「酒と肴と旅の空」(池波正太郎:編/新潮社)

→古きよき文士の酒食にまつわる名作エッセイを集めたもの。
文士は味わいのプロである。うまいものがあったら徹底的に食らう。
宇野鴻一郎は南国の沖縄で泡盛をぐいぐい飲みながら豚足3個を平らげる。

「喰いすぎの苦痛はたしかに苦痛ではあるが、
どこか心楽しい、充実した、悦びに満ちた苦しみである。
胃の内容物が逆流せぬように注意しつつおくびをもらし、ついでにあくびをし、
満足のあまりの涙さえ浮かべながら、ズボンのチャックを開き、
背中の座布団の位置を調節して少しでも楽な姿勢をとり、
陽光と海からの風に頬をなぶらせて、
喰ったものがゆるゆると消化されてゆくのを感じるときほど、
自分が生きている、という実感がひしひし湧いてくることはない」(P120)


読むだけでこちらも満腹になってしまいそうなこってりとした文章である。
よくものを食らう人はよろしい。
壇一雄はニュージーランドの無人島で食ったカキが忘れられないという。
これも生きる楽しさが伝わってくる名文である。

「カキの話で思い出したから、ついでに書いておけば、
そのワイタンギの港から船出して、小さな無人島に一日暮らした楽しさばかり、
忘れられるものではない。
同行の諸君らは、私をその無人島においてけぼりにして、
そのまま船を漕ぎ出してしまったのだが、
その島には、崖のところから、真水がしたたり落ちて流れており、
ちょっと岩蔭を廻ると、そこらの潮の中に、いくらでも、カキがへばりついていた。
もっとも、小さいカキだし、養殖のカキではないのだから、
その肉はほんのひと舐めだが、
塩水に洗った無人島のカキは、絶妙の味わいに思われた。
おまけに、土地で「スナッピー」と呼んでいる真鯛を、五、六尾と、スズキを一尾、
「ひとつ、料理しといて下さいよ」
と預けられている。私は難破船の横板の上で、そのスズキや、
鯛を大模様に切り裂きながら、あとはウイスキーと、焚火(たきび)である。
あんな愉快なことと云ったらなかった。
鯛に塩をかけて、その焚火の脇で石焼にする。コップのウイスキーを手にしながら、
時折、また潮水に降りていって、カキを啜(すす)る」(P150)


よだれが出てきそうな文章とは、こういうものを言うのだろう。
うまい食べ物はいい。うまい文章はいい。
うまい食べ物をうまく描いた文章は最高にいい。
小島政二郎は弁当が好きだという。

「今は絶えてなくなったが、大地震までは、東京に弁当屋という商売があった。
忘れられないのは、「香弁(こうべん)」と「ネコ弁」だ。
ちょっと聞いただけでは分るまい。
香弁というのは、御飯にいろいろさまざまなお香々だけはいっているお弁当だ。
外のおかずは何にもはいっていない。全部お香々ばかり。
その代り、季節の野菜が、糠(ぬか)漬けにしてあるのもあるし、
塩漬けにしたものもあるといった具合で、まるで秋の花野を見るように綺麗だった。
洒落た人が、瓢箪(ひょうたん)にお酒を入れて、それを腰にさげて、
このお弁当を持って、向島の百花園とか萩寺とかいうようなところへ行って、
花を見ながらお香々を酒のサカナにして楽しんだものだそうだ」(P161)


あれさ、いますぐ弁当と酒を持ってハイキングに行きたくなる名文だ。
書き写していて気づいたのだが、いい文章は文法的に多少まずくても構わないようだ。
むしろ、しゃらくさい文法なぞ無視したほうが味のある文章になるのかもしれない。
ちなみにもうひとつの「ネコ弁」とは鰹節(かつおぶし)をかけた弁当らしい。
さて、文士の味わうのは酒やサカナばかりではない。
水上勉は時を味わう。少年時代に修行していた禅寺の娘さんと再会したという。
当時、娘さんは赤ん坊で、
「ぼくは、この赤ちゃんのおむつ洗いや、お守りにあけくれて、そのつらさに泣いた」。
結局、水上少年はその禅寺を逃げ出してしまう。
気の毒なことに、その後、和尚は亡くなり、
そうなると、すぐに寺の決まりで若い和尚が細君つきでやってきて、
冷酷にも母と娘は寺から追放されたという。
その娘さんと、おむつを洗ってあげた娘さんと、
いまは作家となった水上勉はテレビの企画で45年ぶりに再会した。
娘さんは大正十三年に漬けた梅干を土産にくれた。
母が嫁に来たときに漬けたものだという。
寺を追放されたとき、和尚の形見分けがほしくて土蔵からこの梅干の壷だけ持ち出した。
いつか水上勉に会うときがあったら、これを裾分けしてあげなさい。
母はそう遺して息を引き取ったと娘さんは涙ぐんでいう。

「ぼくは、声を呑んでそれを頂戴した。
さっそく、軽井沢へもち帰り、深夜に、その一粒をとりだして、口に入れた。
舌にころげたその梅干は、最初の舌ざわりは塩のふいた辛いものだったが、
やがて、舌の上で、ぼく自身がにじみ出すつばによって、丸くふくらみ、
あとは甘露のような甘さとなった。ぼくは、はじめはにがく、辛くて、
あとで甘くなるこんな古い梅干にめぐりあったことがうれしく、
五十三年も生きていた梅干に、泣いた」(P179)


水上勉の舌でとけたものは、
はじめは辛く、つぎに甘くなったものは、時そのものなのだろう。
一説によると、時の語源は、氷が水にとけるの「とく」だという。
時が塩辛い梅干の味を、甘く、とかしたのだろう。

「今宵も酒場部」(牧野伊三夫・鴨井岳/集英社)

→できる出版業界人のお洒落な居酒屋訪問記。
ゲストに多様な業界人が登場するため、どのようにして彼(女)らがお互いをほめあい、
仕事をうまく融通しあっているかよくわかるのがよかった。
やはり一流の業界人だけに店を見る目も舌もたしかだ。
自分が一生行けないような居酒屋の雰囲気を安酒をのみながら堪能させていただいた。
コネコネした大人の酒ののみ方はかっこいい。
わがままを言わず人間関係をたいせつにしようと思いました。
絵も文章もスタイリッシュでクール。居酒屋エッセイの最高峰と言えましょう。

「カップ酒スタイル」(いいざわ・たつや/ちくま文庫)

→著者がほとんど無私にカップ酒を愛しているのがよかったです。
カップ酒が好きで好きでたまらないというのが、どのページをめくっても伝わってきます。
それがなによりもすばらしく、とても好感を持ちました。
というのも、われわれ庶民はいまだ勘違いしていますから。
マスコミ系の大企業への信頼の話であります。
もしかして編集者は未知の才能を探しているとか思い込んでいませんか。
テレビは関係者が常時われわれ庶民に紹介すべきものを探していて、
厳しい選考に勝ち抜いたものが放送されているとか思っていませんか。
もちろん、現実はぜんぜん違うのであります。
出版社の編集者は、才能を見つけるのが仕事ではありません。
気が狂うほど大勢いる本を出したい人のなかからまだ可能性のあるものを選出し、
さんざん注文を出して自分好みに改変させてから、
これでもかと恩を着せて書籍を出版してあげるのが編集者のお仕事なのです。
感謝されることは何度もありましょうが、断じてだれかに感謝する仕事ではありません。
とはいえ、金の媒介しない出版業界はまだ健全なのでしょう。
なぜなら、テレビ業界なんてほんとうにひどいものですから。
関係者はひとり残らず高みにいて、対象をテレビに出してあげていると考えています。
だから、たとえば飲食店やホテルから、
テレビに出してあげたお礼をもらうのは当たり前。
キックバックのない対象に視線を向けることなど、
よほどの推薦者がいない限りは絶対にありません。
テレビ局関係者も編集者も無条件に盲目的になにかを好きになるということがない。
だから、本書はとても気持よかったです。
当時、カップ酒ブームというのがあったらしく、
おそらく編集者はこの波にうまく乗ったつもりなのでしょう。
しかし、著者はブームなど意に介さず、
ただただカップ酒を愛しているのが伝わってきてよかったです。
いつか著者の真似をして公園や電車でカップ酒をのんでみようと思いました。
ほんとうにいい本でした。打算抜きになにかに夢中になれる人は好きです。

「ひとりで楽しむ東京酒場」(テリー・イシダ/プラネットジアース)

→これまた会社員の居酒屋訪問ブログを書籍化したもの。
ちくま文庫に渡りをつけるほどコネのない著者に批判めいた言葉をぶつけたくない。
たぶん多くの日本人にとってブログが書籍化されるというのは、
人生でもめったにない幸運なのである。
実際はブログが書籍化されても、ウェブお仲間が当たり障りのない賞賛を送るだけで、
識者はまともに相手にしてくれない。
もし出版の分野で出世したかったら権力者に媚びを売りまくらなければならないのだが
(たとえばファンレター送信や当人主催のイベント参加、おべっか追従で顔を覚えてもらう)、
ここまで努力をしても名のある人から無名人の出版物をほめてもらうのは難しい。
そして、識者から認められなければ、
あっという間に絶版になるのが昨今の出版事情である。
いいものを書けば世間様が認めてくれるというのは、ほとんどファンタジーだ。
どの分野にも権威者がいて、彼(女)の目にとまらないと、そこでフィニッシュ。
人間は残念ながらそこまで他人には興味を持てないようにできている。
有名人にほめてもらわないと、こずるい庶民様はつゆご関心を示してはくださらぬ。
そうはいっても著名人にほめてもらうのがどれだけ難しいか。
なぜかといったら有名になるのはそれだけ骨折りだからである。
おれがこれだけ苦労して出世したのに、そこらの庶民をそうそうほめられるものか。
相手が権力者の子どもや血縁ならまだ旨味もあるが、クソ庶民なぞ相手にできるもんか。
このため作者がいくらブログ書籍を献本しても、たいていはどこからも反応はない。

