんと北条家は怒るわけである。
明恵は捕まえられて当時、六波羅探題の北条泰時のまえに引っ立てられる。
このときの明恵が格好いいのである。北条泰時のまえで言い放つ。
お釈迦さまはその過去世で鳩になり、鷹に食われたというではないか。
お釈迦さまは(過去世で)飢えた虎にありがたき御身を与えたこともあった。
そこまでの大慈悲は無理だが、人をかくまうくらい仏教者なら当然のこと。
今後おなじことがあっても自分は頼ってきたものをかくまうだろう。

「是れ政道の為に難儀なる事に候はば、即時に愚僧が首をはねらるべし」

これが政治に反するというのなら、即刻この場でわが首をはねられよ。
「伝記」に書いてあることだから本当か嘘かはわからないけれども、
この命がけの発言を聞いて北条泰時は感涙にむせびその場で明恵に帰依したという。
明恵の「あるべきやうわ」は右耳を切ったときもそうだったが、
身体をはって命がけでどちらかを選択するということなのだろう。
これは一見すると美談だが、斜めから見るとちょっと問題がなくもないのである。
というのも、明恵は後鳥羽院に引き上げてもらったわけである。
にもかかわらず、敵側の北条泰時とまで明恵は仲良くしてしまった。
明恵の行為はある意味では裏切りと言えなくもないのである。
明恵はあたかも決して敵をつくらなかった河合隼雄のようなところがある。
河合隼雄は政府とも岩波書店とも創価学会ともうまくやったのだから、
これはさすが明恵に師事するだけのことはあると(余談になるが)言えよう。

20代は自分の仏道修行にしか興味がなかった明恵のえらい変わりようだが、
北条家とも通じた明恵は承久の乱で負けた朝廷方貴族の子女のために善妙寺を建てる。
河合隼雄は書いていないが、寺を建てるということは当然お金がかかるわけである。
尼さんは働かないから寺を維持するだけでも金は湯水のように出ていっただろう。
おそらく明恵は仏道のみならず実務のほうでもそうとう鍛えられたはずである。
河合隼雄が注目するのは、明恵の金ではなく女のほうである。
ただただ明恵の夢だけを根拠として(すげえな、おい!)、
この時期に明恵と貴族の子女のあいだに恋愛もどきがあったのではないかと推測する。
そのうえで河合隼雄は明恵の一生不犯を高く評価するのである。
うがった見方をすると、
心理療法家の河合隼雄も女性クライエントにはだいぶ苦労したのではないか。
カウンセラーは異性のクライエントから転移感情(恋愛感情)を持たれることが多いと聞く。
というよりむしろ、感情転移がなかったら治らないくらいに心理療法に必要なものだろう。
河合隼雄の西洋の師であるユングはあっさり感情転移に敗北してしまったわけだ。
ユングに愛人が何人もいたことはよく知られている。
河合隼雄はどうだったか。もちろん、あまたの恋愛感情を女人からぶつけられたことだろう。
果たしてユングのように公私混同してクライエントと寝たのかどうか。
わたしは河合隼雄はユングの悪い真似はたぶんしていないと思う。
根拠は河合が一生不犯の明恵を日本の師として尊敬しているからである。
とてつもない不幸な、しかし美女から関係を求められたら断るのは難しいだろう。
いちおう心理療法のルールでは公私混同は禁じられているが、
それが本当に「正しい」のかはわからないのである。
もしかしたら、女性クライエントと烈しい恋愛に落ちることが
「たましい」を豊かにするかもしれないではないか。師匠のユングもそうしている。
女性との不義の関係でもたらされる「新しい自分」に
河合隼雄が興味を持たなかったわけがない。
結局、たぶん河合はこの本を書くまでギリギリのところで自戒を破っていなかったと思う。
そして、それが本当に自分の人生においてよかったのか迷いがあったのではないか。
自分は臆病者ではないかという反省もあったことだろうし、
同時にこれでよかったのだという職業心理療法家としての自負もあったことだろう。

河合隼雄は「あるべきやうわ」を突き詰めながら一生不犯を貫いた明恵を発見したとき、
一種の救済のようなものを感じたのではないかと思われる。
いや、ユング心理学者の河合隼雄は明恵の存在にではなく、
ある夢に救われたのかもしれない。それはこういう夢である。
明恵は夢でめったにいないような美女から誘惑されるが、この女を捨ててしまう。
女は「捨てないで」と追ってきてなお誘ってくるが、それでも明恵は冷たく女を後にし去る。
目が覚めたとき、明恵はあの女こそ毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)だったと思う。
自分は仏さまを捨ててしまったと思う。
こういう夢を見たということは、不犯を貫いたのではなかと河合は思ったに違いない。
高僧は美女に迫られたとき、どうしたらいいのか?
カウンセラーは女性クライエントから求愛されたらどうしたらいいのか?
この問いへの明恵と河合隼雄の答えは「あるべきやうわ」を考え続けることである。
以下は河合隼雄が美女に翻弄されているシーンを思い浮かべながら読むとおもしろい。
不謹慎なことを書いたが、これが明恵と河合隼雄の「あるべきやうわ」だ。

「……ある女性が僧に対して親しく寄ってくるとき、
その僧は重大な葛藤にさらされることになる。
僧[心理療法家]としての戒[ルール]を守るためには女性を拒否しなくてはならないし、
しかし、一方でそれは仏[たましい]の女性的側面を拒否することにもなるのである。
この葛藤に対して、おそらく万人共通の「正しい」選択というのは無いのではなかろうか。
人間にとって可能なことは、自分にとって「これだ」と思うことに
全存在を賭けてコミットすると同時に、その選択によって失うもの
―選択に伴う影の側面―について十分意識することではなかろうか。
選択には、かなしみや損失が伴うが、そこで決断できぬ人は、
己の生を生きたことにならないと言える。
[夢のなかで]無情に貴女を捨てた後に、「女は毘盧遮那也。即ち是、定めて妃也」
と明言した明恵の態度に、彼の宗教者としての決断と、
その決断の意味の自覚を見ることができる。
このようなときに「正しい」選択は無い、と述べた。
要はいかに決断し、いかにその意味を知るか、ということになると思われる。
この選択に際して、明恵は戒をとったのであるが、
彼とは逆の選択を行なったのが、彼と同時代に生きた親鸞である、
と言えるのではないだろうか」(P241)


親鸞の他力信仰は「あるがまま」という言葉に結晶されるだろう。
たとえば美女に迫られたら、
「据え膳食わぬは男の恥」と「あるがまま」の感情に身を任せるのが念仏だろう。
絶対他力信仰とは「あるがまま」に自然の流れに身を任せることである。
またそれが「正しい」という一種のイデオロギーでもあろう。
すべては阿弥陀仏のお計らいなんだから逆らわないというのが念仏信仰である。
すべて阿弥陀仏にお任せして「あるがまま」を受け容れるのが「正しい」と念仏者は考える。
しかし、明恵は「あるがまま」に任せるのではなく「あるべきやうわ」を自問せよと説く。
このときの「ある」はじつのところ三世因果説が大きく関係している。
親鸞の他力信仰はすべてが前世からの宿命で「どうしようもない」というあきらめである。
「どうしようもない」のだから「あるがまま」阿弥陀仏に任せよ。結果、安心が得られる。
かといって、「あるべきやうわ」の明恵が三世因果説を信じていなかったわけではない。
河合隼雄は巧妙にごまかしているが、明恵は親鸞以上に三世因果説を強く信じている。
これは伝記や明恵の書いたものをじかに読めばだれでもわかることである。
河合隼雄は怪しく思われるのを懸念して、どの著書でも前世には言及していない。
どのみち河合隼雄のところまで来るボロボロのお客さんの不幸なんて
前世を考えるしか折り合いがつかないと思うが、それでも河合自身は前世に言及しない。
その河合隼雄が明恵の本では一箇所だけ前世について語っているのである。
「あるべきやうわ」を考えるとは、前世や後生まで想像してみることであると。
さすがに明恵が定業(じょうごう)を狂信していたことを河合も無視できなかったのだろう。

さて、人生で迷ったとき、どうしたらいいのか?
本を読めば答えが書いてあるのか(自己啓発書)?
先輩や上司に相談してその答えに従えばいいのか? 教祖さまにしたがうべきなのか?
なにかしらの凝り固まったイデオロギーに殉じるべきなのか?
たとえば、念仏を唱えながら「あるがまま」阿弥陀仏さまにお任せする。
たとえば、日蓮大聖人さまを真似て南無妙法蓮華経と声をかぎりに唱題する。
むろん、絶対的に「正しい」答えなどあろうわけがないからどれもいいのだろうけれど、
いきいきと生きるためには明恵のように「あるべきやうわ」
を自分で考えるのもまたいいのではないかと河合隼雄は提案する。
おそらく、河合自身も迷ったときは念仏や題目にすがらず(それもまたいいと思いながらも)、
自分の尊敬する明恵のように「あるべきやうわ」を考え続けるのだろう。
さあ、肝心かなめの「あるべきやうわ」とはなにか?

