「酒と肴と旅の空」(池波正太郎:編/新潮社)

→古きよき文士の酒食にまつわる名作エッセイを集めたもの。
文士は味わいのプロである。うまいものがあったら徹底的に食らう。
宇野鴻一郎は南国の沖縄で泡盛をぐいぐい飲みながら豚足3個を平らげる。

「喰いすぎの苦痛はたしかに苦痛ではあるが、
どこか心楽しい、充実した、悦びに満ちた苦しみである。
胃の内容物が逆流せぬように注意しつつおくびをもらし、ついでにあくびをし、
満足のあまりの涙さえ浮かべながら、ズボンのチャックを開き、
背中の座布団の位置を調節して少しでも楽な姿勢をとり、
陽光と海からの風に頬をなぶらせて、
喰ったものがゆるゆると消化されてゆくのを感じるときほど、
自分が生きている、という実感がひしひし湧いてくることはない」(P120)


読むだけでこちらも満腹になってしまいそうなこってりとした文章である。
よくものを食らう人はよろしい。
壇一雄はニュージーランドの無人島で食ったカキが忘れられないという。
これも生きる楽しさが伝わってくる名文である。

「カキの話で思い出したから、ついでに書いておけば、
そのワイタンギの港から船出して、小さな無人島に一日暮らした楽しさばかり、
忘れられるものではない。
同行の諸君らは、私をその無人島においてけぼりにして、
そのまま船を漕ぎ出してしまったのだが、
その島には、崖のところから、真水がしたたり落ちて流れており、
ちょっと岩蔭を廻ると、そこらの潮の中に、いくらでも、カキがへばりついていた。
もっとも、小さいカキだし、養殖のカキではないのだから、
その肉はほんのひと舐めだが、
塩水に洗った無人島のカキは、絶妙の味わいに思われた。
おまけに、土地で「スナッピー」と呼んでいる真鯛を、五、六尾と、スズキを一尾、
「ひとつ、料理しといて下さいよ」
と預けられている。私は難破船の横板の上で、そのスズキや、
鯛を大模様に切り裂きながら、あとはウイスキーと、焚火(たきび)である。
あんな愉快なことと云ったらなかった。
鯛に塩をかけて、その焚火の脇で石焼にする。コップのウイスキーを手にしながら、
時折、また潮水に降りていって、カキを啜(すす)る」(P150)


よだれが出てきそうな文章とは、こういうものを言うのだろう。
うまい食べ物はいい。うまい文章はいい。
うまい食べ物をうまく描いた文章は最高にいい。
小島政二郎は弁当が好きだという。

「今は絶えてなくなったが、大地震までは、東京に弁当屋という商売があった。
忘れられないのは、「香弁(こうべん)」と「ネコ弁」だ。
ちょっと聞いただけでは分るまい。
香弁というのは、御飯にいろいろさまざまなお香々だけはいっているお弁当だ。
外のおかずは何にもはいっていない。全部お香々ばかり。
その代り、季節の野菜が、糠(ぬか)漬けにしてあるのもあるし、
塩漬けにしたものもあるといった具合で、まるで秋の花野を見るように綺麗だった。
洒落た人が、瓢箪(ひょうたん)にお酒を入れて、それを腰にさげて、
このお弁当を持って、向島の百花園とか萩寺とかいうようなところへ行って、
花を見ながらお香々を酒のサカナにして楽しんだものだそうだ」(P161)


あれさ、いますぐ弁当と酒を持ってハイキングに行きたくなる名文だ。
書き写していて気づいたのだが、いい文章は文法的に多少まずくても構わないようだ。
むしろ、しゃらくさい文法なぞ無視したほうが味のある文章になるのかもしれない。
ちなみにもうひとつの「ネコ弁」とは鰹節(かつおぶし)をかけた弁当らしい。
さて、文士の味わうのは酒やサカナばかりではない。
水上勉は時を味わう。少年時代に修行していた禅寺の娘さんと再会したという。
当時、娘さんは赤ん坊で、
「ぼくは、この赤ちゃんのおむつ洗いや、お守りにあけくれて、そのつらさに泣いた」。
結局、水上少年はその禅寺を逃げ出してしまう。
気の毒なことに、その後、和尚は亡くなり、
そうなると、すぐに寺の決まりで若い和尚が細君つきでやってきて、
冷酷にも母と娘は寺から追放されたという。
その娘さんと、おむつを洗ってあげた娘さんと、
いまは作家となった水上勉はテレビの企画で45年ぶりに再会した。
娘さんは大正十三年に漬けた梅干を土産にくれた。
母が嫁に来たときに漬けたものだという。
寺を追放されたとき、和尚の形見分けがほしくて土蔵からこの梅干の壷だけ持ち出した。
いつか水上勉に会うときがあったら、これを裾分けしてあげなさい。
母はそう遺して息を引き取ったと娘さんは涙ぐんでいう。

「ぼくは、声を呑んでそれを頂戴した。
さっそく、軽井沢へもち帰り、深夜に、その一粒をとりだして、口に入れた。
舌にころげたその梅干は、最初の舌ざわりは塩のふいた辛いものだったが、
やがて、舌の上で、ぼく自身がにじみ出すつばによって、丸くふくらみ、
あとは甘露のような甘さとなった。ぼくは、はじめはにがく、辛くて、
あとで甘くなるこんな古い梅干にめぐりあったことがうれしく、
五十三年も生きていた梅干に、泣いた」(P179)


水上勉の舌でとけたものは、
はじめは辛く、つぎに甘くなったものは、時そのものなのだろう。
一説によると、時の語源は、氷が水にとけるの「とく」だという。
時が塩辛い梅干の味を、甘く、とかしたのだろう。

「今宵も酒場部」(牧野伊三夫・鴨井岳/集英社)

→できる出版業界人のお洒落な居酒屋訪問記。
ゲストに多様な業界人が登場するため、どのようにして彼(女)らがお互いをほめあい、
仕事をうまく融通しあっているかよくわかるのがよかった。
やはり一流の業界人だけに店を見る目も舌もたしかだ。
自分が一生行けないような居酒屋の雰囲気を安酒をのみながら堪能させていただいた。
コネコネした大人の酒ののみ方はかっこいい。
わがままを言わず人間関係をたいせつにしようと思いました。
絵も文章もスタイリッシュでクール。居酒屋エッセイの最高峰と言えましょう。

「カップ酒スタイル」(いいざわ・たつや/ちくま文庫)

→著者がほとんど無私にカップ酒を愛しているのがよかったです。
カップ酒が好きで好きでたまらないというのが、どのページをめくっても伝わってきます。
それがなによりもすばらしく、とても好感を持ちました。
というのも、われわれ庶民はいまだ勘違いしていますから。
マスコミ系の大企業への信頼の話であります。
もしかして編集者は未知の才能を探しているとか思い込んでいませんか。
テレビは関係者が常時われわれ庶民に紹介すべきものを探していて、
厳しい選考に勝ち抜いたものが放送されているとか思っていませんか。
もちろん、現実はぜんぜん違うのであります。
出版社の編集者は、才能を見つけるのが仕事ではありません。
気が狂うほど大勢いる本を出したい人のなかからまだ可能性のあるものを選出し、
さんざん注文を出して自分好みに改変させてから、
これでもかと恩を着せて書籍を出版してあげるのが編集者のお仕事なのです。
感謝されることは何度もありましょうが、断じてだれかに感謝する仕事ではありません。
とはいえ、金の媒介しない出版業界はまだ健全なのでしょう。
なぜなら、テレビ業界なんてほんとうにひどいものですから。
関係者はひとり残らず高みにいて、対象をテレビに出してあげていると考えています。
だから、たとえば飲食店やホテルから、
テレビに出してあげたお礼をもらうのは当たり前。
キックバックのない対象に視線を向けることなど、
よほどの推薦者がいない限りは絶対にありません。
テレビ局関係者も編集者も無条件に盲目的になにかを好きになるということがない。
だから、本書はとても気持よかったです。
当時、カップ酒ブームというのがあったらしく、
おそらく編集者はこの波にうまく乗ったつもりなのでしょう。
しかし、著者はブームなど意に介さず、
ただただカップ酒を愛しているのが伝わってきてよかったです。
いつか著者の真似をして公園や電車でカップ酒をのんでみようと思いました。
ほんとうにいい本でした。打算抜きになにかに夢中になれる人は好きです。

「ひとりで楽しむ東京酒場」(テリー・イシダ/プラネットジアース)

→これまた会社員の居酒屋訪問ブログを書籍化したもの。
ちくま文庫に渡りをつけるほどコネのない著者に批判めいた言葉をぶつけたくない。
たぶん多くの日本人にとってブログが書籍化されるというのは、
人生でもめったにない幸運なのである。
実際はブログが書籍化されても、ウェブお仲間が当たり障りのない賞賛を送るだけで、
識者はまともに相手にしてくれない。
もし出版の分野で出世したかったら権力者に媚びを売りまくらなければならないのだが
(たとえばファンレター送信や当人主催のイベント参加、おべっか追従で顔を覚えてもらう)、
ここまで努力をしても名のある人から無名人の出版物をほめてもらうのは難しい。
そして、識者から認められなければ、
あっという間に絶版になるのが昨今の出版事情である。
いいものを書けば世間様が認めてくれるというのは、ほとんどファンタジーだ。
どの分野にも権威者がいて、彼(女)の目にとまらないと、そこでフィニッシュ。
人間は残念ながらそこまで他人には興味を持てないようにできている。
有名人にほめてもらわないと、こずるい庶民様はつゆご関心を示してはくださらぬ。
そうはいっても著名人にほめてもらうのがどれだけ難しいか。
なぜかといったら有名になるのはそれだけ骨折りだからである。
おれがこれだけ苦労して出世したのに、そこらの庶民をそうそうほめられるものか。
相手が権力者の子どもや血縁ならまだ旨味もあるが、クソ庶民なぞ相手にできるもんか。
このため作者がいくらブログ書籍を献本しても、たいていはどこからも反応はない。

さて、全ページ拝読させていただきましたが、本書もなかなかの名著だと思う。
なにより、著者が人間としてよくできているのがすばらしい。
酔っ払うまで酒をのまないのは健康的でとてもいい。
酒は酔うためにのむのだろうなどというのはゴロツキだ。
著者が小食なのも一部の読者は不満に感じるだろうが、当人の健康にはいいことだ。
高い店に平気で行くことを「金持はいいな」と批判してはならない。
著者はわざわざ自腹を切って高級店を紹介してくれていると考えよ。ありがたい。
居酒屋を決して批判しないのも、心根がよい証拠であろう。
どこぞの会社員のようにあからさまに権威者に媚びないのも好感が持てる。
本名ではなくペンネームなのも本人のシャイネスを感じさせてよろしい。
総じてたいへん満足のいく読書であった。
著者のご苦労には頭が下がるばかりで、若輩が僭越ながら星五つを差し上げたい。
酒場エッセイの名作にまた新たなものが加わった。実にいい本であった。

「酒場百選」(浜田信郎/ちくま文庫)

→これもたいへんな名著である。
お酒をのみながらとても楽しく拝読させていただきました。
実際に居酒屋に行ったらなんだかんだと金がかかるけれど、
家で安酒片手に本書を読んだら
安価でなおかつ酒場気分が味わえるのだから最高である。
本業はおかたい会社員の著者が
趣味でブログに公開していた酒場訪問記録を書籍化したもの。
どこがいいかといったら、
フリーライターや作家の持ち合わせぬ長所を著者が持っているところである。
ライターや作家の鼻持ちならない自己顕示欲に辟易した読者はいませんか?
その点、本書の著者はサラリーマン根性を丸出しにしているのでよろしい。
俗な表現をすれば、うざったくないのである。

居酒屋評論の権威である吉田類氏や大田和彦氏への賛辞を怠らないのは、
まことサラリーマンらしく、社会常識および礼儀を知っている著者に好感を持つ。
マイナーな森下賢一氏にまで敬意を表しているのだからサラリーマンのかがみだ。
作家やライターならとてもできない、ある意味で恥ずかしいゴマすりを、
そうとは読者に気づかせずに(?)うまく成し遂げている著者は、
たぶんビジネスマンとして極めて有能などこでも通用する人材である。
だれも知らないどマイナーな酒場評論家、笹口幸男氏にまで気を遣っているので、
この人は正真正銘の立派なサラリーマンだと感心したものである。
(居酒屋の悪口を実名で書く)笹口幸男氏の著作の影響を受けたと言いながら、
その流儀はまったく継承せず、反対に有名居酒屋をほめてばかりであることから、
著者の人を傷つけたくないという善良で温厚なお人柄がしのばれる。
変な個性を強調せず、素直に権威に従う柔軟性もまた著者の持ち味である。
だれかから「おいしいよ」とすすめられたものはかならず絶賛するのである。
評判のいいものに反旗をひるがえすことは決してなく、
著者は従来の評価をそのまま上塗りする。
一緒にのみに行くなら浜田信郎氏ほどの好人物はいないだろう。
腐臭ただようゴロツキ文士とは正反対の健全なサラリーマン感覚にいたく感動した。
この意味において、本書は異色の酒場エッセイである。
作家やライターには断じて書けないエチケット精神に満ちた本書に、
たいへん僭越ながら若輩のわたくしが星五つを差し上げたい。

「旅情酒場をゆく」(井上理津子/ちくま文庫)

→とてもいい本でしたよ。
こういう良質な酒場エッセイを自宅で酒をのみながら読むのは至福のとき。
同著者の「大阪 下町酒場列伝」も愛読した記憶がある。
いまの日本人はほんと知らない人同士では話さないんだ。
アジア各国では、あちこちではじめて逢う人たちで話が盛り上がっていたけれど。
日本人もこうなればいいと思うのは通勤満員電車。
あれさ、ちょっと言葉を交わすだけでだいぶ負担が変わるはずなのにね。
そんなシャイな日本人がちょびっと変身するのが酒場。
酒が入るせいか、あんがいうまく知らない人とも話すことができる。

著者のフリーライター井上理津子さんは「構ってほしいオーラ」を発しながら、
こういう酒場に入っていくという。
そこで見聞きしたグルメ知識、人情話をうまく料理して完成したのが本書。
文章も変な重みがないため読みやすく、
かつ、まるでお酒が入ったときのようなアップテンポな文体は心地よい。
なにより著者が庶民信仰を持っているのがいい。
インテリとは違って庶民はあったかいという信念が文章の隅々まで行き渡っている。

きっと居酒屋って劇場みたいなものなのだろうね。
マスターから客まで全員が善良な人情深い庶民を演じている。
外では我利我利亡者でも、酒場のなかだけなら、あったかい庶民になれる。
ほんとうはアル中でギャンブル狂の酒場主人も、
店内の営業時間内限定で人生の辛酸を舐めたやさしい苦労人のふりができる。
違う場所で逢うといやな人でも、酒場でなら人情味ある庶民になる。
しかし、本書はよろしい。井上理津子さんはいい本を書いた。
酒場では、まるで山田太一氏の人情ドラマのような世界が繰り広げられる。
著者は大阪の串カツ屋で72歳の女性一人客に話しかけられたという。
本書でいちばんよかったところなので引用、紹介する。
まあ、味見みたいなものと思って、気に入ったらぜひご購入ください。

「この七十二歳ド迫力女性に、「この店に来られてもう長いです?」
と聞こうものなら、「ちょうど五十年」とのことで、
二十三で大学助手をしてた頭のいい男と飲み屋で知り合って結婚した。
のだけれども、相手には妻子がすでにいた。
二十年籍を入れてもらえなかったけど、ようよう入れてもらえたと思ったら、
因果応報よ、次の女に取られた。
でもええねん、頭いい男やったから、子どもも孫も、
頭めちゃくちゃいいねん。ラッキーやったわ。
DVに遭って、死ぬかと思ったこともあったけど、いまは幸せ……
と、長い長い問わず語り。
ああ。串カツ隣り同士ご縁から始まる身の上ストーリーは濃い。
ちょっと濃すぎる。のだが、
「ほれ、そんな時もあんな時も、ここの串カツ食べに来たんや。
辛いこともうれしいことも包み込んでくれる『心』の串カツ、
食べさせてくれるんや、な、大将」と、
図らずも落としどころを弁(わきま)えてくれてるところが、心憎い」(P35)


いやはや、演歌の世界だな。山田太一氏や宮本輝氏がお得意の庶民劇場である。
実際はこういう人も家に帰れば嫌われ者の意地悪ばあさんなのかもしれないが
(わかりませんよ)、
串カツ屋では実に味のあるいかにも人情をわかっていそうな老女優に変身する。
こういう話を引き出せるのもまた著者の才能なのであろう。
井上理津子さんご自身も酒場ではけっこうなかなか名女優を演じているのかもしれない。

「写真集 アジアの瞳 ―Pure Smiles 」(三井昌志/クロスカルチャー・ライブラリー)

→アジアの人は心の豊かさがある!
日本人が失ってしまったものを持っている!
われわれは物質的な豊かさとひきかえになにを失ってしまったのだろう!?
なーんて、ありきたりな日本人論を一席ぶってしまいたくなるくらい、
実際アジアの人の瞳は輝いているわけさ。
この写真集では、特に少年少女の瞳の輝きに焦点を当てている。
むかしアジアをぶらぶらしたことがあるけれど、
どこへ行っても高そうなカメラを持った若い日本人旅行者がいたもんだ。
で、かならず現地の子どもに遊んでもらっている。
そういうのがなんか生理的にいやでさ、
こっちはカメラを持たず馴れ合ってくる子どもも完全無視で通した。
とはいえ、こうして出版までこぎつけたってことは、
著者のカメラマンさんはあの大勢から抜け出したってことか。
おめでとうございます。いいお写真でしたよ。

「インド旅行記4 写真編」(中谷美紀/幻冬舎文庫)

→女優で歌手、エッセイストや絵本作家でもあるマルチタレントの中谷美紀さん。
実はぼく、彼女とおなじ昭和51年生まれだったりするんデス。
中谷美紀さんは2005年にのべ3ヶ月のインド旅行をしました。
なぜかぼくも2004年に3ヶ月間インドをぶらぶらしているんデス。
ぼくもインドで日記をつけましたが、だれにも読まれていません。
あはは、だれもぼくなんかに興味がないからデス。
でも美人の中谷美紀さんの日記だと幻冬舎から出版され、
多くの人から読んでもらえます。
こういう不平等はいったいなんであろうと思いながら、
いまから8年前インドの仏跡地を片っ端からまわったのだと思います。
当時は答えがわかりませんでしたが、あれからいろいろあってわかりました。
結局は前世なんデス。
前世で中谷美紀さんはとってもいいことをしたから現世でハッピーなんデス。
いやいや、ぼくだってインドの低カーストの人に比べたらまだハッピーなんでしょう。

今年のナマステ・インディア(インド祭り)は9月の22、23日。
例年通り代々木公園で開催されます。
中谷美紀さんのようにたくさん友だちがいるわけではないので、
去年とおなじく今年もぼくはひとりで行く予定デス。
みなさん会場でぼくを見かけたら声をかけてくださいね。
ああ、この本はインドの写真がたくさんで懐かしく、とてもよかったデス。
中谷美紀さんは写真家としての才能もあるのではないでしょうか。
美人で才能があってほんとうにいいデスね。
ひとつぼくが思ったのは、
どうせだったら美しい中谷美紀さん自身のお写真をもっと掲載してもよかったのでは?
なぜってぼくは美しい人が好きだからデス。

「海峡」(井上靖/角川文庫)絶版

→井上靖は無力の美しさを描く作家だと思う。
人間は世界に対して無力だが、そこに世界の美しさがあるのではないか。
無力で敗北感に暮れる人間はときにみっともないが、
その背景に人間を超える大きな世界をしっかり見据えると全体として美しいのではないか。
宿命に勝利する人間を描くのは井上靖をだれよりも慕う後輩作家の宮本輝である。
井上靖は宮本輝とおなじ宿命を描いているのだが、
先輩作家は宿命に敗れ去る人間の美しさを描いているのである。
成功する人間ではなく失敗する人間を描写する。
恋が成就した男女を描くのではなく、恋に破れた、つまり失恋した淋しい人間を描く。
もしかしたら恋愛成就よりも失恋のほうが人生の深い味を堪能できるのではないか。
あたかも井上靖はそう言っているかのごとくである。