さて、全ページ拝読させていただきましたが、本書もなかなかの名著だと思う。
なにより、著者が人間としてよくできているのがすばらしい。
酔っ払うまで酒をのまないのは健康的でとてもいい。
酒は酔うためにのむのだろうなどというのはゴロツキだ。
著者が小食なのも一部の読者は不満に感じるだろうが、当人の健康にはいいことだ。
高い店に平気で行くことを「金持はいいな」と批判してはならない。
著者はわざわざ自腹を切って高級店を紹介してくれていると考えよ。ありがたい。
居酒屋を決して批判しないのも、心根がよい証拠であろう。
どこぞの会社員のようにあからさまに権威者に媚びないのも好感が持てる。
本名ではなくペンネームなのも本人のシャイネスを感じさせてよろしい。
総じてたいへん満足のいく読書であった。
著者のご苦労には頭が下がるばかりで、若輩が僭越ながら星五つを差し上げたい。
酒場エッセイの名作にまた新たなものが加わった。実にいい本であった。

「酒場百選」(浜田信郎/ちくま文庫)

→これもたいへんな名著である。
お酒をのみながらとても楽しく拝読させていただきました。
実際に居酒屋に行ったらなんだかんだと金がかかるけれど、
家で安酒片手に本書を読んだら
安価でなおかつ酒場気分が味わえるのだから最高である。
本業はおかたい会社員の著者が
趣味でブログに公開していた酒場訪問記録を書籍化したもの。
どこがいいかといったら、
フリーライターや作家の持ち合わせぬ長所を著者が持っているところである。
ライターや作家の鼻持ちならない自己顕示欲に辟易した読者はいませんか?
その点、本書の著者はサラリーマン根性を丸出しにしているのでよろしい。
俗な表現をすれば、うざったくないのである。

居酒屋評論の権威である吉田類氏や大田和彦氏への賛辞を怠らないのは、
まことサラリーマンらしく、社会常識および礼儀を知っている著者に好感を持つ。
マイナーな森下賢一氏にまで敬意を表しているのだからサラリーマンのかがみだ。
作家やライターならとてもできない、ある意味で恥ずかしいゴマすりを、
そうとは読者に気づかせずに(?)うまく成し遂げている著者は、
たぶんビジネスマンとして極めて有能などこでも通用する人材である。
だれも知らないどマイナーな酒場評論家、笹口幸男氏にまで気を遣っているので、
この人は正真正銘の立派なサラリーマンだと感心したものである。
(居酒屋の悪口を実名で書く)笹口幸男氏の著作の影響を受けたと言いながら、
その流儀はまったく継承せず、反対に有名居酒屋をほめてばかりであることから、
著者の人を傷つけたくないという善良で温厚なお人柄がしのばれる。
変な個性を強調せず、素直に権威に従う柔軟性もまた著者の持ち味である。
だれかから「おいしいよ」とすすめられたものはかならず絶賛するのである。
評判のいいものに反旗をひるがえすことは決してなく、
著者は従来の評価をそのまま上塗りする。
一緒にのみに行くなら浜田信郎氏ほどの好人物はいないだろう。
腐臭ただようゴロツキ文士とは正反対の健全なサラリーマン感覚にいたく感動した。
この意味において、本書は異色の酒場エッセイである。
作家やライターには断じて書けないエチケット精神に満ちた本書に、
たいへん僭越ながら若輩のわたくしが星五つを差し上げたい。

「旅情酒場をゆく」(井上理津子/ちくま文庫)

→とてもいい本でしたよ。
こういう良質な酒場エッセイを自宅で酒をのみながら読むのは至福のとき。
同著者の「大阪 下町酒場列伝」も愛読した記憶がある。
いまの日本人はほんと知らない人同士では話さないんだ。
アジア各国では、あちこちではじめて逢う人たちで話が盛り上がっていたけれど。
日本人もこうなればいいと思うのは通勤満員電車。
あれさ、ちょっと言葉を交わすだけでだいぶ負担が変わるはずなのにね。
そんなシャイな日本人がちょびっと変身するのが酒場。
酒が入るせいか、あんがいうまく知らない人とも話すことができる。

著者のフリーライター井上理津子さんは「構ってほしいオーラ」を発しながら、
こういう酒場に入っていくという。
そこで見聞きしたグルメ知識、人情話をうまく料理して完成したのが本書。
文章も変な重みがないため読みやすく、
かつ、まるでお酒が入ったときのようなアップテンポな文体は心地よい。
なにより著者が庶民信仰を持っているのがいい。
インテリとは違って庶民はあったかいという信念が文章の隅々まで行き渡っている。

きっと居酒屋って劇場みたいなものなのだろうね。
マスターから客まで全員が善良な人情深い庶民を演じている。
外では我利我利亡者でも、酒場のなかだけなら、あったかい庶民になれる。
ほんとうはアル中でギャンブル狂の酒場主人も、
店内の営業時間内限定で人生の辛酸を舐めたやさしい苦労人のふりができる。
違う場所で逢うといやな人でも、酒場でなら人情味ある庶民になる。
しかし、本書はよろしい。井上理津子さんはいい本を書いた。
酒場では、まるで山田太一氏の人情ドラマのような世界が繰り広げられる。
著者は大阪の串カツ屋で72歳の女性一人客に話しかけられたという。
本書でいちばんよかったところなので引用、紹介する。
まあ、味見みたいなものと思って、気に入ったらぜひご購入ください。

「この七十二歳ド迫力女性に、「この店に来られてもう長いです?」
と聞こうものなら、「ちょうど五十年」とのことで、
二十三で大学助手をしてた頭のいい男と飲み屋で知り合って結婚した。
のだけれども、相手には妻子がすでにいた。
二十年籍を入れてもらえなかったけど、ようよう入れてもらえたと思ったら、
因果応報よ、次の女に取られた。
でもええねん、頭いい男やったから、子どもも孫も、
頭めちゃくちゃいいねん。ラッキーやったわ。
DVに遭って、死ぬかと思ったこともあったけど、いまは幸せ……
と、長い長い問わず語り。
ああ。串カツ隣り同士ご縁から始まる身の上ストーリーは濃い。
ちょっと濃すぎる。のだが、
「ほれ、そんな時もあんな時も、ここの串カツ食べに来たんや。
辛いこともうれしいことも包み込んでくれる『心』の串カツ、
食べさせてくれるんや、な、大将」と、
図らずも落としどころを弁(わきま)えてくれてるところが、心憎い」(P35)


いやはや、演歌の世界だな。山田太一氏や宮本輝氏がお得意の庶民劇場である。
実際はこういう人も家に帰れば嫌われ者の意地悪ばあさんなのかもしれないが
(わかりませんよ)、
串カツ屋では実に味のあるいかにも人情をわかっていそうな老女優に変身する。
こういう話を引き出せるのもまた著者の才能なのであろう。
井上理津子さんご自身も酒場ではけっこうなかなか名女優を演じているのかもしれない。

「写真集 アジアの瞳 ―Pure Smiles 」(三井昌志/クロスカルチャー・ライブラリー)

→アジアの人は心の豊かさがある!
日本人が失ってしまったものを持っている!
われわれは物質的な豊かさとひきかえになにを失ってしまったのだろう!?
なーんて、ありきたりな日本人論を一席ぶってしまいたくなるくらい、
実際アジアの人の瞳は輝いているわけさ。
この写真集では、特に少年少女の瞳の輝きに焦点を当てている。
むかしアジアをぶらぶらしたことがあるけれど、
どこへ行っても高そうなカメラを持った若い日本人旅行者がいたもんだ。
で、かならず現地の子どもに遊んでもらっている。
そういうのがなんか生理的にいやでさ、
こっちはカメラを持たず馴れ合ってくる子どもも完全無視で通した。
とはいえ、こうして出版までこぎつけたってことは、
著者のカメラマンさんはあの大勢から抜け出したってことか。
おめでとうございます。いいお写真でしたよ。

「インド旅行記4 写真編」(中谷美紀/幻冬舎文庫)

→女優で歌手、エッセイストや絵本作家でもあるマルチタレントの中谷美紀さん。
実はぼく、彼女とおなじ昭和51年生まれだったりするんデス。
中谷美紀さんは2005年にのべ3ヶ月のインド旅行をしました。
なぜかぼくも2004年に3ヶ月間インドをぶらぶらしているんデス。
ぼくもインドで日記をつけましたが、だれにも読まれていません。
あはは、だれもぼくなんかに興味がないからデス。
でも美人の中谷美紀さんの日記だと幻冬舎から出版され、
多くの人から読んでもらえます。
こういう不平等はいったいなんであろうと思いながら、
いまから8年前インドの仏跡地を片っ端からまわったのだと思います。
当時は答えがわかりませんでしたが、あれからいろいろあってわかりました。
結局は前世なんデス。
前世で中谷美紀さんはとってもいいことをしたから現世でハッピーなんデス。
いやいや、ぼくだってインドの低カーストの人に比べたらまだハッピーなんでしょう。

今年のナマステ・インディア(インド祭り)は9月の22、23日。
例年通り代々木公園で開催されます。
中谷美紀さんのようにたくさん友だちがいるわけではないので、
去年とおなじく今年もぼくはひとりで行く予定デス。
みなさん会場でぼくを見かけたら声をかけてくださいね。
ああ、この本はインドの写真がたくさんで懐かしく、とてもよかったデス。
中谷美紀さんは写真家としての才能もあるのではないでしょうか。
美人で才能があってほんとうにいいデスね。
ひとつぼくが思ったのは、
どうせだったら美しい中谷美紀さん自身のお写真をもっと掲載してもよかったのでは?
なぜってぼくは美しい人が好きだからデス。