「明恵が「あるべきように」とせずに「あるべきやうわ」としていることは、
「あるべきように」生きるというのではなく、
時により事により、その時その場において「あるべきやうわ何か」
という問いかけを行い、その答を生きようとする、
極めて実存的な生き方を提唱しているように、筆者には思われる。(……)
人間にとって現在の「あるべきやうわ」の問いかけは、
過去や未来についての考えを引き起こし、
それは前世や後生に関することにまで発展することがあるのである」(P189)


恩人の後鳥羽院をある面で裏切って北条泰時と仲良くした明恵の選択は、
朝廷関係者と幕府関係者それぞれの行ないが前世からの定業であると考えたらば、
ほかに取る手立てがなく、結果的にはいちばんよかったかもしれないのである。
天皇崇拝というイデオロギーを持っていたら、ああはうまくいかなかっただろう。
「勝てば官軍」式の処世術をポリシーにしていたら、朝廷側は多くの死者を出していた。
明恵が「あるべきやうわ」を考えながら、
その時その場の自分の答えを生き抜いた結果が歴史となったわけである。

明恵の「あるべきやうわ」はわたしの言葉で言えば「一滴の自力」のようなものだ。
親鸞の絶対他力信仰は「どうしようもない」「あるがまま」になると思う。
日蓮はよくわからんが、創価学会の自力主義から考えると「なせばなる」ではないか。
明恵が親鸞と日蓮のどちらに近いかと言えば、他力の親鸞のほうだろう。
ほとんど定業やら毘盧遮那仏の意向やらで決まっているけれども、
それでも人間は無力ではなく、せめて「あるべきようわ」
を考えることくらいならできるというのが明恵の信仰だと思う。
これは華厳宗の世界の見方である事事無碍(じじむげ)も関係している。
事事無碍というのは、思いっきりわかりやすく言えばぜんぶホトケということだと思う。
自他の相違もものとこころの区別もなく、それらはぜんぶホトケの現われである。
ホトケという理が、あるときは石になったり携帯電話になったりあなたになったりする。
いろいろな人やものが存在(ある)しているようにわれわれの目には見えるけれども、
深層ではみんなホトケという理から発生している事に過ぎない(これを挙体性起という)。
もっとわかりやすく事事無碍を説明するなら、海にたとえるといいのかもしれない。
(実際、華厳経では世界を蓮華蔵世界海と説明しているわけだから)
海水の一滴は少量だけれども海全体でもあるわけである。
海ではどこかで波が起こると、どういうわけか別のところで波が生じるようなことがある。
つまり、海全体としてはすべてがすべてに共時的に影響しあっているわけだ。
川のように一定方向に流れるわけではなく、海というのはわけがわからない。
しかし、一滴の海水の動きがどこかの大漁や水難と関係しているわけである。
海はぜんぶつながっているわけだから、
本当に海そのものが見えていたら日本海に浮かびながらアラビア海のことがわかるはずだ。
これが明恵のテレパシー体験の根拠となる華厳経の世界観である。

親鸞の他力は川のようなもので自力では流れに逆らえない。
しかし、明恵の華厳思想ではぜんぶがぜんぶに共時的に影響しあっていると見るから、
ある人が「あるべきやうわ」を考え続けていることが、
かならずどこかしらの変化にむすびつくと信じられるわけである。
つまり、人間はまったくの無力ではないというささやかな希望が生まれる。
「あるべきやうわ」の自力は、河合隼雄の言葉を借りるならば
「甘いぜんざいに入れられた少量の塩のようなもの」である。
甘さ(他力)を引き立てるためにあるような少量の塩(自力)だ。
それでもないよりはましだろうというのが「あるべきやうわ」の気がする。
断じてお題目をあげたら自力でなんでもできるというような甘い(?)世界観ではない。
圧倒的な定業(宿業)の力を認めながら、
それでも「あるべきやうわ」を考えるところに生きている味わいがあると明恵は考えた。
いや、さすがに明恵はそこまで明るくこの世を見ていなかっただろうが、
明恵がそういう高僧だったらばどんなにいいだろうと河合隼雄が思ったのである。
本書の明恵はむろんのこと、
河合隼雄が自己(セルフ、たましい)を投影したところの明恵である。
それは以下の文章の明恵を河合隼雄に換えたらば、そのまま通じることでもわかろう。

「明恵は欲望を拒否したり、抑圧したのではなく、それを肯定しつつ、
なお戒を守るという困難な課題に取り組んだのである。
ここに明恵の偉大さがある」(P115)


「内界と外界、合理と非合理、父性と母性などの、人間にとっての多くの二元性を、
どちらにも偏らずに統合的に見てゆこうとする明恵の態度は、
彼の言動のあちこちに示されている」(P174)


明恵の部分を河合隼雄に換えたらば、そのままこの心理療法家の説明になってしまう。

(関連記事)「華厳経」

よもやま評論家の小谷野敦さんが「現代の『二十四の瞳』」と
絶賛している映画「おっぱいバレー」をジェイコムで録画視聴する。
小谷野さんがすすめていなかったら絶対に見ないタイトルだった。
あまりもあまりにもわかりやすすぎるストーリーラインに、
これを好きだと世間様に公開できるのはさすが自称「正直者」だと感心した。
これみんなさあ、映画館で見るとき「おっぱいバレーをおとな一枚ください」とか言ったわけ?
映像オンチのわたしは洋画のみならず邦画でもたまにストーリーについていけなくなるから、
このわかりやすさはとてもいいと思う。

「試合で勝ったらおっぱいを見せてあげる」と中学国語教師の綾瀬はるかが
バカ部と言われている男子バレー部の生徒に約束する。
映画のかなりのところまで綾瀬はるかのおっぱい一本(二房?)で引っ張ってしまうのは、
現代のフェミニストにある意味で喧嘩を売っているわけで(女なんておっぱいがすべて!)
とても勇気があるとは思うけれど、
そういう女性はそもそもこんなタイトルの映画を見ないだろうから、
ずるいのか確信犯なのかなにも考えていないのかわからない。
しっかし、綾瀬はるかのおっぱいなんかそんなに見たいのかなあ。
映画館で1800円も払って見る価値のあるものだとは、おっさんは思わない(失礼!)。
この映画の舞台は昭和54年だそうだが、
思えばおっぱいの価値どころかお○○○の視聴価格でさえもこの30年で暴落したもんだ。

しかし、一般のおっぱいの価格こそ下がったが、
貴殿の好きな人のおっぱいの価値はプライスレスだろう。
このため、ときに男はおっぱいの魅力にあらがえず奇跡のようながんばりを見せるのだろう。
男はこの子のおっぱいを見たいと脳内で対象を幾度もひんむきながら
周囲のだれもが信じられないようながんばりを見せることがあるのだから哀しい動物である。
「おっぱいバレー」はそういう現実をうまくすくいとっているとも言えよう。

途中で気づいたが、
これは法華経をテーマにした映画と言ってもよい(意識的にか無意識的にか)。
映画関係者に創価学会の要人(あるいは富豪)でもいたのだろうか?
ダメな男子バレー部員は「綾瀬はるかのおっぱい」目当てに懸命の努力をする。
その過程で「がんばることのすばらしさを身をもって知った」(仲村トオル)。
これは法華経のテーマのひとつである「嘘をついてもいい」ではないか。
法華経にこういう物語がある。
火事の家にいる息子3人を助けるために、
親はそれぞれのほしいものをプレゼントすると嘘をつく(これが綾瀬はるかのおっぱい)。
長旅に疲れた一団のために休憩場所の蜃気楼(しんきろう)を見せ、
この仮の目的を目指してがんばろうと叱咤する(綾瀬はるかのおっぱい)。
毒を飲んで苦しむ子どもたちのために親の医者が嘘をつく(おっぱい、おっぱい)。
最高真理(綾瀬はるかのおっぱい)を説く(見せる)と言いながら
最後まで見せないのはまさに法華経と言ってよい。

あきれるほどのわかりやすさ、お約束の順守にシナリオ・センター臭を感じた。
脚本はあの人だったので、ああ、おれの勘も鈍っていないなあ。
ラストは山田太一脚本映画「少年時代」へのオマージュのつもりなのだろう。
自分がない脚本家は時代の創価学会的風潮にうまく適応できるのだろう。
「がんばることのすばらしさを伝えたい」とか企画書には書いてあるのかしら。
綾瀬はるかは言う。

「このおっぱいはあたしだけのものじゃないの。
これはみんなの夢なの」


設定年代こそ古いが(1979年)、
努力、勝利、夢、希望、あきらめない等々が絶対正義になった現代(2009年)
らしい映画である。
しつこいが、小谷野敦さんがすすめてくれなかったら絶対に見なかったと思う。
今晩、この映画を見たことはわたしにとってとても意味深い体験だった。
とはいえ、「悲しみの絶対量」が足らないから、
「おっぱいバレー」を「現代の『二十四の瞳』」とまで評するのは大げさではないか。

