「心理療法対話」(河合隼雄/岩波書店)

→晩年の河合隼雄対談集。
岩波書店刊「講座心理療法」(全8巻)に収められた8つの対談を再編集したもの。
心理療法とはいかなるものかが、それぞれの対話のテーマである。
改めて問う。心理療法とはいったいどういうものか。

「実際に心理療法をしていると、
曖昧なままで大事に思っているという態度をもたなかったら壊れてしまいます。
私は、原因を探求するのではなくて、
ありのままで、曖昧なままでそっとしておくほうが、
自然に解決に向かっていくという態度をとっていますけれども、
要するに、すぐに何とかして原因を探求したら解決するという、
私から言わせたら迷信ですが、それが西洋の人にはありますね」(P86)


自然に解決するとはどういうことか。

「大体われわれのところに来る人は、治るとか治すというよりも、
自分が正しくて、世界中が間違っていると確信している人が多いわけで、
なんとかして世界を変えようとしておられるのだけれど、
変わらないうちに自分が変わっていくのです」(P175)


心理療法で自分のいったいなにが変わるのか。

「やはり私たちにわかりやすいのは、幸福物語、成功物語ですね。
それで「めでたしめでたし」というけれども、人生は続くわけでしょう」(P41)


我われは物語を生きている。
なるほど、現代では多くの人が幸福物語、成功物語に苦しめられている。
だれもが世間一般のイメージする幸福になれるわけではないからだ。
成功できるのは全体から見たらほんのひと握りである。
そのうえいっとき幸福になっても成功を遂げても、まだ人生は続いていく。
この幸福物語、成功物語が心理療法を経てどのように変化するのか。

「簡単にいえば、それこそ裏の庭を掃いているとかでいいのです。
物語といってもいろいろあるわけで、成功する必要もないし、結婚もせんでもいい。
ただずっと『東京物語』のような「自分らしさ」を見つける人もいるわけです。
今は「自分らしさ」と消費社会をくっつけて、特に売るほうは
それを激しくやるわけだから、被害者はすごく多いのではないでしょうか」(P49)


ふんふん、そうかそうか。
だれかを悪者に仕立て上げたうえでの、屈折した幸福物語、成功物語を捨てて、
新たな「自分らしさ」に気づく、つまり既製のものではない「私の物語」をつくる。
心理療法でクライエントがやっているのはこういうことか。
出来合いの幸福物語、成功物語から離れ、「私の物語」を生きるようになる。
心理療法で人のなにが変わるかといったら物語である。
だから、やっていることは創価学会の宿命転換や人間革命と極めて近い。
(ちなみに創価学会の宿命転換とは「不幸の物語」を「勝利の物語」に変えること)
しかし、学会員さんが全員おなじ物語変更を強制されるのに対して(創価学会大勝利!)、
心理療法のクライエントはそれぞれの「私の物語」を持つ自由がある。
「東京物語」でもいいし、「京都物語」でも「アメリカ物語」でもなんでもいい。
おそらく「パンダ物語」でも構わないはずである。

さて、本書の巻末に河合先生と親交のあった精神科医の中井久夫氏が寄稿している。
これがかなり過激なのである。
というのも、この本が刊行されたのは河合隼雄先生の死後である。
河合先生が生きていたらとても公開できなかったようなことを中井久夫氏は書いている。
生きていたら言えないことも、死んでしまったら言えるのであろう。
なぜなら絶交されることはもうないからだ。
さらに「死人に口なし」だから反論される恐れもない。
本当の人物評は、当人が生きているうちは出てこないのかもしれない。
以下は中井久夫氏の証言である。

「河合先生が土居健郎、木村敏といった精神医学のそうそうたる重鎮と
囲んだ席にお相伴して食事を共にしたことがある。
その時の先生は冗談、地口、語呂あわせを機関銃のように連発されたが、
私にそっと「俺にはタイコモチの才能があるな」と漏らされた。
その時の眼は笑っていなかった。
先生がその席を持たそうとして自己激励をされているのが
早くからわかっていたので、いたましい思いさえした。
実際、緊張がびんびん伝わってきて、いささかつらいほどであった」(P212)