「海峡」(井上靖/角川文庫)絶版

→井上靖は無力の美しさを描く作家だと思う。
人間は世界に対して無力だが、そこに世界の美しさがあるのではないか。
無力で敗北感に暮れる人間はときにみっともないが、
その背景に人間を超える大きな世界をしっかり見据えると全体として美しいのではないか。
宿命に勝利する人間を描くのは井上靖をだれよりも慕う後輩作家の宮本輝である。
井上靖は宮本輝とおなじ宿命を描いているのだが、
先輩作家は宿命に敗れ去る人間の美しさを描いているのである。
成功する人間ではなく失敗する人間を描写する。
恋が成就した男女を描くのではなく、恋に破れた、つまり失恋した淋しい人間を描く。
もしかしたら恋愛成就よりも失恋のほうが人生の深い味を堪能できるのではないか。
あたかも井上靖はそう言っているかのごとくである。

新聞小説「海峡」から無力感あふれるシーンを見てみよう。
男が片想いしている同僚女性から酒場で相談を受けると、失恋したという話である。
しかも失恋相手は自分の上司だというではないか。
まこと人生の深い味を感じさせる場面である。
この味わいを井上靖はうまく会話として描く。
宏子は相談相手の杉原がなぜ憤(おこ)っているのかわからない。

「何をそんなに憤ってるのよ」
「憤るさ。憤らせるじゃないか。――くだらん恋愛なんどしやがって」
「しやがってという言葉もいや。下品だわ」
「悪かったな。――まあ、いい、一生に一度だ。今夜は飲ませてくれ。
飲ませて、慰めてくれ」
「反対になったのね。わたしを慰める筈だったじゃない」
「慰める!? お前さんをか。冗談言うなよ。自分が惚れてる女が、
他の男に惚れてるからって慰める馬鹿がどこにある?
俺は今夜自分を慰めるんだ。つき合えよ」
宏子にとっては聞き棄てならぬことを杉原は口走った」(P91)


宏子が帰ろうとすると、杉原は「頼む」と哀願するように言う。
「頼むから今夜もう少しつき合ってくれ」

「でも、いやだわ。酔ってるんですもの。恥ずかしいわ。
大きい声でへんなことばかり言って」
「いいや、もう言わん。恐らく将来二度と言わんだろう。
これから言葉に気をつける。今夜、二人でもう少し一緒に飲もう。
飲もうと言っても、俺ばかり飲むわけだが、おひろさんも飲めよ。
少しぐらいはいいだろう。酔わん程度に飲めよ。
――今夜は二つの恋情を葬る夜だ。
君は編集長のオッさんに対する変な気持をきれいさっぱりと、
今夜限り棄てるんだ。いいか。物にはきっかけというものがある。
今夜を最後に、明日から笑う女になれ。笑う女に!」
それから杉原はボーイを呼んで、
「勘定!」
と言ってから、
「俺は今夜限りさっぱりする。どうも多少俺はおひろさんに気があったと思うんだ。
しかし、考えてみれば莫迦(ばか)らしいことだよ。
どこがよくて、大の男がおひろさんなどに惹かれるんだ。
どこもいいところないじゃないか。俺は俺で今夜限りさっぱりする。
おひろさんもおひろさんでさっぱりしろよ」(P92)


いかにもいかにも井上靖らしいセリフである。
失恋は恋愛成就よりもよほど味わい深いのである。
酒を飲めば飲むほど、この不如意の渋味苦味は豊穣を増し五臓六腑にしみわたる。

人生はうまくいかないからおもしろい。

題目を唱えていたら夢がかなってハッピー! 宿命転換ブラボー大勝利! 
――なんていう世界観を井上靖はどこにもさらさら有していないのである。
人生は人間の思い通りにはならないが、そこにこそ深い味わいがある。
これが無宗教だった文豪・井上靖の持っていた信念のようなものである。
人生がうまくいかないということは、人間を超えるものがあるということではないか。
その大きなものを全身で認めたとき、無力な人間はかえって輝きを放つのではないか。

小説の終盤、人生の不如意をそれぞれに抱えた男3人は、
渡り鳥の声を聞くために本州の最果て青森県の下風呂温泉におもむく。
失恋と別離が確定した杉原は冬の海に向かって走っていった。
青年の姿が見えなくなってから、中年男二人はしみじみと思いを語る。

「去年からろくなことはないよ。病院は不景気になるし、
吉田君はあんな事故で倒れるし、細君は神経衰弱になるし」
「人生とはそうしたものだよ」
「だから僕も人生とはそうしたものだと思ってるんだ。
なんとなくやりきれないものだな」
その庄司のやりきれないと言った言葉が、ふいに松村の心に突き刺さって来た。
松村自身が、庄司以上にやりきれない気持だった。
どこへも持って行きようのない、いわば出口のない感情を、
松村もまたこの雪の半島に棄てたくてやって来たのである」(P344)


人生は、やりきれない。悲しくて、やりきれない。
悲しくて、悲しくて、とてもやりきれない。しかし、この悲しさは美しい。
人間のちっぽけな悲しみも天から見たらきっと美しいはずだ。
人生のやりきれない悲しさを、井上靖は、わかりやすい物語に託して美しく謳いあげた。

「白い風 赤い雲」(井上靖/角川文庫)絶版

→主人公は少年タアちゃん10歳。父はなく美しい母がいる。未亡人である。
出版社に勤める母は3人の男性から求愛されている。
タアちゃんの学校の担任の角田先生。金持の太った中年男。妻も子もいる志村さん。
3人とも悪人ではなくそれぞれに善良な人物である。
お母さんは本当は志村さんが好きだが、
タアちゃんの将来を考えて金持と結婚することに決める。
井上靖の小説はどれもそうだが、失恋するシーンがとてもいいのだ。
タアちゃんの担任の角田先生が、
妻子のいる志村さんと決闘するシーンは正々堂々としていてすばらしい。
決闘の翌日、先生は自宅でタアちゃんから手紙を渡される。
それは母からことづかった手紙で、角田先生は自分が完全に失恋したことを知る。
このとき学童ふたりのまえで、いさぎよく恋心をあきらめる角田先生がいい。
先生は大きなため息をついたあと、こんなひとりごとを言う。

「人生というものは淋しいことばかりだな」(P237)

それから子どもたちに向かって言い聞かせる。

「君たちも大きくなると、いろいろなことを経験するだろう。
悲しいことや嬉しいことや、そしてまた淋しくて淋しくて、
死んでしまいたくなるようなこともあるだろう」(同)


そして、角田先生はじっと我慢するのである。
こういう美しい失恋シーンを読むと、心底から失恋にあこがれてしまう。
失恋というよりも片想いをしたいのかもしれない。
こちらがどんなに想っていても相手が振り向いてくれないというのは、
宿命や運命を感じさせるほど神々しい体験なのではないか。
たしかに片想いの失恋は死にたいほど淋しいのだろうが、
しかしその淋しさは疑いもなく宿命や運命に通じているのである。
おそらく死以外で宿命や運命を味わえる数少ない貴重な体験が片想い、
そして失恋なのだろう。
ならば、私小説ではなく大きなものを描きたいと小説を書き始めた井上靖が
ことさら失恋描写にこだわるのは必然なのかもしれない。
片想いは向こうから来るもので治そうと思ってもどうにもならない。
失恋は相手ありきゆえ、自分の意志だけではどうしようもない。
このどうしようもないことを宿命や運命と言うのである。
井上靖は繰り返し繰り返し、
ちっぽけ人間にはどうにもならぬ大きな宿命や運命を美しく描いた。
井上靖は非情な宿命や運命を美しいものと思っていた。

「人間というもの」(司馬遼太郎/PHP文庫)

→サラリーマンの教祖(いまでもそうなの?)司馬遼太郎先生の名言集。
テレビドラマばかり見ているようなお気楽な連中は、
もしかしたら夢や希望が人間を動かすとか本気で信じているのかもしれない。
でもさ、司馬先生、人間はそんなさわやかなものじゃ動きませんよね。
なにが人間を心底から駆り立てるかといったら、
実のところそれは出世欲でも名誉心でも愛でも友情でもなく、
みなが持っていることを否定したいあの黒々とした感情なのではないか。

「信長にせよ、また徳川家康にせよ、元来が執拗な性格であり、
ひとに対して抱いた恨みの根も、並はずれて深い。
家康はそれを懸命におさえた男だったが、
信長は、時期が来ればかならず報復した」(P173)


愛にも夢にも希望にもピクリとも反応しない男でも動くときが来たら動くのだろう。
そのとき男を動かすものは深い怨恨の情である。

「いのち仕上げの名台詞」(車谷長吉:監修/中里和人:写真/小学館文庫)

→聖徳太子から三波春夫まで、3百以上の辞世の句(言葉)を集めたもの。
きれいなカラー写真にそれぞれの最期の言葉が添えられている。
平均寿命が何歳まで上昇しようが、当たり前だけど死を忘れちゃいけないんだろうな。
明日に事故や病気で死んでしまうかもしれない。
道徳的な理由からではなく、深く快楽や満足を得るために。
これが最後の一杯だと思ったら、どんな安酒でもうまくなるだろうから。
あれさ、人間が臨終にいたって思うようなことは、そう大して変わらないのかもしれない。
人生なんて、もしかしたら、どれもそう大した違いなどないのかもね。
――死んじゃえばの話だよ。

「何ごとも夢まぼろしと思ひ知る
身にはうれひもよろこびもなし」(足利義政)

「四十九年一睡の夢
一期の栄華一杯の酒
嗚呼(ああ)柳は緑に花は紅なり」(上杉謙信)

「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、
夢幻のごとくなり」(織田信長)

「越し方は一夜ばかりの心地して
八十路(やそじ)あまりの夢を見しかな」(貝原益軒)

「王となり蝶となりても一生の
苦楽は同じ夢にこそあれ」(質亭文斗)


まあ、人生なんて夢のようなものじゃないか! だからさ~。

「穴を出て穴に入るまで世の中に
ととん頓着せずに楽しめ」(深井志道軒)


「生ききる。」(瀬戸内寂聴・梅原猛/角川oneテーマ21)