(追記)小谷野さんは「無煙映画」(喫煙シーンのない映画のことですか?)と書いていたが、
ジェイコム放送版は「海岸食堂」と「立ち飲み屋」のシーンで
底辺労働者らしきもの数人がいかにもな時代的小道具めかしてタバコを吸っていた。

「菜根譚の読み方」(ひろさちや/日経ビジネス文庫)

→小谷野敦さんがどこかで毛嫌いしているのを見かけた気がするから期待して読んだ。
どうしてか小谷野さんが嫌いなものをこちらが好むことが多いのである。
小谷野さんが悪口をしきりに書いていた忘れられた(もうだれも知らない)文芸評論家、
亀井勝一郎を古書で買い求めて読んだらじつに味わいの深いものであった。
あの、あれな、ああいう(以上ひそひそ声で)小谷野さんが否定する「菜根譚」である。
さぞすごい名著ではないかとずいぶん期待したものである。

「菜根譚(さいこんたん)」は中国の古典ということになっている人生指南書、世渡り読本だ。
本場の中国ではまったく読まれず、
日本の政治屋や豪商といった連中から長年愛されてきたらしい。
なんの根拠もなく直観で暴論を言い放つが、
これは日本人(のたぶん職業禅僧)が
中国の権威を借りて書いたいわゆる偽書ではないかと思う。
いまでいうビジネス本(自己啓発書)のようなものだが、
著者とされている中国人の実績がまったくないのである。
たとえるならシナリオを一度も書いたことがないババアが書いた、
偉そうな上から目線の脚本指導書のようなものである。

人生の選択に正しい答えのようなものはあるのだろうか。
わたしはよく知らない人から頼んでもいない助言をされるのが嫌いだ。
ブログのコメント欄でわかったような助言を匿名の人からされると、ときに殺意さえいだく。
とはいえ、こちらも悩める身、前世からの因縁か、
どうしてかふしぎと馬の合う人に電話で相談することがある。
「こうしようと思っていますが、どうでしょうか?」
相手はわたしが助言嫌いであるのを知っている、
そのことを知っているのに聞いてしまう。
答えようがない問いだと思う。あるときの答えが天才レベルにうまいとあとあとまで残った。
「ヨンダさんの心のなかから、そういう反応が出てきたのなら、そうしたほうがいいと思う」
とても役立つ助言であった。

さてさて――。
もし絶対的真理(唯一の真実)がないのだとしたら、聖典や古典の意味はなんになるのか。
人生のあらゆる選択肢においてしょせんは正しい答えなどないのだとしたら
(まあ結果はたまたま偶然にそうなっただけ)、
最終的にはどちらかに賭けるしかなくなる。そのとき、どこに賭けるかだ。
他人に賭けるよりも、自分で自分の考えに全身で賭けたほうがいい。
なぜなら他人の考えに賭けると、失敗したときに責任転嫁、逆恨みをしてしまうからだ。
しかし、なかなか自分に全身全霊でもって賭けることはできない。
そこまで自分に自信を持てないからである。
このときに役立つのが聖典や古典といったものではないのだろうか。
読めばおわかりになるはずですが(はい、お時間がないですよね)、
いわゆる聖典や古典には常識のような平凡なことしか書いていない、とも言いうる。
けれども、いや、このため、そこに自分と似た考えを見つけると嬉しくなる。
結果として聖典や古典にもこう書いてあるのだからと、
全身全霊で一生懸命に自分の選んだ道に向き合えるようになる。これがいい。

無学な苦労人や低学歴の商売人が権威を求めてむさぼり読む「菜根譚」に
書かれた真実とはよくもわるくも、まあそんなものなのだと思うが、それでいいのだろう。
たとえば以下のようなことが真実だったらどんなにいいことか。
いや、真実であると信じようと思う。

「伏すこと久しきは、飛ぶこと必ず高く、開くこと先なるは、謝すること独り早し。
此れを知らば、以て蹭蹬(そうとう)の憂いを免るべく、
以て躁急(そうきゅう)の念を消すべし。
(長いあいだ伏せていた力をたくわえていた鳥は、いったん飛び立つと高く飛び、
他に先がけて咲いた花は散るのもまた早い。
この道理さえわきまえていると、途中で足場を失ってよろめく心配もないし、
成功をあせる気持もなくなる」(P302)


実際は一度も飛び立つことのない不具の鳥もいよう。
生涯、大空を飛ぶことができないカゴのなかの鳥もいることだろう。
咲かない花はいくらだってあるし、そもそも雑草として生まれてきたら終わりである。
しかし、そうではないと思いたいではないか。
真実とはそうであってほしいことだから、真実は人それぞれでいいのである。

「貞士は福を儌(もと)むるに心なし。
天即ち無心の処に就いて、その衷(ちゅう)を牖(みちび)く。
儉人(けんじん)は禍を避くるに意を着く。
天即ち着意の中に就いて、その魄(はく)を奪う。
見るべし、天の機権の最も神(しん)なるを。
人の智功は何の益かあらん。
(節操の固い人物は、幸福を求めようとする心がない。
そこで天は、この無心に報いるに、その人物のまごころを導いて福を授ける。
陰険な人間は、不幸を避けようとして汲々としている。
そこで天は、その心につけこんで、その人のたましいをおどして不幸を与える。
これでわかるであろう、天のはたらきはなんと霊妙不可思議なことか。
人間の浅はかな智恵など、なんの役に立とうか」(P117)


あんまり大きな声では言えないが、古典のいいところは意味がよくわからないところである。
自分勝手に好きな解釈をして、その自分の真実に全身全霊で賭けてしまえばいいのだろう。
ひろさちやさんも上記の名文句(?)を好き勝手に解釈しているが、そこがいい。
古典なぞ絶対的に正しい解釈などないのだから(現代文もそうですけれど)、
自分の好きなように解釈してそれを生かせばそれで十分なのだと思う。
ひろ氏の解釈は――。

「蜘蛛の巣に捉えられた虫は、ジタバタするからかえって網にからまるのである。
人間も不幸から逃げようとすれば、かえって泥沼にはまってしまう。
ええい、ままよと、
どっかりと不幸の中で胡坐(あぐら)をかけば、むしろ精神的に楽になる。
そうしたとき、周囲の状況がよくわかり、不幸から脱出できるかもしれない」(P117)


ひろさちやさんは聖典の文句を好き勝手に解釈するプロフェッショナルだと思う。
次の原文→ひろ氏の訳→ひろ氏の解釈は、もはや芸術的なレベルに達していると思う。
まずほどよく意味不明の原文から。

「我、人に功あらば念(おも)うべからず。而(しか)して過ちは則ち念わざるべからず。
人、我に恩あらば忘るべからず。而して怨みは則ち忘れざるべからず」(P80)


なんのこっちゃい? ひろさん、訳してよ。

「人に施した恩恵は、おぼえていてはいけない。
だが、人にかけた迷惑はおぼえていないといけない。
人から受けた恩義は、忘れてはいけない。
だが、人から受けた怨みは忘れてしまわないといけない」(P80)


ぶっちゃけ、ぜんぜん意味がわからないでしょう?
これをどう解釈するのはあなたしだいで正しい答えはない。
ひろさんの解釈はもはや原文と関係ない独創的なものだが、まったくそうだと同感してしまった。

「もう少し意地悪い言い方をすれば、人に恩恵を施してはならないのである。
恩を施されると、どうも借金をかかえているようで気が重い。
それで、恩人に対して恨みごころをいだくようになるケースが多い。
恩を仇で返されたといった嘆きのことばをよく耳にするが、
それはこういう心理がなせるわざだと思う。
それでわたしは、ちょっと意地悪く、
恩は売らないほうがよいと考えるのであるが、『菜根譚』はわりと紳士的である」(P80)


正しい答えなんてないんだから、聖典古典も好きなように解釈してよろしい。
正しい答えなんてないんだから、好きなように生きればよろしい。
一見すると怪しげなひろさちや先生から教わった真理のひとつである。

「明恵上人集」(久保田淳・山口明穂:校注/岩波文庫)

→内容は盛りだくさんで明恵の和歌、夢記、伝記、遺訓を収録する。
伝記は現代語訳と丁寧な解説がついている講談社学術文庫で読んだほうがいいと思う。
さて、果たして鎌倉時代の高僧だったらしい明恵は本当に偉いのか、である。
いまは河合隼雄が力のかぎりを尽くして持ち上げてしまったから偉人ということになっている。
河合隼雄が明恵の権威づけをするいっぽうで、
同時によく知られていない明恵のほうも河合隼雄のふしぎな権威の源泉になっている。
これは世渡り上手の河合隼雄がユングとのあいだでやったこととおなじと言えなくもないだろう。