新聞小説「海峡」から無力感あふれるシーンを見てみよう。
男が片想いしている同僚女性から酒場で相談を受けると、失恋したという話である。
しかも失恋相手は自分の上司だというではないか。
まこと人生の深い味を感じさせる場面である。
この味わいを井上靖はうまく会話として描く。
宏子は相談相手の杉原がなぜ憤(おこ)っているのかわからない。

「何をそんなに憤ってるのよ」
「憤るさ。憤らせるじゃないか。――くだらん恋愛なんどしやがって」
「しやがってという言葉もいや。下品だわ」
「悪かったな。――まあ、いい、一生に一度だ。今夜は飲ませてくれ。
飲ませて、慰めてくれ」
「反対になったのね。わたしを慰める筈だったじゃない」
「慰める!? お前さんをか。冗談言うなよ。自分が惚れてる女が、
他の男に惚れてるからって慰める馬鹿がどこにある?
俺は今夜自分を慰めるんだ。つき合えよ」
宏子にとっては聞き棄てならぬことを杉原は口走った」(P91)


宏子が帰ろうとすると、杉原は「頼む」と哀願するように言う。
「頼むから今夜もう少しつき合ってくれ」

「でも、いやだわ。酔ってるんですもの。恥ずかしいわ。
大きい声でへんなことばかり言って」
「いいや、もう言わん。恐らく将来二度と言わんだろう。
これから言葉に気をつける。今夜、二人でもう少し一緒に飲もう。
飲もうと言っても、俺ばかり飲むわけだが、おひろさんも飲めよ。
少しぐらいはいいだろう。酔わん程度に飲めよ。
――今夜は二つの恋情を葬る夜だ。
君は編集長のオッさんに対する変な気持をきれいさっぱりと、
今夜限り棄てるんだ。いいか。物にはきっかけというものがある。
今夜を最後に、明日から笑う女になれ。笑う女に!」
それから杉原はボーイを呼んで、
「勘定!」
と言ってから、
「俺は今夜限りさっぱりする。どうも多少俺はおひろさんに気があったと思うんだ。
しかし、考えてみれば莫迦(ばか)らしいことだよ。
どこがよくて、大の男がおひろさんなどに惹かれるんだ。
どこもいいところないじゃないか。俺は俺で今夜限りさっぱりする。
おひろさんもおひろさんでさっぱりしろよ」(P92)


いかにもいかにも井上靖らしいセリフである。
失恋は恋愛成就よりもよほど味わい深いのである。
酒を飲めば飲むほど、この不如意の渋味苦味は豊穣を増し五臓六腑にしみわたる。

人生はうまくいかないからおもしろい。

題目を唱えていたら夢がかなってハッピー! 宿命転換ブラボー大勝利! 
――なんていう世界観を井上靖はどこにもさらさら有していないのである。
人生は人間の思い通りにはならないが、そこにこそ深い味わいがある。
これが無宗教だった文豪・井上靖の持っていた信念のようなものである。
人生がうまくいかないということは、人間を超えるものがあるということではないか。
その大きなものを全身で認めたとき、無力な人間はかえって輝きを放つのではないか。

小説の終盤、人生の不如意をそれぞれに抱えた男3人は、
渡り鳥の声を聞くために本州の最果て青森県の下風呂温泉におもむく。
失恋と別離が確定した杉原は冬の海に向かって走っていった。
青年の姿が見えなくなってから、中年男二人はしみじみと思いを語る。

「去年からろくなことはないよ。病院は不景気になるし、
吉田君はあんな事故で倒れるし、細君は神経衰弱になるし」
「人生とはそうしたものだよ」
「だから僕も人生とはそうしたものだと思ってるんだ。
なんとなくやりきれないものだな」
その庄司のやりきれないと言った言葉が、ふいに松村の心に突き刺さって来た。
松村自身が、庄司以上にやりきれない気持だった。
どこへも持って行きようのない、いわば出口のない感情を、
松村もまたこの雪の半島に棄てたくてやって来たのである」(P344)


人生は、やりきれない。悲しくて、やりきれない。
悲しくて、悲しくて、とてもやりきれない。しかし、この悲しさは美しい。
人間のちっぽけな悲しみも天から見たらきっと美しいはずだ。
人生のやりきれない悲しさを、井上靖は、わかりやすい物語に託して美しく謳いあげた。

「白い風 赤い雲」(井上靖/角川文庫)絶版

→主人公は少年タアちゃん10歳。父はなく美しい母がいる。未亡人である。
出版社に勤める母は3人の男性から求愛されている。
タアちゃんの学校の担任の角田先生。金持の太った中年男。妻も子もいる志村さん。
3人とも悪人ではなくそれぞれに善良な人物である。
お母さんは本当は志村さんが好きだが、
タアちゃんの将来を考えて金持と結婚することに決める。
井上靖の小説はどれもそうだが、失恋するシーンがとてもいいのだ。
タアちゃんの担任の角田先生が、
妻子のいる志村さんと決闘するシーンは正々堂々としていてすばらしい。
決闘の翌日、先生は自宅でタアちゃんから手紙を渡される。
それは母からことづかった手紙で、角田先生は自分が完全に失恋したことを知る。
このとき学童ふたりのまえで、いさぎよく恋心をあきらめる角田先生がいい。
先生は大きなため息をついたあと、こんなひとりごとを言う。

「人生というものは淋しいことばかりだな」(P237)

それから子どもたちに向かって言い聞かせる。

「君たちも大きくなると、いろいろなことを経験するだろう。
悲しいことや嬉しいことや、そしてまた淋しくて淋しくて、
死んでしまいたくなるようなこともあるだろう」(同)


そして、角田先生はじっと我慢するのである。
こういう美しい失恋シーンを読むと、心底から失恋にあこがれてしまう。
失恋というよりも片想いをしたいのかもしれない。
こちらがどんなに想っていても相手が振り向いてくれないというのは、
宿命や運命を感じさせるほど神々しい体験なのではないか。
たしかに片想いの失恋は死にたいほど淋しいのだろうが、
しかしその淋しさは疑いもなく宿命や運命に通じているのである。
おそらく死以外で宿命や運命を味わえる数少ない貴重な体験が片想い、
そして失恋なのだろう。
ならば、私小説ではなく大きなものを描きたいと小説を書き始めた井上靖が
ことさら失恋描写にこだわるのは必然なのかもしれない。
片想いは向こうから来るもので治そうと思ってもどうにもならない。
失恋は相手ありきゆえ、自分の意志だけではどうしようもない。
このどうしようもないことを宿命や運命と言うのである。
井上靖は繰り返し繰り返し、
ちっぽけ人間にはどうにもならぬ大きな宿命や運命を美しく描いた。
井上靖は非情な宿命や運命を美しいものと思っていた。

「人間というもの」(司馬遼太郎/PHP文庫)

→サラリーマンの教祖(いまでもそうなの?)司馬遼太郎先生の名言集。
テレビドラマばかり見ているようなお気楽な連中は、
もしかしたら夢や希望が人間を動かすとか本気で信じているのかもしれない。
でもさ、司馬先生、人間はそんなさわやかなものじゃ動きませんよね。
なにが人間を心底から駆り立てるかといったら、
実のところそれは出世欲でも名誉心でも愛でも友情でもなく、
みなが持っていることを否定したいあの黒々とした感情なのではないか。

「信長にせよ、また徳川家康にせよ、元来が執拗な性格であり、
ひとに対して抱いた恨みの根も、並はずれて深い。
家康はそれを懸命におさえた男だったが、
信長は、時期が来ればかならず報復した」(P173)


愛にも夢にも希望にもピクリとも反応しない男でも動くときが来たら動くのだろう。
そのとき男を動かすものは深い怨恨の情である。

「いのち仕上げの名台詞」(車谷長吉:監修/中里和人:写真/小学館文庫)

→聖徳太子から三波春夫まで、3百以上の辞世の句(言葉)を集めたもの。
きれいなカラー写真にそれぞれの最期の言葉が添えられている。
平均寿命が何歳まで上昇しようが、当たり前だけど死を忘れちゃいけないんだろうな。
明日に事故や病気で死んでしまうかもしれない。
道徳的な理由からではなく、深く快楽や満足を得るために。
これが最後の一杯だと思ったら、どんな安酒でもうまくなるだろうから。
あれさ、人間が臨終にいたって思うようなことは、そう大して変わらないのかもしれない。
人生なんて、もしかしたら、どれもそう大した違いなどないのかもね。
――死んじゃえばの話だよ。

「何ごとも夢まぼろしと思ひ知る
身にはうれひもよろこびもなし」(足利義政)

「四十九年一睡の夢
一期の栄華一杯の酒
嗚呼(ああ)柳は緑に花は紅なり」(上杉謙信)

「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、
夢幻のごとくなり」(織田信長)

「越し方は一夜ばかりの心地して
八十路(やそじ)あまりの夢を見しかな」(貝原益軒)

「王となり蝶となりても一生の
苦楽は同じ夢にこそあれ」(質亭文斗)


まあ、人生なんて夢のようなものじゃないか! だからさ~。

「穴を出て穴に入るまで世の中に
ととん頓着せずに楽しめ」(深井志道軒)


「生ききる。」(瀬戸内寂聴・梅原猛/角川oneテーマ21)

→東日本大震災を経ての緊急対談ということらしい。
あの時期は自分の頭でものを考えられない人があちらこちらでオロオロしていたから、
彼(女)らしもじもの人間の動揺をしずめるためにもこの対談は必要だったのだろう。
上からくだってくる意見にビシッと従うのが好きな兵隊のような庶民がいるのだ。
まるでよくしつけられた犬のようなもので、
こういう善良な読者のおかげで日本はうまくまわっているのかもしれない。
われわれ庶民のボス猿とでもいうべき寂聴、猛のご両人は元気いっぱいである。
もうすぐどちらも90歳になろうというのに、両者の若者のような意欲には驚かされる。
いったい前世でなにをやらかしたのだろうか。
人気作家の五木寛之氏が悟り済ましたような顔で
浄土真宗トップと仲良くやっているのに対し、
梅原猛氏は相変わらず既存権力に反抗して不穏なことを言い放っている。

「だいたい、「悪人正機説」を前面に出した近代浄土真宗学は
間違いだったんじゃないかと思います。
「悪人正機説」は暁烏敏(あけがらすはや)が中心でしょうけどね、
この説を自分が浮気してその弁解のために使っている。
親鸞の言う「悪人正機」は、自分には父を殺したアジャセ王と
同じ血が流れているという深い悪の自覚です」(P53)


なーんか、喧嘩する気満々といったファイティングスピリッツを感じさせる文章だ。
寂聴ばあさんも不穏なことを口にする。
出家したとき、戒律なんて守れないと思ったという。

「嘘つくなっていったって、私は小説家。
小説は嘘をいかに本当らしく書くかということです。
嘘をつくのやめたら小説書けない。悪口言うなっていうけど、
人の悪口言いながらご飯食べたらおいしいでしょ」(P54)


これはほめているのだが、寂聴ばあさんも猛じいさんも、どこか邪悪なのだ。
本当は腹黒いんだなと思わせるところが、マイナスではなく魅力になっている。
しかしやっぱり邪悪なのは寂聴ばあさんだろう。
おおやけにこれだけ悪口を言っているのなら、オフレコではいったいどうなのか。
いない人の悪口を嬉々としてするのが女人というもの。
梅原猛も寂聴ばあさんに刺激を受けたか、
もうはるかむかしに死んだ三島由紀夫の悪口をこれでもかとどす黒く垂れ流している。
そこが本領発揮といった感じでとてもよかった。
しかしやっぱり邪悪なのは寂聴ばあさんだろう。
梅原猛は学者面をして得意げに親鸞教学を長々と演説した直後、
寂聴ばあさんに素気なくこう返されている。思わず絶句する猛じいさんだった。

「何かね、出家するとよくわからないんだけど、ぱっと飛ぶんですよ。
理屈でわかって研究して理論があるんじゃなく、
私はなんにもなく飛んじゃったから、
もし梅原さんが、八十八でいいから出家なさったら、何かがこう
ぱーっともっと深いことわかるんじゃないかなと。今より以上に」(P72)


これは全身で賭けちゃった人間と、最後まで賭けられない人間の差であろう。
どうでもいい話だが、
もう30年以上もまえから梅原猛氏は口述筆記で本を書いているらしい。
松本清張とおなじである。
さて、寂聴さんと猛先生はどちらが先に死ぬのか。
残ったほうはどんな裏話をするのかと思うと人間の業を考えさせられる。

「寂聴・猛の強く生きる心」(梅原猛・瀬戸内寂聴/講談社文庫)

→有名学者と有名作家の対談本。どちらも仏教系文化人という共通点がある。
ご両人の発言に触れてふしぎに思うことがある。
どうしてふたりとも仏教を勉強しているのに、こうも現世への執着が強いのだろう。
おとしめているわけではなく、あこがれているといったほうが正しい。
うっかり仏教など勉強してしまうとこの世への執着が消えてしまうのである。
最近そのことにいささかの危惧をおぼえているくらいだ。
もっと人生に浅ましくしがみついたほうがいいのだろうが、
仏教のせいで「人生こんなもの」「人間そんなもん」
などと手軽に割り切ってしまいたくなるのだ。もう現世はいっか、なんて思ってしまう。
比して、梅原猛、瀬戸内寂聴、両氏の貪欲、貪婪はどうか。
発言の底から「まだまだ」「もっともっと」「こんなもんじゃない」
という呻(うめ)きが聞こえてくるのだから。
こちらもけっこう業が深いほうだが、
ご両人の度し難さには太刀打ちできないような気になってしまうのである。
とくに瀬戸内寂聴さんの大蛇のような存在感には思わず白旗を揚げたくなる。
寂聴さんに説教されたら、
たとえ酒席でこちらが悪酔いしていてもおとなしく聞き入ってしまうかもしれない。
なんか寂聴さんが怖いのである。尼さんでもある作家は言う。

「要するに、女にもてないような男はダメよ。
女にもてない、要するに女にとって魅力がないということは、
その人に人間的魅力がないのよね。器量と違うよ。
背が高いとか、顔がいいとかじゃなくってね。
背が低くても、ハゲてても、デブでも、
何とも言えない人間的魅力があったら女はついてきます。
お釈迦さんだって、空海だって、日蓮だって、親鸞だって、一遍だって、
一休はもちろん、明恵だってみんな女にもててますよね」(P121)


けっ、人間的魅力がなくて悪うございましたね、寂聴ばあさん!
おお、この感じだ。懐かしい怨念がわが身によみがえってくる。
もっともっと寂聴ばあさんのように怨み深くならなくてはならないのだろう。
まだまだ、である。こんなもんじゃない。
そうでしょう、寂聴さん?

「里見(弴)先生が亡くなる一年くらい前にながぁい対談したんです、お宅で。
それでいろんなことを言ってくれたけど、いちばん忘れられないのは、
「瀬戸内さん、人を憎むということをおろそかにしちゃいけない」
と言うんですね。
僕は志賀直哉をある時期、非常に憎んだって。すごく軽蔑されたんですって。
それで、志賀直哉のはがきを仕事机の前に張って、それを八年と言ったかな、
九年と言ったか忘れたけど、それをずうっと毎日見つづけた。
それくらいでないとダメって言われたのよ」(P120)


ふとイプセンがストリンドベリの写真を仕事机の壁に張っていたという逸話を思い出した。
本来ならイプセンよりもストリンドベリのほうがはるかに根に持つ性格だったから、
逆でなければならないのである。いや、これでいいのだろう。
たぶんイプセンは、後輩作家ストリンドベリの
異常なまでの執念深さを見習おうと思っていたのだ。
人を憎むということをおろそかにしちゃいけない。かんたんに人を許してはいけない。
やられたことは十年後でも二十年後でもしっかり借りを返す必要がある。
それが相手の死後になっても構わない。怨みを絶対に忘れてはならない。
そういえば寂聴さんの師匠筋、丹羽文雄も恐ろしいほどに非情であった。
本書単行本の刊行時、丹羽はすでにアルツハイマーでボケていたからか、
寂聴さんはかつての師匠にも容赦なく斬りかかる。

「流行作家の小説というものは、いわゆる流行なんですよ。
後になって読むとたいていおもしろくないもん。
初期のはだれでもいいですよ。丹羽文雄さんの初期の『鮎』とか、
お母さんのことを書いたのとか、それはいいけど」(P88)


後年、丹羽が流行作家になってからのものは大したことがない、
となかば言っているようなものである。
悪口を言ったら、かならずどこかでだれかが見ていて、言い返されるのである。
やったことはまずやり返されると思ってよい。
こちらが復讐と思ってしたことが、今度は相手の復讐の種になるのである。
人を傷つけたらかならず仕返しに傷つけられるのである。
人を憎んだらそのぶんだけ憎まれるのが人生というもの。
しかし、それでも、人を憎むということをおろそかにしちゃいけない。
なぜ人を憎まなければならないのか。不幸になるばかりではないか。
いや、不幸になっていいのである。なぜなら不幸こそ作家の故郷だからである。
寂聴さんは腹が据わっている。
愛したぶんだけ憎まなければならぬことを熟知した女流作家の言葉である。

「ただ、つらいけど、そこがもう、作家というのはずうずうしいと思うんだけど、
世間が見てマイナスと思うことね。
不幸とか、失恋とか、何かえらいめに遭うことがあるでしょう。
それが全部作家の場合はバネになって、マイナスがプラスに変更する。
(……) それは作家だけじゃないと思う。
それは芸術家すべてに、それだけは神様がくれた切り札じゃないかしら。
(……) だから、感じるのは普通の鈍い人よりはずっと感じるから、
つらさは何倍かつらいと思うんですよ。
けれども、そのマイナスを全部プラスにする。
マイナスをネタにして、なんか書くでしょう、その情熱を」(P94)


対談で梅原猛は寂聴さんと寝ていないとわざわざ断っているが、
こんなことを口にする女人は恐ろしくてよほどの覚悟がなければ襲えないだろう。
なにを書かれるか知れたものではないのだから。
言葉で人を殺すことなど、なんとも思っていないような迫力が寂聴さんにはある。
公的権威にはかなりアグレッシブな対応を見せる梅原猛も寂聴さんには降参である。
寝てないのはあなたが臆病だから、と寂聴さんに言われた梅原猛はこう答える。

「臆病だからか(笑)。いやいや、それはやっぱり瀬戸内さんみたいなのと
寝るとしたら覚悟せなならんですよ、一生(笑)」(P124)


笑いながら震えていたんじゃないかい?
さて、瀬戸内寂聴は一遍が好きで「花に問え」という小説に書いているという。
これはおなじく一遍ファンとしていつか読まなければなるまい。
寂聴さんの迫力に気圧されたかのように学者の梅原猛も一遍をほめる。
各地を巡礼、遊行してまわる踊り念仏の一遍はよろしい。

「それは人間というものは、僕はいわゆる巡礼の思想というのは
たいへんすばらしいと思うんだ。やっぱり静では――
なかなか人間は静で、座禅して、これで瞑想して解放されるというのは、
ごくインテリに限る。(……)
ところが、ああいうふうに動けば、やっぱりそこで変わってくる、人間が。
だから、やっぱり動だな。
私は、一遍がえらいところはそこだと思いますね。
動の宗教というものをつくった。念仏や座禅では静だ。
動をつくったと、そう僕は言いたいんだけどね」(P178)


梅原猛のようなインテリ嫌いのインテリが国民的学者になるのである。
もちろん、わたしも梅原猛の熱心なファンである。
寂聴さんは怖すぎて手が出ず、もっぱら学者のほうの著作を愛読している。

「地獄を生きぬく魔法の言葉」(ひろさちや/集英社)

