「長老尼の詩(テーリー・ガーター)」(早島鏡正訳/「原始仏典」筑摩書房)

→尼さんの信仰告白は、おっさん坊主のそれよりもはるかにおもしろいわけである。
思うに、女には観念的なものが通じないからではないか。
女はけだものに近い嗅覚で、
ブッダの説く四諦や十二因縁など空理空論に過ぎぬと見破っていたのではないか。
偉いお弟子さんを色仕掛けで落とそうとした女人もいたらしい。
もちろん、本書(や「長老の詩」)は聖典ゆえ仏弟子勝利の話しか掲載されていないが、
実際には女の美貌に負けて落とされた情けない坊さんも
相当数いたのではないかと思われる。
だから、おかしなことを言うと、仏弟子の世界においては、もてないほうがよほどいいのね。
もてる男女は必然として誘惑が多くなるから修行がしにくい。
はなからもてなかったら淫欲も起こらず
現世に早々と見切りをつけることができるわけだから。
仏弟子と遊女(高級娼婦)さんの対話は、仏教にはじめて生じた宗教戦争だと思う。
あれは本当に落とすか落とされるかの勝負になるはずである。
おのれの美貌を鼻にかけた遊女など古代インドながらまこと勇ましい。
邪念のかたまりのようなわたしは傲慢な美女が大好きだから、
「遊女さん、負けるな! 仏弟子なんか、落としちまえ!」と応援したくなる。
以下は残念ながら仏弟子ごときに落とされた美しい遊女の信仰告白。

「72~76 〔わが身の〕いろ・かたちと運と名声を誇り、かてて加えて、
年の若さをたのんだわたしは、他の人々を見下した。
愚かな男たちに言いよられるこの身を美しく飾って、わたしは、網を張って
〔獲物を待つ〕猟師のように、娼家の門に立った。
秘密の、あるいは露(あら)わの飾りを多く見せ、
多数の男どもを嘲笑いつつ、さまざまの妖術を行なった。
そのわたしは、いまや、頭を剃り、重衣をまとって、托鉢のために出かける。
そして、なんら省察作用もおこさぬ者として、樹の下に坐る。
天界と人間界のすべての軛(くびき)を断ち、すべてのけがれを捨てて、
わたしは、清涼となり、安らぎを得た」(P252)


せっかく年若く美しい女人に生まれたのに、出家するとはなんともったいないことを!
原始仏教も「長老尼の詩」を読むと、カルト的な面があったことがよくわかる。
出家出家とかんたんに言うが、されるほうはたまったものではないのである。
手塩にかけて育て上げたうら若き娘が出家したいと言い出したら親は困るのである。
もう婚約者も決まっているのに、どうしてそんなバカな宗教にはまったのか。
妻も子もいる男が出家したいと言い出し、妻に嘆かれる話も本書に収録されている。
原始仏教は、快楽否定のカルト教団といった側面もあんがい強かったのではないか。
当たり前の常識を述べる人を、仏弟子は悪魔と見なすのである。
わたしなぞは悪魔のような女郎(めろう)ほど美しいものはないと思うが……。
悪魔は口を開いてなんと言うのか。

「190 〔悪魔〕なぜに、あなたは、生を喜ばないのですか?
生ある者は、もろもろの欲望を享受します。欲楽を享受しなさい。
後になって、後悔してはなりません」(P259)


「なぜに、あなたは、生を喜ばないのですか?」

原始仏教は、この問いに真正面から歯向かうのだから大したカルトである。
まだ年若い王女はこのカルト教団に洗脳されて、親に出家したいと言う。
娘よ、「なぜに、あなたは、生を喜ばないのですか?」――。

「450~451 わたしは安らぎの境地を楽しむ者です。
生存のうちにあるものは、たとい天界のものであっても、常住ではありません。
まして、空虚で甘味少なく、悩み多きもろもろの欲望に関してはなおさらです。
もろもろの欲望は、辛苦のもので、蛇の毒にも譬(たと)えられ、
愚者どもは、それらに迷わされます。
かれら〔愚者〕は、地獄に落ちて、長い間、苦しみ、傷つけられます。(……)
489 もろもろの欲望は無常であり、堅固でなく、苦しみ多く毒も大きい。
灼熱した鉄丸のように、痛苦を根本とし、苦悩を結果するものです。(……)
458 生存のうちにあって、堅固でない身体をもつ宿命を、
どうして喜ぶことがありましょうか。
生存にたいする愛執を滅ぼすために、わたしは出家しましょう。
お許しください」(P273)