一般的に明恵の偉いとされる理由は――。
1.よく修行をしてよく勉強した。
2.戒をよく守り当時でもめずらしい一生不犯(ふぼん/女性と交わらないこと)を貫いた。
3.権力者の北条泰時とマブダチ(あるいは師弟)の間柄であった。

よく修行(苦行)をしているから偉いというのは、まるで現代の社畜さんのようだ。
よく知らないけれど、社畜さんの世界では何日寝ていないかが自慢になるのでしょう?
もう何日家に帰っていないぞ、とかさ。
まったくお金にもならないサービス残業の時間を競争する社畜さんもいると聞く。
とっぴな発想に思われるかもしれないが、これは明恵のやったこととおなじではないか。
明恵は出世目的ではなしに、
人のやりたがらない苦しい仏道修行をやったから偉いということになっている気がする。
「明恵さんは何日も寝ないで座禅しているだって」と坊さん社会で話題になったことだろう。
でもそれってさ、まさしく社畜とおなじではないだろうか。
いや、明恵は仏のため、自分のために仏道修行をしているから社畜とは違うのか。
河合隼雄がやたら評価している一生不犯も、
もしかしたら明恵は女嫌いだったかもしれないわけで、そうだとしたら偉くもなんともない。
青年時代こそ高位高官を目指さなかったが、
結局中年期には権力者とつるんでいるのはどう解釈したらいいのか。

明恵は自分のための仏道修行こそしたが、他人のためにはいったいなにをしたのか。
乞われて弟子に教えを説いたのと高身分の貴族や武士の相談に乗ってやったくらいだろう。
たとえば踊り念仏の一遍と比べるとあまりにも下層民と縁がなさすぎるのである。
明恵が道端で貧農から「どうして生活がこうも苦しいのでしょう?」と問われたら、
果たしてどう答えていたか。「それは定業(宿業)のせいだからあきらめなされ」だと思う。
「これからどうしたらいいっぺか、和尚さん?」「あるべきようわ。貧民らしく生きなさい」
どう考えても明恵の烈しい仏道修行は自己満足でだれをも救いはしないのである。
これが捨て聖の一遍ならどう答えていたか。
「死んだらみんな極楽に往くんだから辛気くさい顔をしないで笑おうぜ、踊ろうぜ!」
いっときでも下層民を救ったのは絶対に明恵ではなく一遍のほうだったと思う。
しかし、そう、民衆史観みたいなものはインチキで、
ことさら下層民を救ったものが偉いという理由はどこにもない。
貴族や武士の懊悩(おうのう)のほうこそむしろ真実かもしれず、
あたかも現在の心理療法家のように
貴人たちの相談に乗ってやった明恵の功績をそう過小視するものでもあるまい。

明恵の教えといえば「あるべきようわ」が有名だが、これはいったいなにを意味するのか。
わたしもこの1ヶ月近く外見上はそれなりに忙しく時間に追われながら、
内面では「あるべきようわ」とはどういう意味か考えていた。
行き着いた結論は、明恵の「あるべきようわ」とは「自分で考えなさい」という意味ではないか。
その前提にあるのが現実のありようを見極めた明恵のある意味では冷たいまなざしである。
無学な貧農の息子が貴族になれるわけがないではないか。
生まれつき身体の弱いものが武士として名を馳せるのは難しいだろう。
ひとたび難病にかかってしまったら死ぬまで苦しみ続けるしかない。
いくら祈祷しても法華経を読誦しても、どうしようもない「無理なものは無理」な世界がある。
人は究極的には他人を救うことはできない。他人の身になるのは限界がある。
人は人を救えないが、仏さまならば人を救ってくださる。
その仏さまはどこかべつの場所にいるのではなくそれぞれの心のなかにいるのだ。
人は他人に救われるものではなく、自分で自分自身を救うしか道はない。
自分の定業(不幸、不遇)と折り合いをつけられるのは自分しかありえないではないか。
現実は夢のようなものさ、とセンチメンタルに詠って現実から目をそらすのはどうだろう。
現実が夢だと気づいたらば、その夢から醒めてものの真のありようを見てみたらどうか。
そのうえで「あるべきようわ」を自分で考えるところにこそ生きる味わいがあるのではないか。
あるとき明恵は叔父からこういう和歌を送られたという。
自分を仏道へと導いてくれたのがこの叔父である。

「見ることはみな常ならぬうき世かな 夢かと見ゆるほどのはかなさ」

すべては無常で喜びも悲しみも栄華も転落も移ろいゆくこの現実のはかなさは、
まるで夢のように見えるのではないか、くらいの意味だろう。
これに明恵はどう返したか。

「長き夢の夢を夢とぞ知る君や さめて迷へる人を助けむ」

さらに目覚めよ、である。
徹底的に夢ではないリアルを見つめて、夢に惑っている人の耳元で空砲を鳴らそう。
明恵が自分の「あるべきようわ」を考えるよすがとしたのがおのれの夜見る夢である。
明恵は「夢記(ゆめのき)」という自分が見た夢の記録を残している。
夢の専門家ということになっている河合隼雄がやたらこの「夢記」を評価している。
夢の価値がいまいちわからない当方は「夢記」が退屈で何度も寝そうになった。

結局、明恵というのはどの程度の僧だったのだろうか。
ファンである河合隼雄が異常なほど評価しているため、目が曇らされて実像が見えない。
あんがいマゾっけの強い女嫌いの修行中毒者くらいが正体かもしれないのである。
でもまあ、悟るというのは自分で悟るしかないのだから、
おのれの「あるべきようわ」を自分で考えろとしごく当たり前のことを言っている坊さんだ。
文学的価値はまるでわからないが明恵の和歌で好きなものを紹介したい。
ある日、みんなで河までピクニックに出かけたという。

「清滝河のほとりい出でて、同輩もろとも遊ぶあひだ、
にはかに夕立すれば、古き板を取り重ね、木の枝に渡しき。
その下に集りゐたる有様わりなきに、雨なさけなくしきりになれば、
防ぎあへず、人々もみな濡れたるけしきをかしくて、かくなむ

旅の空かりの宿りと思へども、あらまほしきはこのすまひかな」(P12)


いま書籍倉庫で時給850円のアルバイトをしているが、この感覚がよくわかるのである。
ほとんどつながりもない国籍、性別、年代多様な人が一箇所に集って働いている。
さっきまでカンカン照りだったのに、休憩時間になると豪雨になっている。
このとき休憩に出てきたそれぞれ多様な人が「雨だね」という感覚で一瞬つながるのである。
雨のおかげでかりそめの連帯のようなものを感じることができる。
それぞれ生まれ持ったものは多様でそれぞれどうしようもないけれども、
一緒に雨宿りしているとき、雨だけは平等に降っていることに気づき安心をおぼえる。
「どうしようもない」ことでわれわれがつながっていることにとても理想的な世界を見てしまう。
現世というのは旅先の「借りの宿」のようなものだが、
こうして雨に降られてみんなでひとかたまりになっていると、
ぞんがいこの世も悪くないものに思えるという感慨を明恵は詠っているのだと思う。
これは掛け値なしにいい。

それから男同士の歌の交換もいい。
以下は、真偽はわからないけれど権力者の北条泰時から送られた歌ということになっている。

「思ひやる心は常にかようふとも 知らずや君がことつてもなき」

常にあなたさまのことを思っていますが、
言伝(ことづて)がないのはわが思いをご存じないというということでしょうか。
これに明恵はどう答えたか。なかなかにくい返歌を送るのである。

「人知れず思ふ心のかよふこそ いふにまされるしるべなるらめ」

こっそり心の通い合っているほうが、言葉にするよりも味わいのあるものではないですか。

だいぶ時間をかけてつきあったが、いまだに明恵がどういう人なのかわからない。
ただ烈しい人だったということはなんとなくわかる。
13歳で自殺未遂をして、24歳で右耳を切り取ってしまうような人である。
30歳を超えたころには釈迦の生まれたインドに渡ろうと二度計画したという。
どうにでもなりやがれという捨て鉢なところもあったと思われる。
たしかにすべてが定業であるならば、恐れるものはないことになる。

「浮雲はところ定めぬものなれば 荒き風をもなにかいとはむ」

以下は遺訓からの抜粋だが、ここでも明恵の鼻息は荒い。

「仏の御前に向ひ参らせて一分の徳もなくば、生きて何かせんと思ひき。
我は武士の家に生を受けたれば、武士にばし成りたらましかば、
纔(わづか)の此の世の一旦の恥見じとて、とくに死すべきぞかし。
仏法に入りたらんからに、けきたなき心あらじ。
仏法の中にて又大強(だいかう)の者にならざらんやと思ひき」(P212)


「とく死なんこそ本意なれ(早く死ぬのは本望)」は踊り念仏の一遍の名言だが、
明恵の烈しい言葉からも似たような決意を感じることができる。
少しでも長生きできたら、なんて思っているやつはきっとなにもできないのだろう。