→これまためったにないほどのチープな本だよな。
ひろさちやさんがこだわりやプライドを持っていないことがよくわかる本だ。
名誉欲などひとかけらでもあったら、恥ずかしくてこんな本を出せないと思う。
チープなひろさちや先生を嫌いではないこちらもきっとチープなのだろう。
ひろ氏は死んだらどのくらい偉くなるかな。
現世であまり偉くならなかった人だけにちょっと予想がつかない。
存命時に偉く、かつ長生きした人は、たいがい死後に評価が下がるのだけれども。
おそらく、熱狂的な弟子なぞひとりもいないと思われるから、とすると後世の評価は?
もしかしたらぼくがいちばんのひろ先生の支持者だったりして。
だって、ひろ氏のファンなんて、言っちゃ悪いけれど
脳みそがスカスカの中高年ばかりでしょう(メンゴ←なにこれ日本語?)。
ひろさちや先生はほんと熱いものがないんだ。
内部に地獄を持っていない。
本書で先生はいつかイエスを裏切ったユダを主人公にした小説を書きたいと述べていたが、
絶対に書けないと思う。そして、それは不幸ではなく間違いなく幸福なのである。
不幸ではないのに秀才ゆえに仏教がわかっちゃった人――仏教ライターひろさちや氏だ。

「風狂という生き方」(ひろさちや/佼成出版社)

→正直白状すると河合隼雄さんの偉さは説明できるけれど、
受賞歴ゼロの宗教ライターひろさちや先生のどこがいいのかうまく伝えられない。
ひろ先生のご主張は「わからない」ということだと思う。
この世のことは「わかりません」――。
なにゆえそう言い切れるのかと考えると、この世のことを別の角度から見ているからである。
川向こうの彼岸から見たら、
現世におけるプラスマイナスは大きく意味を変えるのではないか。
彼岸とはほとけさまのいる川岸の向こうである。
もしあちらがあるならば、こちらの価値基準は絶対的ではないとは考えられないか。
むしろ彼岸が絶対で、こちら岸のことなどすべて相対的な問題に過ぎないのではないか。
もし彼岸(川向こう、あの世、浄土、来世、死後の世界)があるとしたらば――。
よしんば、ほとけさまがいたとしたら――。

「ほとけさまは「すべての衆生は、わたしの子どもだ」と言っておられます。
『法華経』には、
「この三界はわたしのものなんだよ。
その三界の一切の衆生は、ことごとくわたしの子である」(譬喩品)
と説かれています。
ほとけさまから見たら、すべての衆生が等しくわが子です。
路上生活者であろうが、生まれてすぐ死んでしまう子であろうが、
ほとけさまからみたら、どんな人も等しく価値を持っているのです」(P24)


人生における苦しみもあちらから見たらまったく様相を変えるのではないか。
苦しみが苦しいのはこちら側にいるからなのかもしれない。
海外旅行先での苦労が帰国後にまたとない貴重な思い出に変わるように、
もし彼岸(浄土、あの世、死後の世界)があるならば――。

「人生とはこの一回限りではないのです。無限の人生の繰り返しがあります。
また別の言い方をすれば、お浄土があるのです。
そうすると、人生の意味は世の中の役に立つとか、楽しいことをやるとか、
そういうことではないということになります。
わたしたちがお浄土に往くにあたって、
持っていけるものがあるとしたら、それは何でしょうか。
それは形あるものではありません。
財産やお金、地位だとか名誉だとか、そんなものは持っていけません。
お浄土に持っていけるものは、
――この世の中の美しい思い出――
ではないでしょうか。しかし、旅行してきて
「あんなところに行ったよ、景色がすばらしかったよ」というようなものが、
美しい思い出ではありません。
苦しんで、つらくて、涙を流したことが美しい思い出になるのです。
この世の中で苦しみ、のたうちまわって、傷つき合って生きたこと
――それが美しい思い出になるのです」(P36)


もし本当にそうだったらどんなにいいことか。
もしだ、もしかりにこの世を彼岸から見るほとけさまがいてくれたら。
もしかしたらすべてのことがほとけさまのおはからいかもしれないではないか。

「交通事故が起きる確率は、車の台数によって、統計的にわかっています。
しかし、誰が交通事故に遭うのかはわかりません。
それは、まさにデタラメなのです。そして、ほとけさまの物差しは、
わたしたちの論理や物差しではデタラメに見えるのです。
さらに言えば、われわれにとってデタラメに見えるものが、
まさにそれゆえにほとけさまの心だということができます」(P88)


この世のことがデタラメで「わからない」からこそ、ほとけさまの実在を確信する。
これはある種の詭弁であり、また別の見方から言えば救済なのだろう。
問題になっているのは彼岸があるかどうかだ。
この世の死はそれで本当に終わりなのかどうかだ。
人間を越えるもの、ほとけさまのようなものは存在するか否かだ。
だれしもこの問題の正解を知るときがいずれ百年もしないうちに訪れるのである。
そう、それは死ぬときだ。死んでからはじめてこの問いの答えがわかる。
聖人だけわかるのではなく、めいめいがそれぞれ知るのだ。
この世だけで終わりなのか、それともあの世があるのか、死なないとわからない。
これは死ぬ楽しみがあるということだ。
どんなに現世で辛くても、
死という楽しみがあるために生きていけるのではないかと思う。
ほとけさまがいるのかいないのか、あの世があるのかないのか、
いずれみなみな知ることになる。

「人間はウソをつく動物である 保険調査員の事件簿」(伊野上裕伸/中公新書ラクレ)

→世間知らずという自覚があるこちらには本書は非常にためになった。
著者は長年保険調査員として働き、現在は作家として活躍しているらしい。
保険調査員とは、保険金支払いの際、不正がないか調べる専門職。
ウソをついて保険金を請求してくるもののウソを見破るのが仕事である。
本来ならこのような仕事の舞台裏はほとんど表に出てこないのだろうが、
著者が作家として独立したため、業界の暗部がおおやけになったということのようだ。
いちばん勉強になったことは、
社会人たるもの世の中は不条理と見切り、多少の不正には目をつぶるべしという教訓だ。

ある地方のスーパーで盗難騒ぎがあったという。
金庫から3百万盗まれた。
しかし、店長は問題を大きくしたくないから警察に被害届を出したくないという。
スーパー全体の保険契約料を考えたら、
このくらいの損失ぶんは払ってくれよと保険会社に連絡がいった。
盗難保険を適用してくれ。
そこで保険調査員の著者に詳細を調べるよう依頼が来る。
著者はスーパー関係者の犯行であることをなかば突き止め、正しい報告書をしたためる。
保険会社の担当責任者も著者の方針に同意してくれていたからだ。
ところが、結果はどうなったか。正しいことを追求した挙句どうなったか。
立場が上のスーパー店長のご機嫌を損ねた。
盗難保険金の支払いを求めていたスーパー店長は支払いの請求を取り下げる代わりに、
これまで交わしていた保険契約をすべて解除してしまったのである。
損得から見たら、保険会社の大損である。
正しい事実など求めず請求通りに盗難保険金を支払っていたら、
こんなことにはならなかった。こんな損失は生じなかった。
著者の追求した正義など、まったく役に立たなかったのである。

この直後にも似たようなケースが紹介される。
繰り返すが教訓は、世の中は不条理だから多少の不正には目をつぶるべし。
幼稚園児との交通事故で詳細を調べてくれという依頼が著者のところへ来る。
ところが、何回連絡を取っても運転手本人とは話ができない。
そこではじめて運転手の名前を見ると、大企業の経営者一族の一員であった。
ここで著者は職業人として追及をあきらめる。
三回目になるが繰り返すと、世の中は不条理だから多少の不正には目をつぶろう。
いままで幼稚なわたしが学んでこなかった社会の常識というやつだ。
偉い人には逆らうな。正義で損するくらいなら、不正で得を取れ。世の中、そんなもんだよ。

「修羅場が人を磨く」(桜井章一/宝島社新書)

→四捨五入すれば40になるまで生きてきて腹の底までわかったのは、
人生は絶対に思い通りにならないということだ。
大げさかもしれないが、36年の人生で一回たりとも思い通りになったことはない。
よって、かりにこれが(わたしの)真実だとすると、ここから先が分かれ目なのだろう。
人生は思い通りにならない。
いまや自己啓発業界の旗手、雀鬼の桜井章一氏は言う。

「人生は山があって、谷があるから面白い。
私は「人生は思い通りにならないから楽しい」と思って生きてきた」(P49)


人生は思い通りにならない「から」苦しいとも楽しいとも言いうる。
不幸が集中しているような修羅場のときは、
「人生は思い通りにならない」という(わたしの)真実がときに希望になることもある。
どう考えたって、どう思ったって希望がないようなときでも、
世界は自分の思考を超えている、
つまり人生は思い通りにならないことに思考を羽ばたかせると小さな光が見えてくる。
思い通りにならないとは、なにが起こるかわからないということだ。
ならば修羅場のときには「なるようになる」「なるようにしかならん」と開き直るのも手だ。
そうすると思いがけないことが起こるのだろう。思い返せば、
わが人生でもっとも幸福な一時期は(ほんと人並以下のささやかなものですがね)、
最大ピンチの直後に思いもよらないかたちで訪れたのであった。

「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」(マット・デイモン&ベン・アフレック/比嘉世津子訳/愛育社)

→アメリカ映画シナリオ。
人の評価というものはまったくさまざまであると思い知らされた。
アカデミー脚本賞受賞作品だから、どれほど高レベルなのかと期待していたら……。
こういう言葉でまとめるのは好きではないが一種の貴種流離譚だろう。
孤児で粗暴なブルーワーカーの青年が、
実のところ、大学教授も驚くほどの天才的な頭脳を持っていたというのだから。
アメリカ格差社会の下のほうで鬱積した毎日を送っているものが大勢いるわけだ。
彼(女)らはプアーな生活の必然としてチープな思考しかお持ちにならない。
自分たちとおなじような下層民が実は天才だという物語は耳ざわりがいいのだろう。
お偉いインテリの学者先生が底辺庶民の主人公に翻弄される姿に喝采をあげる。
あまりにも安っぽくないか、と言いたくなるが、バカを相手にしたほうが売れるのだ。
なぜなら、厳しい格差社会のアメリカにはバカが大勢いるからだ。
バカにバカのままでいてもらうためには、こういう映画を与えておくに限るのだろう。
バカは忘れっぽいから、
こういう映画で適度にストレスを発散してもらえば、使い勝手がいい。
自分を天才青年と同一視しながら、今日も明日も明後日も、
低賃金でフライドポテトを売ってもらわなくてはならない。
丸一日立ちっぱなしてフライドポテトを売る人たちに与えられた夢が、
アカデミー脚本賞受賞の「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」ではないかと思う。

この作品で唯一印象に残ったセリフを紹介する。
インテリ大学生が、低学歴ブルーワーカー(しかし天才)の青年にこう言い放つ。
アメリカに大勢いる低学歴労働者をバカにしきった悪役らしいセリフでとてもいい。

「だが、僕は学位を取り、
君は僕の子供たちにフライドポテトを売る、
スキー旅行に行く途中のドライブスルーでね」(P59)

「But I will have a degree, and you'll be serving my kids fries at a drive-through on our way to a skiing trip.」(P58)


「脚本家・橋本忍の世界」(村井淳志/集英社新書)

→どうしようもなく文学者未満の生業である脚本家を
大仰に持ち上げる大学教授というのはなんなのだろうか。
本書で大学教授(専門は教育学)の著者は脚本家を手放しで褒め上げている。
上から目線の分析ではなく、
完全に脚本家を崇め奉っているから読後の気分も悪くない。
鋭い論評というわけではないが、
作品にまつわる裏話を丹念に拾い集めた努力は立派である。
とはいえ、雑学に過ぎないと言えなくもないのである。
なにか新しい見方が切り開かれたわけではなく、
とりたてて必要のない知識を教えてもらっただけというのか。
しかし、どのみちつまらぬ人生だから、本書も橋本忍ファンには貴重なのだろう。
死ぬまでどうせ退屈しのぎなのだから……と、
そう醒めた視線で本書を見ると、なかなか有益な良書という気もする。
作品の感動を自分だけの言葉で表現していないのが不満だったが、
考えてみたらそれは大学教授の仕事ではないのだろう。

「シナリオ無頼」(中島丈博/中公新書)

→大御所脚本家の自叙伝を読む。
中島丈博さんは血の気が多いというのか、血気盛んでトンパチでおもしろいよな。
勝新太郎からスッポン鍋をご馳走になった翌日、
今度は女を世話してもらったけれど、さえないおばさんでなんだかなと思った。
こういう思い出話があまり順序だてずに、
あたかも血の騒ぎにうながされたように唐突に語られる。
なにが言いたいのだかよくわからない箇所もあり、
しかし、そこにこそなんとも言えぬ著者の味が出ていてよろしいのである。
シナリオを勝手に書き直されたので怒り、日活の食堂に抗議ビラを貼り、
チェーン片手に監督に逢いにいく著者の突発的暴力性こそ、
思えば氏の作品の魅力であるから、人と作品は決して別々のものではないのだろう。
大学教授がインテリぶって口にする「テキスト」や「作者の死」など、
はなから相手にしないだろう実作者ならではの無頼が本書でも小気味よく痛快である。
むかし脚本料の安さを満天下に知らせるため公開したという脚本料一覧が
本書にも再掲されているけれど、生臭い金のことに目を背けない態度に誠実なものを見る。
ちなみに昭和40年ころの著者の映画脚本料は20万円。
調べたら同時期の公務員初任給は2万円強だったから、
才能ある脚本家が当時感じていたほど不当には安くなかったのではないか。
いま公務員初任給の10倍の脚本料をもらえる若手脚本家が何人いるだろうか。
中島丈博さんは役者とのトラブルも実名で書く。
大河ドラマ「元禄繚乱」の際、
中村勘九郎 (現勘三郎)から一緒に呑みたいと連絡があったという。
脚本家がミーハー気分で行ったら、もっと自分中心の話にしろと要求されたらしい。
「炎立つ」では渡瀬恒彦が書いていない大時代的な台詞を朗々と語り始めるので、
脚本家は開いた口が塞がらなかったという。

中島丈博さんは自身を体験に縛られた自然主義の脚本家だと分析している。
強烈なお母さまをお持ちになったのがトラウマになっているそうだ。
ちなみに、お父さまは不運にも出世に失敗した日本画家。売れない画家である。
夫婦喧嘩も尋常ではなかったとのこと。
トラウマとなった事件はこうだ。

「あるとき、私が学校から帰ってくると、いつもの諍いが始まっていた。
例によって母に家計逼迫をさんざん責め立てられ、胃痛を堪えていた父は、
急に目を異様に大きく瞠(みは)って立ち上がり、私の名を呼んだ。
「どうにかしてくれ。このおなごをどうにかしてくれ」
悲痛な声で叫び、まるで水中で溺れかけている人のように
両手で空気を引っ掻くような仕種を繰り返した。
「父ちゃん、父ちゃん」
私は父に抱き付き、そのまま畳に転げた。
とうとう頭が狂ったのだ、発狂したのだと思い、
父を抱きしめ、おんおんと声を上げて泣いた。
母も泣いていたけれど、私は父が可哀そうでならなかった。
普段温厚な父が狂気のように錯乱するまで、
責め立て詰った母を許すことができなかった。
これはトラウマと言うものであろう。
脚本を書くときも、女のエゴイズムや滑稽さを容赦のない筆致で描く癖があり、
聖なる母の永遠性とか、母性を賛美する視点は、
ついに私には生まれることはなかった」(P98)


いかに作家にとって父と母の影響が大きいかである。
このお母さまは死に際も烈しく87歳にして自ら灯油をかぶり焼身自殺を遂げたという。
名作映画「祭りの準備」の母親の死である。

「シェピー」(サマセット・モーム/瀬口誠一郎訳/全集22/新潮社)絶版

→戯曲。イギリス産。
床屋の従業員であるシェピーという変わり者のおっさんが主役である。
シェピーはある日、競馬の大穴を当ててしまう。
結婚を控えたシェピーの娘さんも、長年連れ添ってきた奥さんも大喜びだ。
ところが、雲行きが怪しい。
シェピーはせっかく大金を得たのだから、好きなことをしたいというのである。
いったいシェピーはなにをしたいのだろう。

「裸の者には着物を与え、病人を訪ねてやり、
空腹の者には食物をやり、咽の渇いている者には飲物を」(P155)


要するに、イエス・キリストの真似をしたいというのである。
家族はシェピーが狂ったのではないかと医者に相談する。
シェピーの金を当てにしていた娘の婚約者は義父の説得を試みる。

「あなたのなさつてる失敗というのは、いいですか、
物事をあまりに文学的に扱つてるということですよ。
新約聖書はフィクションだと考えられるべきですよ、
お望みならば美しいフィクションとね、しかし要するにフィクションですよ。
教育のあるもので、福音書の対話をありのままの事実として
受け容れるものなんかいるもんですか。
実際、非常に多くの人達はイエスなんて、
決して存在してなかつたと信じてますよ」(P148)


いまの世にイエス・キリストが現われたら狂人とみなされるだろうという主張だ。
いかにも吃音で男色家だったモームらしい皮肉である。
シェピーに対する家族の反応はさまざま。
娘は医者がシェピーをきちがいと診断してくれるよう神に祈る。
いまや医者しかシェピーを精神病院にぶち込めないからである。
信心深いシェピーの妻は、夫の行動に理解を見せる。
結局、精神科の権威だという医者はシェピーを急性躁病と診断する。
たぶん現代日本の精神科医も似たような患者が現われたら、同様の病名をつけるだろう。
現代においてイエス・キリストは登場しないようになっているのである。
しかし、シェピーは精神病院に収監されるまえに寿命が訪れ死んでしまう。
主役を殺して閉幕とするのは安易な作劇法だが、
ほかに解決しようがなかったのではないか。
ひっくり返せば、どんな悲劇も喜劇も渦中の人物が死んでしまえば一応の解決を見せる。
これもあるいはモームの皮肉な人生観のあらわれかもしれない。

「むくいられたもの」(サマセット・モーム/木下順二訳/全集22/新潮社)絶版

→戯曲。イギリス産。
人生をボロボロにしてくれるような女と逢ってみたいよな~。
おそらく、同性愛者だったモームも似たような妄想からこの芝居を書いたのであろう。
妻もいる資産家のシニアが若いお嬢さんにメロメロになってしまうだけだ。
老妻は捨てるから、どうか一緒になってくれんかと爺さんは娘さんを口説く。
もちろん、お嬢さんは老いぼれに恋愛感情など抱けないが資産は魅力的である。
とはいえ、自分がこの爺さんと逃げたら旧知の間柄の老妻を不幸にすることになる。
さて、「ふたつにひとつ」でどうすっぺえか。
この「ふたつにひとつ」の葛藤でモームは終幕まで客を引っ張ろうとする。
まだ男を知らぬ娘さんの出した結論をセリフから――。

「そう。お金があれば何でも手に入るわ。自由だつて、チャンスだつて」(P81)

「お姉さん、お姉さんはあたしよりひとまわりも年上じゃないの。
どうしてそんなに無邪気になれるの?
こつちはこれつぱつちも気にとめてないのに
男のほうからは気がちがいそうに愛してるつて時にさ、
女がどれほど強いものかつてこと、お姉さんは一ぺんも考えたことないの?」(P82)


ああ、こんな経験してみたいよな~。
老資産家として若い生娘に出逢い、夢中になって翻弄されてみたい。
そのためには金持にならんといかんし、一度目の結婚もしなければならん。
ああ、こんな経験してみたいよな~。
若いきれいな娘さんになって、自分に目がくらんだ老いぼれをさんざん振り回してやったら、
さぞかし気分がいいんだろうな。
モームもたぶんこういう経験がしたかったから、この芝居を書いたのだと思う。
実人生はどれほどかなわぬ限界性や制限に縛られていることか!
このままならぬ障壁を越えようとするたくらみが創作なのだろう。
フィクションの多くは経験できなかったことから生まれるのだろう。

「医学は科学ではない」(米山公啓/ちくま新書)

→お医者さんの書いた告発本「医学は科学ではない」はとてもおもしろかった。
ことさら自分の感想のようなものはなく、へえへえ、そうなの、と感心するばかり。
以下に新書も読めないような忙しい人のために本書の内容をかんたんに紹介する。
もっとも考えてみたらそんな多忙な成功者がうちのブログなんか読んでるはずがないか。