→東日本大震災を経ての緊急対談ということらしい。
あの時期は自分の頭でものを考えられない人があちらこちらでオロオロしていたから、
彼(女)らしもじもの人間の動揺をしずめるためにもこの対談は必要だったのだろう。
上からくだってくる意見にビシッと従うのが好きな兵隊のような庶民がいるのだ。
まるでよくしつけられた犬のようなもので、
こういう善良な読者のおかげで日本はうまくまわっているのかもしれない。
われわれ庶民のボス猿とでもいうべき寂聴、猛のご両人は元気いっぱいである。
もうすぐどちらも90歳になろうというのに、両者の若者のような意欲には驚かされる。
いったい前世でなにをやらかしたのだろうか。
人気作家の五木寛之氏が悟り済ましたような顔で
浄土真宗トップと仲良くやっているのに対し、
梅原猛氏は相変わらず既存権力に反抗して不穏なことを言い放っている。

「だいたい、「悪人正機説」を前面に出した近代浄土真宗学は
間違いだったんじゃないかと思います。
「悪人正機説」は暁烏敏(あけがらすはや)が中心でしょうけどね、
この説を自分が浮気してその弁解のために使っている。
親鸞の言う「悪人正機」は、自分には父を殺したアジャセ王と
同じ血が流れているという深い悪の自覚です」(P53)


なーんか、喧嘩する気満々といったファイティングスピリッツを感じさせる文章だ。
寂聴ばあさんも不穏なことを口にする。
出家したとき、戒律なんて守れないと思ったという。

「嘘つくなっていったって、私は小説家。
小説は嘘をいかに本当らしく書くかということです。
嘘をつくのやめたら小説書けない。悪口言うなっていうけど、
人の悪口言いながらご飯食べたらおいしいでしょ」(P54)


これはほめているのだが、寂聴ばあさんも猛じいさんも、どこか邪悪なのだ。
本当は腹黒いんだなと思わせるところが、マイナスではなく魅力になっている。
しかしやっぱり邪悪なのは寂聴ばあさんだろう。
おおやけにこれだけ悪口を言っているのなら、オフレコではいったいどうなのか。
いない人の悪口を嬉々としてするのが女人というもの。
梅原猛も寂聴ばあさんに刺激を受けたか、
もうはるかむかしに死んだ三島由紀夫の悪口をこれでもかとどす黒く垂れ流している。
そこが本領発揮といった感じでとてもよかった。
しかしやっぱり邪悪なのは寂聴ばあさんだろう。
梅原猛は学者面をして得意げに親鸞教学を長々と演説した直後、
寂聴ばあさんに素気なくこう返されている。思わず絶句する猛じいさんだった。

「何かね、出家するとよくわからないんだけど、ぱっと飛ぶんですよ。
理屈でわかって研究して理論があるんじゃなく、
私はなんにもなく飛んじゃったから、
もし梅原さんが、八十八でいいから出家なさったら、何かがこう
ぱーっともっと深いことわかるんじゃないかなと。今より以上に」(P72)


これは全身で賭けちゃった人間と、最後まで賭けられない人間の差であろう。
どうでもいい話だが、
もう30年以上もまえから梅原猛氏は口述筆記で本を書いているらしい。
松本清張とおなじである。
さて、寂聴さんと猛先生はどちらが先に死ぬのか。
残ったほうはどんな裏話をするのかと思うと人間の業を考えさせられる。

「寂聴・猛の強く生きる心」(梅原猛・瀬戸内寂聴/講談社文庫)

→有名学者と有名作家の対談本。どちらも仏教系文化人という共通点がある。
ご両人の発言に触れてふしぎに思うことがある。
どうしてふたりとも仏教を勉強しているのに、こうも現世への執着が強いのだろう。
おとしめているわけではなく、あこがれているといったほうが正しい。
うっかり仏教など勉強してしまうとこの世への執着が消えてしまうのである。
最近そのことにいささかの危惧をおぼえているくらいだ。
もっと人生に浅ましくしがみついたほうがいいのだろうが、
仏教のせいで「人生こんなもの」「人間そんなもん」
などと手軽に割り切ってしまいたくなるのだ。もう現世はいっか、なんて思ってしまう。
比して、梅原猛、瀬戸内寂聴、両氏の貪欲、貪婪はどうか。
発言の底から「まだまだ」「もっともっと」「こんなもんじゃない」
という呻(うめ)きが聞こえてくるのだから。
こちらもけっこう業が深いほうだが、
ご両人の度し難さには太刀打ちできないような気になってしまうのである。
とくに瀬戸内寂聴さんの大蛇のような存在感には思わず白旗を揚げたくなる。
寂聴さんに説教されたら、
たとえ酒席でこちらが悪酔いしていてもおとなしく聞き入ってしまうかもしれない。
なんか寂聴さんが怖いのである。尼さんでもある作家は言う。

「要するに、女にもてないような男はダメよ。
女にもてない、要するに女にとって魅力がないということは、
その人に人間的魅力がないのよね。器量と違うよ。
背が高いとか、顔がいいとかじゃなくってね。
背が低くても、ハゲてても、デブでも、
何とも言えない人間的魅力があったら女はついてきます。
お釈迦さんだって、空海だって、日蓮だって、親鸞だって、一遍だって、
一休はもちろん、明恵だってみんな女にもててますよね」(P121)


けっ、人間的魅力がなくて悪うございましたね、寂聴ばあさん!
おお、この感じだ。懐かしい怨念がわが身によみがえってくる。
もっともっと寂聴ばあさんのように怨み深くならなくてはならないのだろう。
まだまだ、である。こんなもんじゃない。
そうでしょう、寂聴さん?

「里見(弴)先生が亡くなる一年くらい前にながぁい対談したんです、お宅で。
それでいろんなことを言ってくれたけど、いちばん忘れられないのは、
「瀬戸内さん、人を憎むということをおろそかにしちゃいけない」
と言うんですね。
僕は志賀直哉をある時期、非常に憎んだって。すごく軽蔑されたんですって。
それで、志賀直哉のはがきを仕事机の前に張って、それを八年と言ったかな、
九年と言ったか忘れたけど、それをずうっと毎日見つづけた。
それくらいでないとダメって言われたのよ」(P120)


ふとイプセンがストリンドベリの写真を仕事机の壁に張っていたという逸話を思い出した。
本来ならイプセンよりもストリンドベリのほうがはるかに根に持つ性格だったから、
逆でなければならないのである。いや、これでいいのだろう。
たぶんイプセンは、後輩作家ストリンドベリの
異常なまでの執念深さを見習おうと思っていたのだ。
人を憎むということをおろそかにしちゃいけない。かんたんに人を許してはいけない。
やられたことは十年後でも二十年後でもしっかり借りを返す必要がある。
それが相手の死後になっても構わない。怨みを絶対に忘れてはならない。
そういえば寂聴さんの師匠筋、丹羽文雄も恐ろしいほどに非情であった。
本書単行本の刊行時、丹羽はすでにアルツハイマーでボケていたからか、
寂聴さんはかつての師匠にも容赦なく斬りかかる。

「流行作家の小説というものは、いわゆる流行なんですよ。
後になって読むとたいていおもしろくないもん。
初期のはだれでもいいですよ。丹羽文雄さんの初期の『鮎』とか、
お母さんのことを書いたのとか、それはいいけど」(P88)


後年、丹羽が流行作家になってからのものは大したことがない、
となかば言っているようなものである。
悪口を言ったら、かならずどこかでだれかが見ていて、言い返されるのである。
やったことはまずやり返されると思ってよい。
こちらが復讐と思ってしたことが、今度は相手の復讐の種になるのである。
人を傷つけたらかならず仕返しに傷つけられるのである。
人を憎んだらそのぶんだけ憎まれるのが人生というもの。
しかし、それでも、人を憎むということをおろそかにしちゃいけない。
なぜ人を憎まなければならないのか。不幸になるばかりではないか。
いや、不幸になっていいのである。なぜなら不幸こそ作家の故郷だからである。
寂聴さんは腹が据わっている。
愛したぶんだけ憎まなければならぬことを熟知した女流作家の言葉である。

「ただ、つらいけど、そこがもう、作家というのはずうずうしいと思うんだけど、
世間が見てマイナスと思うことね。
不幸とか、失恋とか、何かえらいめに遭うことがあるでしょう。
それが全部作家の場合はバネになって、マイナスがプラスに変更する。
(……) それは作家だけじゃないと思う。
それは芸術家すべてに、それだけは神様がくれた切り札じゃないかしら。
(……) だから、感じるのは普通の鈍い人よりはずっと感じるから、
つらさは何倍かつらいと思うんですよ。
けれども、そのマイナスを全部プラスにする。
マイナスをネタにして、なんか書くでしょう、その情熱を」(P94)


対談で梅原猛は寂聴さんと寝ていないとわざわざ断っているが、
こんなことを口にする女人は恐ろしくてよほどの覚悟がなければ襲えないだろう。
なにを書かれるか知れたものではないのだから。
言葉で人を殺すことなど、なんとも思っていないような迫力が寂聴さんにはある。
公的権威にはかなりアグレッシブな対応を見せる梅原猛も寂聴さんには降参である。
寝てないのはあなたが臆病だから、と寂聴さんに言われた梅原猛はこう答える。

「臆病だからか(笑)。いやいや、それはやっぱり瀬戸内さんみたいなのと
寝るとしたら覚悟せなならんですよ、一生(笑)」(P124)


笑いながら震えていたんじゃないかい?
さて、瀬戸内寂聴は一遍が好きで「花に問え」という小説に書いているという。
これはおなじく一遍ファンとしていつか読まなければなるまい。
寂聴さんの迫力に気圧されたかのように学者の梅原猛も一遍をほめる。
各地を巡礼、遊行してまわる踊り念仏の一遍はよろしい。