バイト先で本のピッキングをさせていただいていると
(公開募集仕事内容なのに職場でこれに就けない人も多いらしい)、
新卒数年の男性社員さんがいきなり来て、
ドヤ顔で間口(持ち場)の本をわたしの代わりに取って箱に入れていく。
こういうことが何度もあって、どういう意味なのかわからなかった。
正直、人によってそれぞれ変わる本の置き方も無視して荒らしていくので、
ここだけの話になるが来るたびに迷惑していた。
本の置き方というものがそれぞれあって、それを変えられてしまうと直すのが面倒極まりない。
きっと新卒正社員のプライドからコントロール感(支配願望)を満たしたいのだろうと思っていた。
「おれはおまえよりも立場が上だし仕事ができるのを見よ」と言いたいのかとばかり。
ぶっちゃけ、一度その社員さんの誤ピックがわたしのミスになったことがあった。
めったに出ない本だったのでよく覚えていたのである。そのときは、まあ、そんなものかと。
そもそもわたしは誤ピックが多いから一度くらいのミスが増えてもなんでもない、あはっ。

今日3ヶ月の謎がようやく解けたのである。
忙しいピッキングの最中にまた新卒数年の正社員さんが間口(持ち場)に来て、
「おれ仕事ができるもんね自慢(←こちらの誤った主観)」をする。
バイト先では自己主張をしないと決めていたが、
身分を考えずに思っていたことを申し上げてしまう。
社員さんが横にいると見張られているようでかえって数を間違えてしまう。
ふたりでひとつの箱に本を入れるのは混乱の原因であります。
そのときの回答が衝撃的だった。

「なら、もう助けてあげないよ!」

ああ、そうだったのか。あれはこの自信満々の社員さんの親切だったのかあ。
すっかり嫌がらせに近いものだと勘違いしていた。
本当に他人の考えていることはわからない。
しかし、呼吸の合う人もいるのである。
おなじバイト先にすごい好きなベトナム人の若い男の子がいる。
恥ずかしい話だが、一度この子の隣でピッキングをしているとき、
長いあいだ苦しんでいた個人的なトラウマのようなものが消えていくのを感じて
落涙しそうになったことがある。
本のタイトルの一部の「笑顔」を指して「これはなんと読むのか」と聞かれた。
とても笑顔がすてきなベトナム人の男の子だ。
この子がピッキングの隣にいたらなぜか心が通じ合っているから早くできる。
お互いにしてほしいことが言葉を介さずに理解できるのである。
あうんの呼吸で通じ合っているからうまくいくのである。

最初、この子の隣に入ったときはお互い何人だかわからないから、
やたら人懐っこい彼に英語や中国語で応じたものである。
しばらくはわたしのことを中国人だと思っていたようだ。
先日だが深夜、帰宅途中、遠目にその子の姿を見かけたことがある。
道端の葉っぱのにおいをさもめずらしそうにかいでいた。あえて声をかけなかった。
ベトナムからよく知らぬ国に来て日本語を学びながら働いているってどんな気分だろう。
一度、その男の子が自分はこの女の子が好きだと、
おなじ職場のベトナム人の女の子の写真を携帯で見せてくれたことがある。
異論はあると思うが、あらゆる国籍をふくめていまのバイト先でいちばんの美少女であった。

かつてその男の子に「ありがた迷惑」になることを恐れながら、
百円ショップで売っている「紐切りカッター」をプレゼントしたことがある。
負担に感じさせたらと案じていたが、とてもいい笑顔で受け取ってくれた。
「ありがた迷惑」を恐れてはいけないのかもしれない。
Hさんという古参バイト女性がいて、この人のピッキングがとても好きである。
急がせるピピピという音が鳴ってもまったく気にせず自分のペースで仕事をするのである。
もちろん、わたしとおなじでよく知らぬ他人に間口(持ち場)に入られるのを嫌がっている。
この人が隣だとまったく横を気にしないでいいし、
気にされないので(こっちのほうが嬉しい!)楽なことこの上ない。
Hさんから仕事を教わったことは一度もないが(話したこともない)、
あんがいいちばんピッキングとはなんぞやを教えてくれた恩人なのかもしれない。
バイトは明日辞めるかもしれないし、1年続けるかもしれないし、それはわからない。
もちろん、本当にしたいことは書籍出荷のバイトではない。
見知らぬ他人からの助言は「ありがた迷惑」なのでコメント欄での人生指南はご遠慮ください。
ご意見がございましたら実名記入のメールでお願いします。
「明恵上人伝記」(平泉洸:全訳注/講談社学術文庫)

→明恵(みょうえ)は鎌倉時代のマイナーな坊さんだが、
河合隼雄に引き上げられたからいまは少しは存在を知られているのかしら。
かんたんに人物像を説明すると、親鸞とタメ(おない年)で、
法然の死後に法然を否定する激烈な論文をお書きになった地位の高い坊さんってところか。
まあ、およそ常識がないクレイジーな坊さんだから高僧と言ってもいいのだろう。
明恵がある種の悟りを開いたのは13歳のときである。
ふっと気づいてはならない「本当のこと」に気づいてしまったようだ。
中二病には1歳早いところが明恵の天才性のあかしかもしれない。
さて、13歳の明恵はなにを悟ったか?
あれえ、五蘊(ごうん=身体)があるからこそ、悩みや苦しみが発生するんじゃあるまいか!
だったら、死んだほうがいいじゃーん。なーんだ、なーんだ、真理、見ーっけ♪
ここで明恵少年はさらなる真理を発見するのだからきちがいは偉大である。
当時の墓場は死体をそのまま放置し、
それを野犬が食い散らかしていくのがふつうだったという。
明恵少年は尊敬する釈迦の捨身飼虎(しゃしんしこ=飢えた虎にわが身を与えること)
を真似て、自殺するために死体と一緒に墓場に横たわったというのだから、さあどうなったか。
真夜中、野犬の集団は死体をむさぼりこそしたが明恵はにおいをかいで食わなかった。
いったいどうしてなんだろう? どうして自分は死ななかったのか?
明恵の信仰は、このとき生まれたものを基本としているような気がする。
13歳の明恵は深夜の墓場でなにを悟ったのか?

「此(こ)の様を見るに、さては何(いか)に身を捨てんと思ふとも、
定業(じょうごう)ならずば死すまじき事にて有りけりと知りて、
其(そ)の後は思ひ止まりぬ」(P28)


なんとかして自殺しようと思っても、前世から定まった宿業がなかったら死ねない。
自分が主体的に死ねないということは、いま生きているのも主体的に生きているのではなく、
(いんちき善人っぽい表現だが)生かされているのではないか。
なにによって生かされているのか。大きなものの一部として生かされているのはわかる。
このよくわからん大きなものはいったいなにか?
もしやこの大きなものを仏というのではないか、と明恵は13歳で悟ったと思われるのである。

このように明恵の仏法は自殺否定から始まったとみてよい。
注意したいのは自殺禁止ではなく、自殺を否定しているところである。
自殺なんて存在しないという地点から明恵の仏教はスタートしているのだ。
いくら自殺しようと思ったところで定業(宿業)がなければ死ねるわけがないではないか。
これはまったく本当でいくら自殺をしても死ねない人は絶対に未遂で終わると思う。
いっぽうで冗談半分でドアノブに縄をかけただけでも死ぬやつは定業により死んでしまう。
そうだとしたら、自殺しようかどうか迷っている人は明恵の教えをわかっていないことになる。
人間が自殺を自分の意志だけで遂行可能だというのは近代人の大きな錯覚になるのだと思う。
「やってみい、死ねないから」というのが13歳の明恵が悟ったことである。
しかし、明恵が自殺しようと思わなかったらこのことに気づかなかったのだ。
ならば、その自殺しようという少年の欲望はどこから来ているのか。
そして、たまたまその日だったから野犬に食われなかったのかもしれないのである。
別の日に墓場に横たわっていたら空腹の野犬に食われてしまっていたかもしれない。
この「たまたま」はいったいなんによるのか。
あらゆる答えはおそらく定業(じょうごう)になるのだろうが、
その定業はそれぞれの人が生きてみないとわからないようになっている。