・医学は統計処理になっている。100人のうち1人だけに効果のあった治療法は、
99人に効果がなかったものとして捨てられてしまう。
・要は自分が治りさえすれば、統計(他人のこと)などどうでもいいことに気づこう。
・肥満が本当によくないのか実のところまだわかっていない。
・所詮はマスコミの肥満撲滅キャンペーンの踊らされているだけなのかも。
・肥満=悪としておけば、ダイエット産業が大儲けすることができる。
・もし特定の病気がなくなってしまったら、その専門医は失職してしまう。
・医学上の重大な発見は努力の結果ではなく、ほとんど偶然がもたらしている。
・医学上の大発見は既存の権威者と衝突することが多いので、なかなか公表できない。
・罹患確率の低いレアな難病の薬は儲からないから開発もされない。
・日本の健康保険は近いうちに破綻する。医療費増加をどう食い止めるか。
・考えてみれば老人に高度先端医療なんて必要なのか?
・老人は死ぬのが当たり前ではないか?(以上2行はわたしのアンモラルな愚見)
・かなりの病気は自然治癒しているだけで医者は幻想としてしか機能していない。
・病気の原因がわからないと不安だが、実際は医者もよく原因がわかっていない。
・サプリメントはいい商売だ。
・老医師になればなるほど、医学の不確実性を知っている。
・医者自身が難病になるとなまじ医学の限界を知っているため、
怪しげな代替医療(民間療法)に頼る。
・しかし、患者が代替医療に頼るのを心底から苦々しく思っている(笑)。

「図解雑学 確率モデル」(今野紀雄/ナツメ社)

→新書も読めないバカのための図解雑学シリーズは重宝している。
このシリーズの著者は、おそらく読者として猿を想定しているのだと思われる。
まったくの専門外の猿状態でも、図や絵のおかげで、
なんとなく理解したような錯覚を持つことができる図解雑学シリーズはよろしい。

本書から知りえた知識を紹介する。
もっとも提示できるのは結論だけで、なにゆえそうなるのかは説明できない。
つまり、本当には理解していないということなのだろう。
さて、AさんとBさんがコインの賭けをしたとする。
何回も繰り返しである。
われわれ凡人の想像では、プラマイゼロの状態もあるのではないかと思ってしまう。
つまり、AさんもBさんもトントンで、どちらも大勝も大敗もしていないケースもあると。
ところが、確率を求めると、こういう均衡状態になることは極めて少ないという。
かなりの高確率でどちらかが大勝して、どちらかが大敗しているという。

確率の研究はギャンブラーが始めた(イタリアのカルダーノ)。
それほど確率とギャンブルのあいだには深い関係がある。
さて、AさんとBさんがギャンブルしていて、Bさんの財産が無限大だとする。
このとき確率的には、かならずAさんが破産するという。
でもさ、ふふふ、この確率的真理は間違いだよね!
だって、途中でどちらかが死んじゃうかもしれないのだから。
たまたまAさんが勝っているときにBさんが死んだらAさんの勝利になる。
おなじく、たまたまAさんが勝っているときにAさん自身が死んだら、これまたAさんの勝利。
ならば、公営ギャンブルが相手なら勝てないのか。
そんなことはないわけ。
公営ギャンブル自体は死なない(なくならない)けれども、
たまたま大勝ちした直後にギャンブラーの寿命が尽きたら勝ち逃げすることも十分に可能だ。
いつ訪れるかわからぬ死というものを確率では計算できないのがポイントだろう。
だから、確率は極めて低いがギャンブルで勝ち逃げすることも不可能ではない。
負け続けていたとしても最後の賭けでこれまでの負けを取り戻せたらOKという話。

著者の専門はランダム・ウォークというものらしい。
酔っぱらいの動きにもたとえられるという。
つまり、まったくのデタラメ、行き当たりばったりで動くもの(点)がいたとする。
この点は上下左右(←↑↓→)に完全なるランダム(偶然)で動くものとする。
もしくはなにかしらの法則性があってもよい(たとえば元来た道は通らない)
さてn回の移動時にこの点は全体のマップのどこに位置しているか。
nの数値が高まると、これはコンピューターでも計算できないらしい。
点がどこに行っているか予想するのは不可能ということ。
これはなにやら人生を象徴しているようで興味深い。
まったくデタラメに行き当たりばったりに生きていると将来どうなるかわからないのである。
過去に通った道は戻らないというルールもまさしく人生そのもの。
常に人生の選択肢でサイコロを振りながら道を決めると、これはランダム・ウォークだから、
将来のこの人がどうなるかは確率的に予測することは完全に不可能になる。
まあ、これは「先のことなどわかりゃせん」という庶民の常識なのだが、
最先端の科学的な確率思考がようやく庶民の猿知恵に追いついたというのは笑えなくもない。

「図解雑学 確率」(今野紀雄/ナツメ社)

→現代日本人の大半は確率を信じて生きていることだろう。
たとえば、成功率80%の手術があったら、まず医療に身を任せるはずである。
ギャンブルは損する確率が極めて高いから健全な大人はやらないはずだ。
病気になる確率が高いからと喫煙は犯罪行為のように忌み嫌われ、
愛煙家は魔女のごとく根絶やしにされる。
健康診断の血液検査は確率思考の象徴である。
中性脂肪、コレステロール、尿酸……が平均以上のものは異常と診断され、
まったく自覚症状がないのに治療の対象とされる。
なぜかと考えると、検査結果が異常なものは病気になる確率が高いからである。

以上がお偉い科学様の確率思考だが、
わたしの人生で起こったことを思い返すと確率などまったく当てにならないのだ。
1%や0.1%の確率でしか起きないことが、かなりひんぱんに生じている。
俗に言うところの、運が悪い人生をいままで歩んできている(これは死ぬまでわからんが)。
このため実体験からわたしは確率0.1%のことも起こりうるという信念を持っている。
確率0.1%とは、どのような数値か。
実際は、そう大した数値ではないのだと思う。
なぜならコインの裏が10回連続で出る確率がまさしく(約)0.1%なのだから。
数式で表わせば、コインの裏が出る確率は50%(=1/2)。
これが10回繰り返される確率は――。
1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2=1/1024(≒0.1%)

ここで知っておきたいのはコインを10回振ると1024通りの並び方があることだ。
どういうことかと言うと、どの並び方も0.1%でしか起こらないのだ。
言葉遊びのようだが、ひっくり返せば、どの並び方も0.1%のレアなケースなのである。
人生はコインを繰り返し投げているようなものだとも言えるだろう。
このとき、だれの人生も0.1%でしか生じないものだと言うことも可能だ。
要するに、0.1%の確率でしか起きないことが全員の人生で発生しているわけだ。
だれの人生も0.1%でしか起きないような奇跡とも言いうる。
だから、0.1%のことは人生で十分に起こりうると思っていたほうがよろしい。
なぜなら、いま現に実際0.1%のことがこうして生じているのだから。
いままで0.1%の不幸の多い人生だったが、
これから0.1%の幸福に当たってもぜんぜんおかしくないとわたしは信じている。
わたしは発生確率0.1%の禍福が人生で起こることをまったく疑っていない。
これはほとんど確率など無視して生きようと思っているという宣言だ。

「人間の深層にひそむもの」(河合隼雄/大和書房)

→1979年初版刊行の本書にはいろいろおもしろいことが書かれている。
河合隼雄は出世(勢力拡大)のための作戦として、
最初はあえて箱庭療法を紹介したのだという。
はじめから夢の話をするとだれも相手にしてくれないと思ったからである。
まず箱庭療法で注目を浴びシンパを増やしてから夢の話を始めたという(P37)。
ほかにも本書で河合さんはおもしろいことを言っている。
谷川俊太郎氏との対談で、
河合さんは自分は夢はわかるけれど現代詩はわからないと白状している。
さらに様子を見ながら、あろうことか詩人のまえで、
自分は本当のところ詩がわからないとまでぶっちゃけている。
調子に乗って、哲学もさっぱりわからないとさえ言い放っているのだから(P145)。
こういうお茶目なところがシンパを増やすのにプラスになったのかもしれない。
出世(勢力拡大)したかったらシンパを増やすしかないのである。
シンパが増えればそのぶんだけ、俗な言い方をすれば偉くなる。
40を越えてから出世した河合さんは本書で創価学会の川田洋一氏と対談している。
さすが八方美人の河合隼雄と言うべきか、
対談ではしっかり池田大作さんのヨイショらしきことも発言しているのである。
しかし、これはよく考えるとヨイショなのか皮肉なのかちょっとわからないところがある。
河合先生本人はリップサービスのつもりで言ったのだろうが、
いまから見るとおちょくっているように読めなくもないのである。そこがおかしい。
釈迦の成道は、心理学的にみたら自己実現の過程ではないか、という話の流れで――。

「ほんとうにそう思います。いまの過程の中で、
もう一つおもしろいと思いましたのは、池田さんの書かれたものの中に、
釈尊はもともと衆生済度だけを考えて出家したのではない
というようなことがありましたね。むしろ自分のことで出家したんだと。
自分がどう変わっていくか、あるいは自分がどう世界を認識するか――。
ところがその問題と衆生済度と、だんだん一緒になってきますね。
そうしてああいうことができたんだと。
それと、前に言った、自分の知ったことをみんなに伝えるかということとも
関係してくるんですけれども、ある線を超えてあそこまで行った場合に、
釈迦自身の自己認識の道と、衆生済度の道が一致するわけですね。
ところが、その辺を間違って、
衆生済度の方だけ意識して宗教家になろうとする人はよく失敗しますね(笑)。
だから自分のことをほうって、
ただ他人のためにひたすらがんばっておられる宗教家には、
むしろ近所迷惑することが多くて……。
その辺の絡み合いも非常におもしろいと思いました」(P77)


おい、(笑)の部分がいささか不穏だぞ!
これは仏教の自利と利他を問題にしているのだと思う。
まあ、池田大作さんは自利を考えているからよろしい、とも読めるわけだ。
池田さんは利他ばかりではないところがよろしい。
勲章マニアでスーパー俗物と噂される池田大作氏をこのように褒めているのである。
いや、これは深読みをしすぎだろうか。
どんな人とも仲良くなれるのが人間・河合隼雄のあまた持つ才能のひとつであった。
言うなれば、河合さんは人のいいところを見つける名人だったのだろう。
これはよき心理療法家であることとまったく矛盾していない。

「こころの生態系」(河合隼雄・中沢新一・小林康夫・田坂広志/講談社+α新書)

→とあるシンポジウムの記録。
申し訳ないけれど、河合隼雄さん以外あまり興味がない。
さて、晩年の河合さんが到達したのは結局、他力のようなもののようだ。
自力でだれかを助けてあげることはなかなかできない。
本当に自力で他人を助けようとすると、自分まで死んでしまいそうになる。
他力に行き着いたのは、自力をとことんまで突きつめたからだと本書で河合氏は言う。
その結果、「何もしない」=「他力」=「自然」のような考えになった。
ふつう自力の限界を知ると無力感に襲われそうなものだが、
河合隼雄氏が無力ではなく他力に到達したのは、どのような道のりがあったのだろう。
言葉の意味は人によってそれぞれ違う。
河合隼雄の「他力」とは、
「ぼくが助けようと思わなくなった」(P56)という意味らしい。
セラピストは長年の自力修行の結果として、
ぼくが助けなくてもだれかが助けてくれると他の力を信じるようになったのである。

「日本人という病」(河合隼雄/静山社文庫)

→苦しみにいったいどういう意味があるのだろう?
なぜ自分だけが苦しまなければならないのかと思っている人は多いと思う。
なぜこの世に苦しみがあるのか。どうして苦しまなければならないのか。
もちろん、めいめいがそれぞれ答えを出せばいい話で、
河合隼雄は唯一解を提示しようとはしない。
新興宗教に入るのもいいのだろうが、
それではみんなとおなじになってしまってつまらないではないか、
というのが、どうやら河合隼雄氏の考えのようだ。
ふたたび、人はなぜ苦しむのか。
本書で河合先生は、回答例を示す。
苦しむのはほかならぬ「私の一生」を創るためではないか。
苦しみには意味はないのかもしれないが、「私の苦しみ」には意味があるのではないか。
死ぬときに、いや死んでからこう言うために人生の苦しみはあるのではないか。

「私はこれほど苦しんで、これほど考えて、
こういうふうにして一生を終わったのですから、これは私の一生です。
何かの宗教に入って、何かの考え方に従っていったのではなく、
私は私の一生を終えました」(P218)


苦しみの少ない順風満帆な人生は、「私の一生」でもなんでもないのである。
みんなとおなじように生きて死んだ、ただそれだけ。
新興宗教に入ってみんなとおなじになってしまうのも、「私の一生」ではない。
「○○会員の人生」として一くくりにされてしまうからだ。
苦しみが多いほど、当人は辛いが「私の一生」を創る余地が生まれるのだろう。
なぜなら苦しまないと人は自分でものを考えないからである。
あまりに苦しみが増すと考えを放棄したくなるだろうが(他人の考えに従う=新興宗教)、
それでも踏ん張って自分の道を歩もうとすると「私の一生」が完成する。
「人間一般の一生」よりも「私の一生」はきっと価値があるはずだ。
それは出世したかどうかや遺した財産とは関係がない。
ほかにない「私の一生」はただそれだけで輝きを放つ。
おそらく河合隼雄氏は、このような人生観を持っていたのだと思われる。
だから、多くの人の苦しみに寄り添えたのだと思う。

「いじめと不登校」(河合隼雄/新潮文庫)

→絶対的に正しい真理などないと常々言っておられる河合隼雄先生が、
これだけは絶対だと確信していることがあるらしく、
おそらくクライエントは氏のこの絶対的確信に支えられて治っていくのだろう、
と自己分析されている。さて、この絶対的確信とはなんであろうか。
実のところ、もう答えは出ているのである。
そう、絶対的真理など絶対にないということを河合先生は確信しておられる。
人生において絶対に正しい答えなぞあるわけがない。
このことを深く信じながら河合隼雄さんはクライエントと対面する。

「うちの学生が、「河合先生の口ぐせは"むつかしいです"ということだ」
と言いますが、誰が来ても私は、「ああ、むつかしいです」、
それから「わかりませんね」「どうしたらよろしいでしょう」
「また来週おいでください」と言う(笑)。
そうすると、そのお母さんがまた来週来られるんですね、不思議なことに。
そして「どうしたらよろしいんでしょう」とおっしゃる。
だから、私の答えはだいたい決まっておりまして、
「むつかしいですね。一緒に考えましょう。また来週来てください」
ということでずっとやるわけです(笑)。
これが、非常に皆さん不思議に思われるんですが、
どうして答えがないのに毎週来られるのか、
どこに秘密があるかと言いますと、私は自分で思うんですが、
「そんな答えはわからない」という、
私が絶対的な確信を持っているということです。
だから、私が「わかりません」と言うときに、
非常に迫力があるんじゃないかと思いますね(笑)」(P103)


人間はいかに正しい答えを求めるか、である。
問題が生じたときにどこかに正しい答えがあると探さざるをえない。
そこはうまくできていて正しい答えを売り物にしている商売人が大勢いる。
とはいっても、販売品の「絶対に正しい答え」はなぜかそれぞれ違うのだが……。
まったく人はなかなか自分で自分の答えを見つけようとしない。
このためには河合隼雄のような人に、
10回も20回も「わかりません」と言ってもらわなければならないのだろう。
「そんな答えはわからない」と。
「どうしたらいいでしょう?」の問いのボールを、
何十回、何百回「わかりません」と不動の置石のごとく、鉄壁のごとく、
跳ね返してもらってようやくボールが見えてくるようになる。
クライエントは壁にボールを投げているようなものなのだろう。
ボールが跳ね返ってきて自分にぶつかるので痛い。
しかし、またボールを投げざるをえない。またボールが跳ね返ってくる。
この痛みを無数に繰り返すことで、自分が投げたボールの正体がようやくわかる。
「どうしたらいいでしょう?」というボールの意味が、である。
もちろん、何度もボールをぶつけられる壁だって痛いのだ。
ときにはボールをよけたい日もあるのではないか。
しかし、心理療法家は壁となりボールをそのまんま相手に返さなければならない。

クライエントは河合隼雄氏に答えを教わりに行くのだが、氏はなにも教えてくれず、
しかし、この人は絶対になにか知っていると思ってまた教わりに行くけれども、
それでも相変わらず「わかりませんな」「むつかしいですな」と言うばかりで、
結局何度行ってもなにも教えてはくれない。
ところが、ある日気がつくのだろう。
なにも教わっていないが、自分のなかでなにかが芽吹いていることを。
なにかいままでとは違う自分が育っていることを。
河合隼雄氏は、この点、自分で言うように教師ではなく育師なのだろう。

「僕はよく言うんです。日本は「教師」が多すぎる、
「育師」も必要なのに、と。「育師」の根本は何もしないことです。
幼稚園でちょっと喧嘩がはじまるでしょ。ぱっと飛んでいって、
「何をしてますか。仲良くしなさい」と言ったら、先生らしいですよね。
でも、本当の先生は「やっとんな」と喧嘩を見ているんです。
喧嘩が収まらなかったら行くけれども、ちょっとくらい泣いても、
収まる限りの間は、見ていて何もしないわけですよ。
下手な先生ほど、あれこれするんです。
せっかく、子どもが喧嘩の仕方とか、仲直りの仕方を学んでいるのに、
その機会を先生が奪ってしまっている。
そういうことが、先生も親も多すぎるんです。
見守るというのは本当は、ものすごく難しいことなんですよ」(P304)


そうだとしたら、いじめを見つけた瞬間に注意してしまう学校の先生も、
もしかしたらまだまだ未熟なのかもしれない。
もちろん、自殺までいってしまったらいけないが、
ある程度のいじめは先生がうまく見守っていたら、
そのなかで子どもはいろいろなことを学ぶのかもしれない。
不登校もすぐに学校に行かせればいいというわけではなく、
親や先生がおろおろせずにうまく見守っていたら、
まさに不登校というマイナスのなかで子どもは育っていくのだろう。
放っておくと見守るの違いは、対象を信じているかどうかではないか。
もっと言えば、好きかどうかだろう。
逆に言えば自分を好意的に信じてくれるだれかが見守ってくれていたら、
かなりのマイナスの状況からも人間は立ち直ることができるのかもしれない。

「カウンセリングを語る(下)」(河合隼雄/創元社)

→要するにカウンセリングというのは、
クライエント(有料相談者)が自分で自分の答えを見つけるお手伝いをするのだろう。
正しい答えを教えるわけではない。
クライエントがほかならぬ自分で目で、自分の手で、自分の足で、
自分だけの答えを発見することが大事なのだと思う。
このためにはカウンセラーが正しい答えなどないことを知り尽くしていなければならない。
絶対的に正しい答えはないけれど、それぞれその人その人に正しい答えならばある。
みんなに共通する正しい答えなんて本当はなく(マスコミ!)、あなただけの答えがある。
答えが必要とされるのは人生に問いがあるからである。
本書を読んで人生には主にふたつの問いがあるということに気づく。
1.「ふたつにひとつ」どちらにしたらいいか。
2.「なぜ」こうなっているのか。
河合隼雄氏を訪れるクライエントが抱えている問いはこのどちらかだろう。
両方の問いを持っているものもいれば、途中で問いがすり替わることもあるのではないか。

1.「ふたつにひとつ」どちらにしたらいいか。
仕事を辞めるべきか、続けるべきか。結婚すべきか、別れるべきか。
離婚すべきか、このままでいるべきか。生きるべきか、死ぬべきか。
本書ではもっと具体的な問いが語られている。
家庭内暴力に走る子どもから「殴るぞ!」と言われた親はどう答えたらいいか。
どのようにうまく答えたら子どもから殴られないで済むか。
どのようにうまく答えたら、たとえ殴られたとしても、子どもがよくなるか。
いったいどうしたらいいのか。
河合隼雄先生の回答は例によって、正しい答えなんてありません、である。
ならば、どうしたらいいのか。
河合さんは人生における「ふたつにひとつ」の問いは、禅の問いに近いという。
禅問答で知られるあれである。禅の弟子は老師から問われる。
離職問題の場合、上司がたとえれば禅の老師なのかもしれない。
離婚問題の場合、結婚相手がたとえれば禅の老師なのかもしれない。
家庭内暴力の場合、「殴るぞ」といってくる子どもが禅の老師だと
河合隼雄さんは本書で断言する。
このとき、いったい老師である子どもにどう答えたらいいのか。
子どもから「殴るぞ」と言われたら――。