タイコモチとは、人にへつらって気に入られようとする者。
河合さんが日本に紹介したユング心理学なぞ、
精神医学に比べたらまったく権威がないのである。
既成の権力者に認めてもらわないとユング心理学など軽々とつぶされてしまう。
逆に言えば、既存の権力とうまく接続すればユング心理学も権威を帯びる。
河合隼雄さんはかなり自覚的に八方美人をやっていたのかもしれない。
それは断じてタイコモチなどと揶揄される類のものではなく(先生は自虐したが)、
日本人のためによかれと思ったうえでの、
言うなれば「虎穴に入らずんば虎子を得ず」的精神の発露だったのだと思う。

中井久夫氏はガチンコを続ける。

「私は国外のユング派の一端をかいまみたことがある。
私が先生の主催された国際箱庭療法学会にコメンテーターとして出た機会である。
親睦パーティーの外国出席者の中には失礼ながら魑魅魍魎に取りつかれたり、
国際的ホラ吹きとしか思えない人もいた」(P213)


ユング関連の人は、実のところあれな人が多かったのである(笑)。
たぶんUFOとか超能力とか、ねえ、あれでしょう?

「先生は政治的な面もお持ちであった。
先生は敵を作らず味方を増やすことによって、世界でも例外的に
アカデミックな心理学の中にユング派の市民権をかちえられた。
いや、ユング派だけではなく、臨床心理学一般の市民権をほぼ確立された
(「ほぼ」というのは後進の努力に待つものがあるからである)。
これもユングができなかったことであった」(P219)


河合隼雄氏は政治屋としても一流だったのだろう。
考えてみたら、岩波書店(左翼!)と潮出版社(創価学会!)から本を出せるものは、
ちょっと河合隼雄以外には思いつかない。
よくよく考えると、これは相当に不穏であると言えなくもない。
とはいえ、中井氏の言及はここまでである。
河合先生の息子さんが父とまったくおなじお偉い京大教授まで出世した――。
この不穏については、もちろん口をつぐんでいる。
いや、たまたま才能が父子で遺伝しただけのこととわたしは思っているけれど。

「人の心がつくりだすもの」(河合隼雄/大和書房)

→河合隼雄対談集。最晩年の発言のため現代を生きる智恵として興味深い。
処女作の「ユング心理学入門」で氏は夢と劇との類似について説いている。
いわく、夢では自身が演出家、出演者、
さらには観客をも兼ねるので精神的な浄化作用が強い。
夢を見るだけでもかなり精神の健康に寄与しているという説だ。
晩年の河合隼雄氏は、自身の心理療法について似たようなことを言っている。

「ぼくが舞台になって、
相手の人がいろんな演劇をしたり、いろいろとしゃべったりする。
そして、そこにドラマが展開されて、癒されていく人もいる。
ところが、ぼくが俳優になって、相手役として出なければならないときもあるんです。
それは場合によって、すごく違うんですけど。
ぼくはいまはどちらかといったら舞台になるほうが好きですね。
舞台になるというのは、ほとんどなにもしなくてもいいですから。
むろん、舞台だけでも、舞台監督とかみんなやらなければならないわけですから、
演劇が理解できないとだめですよ」(P109)


人間、持って生まれた役柄(=配役)は変えられないけれども、
演技の質は高めることができるということだろうか。
ベストセラー「こころの処方箋」で、氏は運命論者であることをにおわせている。
いわく、運命はあると思っている。
つまり、一生でなにが起こるかはほとんど事前に決まっているという人生観だ。
にもかかわらず、人は演技を楽しむことができる。
配役は変更不可能だが、おのれの役をうまく演じることに価値を見いだす。
まずは自分の役を見つけることから劇が始まるのだろう。

ここ10年で最大の変化といえばインターネットの普及だろう。
テレビで見かけたが77歳の山田太一先生の家にもパソコンがあった。
山田先生、パソコンだけはやらないでください、と若輩はなぜか思ったものである。
河合隼雄先生がもしいまも生きていたら、パソコンを利用しただろうか。

「大学生が本を読まなくなったというのは、そうとうに致命傷ではないですか。
もう一つ大きな問題は、みんな手っ取り早く、自分のほしい知識だけを得ようとする。
そういうのは、インターネットで検索すればすぐに出てくるでしょう。
つまり、これとこれがあればいいというやり方をしていて、
本を端(はし)から端まで読むということは時間のロスのように思っている。
全部読まないと、ほんとうにわかったことにはならないんです。
それなのに、一つのことをずっとやっているのは能率が悪く、
時間と労力の無駄だと思っている。
ほんとうはそのほうがよほど得なんですけどね」(P196)