明恵はマゾと言ってもいいほどの修行中毒だった。
いまで言うリストカットのようなことを若いころにしている。
どうやら明恵はものすごいイケメンだったらしく美少年はケツを掘られるのを恐れた気配がある。
このままだと上司に気に入られて僧侶社会で出世して堕落した坊さんになってしまう。
そこで明恵青年は唐突に片輪者(身障者)になることを思いつくのである。
顔の一部分を切り取ったらブサイクになるため、ちやほやされることもなくなるのではないか。
とはいえ、目玉をえぐればお経が読めなくなる。
鼻を切り取ったら鼻汁がとまらずたいせつなお経を汚してしまう。
手を切ったら印を結べなくなるから困る。
そういうわけで明恵はどうしたかというとカミソリで右耳を切り取ったのである。
わたしはよくわからないがリストカッターは明恵の気持がよくわかるのではないか。
自分をわざと痛めつけることで生きている実感のようなものが生まれることもあろう。
仏道修行と自傷行為はどこか似ているような気がする。
仏教関係者が読んだら激怒しそうな不謹慎なことをあえて言えば、
過労死寸前の会社員とかさ、「寝てない自慢」をしながら自分に酔っていそうじゃん。
「おれすごいだろう」みたいな(笑)。人間の限界を超えたぞ、みたいな(笑)。
過労死寸前のモーレツ社員を支えている価値観は「よく働く人は偉い」である。
では、修行中毒だった明恵を支えていた当時の価値観はなんだったのか。
食うや食わずで修行ばかりしていた明恵は病気になっても薬の服用を拒否したという。
その理由が過労死本望の社畜を思わせて空恐ろしい。

「生者必滅何(なん)ぞ始めて驚かん。
縦(たと)ひ仏道修行の故に、病み付いて死せば、修道の志を以て、
来世に継がん事、今日に明日を継ぐに異ならざらん」(P54)


過労死上等と明恵は言っているわけである。
修行中に死ねたらば、かえって都合がいいと思っていたふしがうかがえる。
明恵ほどに修行をしていたらおのれの限界というものがかならずや見えたはずである。
おのれの限界とは定業(宿業)のことである。
前世で仏道修行が足らなかったから、これ以上はいけないという限界にまで達したはずだ。
ならば、どうしたらいいのか。
現世で徹底的に仏道修行をして来世に希望をつなげばいいことになろう。
河合隼雄をはじめ、いまの仏教ファンは職業僧侶でさえも前世の存在をあやふやにしているが、
明恵のもっとも信じていたものは定業(前世から定まった宿業のこと)だったのだと思う。
定業を信じるとは、前世と来世を信じるということである。
定業を信じられたらば、この世の不平等に疑問を感じることはなくなる。
いまの世で恵まれているものは定業ゆえにそうなのだということになるのだから。
どうしてイチローはイチローで、あなたはイチローになれないのか?

「凡(およ)そ国王大臣となり、或(あるひ)は高位高官に登り、或は国城田園に飽き、
微妙(みみょう)の珍宝に満ちて、百千の寿命を保ち、藝能人に超え、
才覚優長に、面貌美麗に、何事も思ふ様になること、
皆仏法の恩徳より出でずと云ふ事なし。
されば富めるは富めるにつき、貧しきは貧しきに付(つき)て、
仏法を崇敬し財宝を施し、心を致して供養して、敢て軽慢すべからず。
此の世にかく豊かに栄ゆるは、先世に戒を持(たも)ち、寺院を造り、僧に布施し、
貧しきに宝を与へ、仏像・経巻を荘(かざ)り、此(かく)の如き善を修せし報(むくい)なり。
若(も)し此の法の種子なくば、先づ人界に生を受くべからず。
況(いはん)や又いふ所の如くの楽(たのしみ)あらんや。
若し此の度またさきの如く善を修せずんば、何を以てか当来の副因とせん。
喩(たと)へば去年よく作りし田畠の作毛を以て、今年豊(ゆたか)なりと雖(いへど)も、
今年豊なるに耽(ふけ)りて、明年の為めに田畠を耕作せずば、
次の年は餓死せんこと疑ひあるべからず」(P283)


河合隼雄が評価したから明恵は親鸞に準ずるほどの高僧ということになっているけれど、
上の引用文を読んだらこの坊さんはカルト教団の教祖と変わらないことがわかるだろう。
おそらく、当時の貴族たちにもある種の自責の念というのがあったのではないか。
どうして食うや食わずの貧農がいるいっぽうで自分たちはこんなに恵まれているのか?
現代の金満成功者たちはその理由をおのれの努力に帰してごまかしている問題である。
明恵はなにやら後ろめたい高身分の貴族や武士たちに安心を与えたと言ってよい。
あなたたちが現世で異常なほど恵まれているのは前世で三宝(仏法僧)を重んじたからだ。
しかし、来世はどうなるかわからんぞ。
いまのうちに全財産を寄付しておけば、来世でもっとおいしい目を見られることは疑いなし。
おいおい、明恵さんよ~。
かといって、やはり明恵は現代のカルト教祖とは異なるのである。
なぜなら修行マニアの高僧、明恵上人は現世利益を完全に否定しているからである。
明恵ほどの高僧になると貴族たちが高額のお布施を持って祈祷をお願いしてくるらしい。
貴族とはいえ親族の病気の治癒や出世願望といったさまざまな欲望があった。
現世利益のための祈祷の依頼に明恵がどう答えたのか記録に残っている。
いくらお祈りしてもかなうことはかなうけれど、かなわないものはかなわないよ――。
かなわないことはいくら仏の力を借りても、無理なものは無理。
これもまた定業を深く信じているがゆえの回答なのだろう。
現世利益の祈祷を依頼されたときの明恵の回答は以下である。

「我は朝夕一切衆生の為に祈念を致し候(さうら)へば、
定めて御事[あなたさまのこと]も其の数の中にてましまし候ふらん。
されば別して[特別に]祈り申すべきにあらず。
叶(かな)ふべき事にて候はば叶ひ候はんずらん。
又叶ふまじき事にて候はば、仏の御力も及ぶまじき事にて候ふらん。
其の上、平等の心に背きて御事ばかり祈り候はんこと、親疎[えこひいき]あるに似たり。
左様に親疎あらんものの申さんことをば、仏神もよも御聞き入れ候はじ」(P186)


明恵がホンモノだったことがそこはかとなくわかるのではないか。
願望はかなう人はかなうだろうが、無理なものは無理で、かなわないものはかなわない。
いわゆる夢がかなう人とそうではない人を分けているのは、しつこいが定業である。
しかし、望みがかなえばいいのかどうかもわからないと明恵は諭していたようだ。
たしかに願いがかなって出世をしても過労死してしまったら意味がない。
子どもの病気が治ったのはいいが、長じて人を殺めてしまったらどうなろう。
宗教評論家のひろさちやさんではないが(氏はよくこの説明をする)、
志望校に合格していたらいじめられて自殺していたかもしれないのである。
仏さまはひとりひとりを子どものようにたいせつに思ってくださっている。
念願がたとえかなえられなくても、それは仏さまがそのほうがいいと判断したからだ。
ゆめゆめ仏さまを恨むようなことはしてはいけませぬぞ。

「又仏は方々[それぞれ]の御事をば一子の如く思しめし候に、
叶へても進ぜられ候はぬは、何(いか)にもやうこそ候ふらめ。
譬(たと)へばをさなき[幼き]者毒[を]しらで食したがり候を、
親の奪ひ取り候をば、甚だ恨みて泣き候が如し。
一旦は本意なきやうに候へども、終(つひ)にはよかるべきはからひなり。
されば仏をも神をも御恨みあるまじく候。
又不信放逸の心ある人をば、千仏も救ひ給はぬことなり。
されば我身の拙(つたな)きことを顧みて、身をこそ恨み給ふべく候へ。
祈(いのり)叶はざらん時も、仏の御計らひ、やうぞあらんと思ひ給ふべし」(P186)


「なにもしない」が晩年の信条だった心理療法家の河合隼雄のような詐欺師っぷりがよろしい。
それでも河合隼雄とおなじようにお金を取るときは取ったのだろうから、そこもいい。
「なにもしない」とは「信じる」ことである。
本当に仏さまを信じていたら、ジタバタせずに「なにもしない」でいられるのだろう。
「なにもしない」のがかえって難しいわけは、信じることが難しいからではないか。

「諸仏の甚深の道理は、只(ただ)仏のみ能(よ)く知り給へり。
仰ぎて信をなすべきなり。兎角(とかく)我れとあてかふ事は悪きなり」(P98)


どうして自分は不幸なんだろう? どうしてあの人は不幸なんだろう?
もし本当に仏さまや如来がいるのなら、いったいどういうわけで助けてくれないのか?
もし本当に仏さまや如来がいるなら、どうして不幸な人を実際に救わないのか?
むかしからあった宗教の根本的な問いと言えよう。
おおむかしインドには頻婆娑羅(びんばしゃら)というとても不幸な王さまがいた。
じつの息子から嫌われ七重もの扉に閉ざされた牢屋に閉じ込められてしまった。
いったいどういう理由でこういう痛ましいことが起こるのか?
それは13歳の明恵が自殺しようとしたけれどできなかったのとおなじ理由からである。
前世からの定まった報い、つまり定業は仏や菩薩にもどうしようもないのである。
定業は現世に報いとして現われてみてはじめてそうであるとわかる不思議な因果である。