「禅の老師が「これは何だ」と言っているときに、
これは棒か、棒でないかなんて考えるのは浅はかなんですね。
そんなことを尋ねられているんじゃないんです。
棒であるか棒でないかという、そういう線と全然違うところに答えがある。
だから禅の公案の模範回答集なんてもの、ないでしょう。
どこにも売ってないでしょう。「傾向と対策」なんて見たことないですね(笑)。
模範回答があるのは、
決まった問いと決まった答えがあるのは、これはいいんですね。
数学の問題なんか、そうでしょう。ある程度覚えていけばいい。
ところが禅の公案に対して、先輩から答えを聞いて、
「お前それでやったんか、俺もそれでやろ」
なんてやると、一発で「渇」とやられます。
つまり、それはなぜかと言ったら、自分の全存在をかけた答えというのを、
老師は見ているわけでして、それが出てきたときには、その答えとして、
頼むからいま殴らんといてくれと言っていいし、
柱殴れと言ってもいいし、こっちがボカーンと殴ったってかまわないし、
そのときにその人の全存在がそこにかかった場合というのは、
絶対これは通用します。これはすごいもんです」(P12)


2.「なぜ」こうなっているのか。
なぜ生まれてきたのか。なぜ死ぬのか。なぜ自分には障害があるのか。
なぜ自分の子どもは交通事故で死ななければならなかったのか。
なぜ家族は自殺したのか。なぜこんなに苦しいのに生きていかなければならないのか。
なぜ死んだほうがましなほどの病気にほかならぬ自分がかかってしまったのか。
なぜAでもBでもCでもなく自分がこうも苦しまなくてはならないのか。
こういう「なぜ」の答えは、クライエントが自分で自分の答えを見つけなければならない。
科学では説明がつかないからである。
1%の確率でこういうことが起こると説明されても、
それがなぜほかならぬ自分なのか科学は断じて教えてくれない。
こういう「なぜ」の答えは、宗教的になることも多いと河合隼雄さんは言う。
人生における「ふたつにひとつ」の問いへの答えは、正しいものはないと知ったうえで、
「自分の全存在をかけた答え」を出してもらうというのが河合さんの方法であった。
では、人生における「なぜ」への答えはどうすればいいのか。
この際も正しい答えはないと理解したうえで、それぞれ「賭け」てもらうしかないと言う。

「そこで私が言っている「なぜ」というのは人間の存在とか、
われわれが生きているという根本に関係するような「なぜ」であり、
それに対しては、科学は答えられないわけです。
それは何にも科学が悪いんじゃなくて、
そういう科学的な説明のほかに、もうひとつの説明がほしい。
もうひとつの説明をされて「そうなんです、これに賭けます」という、
それがわれわれにはどうしてもいるわけです。
そのときに私が思いますには、宗教の持っている意味というのは、
そういうわけのわからないところがありながら、それに賭けましょう。
ほかの人が見たらぶどう酒でしょう。
しかし私にとっては、それはキリストの血として賭けましょう。
南無阿弥陀仏というのは平かなで書いたらなむあみだぶつに過ぎないですが、
それを言うことによって私は賭けましょうと。
親鸞ははっきり「もう法然にだまされたと思って賭けよう」と言っているんです。
だまされたということは、賭けるということですね。
だから全身を挙げて賭けるという要素が、その教義のなかに必ず入っています。
それはどんな宗教をみられても、全部そうです。
それがなかったら宗教じゃありません。
そのときに、だれが何に賭けるかというのは、私にはわからないと思っている。
だからその人が賭けられたものに、私も一緒についていこうと、こう思います。
だからある方が真宗に賭けられたり、ある人はキリスト教に賭けられたりしますね。
そのときにわれわれはそれに対して一緒についていこうとしますが、
私自身がそれを与えるということはやりません」(P188)


ちなみに、親鸞の「もう法然にだまされたと思って賭けよう」とは、
歎異抄の「たとい、法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、
さらに後悔すべからずそうろう」のことを言っている。
河合氏は言及していないが、時宗の一遍も似たようなことを言っている。
「信(しん)とは、まかすとよむなり。人の言(ことば)と書(かけ)り」
意味は、信じるとは人の言葉にまかす(賭ける)ことである。
だから、人(人偏)に言(ことば)で「信」という漢字になっているのだよ。

重要なのはクライエントが自分で自分の答えを見つけることである。
河合隼雄氏が正しい答えを教えることはない。
河合氏は、クライエントが出した答えを尊重していく。
ここで問題があって、クライエントが怪しい新興宗教を選択してしまったらどうするか。
河合さんは、「ついていけない」とカウンセリングをいったん中止するそうである。
そのうえでかならず「もし戻ってきたかったら、いつでもどうぞ」と言葉をかけておく。
実際、一度新興宗教(2百万円のツボ!)にはまってから、
カウンセラーのところへ戻ってくるクライエントもいるという。
余談だが、これは有料契約のカウンセリングだから成立する話である。
もし家族がおかしな新興宗教に走ってしまったら、
家族はカウンセラーのように簡単に「ついていけない」と切ることはできないのだから。

カウンセラーはクライエントが自分で自分の答えを出すまで待つ(見守る)。
これは簡単そうに見えて、本当に難しいことだと思う。
われわれはつい自分が正しいと思う答えを言ってしまうからである。
つまり、助言や説教をしてしまう。
しかし、助言や説教でいい気分になるのはした方で、された方は迷惑なだけだ。
たとえば、学会員さんはだれかから相談されたら、正しい答えを言うだろう。
なぜなら信仰があるからである。
この限りにおいて、回答者の気持が揺らぐことはない。
本人は正しい説教や助言をしていい気分かもしれない。
しかし、カウンセラーは正しい答えがわからないという前提のうえで相手に接する。
このため、気持が揺らぐのだろう。精神が不安定になる。
相談者に振り回されたように感じる。まあ、しんどいはずである。
だが、こうしてカウンセラーがともに苦しんでくれることで、
クライエントは自分で自分だけの答えを見つけることができるのである。
根本にあるのは、正しい答えを伝えてもほとんど意味がないということだ。
たとえば、現代人の多くが苦しめられているのが「不安」である。
この問題への答えは「なんとかなる」と思うしかないような気がする。
しかし、いくら「不安」を訴える相談者に「なんとかなる」と言っても詮ない。
相談者自身が自分で全存在をかけて「なんとかなる」と思わなくてはならないのだ。
このためにカウンセラーができるのは、待つこと、ただひたすら一緒に待つこと。
注意深く見守ることのみである。相手の話をどこまでも聞くしかない。
こういう関係は、有料契約のカウンセリングでしかありえないだろう。
知り合い程度に無料でこれをやってあげることはできない。
とはいえ、本当にたいせつに思う家族や恋人、親友が相手なら、
カウンセラーでなくてもカウンセラーのような耳と目を持つことは可能だと思う。
本当に心底から相手のことを思っていたらの話だ。

「カウンセリングを語る(上)」(河合隼雄/創元社)

→へたをすると本を読むより買うほうが好きなわたしは、
本書で河合隼雄先生が熱心にツンドクをすすめておられたので嬉しくなった。
本は買ってツンドクしておくだけでいいというのである。
読むべきときが来たら読むのがよろしい。
なにか問題が起こったときに似たテーマの本を、身を入れて読むのがいちばん役立つ。
つまり、体験に基づいて読書をするのがもっとも身につく。
むろん、本に書いてあることにとらわれてはならない。
なぜなら、そういう本には一般的なことが書いてあるだけだからである。
あなたのケースとは違うかもしれない。
(この点、小説は個別のケースにこだわっているところが長所だという)
本から得たことをどのようにしたら自分の問題に「生かせる」かを考えながら読むといい。
ツンドクのすすめは、体験を重んじるということでもあろう。
体験していないうちに本を読んでもあまり意味がないことが多い。
これは大学の講義にも当てはまるらしい。
理系ならまだ違うのだろうが、文系のとくに教育学やカウンセリングは本当にそうだという。
大学の先生はいいことを言っているのだが、
学生の体験がないのでなかなか頭にも心にも残らない。
後年、体験を経てから大学時代のノートを読み返すと、
こんないいことを習っていたのかと驚くくらいだと河合隼雄さんはいう。
ちなみに、これは氏の実体験だそうである。
いま自分がようやく気づいて教えていることも、実は学生時代に習っていたことだとか。

こういうことを教わると、河合隼雄さんの実体験をとても知りたくなるわけである。
しかし、河合さんは秘密厳守のカウンセラー。
事例報告をおおやけにはやらないと決めた心理療法家である。
とはいえ、本書の出版は古いため、これは実体験ではないか、と思うような話が出てくる。
もちろん、河合先生は話を変えていると強調しているが、なんとなく臭いのである。
感覚的な話で恐縮だが、わたしは河合隼雄の実体験だと思う。
しかし、本人がそうではないと断っていることを付記して以下に紹介する。

学生相談室にある男子大学生が相談に来たという。
話を聞くと「退学したい」というではないか。
河合氏が「どうして?」などと質問せず、フンフン話を聞いていると問題が変化していった。
学生はある同級生(男子)のことが気になって仕方がないのだという。
その同級生のことを自分は助けてやりたいと思っている。
自分が大学を退学して働き金を稼ぎ、同級生を手助けしたい。
河合氏はこれは同性愛なのかと思うが、言葉で定義してもなにかが解決するわけではない。
そういう指摘はせずに、またフンフンと話を聞いている。
すると相談者の大学生はこんなことまでいいだした。
自分は同級生と同棲したいと思っているが、断られたらどうしよう?
もし断られたら、もう自殺するしかないとまで相談者は思い詰める。
大学退学から始まった話が、同性愛を経て、いつしか自殺にまでいってしまったのである。
自殺といったら大学退学どころではない大問題である。
この間、河合隼雄がなにをしていたかというと、なにもしていない。
ただフンフンと話を聞いていただけである。
しかし同時になんとか相談者のことを共感できないかと、
河合氏はこの時期にだいぶ三島由紀夫の小説を読んだと述懐している。
共感しながら話を聞いていると、また問題が変化する。
相談者が、自分は実のところ父親を探していたというのである。
で、カウンセラーの河合隼雄に父親の代わりを求める。
「河合先生ほどすばらしい人はいない」というだけならいいのだが、
毎日のように氏のところに来てゴロゴロしてメシをねだる。
父親だったら、こういうことをしてあげるのが当たり前である。
相談者の父を焦がれる思いはさらに高まり、今度は河合氏の家に泊めてくれといいだす。
このあたりで河合隼雄先生は限界を感じる。
さすがに自分も家族はいるし、相談者を家に泊めてあげることはできない。
いかに共感していても、そこまではしてあげられない。限界である。
とはいえ、もうカウンセリングはできないと拒絶するわけにもいかない。
やはりなにもせずに苦しみながらフンフン話を聞くしかない。

「そのときに、この気持をだれかに向けて、揺れ動く相手というのは、
必ずしもカウンセラーでなくてもいいのです。
世の中うまいことできてまして、ときどきそういう人が出てくるときがあるのですね。
たとえば、担任の先生であったり、あるいは、おもしろいことが起こる場合だったら、
偶然に音楽会で知り合った人とか。
というのは、人生うまいことできてまして、
見も知らん男の人をときどき家へ連れてきて、メシでも食わして、
感激して人生の意味を発見しなきゃならない人というのは、
やはりあるんですね(笑)」(P170)


相談者の学生は、たまたま中学時代の担任に逢ったという。
担任はちょうど老妻を亡くしたところで、子どもたちもすでに巣立っている。
学生が逢いにいけばメシも食わせてくれるし、泊まっていけともいってくれる。
しかし、まだカウンセリングは続いているわけである。
カウンセリングで学生は、その中学の先生がいかにすごい人かを河合氏に話す。
まるで「あんたは泊めてくれなかったけれども」と非難しているように。
こういうとき、カウンセラーは怒ったり嫉妬したりしないで、うまくいっていると見守る。
手柄を取られたなどと思ってはならない。
カウンセラーは裏方という自覚を持ち、フンフン話を聞いている。
そうしていると、話が変わって、相談者がその中学の先生を悪くいうようなこともある。
「すごい人だと思っていたけれども、こういう悪いところもある」
「訪ねていったら留守でさみしかった」
カウンセラーは相談者が、依存の時期を経て自立に向かっていることに気づく。
しかし、そういうことはいっさい本人にはいわないで、ただ共感して見守る。
で、今度は相談者と中学の老先生との別れが生じるわけである。
このとき、河合さんは、父親代わりの先生と話し合うこともときどきあるという。
「先生のおかげでうまくいきました」と。
できるだけ、なにもしないでいるほうがいいという前提での話だ。
こうしてカウンセリングは終了になるわけだが、
世間的には「あの中学の先生のおかげでよくなった」
と手柄をだれかに取られてしまうことが多いらしい。
しかし、カウンセリングとはそういうものだという。裏方なのだという。
以上、河合隼雄さんの実体験と思しき事例を紹介してみた。

ポイントは限界まで待つことだと思う。
そうはいっても、そうそう毎回うまくいくわけではない。
河合隼雄さんは魔法使いや呪術師ではないのである。
いつもかならずすぐにうまい人が現われてくれるわけではない。
しかし、限界までいけばうまい人が現われることもある。どうしてだろう?
カウンセラーのボス猿たる河合隼雄先生に聞いてみよう。

「……私は限界を持っていますけれども、
世界というのは私の限界をはるかに越えたひろがりを持っています。
おもしろいですね、この人間世界というものは。
ただ、それが、うまいことそういう人に当たらん場合もあります。
これは、当たる人は幸福ですけれども、当たらん人の場合、
長い間がんばらなければなりません(笑)。
そのへんは、もう何とも言いようがないです。
ただ、私のできることは、限界を感じても、何でがんばりぬくかというと、
私以外の助けてくれる人がどっかにいるだろう気持が強いわけです」(P171)


世界はカウンセラーの限界を越えるひろがりを持っているから、
希望を失わずに待つのだというのが河合隼雄先生の答えのようである。
いったい河合先生はなにを待っていたのだろう?

「医者であれば薬があるし、お百姓さんは土があるわけですが、
カウンセラーの仕事は、“時”を頼りにしているわけで、
“時”が来るまで待っているわけです。
何もせずひたすら“時”を待つ商売だと私は思っています。
言い方をかえますと、何もしないことに全力をあげる人だとも言えます」(P207)


「法華経現代語訳(上中下)」(三枝充悳/レグルス文庫/第三文明社)

→創価学会の池田大作氏の迷言としてひとつ憶えていたものがある。
「ウソも百回言えば本当になる」のような言葉だった。
正確なものを調べたら、「ウソも百遍繰り返せば真実になる」である。
学会員さんのなかには、池田先生はそんなことを言っていない、
とお怒りになるかたもおられるかもしれない。
しかし、明確な出典があって、これは池田大作氏の本音だったようだ。
元側近の暴露本「池田大作の素顔」(藤原行正)の42ページにしっかり書かれている。
この著作はうちにあって、いまわが目で確認したから間違いない。
「ウソも百遍繰り返せば真実になる」
どうやら多くのものは池田大作氏の愚かさを象徴する言葉とみなしているようだ。
わたしはちょっと違う。
誤解しているのかもしれないけれど、これは案外な名言ではないかと思うのである。
というのも、法華経の内容は、まさしく「ウソも百遍繰り返せば真実になる」であるからだ。
池田氏の発言の真意は知らないが、
この言葉の裏に真実などあるものかという現実への不信感をわたしは見る。
本当は真実などないのかもしれない。
百遍繰り返されたようなウソがとりあえずの真実として流布しているだけではあるまいか。
繰り返すが、池田大作さんがどう思ってこの発言をしたのかはわからない。
わたしは学会員ではないし、そもそもどこの宗教団体にも所属していない。
かといって、幸いにも学会員さんから迷惑行為をされた経験がないのでアンチでもない。
色眼鏡をかけずに、「ウソも百遍繰り返せば真実になる」に向き合うと、
なかなかいいことを言っているのではないかと思うのである。

法華経は般若心経と並んでわが国で有名な大乗仏典である。
仏教伝来後、聖徳太子が重んじたことからもわかるよう、日本仏教の核ともなった教典だ。
ものすごく低俗な内容紹介をすると、「ウソをつくお父さん」といってよい。
われわれのお父さんを自称するものが、
「いや~あっはっは、わが子よ、あれはウソだったのだ~よ」と物語る。
なにがウソだとわれわれの父は言うのだろうか。
仏教の開祖である釈迦が説いた教えは実のところウソだったとお父さんは何遍も繰り返す。
われわれは人間・釈迦の教えとして四諦や十二因縁を知っている。
どちらも人間の苦しみを分析したうえでの脱出方法である。
苦しみとはいったいいかなるものか。どうしたら苦しみが消えるのか。
釈迦の説いた教えである。絶対に否定できない初期仏教の教えである。
この否定できない教えを、お父さんは実にうまく丸め込むのだ。
たとえば、譬喩品第三、火宅の喩(たとえ)。
お父さんは火事になった家のなかにいる子どもを救いたい。
このために「外に羊車、鹿車、牛車があるよ」というウソをつく。
子どもが焼け死んでしまったらたいへんだからだ。
四諦や十二因縁という釈迦の教えは、このウソのようなものだと言うのである。
法華経以前の大乗仏教の教えである六波羅蜜もおなじく。
六波羅蜜とは、「布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若」のことでこれもウソだと言う。
少なくとも、それほど大切ではないとお父さんは言う。
論理的に考えたら、詭弁もいいところなのである。
開祖の釈迦の正しい教えを、わけわからないおっさんがウソだと言うのだから。
しかし、「ウソも百遍繰り返せば真実になる」――。

たとえば、信解品第四、長者窮子の喩。
これなんかもまことにうまいウソである。
「あなたは本当にお父さんなの?」と言われたときのための教えだ。
お父さんは隠していたが、実は大金持だと言うのだから。
われわれは便所掃除をしている下働きにたとえられる。
「なあ、親切な上司がいただろう? それは本当はお父さんだったのだよ」
しかし、父であることを名乗るとわれわれが恐縮すると思って、わざとウソをついていた。
またもやウソである!
開祖の釈迦は親切な現場監督のようなものだと言っているに近い。
われわれのためを思ってお父さんが現場監督のふりをしていたと言うのである。
言うべきときが来たら言おうと思っていたが、いまそのときが来たと言う。
正直、われわれとしても
大金持のおじさんから本当の父親だと打ち明けられたら困ってしまう。
迷っているわれわれにお父さんはさらにウソを畳みかける。
薬草喩品第五、三草二木の喩。
お父さんは天で、われわれはさまざまな草木なのだと言う。
天は一様に雨を降らせるが、われわれ草木はさまざまな受け取り方をする。
それぞれ育ち開花していく。
これはお父さんの教えをさまざまな形で聞くのとおなじだと言ってくるのである。
「四諦も十二因縁も六波羅蜜もいいが、お父さんの本当の教えはもっといいのだよ」
だから、初期仏教の教えを完全否定しているわけではないのである。
ウソつき父さんは大人なのかもしれない。
「あいつはダメだ、こいつもダメだ」とやると反発を買ってしまう。
「あいつはたしかに偉い、こいつもまあ偉い、しかしおれはな、もっともっと偉いんだ」
としたたかなおじさんは言うのである。
このおじさんは本当にわれわれの父なのだろうか。
「当たり前じゃないか息子よ」と肩を叩かれると、
思わず「お父さん」と応えてしまいそうになる。

「みんなおなじ旅人じゃないか」とお父さんは言う。
化城喩品第七、化城の喩。
長旅で疲れていると、歩く元気もなくなる。
ぜひともみんなでゴールに行きたいが、途中であきらめてしまったら元も子もない。
このため、導師が神通力で仮のお城を見せて、あそこまで行こうと勇気づける。
本当はみんなでもっと遠いところまで行きたいのだが、当面はあの城を目的にする。
仮の城で休息を取り英気を養ったら本当のゴール目指してまた新たな旅に出よう。
この仮の城が釈迦の教えである四諦や十二因縁だとお父さんは主張する。
このように何遍もウソを繰り返されるとなにが真実だかわからなくなってくる。
お父さんは大金持の親友でもあるという。
「いいか、きみとぼくは親友なんだ」
五百弟子受記品第八、繋珠の喩。
われわれが親友のお屋敷で寝ているときに友は服の裏に宝珠を縫いつけてくれた。
そうとは知らずに、われわれは日々生活のためにあくせくしている。
本当は宝珠をもらっていることに気づいていないというのである。
またもや財物で子たるわれわれの気を引くお父さんであった。

さて、四諦や十二因縁、六波羅蜜は真実の教えではないとわれらが父はしきりに言う。
ならば、果たして真実の教えとはなにか。
以前に法華経を読んだときは、自画自賛だけで教えは書かれていないと思った。
しかし、このたびの読書では法華経の教えをしかと特定した。
いったい法華経の主たる教えはいかなるものなのか。
答えは如来寿量品に書かれている。
ウソにウソを重ねて法華経がもっとも言いたかった真実とはなにか。

「多くの善男子よ、如来は多くの生あるものたちが、卑小な法を願っており、
福徳が薄く、けがれが重いものを見た場合には、これらのひとびとのために、
わたくしは若いときに出家して、最高の完全なさとりを得たと説くのである。
しかしながら、実際には、わたくしは仏と成ってからこれまで、
久遠(くおん)であることは、上述のごとくである。
ただ教化の方法として、生あるものたちを教化して、
仏道に入らせんがために、右のような説をなしたのである」(P371)

「このように、わたくしは仏と成ってからこれまで、非常に大いに久遠である。
寿命は無量・無数の効という非常に長い時間を経過しており、
つねにこの世にとどまっていて、滅することはない」(P372)


自分は久遠仏であるとお父さんはとうとう白状したのである。
自分は永遠である。永遠の仏である。自分は宇宙である。宇宙仏である。
そう、宇宙仏宣言が法華経でもっとも言いたかったことなのである。つまり――。

スーパーブッダ宣言である!