「それは人間というものは、僕はいわゆる巡礼の思想というのは
たいへんすばらしいと思うんだ。やっぱり静では――
なかなか人間は静で、座禅して、これで瞑想して解放されるというのは、
ごくインテリに限る。(……)
ところが、ああいうふうに動けば、やっぱりそこで変わってくる、人間が。
だから、やっぱり動だな。
私は、一遍がえらいところはそこだと思いますね。
動の宗教というものをつくった。念仏や座禅では静だ。
動をつくったと、そう僕は言いたいんだけどね」(P178)


梅原猛のようなインテリ嫌いのインテリが国民的学者になるのである。
もちろん、わたしも梅原猛の熱心なファンである。
寂聴さんは怖すぎて手が出ず、もっぱら学者のほうの著作を愛読している。

「地獄を生きぬく魔法の言葉」(ひろさちや/集英社)

→これまためったにないほどのチープな本だよな。
ひろさちやさんがこだわりやプライドを持っていないことがよくわかる本だ。
名誉欲などひとかけらでもあったら、恥ずかしくてこんな本を出せないと思う。
チープなひろさちや先生を嫌いではないこちらもきっとチープなのだろう。
ひろ氏は死んだらどのくらい偉くなるかな。
現世であまり偉くならなかった人だけにちょっと予想がつかない。
存命時に偉く、かつ長生きした人は、たいがい死後に評価が下がるのだけれども。
おそらく、熱狂的な弟子なぞひとりもいないと思われるから、とすると後世の評価は?
もしかしたらぼくがいちばんのひろ先生の支持者だったりして。
だって、ひろ氏のファンなんて、言っちゃ悪いけれど
脳みそがスカスカの中高年ばかりでしょう(メンゴ←なにこれ日本語?)。
ひろさちや先生はほんと熱いものがないんだ。
内部に地獄を持っていない。
本書で先生はいつかイエスを裏切ったユダを主人公にした小説を書きたいと述べていたが、
絶対に書けないと思う。そして、それは不幸ではなく間違いなく幸福なのである。
不幸ではないのに秀才ゆえに仏教がわかっちゃった人――仏教ライターひろさちや氏だ。

「風狂という生き方」(ひろさちや/佼成出版社)

→正直白状すると河合隼雄さんの偉さは説明できるけれど、
受賞歴ゼロの宗教ライターひろさちや先生のどこがいいのかうまく伝えられない。
ひろ先生のご主張は「わからない」ということだと思う。
この世のことは「わかりません」――。
なにゆえそう言い切れるのかと考えると、この世のことを別の角度から見ているからである。
川向こうの彼岸から見たら、
現世におけるプラスマイナスは大きく意味を変えるのではないか。
彼岸とはほとけさまのいる川岸の向こうである。
もしあちらがあるならば、こちらの価値基準は絶対的ではないとは考えられないか。
むしろ彼岸が絶対で、こちら岸のことなどすべて相対的な問題に過ぎないのではないか。
もし彼岸(川向こう、あの世、浄土、来世、死後の世界)があるとしたらば――。
よしんば、ほとけさまがいたとしたら――。

「ほとけさまは「すべての衆生は、わたしの子どもだ」と言っておられます。
『法華経』には、
「この三界はわたしのものなんだよ。
その三界の一切の衆生は、ことごとくわたしの子である」(譬喩品)
と説かれています。
ほとけさまから見たら、すべての衆生が等しくわが子です。
路上生活者であろうが、生まれてすぐ死んでしまう子であろうが、
ほとけさまからみたら、どんな人も等しく価値を持っているのです」(P24)


人生における苦しみもあちらから見たらまったく様相を変えるのではないか。
苦しみが苦しいのはこちら側にいるからなのかもしれない。
海外旅行先での苦労が帰国後にまたとない貴重な思い出に変わるように、
もし彼岸(浄土、あの世、死後の世界)があるならば――。

「人生とはこの一回限りではないのです。無限の人生の繰り返しがあります。
また別の言い方をすれば、お浄土があるのです。
そうすると、人生の意味は世の中の役に立つとか、楽しいことをやるとか、
そういうことではないということになります。
わたしたちがお浄土に往くにあたって、
持っていけるものがあるとしたら、それは何でしょうか。
それは形あるものではありません。
財産やお金、地位だとか名誉だとか、そんなものは持っていけません。
お浄土に持っていけるものは、
――この世の中の美しい思い出――
ではないでしょうか。しかし、旅行してきて
「あんなところに行ったよ、景色がすばらしかったよ」というようなものが、
美しい思い出ではありません。
苦しんで、つらくて、涙を流したことが美しい思い出になるのです。
この世の中で苦しみ、のたうちまわって、傷つき合って生きたこと
――それが美しい思い出になるのです」(P36)


もし本当にそうだったらどんなにいいことか。
もしだ、もしかりにこの世を彼岸から見るほとけさまがいてくれたら。
もしかしたらすべてのことがほとけさまのおはからいかもしれないではないか。

「交通事故が起きる確率は、車の台数によって、統計的にわかっています。
しかし、誰が交通事故に遭うのかはわかりません。
それは、まさにデタラメなのです。そして、ほとけさまの物差しは、
わたしたちの論理や物差しではデタラメに見えるのです。
さらに言えば、われわれにとってデタラメに見えるものが、
まさにそれゆえにほとけさまの心だということができます」(P88)


この世のことがデタラメで「わからない」からこそ、ほとけさまの実在を確信する。
これはある種の詭弁であり、また別の見方から言えば救済なのだろう。
問題になっているのは彼岸があるかどうかだ。
この世の死はそれで本当に終わりなのかどうかだ。
人間を越えるもの、ほとけさまのようなものは存在するか否かだ。
だれしもこの問題の正解を知るときがいずれ百年もしないうちに訪れるのである。
そう、それは死ぬときだ。死んでからはじめてこの問いの答えがわかる。
聖人だけわかるのではなく、めいめいがそれぞれ知るのだ。
この世だけで終わりなのか、それともあの世があるのか、死なないとわからない。
これは死ぬ楽しみがあるということだ。
どんなに現世で辛くても、
死という楽しみがあるために生きていけるのではないかと思う。
ほとけさまがいるのかいないのか、あの世があるのかないのか、
いずれみなみな知ることになる。

「人間はウソをつく動物である 保険調査員の事件簿」(伊野上裕伸/中公新書ラクレ)

→世間知らずという自覚があるこちらには本書は非常にためになった。
著者は長年保険調査員として働き、現在は作家として活躍しているらしい。
保険調査員とは、保険金支払いの際、不正がないか調べる専門職。
ウソをついて保険金を請求してくるもののウソを見破るのが仕事である。
本来ならこのような仕事の舞台裏はほとんど表に出てこないのだろうが、
著者が作家として独立したため、業界の暗部がおおやけになったということのようだ。
いちばん勉強になったことは、
社会人たるもの世の中は不条理と見切り、多少の不正には目をつぶるべしという教訓だ。

ある地方のスーパーで盗難騒ぎがあったという。
金庫から3百万盗まれた。
しかし、店長は問題を大きくしたくないから警察に被害届を出したくないという。
スーパー全体の保険契約料を考えたら、
このくらいの損失ぶんは払ってくれよと保険会社に連絡がいった。
盗難保険を適用してくれ。
そこで保険調査員の著者に詳細を調べるよう依頼が来る。
著者はスーパー関係者の犯行であることをなかば突き止め、正しい報告書をしたためる。
保険会社の担当責任者も著者の方針に同意してくれていたからだ。
ところが、結果はどうなったか。正しいことを追求した挙句どうなったか。
立場が上のスーパー店長のご機嫌を損ねた。
盗難保険金の支払いを求めていたスーパー店長は支払いの請求を取り下げる代わりに、
これまで交わしていた保険契約をすべて解除してしまったのである。
損得から見たら、保険会社の大損である。
正しい事実など求めず請求通りに盗難保険金を支払っていたら、
こんなことにはならなかった。こんな損失は生じなかった。
著者の追求した正義など、まったく役に立たなかったのである。

この直後にも似たようなケースが紹介される。
繰り返すが教訓は、世の中は不条理だから多少の不正には目をつぶるべし。
幼稚園児との交通事故で詳細を調べてくれという依頼が著者のところへ来る。
ところが、何回連絡を取っても運転手本人とは話ができない。
そこではじめて運転手の名前を見ると、大企業の経営者一族の一員であった。
ここで著者は職業人として追及をあきらめる。
三回目になるが繰り返すと、世の中は不条理だから多少の不正には目をつぶろう。
いままで幼稚なわたしが学んでこなかった社会の常識というやつだ。
偉い人には逆らうな。正義で損するくらいなら、不正で得を取れ。世の中、そんなもんだよ。

「修羅場が人を磨く」(桜井章一/宝島社新書)

→四捨五入すれば40になるまで生きてきて腹の底までわかったのは、
人生は絶対に思い通りにならないということだ。
大げさかもしれないが、36年の人生で一回たりとも思い通りになったことはない。
よって、かりにこれが(わたしの)真実だとすると、ここから先が分かれ目なのだろう。
人生は思い通りにならない。
いまや自己啓発業界の旗手、雀鬼の桜井章一氏は言う。

「人生は山があって、谷があるから面白い。
私は「人生は思い通りにならないから楽しい」と思って生きてきた」(P49)


人生は思い通りにならない「から」苦しいとも楽しいとも言いうる。
不幸が集中しているような修羅場のときは、
「人生は思い通りにならない」という(わたしの)真実がときに希望になることもある。
どう考えたって、どう思ったって希望がないようなときでも、
世界は自分の思考を超えている、
つまり人生は思い通りにならないことに思考を羽ばたかせると小さな光が見えてくる。
思い通りにならないとは、なにが起こるかわからないということだ。
ならば修羅場のときには「なるようになる」「なるようにしかならん」と開き直るのも手だ。
そうすると思いがけないことが起こるのだろう。思い返せば、
わが人生でもっとも幸福な一時期は(ほんと人並以下のささやかなものですがね)、
最大ピンチの直後に思いもよらないかたちで訪れたのであった。

「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」(マット・デイモン&ベン・アフレック/比嘉世津子訳/愛育社)