「只一向(ひたすら)に諸法の真実の因果は只仏のみ知り給へり。
我等が思ひ計るべき処に非(あら)ずと信じて、其の心に道理を失わず、
生々世々[生死輪廻]に必ず無當なる[不当な]果報をば得べからざるなり。
亦(また)、頻婆娑羅王、仏を深く念じ奉りしに依(より)て、
忽(たちまち)に七重の室を出でざれども
[仏を念じても監獄から解放されなかったけれど]、
如来の光明に照らされて不還果[ふげんか=輪廻からの解脱]を得たりき。
打ち任せて人の思へるは、如来の神力などか[どうして]七重の室を破りて、
彼の王を取り出(いだ)し給はざりしと。
然(しか)れども諸仏の慈悲はたゆる事なけれども、三悪道の果報充満せり。
実(まこと)に諸法の因果の道理は仏の始めて作り出し給へるにもあらず、
慈悲深くいますとても法性[現実]を転変し給ふべきにあらず」(P94)


仏さまはいくら祈ろうが現実を変えてくれはしない。
「生々世々に必ず無當なる果報をば得べからざるなり」――。
その不幸は無数回における生まれ変わりのどこかで
自分自身がつくりしところの悪業の報いなのだからあきらめよう。
「救いがないところが救いである」と言っているようなものだと思う。
明恵は(念仏の)法然を批判したことで知られているが、
河合隼雄も指摘していたけれど、どこかで法然を認めていたような気がする。
以下の引用文は法然の念仏を推奨しているようにさえ読めなくもない。

「されば今生[現世]の事に於(おい)ては宿報決定して[定業ゆえ]、
仏菩薩の御力も及ばせ給はぬことあれども、
一度(ひとたび)も仏を縁として心を起して、名号[仏の名前]をも念ずる功徳は、
必ず有為生死の中にして朽ちやむ事は無きなり」(P93)


とはいえ、定業を深く信じた明恵の教えは念仏ではない。
明恵はそれぞれ「あるべきようわ」を心がけよと説いている。
明恵の「あるべきようわ」の解釈は、河合隼雄の少々偽善的なものが一般に流布している。
しかし、実際の明恵の「あるべきようわ」は現代的見地からしたらかなり残酷な教えだと思う。
「あるべきようわ」は「おまえの定業を生きよ」ということだと思う。
本書のオリジナルにもいろいろな異本があるそうなのだが、
そのひとつに「あるべきようわ」の説明としてこんなことが書かれているという。

「人は阿留へきようは[あるべきようわ]といふ七文字を可持也(たもつべきなり)、
帝王は帝王の可有様(あるべきよう)、臣下は臣下のあるへきやう、
僧は僧のあるへきやう、俗は俗のあるへきやう、女は女のあるへきやうなり、
このあるへきやうをそむくゆへに一切あしき也(なり)」(P86)


いまの時代に「女は女らしくしろ!」なんて発言したら、どこからなにが飛んでくるかわからない。
しかし、明恵の「あるべきようわ」はたぶんそういうことである。
自分はどれほどの定業を持っているかを見極め、その定業を真正面から生き抜くしかない。
人権的にどうかという表現をしたら、貧乏人は貧乏人らしくしろ、ということになってしまう。
きれいごとっぽく言うならば、あなたはあなたらしくすればいい、
という歯の浮くような言葉になる。
前提としてあるのは定業(=宿命、現実)を認めて生きるしかないという決意(断念)になろう。
だって、ブスは美人にならない。偏差値40のものは東大に入れない。
現実として、難病になったら死ぬまで苦しみ続けるしかないじゃないか。
障害を持って生まれたら、その障害を受け入れて、どう生きるかを考えなければならない。
金持の家に生まれるのと貧乏人の家に生まれるのではぜんぜん違うのだから、
万民に通じる「正しい生き方」などあるわけがなく、
それぞれがそれぞれの「あるべきようわ」を見つめながら定業を生き抜くしかないではないか。
これが河合隼雄の好きな明恵上人の教え「あるべきようわ」だとわたしは思う。
河合隼雄はまったく触れていないが「あるべきようわ」は身分差別が前提にある教えだ。
しかし、現実にはいまも差別があるではないか。
金持と貧乏人が平等か。美人とブスがおなじ対応をしてもらえるか。
現実の差別に対して、お題目やお念仏を唱えるのもいいし、
ヨガ教室に通って心身を清めるのもいいいだろうが、しかし現実の差別は変わらないだろう。
「なんで、あいつばかりいい思いをするんだ」という思いは消えまい。
明恵は「あいつ」のことではなく自分の「あるべきようわ」を考えろと言っているのだと思う。
本書によると、明恵の入滅後、
3人の弟子がそれぞれの「あるべきようわ」と向き合い師匠の後を追ったという。
明恵の言葉を使うならば、弟子たちは後追い自殺をしたのではなく、
それぞれの定業を生き抜いたのであろう。

個人的な体験から物申すと、
アルバイトにかぎってはいわゆる「履歴書の空白」はどうでもいいような気がする。
わたしなんかいまのバイト先に提出した履歴書――
【学歴】2000年早稲田大学第一文学部文芸専修卒業
【職歴】なし
以上。
こう正直に申告したけれど、人事担当のKさん(年上男性)からその場で採用と言われたから。
社会勉強だと思って中年バイト面接はそれなりに受けたけれど、
前歴は一度も問われなかった。
日本人はやさしいからお察ししてくれるのである。
どうせ男が中年にもなってアルバイト面接に来るんだから、
自分から言わなくても理由はお察ししてくださる。
空白期間を問われたらどう答えようと思っていたか。
ある日、人生に絶望して浜辺に行ったら悪童が亀をいじめていたんです。
義憤にかられて亀を助けてあげたら――。

いまの時給850円のバイト先に面接後採用されて10分後、
ある人材派遣会社から電話があったのは忘れられない。
時給1100円の仕事を紹介してくれるというのである。
わたしは日雇い派遣時代からなじんでいるKさんが好きだったので紹介を断った。
いまのバイト先は応募者を全員採用するようである。
よく休憩室で面接をやっているが落とされた人を見たことがない。

このまえピッキングのとなりに新入りのおばさんがいた。
Kさんが横で仕事を教えようとしていたが、
新入りおばさんはうんともすんとも言わないのである。
知的なしょうがいがあるのではないかと疑ったほど。
真剣なKさんとやる気のない新入りのやりとりに笑いをこらえるのにどれほど苦労したか。
こんなダメダメなおばさんでも即決で雇ってしまういまのバイト先と、
長身なのに異様なほどウェストが細い人事担当のKさんがわたしは大好きである。
日雇い派遣で行ったときはやけに冷たかったのに、
正式バイトになってからは(勘違いだろうが)思いやりに満ちた視線をときどき感じる。
実名ブログで自分のあからさまな欠点を公開していいのかという問題があるけれど、
もう人生どうでもいいという捨て鉢な気分になっているのでなんでも書いてしまう。
よくものをなくす自分にうんざり、げんなりする。
さっきもさ、今月のバイトシフト申告表が見つからずあちこち探し回ったが見つからなかった。
まあバイト先に行けばはりだされてあるんだからメモをとればいいだけの話だが、
こういうことばかり起こるので自分が嫌いでぶん殴ってやりたくなる。

本当によくものをなくすのである。几帳面からもっとも遠い性格である。
どうせなくすだろうとバイト先で必要な紐切りカッターは
5個買っておいたがことごとくなくしている。
タオルもいったい何枚なくしたのかわからないくらいである。
気持がおおらかならばまだ救いがあるのだろうが、ものをなくすごとにひとり大騒ぎする。
ものをなくすごとに激しい自己嫌悪に襲われパニックに近い状態になってしまうのだから、
傍から見たらバカバカしくて笑えるのだろうが、本人はしんどくてたまらない。

あのさ、台所に水筒を置いていたのに持ち忘れたのが夏になってから2回もあるんだぜ。
ふたをきちんと閉めていなかったのか、
水筒から中身がもれてぜんぶビショビショになったことが一度。
おれ、人としてダメじゃね? 
とそのたびに小さなミスを自分の根本欠陥のように思い込み悩む。
ぶっちゃけ、履歴書の短所欄に「よくものをなくす」なんて本当のことを書いたら、
どこも雇ってくれないのではないか。
ちなみにいまの自称短所はかわいく「感情がすぐ顔に出てしまう」。ふん、それはガキじゃんか。
さらにどうでもいい自称長所は「運がいいこと」って、なにそれ、おっさんよお!
よく自己啓発書とかには欠点こそ長所である、なんてふざけたことが書いてあるじゃん。
いったい「よくものをなくす」ことのコインの裏、つまり長所はなんになるんだろう。