ここでお父さんは極めつけのウソをつくのだから。
如来寿量品第十六、良医の喩。
お父さんは医者でたまたま外国にいるとき、われわれは誤って毒薬をのんでしまった。
帰国したお父さんは子どものためを思って良薬を処方したが、
なかには毒薬のため混乱していて良薬をのもうとしないものがいる。
そこで一計を案じたお父さんはまた外国へ行く。
そうして「父、死す」というウソの連絡を送る。
父の死を嘆き悲しんだ子どもたちは冷静を取り戻し良薬をのむようになった。
元気を取り戻した子どもたちのまえにお父さんは姿を現わし、あれはウソだったと告げる。
初期仏教の不妄語戒(ウソをつくなかれ)なぞにはさらさら頓着しない思考法である。
人助けのためにならウソをついても構わない。むしろ、ウソこそ人を救う。ウソ万歳だ。
大乗仏典法華経は、仏教の開祖である人間・釈迦の死を、
このようなウソの物語で凌駕(りょうが)してしまったわけである。
偉大なるかなウソのちからよ!
釈迦が死んだというのは疑いえぬ真実である。
法華経はこの真実をウソで覆してしまうのだから!
人間・釈迦なぞ久遠仏(宇宙仏)の仮の姿に過ぎず
本当のブッダは永遠に存在していると説く。
これはまさしく「ウソも百遍繰り返せば真実になる」である。
そもそも、どうして釈迦の教えが真実で、法華経がウソと言い切れるのだろう。
四諦や十二因縁が釈迦の教え「だから」絶対的に正しいというのはおかしいのである。
開祖の釈迦「だから」正しいというのはおかしい。
釈迦の教えなど、考えてみたらあまたいる人間の意見のひとつに過ぎないではないか。
要は相対的ということだ。絶対的なものではないということだ。
比して、大乗仏典法華経の説く教えはどうであろうか。
法華経は相対ならぬ絶対の教えを説いているのである。
絶対的存在を考案しえたところに法華経の偉大さがあるとわたしは思う。

以前読んだときには法華経が価値あるものとは思えなかった。
このたび読み返し、これは仏教思想史上の最大革命ではないかと思いを新たにした。
重要なので繰り返すが、法華経のどこがすごいかといったら、絶対を作ったことにある。
人間を超えるものをほかならぬ人間が創造してしまった。
人間がどのようにして絶対的存在に至ったかは法華経を見るとよくわかる。
ウソを何度も重ねることで如来寿量品第十六のスーパーブッダ宣言に到達している。
法華経の成立年代は紀元50~150年と言われているが、
この時期のインド人は初期仏教の教えである四諦や十二因縁を足がかりにして、
ウソを積み上げることでまるで階段を登るようにしてとうとう絶対者まで行き着いたのである。
ウソを繰り返すことで人間以上のもの、超越者を仮構することに成功した。
たかだか絶対を創作するごときが、
なにゆえ偉大なのかわからない方もおられるかもしれない。
しかし、絶対を発明するということはものすごいことなのである。
なぜなら絶対がなければ、善も悪もはたはだ頼りない。
だれかが悪と言ったから悪というのでは、信憑性に乏しいのである。
なぜなら、また別の人がそれは悪ではない、と言うかもしれないからだ。
人間と人間が善悪の問題でいくら論議しようが最終的な結論が出てくることはない。
だが、絶対を仮構すると付随して絶対的善、絶対的悪も生じることになる。
これは人間の意見ではないから絶対的に不変な善悪という位置づけになる。
法華経が初期仏教からはとうてい考えられぬ仏恩(功徳)や仏罰を説くのは、
絶対者の存在を前提としているのである。
つまり絶対的善は仏恩(功徳)で報われ、絶対的悪は仏罰で裁かれる。
なにが絶対的善かといえば、絶対を説く法華経がその地位に就かざるをえない。
このため絶対を説く法華経が独善的になるのは致し方ないことなのである。

ウソによる絶対の創作がいかに天才的かまた別の説明をしてみよう。
身もふたもないことを言うと、釈迦の教えは宗教でもなんでもないのである。
四諦八正道なぞ、言ってしまえば道徳に過ぎない。
十二因縁は宗教というよりも、ただ観念をもてあそんだだけの哲学だ。
バカにしたような言い方を許してもらえるなら、
しょせん金持のぼんぼんに過ぎぬ釈迦ふぜいが考えられるのはこの程度のものなのだろう。
はっきり言うと、人間・釈迦の教えはあまり役に立たないのである。
たとえば子に先立たれる逆縁という不幸がある。
小さな子どもを亡くしてしまい嘆き悲しむ親に初期仏教の教えが役に立つものか。
その苦しみの原因は執着で、だから執着をなくせば苦しみは消える(四諦)。
こんな空理空論を言われても、いったいなんの役に立とうか。
難病に苦しむ人間とておなじこと。
なまの苦しみのまえでは四諦も十二因縁も空々しい。
六波羅蜜のような説教をされても不快なだけである。
比して、絶対思想のいかにありがたいことか。
法華経の具体的形象は、
観世音菩薩普門品第二十五に書かれているように観音菩薩である。
観音さまはわれわれ人間を超えた絶対的存在である。
したがって、亡児を思い泣く親は観音さまにおすがりすることができる。
難病で日夜痛苦に悩まされている患者も観音さまにならおすがりすることができよう。
科学的な見地から言えば、観音さまが人間になにかしてくれることは断じてない。
しかし、人間は絶対的存在におすがりするだけで救われるものなのである。
以前、アル中が治ったという創価学会員から連絡をもらったことがあるが、
たいていの人間の不安は四諦や十二因縁を知ったところで消えたりはしない。
絶対存在に帰依することで人間の不安は落ち着きをみせるのである。
いかに絶対の思想が無力で弱い人間を救済するか!
たしかに強い人ならば四諦や十二因縁の教えでアル中など治せるのだろう。
けれども、弱い人間は苦悩に際して絶対的存在に支えてもらうほか生きようがない。
この絶対をまんまと創作(仮構)なしえたのが大乗仏典の法華経なのである。

この久遠仏(永遠仏、宇宙仏、スーパーブッダ)の考え方は、
仏教業界において「久遠実成(くおんじつじょう)」と呼ばれている。
この久遠実成はわたしの表現で言うならば、「絶対がある」ということだ。
「人間を超えるものが存在する」と言い換えてもよい。
古代日本に法華経が受容されたのは、この絶対性ゆえであろう。
法華経があれば、政敵を絶対的悪として葬り去ることができるからである。
自己の絶対的な正義も法華経に裏づけしてもらえるという理屈だ。
不謹慎な言い方をすれば、法華経は麻薬のように人間の精神をとろかすのである。
具体的には「あいつが悪い、おれは正しい、なぜならおれは特別だから」というように。
これは法華経の主張しているところとおなじだから因果なものである。
さて、仏教の総合大学ともいうべき日本天台宗は法華経を根本経典としている。
この天台宗で学んだ秀才・法然の言い出したのが南無阿弥陀仏である。
正確には南無阿弥陀仏はそれ以前よりあったが(たぶん空也の時代から)、
法然の独創はこの念仏だけで救われるとしたところである。
貴族だけではなく文盲の庶民でもだれでも口で南無阿弥陀仏と唱えるだけで救われる。
法然の教えは法華経を完全無視して、浄土三部経を根拠としたものである。
しかし、法然はほかならぬ法華経から南無阿弥陀仏を考えついたと思うのだ。
念仏とは、阿弥陀仏に南無(帰依)するという実践行為である。
法然は法華経の説く久遠実成(絶対)を経典ではなく
わかりやすい阿弥陀仏に仮託したのだ。
阿弥陀仏を絶対とすることで、この絶対に帰依する安心を法然は説いたのである。
はじめに法華経の絶対思想ありき、なのだ。法然は法華経から絶対思想をぱくった。
法然の弟子・親鸞になると和賛に久遠実成という言葉をそのまま使っているくらいである。
そうと知ってか知らずか師匠のぱくり元を節操もなく指摘したとも言えなくもない。

「久遠実成阿弥陀仏
五濁の凡愚をあはれみて
釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)としめしてぞ
迦耶城(かやじょう)には応現する」


意味は――阿弥陀仏は実のところ久遠実成(宇宙仏)で、
なんだかんだと苦しむ愚かなわれわれをあわれみ、
みなさんのよく知っているインドのお釈迦さまとして、
迦耶城にお生まれになったのである。
この親鸞の和讃からご理解いただけるよう実際は浄土真宗も法華経の影響下にあるのだ。
親鸞の言う絶対他力の絶対とは久遠実成のことなのである。
法華経が絶対存在を説いていなかったら、浄土宗も浄土真宗も成立しなかった。
曹洞宗の道元が弟子をグーで殴れるのは法華経で絶対思想を学んでいたからである。
おのれを絶対的善と思わなければなかなか弟子を殴打できるものではない。
法華経のもっとも醜いところである自己愛精神を正しく受け継いだのが日蓮である。
法華経に記された常不軽菩薩の謙虚さや観音信仰のありがたさをまったく無視して、
さらには法然や親鸞の易行念仏を図々しくも模倣した挙句、
日蓮の完成させたのがいまでは創価学会で有名な独善的な南無妙法蓮華経である。

法華経はたしかに偉大な仏教経典ではあるが、内部のバランス感覚を忘れてはならない。
絶対を創作(仮構)する必要からどうしても独善的になってしまったのは仕方がない。
とはいえ、なかには身体障害者は、
法華経を誹謗したからそうなったのだといったようなことまで書かれている。
法華経の悪口を言ったら、かならず貧乏人、癩病、障害者、狂人になると
偏執的に強調している箇所まである始末だ(譬喩品第三、P132~136)。
最後の最後まで(普賢菩薩勧発品第二十八の最終記述)
仏恩(功徳)と仏罰を強調しているのは、まるで暴力団の脅迫のようで気分が悪くなる。
ほかにも、いわば父性的に物事を裁定する描写が非常に多い。
この父性強調のバランスを取るために設けられたのが、
常不軽菩薩品第二十と観世音菩薩普門品第二十五なのではないか。
観音菩薩はあらゆるものに変身して、まるで母親のようにわれわれをお救いくださる。
父性の強い法華経は観音菩薩の母性でバランスを取っているように思える。
このため法華経を信仰するならば南無妙法蓮華経と騒ぐのもいいが、
絶対を説いた法華経を大切に思いながら日本各地にある観音さまにお参りするのも
それほど悪いことではないと思うのである。
(正しい正しくないを問題にするなら、そもそも法華経がウソの集積なのである)
法華経の独善的かつ排他的な暴力性に酔いしれるのも楽しいのだろうが、
一方で常不軽菩薩のように偉ぶらずただただおのれの無力を自覚し、
そのうえで絶対=法華経=観音菩薩に深くこうべを垂れるのもまたいいのではないか。
後者のような法華経信仰があってもいいとわたしは思うのである。
南無阿弥陀仏=南無妙法蓮華経と恐ろしくも言い放ったのは時宗の一遍だが、
わたしもまた法華経信仰と念仏はとりたてて矛盾しないと思う。
なぜなら念仏の根底にあるのは法華経の説く絶対精神だからである。
絶対他力信仰は法華経に依っていると言ってもいいと思うからである。

最後に法華経の構造を整理する。
ここまで長々と書いてきて、それでもやっぱり法華経の内容は、
「ウソも百遍繰り返せば真実になる」(池田大作)だと思うのである。
たぶん、ウソをつくという行為は人間ならではのものなのではないか。
現実に逆らいウソをつくという行為のなかに、おそらく希望のようなものがある。
現実(事実)だけでは味気なくてたまらないからウソをつく。
このとき、ウソは絶望苦悩する人間にとって唯一の希望となろう。
ウソは不妄語戒で禁じられるような罪悪ではなく、
むしろなにごともままらなぬ苦ばかりの現世を生きる人間に許された
数少ない希望のひとつではなかろうか。もしかしたらただひとつの――。
ウソから希望、すなわち苦界を生きるちからが湧いてくるのではあるまいか。
こう考えたとき、法華経でいちばんのウソはこの箇所である(如来寿量品第十六)。

「仏のことばは真実であって、虚妄(いつわり)ではないのである。
かの医者が善い教化の方法をもって、
本心を失った子を病いから治療せんがためのゆえに、
真実は生きているのに、しかも死んだといわせた、
[それによってその子を全快させた場合に]、
これを虚妄であると説くものはいないがごとくである。
わたくしもまた、世界の父であって、多くの苦しみや患いを救うものである。
凡夫は心が顛倒していることによって、
真実は生きているのに、しかも滅したというのである」(P380)


ウソをつけって話なのである。真実は、釈迦は死んでいるのである。
人間はだれしも死ぬのである。いいですか、死なない人間はひとりとしておりませぬ。
しかし、釈迦は死んでいないと思いたい人たちがいた。
釈迦はいまも久遠仏(宇宙仏)として生きていると思いたい人たちがいた。
死は終わりではないと燃えんばかりの熱情で訴えたのが法華経のウソである。
本当ならウソ(虚妄)であるはずのことがなぜか仏典では真実になってしまう。
これが大乗仏典法華経から得られる希望――生きるちからなのだろう。
法華経は真実ではなくウソであるからこそ、われわれの生きるちからとなる。
ウソを真実だと思うとき、もしかしたら奇跡が起こるのかもしれない。
奇跡は起こらないのかもしれないが、
ウソを真実だと信じると生きるファイトが湧いてくるのかもしれない。
「ウソも百遍繰り返せば真実になる」――。
たしかに法華経信者は大勢いるから、
あの人たちのなかではウソが真実になっているのである。
そもそもはなからウソと真実は明確に区分できるものなのか。
狂ったようなことを書くと、ウソも真実もこの世には存在しないのではないか。
言い方を換えたら、ウソも真実も同一のものなのではないか。
法華経においてウソが真実になってしまっている(ウソ→真実)。
ならば、ウソと真実は元からおなじものだったのではないか(ウソ=真実)。
そうだとしたら、世界には本来的にウソも真実もないのではないか(ウソ=ゼロ=真実)。
物事をウソや真実だと判断するのは人間だが、
その人間を超越する絶対者の目から見たらウソも真実も存在しないとは考えられないか。
これを仏教業界では「諸法実相(しょほうじっそう)」というのではないかと思う。
諸法実相は方便品第二に出てくるらしいのだが、
現代語訳を繰り返し読んだけれども残念ながら該当箇所を発見することができなかった。
しかし、如来寿量品第十六に似たような思想を見つける。

「多くの善男子よ、如来が述べる経典は、
みな生あるものたちを済度し解脱させんがためである。
仏はあるいは自己の身体を説き、あるいは他の身体を説き、
あるいは自己の身体を示し、あるいは他の身体を示し、
あるいは自己のことがらを示し、あるいは他のことがらを示すけれども、
それぞれに説く多くの語ることがらは、
みな真実であって虚妄(いつわり)ではない。
それはなぜかといえば、如来はありのままに三界(欲界・色界、無色界の全世界)
のありかたを知見しているからである。
すなわち、如来は三界に生まれたり死んだり、
もしくは退いたり、出てきたりすることがあることなく、
また世にあるとか、なくなって消滅するということもなく、
真実でもなく、虚妄でもなく、
そのとおりでもないし、それとは異なっているのでもないことを知見し、
三界に住んでいるもの(=凡夫)が三界を見るようではない。
このようなことがらを、如来は明らかに見ていて、誤ることがない」(P371)


正しさだけを求めたという三枝充悳氏の訳は、美しくもわかりやすくもないが、
法華経の息吹を正確に伝えてはいるのだろう。
関係ない話だが、わたしはこの法華経現代語訳をたったの1日で読むことができた。
ということは、なかなかの名訳なのだろう。
さて、引用文中でわれわれのお父さん=如来はなにを言っているのか。
「如来はありのままに三界を見ている」
「如来の知見は、われわれ凡夫が三界を見るようではない」
川向こうの絶対(=如来)からこちらの三界を見ると、
無常世界とは違う見え方をするこということだろう。
如来(絶対)から見たら、真実と虚妄(ウソ)はどのように見えるのだろうか。
「如来は、真実でもなく、虚妄でもなく」と書かれている。

☆「如来(絶対)≠真実≠ウソ」

如来から見たら真実もウソもないというのである。
このため「ウソも百遍繰り返せば真実になる」も間違いではない。
「ウソ×百=真実」は正しい。
なぜなら、そもそも如来から見たら「ウソ=ゼロ(ない)=真実」なのだから。
代入したら「ゼロ×百=ゼロ」となり計算式として成立している。
法華経の流れを図式化したら「ウソ→真実→絶対」である。
もっと正確に言えば、最初はウソばかりで真実をでっち上げ、
今度は「これは真実である」と連発して絶対に至っている。
だから「ウソ×百→真実×百→絶対」としたほうがいいのだろう。
そしてようやく絶対に至ってから「絶対≠真実≠ウソ」とすべてをひっくり返している。
これが主に久遠実成と諸法実相を説く法華経である。
ふとした思いつきだが、こういう見方もできるのかもしれない。
最後にちょっと遊んでみたい。

1.久遠実成=「ウソ×百」

2.諸法実相=「真実×百」

3.法華経=「ウソ×百→真実×百→絶対」

*最後までお読みくださり本当にありがとうございます。
これは不勉強なわたしの間違った法華経解釈で、
あなたの正しい考えとは違うかもしれません。
あなたが絶対的に正しいということにわたしも諸手を挙げて賛成いたします。
どうか宗教問答や破邪顕正を吹っかけてこないでくださいませ。正直、めんどくさいっす。

「日本霊異記」(景戒/小泉道校注/新潮日本古典集成)

