2月14日、文部科学省で開催された脚本アーカイブズ・シンポジウムに参加。
脚本家で日本脚本アーカイブズ推進コンソーシア代表理事の山田太一氏の講演を聞くため。
いきなり話はがらりと変わますが、
むかし山田太一信者の男性の発言をネット掲示板で目にしたことがあります。
うちのブログは山田太一関連の記事だけ読む価値がある(=他はいっさい読まない)。
さすがあの脚本家の信者らしい、いかにも庶民の飾ることのない本音です。
かなり突き刺さりましたが、まあ、そういうものなのだと現実を教えていただきました。
山田太一先生のお言葉は価値があるけれど、わたしなぞの言葉はどうでもいい。
たしかにそうだ。このため急いで講演で山田太一先生がお話になった内容に入ります。
関係者のご迷惑になっているという自覚は世間知らずのわたしにもございます。
どうかご寛大にお許しください。なお乱雑なメモからの再現ですので聞き間違いもあるかと。
なにとぞご了承ください。

――本の魅力というものは、わりあいみなさんに知れ渡っているのではないでしょうか。
本のよさは世界でもむかしからかなり言われてきたように思います。
我われはこの一回きりの人生で、せいぜい一二歩くらいしか進めないのですね。
しかし、本という死んだ人の知恵があれば五六歩進めるかもしれない。
本は死者からの贈り物という面があるのでしょう。
本によって、我われは死者の知恵、死者の感受性、
死者の発見を共有することができるようになります。
こういうものを踏み台にして、なんとか一二歩ではなく、五六歩まえに進んでいく。
そういうところがあるようにございます。

ところが、テレビはそれを遺すという発想がなかったんですね。
僕はテレビの草創期を知っていますが、それはすごいことだったんです。
こんなことあるのかというくらい。
テレビが映って、全国の人が、それも同時に見ることができる!
これだけでもう文化的な大事件でしたね。
こういうときに、そもそも遺る、遺らないを考える人はいませんでした。
それに「テレビは現在に過ぎない」ということも強く主張されていました。
むしろ、現在だけで生きる、ということにテレビマンが勢いづいていた。
現在だけを描くのがテレビのいいところなんだ。

その後、ビデオができましたが、当時は高価で再利用していました。
録画しても保存しておかないで上書きしちゃうんですね。
こうしていいドラマがあても一回再放送されたくらいですぐ消されちゃいました。
いいドラマもどんどん失われていきました。いまに遺っていません。
フィルムで撮ったのはまだ遺っているんですが、ビデオはほとんど全滅です。
そのとき我われはどう考えていたか。
まあ、そんなものだろう。しょうがないじゃないか。
テレビが白黒からカラーに変わりました。
カラーになったら白黒のものはもう再放送できないだろう。
当時はそういうふうに考えていたんですね。
いまではBSで白黒の映画がひんぱんにやっていて、いいものだと見直されていますが。
当時はだれも将来にこうなることを考えられなかったんです。
白黒のドラマはもう再放送されない。だから、消してしまおう。
僕なんかの作品も放送は消しちゃうから、台本だけはあげるよといわれました。
いまから考えれば、当時の人はバカですよね(場内笑)。
しかし、そういうものである。そのときはそういう価値観だったんです。
どうしても我われは目先のことしか見ないんですね。
いままでと違う価値観にみんなが気づくのは非常にゆっくりです。
こういう事情でテレビが開始してから80年代に入るくらいまでのドラマは、
あらかた消えています。どういう作品だったか知る手がかりがありません。

けれども、脚本だけは遺っているんです。これは手がかりでしょう。
こういうわけで脚本アーカイブズは遺っている脚本の収集を始めました。
とはいえ、集めたものを置いておくところがない。
たまたま足立区さんのご厚意で5万冊の脚本が保管されました。
今回このうちの2万5千冊が国会図書館に入ることが決まりました。
どういう方針かと申しますと、とにかくぜんぶ集めよう。
70年代までの脚本を良し悪しで選別せずに網羅的に集めよう。遺そう。
こういう基本方針のもとに活動しています。
というのも、僕なんかの作品でも、
遺してくれるという機関がありがたいことにいままでありました。
しかし、スペースがないということで、
たとえば連続ドラマなら第一話か最終話しか遺せない。
どちらを遺しましょうか、という連絡が作者の僕のところに来たことがありました。
遺してくれるというだけでありがたいことなんですが、
しかし、第一話か最終話だけだと不完全で、あとから読まれても誤解されてしまうんです。
それはちょっと困るなと思いましたですね。
断っておきますが、脚本がドラマのなかでとりわけ偉いから遺そうというわけではありません。
もちろん、脚本はドラマにとってなければならぬものです。
でも、ドラマはまず脚本があって、演出をしてくださる方がいて、
そのうえで俳優さんが演じてくださってはじめて完成します。
脚本だけが偉いということはありません。
偉いから遺すのではなく、みんな失われてほかに手がかりがないから遺そう。
脚本アーカイブズのやろうとしていることです。