よくさ、「得るは失う」「失うは得る」とか聞きませんか?
わたしは小物をなくして落ち込むたびに、ならばそうだとしたらいったいなにを得ているのだろう。
おかしな変なところでの運のよさには自信があるが(海外危険地域で泥酔しても無事故)、
もしかしたらよくものをなくすごとに小さな運をためていっているのだろうか。
年齢的にどう考えてももうじきお亡くなりになるであろう山田太一さん推薦の
アメリカ映画「ショーシャンクの空に」(1994年)をジェイコムで録画視聴する。
どうして大半の人は、
たとえばある作品の感想をなるべく客観的な立場から書こうとするのだろう。
これは自分のいち主観ではなく、可能なかぎり客観的に見ていると感想で示したがるのだろう。
大衆というバカどもは客観的になるのがインテリに近づく道だと思っているのかもしれない。
だから、映画感想ブログとかつまらなくてどの記事も最後まで読めないんだよね。
なに? おまえさん、映画評論家にでもなったご気分でございますか、みたいなさ、キャハ。

わたしがこの映画を大好きなのは、どうしてだかいまの環境と似ているからだ。
「ショーシャンクの空に」はインテリのエリート銀行員が無実の罪で刑務所へ入る話である。
そこにはインテリジェンスなどとは縁のない終身刑を言い渡された囚人たちがいた。
はじめは孤高を保っていたインテリ主人公がしだいに囚人たちと打ち解けていく。
のみならず、持ち前の能力を生かして刑務所の待遇改善に乗り出していく。
これはストーリーの序の口で、
この映画のおもしろさはもっぱらストーリーだから、これ以上は書きたくない。

わたしはインテリは大嫌いだけれど、
どう考えても有名大学を卒業して本ばかり読んできたいわゆるインテリになるのだと思う。
流されるように刑務所ほどひどくはないが時給850円の職場にアルバイトとして入った。
こういう理由で映画「ショーシャンクの空に」をとても身近に感じたのである。
自意識過剰なんだろうけれど、本を読まない人たちの850円の世界がよくわからない。
しかし、映画のようなことがあったらいいなあ、と映像にわくわくさせられながら思った。
刑務所のような世界にも友情や連帯のようなものがあるのだとしたらどんなに救われるだろう。

ちなみにこの映画が大好きな脚本家の山田太一さんは庶民のドラマを書かれている。
けれども、生まれこそ庶民らしいが有名脚本家は優秀なインテリで富裕層なのである。
有名大学を卒業して一流会社に入り、
その会社の敏腕上司から目をかけられたのが実際の山田太一さんである。
にもかかわらず、本人の自覚は庶民だし、庶民の世界を描きたいと思っている。
しかし、どうしてもおのれのインテリ気質が(これも庶民ならではか?)ことあるごとに出てしまう。
庶民でありながらインテリでもある。
こういう矛盾があるからたぶん山田太一さんは「ショーシャンクの空に」が好きなのだ。

わたしも「ショーシャンクの空に」が大好きで本当にいい映画だと思ったけれど、
その理由はいったいなにか。
山田太一さんとおなじだと思いたいが、本当は違うのだろう。
インテリと庶民の自己分裂に苦しむというような崇高な葛藤が自身のうちにあるとでも言うのか。
「ショーシャンクの空に」は恋愛がまったく出てこない男同士の友情の物語である。
美人女優がイケメン俳優といちゃいちゃするシーンが一度たりともない。
このため、白人映画が苦手なわたしも「ショーシャンクの空に」は好きなのだろう。
「ショーシャンクの空に」はインテリの白人と犯罪者の黒人の友情を美しく描いた物語である。
こんな話は現実にはないのだろうが、あったらどんなにいいだろうなあ。
まさしく映画である。映画にしてしまえば、すべてが現実になってしまう。

「女の子の日」というのがあるようにぼくには「男の子の日」があるような気がしてならない。
気分のムラが激しいことは自覚している。
昨日は「男の子の日」だったのか、ピッキングで笑ってしまうくらいミスをしまくった。
バイト先ですぐに顔を見かけなくなる新入りさんがいるけれど、
ふつうの自尊心があったら辞めたくなるものなのかもしれない。
たかだか数をかぞえるくらいで何度もミスをすると、
自分という人間の根幹を否定されたような気がするからだ。
とくにプライドが高い大卒や男は、自分のピッキングミスに耐えられず自滅していくだろう。
ミスで自信喪失してさらなるミスを呼び込んでしまうという悪循環だ。
そうかと思えば歯が欠けたおばさんや
外国人の女の子が完全無欠のピッキングをやっているのだ。
この屈辱感に耐えられるのはよほど厚顔でなければならないのかもしれない。

ピッキングがうまい人にあこがれのようなものがある。
ピッキングが早く正確にできる人は偉い。
しかし、慣れないことをしてみた。人の気持になってみたのである。
ピッキングがうまくて、それがいったいなんになるだろう。
どのみちピッキングがどれほどうまくても時給はバイト仲間と変わらぬ金額である。
かえってピッキングがうまいことを見抜かれるときつい間口(持ち場)を振られてしまう。
そのうえ書籍ピッキング能力などこの職場でしか使えないし、代わりはいくらでもいる。
悲しいことにピッキング能力程度なら代わりはいくらでもいるのだろう。
これはまったく痛ましいことで胸に突き刺さった光景だったのだが、
新入りバイトが増えたせいで、ぼくのピッキングの師匠が
パレットをひたすら積むだけのひどい場所に配置されているのを見た。
こっそり尊敬している人でもある。
あの人のピッキングは素人目には芸術レベルなのに、
いったいどうしてピッキングをさせてあげないのだろう。
これが組織というものか――と、
まさかアルバイト先で会社組織の理不尽を目撃するとは思わなかった。

ピッキングがほれぼれするほどうまいベトナム人の女の子がいるのである。
ほれぼれするくらいと書いたが、実際にそのピッキングにほれこんでいるくらいである。
しかし、彼女は自分のピッキングの才能などにそれほどプライドを持っていないようだ。
かえってそのせいでいつも忙しい間口を振られているから、
本人は自分の能力を嫌っているのかもしれない。
日本語を勉強するために来たのであってピッキングは生活のためにしているだけである。
「私、この仕事、辞めたい」と話してくれたことがある。
彼女からしたら日本語ができるのにもかかわらず、日本語能力不要の職場で
こんな安い時給のために単純肉体労働をしているわれわれ日本人が信じられないはずだ。
数日まえに社員さんがピッキングをしているのを見たが、ミスを出しまくっていたのは驚いた。
ピッキングは単純労働の最たるものだが慣れや適性がないとあんなものなのだろう。

「事情徴収おばさん」と勝手に名づけている最古参の女性バイトさんがいらっしゃる。
となりの間口に入った人の個人情報を根掘り葉掘り徹底的に聞き出すのである。恐ろしや。
この人の横の横には何度か入ったことがあるから、この尋問の存在を知っているのである。
だれそれがどこの高校だとか内定した就職先はどこだとか。
おかげで興味があった優秀男性バイトさんの家族構成までヒアリングすることができた。
昨日は「事情徴収おばさん」の横だったからミスが多かったのかもしれない。
そのうえ右横は社員さんでいろいろ見張られているようでメンタルが弱い自分を意識した。
おばさんから事情徴収されたらこう答えようと思っていた。
「だれにも話さないでくださいよ。じつは刑務所にいました。なーに、罪状は軽い泥棒ですよ。
でもですね、本当は人をひとり殺しているんですが、ハハハ、それは結局ばれませんでした」
結局、事情徴収されることはなかった。
休憩時間に持ち場の文庫本を立ち読みしていたら注意されたくらいである。
超エリートのトップ成功者である杉田成道氏の
小説「願わくは、鳩のごとくに」が持ち場にあった。
放送業界の最高権力者といってもいい杉田社長の自伝小説の解説を、
業界の化石の山田太一さんが書いていたのである。べた褒めしていた。
べたべたした感じがもうとっくに梅雨は明けたというのに日本社会を感じさせた。

「人は人、自分は自分」なのだろう。
「人は人、自分は自分」であるとあきらめるしかないのだろう。
杉田成道氏は実家が資産家で慶応大卒、フジテレビジョン入社、「北の国から」の敏腕製作者。
いまは日本映画衛星放送の社長さんである。
それどころか現場でもご活躍のようで、たしかいまも杉田社長の手による、
若者に説教する古臭い青春家族ドラマがどこかのテレビ局で放送されているはずだ。
私生活でも30歳年下の若い美人の奥さんとかわいいお子さんたちに恵まれている。
まさに勝利、勝利、大勝利の人生というほかない。
晩年には成功人生を振り返り自伝小説を書き上げ評判にすることにも成功している。
このたび山田太一さんのお墨付きをもらったから、もう評判は確定したと言っていいだろう。
時給850円でピッキングしている高齢者と杉田成道氏を分けたものはなんなのか。
いくら尊敬している山田太一さんが筆を尽くして大絶賛していても、
さすがに杉田成道氏の自慢小説「願わくは、鳩のごとくに」は読まないと思う。