→日本最古の仏教説話集。上中下巻に116縁(えに)を収録する。
なぜ縁かというと、それぞれのタイトルがすべて「~~という縁」というように終わるからだ。
たとえば、「法花経を億持し、現報を得て奇しき表を示す縁」というように。
わたしは日本霊異記をたいへんおもしろく読み、
これは日本の下層民の原点であるという感興をいだく。
一遍時宗の遊行者や説経節の芸能者は、この日本霊異記を祖先に持つように思う。
なぜなら、この説話集は、全国を旅する私度僧のお話を集めたものだからである。
学者によると実際は(聞き書きならぬ)書き写しが多いようだが、
そうはいってもどの記録も最初はお話なのである。
私度僧(自度僧ともいう)とは、国からの認定を受けずに勝手に僧になったもののこと。
わかりやすくするためバカにしたようなことをいうと、日本霊異記は、
集団定住生活を送れないゴロツキや半端者が、
僧を自称しながら喜捨(寄付金)を頼りにふらふら日本全国を放浪した際、
そのお布施の見返りとして文盲の下層民に説いた因縁話を集めたものである。
このため、内容のほとんどが仏恩(功徳)と仏罰(地獄)に要約されてしまう。
仏教的に善なることをしたら善の報いがあり、逆もまたそうであると説く。
身もふたもないことをいうと、だからうちら坊さんに金品を恵んでくれというお願いである。
もっと過激ないいかたをすれば、投資詐欺のセールストークといってもよい。
教科書的なきれいごとに話を戻すと、仏法僧の三宝を重んじよだ。
正式な資格を持たぬ乞食と紙一重の私度僧も坊主なんだからたいせつにしてくれ。
そして、作者の景戒もどうやら私度僧であったらしい。
ちなみに、日本に絶対的善悪の価値観を根づかせたのは大乗仏典の法華経だから、
善因善果と悪因悪果を説く日本霊異記はわが国最初の法華文学ということも可能だ。
かなり飛躍したことをいえば、創価学会・宮本輝の文学作品は日本霊異記に通じている。

日本霊異記の持つ意味はもっと大きいとこのたび繰り返し読んで思う。
わたしは文学、演劇、宗教の3つは同源であると体感的に信じている。
演劇の起源は宗教的な行事であろうし、
文学の言葉もまた宗教的生活雑感に根を持つような気がしている。
異国のことをいえば、ギリシア悲劇はディオニュソス(バッカス)祭の催事だったし、
聖書を文学作品として読むものも少なくないだろう。
さて、もし文学=演劇=宗教ならば、日本の場合、
まさに日本霊異記にこの3つのジャンルの源泉があるように思うのだ。
この説話集は、主に法華経の教えを低次元で説いたものである(宗教)。
(断っておくと、西方浄土への憧憬が何度も見られるから法華経思想だけではない)
多様な縁、つまり因果を底辺庶民に向けて物語っているため、
それほど高級とはいえないにしろ文芸作品であることは疑いえない(文学)。
しかし、本来的には読書されたものではなく、
くずれ坊主がパフォーマーよろしく演者となって伝えた口承芸能である(演劇)。
なにがいいたいのかというと、
もしかしたら日本霊異記は源氏物語よりもよほど偉いのではないかということだ。
自分が苦労して読んだからいうようだが、もっと重んじられてもいいのではないか。

この作品が偉いかどうかはわからないが、ふしぎな親しみを感じたのは間違いない。
生きている世界観が近いとでもいおうか。
貴族の高級な美感ではなく、下層民の俗なる悲喜を主として取り扱っているのがいい。
ほとんどすべてのお話が不幸を物語っているのもいい。
というのも、突きつめれば善因善果は「不幸→幸福」、悪因悪果は「幸福→不幸」ゆえ。
つまり、人間の多彩な不幸に誠実に向き合っているのである。
日本霊異記には貴族のみやびな情感なぞからもっとも遠く離れた世界が描かれている。
そこがとても気に入っている。
ほめつづけるが、クソ庶民の生きるままならぬ地獄へしっかりと目が向いているのもいい。
学のない下層民の低俗な関心をあおる奇怪なお話ばかり収集されているのもいい。
結局のところ、どうしてこうも日本霊異記を気に入ったのか考えると、
行き着く先はまさしくわたしが現代の下層民であるからという理由しかない。
ただの下層民ではない。原因不明の不幸に苦しむ下層民だからである。
恵まれた上流社会のインテリはあほらしくて日本霊異記など読めないかもしれない。
しかし、わたしはこの書をわがこととして読み込んだ。
わが耳は、本書に込められたやぶれかぶれの乞食坊主の声をたしかに聞いた。
それはたしかに仏教の教えであった。

とはいえ、いくらあなたが不幸な底辺庶民だったとしても、
かたぎの人間にはなかなか日本霊異記を読めないと思うので、これから簡単に紹介する。
作者の景戒自身が序文で本書の内容を要約している。
「あるいは」とは「ある者は」という意味。
(以下、引用文中で変換できない漢字はカタカナで表記します)

「あるいは寺の物を貪り、犢(うしのこ)に生れて債(もののかひ)を償ふ。
あるいは法・僧を誹(そし)り、現身に災ひを被(かがふ)る。
あるひは道を殉(もと)め行を積みて、現に験(げん)を得たり。
あるいは深く信(う)け善を修めて、生きながら祐(さいはひ)をカガフる。
善悪の報いは、影の形に随ふがごとし。
苦楽の響(ひびき)は、谷の声に応ふるがごとし」(P23)


人間に追い使われるかわいそうな牛は、前世における借財のためなのである。
人生を貸しと借りで見る視点は、日本霊異記で一貫している。
巻末には、天皇は前世で高僧として功徳を積んだからとのヨイショが書かれている。
こういう前世思想を非科学的だからあほくさいと笑える人間は幸いだ。
人生がいかに不平等でどれほど理不尽か、
ということを腹の底まで思い知らされる経験をしていないのだから。
なまなましい不幸を実感的な痛みとして味わい尽くすと前世がうっすら見えてくるはずだ。
本書では前世でのしくじりのため牛に生まれ変わるという話が複数見られる。
この場合、死が救済となるのはとても意味深い。
仏僧のおかげで牛の前世が実は愛する親族だと判明したのちに、かの畜生は死ぬ。
この死によって苦しみから解放されたと日本霊異記は物語るのである。
生き物が死ぬのは、かならずしも不幸ではないということだ。
根底にあるのは、生存そのものが苦かもしれぬという仏教思想である。
さて、日本霊異記よりたくさんの苦しみうめく生命の悲鳴が聞こえてくる。
だが、それだけではないのである。その苦しみを厳しく裁く視線もまた感じる。
下世話なものいいを許してもらえるのなら、はっはっは、この世だけだと思うなよ!

「現報甚だ近し。因果を信(う)くべし。
畜生に見ゆといへども、わが過去の父母なり。
六道四生はわが生れむ家なり。
そゑに、慈悲なくはあるべからず」(P72)


現世における善悪の報いはすぐやってくる。
いくら遅いといっても来世にはかならずやってくるぞ。
ならば、仏教の因果をどうして信じないか。
六道四生はわが生れむ家なり。
来世は六道四生のどこに生まれるか考えてから行動しろよ。
六道とは、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上。
四生は、卵生、胎生、湿生、化生。

「三界を還(めぐ)るは、車の輪のごとし。
生きながら六道を廻(めぐ)るは、ウキクサの移るに似たり。
此(ここ)に死に彼(かしこ)に生れて、具(つぶさ)に万苦を受く。
悪因は轡(くつばみ)を連ねて苦しき処にハシる。
善業は縁にヨじて安き堺(さかひ)に引く」(P105)


六道を説いたこの二箇所は、日本霊異記の絶唱だとわたしは思っている。
声に出して読むと、黒々とした毒々しい快感がわが身をつらぬく(不快感ではない!)。
此(ここ)に死に彼(かしこ)に生れて、具(つぶさ)に万苦を受く。
三界とは、欲界、色界、無色界のこと(順に高次な禅境へと移行していく)。
欲望せよ、そして苦しむがよい。何度も生まれ変わって、そのたびに苦しめ。
しかし、やはり現世だ。一回きりしかない現世をしかと見据えよ。

「誠に知る、現報のはなはだ近きことを」(P86)

これは日本霊異記のメインテーマといってもよいだろう。
日本霊異記のお話を区分すれば、
善報譚、悪報譚、ふたつを組み合わせたものの3つになる。
特徴としては、どれも現世で報いが生じる点である。
たしかに六道輪廻の考えはすみずみまで行き渡っているけれど、
善報も悪報もかならずお話のなかで完結する。
六道四生の生まれ変わりを考えるのは、現世の苦を受け入れるときだけである。
たとえば、目の見えない身体障害者はどう考えるのか。

「みづからおもへらく、
「宿業の招くところならむ。ただ現報のみにはならじ。
善を行ひ念ぜむにはしかじ」とおもふ」(P235)


この説話のタイトルは、「二つの目盲(し)ひたる女人、
薬師仏の木像に帰敬して、現に眼明くことを得る縁(えに)」である。
タイトルからわかるよう、善因善果の善報譚だ。
難病にかかったものの、おなじように考える。

「頸(くび)にヤウ肉を生じ、ソは大きなるウリのごとし。
痛み苦しぶこと切るがごとくにして、年を歴(へ)てイえず。
みずからおもへらく、「宿業の招くところならむ。ただの現報のみにはあらじ。
罪を滅し病ひを差(いや)すよりは、善を行はむにはしかじ」とおもへり。
髪を剃り戒を受け、袈裟を着て、その里の大谷の堂に住む。
心経を誦持(ずじ)し、道を行ふを宗(むね)とす」(P289)


この難病は治るのに28年を要したそうだが、かならず現世で治癒するのである。
忘れてはならないのは日本霊異記はたしかに仏教説話集だが、
作者景戒はいまでいうノンフィクションを書いているつもりなのだ。
仏心を起こさせるためのフィクションを書いているのではない。
自分が見聞きしたところの実際にあった話を記録しているのである。
そのうえで、事実を証拠として差し出してから、教えをたれる。

「祈(ねが)はくは、奇記を覧(み)む人、邪を却(しりぞ)けて正に入れ。
諸(もろもろ)の悪をなすことなかれ。諸の善を奉行(おこな)へ」(P25)


いまでいう新興宗教の怪しげなパンフレットのようなものといってもよい。
だれかの体験談を載せたうえで、作者は以下のようにまとめるのである。

「まことに知る、「願ひて得ずということなし」といへるは、
それこれをいふなり」(P160)

「アキらかに知る、「願ひて得ずといふことなく、願ひて果さずといふことなし」
といへるは、それこれをいふなり」(P182)


長らく現世利益的信仰をバカにしていたが、最近宿業を強く感じさせることがあり、
実体験によっておのれの考えを改めたしだいである。
日本仏教の核というのは、現世利益にあるのではなかろうか。
インテリはなんだかんだと理屈をいうかもしれないが、
ああいう手合いはちっとも仏教を理解していないのだ。
うまく出世の階段を登りつめたような高僧や大学教授に仏教のなにがわかるのか。
けっ、わかるもんかよと思う。
苦しくて苦しくて苦しくて、なんとかしてほしくてもう拝むしかない。
実のところ、これが仏教信仰の真実の姿で、
こういう庶民の態度を高みから現世利益的などと分類するやからは、
きっとなにもわかっていないのだ。
ほんとうにまったくそう思う。暴論を書く。
伝統仏教はもはや宗教ではないのだ。新興宗教のみが真の仏教といえるのではないか。
なぜなら、そこに苦しみがあるからである。
日本霊異記は、内部に新興宗教的な熱を持っているところがいいのだと思う。
人間苦に満ちているからいいのである。
したがって、以下の俗なる願いが真実の日本仏教の姿なのだと下層民のわたしは思う。
どうかインテリよ、バカにしてくれるな。

「われ昔の世に福因を修せず。現身に貧窮(ひんく)の報を受け取る。
そゑに、われに宝を施したまへ。窮(せま)れる愁へを免(まぬか)れしめためへ」(P176)


さて、本書で胸打たれたお話をいくつか紹介したい。
とはいえ、やはり典型的な善因善果の善報譚、悪因悪果の悪報譚はおもしろくないのだ。
深みがないといいかえてもよいだろう。
どうしても六道輪廻の入った物語をおもしろいと思ってしまう。

中三十「行基大徳、子を携(たづさ)ふる女人に過去の怨(あた)を視て、
淵に投げしめ、異(あや)しき表(しろし)を示す縁(えに)」より。
行基というお坊さんがあるところに人を集めて法を説いていた。
そこにひとりの女性が子連れで参加していたのだが、子どもの様子がただごとではない。
子が泣き騒ぐため、行基の法話がよく聞き取れないのである。
子どもは10歳になるくらいか。
泣くばかりで言葉も話せず、また自力で歩くこともできない。
たえずなにかものを食べていないと気が済まないという厄介な子だ。
いまでいう障害児だろう。知的障害と身体障害をあわせもっていたようだ。
さあ、行基上人はどういったか。
「そこのお母さん、あなたの子どもを連れ出し、淵に捨ててきなさい」
その場にいあわせたものは、ひそひそと噂したという。
慈悲深いお坊さんが、どういうわけで、あんなことをおっしゃるのか。
母親は子どもがかわいいので、捨てずに、そのままわが子を抱いていた。
翌日の集会もおなじである。
この障害児が泣き叫ぶのでうるさく、みなありがたい法話を聞くことができない。
行基上人は、母親を責めていう。「その子を淵に捨てなさい」
そこでようやく、母親はもう我慢の限界だと決心して、わが子を淵に投げ捨てた。
すると、どうだろう。
子どもが淵から浮き上がってきて、ジタバタしながら、こんなことをいうではないか。
知恵遅れで足なえの子どもが目をらんらんと輝かせ、しきりに悔しがっていう。
「ああ、残念だ。あと3年はきさまを食い物にしてやるつもりだったのに」
これはいったいどういうことだと母親は行基上人に尋ねる。
行基の答えはこうであった。
「あなたは前世で、あの子に借りたものを返さなかったのだ。
ために、現世であの子となって、返済を迫っていたというわけだ」
お坊さんが母親に障害を持った子どもを捨てろという。
こんな恐ろしいお話が平安時代初期に流布していたことに身震いする。
安易なヒューマニズムで裁くことなどとてもできない深刻なお話であると思う。

さて、日本霊異記は計算高いというのか、この次にまた障害児のお話を掲載する。
中三十一「塔を建てむとして願を発(おこ)しし時に生める女子(むすめ)、
舎利を捲(にぎ)りて産(うま)るる縁(えに)」より。
長年仏塔を建てたいと願っていた男がいた。
男が70歳、妻が62歳になったときに、なぜか娘が生まれる。
ずいぶんな高齢出産である。やはりというべきか子どもの様子がおかしい。
娘は左の手をかたく結んで、開こうとしても、ますますかたく握りしめるばかり。
これはいわゆる障害児であろう。両親はたいへん嘆いたという。
「ばあさんや、高齢出産だったから不具の子が産まれたんだな。
いやはや、恥ずかしいことだ。
とはいえ、これも前世からの因縁ゆえにうちらの子となったに違いない」
こういうわけで子を嫌って捨てたりせずに、かわいがって育てた。
子が7歳になったときである。左手を開いていうではないか。
「ねえ、これを見て」
なんとそこにはありがたい舎利(釈迦の遺骨)がふたかけら。
両親はたいそう喜び、触れてまわる。恥ずかしい子がそうではなかったのである。
話は広がり、ついに国司の聞くところにもなった。
結果、みんなで協力して七重の塔を建てて、その舎利を供養のため安置したという。
仏塔が建立されるとすぐに、その子は死んでしまった。
ひとつまえの話と正反対の内容といえるだろう。
障害児は仏さまの子どもだというお話である。
わたしは仏塔が建ったらすぐに子どもが死んだというところに深み、重みを見いだす。
10歳にならずして死んだ子も立派な仕事をやりとげているのかもしれない。
現代でも病院に行けば、難病の子どもであふれかえっているのである。
どうして小さな子どもが難病で苦しまなければならないのか。
その両親はもっと苦しいことだろう。ときに子が死んでしまうこともある。
これはいったいどういう意味があるのだろうと両親の嘆きは底知れぬはずだ。
しかし、その子はなにかとてもたいせつなものを両親に届けてくれたのかもしれない。
はっきりいってしまうと、子を亡くすほどの不幸はそうそうないのである。
亡児を思い悲嘆に暮れる二親に源氏物語なぞを語り聞かせても意味があるものか。
貴族の子どもならばむかしであってもけっこうな医術が受けられたのだろう。
しかし、下層民の子は次々に死んでいったのではないか。
ときおり怪しげな坊さん(私度僧)が来てくれ、
確信を持ってこんなお話をしてくれたら、どれほど慰められたか。
下十九にも障害児の話がある。これは肉の塊として産まれてきた女児の話だ。
なんでも尿道だけで女陰がなく、しかしのちに立派な尼さんになったという。
この尼さんは猿聖(さるひじり)という蔑称を持っていたとのことだ。

中四十一「女人(にょにん)大きなる蛇に婚(くながひ)せられ、
薬の力によりて、命を全くすることを得る縁」より。
ある裕福な家のお嬢さんが桑の木に登り葉を摘んでいたときのことである。
「危ない!」と道を歩いていたものがいう。
なんと蛇が娘さんに巻きつき、穴という穴を犯していたからである。
娘さんは蛇から犯されていることに気づき、驚きのあまり蛇とともに落下した。
これは獣姦とも、蛇のような男とも解釈できる。
気を失ったお嬢さんは蛇と交わった恥ずかしい姿のまま実家に運ばれる。
さっそく薬師が呼ばれ、秘薬が調合される。
娘さんは衣服をすべて剥ぎ取られ、女陰丸出しの姿にされる。
具体的には両足首を頭のうえで結ばれたという。
なんのためかというと陰裂に注いだ薬汁が漏れないようにするためである。
するとようやく交わっていた蛇が女体から離れたので、即刻打ち殺して捨てる。
それから薬汁に刺激されたか、陰部から蛇の子がだらだら流れ出てくるではないか。
白くかたまった蛙の子のような蛇の赤子がみな出てしまうと、
娘さんは正気を取り戻していったという。
「まるで夢でも見ていたみたい。いまはもう醒めています」
しかし、このお嬢さんは3年後、また蛇に犯されて今度は死んでしまったという。
蛇との情交がよほどよかったのだろうか。
人間ならぬ畜生の淫欲にメスとして目覚めさせられたのか。
娘さんは蛇を深く愛着するようになっており、死ぬ直前にこういい残したとのことである。
「たとえ死んでも、来世でかならずまたあなた(蛇)と結ばれましょう」
たまには作者景戒のコメントを引こう。

「それ、神識(たましひ)は、業の因縁に従ふ。
あるひは蛇・馬・牛・犬・鳥等に生る。
先の悪しき契(ちぎり)によりては、蛇となりて愛婚(くながひ)す。
あるひは怪しき畜生となる。愛欲は一つにあらず」(P200)


さらに景戒は続ける。「経に説きたまへるがごとし」
お経にもこのようなことが書いてあるのだが――。
しかし、研究者によると、どこの経典かまだわかっていないという。
余談になるが、本書を読むにあたってだいぶ学者の解説に助けられた。
おそらく、文中の引用元を地道に特定するような行為が真の学問なのだろう。
安っぽい新書を濫発するような学者は研究者ではない。
しかし、文学研究はまったくわれわれの役に立たない。
身もふたもないことをいうと、引用元の経典など、われわれ庶民にはどうでもいいのだから。
まだデタラメ満載の新書のほうが暇つぶしとして役立つ。

話を元に戻す。いんちき坊主(私度僧)であった景戒の学識はいかほどであったのか。
蛇と交わった女の事例を出したうえで、経典にこういう話があると続ける。
むかし釈迦と弟子が墓場を歩いていたときの話である。
墓のまえで夫婦が故人を偲んで泣いていたという。
一見すると、なんでもない風景である。しかし、釈迦は嘆かわしいことだと憤る。
なぜか。釈迦には因縁が見えていたからである。
いま夫婦は亡母を偲んで嘆いているが、実のところ、汚らわしい因縁があったのである。
いまは夫とともに義母を偲んでいる嫁が問題なのだ。
この嫁の前世は、なにを隠そう、夫の母親だったのである。
母親は男子を産んだが、深い愛欲が起こって、わが子のマラを口で吸っていたという。
3年後、母親は重い病気にかかる。
臨終の際、再度わが子のマラをしゃぶりながら、母はこう誓ったというのだから。
「これから何度生まれ変わっても、いつもそなたと夫婦になろう」
念願がかない、母親は近所の娘として生まれ、とうとう息子の嫁になった。
炯眼の釈迦には、このよこしまな愛欲の因縁が見えていたから、大仰に嘆いたのである。
これはもちろんいま亡母を思い泣いている男も、その妻も知らないことである。
じっとりと蒸れ肌にへばりついてくるような仏教の愛欲観だと思う。
そして、この世界をとても近しいものに感じるのである。
血が濃いとでもいおうか、おかしな家庭環境で育てられたせいかもしれない。
前世の因縁を前提にしないと理解できないような非常識な男女関係がある。
経験したいとも(ほんとかよ!)敬遠したいとも思うが、
これはもう人間にはどうしようもなく前世で決められたことなのである。
蛇に限りなく近い執念深い男女というのはむかしからいたことがよくわかる。