拾い読みだけで名著をすべて読破したと誇る「もてない男」の某氏に聞かせてやりたい。

「ぼくの話を聞いたとか、ぼくの本を読んだとかいう人から、
質問に答えてくださいという手紙がくる。
そんなもの、ぼくに聞く前に自分で調べたらいいのに、
聞いたら答えが出てくると思いこんでいる。そういう人には、
そんなに知りたかったら、もっと本を買って読めというんです」(P196)


でもまあ、手紙なら相手は名乗っているからまだいいでしょう。
暇つぶしに無駄なブログなんかやっていると、匿名の人から質問をされる。
答えてもほとんど感謝されない。
答えないと逆ギレされることもあるから恐ろしい時代である。
この時代をどう生きたらいいのか。
河合隼雄さんというのは、人の何倍も何十倍も人生を生きた人物である。
氏ほど、有名文化人の他人には言えない秘密を聞いたものはいないのではないか。
おそらく有名人の家族には難しい問題の生じることが多いと思われる。
対談にかこつけて河合さんはあらゆる秘密を聞かされたことと思う。
なぜなら、この人は絶対に秘密を守ってくれるからである。
結果、河合さんはいかに成功や勝利がむなしいことか腹の底まで知ったのではないか。
人生の達人、河合隼雄のメッセージを聞け。

「ゆっくりと本を読む会をつくりたいものですね。
いまや、ゆっくりと時間をかけるというのが、あらゆるところでなくなってしまった。
(中略) おもしろいことをやろうと思ったら、絶対に無駄をしないとだめ。
それなのに、先まわりして、いちばんの近道を教えてしまうというようになっている。
みんながマニュアルどおりにやっている。
マニュアルどおりにうまくやって、平均的に生きていくように教えられている。
でも、そんなふうに生きていてもしようがないじゃないですか。
生きていくなら、やはり賭けないとおもしろくない。
おれはこれに賭ける、ということをやらないと」(P202)


別のところでは「手ごたえのある人生」を生きろと仰せである(P128)。

「こどもはおもしろい」(河合隼雄/講談社+α文庫)

→河合隼雄さんと、個性的な教育を試みる在野の教員10人との対談集。
つまらなかった。どうしてかと考える。
身もふたもないことを言えば、「先生の話はつまらん」となってしまう。
どうして教師になる連中は、ああもつまらないのだろう。
先生と呼ばれたがる根本がダメなのか。
先生と呼ばれているうちにダメになっていくのか。

河合隼雄先生は多くの人から先生と呼ばれたのに最後まで自我肥大を起こさなかった。
ちょっと偉くなると、すぐに説教を始める手合いとは大違いである。
河合さんほど説教や助言の無意味を深々と悟っていた人はいないのではないか。
だれにでも通じる普遍的な教えや助言などあるわけがないのである。
信者全員に伝わる説教をする教祖さまの正反対に河合隼雄さんは立つ。
人はそれぞれ違うだろう! 一緒くたにするな! ひとくくりにするな!
と絶叫しているようなところがある。
多様な人間を数値に還元する統計なんか絶対に使うもんかと氏は本書でも息巻いている。

「心理学者は、そういう統計をとるのが好きです。
ぼくは、統計は一切とらない、使わないと宣言したんですよ。
統計をとれば全体的なことをわかると言うけど、
ぼくは一人の人のことをわかったほうがすごいと思う。
(安野光雅「計算すれば数字は出るが、数字が出れば統計だってもんじゃない」)
そう、統計としてもかなり疑義がある。だから、二重におかしいんですよ。
客観的なら何でも正しいと思っている。その割には客観的ではないんです。
本当に客観的というのは不可能に近い。だから、ぼくは統計は一切やらない。
今でこそ大きな顔をしてものを言っているけど、
ぼくがやりはじめたころには、それこそボロカスに言われました。
「あんたのやっているのは学問じゃない」なんて。
「ぼくは学問のためにやっているんやない」、
「そんなことをしておったら、一生ウダツが上がらないぞ」、
「ウダツが上がらんでもええ。出世せんでもええ」(P305)