「堅固でない身体をもつ宿命を、どうして喜ぶことがありましょうか」

「わが身=無常」でそのうえ「欲望=苦悩」なのだから、人生に喜びはない。
王女という高い身分にいる生娘のお嬢さんは、こう答えたわけである。
諸行無常ゆえ人生に喜びなどあるものか。
娘さんの人生を狂わせたこの毒々しい教えは、人生に疲れた女性にとっては薬となる。
人生に喜びがないということは、つまり人生に悲しみもないということなのだから。
ブッダの教えは毒にも薬にもなる激しいものだったのだろう。
「長老尼の詩」には子どもを亡くした母親が複数登場する。
はっきり言って、子を亡くすほどの癒しがたい不幸はなかなかないのである。
王女のように結婚せずに出家していたら、こういう不幸は体験しないで済むのだろうが、
みながみなお姫さまのようなことができるわけではない。
生活のため女は結婚もしよう。子どもも産もう。その愛児が死んだときの悲しみはどうか。
これは男性出家者の哲学的煩悶など比較にならないほどの苦痛であるはずだ。
生々しい描写は実体験をうかがわせるに十分だ。

「133~134 わたしは、子どもの〔死〕を憂えて悲しみ、心が狂い、想いが乱れた。
裸で髪をふり乱して、わたしは、あちこちうろつき歩いた。
四つ辻で塵埃捨場や墓地や大道を、三ヵ年の間、
わたしは飢えと渇きに悩みながら、歩き廻った」(P256)


こうして悲しみに暮れた母親はブッダに逢うわけである。
おそらく医薬品も充実していなかった時代だから、
赤子はひんぱんに死に、亡児を忘れられない母親がたくさんいたことだろう。
経典には3、4の事例しか書かれていないが、裏には百、千の母親の涙があったはずだ。
ここでブッダの説くのが有名な物語である。
亡児をかかえて嘆く母親にブッダが言ったという。
「子どもを生き返らせてあげますから、ひとつのものを持ってきてください」
「なんでしょうか?」
「いまだひとりも死人を出していない家から芥子(けし)粒をもらってきてください」
母親はどこの家からもそんな芥子粒を得られぬことを知ると同時に、
人はだれしも死ぬものだという無常の理(ことわり)を自分で悟り仏門に入った。
ここで重要なのは、実践があることだろう。
なんとかして目的の芥子粒を得ようと尽力したことが結果的によかった。
教えられたのではなく、自分の目で、自分の手で、無常を悟ったのがよかった。

ほかのところでブッダはこのような教えも説いている。
林の中で死んだ娘の名前を呼びながら泣き叫んでいる母親を
ブッダは広大な墓場に連れて行く。
「あなたの娘さんとおなじように幼くして亡くなった子どもは、ここにたくさん眠っています。
あなたは、いったい、だれのことを悲しんでいるのでしょうか?」
母親は、「人は死ぬものだ」という無常の理に気づかされるわけである。
「人は死ぬ」というのはだれもが知っている常識だが、
いざ自分の愛するものが亡くなってしまうと悲しみで盲目になってしまうのだ。
かといって、バカにしたように「人は死ぬんだよ」と正しいことを告げても効果はない。
感情的に深い部分で寄り添ってあげて、当人が気がつくまで待つのが肝心なのだろう。
ブッダは何度も何度も悲嘆に暮れる母親のそばに一緒にいてあげたのだと思われる。
「つらいね、わからんよね、どうしてこういうことがあるんだろうね」と――。
だれかがそばに寄り添ってくれていたらば、
愛児を亡くすという痛ましい不幸をも母親は乗り越えることができる。
ひと晩のうちに二人の息子と夫のすべてを失い狂乱したパターチャラー尼も、
ブッダのやさしさに触れて、のちにはおのれの不幸を信仰に変えている。
あの世から来て、またあの世に去っていった愛児よ――。
自分とおなじように愛する子を亡くした母親に向けてパターチャラー尼は口を開く。