→アメリカ映画シナリオ。
人の評価というものはまったくさまざまであると思い知らされた。
アカデミー脚本賞受賞作品だから、どれほど高レベルなのかと期待していたら……。
こういう言葉でまとめるのは好きではないが一種の貴種流離譚だろう。
孤児で粗暴なブルーワーカーの青年が、
実のところ、大学教授も驚くほどの天才的な頭脳を持っていたというのだから。
アメリカ格差社会の下のほうで鬱積した毎日を送っているものが大勢いるわけだ。
彼(女)らはプアーな生活の必然としてチープな思考しかお持ちにならない。
自分たちとおなじような下層民が実は天才だという物語は耳ざわりがいいのだろう。
お偉いインテリの学者先生が底辺庶民の主人公に翻弄される姿に喝采をあげる。
あまりにも安っぽくないか、と言いたくなるが、バカを相手にしたほうが売れるのだ。
なぜなら、厳しい格差社会のアメリカにはバカが大勢いるからだ。
バカにバカのままでいてもらうためには、こういう映画を与えておくに限るのだろう。
バカは忘れっぽいから、
こういう映画で適度にストレスを発散してもらえば、使い勝手がいい。
自分を天才青年と同一視しながら、今日も明日も明後日も、
低賃金でフライドポテトを売ってもらわなくてはならない。
丸一日立ちっぱなしてフライドポテトを売る人たちに与えられた夢が、
アカデミー脚本賞受賞の「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」ではないかと思う。

この作品で唯一印象に残ったセリフを紹介する。
インテリ大学生が、低学歴ブルーワーカー(しかし天才)の青年にこう言い放つ。
アメリカに大勢いる低学歴労働者をバカにしきった悪役らしいセリフでとてもいい。

「だが、僕は学位を取り、
君は僕の子供たちにフライドポテトを売る、
スキー旅行に行く途中のドライブスルーでね」(P59)

「But I will have a degree, and you'll be serving my kids fries at a drive-through on our way to a skiing trip.」(P58)


「脚本家・橋本忍の世界」(村井淳志/集英社新書)

→どうしようもなく文学者未満の生業である脚本家を
大仰に持ち上げる大学教授というのはなんなのだろうか。
本書で大学教授(専門は教育学)の著者は脚本家を手放しで褒め上げている。
上から目線の分析ではなく、
完全に脚本家を崇め奉っているから読後の気分も悪くない。
鋭い論評というわけではないが、
作品にまつわる裏話を丹念に拾い集めた努力は立派である。
とはいえ、雑学に過ぎないと言えなくもないのである。
なにか新しい見方が切り開かれたわけではなく、
とりたてて必要のない知識を教えてもらっただけというのか。
しかし、どのみちつまらぬ人生だから、本書も橋本忍ファンには貴重なのだろう。
死ぬまでどうせ退屈しのぎなのだから……と、
そう醒めた視線で本書を見ると、なかなか有益な良書という気もする。
作品の感動を自分だけの言葉で表現していないのが不満だったが、
考えてみたらそれは大学教授の仕事ではないのだろう。

「シナリオ無頼」(中島丈博/中公新書)

→大御所脚本家の自叙伝を読む。
中島丈博さんは血の気が多いというのか、血気盛んでトンパチでおもしろいよな。
勝新太郎からスッポン鍋をご馳走になった翌日、
今度は女を世話してもらったけれど、さえないおばさんでなんだかなと思った。
こういう思い出話があまり順序だてずに、
あたかも血の騒ぎにうながされたように唐突に語られる。
なにが言いたいのだかよくわからない箇所もあり、
しかし、そこにこそなんとも言えぬ著者の味が出ていてよろしいのである。
シナリオを勝手に書き直されたので怒り、日活の食堂に抗議ビラを貼り、
チェーン片手に監督に逢いにいく著者の突発的暴力性こそ、
思えば氏の作品の魅力であるから、人と作品は決して別々のものではないのだろう。
大学教授がインテリぶって口にする「テキスト」や「作者の死」など、
はなから相手にしないだろう実作者ならではの無頼が本書でも小気味よく痛快である。
むかし脚本料の安さを満天下に知らせるため公開したという脚本料一覧が
本書にも再掲されているけれど、生臭い金のことに目を背けない態度に誠実なものを見る。
ちなみに昭和40年ころの著者の映画脚本料は20万円。
調べたら同時期の公務員初任給は2万円強だったから、
才能ある脚本家が当時感じていたほど不当には安くなかったのではないか。
いま公務員初任給の10倍の脚本料をもらえる若手脚本家が何人いるだろうか。
中島丈博さんは役者とのトラブルも実名で書く。
大河ドラマ「元禄繚乱」の際、
中村勘九郎 (現勘三郎)から一緒に呑みたいと連絡があったという。
脚本家がミーハー気分で行ったら、もっと自分中心の話にしろと要求されたらしい。
「炎立つ」では渡瀬恒彦が書いていない大時代的な台詞を朗々と語り始めるので、
脚本家は開いた口が塞がらなかったという。

中島丈博さんは自身を体験に縛られた自然主義の脚本家だと分析している。
強烈なお母さまをお持ちになったのがトラウマになっているそうだ。
ちなみに、お父さまは不運にも出世に失敗した日本画家。売れない画家である。
夫婦喧嘩も尋常ではなかったとのこと。
トラウマとなった事件はこうだ。

「あるとき、私が学校から帰ってくると、いつもの諍いが始まっていた。
例によって母に家計逼迫をさんざん責め立てられ、胃痛を堪えていた父は、
急に目を異様に大きく瞠(みは)って立ち上がり、私の名を呼んだ。
「どうにかしてくれ。このおなごをどうにかしてくれ」
悲痛な声で叫び、まるで水中で溺れかけている人のように
両手で空気を引っ掻くような仕種を繰り返した。
「父ちゃん、父ちゃん」
私は父に抱き付き、そのまま畳に転げた。
とうとう頭が狂ったのだ、発狂したのだと思い、
父を抱きしめ、おんおんと声を上げて泣いた。
母も泣いていたけれど、私は父が可哀そうでならなかった。
普段温厚な父が狂気のように錯乱するまで、
責め立て詰った母を許すことができなかった。
これはトラウマと言うものであろう。
脚本を書くときも、女のエゴイズムや滑稽さを容赦のない筆致で描く癖があり、
聖なる母の永遠性とか、母性を賛美する視点は、
ついに私には生まれることはなかった」(P98)


いかに作家にとって父と母の影響が大きいかである。
このお母さまは死に際も烈しく87歳にして自ら灯油をかぶり焼身自殺を遂げたという。
名作映画「祭りの準備」の母親の死である。

「シェピー」(サマセット・モーム/瀬口誠一郎訳/全集22/新潮社)絶版

→戯曲。イギリス産。
床屋の従業員であるシェピーという変わり者のおっさんが主役である。
シェピーはある日、競馬の大穴を当ててしまう。
結婚を控えたシェピーの娘さんも、長年連れ添ってきた奥さんも大喜びだ。
ところが、雲行きが怪しい。
シェピーはせっかく大金を得たのだから、好きなことをしたいというのである。
いったいシェピーはなにをしたいのだろう。

「裸の者には着物を与え、病人を訪ねてやり、
空腹の者には食物をやり、咽の渇いている者には飲物を」(P155)


要するに、イエス・キリストの真似をしたいというのである。
家族はシェピーが狂ったのではないかと医者に相談する。
シェピーの金を当てにしていた娘の婚約者は義父の説得を試みる。

「あなたのなさつてる失敗というのは、いいですか、
物事をあまりに文学的に扱つてるということですよ。
新約聖書はフィクションだと考えられるべきですよ、
お望みならば美しいフィクションとね、しかし要するにフィクションですよ。
教育のあるもので、福音書の対話をありのままの事実として
受け容れるものなんかいるもんですか。
実際、非常に多くの人達はイエスなんて、
決して存在してなかつたと信じてますよ」(P148)


いまの世にイエス・キリストが現われたら狂人とみなされるだろうという主張だ。
いかにも吃音で男色家だったモームらしい皮肉である。
シェピーに対する家族の反応はさまざま。
娘は医者がシェピーをきちがいと診断してくれるよう神に祈る。
いまや医者しかシェピーを精神病院にぶち込めないからである。
信心深いシェピーの妻は、夫の行動に理解を見せる。
結局、精神科の権威だという医者はシェピーを急性躁病と診断する。
たぶん現代日本の精神科医も似たような患者が現われたら、同様の病名をつけるだろう。
現代においてイエス・キリストは登場しないようになっているのである。
しかし、シェピーは精神病院に収監されるまえに寿命が訪れ死んでしまう。
主役を殺して閉幕とするのは安易な作劇法だが、
ほかに解決しようがなかったのではないか。
ひっくり返せば、どんな悲劇も喜劇も渦中の人物が死んでしまえば一応の解決を見せる。
これもあるいはモームの皮肉な人生観のあらわれかもしれない。

「むくいられたもの」(サマセット・モーム/木下順二訳/全集22/新潮社)絶版

→戯曲。イギリス産。
人生をボロボロにしてくれるような女と逢ってみたいよな~。
おそらく、同性愛者だったモームも似たような妄想からこの芝居を書いたのであろう。
妻もいる資産家のシニアが若いお嬢さんにメロメロになってしまうだけだ。
老妻は捨てるから、どうか一緒になってくれんかと爺さんは娘さんを口説く。
もちろん、お嬢さんは老いぼれに恋愛感情など抱けないが資産は魅力的である。
とはいえ、自分がこの爺さんと逃げたら旧知の間柄の老妻を不幸にすることになる。
さて、「ふたつにひとつ」でどうすっぺえか。
この「ふたつにひとつ」の葛藤でモームは終幕まで客を引っ張ろうとする。
まだ男を知らぬ娘さんの出した結論をセリフから――。

「そう。お金があれば何でも手に入るわ。自由だつて、チャンスだつて」(P81)