先日、BSでやった「マダムと女房」という映画を見ました。
日本ではじめてトーキーを使ったものです。
笑わせるシーンがいっぱいあります。コメディに分類されるのでしょう。
いまのドラマがやっている笑わせ方の基本のようなものがいっぱいありました。
「マダムと女房」をいわば踏み台にしてドラマというのは育ってきたと思います。
もちろん、いま見ると、洗練されていないなという思いもあります。
こんなことをいっちゃいけないのでしょうが、おもしろくないとも思いました。
しかし、なんです。トーキーだから音にこだわっています。
天井裏をネズミが駆けずり回ってうるさくて眠れないというシーンがありました。
むしろ、そういうところがおもしろい。
いまこの会場にいらっしゃる方で、
天井裏のネズミがうるさかったという経験をお持ちの方はおられますでしょうか。
僕は古い人間だから経験があります。ああ、そういうことがあったなと思う。
いまの人は天井裏のネズミなんて信じられないかもしれませんけれど。
どういうことか。おもしろいのポイントが変わってくるんですね。
時代とともに社会が変わると違うところがおもしろくなってくる。
作品の価値が時代によって変わってくるわけです。
だから、いまの基準で選別をしてはいけないと思いますですね。
僕なんか、大正時代のホームドラマがもしあったら見てみたいですね。
もちろん、あるはずがないのですが。
明治時代のホームドラマなんかあったら本当に見てみたい。
たとえば70年代のドラマは、いま見たらそう大した驚きはないでしょうが、
20年後に70年代のドラマを見たらびっくりするのではないでしょうか。
いまから20年もすれば大きく社会は変わりますから。
「マダムと女房」の舞台は、郊外の中産階級です。
いまとそう変わっていない部分もあるのですね。昭和6年の制作でしたか。
僕は物心がついたときは戦争でしたから、昭和一桁の時代を知りません。
戦争で激変しましたからね。
ところが、「マダムと女房」を見ると、戦前の日常生活の細部がわかります。
ドラマというのは、その時代でしか表現できないことを描いているのですね。
あらためてそういうことを思いました。

話は飛びますが、スタジオジブリが「熱風」という雑誌を出しています。
そこに中日の監督だった落合さんのエッセイが連載されています。
これはもう元スポーツ選手の余技というレベルではなく、
とても丁寧によく書かれていて教えられるところが多いです。
この書き手は、自分の考えをしっかりお持ちなんだと思いました。
そういうわけで落合さんのエッセイを愛読しております。
落合さんがこういうことを書いているのですね。
自分が中日の監督になったとき、マスコミや周囲は、
あの落合がなにを仕掛けるかとたいへん話題になったというんです。
実際、落合さんはほかの球団とは違うことをしました。
なにをしたかというと、一軍と二軍、一緒にキャンプをしました。
それからキャンプ初日に一軍二軍あわせて練習試合をしたそうです。
シーズンが終わって中日は優勝しました。
そうしたらマスコミは、さすが落合だといったというんです。
さすが落合、いままでだれもやっていないことをよくぞやった。
しかし、それは違う、と落合さんはいうんですね。それは違う。
これまでプロ野球にはいろいろな監督がいた。
自分はそういうむかしの監督がどんなことをしたかをすべて調べた。
そのなかで自分と波長の合いそうなものを見つけて真似をした。
なんら独創はない、と落合さんは書いています。
なんら独創はない。ただ真似をしただけだ。
もちろん、落合さんはこういっていますが、
ただ真似をしただけではなく、高みに引き上げたという部分もあると思います。
落合さんだから、過去の戦術をより高みに引き上げることができた。

さらに落合さんはこういうことをいうんです。
いまの人は未来しか見ない。過去の財産を見ない。
みんな勘違いしているが、大半の人間が新発見などはしない。できない。
新しいことなんてほとんどないし、
ましてだれもしなかった新しいことをやる人などいないと思ったほうがいい。
どうしてみんな、たとえば自分が生まれるまえのことに関心を持たないのだろう。
そんな過去には学ぶべきことなどないと決めつけてしまうのか。
この言葉を、僕なんかはもうたいへん教訓的だなと思いましたですね。
実は過去の財産から新しいものが生み出されていく。
過去の集積は財産である。
ですから、脚本アーカイブズでも、楽に検索できるシステムづくりが必要なのだと思います。
そのテクノロジーをどうするか、です。
我われは先人がなにをしたかを踏み台にしないと、なにもできないのではないでしょうか。