ところが、田舎の高校教師に過ぎなかった青年は、のちに京大教授、
さらには文化庁長官にまで出世してしまったのである。
「出世せんでもええ」と思い切ることがたいせつなのかもしれない。
大半の人間が出世を願っていながら出世できないのだから。

「心の深みへ」(河合隼雄・柳田邦男/講談社)

→なんでこんなことが! という現象が人生では結構起きるのである。
まさか自分の身に降りかからないだろうと思っていたことが起きてしまう。
千人にひとりしか統計的にはかからない難病だったとしても、
いざ自分や家族がなってしまったら、それは0.1%の人生ではなく、
当人やその家族にとったらそれ以外にありえない100%の人生になってしまう。
不幸のただなかにいる人間に、
それは科学的には0.1%の確率で起こりうる現象だと科学的に正しい説明をしても、
彼(女)は納得できないだろう。
たいていの人は生涯、交通事故に遭うことはないだろうが、
なかには事故で両足を切断してしまう人もいるのである。
そんなことは統計的にはめったにないのだろうが、当人にほかの人生はない。
100%その人生を(死ぬまで)生きるしかない。

ノンフィクション作家の大御所、柳田邦男氏は次男を自殺で亡くしている。
奥さんは心の病を25年間、患っていたという。
おそらく、これだけでも作家は十分に不幸だと思っていたはずである。
ところが、その妻とのあいだにできた息子も心を患い自殺してしまう。
これはいったいどういうことだ? 柳田邦男は河合隼雄に逢いにいく。
前提としてあるのは従来の科学への疑問である。
ノンフィクション作家は科学をこう定義する。

「科学というのは、臨床例をたくさん集めることによって、統計処理をする」(P19)

科学は可能なかぎり多くのサンプルを集めて、タイプに分類するわけである。
たとえば、子どもが自殺した親の症例をたくさん収集し、
親の職業によってケースを区別するのは科学的だが、
この結果を知ったところで実際に災難に遭遇したものはなんの慰めも得られない。
そう、科学は0.1%の人生の渦中にいる人間には役に立たないのである。
そもそも客観的な科学はそれほど絶対的なものだろうか。
科学とは統計処理、つまり突き詰めれば数字である。
我われにもっとも身近な数字といえば金銭になろう。
5千円はだれにとっても5千円だとするのが従来の科学である。
だがしかし、と河合隼雄氏はこの客観的数字を疑ってかかる。

「ものすごく簡単に言ったら、たとえばあの人は一万円もらったと。
こちらの人は五千円もらった。
五千円もらった人は、一万円の半分もらっている、というのは客観的事実ですね。
ところが、どういう状況下で、誰がもらったかによって、
その人の喜びなんていうのは全然違うわけです。
「なんや、こんな一万円」と言う人もいれば、食うや食わずでもう死ぬというときに
五千円もらったら「うわーッ」ちゅうようなもんでしょう。
そのとき「うわーッ」と喜ぶ人に、
おまえ、それは間違うとるんや、これはたかが五千円なんや、
なんて他人が言うのは違うんで、
その人の人生から見たときに、すごいものがあったわけですね」(P137)


人によって数字の意味するところが変わってしまうのである。
この場合、客観的数字をなにによって裁いているかといえば主観である。
わかりやすく言えば「人の数字」と「私の数字」は違うということだ。
0.1%の人生を100%の人生に変えるのも「私」である。
「人(一般)の人生」と「私の人生」は違うのだ。
「(人の)真理」と「私の真理」は違っていてよい。
ここに河合隼雄は救いのようなものを見いだす。
要するに、なにごとも、ものの見方(=主観)いかんなのである。

河合隼雄の著作はぜんぶ読んでいるという柳田邦男は、こう指摘する。
河合隼雄のものの見方の特徴は、
「全体の構図の中から未来を見ていくという点」である。
この意見に河合隼雄は次のように応じる。たとえば、不幸をどう見たらいいのか。

「構図の中に未来を入れない人が多いんです。
原因・結果で過去ばかり見ていると、
未来をよりよくするために問題が起こってきているケースがとても多いのに、
それがわからない。たとえば、息子が不登校になった場合、
息子の不登校をステップに夫婦の関係が変わるなんてことがよくあります。
つまり、不登校は、両親の夫婦関係を改革するために
息子が努力した結果かもしれないでしょう。
こうすると、見方がまったく違ってくる。悪者なんか誰もいないし。
変革にはどうしても苦しみがともなうから、誰もしたくないと思っている。
その苦しみをそらすために、みんな悪者を探そうとするわけです。
そのときに私がそばにいて、「悪者なんていませんよ。希望はあります」
と言いつづけていればいいわけです。
ただそれだけ。それが私たちの仕事なんです」(P48)