「お姉さん、お姉さんはあたしよりひとまわりも年上じゃないの。
どうしてそんなに無邪気になれるの?
こつちはこれつぱつちも気にとめてないのに
男のほうからは気がちがいそうに愛してるつて時にさ、
女がどれほど強いものかつてこと、お姉さんは一ぺんも考えたことないの?」(P82)


ああ、こんな経験してみたいよな~。
老資産家として若い生娘に出逢い、夢中になって翻弄されてみたい。
そのためには金持にならんといかんし、一度目の結婚もしなければならん。
ああ、こんな経験してみたいよな~。
若いきれいな娘さんになって、自分に目がくらんだ老いぼれをさんざん振り回してやったら、
さぞかし気分がいいんだろうな。
モームもたぶんこういう経験がしたかったから、この芝居を書いたのだと思う。
実人生はどれほどかなわぬ限界性や制限に縛られていることか!
このままならぬ障壁を越えようとするたくらみが創作なのだろう。
フィクションの多くは経験できなかったことから生まれるのだろう。

「医学は科学ではない」(米山公啓/ちくま新書)

→お医者さんの書いた告発本「医学は科学ではない」はとてもおもしろかった。
ことさら自分の感想のようなものはなく、へえへえ、そうなの、と感心するばかり。
以下に新書も読めないような忙しい人のために本書の内容をかんたんに紹介する。
もっとも考えてみたらそんな多忙な成功者がうちのブログなんか読んでるはずがないか。

・医学は統計処理になっている。100人のうち1人だけに効果のあった治療法は、
99人に効果がなかったものとして捨てられてしまう。
・要は自分が治りさえすれば、統計(他人のこと)などどうでもいいことに気づこう。
・肥満が本当によくないのか実のところまだわかっていない。
・所詮はマスコミの肥満撲滅キャンペーンの踊らされているだけなのかも。
・肥満=悪としておけば、ダイエット産業が大儲けすることができる。
・もし特定の病気がなくなってしまったら、その専門医は失職してしまう。
・医学上の重大な発見は努力の結果ではなく、ほとんど偶然がもたらしている。
・医学上の大発見は既存の権威者と衝突することが多いので、なかなか公表できない。
・罹患確率の低いレアな難病の薬は儲からないから開発もされない。
・日本の健康保険は近いうちに破綻する。医療費増加をどう食い止めるか。
・考えてみれば老人に高度先端医療なんて必要なのか?
・老人は死ぬのが当たり前ではないか?(以上2行はわたしのアンモラルな愚見)
・かなりの病気は自然治癒しているだけで医者は幻想としてしか機能していない。
・病気の原因がわからないと不安だが、実際は医者もよく原因がわかっていない。
・サプリメントはいい商売だ。
・老医師になればなるほど、医学の不確実性を知っている。
・医者自身が難病になるとなまじ医学の限界を知っているため、
怪しげな代替医療(民間療法)に頼る。
・しかし、患者が代替医療に頼るのを心底から苦々しく思っている(笑)。

「図解雑学 確率モデル」(今野紀雄/ナツメ社)

→新書も読めないバカのための図解雑学シリーズは重宝している。
このシリーズの著者は、おそらく読者として猿を想定しているのだと思われる。
まったくの専門外の猿状態でも、図や絵のおかげで、
なんとなく理解したような錯覚を持つことができる図解雑学シリーズはよろしい。

本書から知りえた知識を紹介する。
もっとも提示できるのは結論だけで、なにゆえそうなるのかは説明できない。
つまり、本当には理解していないということなのだろう。
さて、AさんとBさんがコインの賭けをしたとする。
何回も繰り返しである。
われわれ凡人の想像では、プラマイゼロの状態もあるのではないかと思ってしまう。
つまり、AさんもBさんもトントンで、どちらも大勝も大敗もしていないケースもあると。
ところが、確率を求めると、こういう均衡状態になることは極めて少ないという。
かなりの高確率でどちらかが大勝して、どちらかが大敗しているという。

確率の研究はギャンブラーが始めた(イタリアのカルダーノ)。
それほど確率とギャンブルのあいだには深い関係がある。
さて、AさんとBさんがギャンブルしていて、Bさんの財産が無限大だとする。
このとき確率的には、かならずAさんが破産するという。
でもさ、ふふふ、この確率的真理は間違いだよね!
だって、途中でどちらかが死んじゃうかもしれないのだから。
たまたまAさんが勝っているときにBさんが死んだらAさんの勝利になる。
おなじく、たまたまAさんが勝っているときにAさん自身が死んだら、これまたAさんの勝利。
ならば、公営ギャンブルが相手なら勝てないのか。
そんなことはないわけ。
公営ギャンブル自体は死なない(なくならない)けれども、
たまたま大勝ちした直後にギャンブラーの寿命が尽きたら勝ち逃げすることも十分に可能だ。
いつ訪れるかわからぬ死というものを確率では計算できないのがポイントだろう。
だから、確率は極めて低いがギャンブルで勝ち逃げすることも不可能ではない。
負け続けていたとしても最後の賭けでこれまでの負けを取り戻せたらOKという話。

著者の専門はランダム・ウォークというものらしい。
酔っぱらいの動きにもたとえられるという。
つまり、まったくのデタラメ、行き当たりばったりで動くもの(点)がいたとする。
この点は上下左右(←↑↓→)に完全なるランダム(偶然)で動くものとする。
もしくはなにかしらの法則性があってもよい(たとえば元来た道は通らない)
さてn回の移動時にこの点は全体のマップのどこに位置しているか。
nの数値が高まると、これはコンピューターでも計算できないらしい。
点がどこに行っているか予想するのは不可能ということ。
これはなにやら人生を象徴しているようで興味深い。
まったくデタラメに行き当たりばったりに生きていると将来どうなるかわからないのである。
過去に通った道は戻らないというルールもまさしく人生そのもの。
常に人生の選択肢でサイコロを振りながら道を決めると、これはランダム・ウォークだから、
将来のこの人がどうなるかは確率的に予測することは完全に不可能になる。
まあ、これは「先のことなどわかりゃせん」という庶民の常識なのだが、
最先端の科学的な確率思考がようやく庶民の猿知恵に追いついたというのは笑えなくもない。

「図解雑学 確率」(今野紀雄/ナツメ社)

→現代日本人の大半は確率を信じて生きていることだろう。
たとえば、成功率80%の手術があったら、まず医療に身を任せるはずである。
ギャンブルは損する確率が極めて高いから健全な大人はやらないはずだ。
病気になる確率が高いからと喫煙は犯罪行為のように忌み嫌われ、
愛煙家は魔女のごとく根絶やしにされる。
健康診断の血液検査は確率思考の象徴である。
中性脂肪、コレステロール、尿酸……が平均以上のものは異常と診断され、
まったく自覚症状がないのに治療の対象とされる。
なぜかと考えると、検査結果が異常なものは病気になる確率が高いからである。

以上がお偉い科学様の確率思考だが、
わたしの人生で起こったことを思い返すと確率などまったく当てにならないのだ。
1%や0.1%の確率でしか起きないことが、かなりひんぱんに生じている。
俗に言うところの、運が悪い人生をいままで歩んできている(これは死ぬまでわからんが)。
このため実体験からわたしは確率0.1%のことも起こりうるという信念を持っている。
確率0.1%とは、どのような数値か。
実際は、そう大した数値ではないのだと思う。
なぜならコインの裏が10回連続で出る確率がまさしく(約)0.1%なのだから。
数式で表わせば、コインの裏が出る確率は50%(=1/2)。
これが10回繰り返される確率は――。
1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2×1/2=1/1024(≒0.1%)

ここで知っておきたいのはコインを10回振ると1024通りの並び方があることだ。
どういうことかと言うと、どの並び方も0.1%でしか起こらないのだ。
言葉遊びのようだが、ひっくり返せば、どの並び方も0.1%のレアなケースなのである。
人生はコインを繰り返し投げているようなものだとも言えるだろう。
このとき、だれの人生も0.1%でしか生じないものだと言うことも可能だ。
要するに、0.1%の確率でしか起きないことが全員の人生で発生しているわけだ。
だれの人生も0.1%でしか起きないような奇跡とも言いうる。
だから、0.1%のことは人生で十分に起こりうると思っていたほうがよろしい。
なぜなら、いま現に実際0.1%のことがこうして生じているのだから。
いままで0.1%の不幸の多い人生だったが、
これから0.1%の幸福に当たってもぜんぜんおかしくないとわたしは信じている。
わたしは発生確率0.1%の禍福が人生で起こることをまったく疑っていない。
これはほとんど確率など無視して生きようと思っているという宣言だ。

「人間の深層にひそむもの」(河合隼雄/大和書房)

→1979年初版刊行の本書にはいろいろおもしろいことが書かれている。
河合隼雄は出世(勢力拡大)のための作戦として、
最初はあえて箱庭療法を紹介したのだという。
はじめから夢の話をするとだれも相手にしてくれないと思ったからである。
まず箱庭療法で注目を浴びシンパを増やしてから夢の話を始めたという(P37)。
ほかにも本書で河合さんはおもしろいことを言っている。
谷川俊太郎氏との対談で、
河合さんは自分は夢はわかるけれど現代詩はわからないと白状している。
さらに様子を見ながら、あろうことか詩人のまえで、
自分は本当のところ詩がわからないとまでぶっちゃけている。
調子に乗って、哲学もさっぱりわからないとさえ言い放っているのだから(P145)。
こういうお茶目なところがシンパを増やすのにプラスになったのかもしれない。
出世(勢力拡大)したかったらシンパを増やすしかないのである。
シンパが増えればそのぶんだけ、俗な言い方をすれば偉くなる。
40を越えてから出世した河合さんは本書で創価学会の川田洋一氏と対談している。
さすが八方美人の河合隼雄と言うべきか、
対談ではしっかり池田大作さんのヨイショらしきことも発言しているのである。
しかし、これはよく考えるとヨイショなのか皮肉なのかちょっとわからないところがある。
河合先生本人はリップサービスのつもりで言ったのだろうが、
いまから見るとおちょくっているように読めなくもないのである。そこがおかしい。
釈迦の成道は、心理学的にみたら自己実現の過程ではないか、という話の流れで――。