「127~130 来たり、また去りゆく道が知られないのに、
〔なんじのもとに〕やって来たこの子どもを〔失って〕、
なぜに、なんじは“わが子”と言って、悲しむのか?
来たり、また去りゆくかの道が知られなくても、なんじは、それを憂えない。
けだし、このようなことは、生ける者の定めであるからである。
願わないのに、かしこからやって来て、許されないのに、ここから去る。
どこからかやって来て、しばらく止まったのち、
ここから別のすがたをして去り、かしこから他のすがたをしてやって来る。
死者(=餓鬼)は人間のすがたをして、輪廻しつつ行く。
かれは、去ったときのようにしてやって来る。
ここになんの悲しみがあろうか?」(P255)


「このようなこと(=死)は、生ける者の定めである」

「ここになんの悲しみがあろうか?」

人は死ぬものだし、死んでもまたかならず生まれ変わってくる。
どこからなにゆえにやって来て、どうして去っていったのかはわからないけれども、
それは「生ける者の定め」で、
この定めにしたがい命はまたこの世に戻ってくるのだから、なんの悲しみがあろうか?
喜びも悲しみもない――ただ私もブッダのように穏やかに微笑むのみだ。

繰り返すが「長老尼の詩」は、「長老の詩」や「ブッダのことば」よりもよほどおもしろい。
なぜかと考えたら、生々しい不幸がいくつも掲載されているからである。
女は男と違って漠然とした観念的な迷いから出家したりはしないということだ。
リアルな実感的な不幸や辛苦に追われてブッダのところへやってくる。
こういう女性を相手にしたとき、ブッダは女の怖さを知ったことだろう。
男などより女ははるかに手ごわい。
なぜならブッダを独占してやろうと
常に色仕掛け(誘惑)を狙っているのが女というものだから。
みんなが崇拝するブッダを自分ひとりで独占できたらどれほど気持のいいことか。
多少とも自分の美しさに自信のある尼さんならみなこう考えたはずである。
ブッダも男相手とは異なり、尼さんには生半可なことは言えなかったのではないか。
このため「長老尼の詩」はおもしろいのだと思う。
たぶん、後年の仏教を豊かにしたのは男性修行者ではなく尼さんだったような気がする。
表には出てこずとも裏でいろいろ仕組む(噂話、色目、二股)のが女であるからだ。

「長老尼の詩」には激しい生き方をしたあげくにブッダのもとへ来た女が登場する。
たとえば、ある金持のお嬢さんは、捕えられて刑場に行く盗賊を見て恋をする。
恋心ゆえに盗賊を救出して夫婦になるが、男は根っからの悪人で妻を殺そうとする。
ここでかんたんに殺されるような弱い女ばかりではないのだ。
逆にかつては恋した夫を殺し、女は罪悪感から出家してまずはジャイナ教に入る。
しかし、のちに仏弟子との論争に負け、いさぎよくブッダに帰依したというのだから、
なんとも濃い人生である。激しい女だ。
出家した尼さんも激しい。
美貌の尼さんはある日、托鉢をしていると好色漢(助平男)からナンパされる。
男はあらんかぎりの甘い言葉をかけて美しい尼さんを誘惑しようとする。
ヘヘ、どんな聖女面をしていようが女なんて一皮むけばけだもののようなものさ。
お高くとまりやがって、おれが畜生の悦楽汁を身体の穴という穴から注ぎ込んでやるぜ。
尼さんはどうしたかというと、あなたはものが見えていないとぴしゃりと叱る。
そのうえでこの目でものをご覧なさいとその場で自分の目玉をくりぬき男に渡したという。
いきなり眼球を渡されて震え上がり逃げ出す男であった。