事象の「原因・結果」ではなく、
「未来」を見るようにしたらどうだろうかという提案である。
正確には「未来」ではなく、「私の未来」である。
そのとき見えてくるのが、あのたまらなく胡散臭いシンクロニシティだという。
シンクロニシティとは、怪しげな人が目をキラキラさせて語る「意味のある偶然」のこと。

「普通は単純に、いくつかの出来事の相互関係を、
AからBという因果関係で結んでしまうわけだけど、
それをタテに結ばずあるがままに見てると、
Cも、Dも、Eも、Fも、全部一緒に起こってるなあというふうに見えますわね。
そういうことは、もうみんなにすごく起こってるんじゃないでしょうか。
だから、シンクロニシティがよく起こる人がいるという言い方がされますが、
むしろ私は、そういうことがよく見える人、
と言ったほうがいいんじゃないかと思いますね」(P153)


「悪者なんていませんよ。希望はあります」である。
悪者探し(原因・結果)をするのをやめて、希望をねつ造するしかないではないか。

たとえば顔が悪いとき、頭がとろいとき、動作が鈍いとき、どう考えたらいいか。
実際は、科学的には、かなりのところまで遺伝子で決められているのだが――。

「遺伝子でベーシックなパターンが決められていても、
道でどんな人に出会うかということまでは遺伝子は決めていない。
私が生まれたときに、
あなたは十五歳できれいな女性と会うことになっていますなんて、
これは絶対決めていないわけですよ(笑)。
外から来るものを遺伝子は決めようがないんだから」(P79)


とはいえ、人生は断じてバラ色ではない。
我われはなんとままならぬものに囲まれていることか。
ままならぬものの代表格が家族である。
そして、愛する家族の不幸ほど我われを苦しめるものはない。
家族の不幸に悶え苦しむノンフィクション作家に、心理療法家がかけた言葉は――。

「それはもう、家族というのは、おっしゃったように、
ほんと不可解な、ものすごい不思議な関係ができてるわけでしてね。
ところが他人との関係は、だいたいわかるわけですね。
こいつとどのくらいつきあえば儲かるとか、儲からないとか、
損するのか、得するのか、とか。
あんまり損だったら、つきあいを切ればいいわけでしょう。
ところが家族というのは、切れないわけなんですね。
だから、端的な言い方をするなら、
現代の人間が、いちばん宗教性を感じさせられるのは家族だろう、
というふうに私は言ったことがあるんです。
ようするに、ままならないという体験をしないと、宗教はわからないわけですね。
全部自分の思いどおりになると思ってる人は、宗教は関係ないんですよ。
自分は神さまになっているわけですからね。
ところがいくら頑張ったって、世の中には自分のままならないことがあると。
それはもう不可解きわまりないことが、
しかもひとつの流れになってるというかなあ」(P179)


河合氏にこう言われたことは柳田邦男氏にとって深い慰めとなったことだろう。
ああ、ここにわかってくれている人がいる、と嬉しくなったはずである。
家族というのは、不可解で不思議なことが詰まっている。

さて、あなたやわたしはどう生きたらいいのか。
河合隼雄氏は「私の真実」を生きよという。

「多くの人は自分が生きてる世界の価値基準を
俗世的なものに固定しすぎているんですね。
一時間の倍は二時間であるとか、一千万より一億のほうが多いとか、
そういう価値基準に縛られすぎて、
この世の中をおもしろくなくしてるんですよ」(P157)


「人の2時間」よりも「私の1時間」は長いのかもしれない。
「人の1億円」よりも「私の1千万円」は高額かもしれない。
ならば、「人がいう不幸」は、もしかしたら「私の幸福」かもしれないではないか。

「せっかくこの世に生まれてきたからには、
「私の真実」というのをたくさん生きなければ損じゃないですか。
ぼくらが生まれてきた価値というのは、そこにあると思うんです」(P220)


「(人の)真実」に振り回されるよりも、「私の真実」を生きたほうがいい。