これが最後ゆえ辛抱してついてきてくだされ。これもまた抜群におもしろい。
下二「生ける物の命を殺して怨(あた)を結び、狐と狗(いぬ)とになりて、
たがひに相報ゆる縁」より。
むかしは病人の治療をお坊さんがしていたという。
ある村に重病人がいたので、お寺へ連れていって診てもらった。
ところが、うまくいかぬもので寺の坊主が呪文を唱え祈祷するとそのときだけよくなり、
やめるとすぐにもとの状態に戻ってしまうというありさまであった。
病人は生きながら苦しむばかりである。
坊さんがなんとしても治してみせるとなおも呪文を唱えていると、
あるとき病人が悪霊にとりつかれたかのごとくうわ言を口にする。
「おれは狐だ。よけいなことをするな、クソ坊主。呪文なんかやめちまえ」
「いったいどういうことか」と坊さんが尋ねる。
「この病人はな、前世で狐のおれを殺したんだ。
いまおれはそのときの怨みを報いてやっているのさ。
そんで、こいつが死ぬと、
今度はこいつが犬に生まれ変わって狐のおれを殺すっていう具合なんだ」
お坊さんはなんとか説得しようとしたがかなわず病人は死んでしまった。
1年後のことである。
今度はお坊さんの弟子が、おなじ部屋で病に伏せっていた。
おりしも、ある人が犬を連れてお寺にやってきた。
その犬がさんざん吠えて暴れるので、
お坊さんはふしぎに思って、「首輪を放してやって、このわけを知ろう」と声をかけた。
すると、どうだろう。犬は一目散に弟子の病臥する部屋に入っていく。
なんと犬は狐をくわえて戻ってきたという。
(どうやらある種の病気は狐がついていると思われていたようだ)
坊主はなんとか犬を説得しようとしたが、
犬は断固拒否して怨みを忘れず狐を残忍にも噛み殺してしまった。
ここでとりあえず因果の輪は終わっているが、またこの狐がだれかにとりつくのだろう。
そして狐にとりつかれたものが死に、今度は犬として生まれ変わる。
いわゆる狐つきは、現代でいうところの精神病ではなかったかと思われる。
精神病の人の執念深さは、狐がついたとしか思えぬほどの異常性がある。
あれは前世で殺す殺されるの関係にあったと考えないととうてい理解できない。
精神病の人の攻撃性というのは、阿修羅か畜生のように執拗である。
わたしはこの話を読んだときに、これは狂人の世界だと直観したものである。
精神病患者の頭のなかには殺しあう犬と狐が入っているようなものだ。
この永遠に殺し殺されする関係性も、残念ながら、またわたしにはとても近しい。
たぶん、人からひどく怨まれているし、こちらも憎い相手をけっこういまでも怨んでいる。
この過程でときに精神が病んだりするのだろう。
精神のみならず身体も病んでしまうことが、あるいはあるのかもしれない。
このため、むかしは坊主の祈祷程度で実際に病気が治ったのだと思われる。
怨みを忘れたら精神的肉体的な健康によろしいのはだれでも同意してくれるのではないか。
もちろん、この話でも作者たる腐れ坊主(私度僧)の景戒は説いている。

「怨(あた)をもて怨に報ゆれば、怨なほし滅びず。
車の輪の転(めぐ)るがごとくなり。
もし有る人の、能く忍辱(にんにく)を発(おこ)さむ時に、怨人(あたひと)を見ば、
わが恩師とせむ。その怨を報いずあれ。これをもて忍とす。
このゆゑに、怨はすなはち忍の師なり」(P216)


なあ? お互い怨むのはやめようや!
ちなみに、狂人の話は上二十三(P74)にも出てくる。
下二十六(P268)の牛女も狂女とみなしてよいのではないか。

☆  ☆  ☆

この1ヶ月というもの日本霊異記ばかり読んでいたような気がする。
読みながら少しずつ心が落ち着いていくのを感じたものである。
いまわたしは前世も宿業も歴然として存在すると確信している。
けれども、善因善果、悪因悪果についてはちょっとわからない。
とはいえ、それらがあると信じたい人間の祈りにも似た情熱は十分に理解できる。
おなじものを自分も有していると思うからだ。
このたびなんの目的もなく、さしたる効果も期待せず、
ただただ日本霊異記の世界に遊ばせてもらった。
その過程で、もしかしたらたましいのようなものが多少癒されたのかもしれない。
この記事は自分のためだけに書きました。
もし最後までお読みくださったかたがいらしたら、ほんとうにありがとうございます。
もしかしたら功徳(現世利益)があるかもしれませんよ(笑)。

このまえある女性から聞かれた。「あれ本名じゃないんでしょう?」
これは以前にも言われたことがある。
「名前が(実物よりもはるかに!)かっこよすぎるから、
ペンネームだと思っていた(ちなみに括弧内は当方の被害妄想)」
いわゆるDQNネーム(キラキラネーム)ほどではないとは思うが、
痛い名前だという自覚がないわけではない。
もちろん、ペンネームではなく、戸籍謄本にも載っている完全な本名である。
だから、「分け入つても分け入つても本の山」は数少ない実名ブログなのだ。
実名ブログになった理由は、「もてない男」の小谷野敦さんにばらされたから……ではない。
なんとなく、自然に、そろそろ名乗るべき時期が来たのではないかと思っただけのこと。
(いちばん最初に名乗ったのは宮本輝氏「錦繍」の感想記事でした)

実名でこんなことを書いて大丈夫なの?
と思われる方もなかにはいるかもしれないが、一種の賭けという自覚はある。
繰り返すが、土屋顕史は本名なのである。
よって、2ちゃんねるでわたしを誹謗中傷しているそこのあなた!
あれはほんとうにわたしの人生を終わらせようとしているに近い。
ここでふとおかしなことを考えてしまうのが、わたしのよくないところだと思う。
2ちゃんで終わらせられるまでもなく、わたしの人生はもう終わっているのではないか?
いや、こんな軽はずみなことを口走ってはいけない。人生なにがあるかわからないのだから。
したがって、いちおうお願いしておこう。
どうか2ちゃんねるにわたしの誹謗中傷を書き込まないでください。
一回逢いましょうよ。それほど悪い人間ではないことがきっとわかると思うので。
ご連絡をお待ち申し上げております。

土屋顕史が本名だという証拠を見せろと言われるだろう。
免許証をアップしてもいいのだが、いろいろなトラブルに発展する恐れがなくもない。
ならば、「本の山」らしくこういう証拠を提出してみよう。
先日、ブックオフオンラインに蔵書を大量に売り払ったが、
そのなかで作者別にいちばん多かったのはブルセラ学者(当時)の宮台真司先生の本。
自分でも信じられないけれど、大学時代は宮台真司先生の大ファンだった。
大学を卒業したら家族の不幸もあり、ハシカのようにまるっきり関心がなくなったが。
さて、現在首都大学東京教授の宮台真司先生にわたしの名前を保証してもらおう。

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「まぼろしの郊外」。
中島義道氏とおなじく若者を自殺に追い詰めることで有名な宮台真司さんの本ですね。
サインは落書きあつかいされて値がつかないので売らなかった。

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ほうら、だから本名でしょう、やっぱり。
なに? 宮台先生の証言だけでは信じられないと仰せですか?
ちぇっ、疑い深いなァ。

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芥川賞作家の柳美里さんの「ゴールドラッシュ」です。
20台のころは柳美里さんが好きで好きで週刊誌の連載まで立ち読みで追っていた。
文章からただよう負のオーラのとりこになっていた。
はじめて自分がどうやってもかなわない文章を書く人を同世代(?)で見つけたと思った。
言うまでもなく、柳美里さんの本は1冊もブックオフには売っていません。

120811_2140~02

宮台真司先生のみならず柳美里さんも、あれが本名だと認めてくださっている。
ね? だから、わかったでしょう? 
「分け入つても分け入つて本の山」は疑う余地もなく実名ブログであります。
めずらしいことに(ぜんぜん恥ずかしくないぞ!)携帯電話が鳴る。
番号を見ると、知らない人である。
出てみると女性の声で、喧嘩腰でなにかをまくしたてているのである。
しばらくして気づく。電話してきたのは、直前の記事に書いた「かの女」であった。
相手は興奮していてよく内容がつかめなかったが、
整理してみるとこういうことになるのではないか。

とにかく、将来は売れっ子脚本家になるというこのアラフォー女性が言いたかったのは、
明日までにブログ記事「人はわかりあえない」を削除しないとたいへんなことになるぞ。
なんでも、シナリオ・センターの事務局の人があの記事を読んだそうである。
そのうえで、かの女にこういうことが書かれている、と電話連絡した。
おばさん自身はわたしと逢ったあとブログ「本の山」は一度も読んでいない。
シナリオ・センターの人が電話をかけてきてくれたので知ったということである。

わけがわからなかった。
どうしてシナリオ・センターの人がかの女を特定できたのだろう?
そのことを問う。
「私はシナセンのチューターの人ともよく飲んだりしているから」
なんてことはない、ぜんぶ筒抜けだったようだ。
逢ったときにまず思ったのは、おしゃべりが好きそうなおばさんだということ。
他人の噂話が三度のデザートよりも好きといったおばさんがいる。

で、かの女は明日までにあの記事を消さないと、
シナリオ・センター全体でわたしに対策をしてくるというのである。
対策とはなんだろう。法的処置? 警察? と質問してもおばさんは答えてくれない。
とにかく、明日までに記事を削除しろ。
そうしないとシナリオ・センター全体が本気になるからなというのである。
「私はヨンダさんのことを思って、とめてあげたの。
シナセンの人に1日だけ待ってくださいって。
話せばわかる人だから、いまから電話して削除するようにいうから」

どうやらわたしはかの女に感謝しなければならないようだ。
なんであれ、電話相手がわたしに恩を売っているのはわかる。
さあ、どう答えたか。「消しません」
こんな電話がなかったら、いつものように1ヶ月公開程度で消そうと思っていたけれど。
どうして火に油を注ぐような電話をしてくるのだろう。
いまいち意味がわからないのである。
これはわたしと、それから逢いたいといってきたかの女との事柄である。
シナリオ・センターはまったくの無関係ではないか。
にもかかわらず、どうしてかのスクールがおかしな干渉をしてくるのだろう。

「いったいシナリオ・センターのだれがそういうふうにいっているの?」
しかし、かの女の回答は「そんなこというわけないじゃない」。
どうしてわたしがあの記事を消さないと、
(かの女ではなく)シナリオ・センターがなにかしてくるのだろう。
さっぱり意味がわからない。
今回のこととシナリオ・センターはさらさら関係がないと思うのだが……。

シナリオ・センターといえば、わたしはネットいじめの被害に遭っている。
2ちゃんねるの該当スレッドで犯罪レベルの誹謗中傷をされている。
大津のいじめ事件でもそうだったが、こういういじめの責任はトップに求められる。
今年の3月だったか、シナリオ・センターの経営者に相談したことがある。
社長さんがブログをやっているので、コメント欄からお願いしたのだ。
「このネットいじめはどうにかなりませんか?」
シナリオ・センターのトップの対応はどうだったか。
いきなりコメントを削除されてしまった。ああ、こういう人なのか、とそのとき思った。

「明日までにブログ記事を消さないとたいへんなことになるよ」
いったいどんなことになるのだろう。
シナリオ・センターにはわたしの住所も電話番号も知られている。
しかし、なぜシナリオ・センターなのだろうか。
これはわたしとアラフォー女性の問題であるというのに。
もしかしたらシナリオ・センターの社長さんと、かの女の苗字がおなじだったから、
なにか血縁関係のようなものがあるのだろうか。
この先どうなるかみなさまも興味があるのではありませんか。
とりあえず、ブログ記事は当面削除しないでおこうと思う。

*正直、シナリオ・センターに通っていたのは3年もまえだから、もうどうでもいい。
ほんとおかしな学校だよなといまさらながらあきれている。
この事件はもう1ヶ月以上もまえで、たしかにかなり傷ついたことだけれども、
しかしブログを更新しなかったのはこれが原因というわけでは決してない。
知らない人も多いでしょうが、
基本的にわたしはブログ読者から逢いたいと言われたらだれとでも逢うようにしている。
本名を名乗らない人とでも逢いたいと言われたら逢う。
いんちき大乗仏典の法華経に登場する常不軽菩薩ではないけれど、
ほとんどすべての人がわたしなぞよりは偉いと思うがためである。
6月下旬にブログ「本の山」の愛読者だというアラフォーのおばさんと逢った。
やけにハイテンションなおばさんであった。
年齢に似合わない「キャー」「イヤー」「チョー」「マジ」といった嬌声を連発する。
まだ逢ってからそう時間も経っていないにもかかわらず、わたしの母の話になった。
古くからの読者はご存知でしょうが、
12年まえ母は息子であるわたしの眼前で投身自殺している。
いまでも夢に見る。しんどい。
しかし、これが人生だ。こんなものだ。そう思うようにしている。そう思いたいと思っている。
アラフォーのおばさんは言うではないか。

アラフォー「あれホントーだったの? ウソかと思っていたよ(笑)」
わたし「本当に決まっているでしょう(ムカムカ)」
アラフォー「ホントーはヨンダさんが殺したんでしょ?(笑)」
わたし「――」
アラフォー「――」
わたし「いま自分がなにを言ったかわかってるんですか?」
アラフォー「なに~。怖い顔しちゃって(笑)」
わたし「4、5年まえだったら酒をあなたの顔にぶっかけていましたよ(ぴくぴく)」
アラフォー「なに、それマジ?(笑)」
わたし「自死遺族に、あなたが殺したなんて言っちゃいけないでしょう?」
アラフォー「なにマジになってんの? 火曜サスペンスならそういうパターンでしょう(笑)。
 冗談のわからない人だな(笑)。冗談でしょ、ジョーク!
 ヨンダさんって彼女いるの? これも聞いちゃダメなの?(笑)」

この「本の山」読者だというアラフォーおばさんにいくら説明しても、
自死遺族を殺人者呼ばわりしてはいけないということをご納得していただけなかった。
「あなたは冗談がわからない人」というのが最後までの女性の言い分であった。
かの女の経歴を聞くと無理もないと思えなくもない。
大学卒業後すぐに10歳以上年上の高収入旦那と結婚して15年の専業主婦生活を送る。
バカな女ほど好かれるという当人の思い込みもあり、
難しい本などはまったく読まずに気楽なテレビドラマばかり視聴していた。
これが自死遺族に「ホントーはあなたが殺したんでしょ?」と言った女性の正体である。
最近離婚したため、今度は売れっ子脚本家になるため、
いま表参道にあるシナリオ・センターという学校に通っているという。
子なしのイージー専業主婦人生でテレビドラマしか見てこなくて、
このためもあり将来は売れっ子脚本家になることを当然のように夢見ているアラフォー女性。
かの女が自死遺族の気持をわからないのは仕方がないのかもしれない。
人と人はわかりあえないのだから、こういうこともあるさ。
人間なんて、そんなもの。人生に、なにを期待しているんだい? 人間、そんなものだよ。
人はわかりあえない。
きみはまさか他人が自分を理解してくれるなんて期待をしているの?
しかし、とわたしは抗議したい。
こういうアラフォー女性がいるのは仕方がないと思う。
しかし、どうしてよりによって、かの女がわたしと逢いたいと言ってくるのだろう。
どうして、いったいどうして? 
だいぶ苦しんだ。いまはもうかなり時間が経過したのでかの女の顔も憶えていない。
事前にメールで自分は華やかな顔をしているとたいそう誇っていたが、
逢ってみたらまったくそうではなかったことだけをうっすら記憶している。
なんの因果か、まあ結局は業が深いと思うしかないのであろう。
いまも重たい人生を送っているわけだ。だから、日本霊異記のようなものを読んでしまう。
日本霊異記はわが国最古の仏教説話集。日本最初の仏教文学である。
時代的には古事記の次くらいと思ってください。
で、おのれの重たい宿業にうめきながら汗をかきかき亀のようなのろさで
日本霊異記を読んでいると、法華経(法花経)がやたら登場するわけである。

法華経はどうも苦手なのである。
いぜん法華経に分け入ったのは、芥川賞選考委員で紫綬褒章作家の宮本輝先生から。
「宮本輝→創価学会→日蓮→法華経」
このベクトルで法華経を読んだら、印象は最悪だった。
独善的で排他的、無内容のくせに傲岸で厚顔はなはだしい。
いこう法華経は敬遠するという態度をつらぬいてきた。
ところが――。
「日本霊異記→法華経」
このたび法華経を日本霊異記から分け入って読んだわけだ。
すると、おなじ法華経なのに印象がまったく異なる。
たぶん日蓮の独自解釈のせいで法華経嫌いになったものが大勢いるのではないか。

詳細は後日(生きていたら)書くが、法華経はなかなかのものなのである。
これは日本宗教史を考えるうえで決して外せない主軸であると確信した。
親鸞の浄土真宗は、まさしく法華経(天台宗)の直系であるとの直観を得た。
(後発のアンチ念仏、日蓮宗が法華経直系を声高に自称しているけれども、さあどうだか)
道元が弟子をグーで殴れるのも天台宗(法華経)出身だからと気づく。
要するに、日蓮ではなく日本霊異記から分け入ると法華経はそうとうにおもしろかったのだ。
おなじ法華経でもどこから分け入るかで見え方がまるで変わってしまう。
(ちなみに、わたしが好きなのは時宗の一遍で、親鸞も日蓮も道元もまあどうでもいい)

どこから分け入るかで見え方はまったく変わってしまう。
ほかならぬ唯一存在の自己の所見(観察結果、感想)でさえ、はなはだ当てにならない。
自分の感想だからと信頼していたら、とんだしっぺ返しを食らう。
考えてみたらほんとうにそうで、
あなたの大嫌いな仕事相手まさしくその人を好んで結婚した異性がいるのだから。
あなたが悪人だと思っている人を、
善人や偉人だと尊敬している人がいてもぜんぜんおかしくない。
あなたが崇拝している先生を極悪人だと憎んでいる人がいるのもまったく不思議ではない。

ならば、ブログ「分け入つても分け入つても本の山」もおなじこと。
直前のブログ記事はコメント欄があまりに騒がしがったのでクローズさせていただいた。
ブログ「本の山」もどこから分け入るかでまるでイメージが異なるのだろう。
コメント欄にはほんとうにうんざりしていて、いつか閉じたいと思っている。
言いたいことがございましたら、お名前ご年齢をご記入のうえメールでお願いしますと。
しかし、いまのところ世間様へのご恩返しとの思いからオープンしている。
さて、この匿名のコメント主たちも驚くほどにさまざまなのである。
わたしを反社会的な極悪人だと裁くものがいれば、賢人だと感心してくださる方もいる。
この相違がどこから来たのか考えると、分け入った場所に行き着く。
最初なんの検索ワードで「本の山」に分け入ったか。
これでわたしおよびブログへのイメージが絶対的に決定してしまうのだ。

わたしがどういう人物かを決めるのは(わたしではなく)あなたなのだろう。
「本の山」がどのようなブログかは記述内容ではなく、あなたの分け入り方しだいだ。
読み手たる紳士淑女のみなさまのご感想はそれぞれみな正しいとわたしは思っている。
このため、コメント欄で匿名の方と議論するのは無意味だと現在はなかば放棄している。
とどのつまり、酷評されるのは分け入り方がよくなかったのだ。
別に誤解されているとも思わないし、ほんとうは違うと反論する気もない。
まあ、かなしいかな、人間の意見なんていうものはそんなものなのだろう(わが意見も)。
繰り返すが、分け入り方しだいなのだろう。
そうだとしたら、昨日嫌っていた相手を今日好きになることもあるのだと思いたい。
ああ、ほんとうにそうだったらどんなにいいことか。
匿名掲示板2ちゃんねるで「人殺し」や「放火魔」と中傷されているものの願いである。