これはむかしどこかに書いたことなので、
みなさまのお耳に届いているようなこともあるかもしれませんけれど。
僕がシナリオ作家になりたてのころ、
アメリカのパディ・チャエフスキーという人のテレビドラマ脚本集を読みました。
その序文にこういうことが書いてあったんです。
王様がだれかをやっつけたという話はもういい。
それよりも隣の肉屋の夫婦はなぜ結婚したのかに興味はないか。
あんな毎日喧嘩ばかりしている仲の悪い肉屋夫婦はどうして結婚したのか。
こういうことを書くのがテレビドラマだとチャエフスキーはいうんです。
王様がどうしたという話はシェイクスピアが書いていますよね。
そういう王様の話はテレビドラマでやることではない。
それよりもテレビドラマでは隣の肉屋の話をするほうがおもしろいのではないか。
肉屋夫婦の話なんて舞台ではできません。映画の題材にもならないでしょう。
しかし、テレビドラマならば隣の肉屋がなぜ結婚したかを丁寧に描くことができる。
このチャエフスキーの言葉に僕は興奮して、まったくそうだと思いましたね。
よし、僕はこれをやっていこうと励まされたような気さえしました。
本当に興奮しましたですね。僕はこれで行こう。

チャエフスキーに逢いに行きたいとまで思いました。
しかし、アメリカまで逢いに行くことはできません。
そこでチャエフスキーの本を翻訳された江上輝彦さんに逢ってもらいました。
当時は若かったんでしょうね。すぐにお逢いしてくださいとお願いしました。
新橋で逢ってもらったのを覚えています。
江上輝彦さんは初期のテレビドラマも書いていたんですが、
もうそのときにはテレビの仕事をやめて大学の先生になっていました。
僕は新橋の飲み屋で聞きました。
「先生はどうしてテレビの仕事をおやめになったのですか?」
江上先生はどうお答えになったか。「空しさだよ」とおっしゃるんです。
テレビのドラマでも作者は何ヶ月もかけて書いています。
それが放送された瞬間に消えてしまう。その空しさに耐え切れない。
そのとき江上さんと僕は隣り合って飲んでいました。
江上さんは僕の背中をバンとたたいていうんです。
「きみの未来もこれだ」
そのときはまだ若かったから、自分の書いたものがテレビに映るというだけで嬉しくて、
一瞬で消えてしまう空しさにまで思いが及びませんでした。
しかし、たしかに一瞬で消えてしまう。それは今後すごいダメージになるだろう。
そんな気がしましたですね。
後年のことです。
むかしの脚本はわら半紙でつくっていましたから、1冊が厚いんです。
連続ドラマになるとすごい量になります。するともう家には保管する場所がないんです。
だから、僕もやむなくむかし書いたものを捨てましたね。
もうどこにも僕のむかしの作品は遺っていません。
いまは脚本アーカイブズのようなものがあって遺る。
これは作者にとってかなりの救いになると思いますですね。

戦後、坂口安吾がいいました。過去がなんだ! 古いものがなんだ!
みんな、いや、みんなじゃないかな、若者は安吾の言葉に感動しました。
しかし、あれは戦後でものがないギリギリの時代の言葉なんですね。
桂離宮がなんだ、というのはそのときは正しかったんです。
とはいえ、時間がどんどん動いていきます。
時代の基準も時間とともにどんどん変わっていく。

E.M.フォースターという人がいっています。
人間はしょっちゅう戦争をしている。
戦争のあいだ文化は息をひそめている。
しかし、戦争ばかりしている人間にもあいだあいだ平和な谷間がある。
たまに平和な時代があって、そういうときに文化が育つ。
たしにかにその通りなんですね。
ルノワールなんて、こんなことをいっちゃいけないのでしょうが、
あまり社会性のない、まあ、のんきな絵ばかり書いています。
あれは戦争がないから描ける、ともいえるわけです。
いや、戦争の時代でも隠れてこそこそ描くのが画家なのかもしれませんけれど。
いまの日本は幸いにも戦争がなく少しばかり余裕があります。
こういうときこそ、いざ戦争が起こったら「これなに?」
といわれるようなものを率先してたいせつにしていくべきではないでしょうか?


(後記)前回のシンポジウムでは、
永遠に遺るのではなく消えるのもまたいいとかなり不穏なことを
おっしゃっていたような気もしましたが(たぶんこちらの聞き間違えかと)、
いまの立場ではご発言も自由にならないのでしょう。
しかし、バレンタインデーになにをやってるんだオレ?
山田太一さんのファンですが、信者ではないんですね。
とはいえ、3月19日の有料講演会にも行くからはたから見たら信者なのでしょう。
いつかお亡くなりになったらかならず信者になります。