悟り方も女は男よりも激しいような気がする。
三度も結婚に失敗した女が出家したという。
三回とも、旦那のほうから離縁を言い渡されたのだから屈辱的である。
離縁の原因は聖典には書かれていないが、いったいなんであったのだろうか。
子どもができない石女(うまずめ)だったという可能性がまず考えられる。
しかし、夫の家族からは嫌われていないことを考えると性生活に問題があったのか。
女は性欲が強すぎて旦那は三人ともギブアップしてしまった。
あるいは潔癖症すぎて性行為を受け入れられなかった。
この後、出家して女は悟るのだが、
その内容から考えると性欲が強すぎたと考えるのが妥当なような気がする。
女は出家して尼になった七日目におのれの過去七生(前世)が見えたという。
むかし自分は資産家の宝石商だったが、若気の至りで他人の妻に手を出してしまう。
死んでから罰として長い間、地獄のなかで煮られた。
今度は牝(めす)猿の胎(はら)に入り、生まれた七日目にボス猿から去勢された。
これは前世で他人の妻と密通した報いである。
ひとたび死んでから次は片目でびっこの牝山羊の胎に宿る。
生まれてからまた去勢されて、12年間子どもの遊び相手をさせられた。
子どもは意地悪で、虫だらけと環境は悪く、病気ばかりして苦しんだ。
これも言わずもがな、他人の妻を奪った報いである。
死んだのちに次は牡牛として生まれ、また誕生直後に去勢される。
農耕用として休みなくこき使われ、病気になり、最後は盲目になって死ぬ。
この苦しみも人様の奥さんと何度も快楽をむさぼった報いである。
次にはようやく人間に生まれたものの、奴隷女の家であった。
そのうえ私は男でも女でもない「ふたなり(半陰陽)」で、
このため見世物としてさんざん好奇の目にさらされ、30歳の若さで死んだのだが、
むろんこれも過去世でよその女房とみだらに交わったがゆえである。
次は貧しい車夫の家に娘として生まれた。
この家の貧しさは桁違いで、私が16歳になったときに借金と引き換えに売られた。
豪商の家に引き取られたのだが、さっそくそこの家の精力絶倫の息子に目をつけられ、
16歳になったばかりで男を知らない生娘の私はまるで性の玩具のように乱暴に取り扱われ、
日夜やむことなく身体中の穴という穴に男の淫汁を流し込まれた。
男には正妻がいて、彼女は美しく家柄もよく賢く、世間の評判も高かった。
もちろん、男が愛しているのは私ではなく正妻のほうである。
このため私は男と妻をひどく憎んだものである。
結局、性奴隷のように仕えていた私はある日突然飽きたという理由で男から捨てられた。
すべては人妻を寝取ったという過去の業の報いである。
憎悪と怨恨を胸に秘めたまま死んだのだが、次に生まれてきたのがいまの私である。

「宝石商→地獄→猿→山羊→牡牛→ふたなり(半陰陽)→性奴隷」→尼さんということか。
最初、過去六生しかないと思ったが、地獄を入れたらたしかに七生になる。
重要なのは、ブッダが尼さんに「あなたの過去七生はこうだよ」と教えたのではないこと。
尼さん自身が出家して悟りを得た結果、「私の過去七生」を明知していること。
これは現代の日本でおかしな新興宗教に引っかからないためにも強調しておきたい。
たいせつなのは教わることではなく、自分で気がつくことである。
原始仏教集団では、かならずしもブッダが絶対的真理を教えていたわけではない。
おそらくブッダは、出家者がそれぞれ「私の真実」を発見するお手伝いをしていたのだと思う。
その「私の真実」が、たとえば「死は生ける者の定め」でも、
延々と物語られる「私の過去七生」でも、ブッダはどちらでもOKとしたのではないか。
だとしたらば、仏教は、お偉い大学教授や名高いお坊さんから真理を教わるものではなく、
われわれおのおのが、めいめい、それぞれの「私の真実」を見つければいいのではないか。
いまが苦しいならば、その苦しみに見合うような、
その苦しみを相殺(そうさい)できるような、
たとえば、先ほど登場した尼さんに負けないほど波乱万丈な
「過去七生」の物語を(人から教わるのではなく)自分で創作すればよろしいのである。
真理は教わるものではなく、きっと自分で発見(創作)するものだ。
われわれはそれぞれの「真実(←発見)=フィクション(←創作)」を生きればいいのだろう。
それぞれの真理(=真実=ウソ)を生きよう。