「ほんとうにそう思います。いまの過程の中で、
もう一つおもしろいと思いましたのは、池田さんの書かれたものの中に、
釈尊はもともと衆生済度だけを考えて出家したのではない
というようなことがありましたね。むしろ自分のことで出家したんだと。
自分がどう変わっていくか、あるいは自分がどう世界を認識するか――。
ところがその問題と衆生済度と、だんだん一緒になってきますね。
そうしてああいうことができたんだと。
それと、前に言った、自分の知ったことをみんなに伝えるかということとも
関係してくるんですけれども、ある線を超えてあそこまで行った場合に、
釈迦自身の自己認識の道と、衆生済度の道が一致するわけですね。
ところが、その辺を間違って、
衆生済度の方だけ意識して宗教家になろうとする人はよく失敗しますね(笑)。
だから自分のことをほうって、
ただ他人のためにひたすらがんばっておられる宗教家には、
むしろ近所迷惑することが多くて……。
その辺の絡み合いも非常におもしろいと思いました」(P77)


おい、(笑)の部分がいささか不穏だぞ!
これは仏教の自利と利他を問題にしているのだと思う。
まあ、池田大作さんは自利を考えているからよろしい、とも読めるわけだ。
池田さんは利他ばかりではないところがよろしい。
勲章マニアでスーパー俗物と噂される池田大作氏をこのように褒めているのである。
いや、これは深読みをしすぎだろうか。
どんな人とも仲良くなれるのが人間・河合隼雄のあまた持つ才能のひとつであった。
言うなれば、河合さんは人のいいところを見つける名人だったのだろう。
これはよき心理療法家であることとまったく矛盾していない。

「こころの生態系」(河合隼雄・中沢新一・小林康夫・田坂広志/講談社+α新書)

→とあるシンポジウムの記録。
申し訳ないけれど、河合隼雄さん以外あまり興味がない。
さて、晩年の河合さんが到達したのは結局、他力のようなもののようだ。
自力でだれかを助けてあげることはなかなかできない。
本当に自力で他人を助けようとすると、自分まで死んでしまいそうになる。
他力に行き着いたのは、自力をとことんまで突きつめたからだと本書で河合氏は言う。
その結果、「何もしない」=「他力」=「自然」のような考えになった。
ふつう自力の限界を知ると無力感に襲われそうなものだが、
河合隼雄氏が無力ではなく他力に到達したのは、どのような道のりがあったのだろう。
言葉の意味は人によってそれぞれ違う。
河合隼雄の「他力」とは、
「ぼくが助けようと思わなくなった」(P56)という意味らしい。
セラピストは長年の自力修行の結果として、
ぼくが助けなくてもだれかが助けてくれると他の力を信じるようになったのである。

「日本人という病」(河合隼雄/静山社文庫)

→苦しみにいったいどういう意味があるのだろう?
なぜ自分だけが苦しまなければならないのかと思っている人は多いと思う。
なぜこの世に苦しみがあるのか。どうして苦しまなければならないのか。
もちろん、めいめいがそれぞれ答えを出せばいい話で、
河合隼雄は唯一解を提示しようとはしない。
新興宗教に入るのもいいのだろうが、
それではみんなとおなじになってしまってつまらないではないか、
というのが、どうやら河合隼雄氏の考えのようだ。
ふたたび、人はなぜ苦しむのか。
本書で河合先生は、回答例を示す。
苦しむのはほかならぬ「私の一生」を創るためではないか。
苦しみには意味はないのかもしれないが、「私の苦しみ」には意味があるのではないか。
死ぬときに、いや死んでからこう言うために人生の苦しみはあるのではないか。

「私はこれほど苦しんで、これほど考えて、
こういうふうにして一生を終わったのですから、これは私の一生です。
何かの宗教に入って、何かの考え方に従っていったのではなく、
私は私の一生を終えました」(P218)


苦しみの少ない順風満帆な人生は、「私の一生」でもなんでもないのである。
みんなとおなじように生きて死んだ、ただそれだけ。
新興宗教に入ってみんなとおなじになってしまうのも、「私の一生」ではない。
「○○会員の人生」として一くくりにされてしまうからだ。
苦しみが多いほど、当人は辛いが「私の一生」を創る余地が生まれるのだろう。
なぜなら苦しまないと人は自分でものを考えないからである。
あまりに苦しみが増すと考えを放棄したくなるだろうが(他人の考えに従う=新興宗教)、
それでも踏ん張って自分の道を歩もうとすると「私の一生」が完成する。
「人間一般の一生」よりも「私の一生」はきっと価値があるはずだ。
それは出世したかどうかや遺した財産とは関係がない。
ほかにない「私の一生」はただそれだけで輝きを放つ。
おそらく河合隼雄氏は、このような人生観を持っていたのだと思われる。
だから、多くの人の苦しみに寄り添えたのだと思う。

「いじめと不登校」(河合隼雄/新潮文庫)

→絶対的に正しい真理などないと常々言っておられる河合隼雄先生が、
これだけは絶対だと確信していることがあるらしく、
おそらくクライエントは氏のこの絶対的確信に支えられて治っていくのだろう、
と自己分析されている。さて、この絶対的確信とはなんであろうか。
実のところ、もう答えは出ているのである。
そう、絶対的真理など絶対にないということを河合先生は確信しておられる。
人生において絶対に正しい答えなぞあるわけがない。
このことを深く信じながら河合隼雄さんはクライエントと対面する。

「うちの学生が、「河合先生の口ぐせは"むつかしいです"ということだ」
と言いますが、誰が来ても私は、「ああ、むつかしいです」、
それから「わかりませんね」「どうしたらよろしいでしょう」
「また来週おいでください」と言う(笑)。
そうすると、そのお母さんがまた来週来られるんですね、不思議なことに。
そして「どうしたらよろしいんでしょう」とおっしゃる。
だから、私の答えはだいたい決まっておりまして、
「むつかしいですね。一緒に考えましょう。また来週来てください」
ということでずっとやるわけです(笑)。
これが、非常に皆さん不思議に思われるんですが、
どうして答えがないのに毎週来られるのか、
どこに秘密があるかと言いますと、私は自分で思うんですが、
「そんな答えはわからない」という、
私が絶対的な確信を持っているということです。
だから、私が「わかりません」と言うときに、
非常に迫力があるんじゃないかと思いますね(笑)」(P103)


人間はいかに正しい答えを求めるか、である。
問題が生じたときにどこかに正しい答えがあると探さざるをえない。
そこはうまくできていて正しい答えを売り物にしている商売人が大勢いる。
とはいっても、販売品の「絶対に正しい答え」はなぜかそれぞれ違うのだが……。
まったく人はなかなか自分で自分の答えを見つけようとしない。
このためには河合隼雄のような人に、
10回も20回も「わかりません」と言ってもらわなければならないのだろう。
「そんな答えはわからない」と。
「どうしたらいいでしょう?」の問いのボールを、
何十回、何百回「わかりません」と不動の置石のごとく、鉄壁のごとく、
跳ね返してもらってようやくボールが見えてくるようになる。
クライエントは壁にボールを投げているようなものなのだろう。
ボールが跳ね返ってきて自分にぶつかるので痛い。
しかし、またボールを投げざるをえない。またボールが跳ね返ってくる。
この痛みを無数に繰り返すことで、自分が投げたボールの正体がようやくわかる。
「どうしたらいいでしょう?」というボールの意味が、である。
もちろん、何度もボールをぶつけられる壁だって痛いのだ。
ときにはボールをよけたい日もあるのではないか。
しかし、心理療法家は壁となりボールをそのまんま相手に返さなければならない。

クライエントは河合隼雄氏に答えを教わりに行くのだが、氏はなにも教えてくれず、
しかし、この人は絶対になにか知っていると思ってまた教わりに行くけれども、
それでも相変わらず「わかりませんな」「むつかしいですな」と言うばかりで、
結局何度行ってもなにも教えてはくれない。
ところが、ある日気がつくのだろう。
なにも教わっていないが、自分のなかでなにかが芽吹いていることを。
なにかいままでとは違う自分が育っていることを。
河合隼雄氏は、この点、自分で言うように教師ではなく育師なのだろう。

「僕はよく言うんです。日本は「教師」が多すぎる、
「育師」も必要なのに、と。「育師」の根本は何もしないことです。
幼稚園でちょっと喧嘩がはじまるでしょ。ぱっと飛んでいって、
「何をしてますか。仲良くしなさい」と言ったら、先生らしいですよね。
でも、本当の先生は「やっとんな」と喧嘩を見ているんです。
喧嘩が収まらなかったら行くけれども、ちょっとくらい泣いても、
収まる限りの間は、見ていて何もしないわけですよ。
下手な先生ほど、あれこれするんです。
せっかく、子どもが喧嘩の仕方とか、仲直りの仕方を学んでいるのに、
その機会を先生が奪ってしまっている。
そういうことが、先生も親も多すぎるんです。
見守るというのは本当は、ものすごく難しいことなんですよ」(P304)


そうだとしたら、いじめを見つけた瞬間に注意してしまう学校の先生も、
もしかしたらまだまだ未熟なのかもしれない。
もちろん、自殺までいってしまったらいけないが、
ある程度のいじめは先生がうまく見守っていたら、
そのなかで子どもはいろいろなことを学ぶのかもしれない。
不登校もすぐに学校に行かせればいいというわけではなく、
親や先生がおろおろせずにうまく見守っていたら、
まさに不登校というマイナスのなかで子どもは育っていくのだろう。
放っておくと見守るの違いは、対象を信じているかどうかではないか。
もっと言えば、好きかどうかだろう。
逆に言えば自分を好意的に信じてくれるだれかが見守ってくれていたら、
かなりのマイナスの状況からも人間は立ち直ることができるのかもしれない。